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1日目・後編

 ―――工作隊:源 雫、齋藤 綾華班。
 A分隊のトップとその副長が手を組むもっとも頭脳派チーム。
 そのチームが今、頭を全力回転させて拠点を構築していた。
 体力は訓練によってかなり付いてるが、それとこれとではやはり使う筋肉が違う。
 手抜きして訓練を受けてきたわけではないが、慢性的に重い物を連続で持ち運びするのと、打撃や銃器を持ち運ぶ訓練とでは、使う筋肉が似てるようで違う。
 足りない力を梃子の原理や作用反作用を駆使して動かし、拠点の構築を手早く済ませていくが、それでもこれはこれで実に骨が折れる。
「しかし、凄いですね」
「何が?」
 不意に話を振ってきた綾華に、思わず素っ気無い返事を返してしまう。
 が、云われた本人はさほど気にしてない様子。
「森上さんですよ。あの高さから落ちて、かすり傷一つないなんて。
 よほど凄い訓練を受けてたに違いありません」
「でしょうね…」
 苦笑のような、呆れのような、そんな感情が入り混じった顔で相槌を打つ。
「幼馴染ですから、その訓練を見たことないんですか?」
「あ~…うん、そう…ねぇ~…」
 普段ハキハキと答える雫が、やけに歯切れが悪い。
 何を話そうか、どこから話そうか、そもそも話していいのか。
 思い悩むというより、説明が困難なことに対して悩んでるような、そんな感じ。
 ついでに、手も止まってるので綾華も一緒に手を止めて小休止としゃれ込む。
「説明したくないのでしたら、無理には…」
「ん~…したいのだけれど、彼のお師匠さんって結構変わってた上にそれほど面識があったわけじゃないから、説明が…ねぇ…」
「…ぇ?どういう意味です?」
「あんまり面識無い…というか、フラっと現れて、悠希を連行しては山に篭る…と思ったら、悠希一人を山の中に置いてフラっと消える…そんな人だったからね。
 つかみ所がないというか、風か渡り鳥みたいな人だったの。
 だから、修行………訓練してる姿はあんまり見てないのよね、私」
「なるほど…」
 今時そんな人がいるのかと、別の意味で感心してしまう。
「でも、”あまり”ということは、見たことがあるんですよね?」
「えぇ………あれを訓練と呼ぶかは意見が分かれるとは思うけれど」
 凄く微妙そうな顔をしながら、過去の事を思い出す。
 ある程度思い出し、理解したところで軽く頷き、そして溜息。
「崖から蹴落としたり、その崖を下を見ながら登らせたり、その途中に石を投下して落とそうとしたり、縄で吊るした丸太がたくさんある中を駆け抜けたり、組手したり…、たまにその丸太が真剣になってたり、地面に小さめの足場を用意してその足場のみで組手したり…」
「あぁ~………なるほど…」
 微妙な顔をするわけだ。
 それを生き抜いた悠希が凄いのか、それを思いつき実行してる”師匠”の頭が悪いのか。
 思いついてもやろうとは思わないことをやってのけるのが凄いのか………
 まったく解らない。否、解りたくない。
「それでも文句の一つも云わない辺り、あれで悠希も楽しんでたのかもねぇ…」
 よほど呆れるような訓練だったのか、雫の眼がどこか遠い世界を見てるような、そんな眼をしている。
 それこそ酷い光景だったのだろう、普段から気を引き締めてる雫の顔が呆れ呆けたものへと崩れていく。
「悠希さんは、その事について何か教えてくれなかったんですか?」
「ん~………何でか知らないんだけど、全然教えてくれないのよね。こればっかりは絶対口を割らなかったの。
 本人が云いたくないのを無理に云わせるのも好みじゃなかったし、結局詳しい話は聞けずじまい…でもあの娘なら聞いてそうね………」
「あのこ?」
「あぁ~、向こうに居た友達の事ね。”知る”のが仕事で生き甲斐みたいな娘だったから、もしかしたら知ってるかも~~~って口走っちゃっただけ。忘れて」
