間合いはほぼ膠着している。”迅雷”は旧OSの差を多連刃伸縮長刀とその間合いで近づき、あるいは開けようとする宗像機を一定距離で押さえつけていた。
動きだけを見れば追われる側は明らかに”迅雷”の方だ。しかしそれを覆し、対等の立場にまで追いやる彼の衛士は、やはり大陸帰りなりの腕を持っていると実感させた。
OSによる絶対的とも取云える優位性を中々立証できないのは、導入したばかりの頃にあったクーデター事件での事を思い起こさせる。
あの時感じた苦渋を、トライアル事件での苦しみが、宗像を襲う。
解っていても、踏ん切りを着けていても、たまに思い起こさせる、心の傷。仲間の死と、醜く変形した骸を。
(…………っ!今はそんなことを考えてる場合じゃないよ!)
心の中で強く自身を叱咤する。叱咤通り、今はそのことを気にしてる場合ではない。思考の余裕など、ありはしなかった。
しかし自身の身体を蝕む、いや完調ではないその身体が「そろそろ限界だ」と騒ぎ始めている。
今回は実戦を想定してないため、薬物による発汗抑制剤を服用していない。だが、それでも吹き出る汗とは明らかに異なるベタつきを内包した冷たい汗が噴き出ているのが嫌が応でも解ってしまう。
―――ここは無理をする時ではない。
そんなことが頭の中を過る。が、まだ今はいける。動けるはずなのだ。
そう信じ、宗像は自分の身体に鞭を打ち、さらなる追撃をかける。
『それはそれとして―――こいつのは大体理解した。神経質過ぎるほどに神経質な着地の割に、燃料の方は気にしてない………ということは!』
香月が大神に聞いたことを、推論で導き出す。
経験と推察と実験を平行で行い、欲しい事象のみをかき集める。
振り回されるしなやかな刃をすり抜け、返す刃で軌道を変えられた刃を飛び越える。
そして―――
『仕掛ける!』
伸ばし切った多連刃長刀を引き戻す動作を始めた直後、宗像はロケットモーターを点火。鉄壁と呼べる刃の防壁に穴が穿たれる。
『間隙を―――っ!』
既に完全な近接格闘距離。突撃砲を向けられようと、銃剣を使われようと、回避では厳しい間合い。一合応じねば無傷で回避し切れぬ距離。
殺った―――宗像は確信に値する手応えを感じた。
このまま突撃砲を使わずとも近接格闘だけで潰せる。そうでなくとも選択肢は圧倒的にこちらの方が多い。
対して向こうは、引き腰な上につい先ほどモーションを終えたばかりだ。ここで覆される道理はない!
『突いたつもりかぁ!』
36mmの銃口を向けられながら”迅雷”は大きく左へ機体を傾ける。放たれた36mmが肩装甲に数発当たり、抵抗尾翼としての機能が失われる。が、その動きと同時に多連刃長刀を連結状態で振っていた。
『な―――っ!?』
≪ヴァルキリー・3、右主脚に直撃。膝より下の脱落により機動性能低下≫
バランスを崩した宗像機は衝撃と姿勢安定により、機体側が姿勢を維持しようと銃剣を手放し地面に手を付き、残った膝を付いて墜落時の衝撃を減らそうとする。キャンセルのことは知っていた宗像ではあったが、しかし長らく旧OSに慣れていたその体は、ここ一番という時に「転倒時には入力を受け付けない」という今は無き制限に縛られ、墜落をのまま受け入れてしまう。
『このまま斬り刻むッ!』
連結状態から延長状態に切り替える。そのまま輪を描くように振り回し―――輪は宗像機を包む。
『刃の結界に切り刻まれるがいい!』
引き絞るように、思いっきり長刀を引く。引き絞られた連刃は収束し宗像機を縛―――
『そう簡単に!』
まだ残っている脚を突き出しながら噴射跳躍する宗像。連刃は斬られた脚に接触し、さらに右主脚を削っていく。が、質量差と衝撃により、連刃が接触箇所から欠損。
『流石だ―――しかしその脚ではろくに動けまいに!』
山なりに跳躍した宗像機を追撃しようと一度連刃を引き戻して再度開放!完全に捉えたはずだったが―――宗像はさらにもう1度右主脚でそれを蹴り弾く!
『2度もか!腕が良すぎるぞ!』
中距離による撃破が無理と判断した”迅雷”は宗像機を追撃すべく主脚跳躍。どう頑張っても、片足を失いさらに追撃を迎撃してバランスを崩した
戦術機では、衝撃を殺すためにかなりの噴射と片腕を使う必要がある。片足片腕の宗像機は、つまりはその両手を失う形になり、しかも真横を取るべく動いている”迅雷”は、担架システムによる迎撃を受けることは無い。
確実に勝てる!
