落日

「まったく…とんだ災難だ。」

最低限濡れた床を拭き取っただけで部屋の片づけは後回しとし、今日は部下を撤収させ一人になった。
荒れに荒れた執務室を眺めながら朽木は自分の椅子へと腰かける。
空になった空き瓶を寂しげに眺め、しかし、自分の口元に(苦笑ではあるのだが)笑みが浮かんでいることに、気づき驚く。

自分はこの騒がしい日常を楽しんでいる。

その事実から胸中に複雑な想いを抱く。
部下に荒らされた引き出しを開け、奥から額縁に入れた妻子の写真を取り出す。

「なぁ、俺は日常を楽しむ権利があるんだろうか…。」

一人部屋で呟く問に答える声は当然無く。
無言が支配する部屋で自然と思考は過去へと赴く。

己の行動の全ては最前線でBETAを屠る為であった。
妻子を失った日からそれだけを目的としていた。
今でも戦術機を駆り戦場を走ることは諦めてはいない。

だが…昔ほど妄執じみた勢いが無いのは確かだろう。

落ち着いたという意味で成長したと言えるのか。
貪欲さが無くなったという意味で堕落したと言うべきか。

己が問に答えは出ず。
ただただ想いが馳せるばかり。
自然と朽木は、己が変わらざるをえなかった日―――体を失った日を思い出すのであった。



1999年 8月4日
帝国陸軍仮設基地 仮設食堂

蒸し暑い空気の中、不味い食事を受け取る為に列に並ぶ。
仮設基地とは言えまるで災害後のテント村のような相貌であり、仮設食堂はもはや炊出し状態である。
周りの人間の不景気な表情からも、その揶揄が適切なものであると言えよう。

「空気が不愉快だな……。」
「そうっすねぇ隊長。どいつもこいつも景気の悪い面してますわ。」
「隊長、何でしたら食事をお持ちいたしますが…。」

朽木の呟きに追随するのは、朽木が隊長を務める帝国陸軍大隊――通称“鬼兵隊”の中隊長、赤城中尉と青砥中尉である。
青砥は大柄な体格にスキンヘッド、赤城は朽木や青砥と比べれば小柄であるもののその鋭い目つきから、強面であり、
“鬼兵隊の赤鬼青鬼”などと呼ばれていた。

「いや、構わん…面倒だからな。」
部下の気遣いに遠慮し、食事を受け取り席につく。

横浜ハイヴ殲滅と本州奪還を目的とした大規模反攻作戦――明星作戦(オペレーション・ルシファー)。
国連軍と大東亜連合が主体となり、明日から行なわれるこの作戦は、日本にとってまさしく国の存続に関わる作戦である。

まさしく己が大事である帝国陸軍としては、その誇りと面子から国連軍(実質米軍ではあるが)のように後詰に甘んじるわけにはいかず、
本州奪還の先駆けとなるべく、第一陣が割り当てられている。

本来であれば、戦意向上の為に互いに鼓舞しあいながら明日へと備えるべきであるのだが…
朽木が呟いた通り、食事をとっている皆が陰鬱な雰囲気を醸し出していた。

理由は単純、疲労である。
現在の首都である東京から横浜ハイヴまではたった数十キロしかなく、帝国軍は常に緊張感を持ちながら連日BETAの迎撃作戦を行なっているのだ。
さらに、数日前から明星作戦に向けての前線の押し上げがあり、疲労は加速度的に蓄積している。

では、何故そんなに無理をするのか。
その理由も単純、限界だからである。
このまま迎撃作戦を続けていてもジリ貧であり、己が大事に他国の力を借りてでも早急に手を打たねばならない状態なのだ。

故に誰もかれもが余裕が無い。
一部笑顔を浮かべ、気丈に振る舞う者もいたが、やはりどこか空元気である。
それこそ、殆どの人間の顔に映るのは憔悴や焦り、酷い者は幾ばくかの恐怖。

本州奪還という作戦に参加できることは、本来は誉であろうとも、
心身共に疲れ果て、さらに明日死ぬやもしれぬ段階になれば単なる恐怖の原因でしかない。

(この、脆弱者どもが…)
彼らの心情を理解しても、“復讐”という名の大義名分を己の中に持つ朽木としては、
足手まといとなりえる彼らの態度を許容出来ず、不愉快に感じていた。


