隣に・・・

―――なんで、こんなことに……。

―――ただ、ただっ……一緒に居たかっただけなのにっ!

―――どうして? 

―――ねえ? お父様、お兄様……どうして私の隣に……いないの?

佐橋優奈 隣に・・・


部屋の中へと心地の良い風が流れてくる。その風に抱かれるように空に浮かぶ雲は私のような束縛されたものとはかけ離れている。
 私はこの時はただ……いつも、目覚めるたびに変わらない日々が訪れるものだと信じていた。隣に家族がいるのが当たり前の日常……でも、私の家族はいつも隣に……いない。
 今は、胸に手を当てればお父様とお兄様が私を包んで……守ってくれているように感じる。彼らの抜け殻は、もうこの世にないとしても……。


―――2001年 12月25日 『甲21号作戦』開始30分前 

「優奈……私が死んだとしても優奈の隣にいつまでもいるからな。」

「佐橋大尉? 優奈さんってたしか大尉の娘さんでしたよね?」

「ああ……。」

佐橋大尉と呼ばれた男―――佐橋優星(さはし ゆうせい) 帝国軍 ウイスキー部隊 J(ジュリエット)大隊所属の大尉であり、ソード中隊の中隊指揮官である。最近まで中尉であり他部隊の突撃前衛を任されていたがその指揮能力を買われ今は迎撃後衛として活躍している。
その風貌は、優しい顔つきと高身長でありその左手の薬指には“2本の結婚指輪がいつも嵌められている”普段は笑顔を絶やさないような人であるが作戦時となると笑顔はなくなり真剣な顔つきになる。

「娘さん、そろそろ徴兵年齢でしたよね?」

「そうだな。出来れば娘を戦場に出したくないところだ。それも今回の作戦の成否で決まるかもしれないからね。」

「……まあ、佐橋大尉は娘さん大好きですからね。私もそろそろ第一子が生まれるところなんですよ。」

「おお。それは、おめでとう。生まれたらぜひお祝いに向かわせてくれないかな?」

「もちろんですよ! 大尉。そのときは、お祝い品期待してますからね。」

「わかったよ。」

待つ人の隣へと帰ることを誓う。その願いは誰もが持ち、この世で最も尊い人間の生きる意味かもしれない……。


―――2001年 12月25日 『甲21号作戦』開始15分前

「佐橋? なんで、薬指に指輪してるの? もしかして、結婚したの!?」

「違いますって中尉。これは、俺の大切な妹がくれたんですよ。お守りだよって言って。」

「もしかして、佐橋はシスコンかしら?」

「悪いっすかっ! いいじゃないですか。この時代待ってくれている人、守ってやりたい人がいるだけ。」

「まあ、確かにそうね。」

佐橋と上官から呼ばれた男―――佐橋星夜(さはし せいや) 帝国軍 ウィスキー部
ノベンバー大隊所属の少尉であり突撃前衛、ロッド小隊所属となっている。
 その風貌は、いかにも好青年といった感じであり短く切りそろえられた髪は、艶やかに
天使の輪を作り出している。父親譲りなのか身長も高い。

「そういう、中尉だって、どうなんですか? 大切な人ぐらいいるでしょう?」

「…っえ? ええ、そうね。恋人がね……。」

「そうすか。」

(もう死んでしまったけどね……。)

―――佐橋家邸宅

佐橋家―――富嶽重工の幹部に列せられる一族であり、その活躍は戦術機開発に携わることから始まっている。佐橋優星の父が現在も幹部として活躍している。佐橋優星は、佐橋家の三男であり跡目を継ぐ可能性が低いと家から判断されていたため衛士としての道がすでに決められていた。また、その娘である佐橋優奈も跡取りとしての継承権は低いものであったが衛士として活躍する父が家にほぼいないことと母は既に他界していることから現在は佐橋優星の父の下で暮らしている。


「優奈お嬢様。そろそろ、お父上と坊ちゃまのご出撃の時間になります。」

「そう……。私、少し出かけてきます。」

「お気をつけください。お嬢様。」


お父様……お兄様……。どうしてだろう胸がすごく痛いの……。痛いのに苦しいとかよりもお父様とお兄様に会いたいよ。

―――優奈? とっても優奈は強い子なんだ。こんな所で泣いちゃいけないよ。

―――優奈! 泣くなっ! お前は俺と父様が死ぬとか思っているのか?

