『衛士再生計画』の中枢を担う『フェニックス小隊』が発足されたのが2000年10月のことである。
この月より計画は本格的に始動し、2002年2月迄に100人弱の衛士が『再訓練部隊』から巣立ち、再び衛士として返り咲くことに成功していた。
『専門の医療チームと歴戦の衛士の元に新たに疑似生体を移植した衛士を集めることで、高効率、高水準の実戦復帰を目的とした訓練を行う』という計画の目的は、一先ず成功と言えた。
2002年1月、横浜基地の急激な復興と共にフェニックス小隊は様々な思惑の下、横浜基地所属となった。
2002年 3月某日 国連軍横浜基地
フェニクス小隊隊長である、朽木蓉鋼大尉は書類仕事に追われていた。
昨年末の12・5事件、横浜基地襲撃事件、そして桜花作戦…これらにより国内戦力は大幅に低下し、速やかな衛士達の復帰が求められている。
それまで一個中隊程度であった再訓練部隊の人数は、一個大隊程度まで膨れ上がった。
それでもこの程度で済んでいるのは…負傷よりも死亡した衛士の方が圧倒的に多かった為であろう。
そのような事情もあり、朽木は入隊予定者の選定、原隊復帰予定者の事務手続きなど…多忙であった。
朽木は、この仕事に就くきっかけとなった日を思い出した…
(これは確かに……唯の鬼には荷が重い…。)
書類仕事が一段落つくと、朽木は凝り固まった体を解す為に立ち上がり…窓の外を見遣った。
窓を開けると、外で訓練兵にランニングを行わせている短髪中年の男―己の部下である日野恭平中尉の大きな罵声が聞こえてきた。
「任官後どれだけ鈍ったんだおめぇらぁ!!そんなんじゃ、何時まで経っても原隊復帰なんて出来ねぇぜぃ!?」
日野は元教官ということもあり、初期から訓練兵の教練は慣れたものだった。
(何時もながら…大したものだ……)
一時的に階級が訓練兵とはいえ、相手は元尉官…時には元佐官ということもある。
訓練兵達は数ヶ月もすれば当然の如く元の階級に収まるのである。
そんな相手に対して、『普通の訓練兵』と同様に教練を行うというのは、非常に勇気の要る作業である。
以前それに関して日野本人に訪ねてみたところ…
「なぁに言ってるんでさぁ、大将! 目上の奴を扱き下ろすなんてぇ、中々出来るもんじゃぁ…ありやせんぜ?」
そんな言葉を笑顔で放つ…中々肝の据わった男である―それが朽木の日野に対する印象であった。
(書類仕事も一段落したことだ…久し振りに教練に参加するか……。)
自分自身が体を動かしたくて堪らない…そんな気持ちを抑えつけられず、朽木は外へ出ようと考えた…。
「へ………はぁっ!!?」
扉を開けると、朽木の目の前には声を上げた長身長髪の女性…間桐辰妃中尉が立っていた。
しかも彼女は中腰で腰に手をあてており…簡単に言えば、腰を叩いている状態であった。
「……………………………………………………。」
朽木は思わず渋面になった。
(扉の向こうの気配に気がつかないとは…少し鈍っているか…)
そもそも扉の向こうの気配など読めない方が普通であり、さらに言えば間桐が無心―脱力している状態であった為なのだが、朽木としては気に入らない状態らしい。
対する間桐は恥ずかしい場面を見られたことから真っ赤になっていたが…
(えっ?隊長怒ってる!?私がだらけていたから?)
