その2

 午後13時前―――その頃には演習場に両陣営の戦術機が指定位置に待機していた。
 東側にいる不知火のみで構成された小隊、A-01部隊が、その反対側には全身を覆うほどのシートとフードをかぶったままの4機の戦術機がそれぞれ対峙する。
 A-01部隊………茜達からでは遮蔽物が多く向こうの状態がわからないため、臨時でCP将校に当てられたピアティフ中尉からその事を伝え聞くしかできなかったが。
『―――いい、最終確認するわよ?
 今回の模擬戦では勝つことが目的ではなく相手の性能を見ること。ついでに”九尾”のデータの収集も行うわ。
 勿論勝ってしまっても構わないけど、データを取るためにも模擬戦を長引かせて頂戴』
「「「了解!」」」
 開始時間間際の最終確認に緊張感を強く持って返事する。
 何故、そんな当たり前のことをわざわざ意識してやっているのか。
 それは―――
『博士~、こんなことせずとも買っちゃいませんかね?絶対良い物作れますって』
『アンタも懲りないわね…ブラフでない証拠を確認するためにも必要だって云ってるでしょ?』
『いやぁ、そういうのは実際に使わないとわからないもんでは―――『それ以上ゴネるようなら追い出すわよ』―――いやぁこういうのも重要ですな!というわけで涼宮くん、頼むよ!』
「………了解」
 ヘッドギアから、これでもかと云うほど場違いなやり取りが響く。
 これのお陰で、せっかく高めていた闘志が何度か腰砕けになってしまっていたのだ。
 呆れを通り越して怒りに変わり、その怒りをも通り越して傍観の域に達し、それも飛び越えて一周し呆れに戻っているのが今の状態だった。
 しかし、それもいい加減終わりに近い。
 時間を見れば、開始時間まで後5分を切った。
『A-01各機、最初は相手の出方を見る。03の狙撃を隠す為に乱数加速で弾幕を張る。これでどう動くか、それを見てから各個撃破か揉み潰すかを選ぶ』
「『了解!』」
 結局、対策はその程度のことしかできなかった。情報が少なすぎるが故に。
 しかしその程度の事は実戦ではままあること。それが模擬戦で再現されたと思えば、さして問題にもならない。
 そう考えることにした。
≪―――模擬戦開始、1分前≫
 CPからのアナウンスに、茜達の意識が前へと向かう。
 網膜投影の中央にカウントが表示され、それが30秒を切る。
 操縦桿を握る手に、存外に力が加わってるのが解る。血が沸き立つのも一緒に。
 1度深呼吸すると、カウントは10秒を切り、
≪5、4、3、2、1―――開戦(オープン・コンバット)≫
「先行します!」
 快晴の大地に、UNブルーの閃光が奔った。



「向こうは跳躍ユニットの強化型TYPE-94が1、ノーマルが2か」
 岩谷はライブラリを確認しながら、誰となく呟いた。
 自身が駆るF-15試験機”雷電”を尻にした正四角形の陣形を保たせながら、主脚走行で移動している。
 レーダーに映る3つの光点の内1つが他の2つよりも明らかに早く移動しており、その後ろに付く2つの光点もまた、想定していたものよりも動きが早かった。
『例の新OSを最初に導入した部隊だそうです。あまり舐めていると足元を掬われかねませんね』
『これまで相手して来たモノの中では1番厄介かも知れません。気をつけてください、岩谷リーダー』
 F-16試験機”遠雷”を駆る中年衛士とTYPE-94試験機”迅雷”を駆る若い衛士がそれぞれ意見を挙げる。
 この2機は”遠雷”の前方脇を固めるように走っている。どちらもフードを被っており、その姿はフードを押し上げる装甲からでしか判別できない。
『心配し過ぎですよぉ。まだ情報におけるアドバンテージはこっちが上なんですから』
『しかし…』
”迅雷”の若き衛士を安心させるように語る彼女は、一見年端も行かぬような少女であった。が、その表情には見かけ以上に年季が入った笑みが、そこにあった。
