5日目・前編

 目が覚めると、既に空は青かった。
 その事に気付くまで数瞬の間を置いた綾華は、気付くと同時に慌てて飛び起きた。
「寝過ごしちゃった!?」
「あ、おはよう」
「え!?あ、も、森上さ、ん!?あ…わ、私、もしかして二度寝しちゃいました!?」
 慌てる綾華に悠希は苦笑しながらも、
「いや、誰も起こしてないぞ」
「え?えぇ?」
 寝ぼけているのか、頭が追いつかない。しかし悠希はいつも通りのペースだ。
 そしてそこの気付いた時点で、ようやっと事態を飲み込む。それを裏付けるように辺りを見渡すと、悠希以外の全員が屍のように爆睡しているのが見て取れた。
「………もしかして、徹夜…ですか?」
「気にしなくていい。ちょっとやりたいことがあったからな」
「はぁ…」
 ここで隠すような事なんて殆どないだろうに………と思いつつも、その辺の機微を抑えている綾華は何も追求することはなかった。
 しかし、そうとは云ってもただ1人で起きていたと言うのは解せない。相方であるはずの勝名も爆睡しているのも気になる。
「ま、色々気になるんだろうけどまずは」
 そう云って、悠希は燻製にして保存していた何とも解らぬ肉を差し出し、
「腹ごしらえだ」
 やけに良い笑みでそう云い切った。

 全員が起床し、腹に栄養を詰めたところで雫は全員に告げた。 
「最終確認よ。今日から明日にかけ、私達はあの山を探索するわ。
 目的の物があれば狼煙を上げ、みつからなくても明日の夕暮れまでにはこのベースに集合すること。
 誰か負傷した場合は、その時もやはり狼煙を上げて。
 それ以外の何か障害と遭遇した場合は、全員に周知するため他のチームと合流すること。
 合流手段は後で渡すものを使用後、ベースキャンプに向かう形ね。山の中じゃ合流は難しいからね。
 ―――ここまではいいわね?」
 そう云い放ち、いつものように仕切る。
 既に試験期間は半分を切っているのにも関わらず。本来ならもっと焦ってもいいにも関わらず。
 あくまで予定通りだと云わんばかりに。
 そのように立ち振る舞うからこそ、悠希はもとより綾華達は安心して返事をすることができた。
「それじゃ、各チームはどういうルートから攻めるか説明を。
 まずは悠希から」
「俺と勝名のチームは2日目に発見した足跡を辿るルートで攻めようと思ってる。
 試験をかく乱するための物かも知れないが、このチームならその程度の遅れは取り戻せる。
 そこが終わったら、状況によるけど一度頂上まで登り切って、そこから下りながら全体を探索しようと思う」
「なるほど…ね。次、綾華のチームは?」
「3日目に見えた揺れの主を警戒して、1度山を迂回してから北側から攻めようかと思ってます。
 なので、もしかすると一番遅れる可能性があります」
「解ったわ。でもあんまり急いでは駄目よ、今回は山だからね。
 最後に私のチームだけど、以前都と勝名が引っかかったという場所から攻めようと思うの。もしかしたら、何かあるかも知れないしね。
 そこの再チェック後に山に入る算段」
「となると………丁度、山を基点に3等分する形で探索を始めるということになりますね」
 綾華のまとめに、雫は頷くことで肯定してみせる。
「最後に荷物確認するわよ。しばらくここには帰ってこないんだから。
 それじゃ悠希、お願い」
「了解」
 話がまわされると、悠希は全員の前に立ち、それぞれのチームに荷物を渡し始める。
 一通り渡し終えると、悠希は荷物の中身を確認するよう指示。
「主に水と量は少ないけど3食分の量を入れてある。それでも最低1食分は食べなくても1日は越せるはずだ」
 食料を包んだ木の葉や燻製肉を全員に見せながら説明していく。
 次に手のひらに一つ収まる金属缶を取り出す。
「座学を受けてるからとっくに解ってるだろうけど、これは閃光手榴弾。使い方は解ってるな?
 これを信号弾代わりにする。さっき分隊長が説明したものがこれだ。
 他にも今まで遭遇しなかったけど、山には大型生物がいる可能性もある。そういうのは逃げるのが一番だけど、その時の補助にも使えるはずだ」
 そう説明すると荷物の中に戻し、今度は無線機を取り出す。
 それを見た途端、全員の顔が強張る。
「これは一応もってく。最悪、誰かが転落死した場合に、教官に連絡するためだ。
 ま、これについてはまず使うことはないだろうけど。一応だな」
「試験をリタイアする場合に…」とは、説明しない。あくまで想定外の事故が発生した場合にのみに使うための、そのための物だと説明する悠希。
 無論、全員そんなことは解っていたが、それでも目に見える形で、記憶に残るよう言葉で説明する。
 小さなことだが、これは大事なことだった。
「後は………そうだな、食料が足りない場合は、現地調達してくれってことくらいか」
 以上―――そう言い放つと、雫は大きく頷き、再度全員の前に立つ。
「それじゃみんな、さっさと目的の物を見つけて、サクっと合流地点に向かうわよ。
 試験最終日よりも1日早く着いて教官の度肝を抜かすの!いいわね!」
『了解!』
「全員、移動開始!」
 命令を下すと同時に、301A分隊の面々は一斉に動き出した。







