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1日目・前編

 それは、突拍子も無い光景であった。
 源 雫率いるA分隊全員が身に着けているのは、この世界ではあまり使うことがなくなった空挺降下装備。
 そして今、彼女等がいるのは中型輸送機C-130の胴体内コンテナ。しかもその物資搬入用ハッチの前。
 駄目押しに氷室 法子軍曹の非常に簡潔で解りやすくかつノリノリで、そして不可解な作戦内容により、A分隊全員は目が点に………と言うより、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「………作戦の最終説明を行う。今回貴様らに与えられる試験は、眼下に見える無人島に一週間生き抜くこと。状況は搭乗機がレーザー級の照射により撃墜、運良く生き残った貴様らは救難信号を発しながら救助を待つ…という筋書きだ。
 なお、簡単な宝探しも用意してある。合流ポイントを書き記した地図が島のどこかに隠してあるから、期間内に見つけて当日までにそのポイントに到着していろ。
 今までの訓練を血肉できているならこれほど簡単な試験もないだろう。精々バカンスを楽しんで来い」
 ニヤリと笑う氷室とは正反対に、A分隊一同は「何かある」と一抹の不安を抱えていた。
 ここまで簡単な試験だと、逆にむしろ何かあると思うのは仕方ないことなのかもしれない。
「―――時間だ。全員降下開始!一週間後に会える事を楽しみにしている」
 口約束もほどほどに全員の尻を叩き、機外へと追いやっていく。
 最初に久我が降下し、次いで都、悠希、勝名、雫、綾華と飛び降りていく。
 快晴なれどやや荒れ気味の気象の中を落ちる。先に意気揚々と飛び降りた久我が早々にパラシュートを展開。ついで都―――なのだが、横からの突風に晒され姿勢が安定してない。その次に降りた悠希も同様で、しかし空中での姿勢制御にはある程度心得があり、なんとか安定にできる。が、規定高度がすぐそこまで来てるのにも関わらず、都の姿勢は安定していない。
(まだ、都の展開高度は余裕があるか?………出来る限り接近する!)
 無謀だろう。自分でもそう思う。だが、思うより一足早く身体は空気抵抗を減らすよう姿勢を変えていた。
 ………雫ではない者を助けようとする自分に、僅かながら驚いてる自分に驚いた。
 悠希にとって、人を助ける順位は雫が1番にあり、後はその他大勢で区切られている。少なくとも、本人はそう自覚していた。そのつもりでいた。そうだと考えていた。
 だが今は、つい数ヶ月前に出会った娘を救おうと動いている。
 無論、試験の最初から躓きたくないという思いはあったかも知れない。だが、その損得勘定を計算する前に、体が動いたと認識した悠希にとって、その刹那の間で判断した自分に驚かずにはいられなかった。そして、その事で驚く自分に驚くという、二重の衝撃を受けることも。
 そうこうしてる間に都がなんとか自力で姿勢を立て直し、辛うじてパラシュートを開こう―――とするのだが、開かない。
 一気に顔から焦りの色が広がり、軽いパニック状態に陥る。予備のパラシュートの存在すら頭の中に消えているのか、必死になって何度もメインの紐を引っ張る―――だが、開かない。
 都が必死になってコードを引いてる状態から見るに、悠希から見ても軽いパニック状態であるのが手に取るように解る。
 しかし、そうは云っても悠希自身も危険なのは変わりない。自身のパラシュート展開高度はとうに過ぎている。上では既に展開してるようだが…
(―――捕まえた!)
 殆ど自由落下になっている都に全身を使って鷲掴む形で抱きつき、衝撃でより崩れたバランスを立て直しながらパラシュートを展開。何が起きたのか良く把握できてない都が悲鳴に近い声を上げるが―――足元には既に樹木があった。
「―――っ!!」
 咄嗟に都の頭を抱え、身を出来る限り縮める。同時にパラシュートを切り離し、