「脚が早ければ良いというものではない…が、」
 岩谷は一息吐き、
「各機、開戦。踊らされるな?」
『『『了解!』』』
 それぞれが噴射跳躍を開始した。



「目標を目視確認!やっぱりどれも通常のと形状が違います!」
 先行して突撃した”九尾”を駆る茜が、相手の戦術機を目視すると、画像と一緒に報告した。
『01、形状に踊らされるな!基本は”人型”だ!』
「了解…っ!」
 作戦通り、茜は力任せに跳躍ユニットを駆使して不規則な機動を描いて突撃砲で相手を牽制する。
 しかし業羅側、フェイク小隊は一切陣形を崩す事無く、異常な加速を前にしても冷静にその動きに対処していた。
 そのまま入り組んだ地形から広い空間へとおびき出す。キッチリ対処してくるのに、この程度の陽動に釣られる事に、違和感を覚えながら。
(何かある)………そうとは思うが、しかしだからと云って今はとりあえず見逃しておくしかない。手探り状態で真っ向から噛み付くのは、やはり危険だと判断していた。
『流石に良く動く。跳躍ユニットだけではない………これがXM3の性能(ちから)と云う奴か』
 岩谷は”九尾”の四肢の動きを入念に観察しながら、そんな事を呟いた。
 仕事柄なのか、あるいは元々そういう洞察眼を持っているのか…どちらにせよ、岩谷はその動きから茜の技量を推し測る。旧OSで慣らされたその観察眼が、XM3に通用するかは、さておき。
『正確無比…というわけでもない。牽制か…!』
『ではこちらは見せ札…となると本命は』
”迅雷”の衛士の察知に”遠雷”の衛士が補足する。しかし岩谷は特に気にした様子もなく、
『向こうの手に乗ってやろうじゃないか』
 まるでおもちゃを相手するが如く、そう指示を出した。
 そんなことは露も知らず、しかし目的通り開けたエリアに4機を引きずり出すことに成功する。
 それが確認できた段階で、茜は次の段階………相手の陣形を崩すことを試みる。しかし…
「く…!上手く食い込めない…!」
 以前、F-15の中隊を単機で殲滅寸前までやれた力任せの突撃が、上手くできなかった。
 機体のせいだと、あるいは自分が気圧されてると一寸思ったが、そうではない。向こうの間隙を埋める連携が実に上手いのだ。
 前の中隊の時は、彼らなりに訓練はしてきたのだろうが、たった1機ということで両翼に広がり過ぎて隙間を作ってしまったのが原因だった。
 しかし業羅の小隊は、陣形を縮めて1部がわざと間隙を作り、そこへ逃げるよう誘導して、飛び込んできたところを他機が迎撃する。キッチリとした役割分担で決して隙間を作らないその連携振りに、茜は素直に舌を巻いた。
「でも―――驚異的な連携は人間だけのものじゃない!」
 そう、人類の仇敵、BETAの連携・物量は人類の比ではない。人類が未だにその勢力圏を押し返せてないのが、それを如実に表している。
 茜は”九尾”の持ち味である爆発的推進力と、力任せの直角機動を使ってさらなる撹乱を試みる。
 そのデタラメとも取れる機動に、岩谷達は知らず足を止めていた。
『中々のアクロバットだ。なるほど、主任が食い込みたがるのも頷ける』
 そのような応酬を縫うように、距離を置いて待機していた風間はのっけからのチャンスを逃さず、先頭に立つF-4試験機”震電”の脚関節を狙い撃つ―――
≪フェイク・4―――右膝部直撃≫
『以外と脆いものでした―――』
≪―――小破判定。戦闘行動に支障無し≫
『『「えぇ!?」』』
 3人が一様に、同じ反応を取る。それは衛士達だけでなく、それを観戦していた技官達も同じだった。

「なんだと!?36mmを耐える装甲!?いや、関節か!?」
「有り得ん!重装甲のF-4でも角度によっては貫かれるんだぞ!?」
「対物理衝撃に秀でた炭素帯…いや、ゴムカバー?なんなんだアレは!?」