 気を害させてしまったと思ったのか、無駄に気を使われてしまった様子。
 確かに自分にしか解らない話をされても良い気分はしないものだったりする。それを知ってるから早く切上げたのだろう。
 なら、こちらも気を使った方が良いかも知れない。とは言え別の話題なんて………
 あぁ、一つありますか。
「それにしても、驚きました」
「ん?何かしら」
 不意に話が切り替わり、一瞬戸惑うもののすぐにいつも通りに応じる。
「ウチの問題児ですよ。回数まで把握してたんですね。私はそこまで見てませんでした」
 先の話をしてるらしい。云われて「あぁ」と短く呟き、
「アレ半分適当よ?」
「………はい?」
 予想外の返事だったらしく、綾華の表情がカチリと固まる。
「回数で云うなら多分私も綾華も、勝名と殆ど変わらないんじゃないかしら?」
「え…でも、なら何故…?」
 何故久我は慌てたのか―――それが解らない。
「久我は、あれで女性を大切にする人よ。私が嘘を言ってても、自分の評価が下がるより私の評価が下がるのを気にして、その嘘に乗るだけの機転は持ってるの。
 ホント、調子狂うわ。普段はそんな素振り全然見せないのに、ちょっと何かあると自分を捨てられるんだもの」
「なら、黙っていた方が良かったのでは?」
 久我に評価を上げてもらったのなら、それを内に秘め、そして自分だけが久我への評価を高くしても良い。少なくとも、それが礼儀だと、そう思うから。綾華の口は、滑る。
 が、雫は眉間に皺を寄せ、
「他人の評価を落としてまで、自分の評価を上げたいと思わないわ。
 特に同じ分隊ならね。そこまで私は腐ってない。
 自分の評価は、実力で勝ち取りたいの。私はね」
 久我を蹴落とし、自分の評価を上げるような真似はしたくない。
 そんなことをして、久我に余計な負荷をかけるつもりもない。
 それをするのなら、正攻法で評価を得たい。
 雫はそう云ってるのだ。
 改めて、この分隊長は真面目で律儀な人だと思う。
 女性特有の、他者を蔑み、自分を高く評価させようという、陰湿な部分がない。あるいはまったく見えない。
 ただ高みへ、ただ自らの力で、ひたすら真っ直ぐに、自分の理想を追い求めている。
 そのくせ、自分が足りないもの、持てないものを自覚している。そのために足りないものを、補えるものをを集める力を持とうとしている。
「それに、こんなことで久我の評価を落とさせたくない。
 私達のストレスをわざと一身の受けてる彼を、馬鹿にするつもりなんか無いわ」
「………そこまで見てるとは、流石に驚きました」
「私の大切な部下なんだもの、良いも悪いも関係ないわ」
 そう云う雫の笑顔は、同姓の綾華であっても、一瞬ドキリとなるほど美しく、そして可愛かった。
 その気はないのは自分でも自覚してる…が、雫の笑みの前ではその自覚すら薄れる…これは何かとマズイ。
 そんな自分に渇を入れるため、一度咳払いし、
「貴女の下でなら、この試験なんて簡単に突破できる………そんな気持ちにさせられますね」
「あら、私が落とさせるわけがないじゃない。でもその気持ちは嬉しいわ」
 そう云って、互いに笑い合う。ライバル心を燃やしてた相手…なのだが、それでも、だからこそ、なおの事、この人は心強い。強くそう思う。
「とは云え、アレが実は素でした―――だったら、私の中にある久我への評価はガタ落ちなんだけれど」
 少し前の話に戻るが、いずれにせよ久我への評価はあまり上がらないのではないのかと、そう思い苦笑せざる得ない綾華。
「この試験をクリアするためにも、補佐頼むわよ綾華」
 不意に真面目な顔になって、綾華を見る雫。その真摯な眼差しに、綾香は「了解」と敬礼。
「さ、休憩も済んだところで作業に戻るわよ」
 女二人の肉体労働が再開される―――

 ―――探索隊:勝名、久我 応馬班。
 久我の前を勇往邁進する勝名。自然破壊なんぞまったく気にせず、力任せに草や枝を持っているナイフでなぎ払う。
