【へっぽこ実験「せんじゅつきにのってうごかしてみよう」】

『では源訓練兵。戦術歩行戦闘機の手動起動シーケンスを1から始めろ』

「了解」

 氷室教官の指示に促され、雫はシミュレーターに乗り込む。
 戦術機の起動シーケンスは基本的に座席に着座した時点で接触接続され、そのまま自動で起動シーケンスが実行される。
これは即応を主とする戦場において非常に強い役割を持ち、戦術機という巨大な機械モジュールの立ち上げを一手に引き受けてくれる利器なのだ。
 そのため、本来なら衛士はよほどの事が無い限り手動で起動させることはない。
 では何故、そのような便利な物があるにも関わらず手動起動などという手間を今更やるのか。
 それは、結局戦術機は機械の塊でしかなく、そのようなものは往々として予期せぬトラブルを抱えているということだ。
 如何に高度で精密・精巧に作られた機械・システムであっても、”完璧”というものは存在しない。
 どれほど技巧ある整備兵が仕様書を超えて機体の個体差を加味しての整備を行ったとしても、だからと云って必ず自動起動シーケンスが立ち上がるワケではない。

 衛士はまず最初にそれを認識しねばならない。

 名誉のために言わせてもらうと、決して整備兵が手抜きをしていると云っているわけではない。
 整備不良で機体が動かなかったという事実は、連戦による疲労劣化な機体か、よほど手抜きかイジメを受けた機体ぐらいなものだ。
 ただ、現実として「そういう事態も起こり得る」と頭の中に入れておかなければならない。
「誰々の整備だから完璧だ。誤作動なんて有り得ない」という考えは思考硬直でしかなく、整備兵もそれを自覚しながらも完璧を目指さねばならないのだ。
 さらに云えば、機体の構造を知ることで、その機体に対する信用、想定できる機動、そして自身の経験により裏付けられた整備兵質への確固たる信頼が築けるものだ。

「まずは…搭乗者認証………よね」

 非搭乗時では通電されていない操縦桿下にある操作パネルにあるキーを3つ長押しする。
 3つで長押しなのは、誤入力を避けるためだ。これにより10分間だけパネル操作が有効となり、各種操作入力が可能となる。
 ややあってパネルに光が灯り、網膜投影に情報が流入。
 視界中央に【搭乗者確認】のログが開く。
 続けて視界端にOSの【XM3】が立ち上がったのを示すアイコンが数秒開いたのを確認。
 視界斜め右に「光学感知センサー」「震動センサー」「データリンクシステム」「冷却システム」「オペレーション・バイ・ライト」「脳波常時監視システム」が起動状態に達したというログが展開され、それを順次確認する。
 通常ならここも取るに足らない通過儀礼だが、今回はこれら全てを目で読み、確認していく。
 これらは云わば人で云う触覚と嗅覚・視覚に該当し、これらが起動できることでようやく外界情報を取り込むことができるのだ。
 再度パネルを操作し補助動力を起動させる。
 これにより各装備が通電し、起動可能状態に。
 今度は視界左上に「生命維持装置」「GPS」「燃料制御システム」「主機動力」「跳躍ユニットシステム」「自動姿勢制御システム」の電圧バーが展開される。
 これを立ち上げなければ戦術機という戦闘兵器はただのスーパーカーボンの塊でしかない。
 左右に揺れるゲージは通されている電圧で、これが個々に設定される値を超えた段階で起動させなければ火が入らない。
 通常はここも自動で実行していくのだが、手動でタイミングよくパネルキーを押し起動させていく。
 主機動力に電源が入った時点で、各人工筋肉に通電され、外部カメラにも光が灯る。
 先ほどの起ち上げは云わば受ける側のシステムだったが、今のは直接外界に干渉するためのシステム………ここまで起動して初めてこの戦術機は「とりあえず動けるようになる」。
 機体が基本的な設定が起動し視界左上に四角と幾つかの円が重なった物―――レーダーとその下に通信状態を表示するアイコンが展開し、右上に機体全体のコンディションを色で表すセンサーが展開。
 またその下に各種センサーのモードを知らせるアイコンが開き、最後に視界中央に高度・角度・速度が集約されたスケールが表示。
 それらが正常に起動したのを確認し、戦術機のセンサーから送られる情報を視覚化させる。
 網膜投影に解りやすく外部の風景が投影された。