 驚く技官達とは対照的に、業羅陣営で座席にふんぞり返っている大神 忍はニヤけ顔を隠そうともせず、むしろゲラゲラと笑っていた。
 それは模擬戦中で起きた事象に対してではなく、驚く技官達を見て喜んでるものなのではあったが、生憎技官達はそこまで思考が回せず、イラ立ちを隠そうともしない。
「おぉっと、怖や怖や………今のが資料にあった”ルート1.5乙”。炭素帯に装甲としての機能を付与したものですわ。
 とは云えかなり頑丈に作っちまった反動っつぅか当然の帰結っていぅか、殆ど関節としての機能はないけどね!見てあのヨタヨタ歩き!」
 その補足説明の通り、開始時の主脚走行では小走りのような動きをしていたのを思い出す。
「このドッキリはまだまだ続くから頑張って観察してね!」
 技官達に対し、忍は笑顔でそうのたまった。

「数字捏造してませんかあれ!?」
『いくらシステムの…ジャイヴスの隙を突いたとしても、直撃判定を捏造できるわけがない。今のは実際に直撃してもそうなるということだろう。受け入れるんだ涼宮』
「了解…っ!」
 至極納得できない表情で返事すると、茜は再度フェイク小隊の撹乱に専念する。
『風間、連中はどれも一筋縄ではいかない相手のようだな』
『そのようですね。真っ向から組み敷くのはどうやら得策でないかと思います』
『しかし牽制程度ではあの堅牢な陣形は崩せそうに無い…か』
『なら、”九尾”の機動を援護しつつ、各個撃破に持ち込むというのは?』
『なるほど………それしかないか。
 涼宮、当初のプラン通り01がかき回して各個撃破に入る。03、01の援護を!』
 宗像の指示が飛ぶより早く動いた風間が、支援突撃砲で弾幕を張る。
 不規則機動を繰り返し、一気に間合いを詰める”九尾”。が、正四角形の陣形を頑なに守り、的確な弾幕を張るフェイク小隊は、中々その内側に入ることを良しとしてくれない。
 1度は強引に入り込むことも考えたが、しかしそのタイミング…間隙を見出せない。突撃砲のマガジン交換時には、茜から見てその機体が1番後ろに回るように陣形を変える。その間も3機でありながら隙が無く、飛び込もうにも飛び込めない。
 ………主導権は、着実に相手側に移っているのが手に取るように解った。
『………よし、中に取り込む。誘え』
 不意に頑なに守っていた陣形に、少しだけ亀裂が見えた。
(誘われてる?)と疑心に駆られるが、このままでは埒があかない以上、その誘いに乗るしかない。
「01より02へ。罠かも知れないけど、突っ込むしかありません!」
『01、気をつけろよ涼宮。形状がどいつも歪ということは、何かあるのは間違いない。中に入っても足だけは止めるな!』
「了解!」
 応じた途端フルスロットルで、一部の跳躍ユニットを小器用に動かして加速性能を生かして弾幕を掻い潜る。
 狙いはフードを被ったままのリーダー機。爆発的な加速が全身を襲うが、投与されたナノマシンおかげで、苦しさは同じでも戦闘には支障が出ない。
 リーダー機の前に一気にたどり着き、急制動を繰り返してる内に覚えた一回転しながらの一時停止。
 その前で突撃砲を構え―――た途端、相手が両主腕を向けてきた。その間に”展開”される主腕横に付けれた120mmと、膝の36mmチェーンガンユニット。右主碗に握られた突撃砲と合わせて計5門の銃口が”九尾”を捉える。
「ちょ―――!?」
 それを認識したと同時に、前へ加速する。爆発的推進力により、”雷電”の視界から”九尾”が消えた。
『ふっ、良い判断だ』
 認識と判断と実行の間にラグがない。あるいはあるのだろうが、それよりも早く体が動いてる―――ように見える。
 XM3は入力に対する反応がかなりシビアに設定され「遊びが無い」と聞いている。相手はそのXM3を最初に使った部隊の一員だ、こういうのも慣れているということか?
