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2日目・後編

 悠希と綾華は、他の面々の奇妙な状態に複雑そうな顔を浮かべていた。
 ボロボロな姿の勝名と都はまだ何があったのか想像できる。
 だが、何故か満面の笑みを浮かべる久我とちょっと顔が赤い雫という構図は、やもすれば「いたしてた」とも受け取れる。
 が、それなら久我はもうちょっと有頂天になっててもおかしくない…はず。だというのに、そのような印象は見受けられない。
 それに雫の方も、まったく久我に対して視線を向けない。向けはするが、その眼は「いたした」後のような、甘酸っぱい熱のある視線ではない。
(何が何やら………)
 悠希と綾華は、自然と同じ考えになっていた。
「ま…まずは私達Aチームからね。
 基本的にはトラップの解除を優先してたから、明日はもう一度重点的に見回る必要があるわ。
 それほど広域で解除してたわけじゃないから見る物も少ないとは思う。
 Bチームは?」
「え…と…」
「見つけたと思ったんだ…あんなにトラップだらけだから、普通そう思うじゃねーか…ちくしょう…ちくしょう…」
 ベースの端で体育座りで丸まりながら暗ーい影を落としながら呟く勝名。
 一応復帰してる都に眼を向けると、落ち込んでる勝名の代わりに説明を始めた。
「最初、凄い数で構成されたトラップ群を見つけたんです。
 音声反応式だってありましたから、これは間違いないって勝名さんが解除に乗り出して…
 私も、同じように思いましたから、一緒に解除に回ったんです…」
 そう、解除自体は順調に進んでいた。
 進んではいたのだ。特に問題なく…本当に。
「ということは、その傷だらけなのは解除の失敗?」
「いえ………トラップ群は全て解除しました…解除したんです…
 そのトラップ群の中央にボックスを発見しましたし、確かに全てのトラップを解除してたハズなんです………でも」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!」
 不意に叫び出す勝名。全身から怒りが吹き出ている。これでもかというくらいに。
「あのトラップ作った奴いつかゼッタイ殺す!意地でも殺してやるぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「な、なんですか!?どうしたんですか勝名さん!」
「二重トラップか…」
 トラップにトラップを守らせる、非常に意地汚い手。
 厳重に守っている物ほど、そこには重要なものが、目的の物があると思わざる得ない心理を突いた嫌らしい手。
 特に今回の試験のような、目的の代物がある場合では非常な有効な手と言える。
 逆を言えば、嫌がらせ以外何者でもない。人を小馬鹿にするもの大概にしろよと言わざる得ない、せこい手。
「辛うじてその二重トラップからは回避できたんですけど、勢い余って近くの崖に落ちてしまいました………」
 なんとも云えない。無事と言えば無事なのだが、かすり傷が多いのを見ると、そう良かったとも云えない。
 勝名はせっかくの期待を打ち砕かれた事の方がショックだったのか、その事で今も騒いでいる。
「か、勝名さんっ、今はまだ試験中ですから静かにしてっ…!」
「ぐるぅぅぅぅぅぅぅぅっ…ふぅぅぅぅぅぅぅ…っ」
 綾華は必死に宥め賺し、ボルテージを上げ続ける勝名の冷却を図る。
 一通り暴れ終えた勝名も、ゆっくりとそのボルテージを下げていく。が、まだ口からは怒りの怨念が煙となって漏れている。
 それもやがては収まり、そこまで来てようやく、いつもの勝名が戻ってきた。
「わりぃ、取り乱した」
