マブラブオルタネイティヴ~暁の空へ~ 外伝
雛鳥
BETAの波を掻き分ける、12機の吹雪――その一連の動きには、小さな違和感が積み重なることで生まれた、大きな歪が存在した。
「B203、遅れているぞ。204…前に出すぎだ、隊列を乱すな。」
網膜投影に中隊長の顔が映る――普段の柔和な笑顔とは違った顔…目は見開かれ、物言わぬ威圧感がある。
「すっ、すみません!!」
「わかってるわよ!……Merde!(クソッ!)」
中隊長の叱咤とエレメントの苛立った声を聞きながら、ふと我に返る。
(いけない、この前も散々叱られたんだった…。)
だが、時間が経てば再び焦る…突撃前衛が足止めをした突撃級の息の根を止め、迫り来る要塞級の腕を切り落とし、前へと進む……前へ、前へと。
どうせ自分には未来が無い…未来へと命を繋ぐことが出来ない……ならば、自分に出来るのは目の前の人類の敵を殺すことだけ…前へ進み、戦い、前のめりに死ぬことだけ―――シュミレーターと言えど、ひたすらに化物を挽肉にするという単純作業は、少女の心を容易に蝕んでいく。
「っ!…あっっ!!」
視界の隅に影が映る。――咄嗟に離れるものの衝撃を受け、思わずうめき声が漏れる――視覚外からの一撃。
「ちーちゃん!危ないっ!!」
B103――聞き慣れた仲間の声がしたかと思うと、強襲掃討装備の吹雪が目の前に現れる。
4門の87式突撃砲から吐き出される36mm劣化ウラン弾が、目の前の異形をなぎ払う――正確に、そして的確に。
「中隊各機、鶴翼型にて戦線を維持。」
「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」
10機の吹雪が陣形を取り、我武者羅に向かってくるBETAを迎え撃つ。
「B203、状態を報告しろ。」
「はっ!…左腕中破…でも主機に問題ありません、まだいけますっ!!」
素早く機体を立て直す――冷や汗が出る――もたもたしただけ、皆に迷惑がかかる。
「分かった…ただし、しっかりと回りに合わせ、無理はしないこと。」
「了解ですっ!」
返事だけは良いのだからと苦笑する中隊長、直ぐに顔を引き締めると中隊各機に激を飛ばす。
「中隊各機、兵器使用自由。囲まれる前に傘弐型にて突撃するっ!」
「「「「「「「「「「「了解っ!」」」」」」」」」」」
国連軍横浜基地所属 再訓練部隊 B中隊
5月7日 シュミレーター訓練結果
シュミレーション難易度:B
目標:60分生存―クリア
中破:3
小破:7
備考:中隊の連携に問題有、特にルイーセ訓練兵、前田訓練兵に指導の必要性有。
「はぁ、問題児…か……。」
B中隊を教導する間桐辰妃は、思わず溜息を吐く――何故こんな状態なのかと。
佐官尉官を訓練兵として扱わざるを得ない再訓練部隊では、部隊編成にも何かと気が使われている。
気性の荒い者や、出向中の
帝国軍衛士は日野のA中隊へ回される傾向にある。
逆に士門のC中隊には誰の配慮か、比較的大人しい面子を集めている傾向がある。
つまり、自分のB中隊には何の問題もない無難な面子が集まる……はずであった。
しかしながら、現実は違う――多くの問題児の存在。
そもそも、前線には気性の荒さが問題となるような衛士は珍しくなど無い。
そういった方向性とは違った問題が、B中隊には存在した。
高貴な生まれとしか隊員達は知らないが、実はノルウェー王国の第3王女であるソニア・ルイーセ訓練兵。
この横浜基地で知らぬ者はいない極東の魔女こと、香月副司令の関係者たる宗像美冴訓練兵、風間祷子訓練兵。
非常に扱いに困る3名…そして、品行法方正とは言えないその他数名。
逆に普段は品行方正であるにも関わらず、何度注意しても問題が改善されない前田千歳訓練兵もまた、どうしていいか非常に困る。
単なる訓練兵の指導のように、ただ単に力で押さえつけても上手くはいかない。
(むしろ、完全に品行方正な軍人の方が珍しいのかしら。)
自分の上司を思い浮かべ、次にCPである…まさに品行方正な少女を思い出しながら、辰妃は歩いていった。
再訓練部隊では、シュミレーター訓練や実機訓練の後、必ず専属医療チームによる健康診断が存在する。
圧倒的衛士不足の現在、その実力よりもこの健康診断の結果が、衛士復帰への重大な判断材料となると言っても過言では無い。