「次は、着座調整…っと」

 本来なら出撃前に行う着座調整。今回は1からの起動なのでそこも調整しなければない。
 管制ユニットはフリーサイズの座席である。
 ベイルアウト時に装備する外骨格となる機能上、誰もが使えるよう十分な余裕を持たせられている。
 だがこれは、手が届かない範囲まで可動を与える意味もある。
 手足の長い人と短い人とでは届く範囲がまったく違う。
 踏み込む力や操縦桿を倒す力や角度も人それぞれだ。
 よって、事前に座席とアームユニットとレッグユニットの位置を調整し、操縦桿とフットペダルの反応速度の調整、網膜投影の焦点調整、シートの生体電流装置のゲイン調整、スレッショルド調整、照準装置の調整等々………これらを調整していく。
 のだが、ここはサクサクと調整して次に向かう。

『手動起動が終了したな?
 解ってると思うが、ここまでの手順は基本的に我々衛士が行うことはない。だが、頭には叩き込んでおけ。
 自動起動はできて当たり前だが起動時にトラブルが起きた際、どこのどれに異常が出たのか把握しやすくなる。それは応急処置を施す際に有効な情報をもたらす』

「備えよ、常に―――の精神ですね」

『そうだ。相手は機械だからな。違和感や痛み等で我々に異常を伝える術を持っていない。
 それに設けられた信号を理解する事で、それをいち早く認識し対処してやるのも衛士の勤めだ』