 取り乱したというレベルではないのだが、あえて誰もツッコミを入れようとはしなかった。
「そ、それじゃぁゆ、悠希達の話を聞きましょうか」
「………?」
 何故そこで詰まる?
 そう思わざる得ない。綾華も同様に思う。互いに顔を見合わせ、首を軽く傾げる。
「食料に関しては見ての通り。昨日の内に燻製にさせたのはもう食えるから、夕飯にでも使うさ。
 問題は肉関係はもう一週間分は確保してるけれど、夏だから食べれる野草は少ないせいで栄養に偏りが出ることか」
 一週間肉だけで過ごすのは、女性には酷というものだ。
 ただでさえ水浴びすらできない状況で、より体臭を強くする肉食メインでは、”そういうこと”を気にする女性としてはあまり歓迎できないところだろう。と、悠希は思う。
 例え相手が気心が知れない人物であっても、体臭を嗅がれるのは困る。それに自分が強い臭いを発してるという事実は、女性として歓迎できないだろう。
 ………というのもあるが、実際は自分がバランス良く食事を取りたいというのが本音だったりするのだが。
 日本の野草は、大陸から流れてきた重金属が付着または吸収してる可能性があり、安易に口には出来なかった。例え山脈の中にある岩手でも、比重が重い重金属と云えど届いてないかと言うとそうでもないのだ。
 洗うにしても、ろ過した水を使わなければ、まともに口に運べなかったのもあった。
 故にせっかく重金属の運用を禁止してる地域に来たのだから、食べれる物は積極的に食べて行きたい。
 前線国では珍しくなってしまった”本物”を口にできる、数少ないチャンスなのだから。
 食の殆どが”合成”と付くようになって久しい昨今、食べられる物はなんでも食べたいと思うのは、殆ど本物を知らずに育ってきた世代としては当然の欲求だった。
「なもんで、とりあえず食えそうなのをいくつか採って来たから、これらと肉を合わせて鍋を作ろうと思う」
「なべ?」
「合成味噌と鰹節もどきを持ってきてあるんだ。後は海から海草を回収してくれば、良い出汁が効いた鍋が出来ると思うぜ」
 ―――やはりこの男、確実に現状を楽しんでる。
 誰の眼から見ても、普段無表情が多い男の顔が、僅かに崩れて嬉々として輝いてるのが解る。というか、眼がどうみても輝いてる。
 この眼の輝きの前では、「何故合成味噌と鰹節もどきなんて持ってきてるんだ」というツッコミは野暮に思えてしまう。むしろ、「何を云っても無駄」という気にさせられる。
「好きになさい…」
 軽く額に手を当て、短く溜息を吐く。
 雫でさえこれである。他の者に至っては云うに及ばず…であろう。
「良かった、実は鍋の代用も海草も回収済みなんだ。後は火を入れるだけ」
「森りん、意外と暴走する人だったんだねぇ…」
「ここに着てからずっと、いつもと様子が違います…」
「あれが訓練部隊白兵部門トップの本来の姿…なんですね…」
「なんかまた怒りが沸いてきたぞ…っ!あのトラップ仕込んだ奴ぁ絶対ゆるさねぇかんな!」
「怒りの自己循環は周りに迷惑かけるだけだからほどほどになさいよ、勝名?」
「ぐるるるる…ふぅぅぅぅぅぅ……っ!」 
 総じて呆れてるのが見て取れる………かはさておき、悠希は早速と云わんばかりに調理に取り掛かる。
 鍋は生憎ともって来れなかったが、ブービートラップとして置かれていたヘルメットを回収し、入念に洗ってそれを鍋の代わりにする。
 レーションが入っていた缶は、使えなくはないのだがサイズが小さいため器にすることを選んだ。
 即席鍋に水を張り、そこにいくつかの海草を放り込む。
 その間、手に入れた野草や魚を食べやすいよう加工していく。さらにその間に焚き火の周りに木の棒に串刺した魚を並べていく。