一度の戦闘すら耐えられない衛士など、使い者にならないからである――もちろん、実力が高いに越したことは無いのだが。
「ちょっと、どういうこと!?」
健康診断を行っている一室の前、その廊下で苛立っている少女がいた。
周りの人間には勘弁して欲しいとばかりに溜息をつく者もいるが、本人は気付いていない。
「あの…落ち着いて下さい、ソニアさん。」
「私に散々この隊の流儀だなんだって言って、なんであいつ等はいないのよ!?」
「仕方ないやろ…あの二人は特別なんやで。」
「はぁ!?この私を差し置いて特別っ?」
一人喚いているのがソニア・ルイーセ訓練兵、宥めているのが
ファム・ティエン訓練兵、さらに苛立たせているのが田沼福太郎訓練兵である。
ことの始まりは、大したことでは無かった。
入れ替わりの激しい再訓練部隊において、隊の連携を高める為にも日ごろのコミュニケーションは重要である。
その為、健康診断時において、問題があって精密検査まで回るなどのことが無ければ、基本的に全員が終わるのを待ちながら談笑するのが通例となっていた。
ソニアなど、自分が人の為に待つという状態を嫌がり、入隊当初は揉めたものである。
紆余曲折の末、他人に合わせることを納得しはじめていたソニアであった…が、最近特殊任務で訓練をたまに抜けていた宗像、風間両名が、本日も同様に小さな少女に連れられ、皆を待つことなく行ってしまったのだった。
ただでさえ、シュミレーター訓練の結果でイライラしていたソニアには、耐え難い状態らしい。
「あのなぁ、お前が名家の生まれやって言うけど……あの二人は此処の実質No.1の関係者…少なくとも此処じゃ、お前よか特別やで?」
「こんのぉ「そ、ソニアさん。」…わかったわよ。」
怒鳴りかけたソニアであったが、さすがに目の前で泣きそうな少女に見つめられては、気が萎えてしまうというものである。
「でもさぁ、ソニアちゃんの言うこともその通りなんだよね~。今日のはともかく…普段の訓練ですら、たま~に抜けるのを朽木大尉が黙ってるんだから…よっぽどだね。」
故意かたまたまか、話を二人から上官へと話を摩り替えたのは、柳夏純訓練兵。ちなみにずっと会話に参加せず、本を読んでいるのが、チャンドリカ・ワルダナ訓練兵である。
問題の宗像、風間の2名、そして廊下で待っているのが5名。残りは5名であり、現在は健康診断を受けている。
「あの人も偉そうなこと言っても、上に逆らえないだけやろ…鬼教官も形無しやな。」
「ま~たそうやって福ちゃんは嫌味ったらしく言う。朽木大尉の悪口ばっか言ってると、また虎ちゃんと喧嘩になるよ?」
嫌そうな顔をして語る福太郎、彼は何かと朽木を毛嫌いしており、現在診断を受けている芦川虎児訓練兵のような、朽木を慕っている隊員と揉めることもあるのだ。
「福太郎が偉そうに言うんじゃないわよ!」「おうふっ!!」
「…口は、災いの元。」
鳩尾に拳を受け、うずくまる福太郎、冷ややかに呟くチャンドリカ。
年齢も元の階級も違う男女が集う再訓練部隊は、多少馴れ馴れしすぎるくらいで丁度良いのかもしれない。
「貴様らっ!何を騒いでいる!!」
「け、敬礼!!」
突然響く、辰妃の声――とっさに直立し、敬礼する4人…としようとプルプルしている1人。
敬礼を返し、不機嫌そうに辰妃が呟く。
「貴様らな…仲が良いのは良いが…常識として、迷惑にならない範囲というのがあるんじゃないか?」
「「「す、すみませんっ!」」」
緊張する3人に対し、あららと緊張感無く笑っているのが1人、そして…頑張っているのが1人。
「それにな…少し話を聞かせて貰ったが…お前らに忠告しておく。」
難癖をつけられれば、上官批判ともとられかねない会話を思い出し、とっさに青くなる一同。
「朽木大尉の前で、く・れ・ぐ・れ・も、先ほどのような会話をするな……あの人は、鬼教官どころか……………ほ、本物の鬼だ……。」
突然何かを思い出したのか、小刻みに震えだす辰妃。
「きょ、教官!?大丈夫ですか?」
この辰妃の怯えっぷりは、たっぷりと尾ひれがついた後に再訓練部隊や子鬼に知れ渡ることとなる。
こうして今日もまた、嘘か本当か分らない朽木の噂話が増えていくのであった。
Fin.
最終更新:2010年04月18日 22:43