追憶

夢を…見ていた…
嘗ては、毎日にように見ていた夢…
幸せな日々から始まり、最後には必ず身体を失った日で終わる…
何百、何千と見てきた夢…

「……さん! お父さんってばっ!」
「ん?おぉ、どうした優介。」

穏やかな日差し…賑やかな食卓。

「どうしたじゃないよ、ちゃんと聞いてる!?」
「こら、優介…お父さんはお仕事で疲れてるのよ?」

拗ねる息子を嗜める妻…平和な日々。

「いや、良いんだ…こうやって皆で食事をするのも久しぶりだからな…済まなかったな、優介。」
「ちゃんと聞いてよね?今日ね……………」

息子、妻…そして自分の笑顔。
もう戻らない、幸せな時間。
古い映画のように、様々な思い出が映っては消える。
しかし…もはや色あせた写真のように、細部を思い出すことはできない。

そのうち場面は移り代わり、幸せな日々は失われてゆく。

報せを握り締め、慟哭した――妻子の死を知った日。
一心不乱に戦い続け――――周囲から恐れられた日々。
そして――――――――――身体と、多くの仲間を失った忌まわしき日。

(あぁ、またか…)

夢であるが故か、己の無様さをまるで第三者のように見ている自分がいる。
だからこそ、この夢はより自分の心を抉っていく。
悲しみに暮れど、自殺になど逃げることは許されず…生きねばならぬ。

そう、俺は死なぬ…死なぬ、死なぬ、死なぬ、死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死なぬ死死死死死死死死死死死死死死死死――――

「では、何故生きる?」

もう一人の自分が語りかける―――とっさに言葉が出ない。

「何の為に、生き恥を晒す?」

再度問いかける――――それは、もちろん…。

「BETAを、殺しつくす為さ。」

身体に電撃が走る、失った左目がぞわりと疼く―――思わず掻き毟る。

違う!と、とっさに否定する。――俺が言おうとしたのは…したのは―――何だ?


2002年 2月上旬 国連軍横浜基地 執務室

朽木は咄嗟に飛び起きた――横浜基地に転属したばかりであり、ここ最近は特に雑務に追われている。

(嫌な、夢を見たな……)
深呼吸をし、体を脱力させる…居眠りをするほど、疲れていたのだろうか…。

物思いに耽っていると、部屋にノックの音が響く。
「…入れ。」
「失礼します、士門少尉であります。朽木大尉、C中隊に…大尉っ!?」
緊張しながら入室した士門は、朽木を見て突然大声をあげる。
「どうした、何を取り乱している?」
「何って…め、眼から血が出てますよ!?」

目元に触れると、眼帯の下から血が流れていた――夢で掻き毟ったことを思い出す。
「え、衛生兵をっ!?」
「士門!…別に大丈夫だ……。」
取り乱す士門を叱咤しつつ、救急箱から消毒薬を取り出し消毒する。
(この男は、外見に似合わず怖がりというか、優しいというか…。)

眼帯の下に、ガーゼでも入れておけば大丈夫だろう――朽木は、ぞんざいに応急処置を済ますと立ち上がった。
「士門、書類は机に置いておけ…少し外を走ってくる。」
このまま仕事をする気にもならず、戸惑う士門の肩を叩き退室する。
「た、大尉……。」
そこには、挙動不審な一人の大男だけが残された。


横浜基地 グラウンド

朽木がグラウンドに出てみると、日野少尉がA中隊に腕立て伏せを行わせていた。
性別、年齢様々な訓練兵が、日野の罵倒を受けながら汗を流している。

「日野、訓練兵の調子はどうだ?」
「おっ、大将じゃねぇですかい。調子は……やっぱり、病院生活が長かったせいかぁ訓練兵どもの体力が酷いですねぇ。体力づくりからやり直して正解ですぜ。」

訓練兵たちにわざと聞こえるように日野が言う――今までと違い、横浜基地に転属してから一気に増えた訓練兵たちは、国内状況故に退院直後に集められているのだ。

「そうか……それで、今日の予定は?」
「この後は、グラウンド20周の後で反復横とびですね。午後はシュミレーター訓練ですが……また、一緒に走るんですかぃ?」
「うむ。」
さも当然といった朽木の発言を、日野も笑いながら当然のように受け入れる。
「そうですかぃ、でしたらこんなのは……」