 手際が良いのは解ってたが、明らかにこういう生活もしていたと解る手際は、サバイバル訓練を受けていた者達でも呆れてしまった。
 だが、問題はそこだけではない。
「悠希、そろそろ出汁は出きったんじゃない?」
「はいよ、中身取り除いといて」
「解ったわ」
「……………………!?」
 何が起きたのか、最初はよく解らなかった。
 だが、それに気づいた綾華は驚きを隠せない。
「雫、具材ちょうだい」
「はい、最初は野草?」
「そう。魚はその後で」
「……………あれ?」
 都も、ふとその違和感に気付く。
 横を見ると、同じように気付いた綾華が目を白黒させている。
「そろそろ焼き魚裏返してくれ」
「いいわよ。ところでこの魚、食べれる場所あるの?」
「毒は持ってないから安心していい。内臓は食えたもんじゃないぞ」
「…………なんだ、これ…?」
 久我と勝名もようやくその異変に気付く。
 おかしい。とても凄く、これはおかしい。
 何かがおかしい。具体的に云うと、順序が逆な事に。
 いや、順序と云うより、主従が、主導する側と従事する側が、逆転してる。ものの見事に。
 サバイバル訓練上では、悠希の意見を重要な参考にする事はあっても、最終的な判断は全て雫がやってきた。
 それは他の事でも同じで、軍隊という組織の関係上、この分隊を動かしているのは源 雫なのだ。
 それが、反転してる。
 いつもとは逆の、悠希が主導で雫が従事する側。
 普段無条件で従う悠希の姿を見ている者にとって、その光景は明らかに異常だった。
 そう、逆に違和感が強すぎて気持ち悪くなるほど…
 しかも悠希が主導で動いてることよりも、普段上に立っている雫が悠希の指示に極当たり前のように動いてる姿の方が違和感としては凄く強かった。
 それらの感情をひっくるめて………気持ち悪い。
 ―――違和感を通り過ぎると具合が悪くなるのだなぁと、綾華は鳩尾を押さえながらぼんやりとそう思った。
「―――味噌は混ぜたし、後は蓋をして待つだけ…っと」
 一通り投入し終えた即席鍋に、適当に作った蓋を被せて出来上がるのを待つ。
「この中で鍋奉行な人いるかしら?」
 振り返り、4人に聞く。が、全員首を横に振った。
 なら鍋加減を悠希に任せ、他は見張りに立つよう指示する。なるべく鍋は見ないように、と付け加えながら。
 何故?と思いながらも、ベースの外側を睨む………が、
(なるほど、こういう意味…です………かっ。雫さんの指示は的確ですね…)
 匂いが、危ない。
 危険が危ない。
 素数を数えたくなるほど。
 これは毒ガス級の匂いだ。
 しかも三大欲求の一つを刺激しながら、決して満たす事のない刺激………
 口の中に涎が溜まり、それを何度も飲み干す。だが、腹は満たされぬと鳴り続ける。
 これが”本物”の匂いなのか…っ!
「つ、辛いです、雫さん…この匂いを嗅ぎながらの見張りは辛いです…っ」
「耐えるのよ、都…!後少し、あとすこしなのよ…!」
 半ば涙目になってる都を励ましながら、必死に醜態を晒さぬよう努力している雫。ちょっとでも気を抜けば、手が腹を抑えそうになり腹の虫が鳴いてしまう。それは自尊心が許さない。
 久我は既にギブアップしており、手を出そうとした所で悠希に捕縛された。
「気持ちは痛いほど解るから、大人しくしてろよ?」
「や、了解(ヤー)…」
 悠希とて不本意ではある。しかし旨い物を作るには、時間が必要なのである。
「まだか…まだか悠希…っ!胃が…胃が痛くなってきたぞ…!」
「後少しだ。もう少しその痛みと格闘しててくれ」
「この鬼!悪魔!外道!畜生!鬼畜!人でなし!」
 酷い云われようだが、しかしここを引いてはいけない。引いたら折角の素材が台無しになる。
 それだけは避けねばならない。
 よって心を鬼にし、しばしの時を待つ。