 岩谷の思考を他所に、フェイク小隊再度陣形を組み直す。
「あぁもう…!なんて隙のない!」
『焦るな涼宮、奴らを動かすのを優先するんだ!』
「了解っ!」
 とは返事するものの、中々上手く入れない。何故か………それが解らなかった。
『………あのカスタム機の衛士、何故上手く飛び込めないか悩んでるでしょうな』
 遠雷の衛士が、仏教面でそんなことを云う。それに軽く笑いながら、
『いくら脚が早くとも、相手が遅ければ基点は遅い側にあり、後は闘牛の要領で相手すれば良い。それに気付くまでいつまでかかるかな?』
 どれほど複雑で高速な機動を描こうとも、結局1対1の場合、その対図は直線でしかない。後はそれにどこまで反応し切れるか、対処の仕方を知っているか、だ。
 フェイク小隊の場合、”九尾”の卑怯臭い機動を4機の視線でそれを追っている。それぞれが穴を埋め、対処していけば”九尾”の機動もそう怖くは無かった。
『それにあれは、動きが直線過ぎる。小賢しく動いて見せていてもな』
 面白く無さそうに、岩谷は吐き捨てた。
 まだまだ開発途中なのは解っているが、それでも動きがここまで直線的では動きが読みやすい。であれば、後は鼻先に砲弾を”置いて”いけば良い。
 その事に”九尾”の衛士が気付くまでには、岩谷は落とせると踏んだ。
『あ~、もっす~。岩ちゃん聞こえる?』
『大神主任ですか。見ての通り、もう少しで片付きます。遠くから打撃支援を続けてるノーマルも、すぐに終わりましょう』
『それなんだけどさぁ、普通に勝っちゃったらセールスにならんわけなんですよ。
 そりゃ負けたら元も子もないのは解ってんだけどさぁ。それだとキミらの売り込みになっちゃうわけ。
 そんなわけで、相手の目的通りに動いてくんない?』
 ―――それは、ある種の侮辱だった。
 しかもフェイク小隊に対してではなく、A-01部隊に対しての。
 このままやっても勝てるから、向こうの思惑通りにしろと。主導権はいつでも取り返せるからと。そう云っているのだ。
 個々の錬度はどうであれ、連携という意味では明らかにフェイク小隊の方が上である。
 対してA-01部隊は少なくともまともな連携を訓練してたようには見えなかった。日々の訓練は、その連携の度合いからも推し量れる。岩谷の眼には、間違いなくその隙が見えていた。
 しかし上が「そのまま勝つな」と云って来ては従わざる得ない。大神 忍の言う通り、岩谷達は炭素帯のセールスに来てるのだから。
『了解しました。
 ―――これより2機連携で行動する。”迅雷”と”震電”は向こうのノーマル2機を、私”雷電”と”遠雷”はカスタムを相手する』
『んじゃよろしく~』
『『『了解!』』』
 指示はどうであれ、真面目にやり合いたいという気持ちはあった。それにこのまま勝つのも面白くもなかった。
 そういう意味では、この納得のいかない命令も悪くないと思えた。

『03より02へ。敵が二手に分かれました!
