雛鳥の宴
2002年5月18日
再訓練部隊の訓練は、一般的な訓練兵の訓練と比べ、かなり変則的である。
純粋な体力強化である行軍や筋トレは変わらないが、一番の問題である擬似生体の完熟訓練は別である。
主に訓練兵それぞれの擬似生体部位を判断基準とし、教官たちの相談によって中隊に関わらずチーム分けされ、手なら銃の組み立て、足ならバランス台や反復横とびなど、瞬発力と精密さに重きを置いた訓練メニューを行なうのだ。
余談だが、腕が擬似生体となっている訓練兵の中には、訓練もかねて百人一首を自由時間に行なう者もいたりする。
さて、ここで一つの疑問が生まれるだろう。
『何故最初から擬似生体の部位で訓練部隊を分けないのか?』
腕と足など複数の部位を擬似生体にしいる者もおり、単純な部隊分けが難しいこともあるが、一番の理由は単純である。
実際の戦場で、同じ部位の擬似生体を持つ者だけで部隊を組むことなどありえないからだ。
それどころか、純粋な健常者とも部隊を組むことの方が多いだろう。
そんな中で、擬似生体の部位、有無に関わらず…いや違うからこそフォローし合うことが重要となる。
故に、再訓練部隊の訓練部隊は、訓練の効率性だけを考え、擬似生体の部位で部隊を分けることは行なわないのだ。
以上の理由により、再訓練部隊の疑似生体完熟訓練では、教官たちの相談結果により変則的な面子で訓練を行なっている。
本日は私――宗像美冴は芦川虎児訓練兵、
ファム・ティエン訓練兵、そして再訓練部隊、B中隊の中隊長である石川圭介訓練兵、そしてA、C中隊の面子と共に銃器の組み立てから射撃訓練といった腕を中心に鍛える訓練を行なった。
石川の場合は擬似生体部位である目を鍛える為の射撃訓練であるのだが。
国連軍横浜基地 PX
「いやぁ、隊長の射撃能力はさすがだなっ!」
食事をとりながら笑う虎児に対し、石川は恥ずかしそうな微笑を浮かべる。
「ありがとう、でも僕より凄い人間はいくらでもいるさ。…っと、食べながら話すもんじゃないよ芦川君。色々と飛んでいるよ。」
「おっ?そいつはすまねぇな!」
良い人…という言葉が一番に思い浮かぶ石川。何かと部隊員の世話を焼くことが多く、隊員たちにも慕われているのだ。
(訓練中の厳しいときとの差が不思議なものだ…だからこそ、舐められていないのだろうけれどな。)
石川の苦言を理解しているのかいないのか、ガハハハと米粒を飛ばしながら笑う虎児。
喧しく、直情型故に揉め事を多々おこすが、裏表が無く好感が持てるタイプだ。
最初は部隊に馴染めていなかったものの、裏表の無い虎児、何かと世話を焼いてくれる石川、そして部隊員同士のクッション剤的役割を担っている夏純の助けもあり、少しは馴染めてきたように感じている。
一部ソニアや福太郎のように目に見えて良い顔をしていない人間もいるにはいるが……陰湿なことをするタイプでも無いようで、特別不愉快な思いもしていない。
そんなこんなでそれなりに話題を弾ませながら食事をしていると、B中隊の最年長、轟巌訓練兵が歩いてきた。
「おっ、旦那じゃねぇか!どうしたんだ!?」
他人を変わった名称で呼ぶことの多い虎児は、轟のことを訓練部隊内唯一の既婚者ということで、旦那と呼んでいた。
(そういえば、芦川は朽木大尉を師匠、日野中尉を兄貴とか呼んでいたな…。)
轟は普段から寡黙であり、強面とスキンヘッドという髪型から、一見怖そうな印象を与える。
しかしながら以外と若い者に甘く、階級が今は同じとは言え、虎児の馴れ馴れしい態度や、夏純の“とどさん”という愛称を許している。
無骨な顔に珍しく苦笑を浮かべている轟。
その口から、驚きの提案があった。
「夏純から伝言だ…本日20:00から、訓練部隊内でのコミュニケーションの為の宴会を行なうそうだ…場所はPXを借りてな。」
「夏純が…ですか?轟さん。」
「うむ。…ソニアが風間にまた食って掛かってな…それを見かねた夏純の提案だ。」
「またソニアさんですか……まぁ、悪い提案では無いですね。」
「はい、私も賛成です。」
驚いて聞き返す宗像に対し頷く轟。
どうやら、決定事項らしく…“食って掛かる”という状況は簡単に想像できたらしく、石川やファムも素早く状況を理解すると肯定的な意見を返す。
「ったくあのチビ助もしょうがねぇな…了解だぜ旦那!」
そんなこんなで、突然の宴会は意外とスムーズに行なわれることになった。
5月18日 20:08
「集まったは良いが、さて、何を話したら…といったところだな。」
交流の為の宴会という目的があるものの…いざ改まると言葉に困るものである。