 この時の間、全隊員の体感時間が極端に遅くなっていたのは云うまでも無い。

「んっ、もう良いな」
 その言葉が出たのは、全員の体感時間からして1時間以上、実際には10分もかからなかった時であった。
 全員の動きが今までに無いくらい機敏にかつしなやかに、そして気持ち良いくらい揃い、席に着く。
 全員が席についたのを見て、鍋の蓋をゆっくりと………開けた。
「くっ……!」
「くぅぅ…っ」
 匂いを纏った水蒸気が鍋から溢れ、その先に良い感じに煮えた具材が沸騰した汁の中で踊っている。
 それだけで胃が律動し、涎が溢れる。
 それを一つ一つの器に分けていく悠希。均等に、汁も多めに。
 全員に行き渡ったのを確認し、雫は手を合わせ、
「―――いただきます」
 一斉に、汁を啜った。
 空きっ腹に染み渡る、芳醇な味が解る。
 合成食のような乱雑で大雑把な味では出せない一点物の味。ゴチャゴチャしていない整えられた味わいが、口の中一杯に広がった。
 合成味噌と鰹節もどきも、この時ばかりはその雑な味も気にならない。
 雫は投入された魚肉を野草で包み、それを口へと運ぶ。
 噛み締める度に肉の旨みと野草の味が合わさり、なんとも云えない味わいを醸し出す。
 合成食ではこうは行かない。外人が整えた味覚感覚で作られた合成食品は、食べられれば良いという思想の元作られているとしか思えない、風情も何も無い物だ。
 これが天然物…やはり人は自然と共にあるべきだ。強くそう思う。
「美味しい………カレー粉だけで凌ぐと思ってただけでに、これは思わぬ伏兵ですよ」
「悠希がここまで料理の腕があるだなんて思ってなかったぜ………全然足りねぇ、おかわり!」
「ほとんど味噌汁みたいな鍋だけどな。
 もっとも鍋物なんて投入して終わりだから料理の腕なんて殆ど関係ないぞ?」
 受け答えながら、勝名が突き出す器を受け取り、具をよそう。
 要は出汁のとり方で、基本を抑えていれば後は具材が勝手に美味くなる。そも、投入する順番なんてのも、今回の場合は深く考えなくても良かった。
 草と肉だけという鍋でも、「本物が食べられる」という魅力の前では、多少の順序の違いなんて小事でしかなかったのだから。
「謙遜すんなよ森りん、これスゲェ美味いって。これりゃ嫁さん探すの楽そうだね雫ちゃん!」
「ぐ…っ!?」
 急に話題を振られ、口に放り込んだ魚肉を思わず丸呑みする。
 幸い小さく崩したものだから喉に詰まるということは無かったが、固体が喉を通る感触が気持ち悪く眉をひそめる。
「りょ、料理くらい出来ます!女性として当然の嗜みよ!」
「本当です森上さん?」
「出来るよ。仕込みから飾りつけまで。俺のは生き残るのが優先の狩人料理だから仕込みも飾りつけもいい加減。実際、これの出汁取る時も丼勘定」
「っつーか、問題はこいつがいきなり嫁発言したことについてだろ?」
 箸で久我を指す勝名。行儀が悪いと雫は嗜めた。
「悠希のはお師匠さんから教わったものだったわよね?」
「いや、これは森上家伝統。師匠はそもそも料理なんてしない。もしくはしてたんだろうけど、俺は見たことが無い」
「悠希の師匠かー。なんか面白そうなヤツだよな、どんな感じの人だったんだ?」
 2杯目も軽く平らげ、3杯目を差し出す勝名。
 曲芸の原点、二刀流で暴れる悠希の始まりの者。二刀流の既成概念を打ち砕いた存在は、確かに興味は湧く。少なくとも、勝名には十分過ぎる理由になるだろう。綾華も同じようで、話を聞きたそうな顔をしていた。
 皿を受け取りながら、悠希は少し前の記憶を思い出し、
「我が師ながら、やっぱりどこか変わってたのは認めるよ。
 剣術以外は非常識ってほどじゃなかったけど、それでも言動はちょっと浮世離れしてたし」
 結局、あの高みには届かなかった。目指していても、欠片ほども届かなかった。
 それでも師匠はそれで良いと、そうでなければならないと、越えてはいけないのだと言った。
 今でも心に残る師匠の言葉は、悠希にとってひとつの指針となっている。
 師が己が人生を賭けて鍛え上げた”森上 悠希”という刃は、その刃自身は未完成だと思っているが師は「完成した」と太鼓判を押した。
 何故そう云い切れたのか、悠希はまだ解らない。少なくとも師匠が使う技の半分も習得できなかった自分が、何故「完成した」と言い切れるほどの物になれたのか。
 時々、師が設けた合格ラインが低かった………と、そんな負の考えに思い当たる事がある。低ければ、確かに予定した力を得れば「完成した」と言い切れるだろう。
 でも、ならば何故、あの日、あの人は、師は俺に―――
「おーい、よそい終わったらくれよ」
「ん?あぁ、悪い悪い」
 勝名に手渡し、他に欲しいのは?と聞き回る。
 と、ここでずっと無言だった都に気付いた。見れば、顔を隠すように俯いてる。
「どうした、都?」
 皿に盛られた具は殆ど減っていない。箸に挟んだままの魚肉も、一度齧りついた跡が残っているだけで減っていない。
「口に合わなかったの?」
 隣に座り、都の顔を覗き込む雫。
 と、俯いて隠れてるその目から、大粒の涙が溜まっていたのが見え、ドキリと驚いた。
「どうしたの都!?」
「い、いえ………ちょっと………」
 涙を袖で拭い、顔をあげる。目の辺りは少し腫れていたが、笑顔を皆に向けた。
「初めて”合成”ってつかない食べ物を口にできて、ちょっと驚いただけですから…」
 笑顔でそう語る。
 だが、その言葉は、その意味するところは、都が思ってる以上に、深く、重く、胸を締め付ける力を持っていた。