「死にたくねぇよ――この調子じゃ―――それこそ米国のG弾に頼るくらいしか――。」

その呟きは、それほど大きいものでは無かっただろう。
しかし、雑談に花を咲かせるものもまばらであったその食堂には、たしかに響いたのだった。

ここは今回は主力となりえなかったとは言え、本来であれば本州奪還の主軸とならねばならない帝国陸軍の仮設基地。
周りの者は全て帝国軍人であり、その発言は決して彼らに容認されるものでは無いだろう。
実際周りで顔を顰めるものも多数おり、呟いた人間と一緒に食べていた奴など驚きで固まっている。

しかしながら誰も彼もが精神的余裕が無く、皆一度の発言であれば聞かなかったことにしようとしていたのだが…。

「……隊長?」
「隊長…止めときやしょうや」
先ほどの呟きが聞こえていなかったのか、立ち上がったことを不思議がっている青砥。
対して諌める言葉をかける赤城であったが、知ったことでは無い。

問題の少尉のいるテーブルへ近づく。
本人はやっと周りの空気と仲間の表情から、己の失態を理解し戸惑っている。
近づくこちらを眺めるその表情は、朽木自身を知ってか知らずか…まるで失禁でもしそうなほど恐怖に引きつっていた。

「たっ、大尉殿! こいつは本気でそんなことを言ったわけではっ」
とっさに仲間の弁解をしようとした別の少尉を拳で黙らせ、前へと歩く。

問題の少尉の鳩尾を的確に突き上げ、俯くことで下がった頭を机へ叩きつける。
顔面が沈んだ合成シチューは砕けた器ごと飛び散り、その白濁が朱色へと染まってゆく。

「…はっ」
笑えてくる、まるで茶番だ。
もだえる相手を、許してもらおうと縋る相手を、仲間を助けようと飛び掛かる相手を、
殴る、蹴る、叩きつける。

こんな脆弱な精神で
こんな軟弱な肉体で

あの憎き異形の怪物を倒すというのか、殺すというのか、駆逐するというのか。

その程度で…
その有様で……
死んだ家族の仇をとるというのか!
散って行った仲間に報いることができるのか!
奪われた故郷を取り戻すことができるのか!!

無理だろう…嗚呼、不可能であろうとも!

俺の目的の足手まといにしかならぬのであれば…死―――――

「朽木大尉っ!!」
その叫び声に近い呼びかけで我に返ると、周りはこちらに銃口を向けている十人近いMPに囲まれている。
誰かが呼んだのであろう――率いているのは明日の作戦で帝国陸軍のなけなしの戦術機攻連隊を率いる連隊長、大場重勝大佐であった。

「朽木大尉…手を放したまえ。」
襟首を掴んで持ち上げていた目の前の男を放すと、
ずるずるとこちらに倒れ掛かりながら―――朽木の軍服に赤いラインを引きながら倒れていく。
気が付けば、相手取った3人に無事な者は誰もいない。

「話をしっかり聞かせてもらう、付いてきたまえ。」
こちらを警戒するMPに連行されながら考えるのは、後悔や処分への不安ではなかった。
ただ一点、明日の作戦への参加に影響があるか否か。

それこそ、周りの人間が向けてくる嫌悪、そして畏怖の視線など気にするはずもなかった。



8月5日 17:52
横浜ハイヴから数キロ地点

「HQより鬼兵隊各機(オウガ・ファイターズ)。1800より降下兵団の突入が開始されます。注意して下さい」
「オウガ01了解。――お前ら聞いてたな、青砥の部隊から補給を開始、他は周囲の哨戒だ。
上にもしっかり注意しろよ、流れ星に潰されるような可愛らしい死に方はしたくないだろう?」
「「「「「了解」」」」」