「了解」

『おしゃべりはこの辺にして、次は適当に動かしてみろ』

 戦術機の主腕主脚の制御は主に2本の操縦桿とフットペダル、そして間接思考制御という第五の入力デバイスを通して行う。
 機体側は事前に「脳波常時監視システム」を通して衛士の脳波(思考)を読み取り、その脳波から統計された結果………動作を円滑に進ませるよう事前に各装甲を動かす。
 そこに衛士自身による操縦桿とフットペダルからの入力を統合させ、最終的に実際の機動―――という流れになる。
 機体側が事前に思考を読むのは、最初こそ初期設定からの統計値を元にしているが、使い続ける事で機体側も学習し、衛士の思考に合わせた事前動作を行うようになっていく。
 このデータは強化服側が持ち、これにより衛士は機体を乗り換えてもそのまま前の機体と同じように扱えるのだ。
 では、実際に動かすとなるとどうなるのか。
 実際に動かす場合、先ほど説明した手順は殆ど意識することはない。
 衛士自身が視覚情報を元に、どう動きたいかを瞬間的にかつ漠然とイメージしたのを戦術機側が認識。
 それを過去の統計から挙動の候補を範囲選択。
 事前動作にどの挙動においても発生する予備動作を実際の挙動で実行。
 雫は早速「一歩前に踏み出し右腕を前に差し出す」という簡単なイメージを瞬間に思い浮かべる。
 その脳波の変化に機体が反応し、事前に候補を選択し入力モードを変更。
 今回は「力強く前進」「脚一つ分前に出す」「通常歩行速度の一歩」の3つが選択される。
 さらに「一歩踏み出す」という漠然な命令を、右か左かを脳波パターンで感知して、雫は左フットペダルを軽く踏み込んだ。
 ペダルが少し動き、機体側が入力されたコマンドを実行。脳波パターンと入力パターンの統計により、今回は「通常歩行速度の一歩」が最終的に選択された。
 その結果―――戦術機がゆっくりと左足を前に踏み出される。
 下半身がそのような入力を実行している間、上半身では同時に「右腕を前に差し出す」という入力がされている。
 機体側の感知手順は同じで、右操縦桿を立てたまま前押し出す。
 アームユニットが少しだけ前に動き、機体側がそれを最終入力と認識して実際の挙動とする。
 それにより、実際の挙動が「一歩前に踏み出し右腕を前に差し出す」という結果になるのだ。
 今回は可能な限りに複雑にかつ面倒のように説明したが、先ほども説明したように実際の戦闘機動ではこのような細かい手順を気にする事はまず無い。
 脳波監視とXM3の処理能力は旧OSよりも早く、そして迅速かつ正確だ。
 レスポンスで云うなら、体感的にはまったく感じないレベルにまで対応が早くなっている。
 脳波統計値の更新も優秀で、ほぼストレスなく機体挙動を実行できる。
 一通り主腕・主脚による動作を確認した後、今度は跳躍ユニットの使用に入る。
 ここばかりは人体にはない別の部位であるため、思考による制御も中々難しい。
 基本的にパネル操作で入力モードを切り替え、フットペダルと操縦桿の入力になるのは旧OSもXM3も変わらない。
 ただし、XM3に関してはこのモードが旧OSのに比べかなり”いい加減”にかつ”繊細”なっている。
 現在の操作モードは云わば【通常操作モード】という云わば移動や作業に特化した操作モードで、次に切り替える跳躍ユニットや銃火器を使用するのに特化したモードを【戦闘操作モード】と呼ぶ。
 これにより操作と思考読取がより戦闘に特化したものとなり、操作もかなり繊細で過敏になる。
”繊細”の部分は先ほどの部分であるが、先に述べた”いい加減”………ここはどこに該当するかというと、各種兵装の使用方法についてだ。
 旧OSでは格闘武器を用いる際には【近接格闘モード】という入力モードがあり、それを選択することで格闘戦に特化した入力が可能となっていた。
 が、XM3ではそのモード自体を廃止し、武器を持ち替えた時点でその入力モードも適用するという、旧OSと比べなくともプログラム間の衝突が起きそうな仕様となっているのだ。
 もっとも、ここを突き詰めた所で今は関係ないのでこれ以上の言及は避けよう。
 ともかくとして、FCSを起動させてはいないが【戦闘操作モード】に切り替える。
 この辺の融通も、XM3ならではと言えるかも知れない。
 ちなみにモードは切り替えても画面上での変化は無い。
 あるのはパネル上での変化くらい。
 モードが切り替わった時点で下手に操作することはできない。
 先にも述べたがXM3は”敏感”なのだ。
 このモードでは移動操作は操縦桿に切り替わる。フットペダルは跳躍ユニットの制御に回る。
 これに思考制御も加わる事で、より複雑な制御が可能となるわけだ。
 軽く操縦桿を前に押し出す―――途端に戦術機が歩き出す。
 先ほどまでの【通常操作モード】でも歩かせることはできるが、こんな操縦桿一本動かせば歩けるほど簡略にはなってない。
 ゆっくりと歩いてるのを確認し、さらにアームユニットが止まるまで押し出す。
 その動きに合わせて戦術機も歩くのから走りに変わり、全力主脚走行に変わる。
 これだけ激しく走っているのに管制ユニットにはあまり震動は伝わらない。
 正面に見える瓦礫が目前にまで迫る。それを飛び越えるイメージを一瞬で思い描き、左フットペダルを踏み込む。
 跳躍ユニットが火を噴き、一度軽く屈み力強く上に両足で踏み込むことで18メートルもの巨体を飛び立たせた。
 障害物を半分ほど飛び越えた時点でペダルを放し、左ペダルを2回連続で踏み込む。
 跳躍ユニットが上を向き、再度噴射―――機体が急降下。地面に着地する直前に今度は右ペダルを踏み込む。
 跳躍ユニットが真後ろを向き、さらに噴射―――所謂、平面機動に移行。
 機体が前にすべりそのまま次の障害物まで滑り込み、激突前に右アームレストを引き、左アームレストを押し出す。
 機体が滑りながら着地し、横を向く事で足にテンションをかける。
 障害物から3メートル手前で、戦術機は停止した。

「―――ふぅ………私達が使うOSは直感的に動かせるようになったと聞きましたが、あまりそのような感じはしませんね」

『ふむ…旧OSを経験してない者ではやはり差を実感できんか…先ほど貴様がやった跳躍機動は旧OSでは一人前の衛士でないと簡単にはできないものなのだがな』

「そう…なんですか?」

『戦術機というのは云わば自分の身体の延長だ。
 制御系システムの名称が”間接思考制御”と呼ばれるように、戦術機は人間の思考を読み、その思考通りに動きながら我々に何千倍もの力を与えてくれる』

