俺たちは無人島でバカンスという人生の中でもそうそう経験できない休日を過ごし、百里基地に帰ってきた。
総戦技演習合格
その事実は手酷い痛手を受けた事実を一時的に忘れさせ、否応にも気分を高揚させるものだった。
もちろんまだ訓練兵である俺たちには、
戦術機課程が残っているのだが、
戦術機に乗れるという事実それ自体が、将来人類の尖兵として戦うことへの一歩前進した証明であるのだ。
当然、午後のシュミレーター訓練が待ち遠しくて仕方がないのだが、
やっとのことで手が届く戦術機に対する座学…普段は座学が好きでもない俺…森上悠希も自然と身が入るのだった。
マブラヴオルタネイティブ -暁の空へ- 第19話 『前進』
部屋の中では第301衛士訓練部隊に所属するA~F分隊の面々が講義を受けている。
この講義を受けていること自体が、次のステップに進んだことの証明であり、少なくとも全部隊が合格していることを意味する。
ただ、若干名見かけぬ者もおり…それが怪我によるものなのか、総合演習自体の不合格なのかは、演習についての細かい話をまだ他部隊の面々と交わしていない悠希には分からないのだが。
「……以上が日本が運用している第一から第三世代戦術機の説明だ。何か質問はあるか?」
蒸し暑くなってきた空気を欠片も感じていないかのように、いつも通り淡々と座学を進めるのは、我らが教官――氷室法子軍曹。
質問が無い様子をその冷たい視線で確認すると、座学を進める。
「ふむ…中岡、国内戦術機メーカーをいくつか答えてみろ。」
「はい、富嶽重工、光菱重工、河崎重工です。」
「その通りだな…その3つが“戦術機”を作っている主な企業だ。中岡、座っていいぞ。
それでは久我、戦術機の主な“パーツ”メーカーを答えてみろ。」
まさか指名されるとは思っていなかったのか、呆けていた久我がかなり慌てた様子で立ち上がる。
「はっ、はい!えぇと…大空寺重工とか……ですかね?」
「せめてはっきり答えんか!腕立て30回!」
「ひぃ、すいません!」
(ったく、久我の阿呆…)
教官の気分次第では連帯責任で腕立ても覚悟していたが、答えが悪くなかったのか正解に期待してなかったのか…
被害はこちらにまで飛び火しそうには無かった。
「終わったら座れ…さて、大空寺重工は機械化歩兵装甲が一番有名だが、陽炎・改など戦術機開発にも関わっている。
しかしそれらは、生産という点で考えると富嶽や光菱と同じく組み立てているにすぎず、腕や足の内部、極端に言えばネジの生産は小さな町工場が支えているわけだ。
そんな中でも大きな工場を持つ企業はあるわけだが…さて、誰かそういったパーツメーカーを答えられるやつはいるか?」
(いや、知らねぇだろ…)
富嶽や光菱、河崎程度であれば座学で習わなくとも誰でも名前は聞いたことがある。
しかしながら、(教官もネジ会社を答えさせたいわけではないだろうが)そのパーツを作っている会社と聞かれてもいまいちピンと来ないものだ。
そんな中、堂々と手を挙げる者がいた。
「はい。」
「いいぞ源、答えてみろ。」
「戦術機に使われる配線は矢斬総業、人工筋肉は業羅科学が製造していたと思います。」
正直、名前がかろうじて聞いたことがあるか程度の企業ではあったが、教官の表情を見るに正解らしい。
「ほぅ、よく知っていたな源…座っていいぞ。源の言う通り、戦術機のオペレーションバイライトに使われる光通信ケーブル、戦術機中を通る電線やその他の配線、これらを纏めたものをワイヤーハーネスと呼ぶが、これを世界で一番作っているのが矢斬総業だな。
業羅科学は昔は疑似生体の開発などに関わっていたが、現在は戦術機に使われている人工筋肉の電磁伸縮炭素帯を多く作っている企業だ。」
(へぇ、雫のやつ、よく知ってたな。)
教官の説明の通りそれだけ大きな企業であっても、結局自分たちの目や耳に入ってくるのは最終的に戦術機を組み立てた会社の名前。
そう考えると、自分たちが普段見ている100人近い整備兵以外にも、普段意識したことのない多くの人間が一機の戦術機を支えているのだと不思議な気持ちになる。
「それでは次に、お前たちにとって重要なXM3について説明する。」
XM3…帝国通信社――通称“帝通”でも取り上げられ、一部では『将来的には衛士の死亡者数を半数にする』とまで言われている画期的なOS。
開発者は横浜基地副司令であり、物理学者としても有名な香月夕呼博士。
現在日本帝国軍および在日国連軍だけでなく世界に対し急速に広まりつつあると聞く。
「XM3は新型OSという面がピックアップされているが、実際は新型の高性能CPUとのセットでXM3だ。
この高性能CPUの恩恵により、戦術機の反応係数――つまり即応性が向上している。」
教官の講義を受け、軽い驚きを覚える。