 稀にあるトラップもかなり強引に解除しては、また力任せな探索に戻るを繰り返していた。
「勝名ちゃ~ん、どうしたのさプリプリして~」
 まったく仕事らしい仕事をせず、先を進む勝名の尻だけに視線を集中させる久我。
 こんな問いをこれで何度繰り返しただろうか。しかしその都度返ってくる言葉もなく、気まずい雰囲気が二人の間に流れる。
 とは云え、その程度でめげる久我ではない。無言を返事とするなら、自分の仕事をやるだけだ。
 彼の仕事とはつまり、周囲を見渡す事―――
「なわけないっしょーっ!」
 誰に突っ込みを入れてるかはさておき、後姿の勝名に眼にも留まらぬ早さでズボンを脱ぎ去りながら、世にも奇妙な格好で飛び掛る。まるで水の中に潜るかのような格好でそのまま襲いかか―――
「来ると思ってたぜ!」
 その側頭部、コメカミ目掛け勝名の踵が唸る。割と宜しくない音を響かせながら横にあった樹齢50年以上はある樹木に反対の側頭部を叩きつけられた。
「まだ襲う気があったってのは誉めてるよ…でもなぁ!」
 軽く脳震盪を起こし意識が朦朧としてる久我の首元を掴み、そのまま樹木に押し付ける。固めの生地で出来たBDUにより首が一緒に絞められ、しかしリカバリーさせる間もなく鼻先にナイフを突きつけた。
「今は試験中なんだ!真面目にやれよ!あぁ!?」
 襟を持ったまま何度も揺すり、後頭部を樹木に叩きつけながら、叫ぶ。
 至極当たり前のことを、当然のことを、勝名は口にする。
 しかし勝名の顔は、怒っているのにも関わらず………悲しそうな顔をしていた。
「何でこういう時くらい真面目にやれねぇんだよ!脚引っ張る事より質が悪いぞお前!
 これで落ちたらお前、周りからどんな眼で見られるか解ってんのかよ!?」
「かっちーな…ちゃん」
「ちったぁ自重しろ!反省しろ!真面目にやれ!でないとお前、訓練部隊一の屑野郎に成り下がんぞ!?」
 自分の保身とは違う、普段足蹴にする姿とはまた違った態度に、久我も少し神妙な顔になる。
 たった数ヶ月だけでも、同じ釜の飯を食い、共に厳しい訓練を潜り抜けてきたからこそ、大事な時くらい真面目にやれと、強く言う勝名。
 それを少しだけ理解できるようになった久我自身も、少しだけ真面目にならざる得ないと、少しだけ痛感した。
 そう、ほんの少しだけ………
「襲うのは勝手だ、お前の生き様なんだからな…でもなぁ、それで余計な脚を引っ張ってどうすんだよ!?
 一生白い眼で見られたいのか!?」
「わ、解った。ごめんなさい、真面目になります許してください」
「―――………ならいい」
 凄く何か云いたそうな顔をしていたが、掴んでたBDUを手放し、踵を返す。
「さっさと行くよ!余計なことに時間を食っちまったんだからなぁ!」 
 サバイバルナイフを振り回しながら、勝名は先に進むのだった。
 その後ろ姿に、「女って強いねぇ…」と、呆け顔で呟くのだった。

 ―――食料隊:森上 悠希、朝倉 都班。
 基本的に悠希が食料を探し、見つけた分を都が持つという形で、二人は順調に食料を集めていた。
 とは云え、殆ど会話することもなく、事務的な応答しか口にすることは無かった。
 定期的に発見したトラップを解除しては、その片手間に食料になりそうな物を探す。
 夏に近い時期ということで、果物かそういうのを期待したいところだが、自然森においては早々見つけられる物でもない。
 結局のところ、食料と云えるのは動物性タンパク質に偏る結果となる。所謂、蛇やらネズミやらだ。
 無論、食べられそうな草木を探してはいるものの、そう簡単に転がってるわけでもなく。ましてや夏に近い時期というのもあり、キノコなどの菌類は期待できるはずも無かった。
 食料を漁る手前、どうしても無口になり勝ちなのだが、しかし悠希に関してはそれよりももっと別のことを考えていた。
(何故、何もなかった…?)