「単純に操縦桿とフットペダルだけの操縦では駄目なんですか?」

『戦術機という巨大な兵器モジュールを制御するには、それだけでは圧倒的に足りない。
 先ほどの動作も、間接思考制御無しでやろうとすればもっと手間がかかり、ギクシャクした動きになる。
 大げさな言い方だが、歩かせるだけで明日が来るな。
 間接思考制御が受け持つ事前動作が、機敏な挙動を取る上でもっとも重要なのだ』

「了解」

『ちなみに、古参の熟練衛士から言わせれば戦術機は”乗る”のではなく戦術機に”なる”という感覚を持つそうだ。
 貴様もそのレベルにまで機体と向き合え。それが衛士の最低条件だ。
 次はFCSを立ち上げろ。解ってると思うが兵器使用は限定のままだぞ?』

「了解」

 起動時に操作していたパネルキーを叩き、FCSを起動させる。
 旧OSまではFCSには複数のモードに分類されパネルキーでモードを選択していたが、XM3ではそのようなモードはあるにはあるが、パネルキーで操作することはない。
 XM3がより状況に則した仕様になったように、入力側も状況に則した物へと仕様が変更しているようだ。
 さて、FCSが起動したことで視界左右下に兵装アイコンが展開する。
 それぞれ左右に装備された兵装が表示されており、それぞれ武器側に登録されたデータを読み取り、そこに名前が表示される仕様となっている。突撃砲に関してはさらに弾数が表示する。
 現在装備されているのは右から【36mm突撃機関砲】【120mm滑空砲】【65式近接格闘短刀】。
 左に【74式近接格闘長刀】【65式近接格闘短刀】がそれぞれ装備されているのが解る。
 どちらも主腕に装備されておらず、また制限が設けられているため『使用制限』の表示が。
 これでこの戦術機は本当の意味で「戦術機」としての姿を取り戻す。

「FCS起動確認」

『解ってると思うが、現在は使用制限がかけられている状態だ。通常は指揮官のコード入力で外すものだが、手動入力することで解除することもできる。通常作戦ではその手間を省いて最初からコードを入力し、口頭でのみの指示で制限をかけることもある。指揮官講習を受けている身なら、どちらが正しい判断なのかは自分で考えろ』

「はいっ」

『”兵器使用自由”は便利な言葉である反面、パニック状態の衛士が兵装を扱う自由も与えてしまう。特にBETAと交戦中にこのような症状に陥った衛士は所構わず乱射ことが多い。
 ケースバイケース………この場合どういう判断が正しいか等という議論は平行線を辿る事が多い。単発射撃による精密狙撃または短刀による障害排除、コード入力による兵器使用の制限、口頭による自制、あまり使いたくは無いが該当機の破壊………これら全て状況により正しくもなり、間違いにもなり得る」

「味方を撃つことも…ですか?」

『そうだ。乱射によって味方に被害が出ることもある。それで死者が出ることも、進行方向を埋めてしまい最悪作戦に支障が出ることもある。可能性の話ではないぞ?これは実際に起きた事例だ。この時、指揮官は先ほどの選択を早急にかつ迅速に強いられる。遅れればその分無傷の味方が危険に晒され、作戦への影響も出てくる。
 貴様はその選択を強いられる立場に立つ可能性が高い。実際にその場面に立ち会う前に、そうなった場合の想定を何度も思考しておけ。時間は有限、どう使おうとも二度と手に入らないものだということを頭に入れておけ。
 ………話が少し逸れたな。ではまずは突撃砲から使ってみようか。兵装担架に装備されている突撃砲を主腕に装備させろ』

「了解」

 教官からコードが入力され、兵装の【36mm突撃機関砲】の上に表示していた『使用制限』が消えた。
 続けて右側兵装横に『選択兵装』という、現在選択してる兵装を解りやすく示す矢印としての役割を持つ表示が現れる。
 右操縦桿に設けられているホイールキーを回転させ【36mm突撃機関砲】に『選択兵装』を合わせ、ホイールキーをクリック。
 兵装交換を支持された戦術機は、事前登録されている諸作により、最初に兵装担架システムを前方に展開し、それを横からグリップを持たせる。主腕がホールドした時点で担架システムはホールドアームを解放し、そのまま元の定位置に戻っていく。
 主腕に装備された突撃砲が視界右側に表示され、現在使用する部位を青く塗り潰す。