日野は面白いことを思いついたというように、朽木に耳打ちをする。
「よし、それでいこう…。」
こそこそと話しながら笑う上官二人を、多くの訓練兵が不安そうに見つめていた。


数分後

「日野中尉、朽木大尉を知りませんか?」
「あん?…おっ、嬢ちゃんじゃねぇかい。」

日野が振り返ってみると不機嫌そうな小柄な少女、有栖川少尉が立っていた。
彼女はつい先日配属したばかりのCP将校であり、フェニックス小隊の一番の新参である。
さらに若く…まだまだ子供というのが、日野の認識であった。

「日野中尉、嬢ちゃんなどど呼ぶのは止めて頂きたいのですが。」
「嬢ちゃんは嬢ちゃんだからなぁ…まぁ、努力はするぜぃ。」

相変わらずの態度に有栖川は嘆息すると…目の前を走り通った朽木を見て目を丸くした。

「ひ、日野中尉…もしかして、訓練兵と一緒に走っている人は……朽木大尉ですか?」
「おうよ、大将だぜぃ。ちなみに大将に抜かされる毎に訓練兵共はプラス一周。」
「……は?」

何を言っているのか分からないとう顔をしている有栖川に、日野は続ける。
「ようするに…大将は仕事をサボってるんじゃなく、適度な刺激を与えるっつぅ役割で…訓練に強力して下さっているってぇわけだ。」
言葉の意味合いを理解した有栖川は、日野が思っていた通り怒り出す。

「そんなこと、大尉のすることじゃないでしょう!」
上官が小さな些事に関わっていれば、その分全体の仕事が進まなくなる。
適材適所というものがあるのだ。

真っ直ぐすぎる彼女の反応を、楽しそうに日野は笑う――「理由が分かりません」と息巻く彼女に、意地悪な助言をすることにした。
「たしかに大尉の仕事として重要ではないからなぁ……他の仕事の用事があるなら、呼び止めても良いんじゃなねぇかい?」

こんなことを言えば、彼女は確実に実行に移すだろう―日野の予想通りに、彼女は再度近づいて来た朽木に話しかける。

「朽木大尉、不知火の…」―――無反応であった。
みるみるうちに顔が赤くなっていく有栖川を、日野は「あ~あ」と言いながら笑って眺める。

2度目
「大尉!少しよろしいで……」―――見事なまでに無視。

3度目
「大尉っ!!」訓練兵の邪魔にならないようにと直前に朽木の目の前に立ちはだかる有栖川。
対する朽木は「ふっ!」と絶妙な左フェイント後の右ターン。

「プチ」という音を、日野が聞いたかと思うと、「大尉ぃぃいいい!」と有栖川が全速力で追いかけ始めた。

訓練兵たちが何事かと振り返る。すると、全速力で走る有栖川少尉―さらにはそれ以上の速さに加速した朽木大尉が走ってきた――正直とてつもなく怖い。
「うぉわ!」「きゃぁぁぁ!」「なっっ!」「えぇ~!?」
驚きながらも抜かされまいと走る訓練兵を、軽々と抜かす二人。
奮闘空しく、最終的に訓練兵たちは5周程度多く走らさせられることとなった。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…く、朽木たぃッゴホッゴホッ…。」
「…有栖川か、一体どうした?」

結局朽木は、最後まで立ち止まらなかった。
そして、さも気付かなかったという態度―そんな態度を取られては、下士官である有栖川は何とも言えなくなってしまう。

こうして、有栖川怜少尉は、少しずつ“諦め”という言葉を学んでいくのであった。


横浜基地 12番格納庫

「あっ、朽木大尉!いらして下さったんですか!」

有栖川より不知火の改修作業を終えたという知らせを受け、朽木は格納庫を訪れた。
そんな朽木を嬉しそうに向かいいれたのは、尖ったような髪の青年―整備班長の川上誠一軍曹である。

通称『機械と話せる男』、度々戦術機の整備中に語りかける様子が目撃されており、他部隊の衛士や整備兵に気味悪がられている。
しかし実力は本物であり、20代前半とその年齢とは思えない熟練の技術を持つ。

「AT(戦術電子整備兵)に協力してもらって、以前話した通り大尉の不知火の網膜投影装置を弄りました。網膜投影時に、写せない左側の映像をマルチディスプレイで小さく中央下部に写すように設定しました。今度乗ってみたときに感想を聞かせて下さい。」

