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3日目・後編

 ―――探索隊Cチーム 雫・悠希ペア。
 2人にとってこの組み合わせは慣れ親しんだものだった。
 百里に来る前の奥州では、雫の指示に悠希が先陣切って動くという光景は良くあるものだった。その中にはもう何人か、雫に付き従うものがいたが、基本的な構図はまさにこれ。
 少々特殊だが、2人が幼馴染だと知っていれば別段不思議な光景とは云えない。
 普通なら幼馴染に良いところを見せようと頑張る所も悠希にとってはどうでも良いことだが、自身の頑張りが結果として雫の評価を上げるとするなら、それならやはり頑張らねばならない。自分のためではなく、他人のためというのが悠希の美徳であるが、問題はそれがごく一部に限定されることか。
 努力も根性も不屈の精神も、百里に来る前から培ってきた。
 そうする必要があったから―――
 そうしなければならなかったから―――
 それがなければ、彼女の傍に立てなかったから―――
 悠希にとって、源 雫という存在は現日本のトップ、政威大将軍・煌武院悠陽殿下と同じくらい、大事な存在になっている。
 他の人など関係ない。雫だけを守れれば良い。それ以外は全て利用するかあるいは切り捨てるだけの存在………
 誰かに『偏ってるな、苦労するぞ』と云われたこともあったが、むしろそうでありたいと願ってもいた。
 歪んだ精神は、気付かれはすれど誰にも叩き直されることもなく、むしろ強化されながらここまできた。その元凶たる悠希の師もまた、考えが極端でなおかついい加減な人だった。それにも多分に影響されているだろう。
 師弟関係は親子よりも強い繋がりを持つ。生みの親より育ての親…とも云う。
 師はの考えは『中庸を極める』というもの。要は自然体を極めろと云うこと………だったらしい。言葉による説明も殆ど無く、ひたすら実戦紛いの組み手を強いた師匠の言い分は、結局大して理解できなかったが。
 それでもあの人の言葉の多くは今も胸に刻みついている。しかしそれでも、あの人を、師を赦せないこともある。………いや、赦して欲しいこと…とでもいいか。
”そのこと”は、百里に来る前になんとか踏ん切りを付けられた。だからこうして、奥州に居た頃のように振舞うことができる。
 それはともかくとして、師から学んだ多くの術は、今もこうして雫の役に立っている。
 少なくともそれは、森上 悠希にとってはとても嬉しいことだった。
 学んだ力を如何なく発揮できるということは、それだけで嬉しくなる。それはモチベーションの向上に繋がり、結果として良循環を生み出していく。
 特殊な関係ではあるが、その基本的な部分は、とてもシンプルだった。少なくとも、悠希本人にとっては。
 その片割れ、守るべき対象である源 雫はそんな相方の微妙に高まってるテンションとは別に、それとは異なることで心の臓が高まり続けていた。
 原因は解ってる。久我に不意打ち気味に突き付けられた己が本心に、それを認めてしまった自分が高鳴っているのだ。
 さらに加えれば、そこからアレコレ吹き込まれた事が、雫の心をかき乱している。
 そんな雫の心情など露知らず悠希は猿か天狗か、木々の間を飛び越えては地上に設置されたトラップを順調に解除している。
 何か思い悩む仕草を見せる雫の姿は、悠希には「何か思案しているのか」程度にしか、見えなかった。
 結局、悠希は源 雫を見ていない………少なくとも、自分が彼女の思案に割り込む余地はないと考えていた。
 長年の経験か、それとも自分に課した責務か。