『戦術機の射撃は基本的にFCSに依存している。要約すると、敵を認識した時点である程度機体側が狙ってくれるということだ。衛士は表示されるマーカーをどの順に狙い、撃つのかを指示する役割を持つ。
 が、この他に精密狙撃モードというのもある。
 これはFCSに頼らず照準レクティルのみで狙い撃つモードだ。熟練になればなるほど前衛中衛後衛問わずこのモードを使う者が多くなる。所謂、一種の線引きだな?出来なくても問題ないが出来る方が馬鹿にされず済む。世の中にはその事で相手を蔑む連中もいるにはいるしな。
 訓練中はどちらを使用しても特に咎めるつもりはない、好きに使え。通常射撃モードでも命中率は十分にあるからな』

「そう云われると、精密狙撃モードを使いたくなりますよね………」

『ふ………精密狙撃モードを選んだか。当てられないと赤っ恥を掻く事になるが、いいのか?』

「乗せた人が今更言わないでください」

『簡単に乗せられる方が悪い。ドローンを展開する。全部当てろよ』

 レーダーに正面に3、左右に2つずつ光点が表示される。
 ほぼ同時に視界にも黒い球体が3つ表示された。それぞれに拡大映像が展開し、その上にマーカーが表示される。
 それとは別に、画面中央に照準レクティルが表示される。
 レクティルの横に『RM』と書かれているのは右主腕という意味で、反対に左主腕で使う場合は『LM』と表示される。
 兵装担架システムを用いる場合では『RS』『LS』と表示されるが、全4砲門を全て手動制御するのは衛士の腕の数的にも無理が生じるので、4門同時使用の場合は強制的に通常射撃モードに切り替わるようになっている。
 もっとも、古参の中にはそれをも手動で操作する者もいるようではあるが。
 ともかく、右操縦桿を縦横に倒してレクティルが連動してるかを確認する。
 連動したのを確認し、レクティルをマーカーに合わせて―――トリガー。
 感圧式トリガーが圧力を感知し、機体側が突撃砲のトリガーを引き絞り、36mmの砲弾を一瞬で大量に吐き出す。
 戦術機の突撃砲は通常フルオートモードで使用される。
 その他にも単発狙撃用のモードも存在し、後者は主に支援突撃砲で使用する他、施設などの極力破壊するのは躊躇われる物に取り付いた敵生体を無力化するためにも用いられる。
 レクティルを操り正面に残る2つの的を無力化すると、左右のアームユニットを前後反対にスライドさせて機体の向きを変える。
 その入力に従い機体も横を向き、レクティルを正面の時と同じように合わせて打ち抜く。

『よし、その姿勢を維持したまま突撃砲を格納。担架システムを用いて後ろにいるドローンを撃破しろ』

「了解」

 パネルを操作して突撃砲を担架システムに戻させる。手順は装備するのと同じ手順だが、主腕から担架システムに移っていく過程が違う。
 この辺りの制御は使用頻度の多さから殆どオートで行われるようになっている。
 網膜投影の上に長方形の形で後方の画像が映し出される。その上にマーカーが灯る。
 担架システムの操作は主にパネルを使う。機能的には突撃砲の使用に限定した主腕ではあるが、それだけのために操縦桿を一つ埋めるのは効率が悪い。担架システムでの射撃角度は限られているのもあるため、パネル操作で行うには十分と云える。
 また、担架システムの制御は通常射撃モードに限定されるため、レクティルを制御する必要はない。精々トリガーとロック送りだ。
 余談だが、操縦桿を手放した状態でも主腕の突撃砲を撃てるよう主腕用のトリガーも用意されている。
 さて、マーカーがロック状態になったのを確認し、パネルキーのトリガーボタンを押す。
 テンポ良くトリガーボタンを叩くのに合わせてマーカーが画面上とレーダー上から消えていった。

「―――目標全て破壊を確認」

『結構。今回は的は動かなかったが、実戦では有機的に動く上に反撃もしてくる。
 もっとも、そんなことは後々徹底的に泣いて感謝するほど叩き込んでやるから安心しろ』

「ありがとうございます!」

『ふん。次はお待ちかねの近接格闘戦の復習だ―――長刀装備』

「了解」

 合図と共に左操縦桿のホイールキーを回して兵装選択に【近接格闘長刀】を合わせる。
 機体が自動で担架システムをホップアップ、頭の真横付近にグリップが来たところで左主腕が動いて保持。それとほぼ同時に担架システムに設けられた8つのロックボルトが強制排除され、中央に隠れていたハンマーが長刀の背を叩き、力強く前に振り出された。