そう思い、残り3分の1となった連刃長刀を構え突撃する!
『運がなかったな不知火!』
『そうかい!?』
『な―――っ!?』
予想通り制動噴射に時間を費やす宗像機。が、予想はそこまでしか合っていなかった。
その足元には、もがれた左腕と、増加装甲が転がっており、それをすくうように左腕ごと増加装甲を持ち上げ―――噴射は持続させたまま―――振り下ろされた長刀を防ぐ!そのまま残った脚を”くの字”に折り曲げ、ロケットモーターを点火。同時に折り曲げた脚で地面を蹴る!
その加速は軽減されていく機体重量と相まって、想定以上の加速を見せる。
完全に意表を突かれた”迅雷”めがけ”不知火”は疾駆する。”迅雷”は完全に斬撃モーションに入っており、逃れたくとも逃れられない。ただでさえ姿勢制御と跳躍負荷を避けるため制動をかける時間が多いのに、入力が一寸出遅れてしまい―――”不知火”の体当たりをもろに食らった!
『ぐぉあっ!?』
『全リアクティヴ・アーマー、強制起動!喰らいな!』
接触距離の状態から増加装甲に設けられていた反応爆発式剥離装甲を任意起動。体当たりと反応装甲の炸裂という2つの強力な衝撃に晒され、”迅雷”は一瞬にして四肢がバラバラに砕けていった。
≪直撃判定。フェイク・3、被害甚大により機能停止。戦闘続行不可能により撃墜判定≫
≪破損判定。ヴァルキリー3、右跳躍ユニット、リアクティヴ・アーマーの兆弾を被弾、燃料漏洩。並びに左主脚、長刀直撃により脛部より下欠損。主脚機動困難≫
『………その即応能力がXM3の性能と言うわけか』
『片手片足を失っても戦うのが衛士の勤めって奴さ。性能の問題じゃないよ』
光学通信で直接通話をして来た”迅雷”の衛士に、宗像はさも当然のように答えた。
「死力を尽くして任務にあたれ」「生ある限り最善を尽くせ」「決して犬死するな」―――A-01部隊のモットーを思い出しながら、その言葉を紡ぐ。
どのような状態であっても生き残る術を模索するのは、旧OSだろうとMX3だろうと関係ない。単に選択肢が多いか少ないかだけの事に過ぎない。
そしてそれを如何に活用できるか、活かし切れるか………それだけなのだ。
それが今回は、宗像の方が多かっただけ。ただ、それだけなのだ。
『けど、今日はここが限界だね………体が動かないよ』
そう云いながら左脇から溢れる鈍痛を押さえつけるように右手を添える。額には1対1の時から出始めた脂汗が前髪を張り付かせている。
バイタルデータを見なくても解る。これ以上の戦術機動は体に障る………と。
もっとも、機体自体がもはや殆ど動けない以上、続投することもできなかったが。
『どこか悪いのか?』
『少しな………なんだい、やけに優しいじゃないか?』
『色々とな。しかし………少々詰めが甘かったな』
『―――なに?』
”迅雷”の衛士がうわ言のように呟いた言葉を確認しようとした時、突如後方で爆音が。後方映像のウィンドウがホップアップし状況を宗像に伝える。
そこには、瓦礫を噴射跳躍で押しのけながら現れた”震電”が、警戒していたのにも関わらず36mmを喰らいながらも組みついた瞬間が映っていた。
『風間!』
『調子に乗るんじゃないよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!』
『くぅ…!なんて馬力…!』
完全に組み付かれ、肝心の両主腕がホールドされて迎撃したくともできない。一度撃ってみたものの、”震電”の脇を掠めるだけで致命打にまでいたらない。
しかし押し潰さんとするその圧力は、風間に半年前に負った傷が思い出され、物理的なもの以上に強い精神的な圧迫感と鈍痛が風間を襲う。
『くぅ…うっ………んくっ!?』
吐きそうになるのを辛うじて踏み止まる。しかしこの状況は負傷した時を否が応にも思い出させ、視界が混濁していくのを止められない。さらにはギシギシと激しく軋む音もそれに拍車をかけていた。
『風間!くっ………!これでは…!』
救出しようと動きたくとも、機体はろくに動かせない。辛うじて動く右腕は、無理な体当たりと機体全体の体重を受けてあらぬ方向へとへし折れている。元々そういう動きができる関節とはいえ、根本たる炭素帯が破損していてはどうすることもできなかった。