 Aチーム悠希・勝名ペア。
 悠希が2日目に発見した足跡から山に入ることを選んだ理由は、実に単純だった。
 こんな人工物が露骨にあるのなら、そこから侵入した方が色々とすぐわかるからだ。
 少なくとも、誰かがここを使ったのなら、何がしかの情報が転がっててもおかしくない。
 罠―――という可能性もある。だが、悠希にしてみればそれは同時に「何かある」と教えているだけのことだ。
 幸い、徹夜明けの身であるが、気だるさや関節痛などの問題は無い。むしろ調子が良いくらいだ。
「露骨に怪しいな、ここ」
「そうだからこそ、気を引き締めろ」
「解ってんよ、気を回しすぎだぜ」
 実に楽しそうに、勝名は云う。
 それが悪いとは云わないが、悠希は再度気を引き締めるよう指示した。
 今の状況上、この面子では悠希に意思決定権が存在する。それは他のチームでも同じように機能している。雫と綾華がそれに当たる。
 そうすることで潤滑に物事を進めることができるからだ。これは以前、就寝前に定めた決め事でもある。
 とかく、こういうチーム行動においてはそういう意思決定をする者を用意しておくのは大事だ。
 なぁなぁで物事は決められない。決められたとしても、時間がかかる。即時行動を主とする軍隊では、それは命取りに繋がる。
 多少不満があろうとも、即座に判断して動けるならソレは間違いでない。
 少なくとも、この2人にはそれがしっかりと根付いていた。
 悠希は周囲を軽く見渡す。と、おもむろにナイフを抜き放ち、真っ直ぐに伸びる5センチ程度の太さを持つ丸い枝を切り落とした。それを2つ。
 丁度身の丈半分ほどの長さに切り揃えると、一つを勝名に差し出す。
「ぇー、年寄りじゃねーしいらねぇよ」
「いいから持っとけ。山舐めんな」
 有無を云わさず、悠希はそれを押し付けた。
 準備が整ったのところで、2人は山の中に入る。