機体のステータスチェックをしながら昨日の事件を思い出し、
そして騒ぎの割にはこうして出撃できていることに安堵する。

帰れば始末書が待っているが、本来であればそれで済みはしないだろう。
この程度で済んでいるのは、元々相手に処罰対象となりえる言動があったことが一番大きい。
――それこそ朽木が暴れなくとも、あのまま例の少尉が問題発言を続けていれば軽くない処罰が下っていたほどなのだ。
そういう意味では彼らの処罰を軽くし、さらに負傷させることで作戦に参加不可能とし、死から遠ざけたとも言えるのだが。

また一般衛士であればともかく、部隊長を預かる人間を処分すればその部隊が十分に機能しなくなる危険性があることも理由の一つだ。
戦力の絶対的不足という問題を抱えている帝国としては、失敗出来ない作戦を前に無視できない問題となる。
悪名と共に多くの武功を示す朽木は、尚更切り捨てたくても出来ない人材と言える。

さらなる裏を言うならば、そういった背景の上で知らぬ仲ではない大場大佐が、鬼兵隊をまるで懲罰部隊さながらの配置に置くことで、
周囲の不満を流してくれていることもあるのだが…。


「―――ょ!隊長!! 補給は隊長たちの番ですよ!」
「っ、すまん赤城。16、28、お前らから補給しろ。」
「16了解」「28了~解っ」
「隊長しっかりして下さいよ~。始末書で寝不足ですか?」

とたんにオープン回線に複数の笑い声が流れる。
連日の迎撃任務に耐え、さらには既に短くない時間の戦闘を行なった上で、小休止中とはいえこの最前線で笑っていられる部下が頼もしくて仕方がない。
己も弾薬を補給しながら、軽口を返す。

「五月蝿いぞ、始末書はまだノータッチだ。何なら赤城に書かせてやろうか。」
「うへぇ、遠慮しときま~す。」
笑い声がさらに大きくなる―――が、突然の衝撃に皆が黙る。

「っと、始まったか。楽しいお喋りは終わりだ。突入が完了次第、楽しいハイキングの再開だ。」
「「「「「了解」」」」」

軽い言葉とは裏腹に気を引き締める。
目の前には着々と砂煙が舞い上がり、同時に憎き光の帯が空に放たれる。
降下兵団から剥がれた外殻が降り注ぎ、少しでもハイヴへと近づこうと入口をこじ開ける。

「流れ星は打ち止めだ、全機進軍!」

荒れ果てた地を踏みしめながら前進する。
後続が突入するための入口を確保すべく、クレーター近くのBETAを駆逐する。

「ようし、あそこが地獄の釜口だ。群がる蠅を吹き飛ばし、残りの食材たちの到着を待つぞ。」

この時代の、特に撃震等第一世代の戦術機にとって、隊列とは非常に重要なものである。
何故なら、この鈍重な人類の剣では押し寄せるBETAの攻撃を避け続けるという行為は非常に難易度が高く、
隊列を崩され、乱戦に持ち込まれれば即壊滅――ということも十分あり得るからだ。

故に隊列を組み、劣化ウランのシャワーを浴びせ続け、出来るだけ近づけさせないのが一番。
とは言え、BETAの物量は圧倒的で完全には勢いを止められず、徐々に接近される。

「くっそぉおお!死ねぇ!!」
「くたばれ侵略者がぁぁぁ!」

任務が撤退戦の殿ではあればともかく、場所の死守であるならば少しづつ下がることも許されない。
であるならば―――

「全機抜刀! 楔参型で一当てした後、鶴翼型に移行。前線を押し上げるぞ!」
「「「「「了解っ!」」」」」


「――何とか殲滅したか。赤城、青砥、こっちは辻堂がやられた。そっちは?」
「B中隊、来栖と勝の二人がやられました。」
「C中隊、白石の一名です。」
「…そうか。」

“そうか”

4人もの人間が死んだにも関わらずただその一言である。
しかし、その一言の声色にはありとあらゆる感情が詰まっていた。

今は戦場 地獄のど真ん中
それ以上の言葉を重ねる余裕などなく、皆がそのことを理解していた。

「どうにも後方の動きが鈍いな、上に連絡をとってみる。全機警戒しつつ待機。」
「「「「「了解」」」」」

空はやや暗みがかっており、本来であれば順次地表戦力を投入する段階にも関わらずそれが無い。
何か起こっている――そもそも、BETA戦において何も問題が起こらないということこそあり得ないのだが。