担架システムに装備させたままの突撃砲を起動させてみるものの、こちらは動くには動くが射角には相手が入っていなかった。
ここまで打つ手なしでは、最後の望みを涼宮に託すことを一寸思いつくが、それでは向こうで引き付けている”雷電”と”遠雷”も引っ張ってくることになる。そうなってはさらに状況を悪化するだけだと思い直し、別の手段を考えることにした。
『はぁ………はぁ………ぅ…っ!』
『くそ………博士、風間の限界が近いので白旗を!』
HQに通信を入れ、香月に進言する。その程度のことは向こうもとっくに考え付いていたらしく、やや慌しい反応が返ってきた。
『風間は錯乱状態に入りつつあるけど、まだ後一歩のところで踏み止まってるわ。それでも白旗を上げてもいいのね?』
『ここは無茶をさせる時ではないハズです』
宗像の進言を受け入れたのか、今度は風間の方へ通信を入れる香月。
『風間、ここでストップかけるけど良いわね?』
努めて平静に、いつものようなさらりと流すような言葉で話す。そうすることで、余計な錯乱を抑える。
が、風間は首をゆっくりと横に振り、答えた。
『………いえ、少し…っ、時間………をっ』
『そう。なら手短に済ませなさい。後3分したら強制停止するわよ』
『了解…しまし…たっ!』
そう答えると同時に、フットペダルを踏み込んだ。ロケットモーターに火が入り、ゆっくりと機体が前にへと進む。それは必然、”震電”を押し出す結果となり、
『軽量級の”不知火”で押し込もうってのかい!?そうは問屋が許さないよ!』
負けまいと”震電”もロケットモーターを点火。互いに向かって機体が圧力を掛け合い、アラートが引っ切り無しに鳴り出した。
しかしそれを必死に無視して、今度は持っていた突撃砲を”人差し指だけ残して”手放した。そうなると当然、主碗から突撃砲が外れるのだが―――先程残した”人差し指”に引っかかり、銃口を上に向けてぶらりと垂れ下がった。それを確認した風間は、親指を使ってホールド。続けて本来親指が入るべき場所に指を薬指以下3本を収める。
『これで………いける……はずっ!』
この状態でも信号は送れる…はず。巨大なマニピュレーターでトリガーを引いているわけではない。電気信号で射撃命令を入力してる戦術機にとって、指の位置は特に気にすることではないハズなのだ。
それは果たして上手く行き―――36mmが”震電”の左主腕に叩き込まれる!
『な―――にぃ!?』
肘関節部に叩き込まれていくそれは、最初こそ弾かれてたが、
≪フェイク・4。左主腕に被弾。左腕脱落≫
『っ!これで―――』
『糞ガッ!』
拘束から逃れた風間は、即座に突撃砲を持ち直し、後方へと飛び逃げる”震電”に接近して至近距離から膝関節―――序盤に叩き込んで破壊できなかった側に36mmを叩き込む。そのまま破壊判定を受け派手にコケる”震電”に、撫でるように管制ユニット側へと射線を滑らせる。36mmを弾くエフェクトが視界全体に広がるが、構わず風間はひたすら叩き込んだ。
≪フェイク・4、管制ユニットに被弾。衛士死亡判定により機能停止≫
『―――っ』
『03は戦闘行動解除。その場で待機よ』
『りょう……かい、です………』
≪A-03、戦闘継続困難。戦闘放棄につき戦線離脱≫
全身から溢れ出る脂汗と、内臓に感じる確かな違和感。そして背筋を走る冷たい汗とで、風間はぐったりとしていた。
まともな返事もあまり期待できそうにない。むしろ遠隔操作で沈静剤を打ち込まれ、それどころではなくなっていた。
『あの状態で逃げて、挙句倒すとはな………XM3とは凄いな。いや、君達の判断応用力が凄いのか?』
『どっちもさ。XM3だけでは無理だし、私達の判断応用力だけでも無理だったさ。あの状況を打破するにはね』
”迅雷”の衛士の賞賛に、一切の謙虚さを含まず宗像はそう答えた。
『こっちはほぼ相打ちかい?なら、後は涼宮に頑張ってもらうしかないねぇ』
宗像機はほぼ全損状態であり、風間は身体的理由から戦闘離脱。これでは援護しに行きたくとも行けるわけがない。
仮に行けたとしても、自身の体も風間ほどでないにしても拒否反応を示している。
この勝負、完全に涼宮 茜に任せる形となり、宗像は自身の不甲斐なさに軽く舌打ちした。
『後は任せるよ…涼宮………』