ううん、そんなことないっ! お兄様だってお父様だって絶対。絶対っ!帰って来てくれるもの……。

心の中でお父様とお兄様の言葉を反芻しながら葛藤する私がいる。作戦前の最後に会った時のお父様とお兄様に抱きしめられたときの温もりだって目をつぶれば今も覚えている。それでも、その温もりがなくなってしまうと思うととてつもない恐怖に駆られてしまうの。

「神様、お願いします。 お父様とお兄様を守ってください。お願いします。」

私は、そう言いながら手を合わせる。そして、また、神社の入り口の近くまで来ると振り向きお祈りをする。お百度参り―――神社やお寺の入り口から拝殿・本殿へと参拝をしてからまた神社やお寺の入り口に戻るということを百度繰りかすお参りの方法である。
優奈は、それをお父様とお兄様が家にいないときに毎日繰り返す。寒風が吹きすさぶ時も雨の時も雪の時も繰り返してきた。そのおかげかお父様とお兄様は必ず無事に帰って来てくれる。

この神社へと続く坂をのぼる度にお父様とお兄様が傍に居てくれるような気がする。人は気のせいだと言う人もいるかもしれないがそれでも私は、そばにいないはずのお父様とお兄様を感じている。
 それでも、本当に私の隣に居てほしい……触れてほしい、力いっぱい抱きしめてほしいと考えてしまう。その願いだけが私の支えとなっているのは紛れもない事実。


前にお父様とお兄様が帰ってきたのは、冬の足音が近づいて来た11月……短い帰省だったから、とても時が経つのが速く感じている。私は、お父様とお兄様が基地に戻られるたびに待ち続ける時間が恋しくて、この待ち続ける場所もいつかは無くなってしまんじゃないのかとか……“二度と帰って来ないと思ってしまう”私がいる。



―――1月7日 佐橋家邸宅 居間

部屋には、一人の軍人と執事とおじい様と私がソファに座っている。

「佐橋優星大尉、佐橋星夜少尉は、作戦中に命を落としました……両名とも最後の最後まで戦い抜いた英雄です。」

え? お父様とお兄様が死…ん……だ?

「……なぜっ? なんで? どうして死んだのよ! ねえ、どうしてよ!?」

「お、お嬢様。落ち着いてください!」

「優奈、落ち着きなさい。みっともないぞ?」

「ねえ!? もうお父様とお兄様に会えないの? こんなに待っていたのにお百度参りだってしたのに……。嘘よ……絶対……。」

「優奈! 少し席をはずしなさい。頼む、優奈を部屋に連れて行ってやってくれ。」

「はい、旦那様。」

おぼつかない足取りで執事に支えながら部屋へと戻る。途中、何度も足から力が抜け全身の震えが止まらない。

「お父様もお兄様も本当は帰ってきてるのよ……。あはは、ほらあそこの角で―――嘘だよ、笑って優しく抱きしめて頬に優しくキスしてくれるもの……。」

「っ! お…嬢……様。お気をしっかり持ってください。」


―――12月25日 作戦開始から197分後

「た、隊長っ! これ以上、防衛線を保ちきれません!」

「くそっ! なんで、支援砲撃が来ないんだっ!? 仕方ない、後方へ下がるぞ!」

「さ、佐橋大尉っ! 前方から師団規模のBETA群が出現!」

「了解っ! HQ、こちらソード1! 前方に師団級のBETA群出現、後退の許可と援軍を要請する!」

「こちらHQ、了解した。しかし、後退は認められない。近くの部隊を援軍に回す。5分程待て。」

「了解っ! くそっ! ソード中隊各機! 5分後に援軍が到着する! その間に残存機は集結しこれ以上の戦線の後退を食い止めるぞ!」

「「「了解!!!」」」

(優奈、優奈、優奈! なんとしてでも帰るぞ! 優奈ぁ~~~!!)