 数は2、それぞれ”九尾”と私達の方へ向かってきます』
『何が目的だ…?いや、わざとか…このまま勝てるのを解ってただろうに、それを捨てて来るとはな…』
『勝つことが目的ではないでしょうから…』
『つまりはセールスのために動いたのか………舐められてるねぇ』
『”九尾”の動きは、一見凄いように見えますが、慣れれば速い以外ありませんからね…』
「まだまだデータの採取中なんですから、当たり前です…!」
 茜も何故突っ込めないかは、薄々感づいてはいた。試製跳躍ユニットよる噴射機動は、結局直線への加速が良くなるだけで、実際の戦闘機動では複雑で不規則な機動には、あまり向いていなかった。
 それを少しでも解消しようと茜は8基ある跳躍ユニットを個別に動かし、戦闘機動を複雑さを与えてはいたのだが………データ不足が祟り、ごらんの有様である。
 もっと複雑に動きたいのだが、それができない事への口惜しさが全身に広がる。
 直線的な動きは、言い換えれば不完全故の柔軟性が欠けているから故の苦渋の策とも、表現することができた。
 それが解るから、”九尾”への苛立ちは嫌が応にも高まっていく。
『ともあれ、ここからが本当の勝負になる。伊隅ヴァルキリーズの名を汚すな!』
「『了解!』」
 相手の思惑はどうであれ、これで負けることは許されない。可能性が広がった事へとやかく云う暇は、ない。
「司令、聞こえますか!?お願いしたいことがあります!」
 真っ向からやり合う前に、茜は香月に連絡を取る。
 珍しく頼みごとをしてくる茜に対し、香月はいつもの如く対応した。



 宗像達に正面から向き合う”迅雷”と”震電”。
 重装甲のF-4と、軽量高機動のTYPE-94………そのカスタム機。
 主腕から伸びる海神を思わせる三連装突撃砲をくくり付ける”震電”はともかくとして、”迅雷”はそれほど…というより殆どTYPE-94と変わりない姿をしていた。強いてあげるなら、肩装甲の形状が随分と単純化されていて、分厚いプレートが前後から肩を挟んでいることくらいか。空力制御に使うには随分と大雑把な形状であり、用途が見えてこない。
 持っているのは銃剣パーツを付いた87式突撃砲と、追加装甲の一部だけを取って付けた様な、小さなシールド。背中の担架システムには長刀が2本づつ。一部変則的ではあるが解りやすい突撃前衛装備だ。
 対して”震電”は、先の三連装突撃砲もさる事ながら、その腕自体が巨大なブレードとされていた。しかもそのブレード、よく見れば要撃級の前腕であることが解る。如何にして削り出したかは不明だが、それだけにその腕が強固な防御力を誇っていることが経験で察することができた。
 そしてF-4の腕にほぼ無理矢理溶接されたと言わざる得ないその腕部は、戦闘開始からずっと腕をほぼ真っ直ぐに突き出している。横にもある程度動くようだが、その動きは元となったF-4よりも明らかに鈍重だ。背中の担架システムは両方通常の突撃砲だが、その担架システムの展開方法がどうもオーバーワード式と見える。よほど可動に不安があるのだろうか。
 しかしこの機体は、36mmの狙撃に紛いなりにも耐えたのだ。トルク確保のために、関節をほぼ固定にしてると考えて差し支えないのかも知れない。宗像と風間は、ひとまずその辺の推察で話にケリを着けた。
『ですが、気になるのは不知火の方ですね』
『あぁ。カスタムだらけの中で、1機だけほぼ原型のままというのはあり得ない。
 何かあると踏んだほうが良いだろう』
 真っ向勝負とは云え、間合いや相手の特性を見ずに突っ込むのは馬鹿だ。
 勝負を仕掛ける前に、相手の特性を知ることは決して間違いではない。
 そんな思考を巡らせてる間に、”迅雷”の衛士は狙いを風間機に合わせる。
『あの混戦の中で関節だけを狙って当ててきた狙撃手は脅威だ!先に片付ける!』
『風間、狙われてるぞ!』
『くっ…!』
 口でこそ慌ててるものの、冷静に支援突撃砲を”迅雷”に向け、狙撃―――が、その悉くを小さなシールドで防御し切られる。
『そんな…っ!?』
『腕が良過ぎる、狙いが正確過ぎて予測が容易だ!』
 思っていた以上に早く接近され、回避動作が一寸遅れる。しかもこの移動速度、”不知火”にしてはやけに速く、一寸どころか2歩も3歩も出遅れることになり、短距離噴射(ブーストダッシュ)を行うには些か―――遅すぎた。