 どちらにせよ、悠希は雫の恋の硝子細工に生まれた機微に、気付いてはいなかった。
「―――どうした?」
 ふと見れば、雫はずっと同じ場所に停滞していた。傍から見ればしかめっ面を地面に向けながら。
 幹の上から小器用に枝を踏み台にして素早く降り、雫の元へ駆け寄る。
「ぇ、あ…っ、いえ、な、なんでもない!なんでもないわ!」
「………?」
 妙だとは思う―――ようだが、それ以上は何も思わなかったようだ。
(割と朴念仁なところがあるのかも)………頭の片隅に、そんなことを思い浮かぶ。
 考えてみれば、主従や幼馴染としての関係で接してくれたことはあっても、男女の関係で接してきた事は一度もなかった。
 意識しないよう制御してるのか、はたまた本当に源 雫を女性として見ていないのか…
 仮に前者だとすれば嬉しい。本当に嬉しい。踊ってしまうくらい、喜んでしまうかも。
 意識しないようにしている…ということは、逆を云えば意識してしまうということだから。少なくとも、脈はあると判断できる。
 が、後者だとすると、とてつもなく胸が重い。悲しくなってしまう。
 しかも今までのことを考えると、どう考えても後者である可能性が高い。もの凄く高い。
(だってそうでしょう?ずっと”源”を護るために頑張ってたんだもの…そこに好きとか恋とか、そんなものあるハズが………)
「………」
 ふと気付けば、また悠希がじっと見つめている。もっとも、熱い視線ではなく、心配するような眼だが。
「もう試験の3分の1が過ぎようってのに、まだ手がかりらしいのが何もないってのは、確かに考え物だよな」
「………そう、ね」
 確かにそうではある。むしろ、今はその事を考えてない自分がおかしい。
 そう、今は試験中。色恋を謳う時ではない。気を引き締めねばならない時なのだ。
 悠希の云う通り、我が分隊は合流地点が記された”物”の手がかりは、何一つ得ていないのだ。
 既に入手しているのなら、もうちょっと気を緩めても良かっただろう。しかし今は、何も無い。
 ………少し、久我の熱にやられたのかも知れない。
(まったく、人に感化されてしまうなんて私らしくも無い…)
「そう…そうよね。まだ手がかりは一つもない。いえ、無くはないわね…と云えば例の足跡ってヤツ…」
「やっぱり、あの山か」
 そう云って、視線を上へと向ける悠希。その先には、この島の少し西側にズレた場所にある小さな山があった。
 今のところ、そこまで探索の手は届いていない。都合よく行けば、5日目か6日目にいけるはずだが…
「焦ってもろくなことがないわ。今は目先のことに集中しましょ」
「了解」
 そう、結局そうにしかならない。
 焦ったところでろくな結果は得られない。急いては事を仕損じるとも云う。
 大事なことは、情報を集め、如何に自分が有利になるよう事を運ぶか、だ。
 そう、それは色恋にも当てはまる………はず。
(………やっぱり少し頭の中ピンク色に染まってるわね)
 自重したつもりが、まったくされてないという己の緩さに閉口した。
 それはともかくとして、このまま何も聞かないのも胸の周りがもやもやする。それに、ちょっと分隊の娘達の反応も気になる。
「ねぇ、悠希」
「なんだ?」 
「好きな娘、見つかった?」
 木の上に登り切ったところで、足場にしていた枝が折れて落下した。直前に手短な枝を掴んで地面に激突するのは避ける。
 普段見せない失態に心配する雫とは正反対に、悠希は呆れ顔を雫に向けていた。
「何故いきなりそんな話になるか、説明を要求してもよろしいでしょうか、我が姫?」
 再度地面に降り立ち、雫の元へ歩み寄る。
「ほら、悠希も年頃でしょ?久我は露骨にしても、悠希だって男の子じゃない?