 ―――全員の顔から、笑顔が消えた。

 この話は別段都だけに限ったものではない。店で売られていた食材の多くが消え、合成食品が多くを占めるようになったのは最近の話ではない。
 食糧事情というのは、肉体だけでなく強く精神的にも影響を与える。
 古来から食の充実こそが士気の充実に繋がることは知られている。
 それだけ重要な要素が今、貧困している。枯渇している。逼迫している。
 所謂後方国ではまだ余裕があるが、特に前線国ではより明確に出ている。
 日本もその分類では前線国に該当しているが、国土の狭さが幸いしてるのか目立った貧困は”一応”出ていない。
 が、余裕のない家庭から合成食に移行してゆき、今では農家とある一定の階級以上の人間以外”合成”と名付く食品を口にできないのが、今の日本の現状である。
 そういう意味では、農業を営む源・森上家は恵まれている方と云える。
 しかしそれでもできる限り蔵を開け、周囲の農家同士で持ち寄ったり難民キャンプで炊き出しを行ったりと、それなりに現状でもがんばってきたつもりだ。
 だがそれでも、日本の現状は強く意識せざる得なくなる。いくら国土が狭くとも、国が難民キャンプへ対する扱いを直接見てきたし、その食料事情も嫌でも肌で感じている。
 その二人が気まずくなるのなら、他の分隊員ならば、もっと気まずくなるのは目に見えている。
 そう、本来ならこのくらいの事は黙っておくべきだったのだ。
 だが、都は云ってしまった。
 口に出してしまった。
 吐き出してしまった。
 それが悪いことだとは云わない。だが、口に出すべきではなかった。
 口にして、同情を誘う真似はすべきではなかった。その言葉が指す意味が違くとも、云うべきではななかったのだ。
 それを笑顔で、目を腫らしながら。
 気まずくなるのは当然だった。
 都も、場の空気が重くなったのを感じ、何を口走ったのか、その意味を再認識する。その向日葵のような笑みも、次第に萎れていき、暗い影が落ちる。
 食糧事情など、基本的には皆同じ。それを「自分だけ食べたことがありません」「不幸です」と言い触らした事実は、都に云い様のない不安と恐怖を蘇らせた。
 孤立、除外、冷遇………似たような経験をしてきた都には、それを思い出させるには十二分過ぎた。
「なら、今の内に食い溜めしとかないとな都ちゃん!」
 その空気を一撃で破壊したのは―――久我だった。
「ほらほら、こんな旨いモン次いつ食えるか解んねぇんだからあったかい内に食べようぜ!
 森りんの腕はスゲーよ!?」
 云いながら、野草を口一杯に頬張り貪る。「うめーうめー」と、それしかボキャブラリーはないのかとツッコミを入れたくなるほどそれしか云わない。
「あぁ~、旨いのならいつでも食えるのがあるぞ、都」
「なん………ですか?」
「ニン「それ以上先を口にしたら実家にあるもの全て焼き捨てるわよ…?」じんは体にいいんだぜ都?」
「?本物はなんでも健康に良さそうですけど…」
「というより、野菜は基本体に良いのばかりですよ?」
「いいから悠希、もっかいおかわり!」
「カッチーナ、一人で全部食う気ですかー!?」
 一瞬にして気まずくなった空気も、気付けばいつもの喧騒に。
 雫は内心胸を撫で下ろした。
 このまま重い空気を引き摺るようでは、この試験を突破することは叶わない。
 仲間内でギスギスした関係になるようではどの道どこかで失敗するか、戦場なら死ぬ要素になってしまうだろう。
 なればここで自分が動くべきだと思った………が、先に空気を破壊したのは久我だった。
 やり方は至ってシンプル、だがそれを自分の持ち味を使って場を破壊してみせた。
 恐らく彼も”本物”を口にしたことがない日本人の一人だろう。それでも場を良い方向に持っていかせた。食べたことがなくても、あっても。
 普段からこれくらいの機微ができてればもっと人気がでそうなのに………本当、使いにくい人だ。
 でも、使い道を間違えなければ彼は部隊の財産になる。それを見極める眼を養う必要があるかもしれない。
 ………これが何も考えなしでやってたら、私の考えもかなり間抜けなことになるのだけれども。
「雫はおかわりいいのか?」
「えぇ、もらうわ」
 中身が無くなったお椀を差し出し、焚き火の周りで焼いていた魚と交換する。
 小ぶりながら肉厚の魚に齧り付く………淡水魚だけあって塩をたっぷり付けたくなるくらい味気ない…が、本物を食べられる喜びに比べたら小事だった。