「ぐあっ、た、隊長! 戦車級の奴らが! ひぃい、た、助けて!」

「っ! ソード7! ソード11の救出に向かえ! ソード3と私でソード7と11のカバーに入る!」

「「「了解!!!」」」

「隊長! 光線照射警報来てます!」

「即時、BETAを盾にしながら光線級の排除! ソード2は小隊を率いて対処しろ! こちらも直ぐに援護に行く!」

「了解!」

「危ない、隊長ぉーーー!!」

「ぐぁっ!」

「今、助けますっ!」

「来るなっ! もう、俺の撃震は動きそうにない。ソード3は、中隊を率いて、援軍の指揮下に入れ!」

「た、隊長、あきらめないで下さいよ! 娘さんの所にかえるんでしょ!?」

「あきらめてなんかない! お前も、生まれてくる赤ん坊に父親がいない思いをさせる気か!」

「っく! 了解っ!!!! うあぁあああああああ!!!!」


(くそっ、機体が動かない。ちっ、戦車級が群れてきたか……。ごめんな優奈ぁ、父さん。約束守れそうにない……。)

そう言うと遊星は、薬指から2つの指輪を外すとその指輪を手の平の上に置き涙を流す。
その最後の言葉は、ソード中隊の回線に流されていた……。


「「優奈、ごめんな、父さん約束守れなくて……。だけど父さんは、霊魂になったとしてもいつでもお前を守ってやるからな。」」


―――12月25日 作戦開始から235分後

「小隊の残り俺らだけですね、隊長……。」

「うるさいわねっ! そんなこと言ってる暇があったらBETAの奴を1匹でも多く道連れにしなさいよ!」

「道連れって……、俺ら死ぬんですか。」

「うるさいっ! 言い間違えたのよ! きゃあ!」

「隊長っ!?」

「来るなぁーーー! 佐橋少尉は、後退しろっ! 後ろに逃げるくらいできるでしょう? 下がれば少尉一人ぐらい拾ってくれるわよ!」

「で、でも隊長を一人なんて出来るわけないでしょうが!? そんなんじゃ、仲間に顔向けできないすよ!」

「少尉! 佐橋少尉!! やめなさい! 死ぬ気!?」

「死なないすよっ! 俺には可愛い妹が待ってるんでね! 隣で戦っている戦友一人も助けられないで待ってくれてるやつの隣に帰れないですよ!」

「っく! でも、私の機体はさっきの衝撃で跳躍ユニットが壊れたわ。 あんたの援護するから後退するわよ!」

「「了解!!」」

(優奈、兄さん。これでいいよな? お前との約束守れそうにないけど、お前を戦わせなくて済むような世界の礎ぐらいになれたか? 隣にいれなくてごめんな……。)

その後、ロッド小隊は全滅。中隊の全滅が確認された。
最後の最後に星夜は、一人の妹から貰った指輪を手にして単身敵の群れに突撃していった。
ただ、妹の名前を叫びながら……。


―――佐橋家宅 1月7日

「お父様、お兄様。今、私もお父様たちのいる遠いかなたへ旅立ちますわ……。」

邸宅の屋上の淵へと立つ。ここから落ちれば即死だろう。直ぐにお父様とお兄様のいるところへと行くことが出来る……。
お父様とお兄様は私一人を置き去りにして……。
側にいるって言ったのに嘘をついたんだもの嘘付きは叱らないと……。
だから、行ってきます。
……未練なんかないわ。

「優奈っ! 何をやっている!?」

「おじい様っ! 来ないでください! 私は今からお父様とお兄様のいる遠いかなたへ行きますの!」

「馬鹿なことを言うな! お前は、遊星と星夜の気持ちを踏みにじるのか?」

「っ!」

「お前を守るために二人は死んでもいいって言っていたんだぞ!? そんな二人の気持ちを無視するんじゃない!」

「だったら……だったら、お父様とお兄様を帰してよっ!! 神様にあんなに守ってくれって頼んだのに奪っていったのよ!? おじい様でもいいから帰してよぉ……。お願いよだからぁ……。」

屋上の淵で倒れこんでしまう。涙で前が見えない。この時の私の顔は涙で目を腫らして、見てられなかったでしょうね……。

―――神社のさい銭箱の前

「お父様ぁ、お兄様ぁ、ひっぐ……。戻って来てよぉ。私を一人にしないでよぉ……。」

優奈はさい銭箱の前で泣き崩れる。

―――優奈? 