 自分の身体に起こるはずだった危険…少なくともそのために手足を使って足掻いたというのに。
 少なくとも、あの速度で森の中に突っ込めば、無事では済む訳がないのだ。
”それがあるはずだった”。
 なのに身体は痛くない。子供でも解る物理現象が、まったく起こらなかったのだ。
 その事が、悠希の気持ちを落ち着かなくさせていた。
 起こらなければならない現象が、起こらないといけない痛みが、まったく起きない事への違和感。不安感。
 無傷なはずなのに胸の辺りに圧迫感を感じる。痛みは無くとも違和感が擬似的な苦しみを見出そうと体が働いている。
 そう感じると、頭の中も自然余計なことを考えてしまう。
 実は意識不明の重体になってるのではないか、既に死んで魂だけがここをうろついているのではないか、実はここまで夢なのではないか―――
 あらぬ方向に思考が飛び火してくのだが、無言なお陰で誰も引き止めることができない。
 オカルト関係が嫌いではなかった悠希は、その道に入り込みやすい。幼少の頃から山や自然と戯れていたからか、自然霊や浮遊霊・自縛霊の類ともよく遭遇していたのもあるだろう。
 それ故に、どうにも考え出すと明後日か斜め上の方向に飛び出す傾向があった。
 とは言え今は試験中。堂々巡りな思考にいい加減嫌気が差し、別の事に意識を集中させようと気持ちを切り替えたところ、僅かに鼓膜を揺する涼しげな音が聞こえた。
「おっ、川があるぞ都」
 生い茂る草木を掻き分けた先に、少し段差となった場所の下に小さな川があった。
 状況としては、これはかなりのプラスになる。上手くいけば飲み水と数日分の食料がここで手に入るからだ。
 早速手早く川の近くに降りて水質を確認。蒸し暑いこの島であっても、ここの流水は心地よい冷たさを保っていた。サバイバルキットの中にある検査道具で簡易チェックを行い、特に変化が見られないことから飲み水として使えることも確認できた。
 続けて川の中を注意深く睨む。僅かだが、小さくチョコチョコと動く黒い影が見えた。
「こいつは重畳。小さいが食うには困ること無さそうだ」
「お魚、居たんですか?」
 食料を落とさないようゆっくり降りてきた都が、悠希の隣に来る。
 喉が乾いていたのか、手に持っていた食料を
「あぁ、早速罠を作らないとな。
 都、さっき解除したトラップの中に網系のがあったから、それちょっと起動させて取ってきてくれないか?