 Bチーム綾華・都ペアはわざと遠回りをして北の沿岸から山へと侵入するルートを取った。
 これは3日目に見えた謎の揺れを警戒しての移動だった。
 あれが何かは一切不明だが、2日目に見た足跡を含め、慎重に動かざる得ないのは確かだった。
 都はその辺の情報を持ってはいるものの、それは経験としてではなく知識としてであったため、綾華ほど強く警戒する意識が生まれていなかった。
 これは仕方のないこととは云え、それでも知識があるなりに警戒はとりあえずしてみせる。
 このルートを提案した綾華に対し、都は特に異論を唱えることなくその提案に従っている。
 どの道、都には綾華ほど洞察力が強いわけでもないし、ましてや作戦立案なんてこともできるわけもなく。
 謙遜するわけでもなく単純に、綾華の判断を優先したに過ぎない。
 ただ、綾華の心中で云えば、こういう遠回りはできれば避けたかったというのもあった。
 雫があぁ胸を張って云ったものの、やはり不安で仕方ないのだ。
 その事だけは、やはり胸に留めておくべきだろう。
 決して守りに入らず積極的に攻めに行くのは、そういう性分もあるだろうが、同時にその奥底にある「何も無かった」時の恐怖があることを。
 そういうことを含め、色々と気を回す必要がある。森上 悠希は支えることはしても、気を回すような質ではないと、そう綾華はみていた。先回りした物の見方なんかは、悠希はしないと。
 支えることと、気を回すことは似てる様で違う。決して遠いわけではないが。
 支えるよう努力はしても、あれこれと「こうした方が良い」「あぁした方が良い」と、気を回すことは今まで見たことがない。それが根拠だ。
 以前云われた「源家とその家来」という関係であるなら、そこに主従の関係があるのは想像に難くない。だからこそ、悠希は何も云わず今まで雫に付き従っていたのだ。
 だから、そうであるならこそ、綾華は雫に意見し、気を回す存在になりたいとも、少しずつ思うになっていた。
 そうすれば、均等にバランスが取れる。片方ばかりに偏らなくて済む。
(まったく…奥州ではどうやって暮らしてたのでしょうかね………)
 こんな偏った関係なら、まず間違いなく他方と衝突があるはずだ。そうなれば、もっと丸くなっているはずでもある。だが、そんな姿は欠片も見当たらない。強いて云うなら、今のA分隊での振舞いが、”それ”だ。
 と、そんな思慮を働かせてる内に予定の位置にたどり着く。
 ここからは今まで見ていた部分であったが、未開の場所だ。いつも通り、トラップの山はあるだろう。
「行きますよ、都さん」
「はいっ」
 綾華を先頭に、2人は山の中へと入っていく。



 Cチーム雫・久我ペアは南西側から侵入していく。
 その選定理由は、この付近で都達が引っかかったトラップ群があったからだ。
 今までで一番露骨なトラップがあったという事は、何かがその付近にあったとも云える。あるいは、そこが「一番安全に山に入る場所」であるとも取れた。
 無論、そうでない場合もある。むしろ一番危険な場所と、言えなくも無い。
 だが、雫はそれをあえて選ぶ。
 危険だということは、同時に一番の近道であるとも云えるかも知れないのだ。
 近いからこそ、危険なトラップを設置する。危険なものを置いておく。
 そういう心理があるからこそ、雫はそこを選ぶ。
 どちらに転んでも、何かがあると核心できるのだから。
 どの道、今の状況では情報はないのも同じ。となれば、虎穴に入って虎子を得る勢いで行くしかない。
 それが正しい正しくないに関わらず、選択しなければならいのが今の状況なのだ。
「行くわよ久我。危険だから私の後ろに」
「え?いいんすか?襲っちゃって」
「………やっぱり前行きなさい」
「了解っす!」
 微妙に扱いにくくなってる久我を先頭に、雫は山へと入っていく。