「オウガ01よりHQ、後続が到着しない、どういうことだ。」
「HQよりオウガ01、現在司令部で対応の検討中だ。その場で待機せよ。」
「どういうことだ?何が起こった?」
「HQよりオウガ01、答えられない。繰り返す、答えられない。その場で待機せよ。」
「…ちっ。」

思わず舌打ちをする。
仕方なしに、帝国陸軍の現場責任者に問いただす。
「大場大佐、少しよろしいですか?」
「…少し待ちたまえ。」

どうやら他とも連絡をとっていたようで、二言三言言葉を交わすと、こちらに再度繋いできた。
小さい警告音が鳴る―――秘匿通信だ。

「…大場さん?」
「この現状のことだろう? 君と押問答をしている時間はないからな。手短に伝える。
 降下兵団が突入後、フェイズ3とは思えないほどのBETAの残存が確認された。
 地下構造からフェイズ5相当と推測、降下兵団は壊滅の為退却中だ。」
「っ…本当、ですか?」
「あぁ、悪いことにな…。それで現在上層部で、地表部隊で強引に突入するか、
 小さな望みを繋げるために撤退するか協議中というわけだ。」
「了解しました。…しかし、秘匿回線を使うほどでは無いのでは?」

何か、まだある。
勘としか言えない何かが訴えかけている。

「…これはまだ部下には伝えるなよ……アメリカがG弾を投下しようとしている。」
「……帝国側の、反応は?」
「当然猛反対だ。だが奴らは聞き入れようとしない。…我々は――」
「地域住民のデモ活動がごとく、居座る必要があると。」
「そうだ。私も色々とかけあってみるが、上層部が決定を下すまでは待機。話は以上だ。」
「了解しました。大場さん、防衛線までの後退は…」
「第二防衛線まで許可する。切るぞ、朽木君。」
「はっ…。」

予想以上の状態の悪さに反吐が出る。
同時に日本人の誰もが望んていた本土奪還が遠のいたことに軽い絶望を覚える。
これまでの犠牲は何だったのか――そんな生産性の無い負の思考が頭をよぎるがすぐさま切り捨てる。

残弾量を確認しつつ、今出来ることを考える。
大場大佐が許可したのも防衛要所までの撤退であることからも分かるように、おそらくアメリカへの示威行為の為にも撤退は許されないだろう。

「全員聞け」
回線を繋げると、全員がこちらに注目する――誰もが不安を顔に出している。」

「どうでした? 隊長。」
「詳しいことは言えん…が、現状はかなり悪いな。俺たちは第二防衛ラインまで撤退する。中隊ごとで補給コンテナを集めて回りながら移動するぞ。」
「「「「「了解」」」」」

“言えない”という発言に皆が怪訝そうな顔をするが、そこは軍人。
それ以上問うこともなく、皆が指示に従って行動し始めた。




日付が変わった。
幸い散発的な小規模BETA群との戦闘が起こるだけで、大きな被害は無い。
しかし、普段の迎撃任務による疲労に加え、作戦に参加してからも10時間以上経過していることで疲労が蓄積されていた――限界が近い。

小さい警告音が鳴る―――秘匿通信だ。
「大場大佐、何か動きがありましたか?」
「好転ではないがな…動きはあった。」

茶化したように軽く言葉を放つが、やはりどこか大場の言葉には覇気がない。
それこそ今、命を張っている帝国陸軍衛士全ての命を肩に背負っているのだ、その心労は生半可なものではないのだろう。

「アメリカからG弾投下の最後通告が行われた…我々は撤退を開始する。」
「了解しました。」

雰囲気に違和感を感じる…嫌な予感がする。

「朽木君…君の部隊には特命が与えられた。君たちは仲間が撤退していく中、G弾投下に反発し撤退拒否、抗戦し続けるというシナリオが用意されている。
 これにはG弾投下を阻止できなかった場合、それを最大限に利用する為にBETAを押し留めるという意味合いもある。」
頭が真っ白になる――言葉の意味を理解すると共に頭が沸騰する。