「あ、そういえば雫さん。伝え忘れてたことが」
「なにかしら?」
 箸を置き、身体を綾華の方へ向ける。
「食料採取中に、妙な足跡を見つけたんです。まだ真新しい足跡で、形を見るに人工物なのは間違いありません」
「周りの枝の折れ方や、足跡のサイズからそれなりに大型………二足歩行するのが、あの山に向かった痕跡があった」
 そう云って、自作の木製おまるで闇の向こうにある山を指した。
 闇夜に浮かぶ明るい月と寄り添うように浮かぶ黒い山は、その風景と相まって言いようのない不気味さを漂わせていた。
 そのせいか居心地の悪い、背筋に何かまとわり付くような感覚に襲われる。
 山というのは元々神々の世界とも云われ、科学技術が発達した今でも一歩間違えれば神々の世界へ誘われる。
 それは肌身で一番実感している悠希でも同じであった。
「調べておく必要がありそうね…」
 何かあればそれを確認し、特に何もなければ問題ない。
 どちらにせよ何かあるのなら調べなければ、今の手がかり無しの状況を打破することはできない。
 総演が始まって2日目が過ぎようとしている。にも関わらず手がかり無し…いや、勝名が発見した二重トラップも、手がかりと云えばくはない………
 食料はざっと見ただけでも残り5日間を凌ぐには十分過ぎる量がある。半ば悠希の趣味と実益が合わさった燻製肉だけでも十分だし、ほっといても悠希が勝手に採って来―――
 駄目ダメ、すぐ悠希に頼るな………しっかりなさい、雫!
 それはともかくとして、編成を考えないと。
 この試験はこれからが本番だ。ようやく全員を探索に回せるのは何よりも強い。
 逆を云えば、これで何も発見できないようではこの総演を合格することなど絶対にできない。
 悠希はもちろんだが、勝名の突進力と探知能力は有効だろう。ということは”手綱”が必要だ。それができるのは、失礼だが一人しかいない。
 となると残りは限られていくことになるのだが………ここは久我の良心を信じるしか、ない………
 少し心配だが、今回はこれで行こう。
「それじゃぁ舌もお腹も落ち着いてきたところで、明日の編成を伝えるわよ。
 今回は全員が探索チームにするわ。その代わり食料は全員で担当することになるけど、そっちは片手間程度にして頂戴ね。
 Aチームは勝名と綾華。頼むわよ」
「おう、任せろ!」
「…解りました」
 雫が含ませた言外の言葉を汲み取った綾華は、神妙な顔つきで分隊長の指示に従う。
(手綱を握れ、ということですか………)
 昨日の今日で暴走する可能性がある。それを抑えられる人が組むべきということですね?
「Bチームは久我と都。身の危険を感じたら容赦なく潰して良いからね、都」
「なななななにをですか分隊長殿!?」
「?どうしてそんな挙動不審になるんですか、久我さん」
「喉仏に決まってるじゃない…」
 股間を押さえている久我に呆れと冷めた視線で貫く雫。「ですよねー」とそそくさと身を縮め焼き魚を貪る。
「最後のCチームは、まぁ消去法で云わなくて解るけど、私と悠希よ」
「承知」
 ただ短く。ハッキリと答える。その短さと声の強さが、実に頼もしい。
 と、ふと周りと見ると若干目が白い女性陣が。
「………なに、かしら?」
「いえ、何も…」
「まぁ、悠希なら何もしないだろ」
「何か、胸に何かわだかまるものが…」
 奥歯に何か挟まったような言い方が気になるが、しかしこういう反応が多い場合はどう追求しても答えてくれないだろう。
 なら、この話題はこれで終了。
「はいはい、それじゃぁ見張りはAチームからね。それ以外のチームはさっさと食べてさっさと寝ること!疲れてるんだからダラダラ起きない!良いわね?」
「「「「「了解っ!」」」」」
 やはりハッキリと指針を指すのはとても頼もしい。安心して従える。
 そんなことをそれぞれ思いながら、残った夕飯に食らい付いていく。
 嫌なことも気まずいことも気になることも、この味の前では全て小事に感じられた。
 みな、心が飢えていた。



 それは闇の中を歩む。

 同じ場所を、何度も。

 何を探してるわけでもない。

 ただ、歩く。

 それが使命だと云わんばかりに。

 ただ、進む。

 誰が決めたのか解らない。

 ただ、進む。

 何かを求めるように―――
最終更新:2010年03月13日 03:56
ツールボックス

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