不屈
「ちぃっ!!」
衝撃が身体を揺らし、けただましいエラー音が鳴り響く。
跳躍ユニットが破壊されたと画面が伝えてくる…ジャンプが不可能だと。
「隊長っ!?」
部下の叫びが聞こえる…しかし、もはや異形の波に飲み込まれるだけ。
「畜生………。」
目の前が真っ暗になる。
2002年 4月11日 17:22
国連軍所属横浜基地 シュミレーター室
「状況終了、皆さんお疲れ様です。」
CP将校――有栖川少尉の言葉と同時にシュミレーターが停止する。
しかしながら、朽木は直に出る気になれなかった。
理由は簡単…本日のシュミレーター訓練における、自分の無様さが気に入らなかったからだ。
昨日の話を元に部下達に説明を行い、XM3の特性を意識した慣熟訓練を行った。
その後、実際にシュミレーターにて戦闘訓練を行ったのだが…結果は悲惨なものだった。
XM3の特性である「キャンセル」「先行入力」「コンボ」。
「コンボ」は積み重ねであるが故に、今回重要となるのは「キャンセル」と「先行入力」である。
しかしながら、朽木の長年の経験が逆に足枷となっていた。
従来では入力を受け付けない部分では手が止まり、先行入力が上手く行えない。
キャンセルを行おうにも意識しすぎ、ズレたタイミングでキャンセルを行ってしまう。
完成された武人であるが故に、その型を崩すのが容易ではない。
結果としてミスが積み重なり、遅れが出始める。
その後前衛の間桐が突出する形で隊列が間延びし、そのまま徐々に崩れてしまった。
最終的に泥沼の乱戦になってしまい、結果部隊は全滅した。
XM3を使いこなせていないのは朽木に限った話ではないが、自分は部隊長である。
(こんな体たらくでは、部下に指導すらできん…)
間桐の突出も決して褒められたものでは無いが、問題は自分がついていけていないことだ――――自分に一番厳しい朽木らしい考えである。
「大尉?どうかしましたか?」
(いい加減出ねば不審に思われるか…)
「いや、すぐ行く…。」
「敬礼っ!」
日野の号令により、敬礼が行われる。
「本日のシュミレーター訓練はご苦労だった。俺から特に言うことは無い……次の訓練は3日後の4月14日とする。各自予定を調整しておけ…………返事はどうした?」
「「「「はっ!!」」」」
不思議そうな顔で何やら呆けていたが、とっさに返事をする4人。
やや困惑しながら、不機嫌そうに出て行く朽木を静かに見送るのであった。
「絶対に明日もって言うと思ったのに……。」
2002年 4月11日 22:18
「全く、大尉といったら……。」
有栖川は不機嫌そうに廊下を歩いていた――この時間帯は珍しいが、朽木がまた執務室を抜け出しているのだ。
(まったく…昼間に訓練を増やした分、余裕が無いのに……………あれ?)
歩いていくと、シュミレーター室に明かりが灯り、音が聞こえてくるでは無いか。
中を覗き込んでみると、操作盤に日野が立っていた。
「日野中尉?……。」
「おっ、嬢ちゃんか……こんな時間にどうしたんでぇ?」
「いえ、大尉を探していたのですが……もしかして今……。」
「あぁ、今動かしてるのが大将だぜ。」
笑いながら、日野が答える。
「やっぱり!?…まったく、大尉ったら執務室から抜け出したと思ったら……。」
「いや、そもそも戻って無ぇな……「えっ!?」…ほれ。」
複雑そうな顔で日野が示すのは、シュミレーターの稼動履歴。
恐らく帰る振りをして直ぐに戻ってきたのか…訓練後からほとんど休み無くシュミレーターが稼動していた――おそらく、今まで飲まず食わずで約5時間訓練していたことになる。
「今日の訓練結果がいまいちなのは全員同じだが……大将としちゃぁ、自分が悪い結果だったのは許せなかったらしいねぇ…。」
「それにしても……無茶ですよっ!?」
「まぁ、だよなぁ……自分に厳しいつっても、ねぇ……。」
「止めましょ「駄目駄目」えっ!?」
苦笑をしながら、有栖川の手をつかむ日野。
「大将だって、プライドがあんのよ…さすがに限界は分かってるだろうから、今日は好きにさせてやろうぜ………明日からは、一緒に訓練させてくれって俺が頼んで、無理させねぇから。」
「え、でも……。」
すると、まるでタイミングを見計らったかのようにゆっくりと動きを停止していく筺体。
「ほれ、急いで外いくぞ……「あ、ちょっ」」
有栖川の背中を押しながら部屋を出る日野。
何だかんだで、一番気配りの効く大人であった。
2002年 4月14日 18:48
国連軍所属横浜基地 シュミレーター室
蛇が鎌首を上げるように僅かに高度を上げる『蛇』と書かれた不知火。
レーザー種を警戒し、僅かな時間で元の匍匐飛行に戻る。
しかし、その僅かな時間、不知火に搭載された対地レーダーは大型種の覆域に隠れた小型種の群れまでしっかりと捉えることに成功する。
続いて後方の『死』と書かれた不知火が僅かに横にずれることで射線を確保する。
「フェニックス04、フォックス3…。」
まるで死の宣告のような静かな声と共に支援突撃砲が火を噴き、BETAの先頭を成す突撃級の足を正確に吹き飛ばしていく。
動きの止まった突撃級に、次々と後続がぶつかり防波堤が出来上がる。
それにより、迫り来るBETAの波に大きな乱れが生じる。
「各自、武器使用自由。喰い散らかせ!」
「「「了解!!」」」
「さて、逃がしませんよ…」
縦横無尽に動き回る『蛇』。
XM3の特性であるキャンセルを多用することで生み出されるその独特な軌道は、通常の
戦術機では考えられない滑らかな曲線を描き、BETAの波を掻き分けて疾駆する。
その動きは蛇の這う姿を彷彿させ、4門の突撃砲で次々と屍骸を作り上げる。
一部でSnake Orbitと呼ばれる動きである。
「俺も負けらんねぇってなぁ!」
続く『焔』と『鬼』。
決して派手さは無いものの、洗練されたその動きは正しく武人のそれであり、要撃級の猛攻を紙一重でかわしながら悠然と突き進む。
「シッ、はぁっ!!」
一撃必殺――そんな言葉を彷彿とさせるような剣戟、一振りごとに確実にBETAが屠られる。
そして、後方の『死』からは精密な支援が放たれ、着実にBETAを殲滅してゆく。
「各機、楔壱型でこのまま突撃するぞ!」
「「「了解!!」」」
XM3のコツを掴み始めた朽木の機嫌は良く…その後数週間は、ほぼ毎日訓練が行われたとか何とか。
最終更新:2009年08月26日 22:40