「お……父様……なの?」

耳を撫でる風の音を優しかった、大好きだったお父様の声のように聞こえてしまったのか本当にお父様の声だったのかは今でも私にはわからない。

―――父さんは、いつまでもお前の傍に……隣にいるからね。

「ほ…ん……とう?」

―――優奈、お前父様が嘘つくはずなんてないだろう?

「お兄様っ!」

―――。

「でも、お父様もお兄様も嘘ついたわよ……。“私をひとりにしたじゃない”」

―――優奈? 嘘をついてしまったことは謝るよ。でもね、優奈にはこれからたくさんの人と出会って、たくさんの想いをすると思う。

「お父様とお兄様のいない世界に未練なんてないわ……。」

―――優奈! 優奈は父さんと星夜の想いを踏みにじるのか?

「そ、そんなつもりで言ったわけじゃないわ!」

―――優奈は、とても優しい子だからね。でも世の中は、優しさと甘えは紙一重なんだよ。

「……。」

―――優奈は、父さんと星夜の分まで生きて、優しさということの意味を分かって欲しい。

「お父様やお兄様みたいに“本当の意味で優しい人間”なれるかな……。」

―――なれるよ。優奈ならね。

―――当たり前だろ優奈! 

「じゃあ、私からも一つお願いがあるの。」

―――もう、父さんたちには叶えられないことが多いよ……。

「大丈夫。これなら叶えられると思うわ。」

―――お父様、お兄様? 私、精一杯この世界を優しさに満ちた世界にするから……。

―――生まれ変わっても私のお父様とお兄様でいてくださいね。

―――わかったよ優奈。“今度は約束を破らないよ。”

―――お前の望み通りになるか分からないがお前の隣でその世界を見てから考えてやるよ。

「……ありがとう。お父様、お兄様。そして、“また会いましょうね”。」



―――2002年 冬

「また、この坂に上って神社に行くなんて思っていなかったわ。」

「佐橋は、このあたりの出身だったのか?」

私の隣にいる中岡さんが声を掛けてくる。私たちも衛士になって少し日が経った。今回は、B分隊の皆さんと地元の神社にお参りをしているの。私は、この神社は効力あるって話をしたら皆乗気になったのよね。それで、私は実家に挨拶に行きたかったから皆さんには先に行っててちょうだいって言ったのだけど……中岡さんだけ神社の入口にいたのよね。

「そうね。」

「そうか……。」

今度は、一人ではない。この坂をのぼる度にお父様とお兄様が隣にいるような感じがしてしまうわ。今でも、“私の隣にいて、私を抱きしめてほしい”って思ってしまうわ。
ふふっ、私もまだまだ、お父様とお兄様みたいに強くないわね……。

「おい佐橋、いきなり笑ってどうした?」

「あら、口にだしてたのかしら。ごめんなさい。」

「変な奴だな。」

―――神社のおさい銭箱の前

私を中心に左右にB分隊の皆さんが並ぶ。

ねえ? お父様、お兄様……。

遠いかなたへ旅立ってしまったお父様とお兄様?

私を一人置き去りにして約束したのに嘘ついた嘘付きなお父様? お兄様?

今、私の戦友が隣にいてくれてますわ。

もう、一人じゃないわ。

ん? 大丈夫よ。まだお父様とお兄様がいるところには行きたくないわ。

隣に居る人たちとずっと一緒にいたいの。それに、お父様とお兄様みたいに私のことを心から心配してくれた人に……心から構ってあげられる人になろうって今は頑張ってる。


―――だから、“お父様とお兄様の隣に”はまだ行きたくないわ。


「そうだわ。皆さん、これ受け取ってくださる?」

「ん、指輪か? 男の俺だとおかしくないか?」

「そんなことないわ。これを嵌めてくれれば守ってくれるわ。」

「ところで、佐橋? なぜ、お前は左手の薬指に“3つ指輪”があるんだ? 結婚はしてないだろう? おかしいぞ。」


「「これは、“私の隣にいた人たちの指輪”と“私の隣にいる人たちの指輪”よ。」」

~fin~ 佐橋優奈 隣に……
最終更新:2010年03月08日 23:42
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