 そういうのに興味あるんだろうし、ね。それにほら、この訓練部隊って可愛い女子多いじゃない。
 1人か2人くらい、好みに合った娘が居てもおかしくないから聞いてみたの」
「なるほどなるほど…」
 納得してるようなしてないような。
 それはそれとして、悠希は先へ向かうよう歩き出す。その後ろを雫はついて行く。
「興味がないわけじゃないが、まぁ好みの子はいないよ。
 そりゃ綺麗どころや可愛いどころは多いけどね」
「じゃぁ………なんで?」
「俺にはそんなことよりもやらなきゃ行けないことがある。それだけさ」
 そう云い切る悠希の背中を、雫はじっと見つめる。
 悠希の言葉の中にある『源を護る』という呪縛が、どうしても雫の胸を掠める。
 1000年前から続くその命令を、その長い年月を律儀に護ってきた一族。その長に任じられた、同い年の幼馴染。
 大人達に強要されたのかどうかは解らない。それでも、悠希はその命を、今もこうして護り続けている。
 雫にはそれが、悠希を堅物へと縛りつける呪縛なのではないかと、そう思わずにはいられなかった。
「ねぇ………ひとつ聞いて、良い?」
「答えれる範囲でなら答えるよ」
 すでに1つ聞いていても、悠希は気にも留めずそう答える。
 悪いことではない。ただ、今は主従関係としてではなく、幼馴染として…その内を答えてもらいたくて、そう願いながら、その事を聞いた。
「家の云い付けに従ってるから、私を護ってる……の?」
 ピタリ………枝を薙ぎ払っていた手が止まった。
 聞いてしまった!―――今になって、聞いたらまずいことを聞いてしまったと、強く後悔する。
 しまったと思いつつも、聞いてしまった以上は仕方が無い。
 自分の気持ちに素直に従うのなら、いずれは通らねばならない道だから…それが最悪の答えが待っていたとしても、雫はそれを受け入れるしかない。
 そんなネガティブな思考に陥ってる雫に対し、悠希は頭を軽くかきながら振り返った。
「いまさらそんなことを聞いてくるとは思わなかったぞ…どうした、やっぱり久我と何かあったのか?」
「久我とは何もありませんっ……それより…どう、なの…?」
 いつもような、凛とした態度ではなく、初期の都を思わせるおどおどした雫が、そこにいた。
 そんな雫を見て、悠希もなんとなく聞きたいことを理解する。
 恐らく、不安なのだろう。今まで護り続けてきたその心意気が、親に、家に云われた事が根底にあるのだと。そう思えなくも無いのだから。
 それに、面と向かってそんなこと、一度も云わなかったのもある。奥州では周りの目もあり、常に堂々とした態度を強いられ、悠希もそれに従う格好を強いられ続けてきた経緯もあったのだから。
 だが、悠希にとってそんなことはどうでも良かった。親に言われたからとか、家の仕来りだからとか、そういう話は。
「言いつけだから護ってたんじゃない。云われたから護ってるんじゃない。家訓だから護ってるわけでもない。
 俺が護りたいから、護ってきただけだ。
 誰に言われたからって、仮に”護るな”って云われたって、俺は雫を護る。
 ………これじゃ、不満か?」
 云いながら、頭の中に思い浮かぶ、奥州での雫の姿。
 幼き日の、大人が雫に対して頭ごなしに言いつけた、その言葉。
 それを甘んじて受けれる雫と、裏で話していた大人たちの真意。
 それらが頭の中で混ざり合い、化学反応を起こし、森上 悠希の心の水面に、大きな波紋を生み出す。
「人類全てを敵に回したって、BETAに蹂躙され尽されようとも、俺は雫を死んでも護る。
 他の誰が非難したって知るか。人類全てを利用してでも、お前を護る。護りきってみせる。
 そのために強くなったんだ。強くなろうとしたんだ。この力は全て、お前を護るために手に入れたんだ」
「ゆ…悠希?」
 何か、胸の奥がざわめく。
 悠希の内側から何かが溢れている。そんな気にさせるような、強い想いが彼から溢れている。
 同じ感覚を持ったことが以前あったのを即座に思い出させる。
「そうだ、護るために、俺は雫をマモルために、おまエを守ルために、オレは…力を、奴からちカラをもらったんだ…
 ダれにも負けないチカらを―――」
 それは、司令の知人だと教えられた人と模擬戦をしたあの時に感じた感覚と同じものだ。
 酷く歪んだ闘氣と云うべきか………いや、”殺気”と呼ぶべきものが、普段では考えられないような強い感情を持ってその顔に溢れていく。
 まるで世界は全て自分の敵と云わんばかりの負の感情が。それがあまりに歪過ぎて、むしろ酷く醜い笑みにも見えた。
「ハァーッ、ハァーッ…カハッ、クハァァァ……ケヒッ……!」
 ―――拙い。
 悠希が良くない方向へ傾いている。普段押し殺すのが得意な悠希だからこそ、一度歪みが発露するとそれを押さえ込む術が無くなる。
 呼吸にも乱れが出ている。吐こうとするのと、息を吸うのを同時にやろうとしてかえって混乱を招いてる。このままでは呼吸困難に陥ってしまう。
 それに、このまま放置してはいけない。理屈や感情そのどちらでもなく、直感がそう囁く。このまま放置しては、呼吸が収まっても『帰って来れない』かもしれない……と。
 それに従った雫は、
「悠希!落ち着いて、悠希っ!」
 抱きつき、憎悪とも取れる感情を孕んだ歪む瞳を真正面から射抜いた。
「―――っ…!」
 今までみたことのないその感情に任せた瞳に気圧され、離れそうになるがかけた手に力を込め、体を悠希に密着させる。
「しっかり!深呼吸して、何も考えちゃ駄目!今は私の声の言う通りに!