 山はただ、無言で来訪者を受け入れる。

 何事もなかったかのように。

 ただ、静かに。







「むー…ルートを間違えたかもです…」
 北側から攻める綾華達。そのリーダーである綾華は、思わずそう呟いてしまった。
 鬱蒼と生い茂る木々にまぎれて、山の斜面の多くに急な角度がついた斜面が多くあり、一部においては殆ど崖と云って問題ないのようなのも散見されていた。
 そこを避け続けて移動しているものの、徐々にルートが制限され、最終的にはろくな攻め口が見当たらなくなるという状況にまで陥っていた。
「一度戻った方がいいんじゃないですか…?」
「ん~…そう、ですね。幾つか急斜面でしたが昇れなくはない場所もありましたし。そこを使いましょう」 
 そんなことを何度か繰り返す内に、日は頭上にまで昇っていた。
 赤道付近…とまではいないまでも、今は8月前である。日本でなくとも流石に暑い。
 炎天下の中で活動するのは危険と判断し、綾華は一度休憩することを提案。都はそれに素直に従った。
 日陰に隠れ、2人は荷物の中から水筒と食料をまとめた包みを取り出す。
 包みの中には主に焦げ茶色の木の実と火が通された燻製肉、後は野草をまとめたものだった。
 木の実を野草で包み、かみ締めるように少しずつ食べていく2人。
 塩分があるのか、思っていた以上に美味しい。
(どうやって塩を確保したのやら…)
 周りに海水が有り余ってるとは云え、そこから作るには手間がかかり過ぎる。1日2日では到底作れるはずがない。
 燻製肉にも塩で味付けされており、正直PXで食べてる物より美味しいと云いたくなってしまう。
 しかもこの炎天下の中で、塩分が不足がちになるのを予防してくれている。
 つくづく料理好きだと思う。
「美味しいですね、悠希さんが作ってくれたの」
「えぇ…本当に…」
(女性として、これはどうなんでしょうね?)とそんな疑問がふと頭の中を過ぎる。
 別段、悪いことではないのだが…思わず、唸ってしまった。
 その唸りを、都は何故そんな声を上げたのか解らず「?」ときょとんと顔をして聞き逃すだけだった。
「まぁ…それはそれとして、もう少し日差しが弱まった頃を狙って移動を再開しましょう」
「はいっ」
「ところで、何か気になったのはありましたか?」
「いえ、これと云っては…」
 休憩中の間に何か見つけたとか、そういうのがあれば良いのだろうが、生憎とそういうのは無かった。世の中そんなに甘くは無い………当たり前の事を、再度認識した。
 となれば、やはり登らねばならないのだろう。まだ山裾付近でしかないのだし。
 そう考えると、綾華は上を見上げる。頂上まではまだまだある。
 この間に探し物、合流地点が記された地図が見つかることを、素直に祈るしかなった。



「―――うしっ、夕飯とっだず!」
 蛇を捕まえるなり、悠希は妙な奇声を発した。
「と………なんだって?」
「すまん、訛りだ」
 蛇を解体しながら悠希はそう解説する。
 もはや見る側も見慣れたもので、勝名はこの蛇から溢れる血の匂いに誘われてくる動物、あるいは虫を警戒する。
 回収するものを回収し終えると、2人は順調に足跡を辿っていく。
 足跡は歪に曲りくねりながら山頂へと向かっている。その上で、悠希は登る前に用意した棒を使って足元をよく突いていた。
 それが地雷などのトラップの解除に使うものだと説明したのは、この作業をやり始めてからだった。
 ひたすら地味で、ひたすら地道に、ひたすら黙々と。
 それでも集中的にやれたお陰からか、山裾を越え、山腹の入り口まで移動することができた。
 とは云え、やってることはまともな探索でないのは否めない。
 正確には悠希達がやってる行動と云うのは、この足跡の主を調べることである。よって、試験的な意味では実際のところサボっていると云えた。
 それでも勝名は何も云わず悠希の行動指針に従うのは、単純に目的がハッキリしてるからだった。
 今までの探索は、あまりに漠然とし過ぎていて、極端な話「好きに動け」と云っているようなものだった。
 だからこそ勝名は好きに動いていたし、その事でみんなが頭を悩ませてもいた。
 それが今日から、明確に「足跡を追う」という事になったため、必然集中的に動くことができるようになる。
 これが悠希の計算の内かと云われると、そうでもない。「利用できるものは利用する」という頭がある反面、そう云った搦め手を使うことは不向きの男だった。
 ひたすら慎重に歩きつつも、悠希は周りの枝の折れ方や、足元の草や枯葉の積もり具合を見ていく。
 足跡の一部は山頂へ向かって深く窪んでいる。土の露出具合で、それが結構な重量と力があることを判別できた。
 気になると言えば、その窪みに大分落ち葉が積もってる事だが、ここの葉の落ち具合はまだ良く解らない。ということはイコール、何時頃の物かとは判別できない。
 となれば、この事で頭を悩ませる必要はないだろう。考えるだけ無駄だ。
 それに現段階では、誰もこの足跡の主が降りたという痕跡を発見できないのだから。
 この足跡の主は、まだ山の中にいる。これだけは高確率に決定することができた。
「ところで、何時昼飯にすんだ?あんまり後に回すのは嫌だぜ、オレ」
「ん、そうだな。そろそろ食うか」
 勝名の提案に、悠希は承諾する。
 山は見た目以上に、広いのだ。急いだところで、どうこう出来るものではない。
 落ち着いて、的確に進む為には、休憩も必要なのだと知っているから。
 2人は腰を落ち着け、休憩に入るのだった。