(夏純は、馴染みきれていない私や祷子の為に言い出してくれたようだが…逆に言えば、私と祷子に皆の注目が集まっているのか。)
ちなみに一部の例外――自由気ままな芦川が、轟を強引に誘って飲みながら将棋を始めていたりするが。
「私は魅力的な貴方たちの話であれば、どんな話でも喜んで拝聴させて頂きますよ。」
キザったらしい口調で話しているのはシン・ウィンラロー訓練兵。
“軽い”というのが真っ先に浮かび上がりそうな外見と言動が目に付く男であり、噂ではやはりその通り女性関係に節操が無いそうだ。
その甘いマスクから魅力的に感じる女性が多いのだろうが…心に決めた相手がいる者には勘弁願いたい相手だろう。
(悪い人間…では無いのだがな。)
そう内心苦笑していると、目の前に座っている夏純が口を開いた。
「シンちゃんが言うと一々やらしいけどね~「おいおい、夏純」とりあえず恋バナでもしてみる?」「無視しないで!」
「何が恋バナや…アホらし。」
まぁまぁと石川に宥められているシンを尻目に福太郎が不機嫌そうに呟く。
彼は言外に“特別”であることを臭わせることの多い宗像、風間を普段から快く思っていない一人である。
「へぇ~…福ちゃんそういうこと言い方しちゃうの?…ふっふっふ~。」
「な、何や夏純……。」
「…有栖川少尉の写真、大事そ~に持ってるくせに。」
「んなっ!」
にやにやとしながらさらっと呟く夏純に、福太郎が焦る。
それの反応に目敏く反応するものが一人…宗像である。
「おや、田沼さんは有栖川少尉のような女性が好みでしたか。」
「ちゃうわ!」
「あれ~?それじゃあ、福ちゃんは有栖川少尉が嫌いなの?」
「いや……そんなことあらへんけど…。」
「ふむ…つまり田沼さんの部屋は有栖川少尉の如何わしい写真だらけということですね。」
「なんでやねん!」
水を得た魚のように、ひたすらに福太郎を弄る宗像と夏純――非常に良い笑顔である。
そんなやりとりを傍目に風間が隣のファムに疑問を尋ねる。
「写真って……隠し撮りなのかしら?」
「いえ、違うと思います……日野中尉が、有栖川少尉や間桐注意の写真を整備兵や訓練兵に物々交換で配っているんです。」
「それは、皆も写真を持っていたりするのか?」
ファムの返答に興味を持ったのか、福太郎を弄るのに飽きたのか、話に参加する宗像。
それに続いて夏純も弄るのを止めたため、なんとか解放された福太郎がそそくさと離れていった。
「うちの部隊で福ちゃん以外だと、シンちゃんは間桐中尉の持ってるし、ソニアちゃんは朽木大尉の持ってるね~。」
「ふむ…ソニアは朽木大尉のような人が好みなのか?」
「ソニアちゃんはお父さんっ子で、お父さんみたいに渋いおじ様が好みって言ってたかな。…ファムちゃんは何か古そ~な写真持ってたっけ?」
「えっ、私ですか?…はぃ。」
夏純に話を振られ、おどおどと赤くなるファム。
新しい獲物を見つけた宗像の目が光った…が……。
「そういえば、美冴さんも男性の写真を持っていますわよね。」
「えぇ?詳しく教えて教えて~、とこちゃん!」
予想外の方向からの攻撃に顔を顰める宗像、そして対照的に顔を輝かせる夏純。
「…祷子……。」
「あらいやだわ美冴さん、私は美冴さんも話題にあがった方が皆との距離が縮まるかと思いまして。」
宗像のもの言いたげな視線に微笑で返す風間。
「えぇ~!?宗像さん彼氏がいるんですか?」
話に聞き耳を立てていたのか、大仰に驚くシン。
その大きさと内容から、今までわざと距離をとっていたソニアすらこちらに興味を向けているようだ。
特別扱いされ、どこか遠い存在に感じられていた宗像と風間であるが、少なくとも恋バナにおいてはただの変わらない少女であることを認識させることには有意義であろう。
雛鳥たちの宴は続く。
~おまけ~
説明しよう!
バーリトゥードゥ将棋とは、とりあえず言った者勝ちな将棋である!
大事なのは柔軟な発想と「はい、問答無用で俺の勝ち~」とか言わない空気を読む力である!
「……これで王を取ったぞ。」
「ガハハハハ!甘いぜ旦那!!その王は実は影武者で、こっちの歩が本物の王だぜ!」
「…王手。」
「ぬぅ、さすがだぜ…だが、俺の桂馬はチェスのナイトばりの名馬だからな!ナイトと同じ動きをするぜ!」
「ふむ……どちらにせよ、王をまた取ったぞ。」
「ぐぬぅ………今俺の陣営で下克上が起こった!!今からこの金が俺の陣営で王の代わりだ!」
凄いのは怒り出さない轟か…普通にやっている轟に好き勝手やって勝てない虎児か。
最終更新:2010年05月21日 23:05