今度は段々と青ざめる間桐……廊下に張り詰めた空気が漂う。
「とりあえず…中に入れ間桐。」
「は、はひっ!」
思わず声が裏返ったことに、間桐はまた顔が真っ赤になってしまった。
「ん”っ…………B中隊の訓練経過報告書と来週の入隊予定者のリストをお持ちしました。」
咳払い一つで本来の調子に戻ると――――――少し顔が赤いのはご愛嬌だろう――――――間桐は淡々と報告をした。
朽木は入隊予定者の書類に軽く目を通すと…
(ん?…A-01、副指令直属…面倒そうな単語が並んでいるな…しかも要求がつらつらと………よし、読むのは後にするか)
「……後で読んでおく。」
軽く目を通しただけで出て行ってしまった―そんな上官を、間桐は苦笑しつつ見送った。
その後朽木は、訓練兵と混じって運動させろと士門兵衛少尉を困らせていたところ、有栖川怜少尉に見つかり…小言を言われながら執務室に戻ることとなった。
同日12:30
横浜基地 ブリーフィングルーム
「本日1330より、実機演習による再訓練部隊復帰試験を行う。
今回試験に参加するのは間桐の教導するB中隊だ。
場所は旧市街地、仮想敵の我々の不知火四機に対し、訓練部隊は吹雪十二機だ…。」
朽木は資料から目を上げると…威厳たっぷりに言い放った。
「お前ら、一機たりとも墜とされることは許さん!いいな!?」
「「「はっ!」」」
「間桐は日野、士門は俺とエレメントを組め。
士門、前回のような不様な様……さらすなよ?」
「は、はい!」
顔の傷や逞しい体格から与える印象と違い心優しい彼は、「人間に対しては引金を引くのを躊躇う」という重大な欠点を有していた。
そして訓練兵の人数が圧倒的に増えたばかりの先月の演習…奇襲に対し咄嗟に引き金を引けず撃破され、珍しく朽木が激怒するという出来事があった。
「エレメントで行動し…まぁ、訓練兵どもを適当に撃破しろ。」
「大尉!適当とはどういうことですか!!」
突然声を荒げて意見したのは、最近小隊入りしたばかりのCP将校―有栖川小尉だ。
「…何か問題が?小尉」
融通の利かず真面目な彼女は、気の弱い者ならば上官であれ言い淀むような朽木に対し、悠然と意見する…
対する朽木は、それが面白くて仕方がないのだが…決しておくびにも出さない。
「な、何がって…」
「小尉、大尉は我々に臨機応変にと言ったんですよ。」
思わぬ方向から口を挟まれ、自分が何をしているのか理解した有栖川は、とっさに我に返った。
「し、失礼しました…」
「…うむ。」
不機嫌な顔で黙る有栖川少尉、どうしていいか困る士門少尉、苦笑する間桐中尉、にやにやと笑う日野中尉…そして無表情な朽木大尉…
フェニックス小隊の普段通りの光景であった。
同日13:30
(まったく大尉は…)
一番の新参者である有栖川は、フェニックス小隊の面々を尊敬していた。
人類の為に戦い抜いた実績、突出した実力…
そして唯一擬似生体を移植されていなく、かつ複雑な背景の元に来た有栖川に対しても自然に対応してくれている――素晴らしい人間性。
(だけど…いや、だからこそ…)
日野中尉、それ以上に隊長である朽木大尉の適当な言動には納得がいかない。
(今日なんて、訓練兵に混じって運動なんて…士門少尉も困っていたし…)
「有栖川、始めるぞ…」
「は、はいっ…それでは、再訓練部隊B小隊の実機演習を開始する。」
CPの宣言によりB中隊、仮想的であるフェニックス小隊共に動き出す…
(本当に…すごい……)
高等練習機である吹雪と実戦機である不知火とでは、機体性能に差がある。
それを差し引いても、4対12もの差があっては圧倒的に不利である。
だが…フェニックス小隊は一機も失わず次々と吹雪を撃破していく。
水平噴出跳躍から噴出跳躍、さらに建物の壁面を蹴り方向を変え、巧みに射撃をかわしながら肉薄する間桐…
「まずは、一人…。」
「B202、胸部コックピットブロック被弾。致命的損傷により大破と認定。」
「く、くらえっ!」
「はい、ざ~んねん、ってなぁ!!」
咄嗟に反撃しようとするB204をエレメントを組んでいる日野が撃破―――直後に交互に牽制射撃を行いながら下がって行く。
着々と己の仕事をこなしながら…有栖川は小隊の実力に感嘆する。
「はぁぁぁぁあああ!」
「甘い…。」
突撃し切りかかるB104の長刀を紙一重でかわし、ナイフシースから取り出した近接戦闘短刀を突き立てる朽木。
「フェニックス4、フォックス2。」
一度戦闘に入ると普段と違い落ち着いた口調になる士門。
警告しても意に介さない朽木に決して誤射することなく後方から正確な支援射撃を行い、着実に武装を無力化していく。
それこそ朽木が士門の実力を信頼している証なのだが、真面目な有栖川は朽木の好き勝手だと受け取る。
(それなのに、大尉は終われば少尉がコックピットを狙わないことを怒るのだろう…)
有栖川はBETAが人類の敵なのだから、問題は無いと考える―後にその甘さを実感させられる事件があるとは知らずに…
開始15分、B中隊の全滅、フェニックス小隊の損害軽微という結果で実機演習は終了した。
数時間後、実機試験の記録を見た朽木は…
「B中隊からの合格は6名…こんな国内状況でなければ2名だがな…」
憎々しげに言い放ったという。
最終更新:2009年03月31日 22:48