間桐辰妃の憂鬱
2002年 4月9日
横浜基地 グラウンド
私――間桐辰妃は決して生真面目な人間ではない。
基本的には真面目に仕事をこなすが、抜くところはしっかりと力を抜き、上手く遣り繰りして生き抜く人間だ。
朽木大尉には以前下手な処を見られてしまったが…
それなりに上手くやっている自信がある。
だが…今回は少し面倒なことになった。
目の前で走っている訓練兵達の中に、問題の2名がいる…
元国連軍中尉―宗像美冴、元少尉―風間祷子。
一見他の訓練兵と変わない…しかし、彼女達は元『副指令直属特殊部隊所属』という面倒な肩書きが存在する。
しかもご丁寧に、彼女達の書類が来た際に、副指令からの『彼女達は特別である為、最大限の優遇措置を取り、最短で復帰させること』といった内容が激しく面倒な言い回しで書かれた指令書も同封されていた。
幸いにも、彼女達の人格には何ら問題は無かったが…本来なら士門あたりにでも押し付けたい仕事なのだ。
しかし、朽木大尉の決定を覆すこともできず――その書類を持って来たのが自分だというのが理由だが――担当することとなった。
もちろん、一度決まった以上拒否するつもりもないが…気が重い。
(大尉は大尉で、特に他の訓練兵より優遇する必要は無いと断言してましたが…)
悪名高き副指令に対する我らが隊長の心象は知らないが、そこまで大げさな優遇措置を取るつもりも無いらしい――実際にとれば、訓練兵や有栖川あたりから不満が爆発しそうだが。
同日
朽木大尉 執務室
それは、各部隊の訓練状況の報告と不調な者への対応を相談するミーティングが終わろうとしていたとき…
ことの始めは、日野中尉の手に入れてきた情報だった。
「そういやぁ、整備兵繋がりで子鬼どもから仕入れてた情報なんですが……例の特殊部隊、新OSの試験も兼ねてたらしいですぜ?」
(人の口に戸は立てられぬ…とはよく言いますが、 たしかに整備兵であれば新OSの換装についても知ることが出来るでしょうし、情報も信憑性が増す………か。)
日野中尉は人付き合いが上手いのか、不思議と情報網が広い。
特に子鬼たちとも仲が良く…そういえば、この前は『朽木大尉が見かけによらず大の甘党であることについて』という謎な話題で意気投合していた。
「XM3か…それが正しければ、あのじゃじゃ馬の力を使いこなす為の情報が得られるかもしれんな……。」
辰妃が関係のないことを考えから我に返ると、話が進んでいた。
XM3による現在の機動だけで十分満足している辰妃としては、大して心躍る情報ではなかったのだが…大尉には違ったらしい。
「(なぁ、少尉…XM3はそんなに違うものなのか?)」
「(はぁ……衛士の死亡率を激減させるとか言われてますし……)」
端でボソボソとどうでも良い会話をしている二人は無視しておいて――話の流れが嫌な方向に向かっている気がする。
「そうですねぇ、普段は訓練兵どもの相手で俺ら自身の訓練は不十分ですし……そいつぁ、是非とも知りたいところでさぁ。」
「うむ…………間桐。」
「はっ。」―返事はしっかりとするものの、内心嫌な予感が満載だ。
「明日にでも、二人をここに連れてきてくれ。」―――やっぱり…思いついたらすぐ行動、子供かこの人は……。
4月10日
「朽木大尉が私達を……ですか?」
「あぁ、詳しい話は大尉から聞いて欲しいが、色々と話があるらしい。」
「祷子、もしかしたら大尉は私達を手篭めにするつもりかもしれんぞ?」
困惑している大人しそうな女性が風間訓練兵。
冗談めかして、物騒な話をしている女性が宗像訓練兵。
二人とも美人な部類ではあるからこそ、宗像の冗談は笑えない。
「それは無いだろうから安心しろ…。」
あまり雑談に花を咲かせてもいられない為、有無を言わさず大尉の元に連行する。
コンコン……「…入れ。」…ガチャ
「失礼します…宗像美冴訓練兵、風間祷子訓練兵両名をお連れしました。」
「「失礼しますっ」」
辰妃に続き、やや固めの敬礼をする二人――対する朽木は相変わらずのラフな敬礼を返す。
「まぁ座れ………間桐、二人にコーヒーもどきでも出してやれ。」
「「「はっ」」」
私が三人分の合成コーヒーと一人分の合成ココアを用意している間にも会話は進み、簡単な自己紹介が行われた。
飲み物を配り終えると、話が再開された。
「それで、大尉…今日はどのようなご用件で?」
入室直後の軽い緊張は感じられない様子で、宗像が質問をする――緊張を悟られまいと、上手く隠しているのか…少し自分と似た雰囲気を感じた。
「うむ、単刀直入に言おう…二人が在籍していた部隊ではXM3の試験も行っていたと聞いてな…あれの操作のコツなど、少々話を聞かせてもらいたい。」
「XM3……ですか?」
予想していなく、拍子抜けしたという様子の風間――もしかしたら、話の内容が自分達の訓練結果に問題があり、脱落を通知されるとでも邪推していたのだろうか。
その後、4人…というよりも、主に大尉と宗像の間で話は弾み、有益な話を聞けたようで大尉はかなりご機嫌だった。
この様子では、今後の小隊訓練の激化を覚悟せねばなるまい。
「朽木大尉…せっかくですので、後学の為に大尉の話でも聞かせてもらえませんか?」
意外と話せる相手だと判断したのか、宗像が少し踏み込んだ質問をする…たしかに、擬似生体を移植し、復帰している大尉の経験談は復帰訓練中の二人には有益かもしれない。
「ふむ…俺が質問していてばかりだったからな…面白い話でもないだろうが、良いだろう。」
この反応は少し以外だった――辰妃の記憶が正しければ、普段朽木は全く過去のことを話したがらないのだ。
飲み物を一口飲み、数秒目を閉じ…思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そもそも俺が身体の一部を失ったのが明星作戦でな…乱戦の中で、要撃級の一発をもらってしまった。」
語りだす大尉の威厳ある雰囲気に、急に姿勢を正す二人。
対する私も、自然と表情が引き締まっていた。
「不思議とその瞬間はゆっくりに見えてな…管制ユニットがひしゃげ、足が潰され…破片が全身に突き刺さり、視界が半分失われる…そんな様子を、今でもはっきり覚えている。」
その日の大尉は不思議と饒舌であった。
目が覚めた後の空虚感。
前線に復帰できず、後方任務に従事していた頃のやりきれぬ思い。
人生の転機が訪れた日の感動。
手術後に努力を重ね、
戦術機を再び操れるようになるまでの道のり。
まるで…独白しているかのような、言葉を挟めない雰囲気だった。
朽木は一度言葉を切り、一息つくように飲み物を飲む。
「いいか、お前らに言っておく…まだまだ安心や満足なんてするなよ?俺達は決して楽観視できる身体なんかじゃない…何時ガタが来てもおかしくは無いんだ。後で後悔しないように、全力を尽くせよ!!」
「「「はっ!」」」
大尉の言葉に、自分が含まれていたかは分からない…単なる訓練兵への激励のようにも感じる。
しかし、思わず返事をしてしまった――長時間の訓練によって痛み出す自分の腰は…まさに、何時ガタが来てもおかしく無いのだから――
(後悔しないよう…全力…か……。)
否応にも、色々と考えざるをえなかった。
最終更新:2009年05月20日 18:52