「大場さん!我々に死ねと!」
「まだアメリカに中止を呼びかける以上、誰かが残っている事実が大事なのだ。」
「しかしっ!」
「朽木君!!」

大場には珍しく、本当に珍しく怒気を込めた言葉。
その表情からは悲哀もが覗き見える。

「誰かが…誰かがやらなければならんのだ。
 そしてその役が、君と君の部下に負わされることは非常に残念だ。
 …が、その抜擢が、君の普段の行動の積み重ねにも大きく影響されていることを理解したまえ。」

一気に頭が冷える――冷や水が浴びせられた気分だ。
大場はこう言っているのだ。

 “お前が悪い”と

朽木とて、度重なる問題行為や普段の言動が原因で上層部や周りに嫌われていることは理解していた。
それが原因で最前線に送り込まれても、望むところだったはずだ。
しかし……何処か、強ければ、勝ち残り続ければ生き残り、また戦い続けられると楽観視していたのだ。
言外に死ねと言われ続けても…跳ね除けられると勘違いしていたのだ。

「G弾投下が確認されると共に撤退してかまわん。私が上層部にとりつけられたのはそこまでだ…すまん。」
「…いえ、ご高配感謝致します。」
「切るぞ、朽木君。」
網膜投影から、大場の顔が消える。

最後までその場に残り、必ず死ねと言われているのとは大きな差だが、
かといって、圧倒的に死ぬ可能性の方が高いのは確実である。
朽木に出来るのは、額を殴り、部下に説明するためにまずは己が落ち着くことだけだった。


五分後
部下に絶望を叩きつけるため、回線を繋ぐ。


「皆、聞いてくれ。」
部隊全員の視線を一身に受け、現状を説明する。

もはや作戦成功は絶望的であると。
他の部隊は皆撤退を開始していると。
しかし我々は、撤退は許されないと。

「時間は分からんが、G弾投下が確認されると同時に我々も撤退を開始する。
 そこまで生き残った者は、俺が死んでも逃がしてやる。
 その為にも残弾と…特に推進剤の消費を抑えるんだ。何か質問のある奴は?」

怒り狂うものが入れば、頭を下げるつもりだった。
罵声をいくらでも受け入れるつもりだった。

しかし――部下からかけられた言葉は、予想外なものだった。

「しっかし気に入らないっすね。何で隊長はそんな申し訳なさそうで、しかも自分が死んでもなんてつまらないこと言ってんすか?」
「…赤城?」
「その通りです隊長。生き残り、G弾が投下されてから地表に到達するまでに逃げればいいだけでしょう?楽勝ですよ。」
「青砥…。」
「皆が恐れる白髪鬼は俺らに“死んで来い!”って言うくらいで丁度いいんですよ。」
「そうそう、それこそ俺たちが死んでも隊長を逃がしてあげますよ。」
「俺たちなんて、隊長の元で戦えなきゃ、簡単に切り捨てられてのたれ死んでるような奴らばかりなんですから。」
「お前ら…。」

「何不思議そうな顔してるんですか。
 これだけ放置されたんです、作戦成功も不可能で…それこそやけくそで突っ込まされるくらいには考えてたんです。
 皆、死ぬ覚悟は出来てますよ。」

こいつらを死地へと連れてきたのは自分だが、本当の意味で死ぬ覚悟をしていなかったのは自分だけかもしれない。

「吐いた唾は飲めんぞお前ら…だが、死ぬのは許さん。お前らには俺の代わりに始末書を書く仕事があるからな。」
「さすがにそれは無しでしょ~。」

たとえ空元気だとしても笑い声があがる。
今までBETAを殺すことだけを考え、好き勝手やっていた自分が、予想外に仲間に恵まれていたことに感謝した。


8月6日 8:13

夜が明けた。
散発的なBETAとの戦闘が続き、注意力を切らした者から一人、二人と命を散らしていった。
移動しながら他部隊の置き土産である補給コンテナをかき集めたおかげで補給はまだ可能。
しかしながら、衛士自体の限界は…とうに越していた。