「―――さ、移動するわよ」
「え~、もうちょっと待たない?」
「ダラダラしてたら昇れるものも昇れないでしょっ」
「へ~い…」
 昼食休憩が済むと、雫は急かす様に久我の尻を叩いた。
 未だ山裾付近ではあるが、やはりトラップ以外何も見つからないという状況なのは変わりない。
 その事実が胸の奥底にあるから、雫は急かす。それとなく、自然に。
 山の構造上、山そのものが逆立ちでもしない限りどうしても山裾の方が広域になってしまう。その付近を徹底探索となると、やはり時間はかかるというものだ。
 それを考えると、雫は多少無理をしても動く必要があると睨んだ。
 いずれにせよ上に登る以上は、放っておいても涼しくなる。平地と違い、山の上というのは風通しが良いものだ。今まで以上に寝やすくなるのなら、今は無理をして暑い箇所を済ませておくに限る。
 無論、あまり無理をすると後々動けなくなるので、適度に急ぐ―――という意味なのだが。
「しっかし、ここまで何もないってのは面白くないっすねぇ。
 もうちょっとこう…ヒントの1つくらいあっても良くね?」
「その点に関しては同意だけど、でもそれじゃ試験の意味が無くなるでしょ?」
「そうなんだけどさー。
 普通、試験って云えばヒントの1つくらい用意してくれるもんじゃない。
 それがずっとないなんてさー、モチベーション下がるっていうかー?むしろやる気殺がれてる感じー?」
「どこの言葉よ………日本語で喋りなさい」
「いやいや!この言い回し、きっと流行ると思うんだよね!ていうか俺が流行らせるもんね!」
「好きになさい…」
 呆れながらも2人の足は順調に進んでいく。
 途中崖や露出した鋭利な岩もあったが、そういう箇所を避けて進み、昇っていく。
 他にもトラップの山もあったが、その手の類は解除もほどほどに先に進むことを選んだ。
(それでも………久我の言い分は別におかしくはないわ)
”ヒントがない”という言葉に、雫も引っかかってはいた。
「ここまで何も無いのは妙だ」と。
 見逃していたという可能性は無きにしも非ずだが、それはそれで解りくいというのが問題だと云えば問題である。
 解りづらいヒントなどそれはもはやヒントではない。一つの問題だ。
 そういうことを含めると、やはり『この試験はどこかおかしい』と、思わずにはいられなかった。
 その『どこかおかしい』という思いに対し、雫はある程度答えを導き出してはいたが、”それ”が本当、正解でるかは想像の域を出ない。出るわけがない。出るとするなら、それは試験終了の時だ。
 だから、あえて”それ”の可能性は除外し、別の可能性を考える。
(ま、それでもその事に関しては考えるだけ無駄よね…私達に選択肢なんて与えられていないんだし)
 与えられているのは、この試験に合格するか、落とされるかの2択のみ。
 拒否権もなければ、意思表示する隙間もない。
 ならば今はやれるだけのことをしよう。やれることだけに、頭を使おう。
「久我、しっかり周りを見とくのよ」
「了解っす!」
 2人は順調に山頂へと進んでいく。