 俺は川の石を動かしてるから」
「了解しましたっ」
 云われた通り、持っていた食料を一旦置き、もと来た道を戻っていく。
 その間に、悠希は付近に転がっている大きな岩を担ぎだし、その岩を川の中に沈めていく。重労働だが、ここ数ヶ月間ミッチリ鍛えられた悠希にとって、この程度はそれほど苦にならなかった。
 石を担いではそれを静かに川に沈めるという単純を、悠希は都が戻ってくる前に済ませねばならない。

 一方、都は先ほどまで悠希が解除に勤しんでいた箇所に行き、トラップユニットの中に隠れてる網を必死に取り出そうとしていた。
 よくよく考えれば、この分隊のサバイバルスキルの多くは悠希に依存していた。
 勿論講習の中には実技講習もあったが、実際の分隊行動での際は悠希が殆どを解除し、他の分隊員が解除作業を行うことは少なかった。
 今思うと………それは間違いだったと気付かされる。
 得意分野で活躍させることは、確かに一つの方策ではあるが、それでは全体の技術向上にはならないのだと。技術を磨くのであれば、むしろ不得手の者にやらせて、全体がこうすべき、あぁすべきと議論もしくは行動に移させることの方が、こういう時に余計な時間を取られることが無かったのではないのか?―――と、思わずにはいられなかった。
 一日目にしてその事に気づいた都は、さらに時折聞く、誰にも聞こえないように呟く雫分隊長の言葉を思い出す。
「………”また、悠希に頼ってしまう”…かぁ…」
 その当時は雫が何故そのような言葉を使うのかよく解らなかった。
 その言葉が意味する所を考えようとしなかった。思いもしなかった。
 源 雫が率いる分隊に問題がないと、そう思い込んで重大な問題に気付かないでいた。
 だが今は、より身近にその言葉を理解できる。頼れるが故に、その期待に応えてしまうが故に、己の技量がまったく向上しないと。自信を磨くことができないと。
 ならばせめて、今気付いた問題について、自分なりに努力するのが正しい判断ではないのか?全てを彼に頼るのではなく、自分の意思で、自分の力で、最低限、この程度のトラップの解体を成功させるべきではないのか?
 そう…少なくとも、努力することを諦めてはいけない。他者に頼ってはいけない。
 今までだってそうだったハズ。”ちから”があるから、それで忌み嫌われていた。恐れられていた。怯えられていた。大人でさえ、いや分別がつくからこそ距離を置くことに幼い自分でも理解でき、それを隠すことを、悟られないことを、”普通”であるフリをし続けることを努力し続け、他者に頼ることをして来なかったハズだ。
 今更になって、まだ気付かれてないからと云って頼るとは何事かっ。努力しなさいっ、頑張りなさいっ、踏ん張りなさい!
「頼っちゃ…駄目…っ!」
 基本装備にされているサバイバルナイフを抜き放ち、その切っ先をトラップの隙間に振りかぶって差し込んだ―――

 ―――きゃぁぁぁぁぁぁぁ………

「あん?」
 定期的に川の水で体を濡らしながら石を運んでいた悠希は、流水の音に紛れて少し遠くから響いた都の悲鳴に気付く。
 石を投げ入れ、悠希は一目散にその方角へ走る。
 一人でやらせに行ったのがまさか裏目に出るとは―――と考えつつも、急いで素早くしかし慌てずに先ほど解除したトラップの方へ走る。こういう時に限って鬱蒼と生い茂る草木が邪魔に感じるのは、やはり慌ててる証拠なのかも知れない。だがそれを無視してなるべく音を立てずに走る。これはある意味習慣なので仕方ない。
 ほどなくして、都の下へたどり着くと、
「あ、あれどうしたんですか悠希さん?」
「え、いや………なぁ?」
 手早く元トラップの網を畳んでいる都が、そこにいた。
 なんというか、極々当たり前のように、何も問題は起きてないと云わんばかりに、極めて普通に目的の物を回収してる様に、脱力してしまう男の姿が、そこにあった。というかそんな姿の悠希がそこにいた。
「あ~…まぁ、無事ならいいんだよ、うん」
「そ、そうですか?あ、こっちはもう少しで終わりますよ」
 どこか余所余所しい態度の都に違和感を感じながらも、悠希は特に指摘することもなく都がたたみ終えるのを待つ。(危ないところでした…トラップもですけど………”力”が見られてない………ですよ、ね…?)