 心の声じゃなくて、私の声だけを聞いて!ほら、3・2・1、はい!」
 じっと、その瞳を正面から見据えて何度もその前で深呼吸してみせる。
 最初は応じなかったが、次第にその呼吸に合わせていく。
「そう、ゆっくり…ゆっくりよ……何も考えないで。頭の中を空にして、深呼吸だけ繰り返して………」
 やがて悠希の瞳から負の感情が消えていき、いつもの悠希が戻って来る。
「………落ち着いた?」
「あ、あぁ…悪い、手間かけた…」
 額から流れる汗をぬぐい、自分が見せた失態に後悔する。
(なんだったのだ、今のは…)
 内側から這い出てくるような、ドロドロとした暗い感情………いや、感情と云うよりももっと別の何かだ。
 それがまるで殻を突き破って出てきたような、そんな唐突過ぎる感情が、自分でも知覚できた。
 あれは、なんだ…?何が起きた?
 自分のことなのに、まったく理解できない。何がどうなったか、何故こんなにも胸が痛いのか。
 ―――と、一瞬、脳裏に形容し難い”なにか”の姿が映った。ギラギラと輝く―――そうとしか形容できない何かが、自分を見ていた。
 が、それはすぐに頭の中から消え去り、思い出すことも叶わなくなる。
「………なんだったんだ、今の」
「………」
 蒼褪めた…と云うほどでもないが、少し顔色が悪い。
 それでも、感情に起因するものなら心配は要らないだろう。既に顔色も元通りになりつつある。
 そんな悠希を見て、安堵する雫。と、
「………あっ」
 急に顔を真っ赤にして、硬直する。すぐに耳まで真っ赤になり、それでも体が固まって動かない。
「………どうした?」
 妙な固まり方をする雫に、今度は悠希が心配する。
 まぁ、今は自分の事で手一杯の者には解らないかも知れない。
 なにせ雫は、好きな男と真正面から抱き合ってるような状態になっていたのだから。
 無論、そこに不純な感情がなくとも、それでも冷静になって見ればかなり驚きの体勢だろう。
 少なくとも、恋する乙女にとって、この状況はある意味望んでいたことで、同時に今は避けたい状況でもあった。
 手順を追って、ゆっくりと近づく算段が、それを飛び越えてこの至近距離。しかも相手は、好きな人。
 そんな状況で、雫に「冷静になれ」と云う方が、どうかしてるだろう。
「………あ、あぁ~」
 大分落ち着いた悠希も、ようやくどんな状況か察し、パッと距離を取る。
 そしてその場で両膝をつき、頭を下げようとしたところで雫は静止させる。
「何故?」と顔を上げると、
「今は、2人よ?試験中だけど」
 言外に込められた、「今は幼馴染として接して」という言葉を汲み取り、悠希は静かに頷く。
「いや、でも悪かった。汗臭かっただろ?」
「ううん、気にならなかったわ。むしろそれは…」
 自分のことだ、と言いかけて口を閉じる。それを解っているから、悠希は雲ひとつない空を見上げて「一雨欲しいな」と呟き、雫もそれに頷いた。
「そういえば、雫」
「何?」
「少し胸成長したな」
 途端、一気に顔を赤くして自分の胸を両腕で隠す雫。そんな彼女を見て、「カッカッカッ」と笑う悠希。
