都内某所
目の前には、憂国の志を同じくする物として共に学んできた衛士が自分を恐れるかのように立っている。
彼のトレードマークである大きなダレスバッグも、怪しさが今日は二割り増しだ。
「__さん、随分とお急ぎのようですね。どちらにお出かけですか?」
「こ、これは中尉……」
とても残念なことである。研究会に入って日が浅い人物ではあったが、好漢だと思っていた。
連隊の厳しい訓練スケジュールの合間をぬって会合に参加し、活発に意見交換に参加していた彼。
若者らしい、荒削りな真っ直ぐさに偽りはないと思っていた。
「こういった、場でそういう、なんといいますか、思わせぶりな話は」
「……」
その彼が、うろたえている。目は口の10倍雄弁だ。私は問いただしたとき、彼が「そんな嫌疑をかけられるとは心外です!」と息巻いて怒ってくれることをどこかで期待していた。
それがどうだ、なんともまぁ、分かりやすい反応をしめしている。逃げ腰で、早く立ち去りたい
まわりに人がいないか絶えず目を動かしている。
「"東洋の擲弾兵"とあだ名され、優れた衛士である__さんが何をそんなに恐れているんですか?」
「いや、あの申し訳ないのですが、人に会う約束をしていまして、それに遅れるわけにはいかないものですから……」
なんとか紡ぎ出したのが、そんなありふれた言葉だ。根っから嘘が苦手なのは分かっていたことだ。
だからこそ裏表の無い人かと思っていたのだが。
「ああ、そうでした。情報省秩序保安部の"マック"さんは時間に厳しい方だそうですね」
「なっ……!」
その時__さんの顔が驚愕の表情と共に凍り付く。持っていたダレスバッグが地に落ちた。
私が合図をすると4方より私服に扮した同志が現れる。手にはよくテロリスト共が使う
AK-47突撃銃が握られていた。__さんの混乱とパニックはこのとき最高潮に達した。
「ま、まってください中尉、そ、それは何かの誤解です! マック? 秩序保安部?
な、なんのことだかさっぱり分からない! 本当なんです!」
自分が一時でも志を共に出来ると思っていた壮士のなれの果てとしては、醜すぎた。
沙霧大尉がこの場にいれば段取りも無視して一刀両断していたことだろう。
そんなことをされて駒木君と後始末をするのは私なのだ。大尉の純粋な所には信頼するが、あればかりは困ったものである。
「__さん。"東洋の擲弾兵"の末路が恭順主義派のテロで殺害とは……本当に残念です」
「まっ――」
図ったように4挺の突撃銃が火を噴き、__さんが踊る。たっぷり7.62mm弾を浴びて、死に絶えた。
私は気づけば彼に敬礼していた。計画成功の為にやむを得ない措置とはいえど、帝国を守ろうと志願しここまで戦ってきた衛士を一人殺めた事に変わりはないのだから。
崇高な計画にも、ひとたび裏に入ればこんな事ばかりだ。しかし殿下をお守りし君臣の奸を討つまでは止めることはできない。決して正当化されない、自分が手に染めてきたこと。
大事の前の小事というには大きすぎる犠牲を払ってきた。それも、あと一月の辛抱だ。
ここで未遂に終わればそれこそ、彼やそれまでの犠牲が全く無駄なものとなってしまう。
「中尉、それでは手はず通りに」
「__さんは軍機に基づく任務で海外に今すぐ発たねばならない。そう、"マック"には伝わるように」
__さんだったものがテキパキとライトバンに収められ、殺害された痕が手早く掃除されてゆく。
ほんの10分後には明星作戦で破壊された公園跡は元通りになっていた。
差し出されたかばんの中を調べる。思った通り、研究会で話された具体的な計画の一部のメモ書きが
びっしり書かれたノートが見つかった。事前に阻止できたとはいえ、危ないところだった。
メモ禁止の研究会での議論を全部頭に入れ、あとで文字におこしたのだろう。
彼の几帳面さがうかがわれる、丁寧な文字が列んでいた。
「そういえば、__さんは左利きでしたね。丁寧に書いても書き順はいい加減なわけです」
そんなことも思い出していた。
あまり長くこの場に留まることは出来ない。付近の要所は固めてはいるものの、
どこに目があるか分かったものではないからだ。ラングレーの動きも気になる。
私はその空虚な土地を前に、彼の御霊のためにも計画を必ず成功させなくては、と新たに心に誓うのだった。
――NNMK2さん誕生日記念SS終わり
fujitakaさんによるNNM2さん誕生日記念SSの動画化
最終更新:2010年06月23日 01:45