 ―――盛大に木々を薙ぎ倒す音と、驚き空へと逃げる鳥の羽ばたきが響いた。

「悠希!都!」
 浅瀬に下りた雫らが一目散に二人の元へ駆け寄る。
 隕石でも落下してきたのではないのかと云わんばかりの惨状に、”最悪の事態”が脳裏に過ぎる。切り離されたパラシュートが、無残な姿で折れた枝に引っかかっているのが否応無しに視界に入り、それが余計に目に付き、最悪の事態がより強調される。
 背筋に冷たい汗が流れるが、嫌でも解る。だが、それで脚を止めることはできない。
 どんな状態であれ、確認しないといけない。それが分隊長の責務なのだから………
 とはいえ、そう覚悟を決めようとしても、理性はそうしようしてるのに、気持ちが追いつかない…最悪の事態を考えなければならないのに、意識がそれを拒んでいる。
 昔から、何度もやってるはずなのに………が、それが児戯なのだと、本当の意味で最悪の事態を想像したことがなかったのだと、こんな所で痛感することになるとは…
 幸い………というべきなのか、悠希と都が落下した場所はすぐ近くな上、枝や木々を薙ぎ倒した跡が目印となり、方向に関しては特に迷うことはない。
「二人とも、生きてるなら返事して!」
 落下物の終着点に向かって叫ぶ。何度も、返事が返って来るまで。
「声が出せるなら出して!出せないなら何でも良いから叩いて!」
 たどり着くまでに4回ほど叫んだところで、
「無事だ、都も大丈夫っ」
 返事が返ってきた。
 途端、重かった足取りが軽くなる―――気がした。
 最悪の事態ではない事に安堵し、その軽くなった脚で駆け寄る。
「よぅ………分隊長」
 たどり着くと、そこには樹の股にすっぽり収まるようにして、都を抱いて蹲る悠希の姿があった。
 少々引きつり気味な笑みを向けるその余裕に、本格的な安堵が雫らの胸に広がり、撫で下ろす。
「怪我はない?動ける?」
「問題ない。都、起きろ」
 失神していたのか、悠希の腕の中で眼を閉じて反応がない都を揺する。まったく反応しない都に、今度は両肩を持って、一拍の気合を叩き込む。
「ひゃふっ!?」
 強引に起こされたのに驚き、奇妙な声を上げた。
 何が起きたのか辺りをしきりに見渡す。が、すぐには状況が飲み込めず「え?あれ?」を何度も繰り返す。
 そんな都の頭を雫が優しく撫で、「もう大丈夫よ、安心して」と努めて穏やかに語りかけた。
「しっかし、あの状況で落ちてカスリ傷無しかァ」
「厚手のBDUと無数の枝のお陰でしょう。普段曲芸してる悠希さんですし、あの状況でもお猿さんみたいに動いて上手く衝撃を殺せたのでは?」
 後から追いついた綾華らが状況を見つつ、パラシュートを回収しつつ話し合う。
 不可解とは思うものの、悠希の普段の行動が思い浮かばされ「まぁ出来なくはないか」という結論に至り、それ以上の言及は無かった。
「あと、その木々が柔らかくて上手い具合に衝撃が分散したのかもね。
 とにかく良かったわ、二人とも無事で」
「ちくしょぅっ、これで都ちゃんの森りんへの株が跳ね上がってる…!これじゃオレルートに入れないじゃないかっ」
「「「………はぁ」」」
 約一名を残して全員が溜息を吐く。とはいえ、その間にも悠希は別のことを考えていた。

(まるで痛みがなかった…有り得るか?そんなこと………)

 都を抱いて落ちたのに。尽く枝をへし折ってるのに。衝撃が殺し切れてなかったのに。
 なのに、”無傷”。
 確かに都を抱いて落ちた時、できる範囲で受身を取ろうと大小問わず枝や木々を踏みつけ、蹴りつけ減速を試みた。ハズだった。
 なのに、どこも痛くない。掴もうとしたはずの手も、蹴ろうとした脚も。

 ―――有り得ない。有り得るはずがない。

 確かにパラシュートは展開し、減速は気持ちできてはいただろう。だが、規定の減速値に達してたかと云うと、断じて否だ。
 脚の一本、腕の一本を覚悟して切り離したのに、実際には何も無い。精々、都を受け止めた時の衝撃だけだ。