「ななな、何言い出すのよ!?」
「―――よし、大分元に戻ったな。行こうぜ、我が姫?」
 元の調子に戻った悠希は、笑いながらそう云うのだった。手を出し損ねた雫は、「ぐぬぬ…」と顔を強張らせるが、その行為の無意味さを理解したのか、一度溜息を吐き悠希の言葉に従う。
 その場からトラップを解除しつつ移動を開始する。
 先程の混乱で少し時間を取られたのを気にしてか、二人は休憩前よりもペースを上げて探索していく。ペースを速めると、その分見えてる物に対して詳しく観察する時間を割けなくなるのだが、そこは自分が見て判断した事を信じるしかない。
 悠希もそうと考えているらしく、普段以上に早くトラップを解除し、いつもなら時間がかかっても解除しているトラップも、時間短縮と云わんばかりにわざと起動させて手間を減らしている。
 云わなくても解ってくれる幼馴染というのは、やはり良いものだと雫は心の底から強く思う。
 他にも考えねばならない事もあったが、今は遅れた分を取り戻すことだけを、考えることにして。
 と、やたらと倒木が多い場所に出る。
 上を見上げれば、ぽっかりと口を開けたように空一面を覆う緑のカーテンの中に穴が開いていた。そしてその下は、折れた枝や雑草がとある方向へ向かって散乱していた。
「ここは………」
「悠希と都が一緒に落ちた場所ね。
 あれだけペースを上げても、まだここまでしか動けないのね…」
 そう云って、雫は頭上に開いた穴を見上げる。
 悠希は逆に、散乱した枝や倒れた雑草を手に取り、それの折れた断面など色々な角度で見ている。
「どうしたの?」
「………いや」
 何かが引っかかるのか、悠希は被害が大きくなっている方向へと、脚を向ける。
 遊んでる暇はない―――とは思うものの、「何かあるのかも?」という淡い期待もありそれを引き止めるようなことはせず、雫は悠希の行動を見守ることに。
 乾燥を始めた枝が、悠希が踏みしめる度に乾いた音を立てて折れる。まるでここだけ切り抜いたかのように、森林の中に開けた空間を進んでいく。
 途中、開きかけて途中木々に引っかかったままになっているパラシュートを見つけつつ、やがて終着点にたどり着くと、悠希はそこにしゃがみ込んだ。
「………なぁ、ここに俺と都が落ちたんだよな?」
「そうよ?それがどうしたの?自分でも覚えているでしょ?」
「そうなんだけど………ふむ」
 自分が都を抱えて落ちた場所…そこに手を当て、軽く思案するかのように瞳を閉じる。
(確かに、あの時俺は都と一緒に落ちた……でも、”無傷”だった。
 それがおかしいとは思っていたけど、俺はそれをまだ、雫に伝えられずにいる…)
 考える時間がなかったというと、そうでもない。
 が、それでも突拍子もないことしか思い浮かばず、結局口を閉ざしたままになっていた。
 さて、どうすべきか………云うなら今くらいなものだが、生憎と納得のいく結論は未だ出ていない。
 そんな中で説明するのは、非常に酷だ。主に自分が。
 では、このまま何を云わずに通すか?