『まずは得物を奪う!』
 銃剣付き突撃砲を振るい、風間の支援突撃砲を切り裂く―――≪武装破壊判定、該当武装ロック≫
 そのまま返す刃で”不知火”の頭部を切り落と―――そうとするが、直前でしゃがみ込み切り落とされたセンサーマストだけが宙を舞う。逃すまいと”迅雷”は斬撃を止め、突撃砲を風間に照準。
 が、ここに来てようやく短距離噴射が機能し、上昇しながら後ろへと逃げる。その間にも担架システムに装備させていた突撃砲を展開。牽制のため36mmをばら撒く。
『風間!』
 その一連の流れを止めようと宗像は動く―――が、
『アタイを見失ってたね!』
『な―――っ!?』
 突如、背後の障害物の陰から”震電”が現れ、その両碗に施された巨大で肉厚なブレードが”不知火”の左腕を捕らえ、”もいだ”。
『糞…っ!』
 左腕と共に増加装甲を失い、その分余分な重量を失った宗像の”不知火”は、それはそれで動きは良くなったものの、機体バランスを崩すこととなり、キャリブレーションを余儀なくされる。そんな機体で一度間合いを取る為に無理矢理前へ噴射跳躍。
 着地した地点には、示し合わしたかのように風間機が同時に着地した。
『こいつら、ただのテスト衛士じゃないぞ…!』
『えぇ………こんな形に追い込まれたのも、狙ってのことでしょうし…』
 風間の言葉を裏付けるように、”迅雷”と”震電”が宗像達の”不知火”を囲む。
 互いに背中を合わせ守るこのポジションは、普通に考えても狩られる側の挙動だろう。それを狙ってできる辺りに、宗像達は素直にその技量に驚くことにした。
 獲物の前で舌なめずりは三流のやること…ではあるが、宗像達にとっては貴重な時間ではあった。



「くぅ…!なんて意地汚い…!」
 茜は”九尾”を躍らせながら”雷電”と”遠雷”に肉薄しようとしては追い返されていた。
”雷電”と”遠雷”の機動・射撃には常に一定の隙がある。しかもそれは、あえて”わざと”作っているのだ。
 こちらが小器用に動けないのをすでに把握しているからこそ、そんなふざけているようで、実に”いやらしい”罠を常にばら撒いている。
 挙句、射撃しかして来ないかと思えば、果敢にも接近戦を狙ってくる。人間の心理をよく理解した相手だ。本当にやりにくい。
 それを指揮しているのは”雷電”の方だとはなんとなく解ってはいるのだが、”遠雷”もまた良い状況判断能力を備えているのが解る。
 しかもF-15の改造機故か妙に大型化している”雷電”と違い、小型機種に分類するF-16の改造機”遠雷”の動きは、ハイ・ローミックス構想のローとされたその性能とは大きくかけ離れている。機動だけで云えば第3世代機と遜色無いようにも見えた。
『中々思い切りの良い衛士ですな。しかし、と云うよりやはりと云いますか………跳躍ユニットに遊ばれてますな』
『嬲るのも悪くないが…それではプレゼンテーションにはならんだろうな』
『我々の腕を披露することが今回の目的でないとするなら、このような勝ちは意味を成しませんか』
『そうだ。だからお披露目しようじゃないか―――先に”遠雷”からだ』
『了解です!』
 意地汚い連携から一転、不意に”遠雷”がフードを脱いで単独で動き出す。フードの下に隠された本体が露出するが、しかしなんの意図か解らず、数瞬思考を巡らせ挑発かと即座に判断し茜は距離を取った。
『噴射跳躍はやはり貴方の方に分があるようですね!』
 しかし”遠雷”も負けてはいない。関節とトルク強化を重点に改造を施されたその機体は、戦術機としては小柄な図体と相まって想像よりも早く主脚機動での最大戦速に達する。しかし噴射跳躍時の加速は主脚機動と比べ、それほど驚くほどでもなかった。
 しかし、模擬戦を開始してからずっと、驚かされ続けているためこの加速もブラフという可能性は否めない。警戒しつつも、適正だと思われる距離を維持しながら牽制する。
『牽制としながら的確に武器を狙いますか!流石と云ったところですか!』
 やけに嬉しそうに叫ぶ”遠雷”の衛士は、主脚機動だけで小器用に射線軸から逃れる。
(くぅ…!やっぱり向こうの方が足の速い相手との戦いに手慣れてる!しかもこっちのかき回しには殆ど反応しないし…!)