 ………背筋に冷たい何かが走る。
 未知への恐怖は、例えBETAがいようとも人類からは切り離せない。本能から来る無知故の恐れは、例え人類が進化しても逃れられないハズだ。
 何が起きたのか解らないのに無傷という、この状況。
 皆は俺が超人的な動きで助けたのだと、そういう話で決着が着こうとしている。
 そうした努力はしたが、だからと云って無傷というのはおかしい。衝撃による痺れすらないんて………
 だが………それを雫に伝えるのは正しいことか?過程はどうであれ、結果は俺も都も無傷で着地、試験への影響無し、だ。
 ここで余計な話をして、余計な混乱を与えるのは良くない………と、思う。
 仮に話すとなると、要領の得ない話になるのは確実だ。自分ですら何が起きたのかよく解らないことを相手に伝えても、相手も的外れな回答を出してくる可能性がある。それが雫なら、彼女への周囲の評価を下げる一因になることも考えられる。それは避けなければならない。
 ならば、今は口を閉じ、ある程度憶測が出来たとき、彼女に伝えよう。憶測ができなくても、黙っていれば誰も解らないことなのだから。
「ところで………いつまで都を抱いてるつもりかしら、森上 悠希?」
「あ、いや、これは失礼」
 何故か急に冷たい眼で見る雫に、慌てて都を立たせる。その目に先に反応した都は、何故かブルブルガクガクと震えていた。
「ほら、みんなも喋ってないで装備を隠して!3分以内に隠蔽、集合すること!」
『了解!』
 雫の一喝に、蜘蛛の子の如く散らばっていく―――



「分隊―――しゅーごーっ!」
 各員のパラシュートを埋める作業が済むと、雫は一度全員を集めた。
「今回の総演は”生き残る事”に争点がまとまってるのは理解してるわね?
 そしてそれを維持しつつ合流地点が記された地図の確保。これらを私達は平行して処理しないといけないわ。
 綾華、今私達が持ってるレーションの数は?」
「どれほど切り詰めても、2日が限界です」
 先にレーションの数を把握するよう命令されていた綾華は、率直な意見を口にする。
 大凡予測していたのか、その返答に一度首を縦に振り、全員を見渡す。
「人間、水さえあれば一週間生きられるとは云われてるけれども、これは試験よ。
 食料調達も採点の1つになってると考えていいわ。
 また、雨を凌げる場所も確保し、合流地点を把握するまではそこを拠点に活動する必要もあるってワケね。
 よって、分隊を2人1組(ツーマンセル)に分けて、各問題を攻略していくことにするわ。
 当面使用することになる拠点を構築する工作隊、合流地点が記された地図を探す探索隊、そして食料を確保する食料隊………この3つに分けるけど、ここまでで何か質問ある?」
 全員を見渡し、無言であることを「質問なし」と判断し、次に進める。
「それじゃ、次に組分けを発表するわ。
 先に食料隊だけど、これはサバイバル知識が豊富な悠希とその手伝いに都を充てるわ」
「了解」「了解しましたっ」
「工作隊は私と綾華が担当、残りの勝名と久我が探索隊とします。
 以上、何か質問は?」
 その瞬間、勝名が烈火の如く雫に噛み付く。隣に突っ立っていた久我を指差しながら、
「ちょっと待てよ!なんでオレが久我と一緒なんだよ!?オレの貞操がどうなっても良いってのかよ分隊長!?」
 と、虹が出来そうなくらい唾を飛ばしながら喚く。
 その唾を片手で遮りつつ、
「久我の好みじゃ勝名は対象から少し外れてるから大丈夫よ」
 実になんて事は無いと言いたげに流す。さり気に意味深な発言を残しつつ。
 それを本能で拾い上げ、さらに噛み付く。
「どーいう意味だよ!?久我に聞いたのか!?もしかして分隊長はそーゆー関係にまで進んでたのかよ!?」
「襲おうとした回数が勝名が一番少ないのよ」
 勝名の猛攻をさらりと流し、またさらりと驚くような事実を語る。
 その瞬間6人の間が”ガチリ”と音を立てて凍てついた。そんな感覚が、久我と勝名にだけ襲った。
 錆びた歯車が軋みながら廻るような音を立てながら、ゆっくりと勝名は久我の方を向く。何かから逃れるように、むしろそんな話聞こえないとばかりに明後日の方向を向きながら口笛を吹く久我。
 しかし、その顔には真夏に近い外気と湿気から来る発汗だけではない、もっと別の汗が流れているのは語るまでも無い事実であった。
 鬼の形相とも取れる勝名の睨みに、視線から逃れようと必死の久我。だが、流石に限界を感じたのか慌てるように取り繕う。
「いや別に勝名ちゃんが可愛くないって言ってるわけじゃないんだって!襲ってるのがその証拠!勝名ちゃんはほら、力強いじゃん?ボクそれには負けるからやっぱり襲いやすい娘を狙っただけで、それに胸が大きくも小さくもない勝名じゃ楽しみが少ないとかそんな無礼な事は考えてないっていうかそれ以上の他意はないって本当他意はないんですってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 必死に言い訳を並べる久我の脚を払い、徹底的に仕込まれた格闘術を如何なく発揮して関節を完全に決める。勝名に対する贖罪のつもりかは定かではないが、久我はその一部始終に一切の抵抗を挟む事は無かった。
 ………単純に抵抗するだけ無意味だと悟ってるとも考えられるが。
「………話を進めるわよ?
 探索隊はひとまず周辺の地形を確認することを第一にすること。何か見つけてもそれを直接確認しに行こうとは思わないで。それと日が沈む前までにこちらに合流すること。初日だからって飛ばす必要もないからね。
 食料隊もある意味探索隊の延長ではあるけど、基本は食料確保を優先してね。できれば水源も探してくれると助かるわ。無いなら無いでその時考えましょう。
 工作隊は先に拠点になりそうな位置を探索し、日が沈む前にここで待機。云い忘れてたけど、食料隊も同じね?」
 ここは自分達にとって未知の島だが、教官たちも流石に訓練兵を殺すような動物がいる島には投げ込まないハズ…という前提ではあるが、その上で初日の行動をまとめていく。
 初日から合流地点が記された”モノ”を探すには、今はまだあまりに情報不足だ。
「情報を制する者が戦を制する」のは、遥か昔の人類同士の戦争から今のBETAとの戦争でも同じ。
 その情報を得るためと、そしてその情報をより有効に扱えるようにするための下準備を、雫は整えることにした。そういう判断を下したのだ。
「各班は役割を把握したわね?
 再度云うけど、日が沈む前にこの地点に集合すること。帰って来れなかった場合の話はしないわよ?出来ると信じてるから。
 ―――行動開始!」
 雫の一声に、各自が蜘蛛の子を散らすように散会していった。