 日も大分傾き、空が赤く変わり始めている。
 この島の空気はよほど澄んでいるのか、とても綺麗な茜色の空だった。
 が、そんな優雅な気持ちに浸っていられるほど、綾華と都に余裕はなかった。
「結構…疲れますね…」
「はい…普段使ってない筋肉が悲鳴を…」
 山は平地を歩くのとはワケが違う。ひたすら斜面、ひたすら上り下りだ。
 しかも歪で硬軟織り交ぜた足場は思っている以上に体力を奪い、足裏の神経を逆撫でする。その痛みは太股をも刺激し、股関節までも、そして全身へとダメージを蓄積させていく。
 結果的に昼過ぎ以降は、休んでは登って、休んでは登っての繰り返しとなってしまった。
 確かに訓練では斜面が多い場所を使っていたこともあったが、今日に限って云えばずっと登りしかしてないのだ。
 訓練でもこんな長時間、斜面を歩くことは無かったのに…
 そんな弱気の虫がどこかで鳴いている。
「明かりも無しに山の中を歩くのは危険です。今日はここで野営しましょう」
「了解です」
 綾華の提案に従い、都は付近から石を拾い始める。
 結局、休み休みのせいで夕食を確保することができなかった。そうなった以上、悠希が用意した食料で今日は凌ぐしかない。
 とはいえ、味付けは相変わらずどうやってしたのか解らないほど良く、かみ締めるようにゆっくり食べていてもあっさり平らげてしまう。
 今日はもう、ここでじっとするしかないだろう。山腹まで来てる以上、後は1日で見回れるくらいには余裕があるはずだ。
 ゆっくりと茜色の空から暗く沈んだ空へ変わりつつある空を見上げていると、ふと視界の端からゆっくりと分厚い灰色の雲が近づいてるのに気付いた。
「これは…」
「一雨来そうですね」
 やけに雨雲の流れが速い。これだと1時間もしない内に振り出してきそうだ。
 となれば、急いで雨宿りができそうな場所を探すしかない。あるいは太い幹を持つ樹木を。
 下手に土砂崩れに巻き込まれては事だ。こんなところで、死にたくは無い。
「少し、移動しますか」
「はいっ」
 同じ考えを持っていた都の返事の直後、”パーン”という、間延びした音が突如響いた。
 次いで、鳥が何かから逃れるように空へと羽ばたく。
「え!?」「な、なんですか!?」
 驚く2人だが、その問いには誰も答えてはくれなかった。



「夕食分は確保できたから、悠希が用意した分は食べなくて良いみたいね」
 狸と思われる動物の尻尾を掴んで吊るしながら、雫はそう云った。
「いやぁ、雫ちゃんの手料理が食べられるなんてボカァ幸せだなぁ」
 等と茶化した喋り方をしてるものの、その手は狸を焼くための準備に忙しく動いていた。
 ここ最近は妙に働く姿に違和感を隠せないものの、別に問題のある行動ではないので何も云わない。
 ともかくとして、状況は切迫しているものの、山を調べ尽くすとなると早々できるものではない。また、急くといらない事故を起こす危険性もあるし、夜間の行動はできれば避けるべきだ。
 となれば、食料をさっさと食べれるよう解体するのが最適だと、雫は判断しそのように動いた。
 結果として、早々に食料を確保できたのは幸運と言える。となれば、後は火を起こしてカレー粉をまぶして焼いてしまえばいい。
「料理とは呼べないけどね、こんないい加減な作りだと」
「いやいや、そのカレー粉の塗し具合とかが料理ってことで!」
「はいはい、煽てるのは上手よね久我は」
「下半身のテクも中々のモンっすよ。試してみます?」
「ちょっとでも素振りを見せたら切り落とすからね」
「調子に乗りましたごめんなさいー!」
 何が―――とはあえて聞かない。いい加減、引くべき時は引くと学習しつつある久我であった。
 そんなこんなで悠希ほどではないにせよ手早く解体し、狸的生物の尊い犠牲に感謝とお礼を告げながら食べられる部分を直接火で炙り焼いては口に放り込んでいく。
 万能調味料・カレー粉のお陰か、野生動物特有の臭みなんかはかなり緩和しており、それほど間を置かずに完食する雫と久我。
 やはりどちらも疲れてるのだろう、その手はやたらと早く動き、底なし沼に吸い込まれるように入っていった。
 もはや骨とそれにこびり付くように残る僅かな肉を残して食べきった2人は、満ち足りた顔をしていた。
 生きる者の命を糧に、次に命を繋いだ実感が2人にはあった。
 このまま気持ちよく、転寝しそうになった時、
「なに!?」
「うんっ!?」
 遠くで”パーン”と遠雷のように響く音に気付き、一気に意識が覚醒した。
最終更新:2010年11月06日 21:42
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