朽木は左目を失っている、故に川上は右側の一部に左側の映像が映るように網膜投影装置を改造した。
それにより接敵を眼の端で捕らえられるのではないか―――そんな試みをしてくれたのだ。
今回は分野の問題で技術的な部分はATに頼ることになったが、普段から彼は同様にフェニックス小隊の衛士それぞれに対し細やかな心配りをしてくれていた。

日野機では、擬似生体移植を行った左足でも調整が効きやすいよう、ペダルを左側のみ遊びを多く調節した。
また、間桐機に到っては腰の負荷を少なくする為、背凭れに柔らかいクッションを取り付けまでした。

衛士それぞれの擬似生体や意見に合わせ、的確に対処を行ってくれる川上に対し、朽木を含めフェニックス小隊の衛士たちは信頼を寄せていた。

「うむ、すまないな………それはそうと、アレは…何だ?」

朽木が不知火を見てからずっと気になっていたもの…それは、朽木の不知火の頭部に眼の傷を連想させるラインが引かれており、さらには“鬼”と白色でマーキングがされていた。

「いやぁ、気付いてもらえましたか!せっかくなんで、大尉をイメージして書いてみました。」
まるで子犬のような輝いた目をする川上――圧倒的な好意に慣れない朽木は、咄嗟に言葉に詰まる。
(いや、これもまた…戒め…か……。)
普段なら最終的に消させたであろうが…先ほどの夢が、朽木の心境に変化を与えた――しかし朽木としては、このまま自分の機体だけ目立つのも面白くはない。

「まぁ、好きにしろ……だが、折角だから他の3機にも同じように文字を入れてくれ。」
「おっ、気に入ってもらえましたか!?他の3機はどんな文字にしましょう?」
「そうだな…日野は“焔”、士門は“死”、間桐は………“蛇”だな。」
「お二人はともかく…間桐中尉が“蛇”ですか?」

困惑する川上。
“蛇”という単語から、彼にとっての間桐の美しいイメージには合わない気がした。

「うむ…あれはあれで、強かな女だからな。」
「そう言われると…そうですね、間桐中尉のキリッとした出来る女性といった雰囲気には合うかもしれません。」
朽木の一言で、考えが180度変わる川上――一種の信仰に近い感情を朽木に対し抱いているのかもしれない。

「それじゃあ、よろしく頼むな。」
「あっ、朽木大尉!ちょっと待ってて下さい。」

ちょっとした悪戯に満足した朽木が去ろうとすると、川上は部下に指示をして一本の小包を持ってこさせた―ぞろぞろと若い整備兵が集まる。
「うちの整備兵達で作りました!是非、朽木大尉に!」
そう言って渡されたのは一本の傘――やけに重い。
「そいつは特別製です。布は防弾防刃素材で、ハンドガン程度なら十分耐えることが出来ます!全体的に頑丈に作り、石突きも細くしてあるので、刺突武器としても十分使えますよ!!」

興奮しながら語る川上。そして後ろに控える輝いた眼をした整備兵達――非常にやりづらい。
「こ、こんなものを…」
「材料は不正なものではありませんし、時間も皆の余暇で作ったものなので安心して下さい!」
「いや、そういう問題でなくてだな…」
「ちなみに名前は“鬼童丸”とかどうですか?本当は日本刀とかの名前から考えようと思ったんですけど…朽木大尉らしさを考えた結果、伝承の妖怪(あやかし)からとりました!」
「そ、そうか……」
「以前助けていただいたお礼も兼ねてますんで、是非どうぞ!!」
「……」

元尉官佐官が訓練兵として在籍する再訓練部隊は、度々正規部隊と問題を起こす。
横浜基地に来た当日にも一悶着あり、その時の正規部隊の衛士が、フェニックス小隊の整備兵にまで喧嘩を吹っ掛けたのだ。

最終的に通りかかった朽木が叩きのめすという結末があり、それ以降フェニックス小隊担当の整備兵や一部の再訓練部隊兵の間で、朽木は密かに人気なのである。

「……有難く受け取っておく。」
整備兵達に歓声が起こる――困惑する朽木。

後に朽木は、自分を慕う集団が“子鬼”と呼ばれ、意外とその存在を知られていることを伝え聞くこととなった。
最終更新:2010年01月04日 21:03
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