 島の大山の天辺が水平線から僅かに覗ける位置に停泊する戦術機揚陸艦……その中にあるCIC室に氷室は立っていた。
 戦術機母艦用のではあるため必要最低限の設備しか整っていない場所だが、そこに映し出されている試験会場である元・無人島の状況を確認するだけならば十分過ぎる設備が整っていた。
 先に飛んで行った中型輸送機は別の空母に着艦し、その脚でボートを使ってこの戦術機揚陸艦に移動。こんな贅沢を許されるのは単に大場基地司令の人徳の賜物だ。そういう事にしておこう。
 恐らく日本帝国側の思惑も色々噛んでるのだろう。あわよくばこの訓練兵を接収できる口実の一つとして、作り笑みを浮かべて表向きは気持ちよく貸し出した………と云ったところか。”百里の狸”がその程度の搦め手を黙って見逃すはずもないだろうが。
 揚陸艦の一角には、もしものためにと夕雲が1機、随伴する形で載せられた撃震が2機格納されている。
 特に何か起こるわけでもないだろうし、この島はどのハイヴからも十分過ぎるほど遠い。身の危険という意味では日本よりも安全だ。
 しかし物事は常に備えるべきだ。BETAが来なくとも試験中の事故で1秒を争う事態に陥る可能性もあるし、未確認の大型動物に襲われる危険もある。
 特に後者の場合は、襲われた場合即座に救助しなければならない。例え試験が失敗に終わってもだ。命をコストで図るのが軍隊だが、今回の…というより、あの訓練兵達はあらゆる意味で今後の雛形となる金の卵。それを未知の障害によって失うことは避けた方が良い。
「(………とはいえ、少々過保護な気もするがな)」
「?何か云ったか、氷室軍曹?」
「いえ、なんでもありません中尉殿」
 隣に座って共に島を監視していた中尉の問いに答え、再度大型液晶ディスプレイを見る。
 あまり見慣れない大型電子ディスプレイを睨み続けてるせいか、妙に肩が凝る。軽く首をかしげ、肩を軽く叩くがみっともないと思いすぐにやめる。
 たかだか訓練兵の一試験…そのために戦術機母艦を一隻持ち出すなんて。しかも戦術機まで持ち出して有事の際の対応とは…まったく、嬉しくて涙が出てきそうだ。
 ここまでする位なら試験なんて通さずさっさと戦術機過程に飛ばせば良かろうに。その方が予算を食わずに済むし余計な横槍も抑えられるだろうに。
(………これも伝統か)
 ”衛士たるもの、総演を潜り戦術機過程をも通ることで晴れて一端の衛士となる。”
 ………という伝統を守ろうとしてるのか、雛形なのであまり変なことができないのか、はたまた単なる趣味か。
 色々憶測が出来る分、幾分楽しいとは思う。というより、そう思っていないとこの監視はかなり”暇”だ。
 残り7日間。試験はまだ始まったばかりである―――
最終更新:2010年03月13日 03:50
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