 畳みながら悠希が来る直前、つい先ほどの事を思い出す。
 分解させる手順を間違えてしまい、トラップを発動させてしまう。
 その時、悲鳴を上げながら無意識に”力”を使ってしまった。
 発動したトラップを”力”で囲い、広がる範囲を限定。網状のトラップなら、出し切ってしまえばすぐに落ちる…そこまでは良かった。
 その数秒から発せられた悲鳴を、悠希は聞き取りここまで一目散に駆けてきた。
 それは良いのだが、都はこの森林地帯を高速で踏破するには、悠希をもってしても相応に時間がかかると考えていた。
 そのため、その間にできるだけ手早く片付けるため、そのために少しだけ”力”を使っていた。が、悠希は都の想像を超える速さで駆けつけてしまう。
 ギリギリのところで、”力”を使うのをやめていたので、恐らく見られてはいない………はず。
 悠希の態度も、「変なものを見た」というよりは、「悲鳴の割には普通だな」という雰囲気が見て取れる。
 ………”力”を見たのなら、こんな態度では済まない。済むはずが無い…
 少なくとも、都にはその程度の判別はできていた。
 ふと悠希を見ると、何か思いついたのか待ってる間に元トラップの残骸を集めて金属系のパーツを集めていた。
「ところで………これ、何に使うんですか?」
「網の目的なんて捕獲か保護の二つしかないだろ?」
 質問の仕方が悪かった―――そう思い言い直そうと思ったが、悠希はそれに気付かずサクサク進んで、川に戻っていく。普通に歩いてるようで定期的に周りを見渡し、しかもそれがごく自然に行われてるのを見ると、訓練中何度も思ったが、長い時間を”そういう”事に費やしてきたのだなと、そう思わざる得なかった。
 そうこうしてる内に川に辿り着くと、簡易裁縫セットから紐を取り出し、手に入れた網やら金属片を加工していく。
 何をしているのかサッパリな都の頭の上には「?」が無数に浮いていた。
「っと、こんなモンかな?」
「え…と…何を…?」
 どう見ても硬度を失った壷の出来損ないなのだが…悠希は「まぁ見てろって」と云うだけで特にこれと云った説明をせず、出来上がった”壷もどき”を持って川を横切るように”ハの字状”に置かれた岩の頂点…”ハ”の字の幅が狭い方に持って行く。
 その”壷もどき”の口を上流に向けてセットし、後は流れないよう幾つか大きな石を置いて固定。若干流れが操作され、速度が増した水流に流れないか何度かチェックをして、一度大きく頷いて川から這い出てきた。
「これで明日には何匹か入ってるハズだ」
「………えっ…と?」
「ハの字に石を積んで、その間を通ろうとする魚があのトラップの中に入る…と。
 釣竿なんかないし、じっと同じ場所にいるわけにもいかない。となれば、ほっといても食料を確保できるトラップを作る方が建設的だ。後は、それを適当な時間に回収すれば良い」
 これとは別に、もっと簡単な方法もあるっちゃあるんだけどな―――と、最後に付け加えると、先に回収していた食料をかき集める。
「さて、一旦合流しようか。日は高いけど未知の土地だから、安全が確保できる内に戻りたい」
「了解ですっ」
 悠希の提案に大分板がついた返事をし、自分が担当する分の食料を持つ。
 最後に周囲を軽く探索した後、二人は合流地点に引き返すのだった。





 工作隊が構築した、ひとまず雨風を凌げるだけの余裕が作られた場所に、先に先に着いたのは食料隊だった。その数時間…空が赤黒くなる頃に、探索隊が戻ってくる。