『長刀は見ての通り攻撃距離が短く範囲が広い。
 また通常火器に比べ圧倒的に重いので常に主腕へ負荷がかかるのを頭に入れておけ。
 長刀の制御は基本的に装備した側の操縦桿で行う。装備した状態でトリガーを引き絞り、操縦桿を前後左右に振ることで長刀を振るうことができる。トリガーを引いていない状態では通常機動による入力となる。
 これは突撃砲を扱ていれば解るように、一種の安全装置としての役割を担っているためだ。無闇に振り回されても、周囲の味方に迷惑がかかるだけだ。
 ―――話はこれくらいにして、やってみろ』

 左トリガーを引き絞り、操縦桿を手前に倒す。戦術機はそれを認識し、左手に持つ長刀をゆっくりと振り上げた。人工筋肉の動作音が止まると、今度は思いっきり奥へ操縦桿を倒す。長刀が勢い良く振り下ろされ、大気を切り裂く小気味良い音が響いた。

『説明を忘れていたが、日本刀特有の”引き”は基本的にオートで行われる。だが、この動作は他国製戦術機にはないので、乗る機会があれば気をつけろ。棍棒のような扱いになるからな。
 近接格闘武器のモーメントは一番国柄が出るものだ。初乗りの際はそれが優先されるということを理解しておくんだ』

「了解」

『よし、次は白兵機動によるちょっとした格闘戦を行う。
 長刀装備状態を維持したまま、目標を白兵戦にて撃墜しろ。
 向こうは動かない的だが迎撃はしてくるぞ』

「―――目標を確認。戦術機と識別しました」

『戦闘開始(オープン・コンバット)』

「了解(ヤー)!」

 レーダーと視界に戦術機を認識―――
 マーカーが即座にレッド(敵)と判別―――
 右フットペダルを踏み込み、同時に両アームユニットを押し出す。水平噴射跳躍が実行され、間合いが一気に縮まる。
 と、敵戦術機が突撃砲を発砲、操縦桿を真横に倒す。機体が正面を向いたままスライドし、砲撃を回避する。今度は反対側へ倒し、一時期的着地、踏ん張らせたまま左フットペダルを踏み込む。
 地面をえぐりながら斜め上へ力強く跳躍し、放物線を描きながら側転し火線を飛び越える。着地と同時に再度右フットペダルを踏み込み、正面切って噴射跳躍。
 ほぼ同時に左トリガーを押し込み、真横に倒す。長刀を真横に構えたまま一直線に機体は滑り、マーカー上に近接武器の射程内に補足したという二重ロックマーカーが重なり―――直後、銃口が向けられ―――砲撃。
 トリガーを離し、操縦桿をそれぞれ内側に倒す。機体が噴射跳躍をやめてしゃがみ、しかし慣性に押され滑り、頭上スレスレを火線が走る。
 その間に左フットペダルを踏み込み、正面に向かって再度跳躍。同時に左トリガーを引き絞り一気に操縦桿を反対側へ倒す。真横に一閃された長刀が敵戦術機を一方的に切り裂き、スーパーカーボンが擦れ合う特有の金きり音が響く。
 直後―――爆発。

「敵機撃破を確認」

『戦闘終了…基本操作はほぼ完全に習得したようだな、結構。
 今回は1から各種動作を確認していったが、実際にはもっと的確で迅速な判断と入力が要求される。
 XM3で反応速度が向上しているとはいえ、その根本的な部分は一切変わらない。
 制御については面倒だと思うが、慣れろ』

「基本的にはそこに行きつくんですね」

『戦術機というのは面倒な兵器だ。人間の意志を機械に伝える手段は今も研究中だが、今は既存のシステムを用いるしかない。
 再度云うが、慣れろ。徹底的に。骨の髄にまで染み渡り、条件反射で身体が動くまで。
 考えたことがそのまま戦術機で実行できるくらい乗りまわせ。いいな?』 

「はいっ!」

『よし、今回の訓練はこれで終わりだ。上がっていいぞ源』

「ありがとうございました!」
最終更新:2009年08月02日 22:11
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