残り22名
それでも作戦開始からの死者が二分の一以下であることは脅威的であり、この部隊の練度を物語っていた。

8:15 運命の時間
さんざんこちらを無視し続けていた司令部からの回線が繋がり、最悪だが待ちに待った報せを受ける。

「HQより全部隊。国連軍艦隊からのG弾発射が確認された。早急に撤退せよ。繰り返す、早急に撤退せよ。」
このCP将校はどんな気持ちでこの言葉を紡いでいるのか。
部隊など、俺たちの他にはあるまいに。

ふと、醜悪な怪物どもに劣化ウランを叩き込んでいた最中だということを思い出す。
間一髪避けた要撃級の腕を切り落とし、いつ切れてもおかしくない意識を繋ぎなおす。

「聞いたかお前ら、可能なやつから推進剤だけでいいから急いで補充しろ。お家に帰るぞ!」
「「「「「了解」」」」」

最低限たどり着ける量の推進剤の補給をさせながら、それ以外がフォローをする。
「下がれ、最後のキャニスター弾をばら撒くぞ!」
「了解!盛大にぶち込めぇ!!」
「05! チェックシックス!」
「ありがとよぉ!」

時間に余裕はもちろん無いが、この調子でいけば何とか間に合うかもしれない。
これまでの先が見えない状態の中で、やっと一筋の光が見えてくる。

だが――我々にはそんな幸運は残されていなかった。

心の余裕が少し生まれることで、違和感に気づく。
「ん?…なんだ、振動?…まさかっ」

振動が一気に大きくなる。
轟音と共に巻き起こるは砂煙。

「最悪だっ、畜生…。」
「隊長ぉ!青砥さんがやられました!」
「来るな、来るなぁあ!」

崩壊する指揮系統。
次々と飲み込まれる部下たち。

畜生…
畜生、畜生…これ以上…
「これ以上、俺から奪うなぁあああ!!」

頭が沸騰する。
冷静さを失い、頭はろくに働かず、
それでも体に染み付いた経験が、ただただひたすらにBETAを屠って行く。
だが、圧倒的なBETAの物量に抗うことは―――

「畜生っ」
圧倒的衝撃が襲う。
管制ユニットがひしゃげ、破片が飛来する。
全身に痛みが走り、視界が真っ赤に染まる。



何だ

俺はどうなっているんだ

痛みは何も感じず、だが無傷などという楽観視など出来るはずも無い

「隊長ぉぉ――おお!」
かろうじて通信機能は生きているのか、ノイズまみれの叫びが聞こえる

声は聞こえるが、内容が理解出来ない

くそ、頭が働かない

まるでコールタールに浸かっているかのように体は動かず、何も見えず

俺は…死ぬのか

焦りも無く、そんな達観した思いだけが沸き起こり

ただ、声だけが唯一現世へと繋ぎとめる糸のように流れてゆく

「――部ぇぇ!――っと隊長を連――下がれっ!」

「そんな、赤城さんっ!皆で下―――しょう!!G弾が落ち―――るんですよっ!」

「馬鹿野―ぉっ!ここで俺たちが――ったら、そのまま基地まで引きつれちまうだろうがっ!」

「だったら俺――――ます!!」

「隊長を――んだよ!お前が一番推―――余裕があるんだ。俺たちじゃ隊―――を担いでは辿りつけねぇ。さっさと行けぇ!!」



目を覚ました俺に射し込む光はなく。
かろうじて動いた右手から返ってくる感触が、自分がベットの上にいることを教えてくれた。

明星作戦 被害報告
帝国陸軍第108戦術機攻大隊 “鬼兵隊”
36名内 戦死者34 重傷者1 生還者1

そんな報告を聞きながらも自分の心は空虚のままだった。

擬似生体の移植手術の薦めを受け、心に火を再び灯すまであと数日。

リハビリをするも、衛士復帰は不可能と診断されるまであと数ヶ月。

新型の擬似生体を手に入れ、希望を見出すまであと一年。

再び戦場に立ち、そして死んでいくまであといかほどか―――。

Fin.
最終更新:2010年09月20日 20:58
ツールボックス

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