 まだ夏もそこそこの時期では、食べられる果物というのもそう多くは無い。それでも探せば食べられる物はあるにはある。
 そういった物を可能な限りかき集め、その他にも試験妨害用に設置されたトラップを逆に利用して小動物を捕獲し、育ち盛りな若者達の口を辛うじて満たせるだけの数をなんとか用意してみせた。
 しかし、
「肉は燻製にするわよ」
 という雫の非情な一言で、数少ない動物性タンパク質を得る機会を泣く泣く先送りせざる得なかった。
 代わりに事前に持ち込んでいた、切り詰めるべきレーションを食べきろうという話に運びとなる。
 それを用意してる間にも、悠希は拠点構築の際に余った長さがマチマチな木材を使って燻製用の台を作っていく。釘が無い以上、固定するのは難しいのだが、悠希は木材に板の一部が入るよう長方形の穴を開け、その間にそこにハメる木材に穴を空けるよう勝名に指示する。
「こんな穴空けてどうすんだ?」と聞くが、それに答えず今度はその穴に合う大きさの棒を探すなり作るなりするよう指示してくる。何か云いた気に顔を歪に歪ませるが、そこまでで結局何も云わず手短な木材を切り始める。
 焚き火の近くで暖められてたレーションが程好く温まった頃、その作業も終わった。
「さて、みんな。とりあえずは食べながら報告を聞きましょうか」
 適当な大きさの木材をお盆代わりに使い、膝の上に載せてレーションを食べながらそう切り出した。ちなみに箸はそこらに生えてる木の枝を削って作った物である。
「先にオレ達探索隊から言わせてもらうぜ。
 とは云ってもそんな目立った成果はねぇがよ。降下した時見てただろうけど、ここ結構広かっただろ?そこの浜辺だけでも300mは余裕であるし。
 でも、トラップは見つけられるだけ見つけて潰して置いたから、西側500mは一先ず安心して良いぜ」
「そう。何か眼が行くような物はあったかしら?」
「ん~、トラップの解除を優先してたからなぁ…樹と草ばっかで特にコレ!ってのは無かったと思うな」
 勝名の報告に軽く頷き、次に悠希に眼を配る。それに気付いた悠希は軽く頷き、言葉を続けた。
「食料隊もトラップ解除はほどほどにやってる。後、丁度ここから500mほど先に小さい川を発見した。
 ろ過ストローを通せば飲めるのは確認したから、水分に関してはこれで安心して良いと思う。
 後ついでに、そこに罠仕掛けといたから、明日回収する予定。運がよければ魚類が食える」
 報告は以上―――と最後に付け足し、レーションをサクサク口に運ぶ。ベチャベチャした日本製レーションではあるが、腹に入るなら何でも同じと云わんばかりに口に運んでは腹に流し込む。
 両者の報告内容について、ある程度予想していたのか、雫は数瞬考え込む仕草をする程度で、すぐに考えをまとめ次の行動に移る。
「では明日の行動予定を伝えるわ。
 悠希は明日も食料隊として行動、補佐には綾華をつけるわ。
 探索隊は2チームに増やして行動する。内訳は都と勝名、私と久我よ」
「ちょ―――」
 雫の言葉に異を唱えようとする悠希より早く、久我が歓喜の声を上げた。
「ひゃっほーい!御指名ありがとうございますっ、応馬です!
 ついに雫分隊長とペアになれると聞いて僕のテンションはHiMAX!
 だってそうでしょ!?同じ生活をしてるのにも関わらず出逢った時からこの優麗美麗を保ち続ける源 雫さんとご一緒できると言うだけで、ボクの中で渦巻くこの熱く煮え滾る恋という名の情熱がこの身を突き抜けて世界を焦さんとせざる得ない!