 過剰反応を示さず、的確に主腕を動かして対応するその腕関節の可動能力は、不知火の物よりも高性能なのかも知れない。
 しかし、というかやはりというべきか。関節関係と衛士関連の異常性………というより、特筆すべき点以外は、特にこれと云っておかしいものは無かった。
 ………もっとも、未だにフードを取らない”雷電”に関しては、その下に何を隠しているか疑問であるが。何せ、”遠雷”の兵装は少々おかしいことになっているのだから。
”遠雷”が持つ87式突撃砲は、”迅雷”と同じくロングバレルの変わりに、そのバレルと同程度の長さの”槍”が固定されていた。云うなれば”銃槍”といった感じか。それが丁度、正面からでは小さなナックルガードとなり、上手く打ち落とせなくされている。”銃槍”を持つ主腕の反対には、”迅雷”と同じく小さくまとめられたシールドを持たされている。
 また両肩の担架システム基部に設けられた小口径のバルカンユニットがあり、流石に第3世代機でもそう抜かれることはないが、牽制には十分な威力の代物が正面を守っている。しかもそのバルカンユニット、担架システムのアタッチメント機能も備えており、担架された突撃砲と相まってかなりの火力を有する機体に仕上がっている。
”雷電”の過剰装備もそうだが、”遠雷”もまた、過剰装備だと云えた。もっとも、過剰すぎて機動に大きく影響を与えている”雷電”と違って、”遠雷”のものはそれほど重くなく、また機動に影響を与えるほどでもないという相違点があるが。
「どっちにしても、もうちょっと頭を使った動きなりをしないと…!」
 しかしそれは、”まだ”できない。そこまで至ってない。
 ならば今は、できることをするしかない。
(跳躍ユニットの機能を限定する手もあるけど、それじゃデータ取りにならない………XM3の本領を引き出せないのは癪に障るけど、今はそれを嘆いても仕方ないし…)
 そう納得し、茜は意を決し、真正面から加速した。
『意を決しましたか、9つの!』 
 嬉しそうに叫び、”遠雷”はバルカンユニット、担架システムを起動させ真正面からの撃ち合いに応じる。
 ―――それが茜の狙いだった。
 担架システムが起動し、バルカンユニットも可動した状態では主腕の可動範囲が一気に落ちる。これはOSと機体両面の問題で、あんな類を見ない兵装に成熟したOSがその辺に転がってるとは到底思えない。また、戦術機という機体構成的にも、担架システムの展開時には絶対的な問題が発生する。
故に―――機体を左右に振る!
「はぁ!」
 左右2基づつ跳躍ユニットを横へ向け、左右別々にロケットモーターを起動。先に左へと振られた機体をそのまま滑らせながら頭部を捉えたままにしていた突撃砲を3点射。しかしこれはシールドでガードされ―――視界の上では”九尾”を見失うことになり―――次いで右側へと”九尾”を滑らせる。完全に意表を突いたわけではないが、しかし左で持っていたシールドと、展開した状態の担架システムが右で持つ銃槍の可動を邪魔し、この一瞬だけ完全に隙が生まれた。
『謀られましたか!』
「もらったぁ!」
 今度は頭部以外の場所を狙い撃つ。ある程度想定していたのかシールドでそれに対応してみせるが、管制ユニット部をガードしたためその他の部位が守れず、2丁の担架システムの突撃砲が全損判定を受け、頭部と銃槍の弾装部に直撃を受け、銃槍は突撃砲としての機能を失った。続けて主機本体を狙うが、
『そう簡単にやられてはな』
 不意に”雷電”が間に入り”遠雷”を守る。猛獣が威嚇するが如く全身に装備した砲弾を一斉射して”九尾”を追い払う。
「くぅ…!まったく、いやらしい!」
 喜んでる所に冷や水をぶっかけるかのように、狙ったかのように現れる”雷電”に茜は、派手に舌打ちした。
(博士…早くしてくださいよっ!)