「う~ん…」
「珍しいわね…悠希が唸るって…」
 そうなのだが、それに相槌を打つ余裕もない。
(何か、何かないのか…?明らかにおかしい現象が起きたハズなのに、何も伝えられないなんて…
 何か…何か…う~ん………)
 と、ふと頭の中に都の顔が過ぎる。次いで、師匠の顔も。
 はて?―――と思うが、即座に頭を切り替える。
 何故思い浮かんだのか、何故連想したのか、何かが頭の中でひっかかかるのか。
 何故師の顔も芋ずる式に出てきたのか。
 僅かな取っ掛かりに必死にしがみ付き、そのとっかかりから結び付けられた連想の糸を手繰り寄せていく。
(そう云えば1日目の時、微妙に不振な行動があったな、都………)
 それが意味するところは、わからない。だが、繋がってるような気がする。そんな気がする。
 それに一緒に思い浮かぶ師の顔が、否応なしに”何か”を連想させてくる。生憎と、それが未だ漠然とし過ぎているのだが…
 それとは別に、仲間を疑うに近い行為に胸が痛む。
 仲間という”モノ”すら利用しようという考えの悠希ではあるが、それでも頭から「利用するだけ」と考えているかと云うとそうでもない。最終的には「利用する・しない」という考えが根底にあるが、それでも”仲間”というものに対し、それなりに理解があるのは確かなのだ。
 自分では雫を護れないというは、奥州に居た時に解っていたこと。そのためにも、”仲間”は1人でも多く集めた方がより得策だと、そういう風に理解してもいた。
 それはともかくとして、もし”思い当たる事”が本当だったとするなら、それは逆に、都も雫達を騙してるということにもなる。そうなると、都が隠してる事が何かの拍子でバレた時、都にとって良くない展開が待ってる…やも知れない。
 仲間のためにも、都のためにも、そうならないために先に気付いた俺が知らなければならない。
 と、なれば確認しなければならないだろう。
 もしかすると、これは大きな問題になるやも知れない。そう判断したから。
「雫、明日の編成なんだけど」
「どうしたの?」
 急に立ち上がったかと思うと妙に真剣な表情で話を切り出す悠希に、若干驚きながらも返事をする。
「明日、俺が組む相手を都にして欲しいんだ」
「………はい?」

 ―――急に、気温が2度ほど下がった。気がした。

(いや、露骨過ぎませんか我が姫)と内心ツッコミを入れてみるが、所詮心の中の事なので相手に通じてるわけがなく。ダラダラと吹き出る冷や汗を拭うこともできず、表情が固まったままの雫の顔を見続けるしかなかった。
 とは云え、雫がそんな顔をするのも理解できる。雫の気持ちも、理解はしているつもりなのだ。
 が、それを”受け入れてはいけない”。少なくとも、悠希の中でそういう思考が働いていたのは、間違いない。
 それでも雫は、自分の気持ちを前に出してくる。この顔をさせる感情も、いつもならまず表に出さないもののハズだから。その想いが解るから、悠希は”受け入れることはできなかった”。
 たっぷり5分、周囲の気温をガッチリ落とした雫と、解っていたもののどうすることもできない悠希が見合った後、雫は1度深く溜息を吐き、
「ま、何か考えがあるんでしょ…」
 と、一応物分りの良いフリをして承諾した。
「でも」
 悠希ですら反応できない速さで間を詰め、顔を近づける。ただし、目は静かに怒ったまま…
「………問題ある行動は控えてね?」
「…了解」
 気圧されながらも、必死になって真顔で返事をする男の姿が、ここにあった。
 多くを聞かない雫だからこそ、その言葉に凄みがある。雫自身も、相手を凄ませるやり方を知っているから、あえてそういう行為もする。それが例え、極親しい相手であっても。
 それはともかくとして、
「さ、いつまでもココに居ても”探し物”は見つからないわ。移動しましょ」
「………了解、我が姫」
 気持ちの良いくらいサッパリとした切り替えをする雫に、悠希はいつもの如く無条件に従うのであった。



 ベースに全員が集まり、今日も成果が無かったという残念な報告会を済ませ、遅めの夕飯を片付けると雫は明日の編成を切り出した。
「明日の編成を伝えるわ。
 Aチームは私と勝名、Bチームは悠希と都、Cチームは綾華と久我ね。
 異論は聞かないわ」
 素っ気無く言い放ち、Aチームから順に見回りにつくよう指示を出す。
 危うく聞き逃しそうになった勝名が雫に噛み付く。
「ちょっと待てよ!明日こそオレじゃなかったのか!?」
「誰がそんなこと言ったの?」
「いやおかしいだろ、順当に考えて明日悠希と組むのはオレだろ、なぁ!?」
「…………………ん?」
 話を振られた悠希は、木材の加工に忙しかった。途中で手を止め、軽く思案した後、
「し「お前に聞いたのが間違いだった!なぁ、そう思うだろ都!?」話を振っておいてそれか…」
「わ、私は……別に…もにょもにょ…」
 指をもじもじと絡めながら、小さな声で答える。
 その態度に頭が一気に沸騰した勝名が飛び掛ろうとするのを、綾華が先に動いて抑え込む。
「どうどう、別に明後日でも良いじゃないですか。試験は逃げませんよ?