 さぁ、雫さんボクと一緒に―――」
 全員を置き去りにするテンションで喋り上げる久我を、勝名が握り拳を下から上へと、全身のバネを組み合わせて、その良く動く顎目掛け振り上げた。その見事なまでに美しい曲線を描く拳は、見事と云わざる得ないほど鋭く、そして綺麗に久我 応馬の顎を捕らえ、打ち抜く。
 あまりに見事に打ち抜かれた久我は、特に悲鳴を上げることなくそのまま宙に浮き、そして後頭部から落ちる。
「それを自重しろって云ったろーが!ニワトリかお前は!学習しろ!」
 青筋を立てながら詰め寄る勝名に、斎藤と都が割って入り落ち着かせる。
「都と組ませるよりはまだ良い案だと思うけど?」
 久我の影に隠れてしまった悠希の云わんとする事を察し、苦笑しながらもそう告げる。
「分隊長がそれで良いと云うなら特に何も…」
 平静を装いながらそう語るが、雫の眼には凄い不承不承で納得いかない、ムスっとした顔をしてるのが良く解った。自分を殺して主たる雫の意思に従う。それを優先するために仮面をつけてるのだろうが、どうにもそれが隠しきれてない。
 雫と久我の実力差は比べるべくも無いほどある上、雫自身も女性の嗜みとしてそういう痴漢・強姦対策はしっかり持っている。
 心配するほどの事では無い………と云われればそうなのだが、男が”そういう事”をする時、普段出ない力が発揮することもある。少なくとも、悠希は別の事象でそれを何度となく経験している。
 侮る事は、すなわち自心の隙を見せることで、それは自身にとって良くない結果をもたらす。それを強く前に押し出したい…のだが、主がそれで良いとするなら、それ以上僕たる悠希には云う資格はない。
 諌めることも時には必要だと、それはわかっているが、今は名実共に軍人なのだ。主にして部隊の長たる雫に今逆らうのは、ただ単に空気が読めないだけ…
 そう思うしかない。結論付けるしかない。納得するしか………ない。
「久我に関しては、悠希以外と組ませると大なり小なりこういうゴタゴタが出るのは予想してたから。
 だから、そうならないためにも、明日の間に説教しておく必要があるの」
「ちょっと待て分隊長、それじゃオレは捨て駒だったってことかよ!?」
「この中で一番久我の対処に慣れてるのは勝名でしょ?だから、ね」
 慣れてるから組ませても大丈夫―――そう云う雫。確かに慣れてると云われればその通りで、何も言い返せず「ぐぬぬ…!」と唸る勝名。
 が、すぐに観念したのか、ガックリと頭を落として、一度深海よりも深い溜息。すっと、顔を上げて見れば、いつもの勝名に戻っていた。
「ンじゃ、明日はよろしくな都」
「はい、よろしくお願いします勝名さん」
「都ちゃん、勝名さんが暴走しないよう、ちゃんと手綱を握ってるんですよ?」
「綾華、そりゃどういう意味だ!?」
 ニヤリと笑いながら忠告する斎藤に、勝名が食らい付く。何気に剣呑な空気が漂い出し、慌てて勝名に対して必死になってフォローしようとする都だったが―――
「そ、そうですよ、勝名さんが毎回猪突猛進なことするワケないじゃないですかっ!
 いくらいつも正面突破しか云わない上にすぐ頭に血が昇るからって酷いです!
 確かに勝名さんの無鉄砲さのお陰で酷い目に遭った事がありますけど、こんな大事な試験の時にそんな無茶振りをやるほど勝名さんが久我さん並に考えなしなワケが―――」
「都、それフォローじゃなくて地雷原にクラスター叩き込んでるだけだ」
 食事を済ませて木材の加工に戻っていた悠希が、思わず静止しようとするが………時既に遅し。
「都テメェ!オレの事そんな目で見てたのかぁ!?」
「はわわ、ご、ごめんなさいぃぃぃ…っ」
 顔を真っ赤にして怒る勝名に圧倒され、涙目になりながら謝る。が、よく見ればどちらも涙目になってるのが、見て取れた。
「でもアレですよね、カッチーナの猪突猛進に助けてもらったこともあるわけだし、むしろトントンじゃないっすか、雫分隊長」
 いつの間にか復活していた久我が、それらしくフォローに回る。久我の言葉に「当たり前よ」と、さも当然の如く答えた。
「ほらほら、遊んでないで見張りを決めるわよ。交代は2時間置き、2名でローテーション。ペアは明日のチームで行くからね。了解?」
「「「「了解」」」」
 そう云って、雫は次々と話を進めていく。
 辺りが完全に暗くなる頃、A分隊の面々は所定の指示に従い休息していく。



 ―――その様子を、遠くから覗く”もの”がいた。

 息を潜め、ただじっと、凝視しながら。

 数多の木々で姿を隠し、遠くに視える、極僅かに明るい場所を。

”それ”はじっと、見つめていた。
最終更新:2010年03月13日 03:51
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