 今のままでは、この2機に勝てない。
 博士にした”頼み事”はまだ時間かかるだろう。しかし茜は、急かさずにはいられなかった。



「いやぁ、どうですウチの子達?」
 模擬戦の状況を映すモニタを見ていた香月の横に忍が現れる。
「何?まだ模擬戦中なんだけど」
「いやいや、そろそろ説明が欲しい頃合かなぁと思いまして、はい」
 ごまを擂りながら、気持ち悪いくらい同じ間隔で頭をペコペコ下げる忍。それを醒めた眼で睨む香月。
 が、実際のところ、この男の言葉は正しかった。
 もっとも、対象は戦術機の方ではなかったが。
「あの衛士達は何者?半端な腕じゃないのは確かよね」
「えぇ、それは勿論。元々はウチの子飼いじゃありませんからねぇ」
「それで?」
「大陸帰りですよ。とは云っても大きな作戦には殆ど参加してない連中ばっかりですがな。
 良くて光州での事件くらいで」
 そこで言葉を1度切るが、香月は納得してないと抗議を込めて忍を睨みつける。
 それに怖がるように身体を震わせ、慌てて言葉を続ける。
「実戦経験は多いですがね、アレの主任務だったのは殿なんですよ」
「つまりケツ持ち?それならある程度腕が良いのは解るけど」
 だからと云ってあの対応力の説明にはならない。
「まぁ話を続けさせてよ。
 各地の撤退戦で必ず殿を担当してたんだけど、その時って大体燃料とか弾とか渇々なわけですよ。しかも数は大抵揃わないし、云わば捨て駒要員だね。
 そんな部隊を支えていたのが、あのチームリーダーである岩ちゃんこと岩谷さん。元は国連の大佐だったかな?あれ、少佐だっけ?まぁ階級とかはどうだっていいや、よく覚えてないし」
 興味なさそうに肩を竦める。どこか機械的に。
「それはそれとして、撤退戦って大体グチャグチャになるじゃない?しかも前が詰まれば後ろはドンドン詰まっちゃう。
 そんな大混戦な状況をまとめて来たのが、あの岩谷さんなわけですよ。
 なもんで、あの人に付いてる部下は実に多国籍!白人黒人黄色人種なんでもあり!実に国連半端ねぇ!
 でもねぇ、あの人のやり方って結構鬼畜でさぁ、平気で部下を使い捨てにしたり見せしめに殺したりするのさ。他にも色々口に出せないような事やらかしたりしますねぇ。
 上層部が苦渋の決断を下すレベルの事を、あの人は自分の一存であっさりやってのけるわけ。そんなわけで、上は凄い使いにくいのと国連そのものの評判が悪くなるってことで厄介者扱いしていて、そのされ過ぎで最終的に軍を追い出されたわで。
 そこでウチらがさっと手を差し伸べて拾った次第!
 って、これ身の上話だよね。馬鹿だねワタクシ」
 一度咳払いし、話を仕切りなおす。
「あの技能の根幹にあるのは、跳躍ユニットを使わない、主脚機動での戦闘技術だね。
 戦術機は跳躍ユニットを使った高機動戦闘が志向とされてるけど、実戦………特に撤退戦や殿にはそれを行うだけの余裕は与えられてないのさ。
 そりゃお題目だけなら補給を優先的に回してもらえるってことになるけど、実際には燃料をゆっくり補給してる暇はそう多くは無いさ。しかも先に話したやり過ぎな手口が仇になって云うほど優先的に回してもらえないときた。
 そんな中で生き残る手段を模索すると、最終的に燃料を使わず、長時間戦闘可能を可能とする脚だけに頼った機動になってくる。
 もちろんただ飛び跳ねるだけじゃ関節はすぐヘタるから、着地以外じゃ極力跳躍ユニットは使わないようにしてるね。
 そんな機動で大陸での惨状を生き残ってきたというわけですよ。航空機の代替兵器としてではなく、人型としての戦闘に特化した連中って云えば良いかい?そんなわけで、跳躍ユニットの強化よりも関節強化に興味が強い連中なわけですが、参考になった?」
「えぇ。貴方達が狂ってることが、よく」
「いやぁ、そんなに褒めないでよぉ~」
 人の事は云えないが、それを楽しく語るこの男は信用ならないと、香月は強く思った。
「だからまぁ、あえて云わせてもらえば―――」
 大神は大仰な素振りで白衣をはためかせ、キメ顔でこう云った。
「脚が速いだけじゃアレは倒せないぜ?」
 メガバイザーのお陰でまったく決まってなかったが。
最終更新:2011年07月15日 10:20
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