 と、云うより明日中にはあの山以外の探索は終わるはずですから、明後日こそ森上さんと澄子さんのペアが重要となるハズですよ。ね、分隊長?」
「え?え、えぇ。そうよ、モチロン!それくらい考えて編成しないと、分隊長は名乗れないわ!」
 微妙に言葉を詰まらせながらも、胸を張ってそう云い切る。
 そんなことをさせてしまった雫に対し、悠希は人影に隠れて小さく頭を下げる。
『主君に気を使わせる不出来な家臣でごめんなさい』と、思ってるかはどうかはさておき。
 すぐにいつもの調子に戻った雫は立ち上がり、
「みんなも薄々気付いてるとは思うけど、あの山の中に合流地点が記された地図があるハズよ。
 よって明日は山以外の地形を探索し切ること………これに尽きるわ」
 今日の報告会でも、この島に自分達以外にも活動する存在がいることは、多くの状況証拠を発見できたことで確認し合えた。
 そしてそれら状況証拠は主に山へ向かっていること、不審な動きが見られた場所が山に集中していること。
 これらの情報から、雫は”山に何かある”という事、推論ではあるが導き出した。
 と、なれば早々に山に入るべきなのではあろう。が、最低でも山以外の地形は把握しておかなければならないという考えにも至る。何かあった場合、的確に指示を出せるようにするには、やはり地形の把握も必要なことなのだ。それを怠ると、後で詰まった時に困る。そうなれば、自身の分隊長としての資質を疑われることにも、最悪試験の落第にも繋がる。
 それは避けなければならないのは百も承知。で、あれば、遠回りになっても先に地形を把握することこそが肝要であると、雫は再確認し、それを皆に伝えた。
「明後日からは山に総出で入る事にしたいの。そこからは地図を入手するまでは下りることはしたくない。
 だから明日までに、確実に山以外の地形を把握し、探索し切り、確実に『山にしかない』と確証を得た後に入ることするわ。
 と、いう事で明日はいつもの倍のペースで探索をよろしく―――以上、苦情は?」
「ありません」「左に同じ」「大丈夫です」「ありませんですよ雫ちゃん」
 それぞれ返事をした後、返事をしなかった勝名に皆の目が向けられる。
 長い前置きをされその理由もされ、これ以上駄々を捏ねるわけにもいかず。
 明後日になれば悠希と組めるのであれば、”あえて”我慢するのもまた吉と云えるだろう。
 ―――と、いう葛藤があったかは定かではないが、
「ねーよ!その代わり、明後日は頼むぜ!?」
 と、いつもの威勢で返事した。そんな勝名を見て綾華と都と久我が苦笑する。
「解ってるわよ」
「ところでカッチーナは、森りんのこと好きだったりするわけ?そんなに必死になるな、ってぇぇぇぇ!?」
「あぁ!?何言い出してんだこのトーヘンボク!もっぺん云ってみろや!」
 久我を盛大に殴り飛ばす勝名に、多くの眼が点になる。いつもよりも加減のない、容赦なしの拳が久我の顔面へめり込んだのを間近で見たためだ。えも知れぬ迫力があったようだ。
 鼻息が荒くなり、それでも目を回している久我を威嚇する勝名に、綾華が必死に落ち着かせる。
「お、オーケーオーケー………理解したから落ち着こうじゃないかカッチーナ」
「おう、わかりゃ良いんだよわかりゃぁ!」
「(でもどう見ても脈ありに見えません、分隊長?)」
 早々の復帰した久我は、もっと普段からその動きをしろとツッコミを受けそうな素早い動きで雫の隣に回りに、耳打ちした。
 その言葉に、雫がガチリと固まる。そんな姿を見て、悠希が動きそうになるが、久我は「だいじょーぶだいじょーぶ」と必死の手信号。