悠希が読んだ帝通の新聞では新型OSにより戦術機の性能が向上するというようなニュアンスの文面だったが、専門でない人間が記事を書いた為か、
一般民衆でも分かるように噛み砕いた結果の齟齬か、厳密には違う部分があるようだ。
「次に新型OS部分の特性だが、一番大きいのは対BETA戦術で編み出され、効果的とされた機動、動作に用いられる操作の簡略化だ。
これにより、簡略化された入力を行うだけで先達の洗練された技術を比較的容易に模倣することが出来る。
もう一つは戦術機本体のコンピュータ及び衛士強化装備に備え付けられている戦術機とのフィードバックシステムを利用した学習機能だ。
…これは実際に体験した方が早いが、戦術機に乗れば乗るほど自分の操作に対し、制御システムが最適化されていく。
つまり、より自分の手足を動かしている感覚に近づいていく…これは快感だぞ?」
(うわ、あの教官がうっすらでも笑ってるぜ…それだけの代物ってことか。)
普段冷たい無表情を貫く教官の顔に、微笑が浮かぶ。
驚きと共に軽い不気味さ感じ…それは皆も同じなようで若干のざわめきが生じる。
「最後は…先ほど言った、簡略化された入力による設定済みの動作や、倒れこむときに発生する自動的な受け身動作等の任意解除だ。
これはいかに対BETA戦術で有効とされた機動でも、馬鹿の一つ覚えのように全く同じように繰り返せば簡単に撃墜されることや、
自動的な受け身動作中で入力が受け付けないが為に、BETAに攻撃を受ける場合を回避するためにある。
この機能はまさしく戦術機の最大の強みが、その運用幅の広さにあることを物語っているな。
…さて朝倉、これまでのXM3の説明を聞いてどう思った?」
「はっ、はい!」
急に指名された都が焦りながら立ち上がる。
「えっと…特に新型OSの部分ですが、私たちには考えもつかないすごい機能だと思いました。」
何の深い考察もない単純な感想であったが、教官は満足そうに頷く。
「その通りだ…これは私も含め、これまでの衛士たちが誰も考えもつかないような画期的な代物だ。
しかし、それによる問題もある。…それは画期的すぎることだ。」
教官の説明に全員が疑問を覚える。
“画期的”という単語に負のイメージは湧かない。
「皆よく分からない…といった顔だな。さて、先ほど先達により洗練された技術…と説明したが、ここに不正確な部分がある。
この洗練された技術も、多くの衛士たちが地道に磨いてきた結果ではなく、天才と呼ばれるような一部の衛士が生み出したものだ。
どの分野でも天才はいるとうことだが、これはほとんどの衛士では完全には使いこなせないという重大な問題を引き起こす。」
「教官、発言よろしいでしょうか?」
「良いだろう森上、言ってみろ。」
「はっ、ありがとうございます。…そのXM3を使いこなせないということは、導入により逆に全体の戦力が低下するということでしょうか?」
ここは非常に気になる点である。
もしもそれが起こり得るのであれば、現在のXM3の急速な普及に疑問を覚えざるを得ない。
最前線では尚更その風潮が強いと聞くが、“新しいものが良いとは限らない”のである。
「いや、決してそんなことはない。…先ほど言ったCPUによる即応性の向上だけで戦力は十分向上する。
…が、それでは本来のXM3の力を引き出しきれていないということだ。」
「はっ、ありがとうございます。」
「さて、ここでお前たちに重要な発表がある…噂程度には聞いている者もいると思うが、現在百里基地に所属している訓練兵は皆、このXM3に対する適正が高いことを評価されて集められている。」
教室が一瞬ざわつく。
訓練兵たちの間で有名な話…ただの訓練部隊にしては何故か元整備兵や元歩兵を含む訓練兵。
受けた適正試験にしても、既に衛士として戦っている知人に聞けば“小さな違和感”を感じる。
基地など、わざわざ帝国軍に間借りしているような“新しい基地”。
それぞれの細かいピースは大したことはないが、重なれば疑問を生む。
その結果生まれた噂は自分たちが特別に集められ、将来的に“特殊な任務”にあてられてる為ではないのか。
その噂は噂を呼び、尾ひれがつく。
そうしていくつも飛び交う噂の中で有力なものが自分たちが集められた時期と同時期に広まり始めたばかりの“XM3に特化した部隊”である。
「疑問や意見はあるだろうがこれだけは聞いておけ…これからお前らはXM3を扱うことを重視した訓練を受ける。
そして、見事XM3の力を引き出すことをお前らは期待されている。…その期待に応えて見せろ!いいな!!」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
国連軍百里基地 PX
「って言われてもなぁ~、どうする?」
ため息と共に情けない台詞を吐くのは久我。
戦術機に乗ることが出来る期待、選ばれたという事実に対する興奮…と同時に存在する自分で大丈夫かという不安。
特に久我は日頃から他分隊の人間に「何故A分隊なのか分からない。」と陰で言われ続け、彼自身も反論できないと考えている。
つまり、“適正”などと言われても、自信が無いのである。
「どうするって…期待に応えられるように最前を尽くすしかないでしょう。」
「雫の言う通りだな…久我だってXM3への適正を見出されたってことだし、午後の戦術機への適性検査でも良い結果が出るかもしれないだろ?」
「そ~なんだけどさぁ~…おばちゃ~ん、合成焼き豚定食お願~い。」
雫と一緒にフォローするが、煮え切らない返事の久我…結局はやるだけやってみるしか無いのだが。
「あらあら、元気ないわねぇ久我君。せっかく試験も受かったんだし、しっかり食べて頑張らなきゃね。」
「おばちゃ~ん、温かい言葉ありがとうっ!」
久我のおどけた返事に笑顔を返すのは、通称“食堂のおばちゃん”こと、流石千歳(さすが・ちとせ)臨時曹長。
人当たりのよい笑顔と穏やかな物腰から訓練兵はもちろん、多くの正規兵からも人気が高い。
やや線が細く、その年からも心配されることも多々あるが、しっかりと百里基地の皆の胃袋を守っている。
皆の注文を受けておばちゃんが持ってきたのは、普段の3倍はあろうかという合成米の大盛り定食だった。
「流石さん…これは?」
「サービスだよ、雫ちゃん。実は法子ちゃんからの頼みでね、大事な検査だから皆にしっかり食べて万全な体調で臨んで欲しいってさ。」
「氷室教官が!?」
雫の驚きはもっともであり、普段厳しい言葉しか投げかけない教官がそんな気配りを見せることが信じられなかった。
「…教官、俺に惚れたな。」
「久我、寝言は寝て言え。」
とりあえず久我の妄言に律儀につっこみを入れつつ、皆で席に着く。
「明日は槍でも降るんじゃないのか?」
「か、勝名さん…せっかく教官が気をつかってくれたんですから。」
「残念だけど、それは違うと思うわ…。」
都のフォローに、異を唱える斉藤…他の者が何かを言おうとする前に雫が続く。
「綾華の言うとおりだと思うわ…皆、今から受ける検査の内容を思い出して頂戴。…思い出せばこの大量のご飯の意味が分かるわ。」
“教官からの気配り”というインパクトに負け、失念していた。
もしもこれが自分たちを苦境へ追い込むためのものでならば、しっかり納得できる。
「でもよぉ、だったら何でさっき言わなかったんだ?」
「だったら勝名、あなたは流石さんの前で断れた?」
「ぐっ…。」
人の良いおばちゃんが用意してくれた飯を断れば、文句は言わないだろうが悲しそうな笑顔をおがむことになるだろう。
その表情を見れば誰もが申し訳なくなり、何も言えなくなってしまうのだ。
仕方なく、皆が山盛りの米と格闘するのであった。
国連軍百里基地 シュミレーター室
「うほぉ…たまらん、これはたまらんっ!ここは人類最後の理想郷なのか!」
(胃が内側から圧迫されて気持ち悪い。)
横でテンションが鰻登りの久我も、先ほどまで悠希と同じく気分が悪かった
。
その久我が一発で持ち直した理由が目の前の光景である。
「うるせぇ、久我!黙れ!!」
勝名に蹴りを入れられながらも高いテンションの原因は衛士装備、それも正規兵のものと違い前面が透明な訓練兵用の衛士装備である。
勝名ですらやや顔が赤くなっており、他の三人などわざとらしく腕を組んで胸を隠している。
(久我も元気だなぁ…。)
そういう悠希も男としてまんざらではないのだが…。
「何を遊んでいる貴様ら!」
「っ…敬礼!」
雫の号令と共に反射的に返す敬礼、その前がどんなやりとりをしていようと反射的に切り替える。
「貴様ら…一度受けてるとはいえ、今回落ちる可能性もあるんだぞ。…まぁ、良い。まずは源、斉藤。1番、2番シュミレーターに乗れ!」
「「はっ!」」
数分後、全員が地獄を味わうのであった。
国連軍百里基地 ???
「それで、適正試験のほうは段取り通りかね?」
「はっ、A分隊全員がまずまずの結果を出しております。…しかし、ここまでする必要が?」
「XM3開発衛士のデータを使い、振動や挙動が数倍厳しい試験プログラム、さらに直前には大盛り定食のおまけつき…がかね?」
「はい、そこまでせずとも適正試験としては問題ないかと…。」
「全員が適正試験に好成績な者を集めているんだ、普通にやっても良い結果しか出ないのは分かりきっておる。…それではつまらんだろう?」
部屋に沈黙が流れる…女性の不満げな様子を男は無視し、データを見つめる。
「ほほぅ、A分隊で戻したのは源と斉藤だけか…素晴らしい。久我も思いのほか好成績、朝倉はやけに好成績だな、例の力に何か好転があったか?…。」
少年たちは、自分達の置かれている状況を、本当の意味ではまだ知らない。
Fin.
最終更新:2011年02月15日 23:53