 凄く怪訝そうな顔を見せるが、隣で雫も大丈夫と手信号を見せてきたので動くことをやめた。
 一方で、都は悠希の手芸をじっと凝視していた。
 別段、特に珍しい事をしているわけではない。が、妙にやる気を出してその作業をじっと凝視している。
 見られて困るようなものは作ってないので、まぁそこは良いのだが…このような形で注目されるのには、正直やりにくい。
「この3日、色々やってるのは見てきましたけど、悠希さんって本当に手先が器用ですよね?」
「そうか?慣れだろ、こういうのは」
「それでも必要な物をある物で作っちゃえるのってやっぱり凄いです。
 今度、教えてもらえませんか?」
「いやまぁ………教えてるのは文句ないけど、この試験を通れば俺たち衛士になるんだぞ?こんなの覚えても…」
「そ…そうですか………そう、ですよね。私達、衛士になるために頑張ってるんですから…」
 何故かやたらと落ち込む都に、言い知れぬ後味の悪さが胸の中に広がる。
 とは云え、今やってることはあくまでこの試験を通るための作業であり、そもそも正直使えるかどうかも解らない物がかなり多いのも、また事実。そんなものを教えるわけにもいかず、とは云え都は教えて欲しそうにしている。
 そんな都の意欲を殺すのも勿体無いのだが、かと云ってそうホイホイ教えられるものもそう多くは無い。主に手間が掛かる意味で。
 あーでもないこーでもないと珍しく思い悩む悠希の姿が、そこにあった。
「良いんじゃない?別に教えて困ることはないでしょ?」
 そう言い出したのは、久我の相手を切り上げて綾華と明後日の段取りを話し合っていた雫だった。
 余所見程度の反応ではあったが、云われてみれば確かに教えて困ることはない。手数が増えることは良い事だ、とりあえずは。
 この試験のために使えるかもと加工していたものだが、他にも使い道はあるかも知れないと考えれば、存外悪くはないだろう。応用力さえあれば、大抵の道具の使い道を見つけることができるのだ。
 と、頭の中が整理できたら後は実行するだけだ。
 意気消沈気味の都に向かい、悠希は云う。
「それじゃ、まず一番使いそうなのから教えるぞ。途中で投げ出すなよ?」
「―――っ、はいっ!」
 教えてもらえることが嬉しいのか、都は今まで見せたことが無いような、可愛らしい笑みを悠希に向ける。
 それは他者への興味が薄い悠希であっても、思わず心が揺らいでしまうほどのものだった。なれば、他の者にとってはとても魅力的に写っていたことだろう。
 が、生憎とこの笑みは他の者には角度の関係で見ることができなかった。それが良いことか悪いことか、その判断は悠希は放棄する。これを認めると、色々と面倒そうだと、何かが囁いたから…
「ま、まぁまずはだ。このトラップから回収した金属片を曲げて使えそうな形にすることから始めようか」
「はい、ご教授お願いします!」
 やや興奮気味ではあったが、(まぁやる気のない表情を見せられるよりは良いだろう)と、内心一人で納得し、悠希は即席講習を始めるのだった。



 それは”彼ら”の存在に気付いていた。

 しかし、何某かの手段を講じることをしようとはしなかった。

 ただひたすら。

 ただ黙々と。

”領域”に入らなければ、何もしないと云わんばかりに。

 ただ、巡り続けていた―――
最終更新:2010年05月13日 22:09
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