後輩に頼るしかない自分に、軽く苛立ちを募らせるのだった。
「あー、そっちは終わったみたいやね。でも相打ち?って、こりゃ凄い!あんな状態から脱出して倒せるってどんな判断!?いやー、これが特殊部隊の実力ってやつですかぁ。感心することこの上なしだね!」
HQでは香月の隣でまたしても大の大人約40歳が4歳児のように驚きはしゃいでいた。
鬱陶しい。
もう1度云おう。
ただ鬱陶しい。
勝負事でいえば、4対3が2対1に減っただけの話。とはいえ4対3ならまだ腕次第で覆すことも可能であったが、2対1では話が別だ。
4つの眼と、2つの眼とでは圧倒的に見れる範囲が違う。
4本の腕と2本の腕ではまったく数が違うように。
体が2つあるのと1つしかないのとではできることが限られているように。
このような少人数での場合、その差は絶望的と結論付けても問題ないほど、大きな差となる。特に両者が熟練者であればあるほど。
それを覆せる可能性を秘めているのが茜が駆る”九尾”と呼ばせるほどの数を有する試製跳躍ユニットなのであるが、如何せん、今はどうにもできない。
「それはそうと、いい加減残りの2機についての説明をしてもらえる?」
「あぁはいはい只今」
感情の機微を棒グラフで表示するなら、ハイテンションから直滑降で一気にニュートラルに戻るような勢いで、大神の態度は一変する。
………流石に慣れ始めてきた自分に軽く眩暈を覚える香月。
「絶賛被弾率0のあの機体がさっき話した岩谷さんが駆る”雷電”だね。
使ってる炭素帯は”ルート・1”。他の3機が使う炭素帯は、全てあれから派生させた代物ですわ。
一番最初の根元になる奴だけあって、目指された機能はあくまで『既存炭素帯の性能向上』ってだけ。
まぁ、元々炭素帯は結構荒い作りになってるからさ、綺麗に作らせるだけでもそれなりに性能は向上したりすることもあるわけですよ。ルート・1はまずラインの整理整頓とか、工場自体の性能を良くさせるためと、そういう側面もあったりしますねはい。
特に日本の工場ってさ、職人任せな部分あるでしょ?そういう部分をなるだけ潰してちゃんと規格化して、誰にでも製造規格に入れられる環境を作らないといけないわけでね?そもそも一品モノじゃなくて工業製品なんだから、武御雷レベルでもない限り職人に頼るべきじゃないんですよ。そりゃある程度の技術後継を行うためにも職人は欲しいけどさ、それは一品モノのために頑張ってもらうべきで、量産前提の代物にはコスト以外かからないわけでね。そんな一品モノ級を大量生産できるわけねーってなもんで、まずは既存ラインのレベルから性能改善を目指したのが”ルート・1”ってわけです。キャハっ」
「製造ラインを改善した程度で、そんな簡単に性能が上がるとは思えないけど?」
「それがどっこい!ラインの整備ってさ、結構ブン投げられてるわけ。特に職人方に。
そりゃある程度は製造規格を設けて製造させてるよ?でもさ、結構危険な作業を職人のノウハウだけでやってることが多いわけ。ワタクシはそこに作業手順を文章化してそれを徹底することって話をしただけなんだけど、それだけでも結構まともなのが作れるようになったのよ。多少の誤差も生むけどさ。それまでの不良品の数に比べたら半分以上減ったさ。データも取らせて、昔製造した物と比べても精度を3割も増した状態でね。
精度が上がるってことは、それだけで性能を引き上げるのは車でも戦術機でも同じさ。頑丈さにも影響してくる。
当たり前のことだけど、それがねぇ。ニンゲンって中々そういうの守らないから。楽しようって考えが必ず出て来るし、それ自体はいいんだけどさぁ、手抜きと楽をするって基本別でしょ?そこを混同してるのが多いわけで、ワタクシはそこをまずは分離させる作業を―――」
「………それで、”雷電”は結局どういう機体に仕上がってるわけ?」
無駄に長い話の割に、具体的な説明は何故か触れているようで触れてない。そんな大神の説明に苛立ちを隠しながらも核心を話すよう促す。
そんな香月とは対照的に、「アイヤー」と頭を叩きおどけてみせる大神は、やはり人を馬鹿にしているとしか思えない。それはさておき。
「あのF-15の素地は日本産だから、最新仕様のストライクさんに比べたら性能的にはかなり低い。
でもね、”ルート・1”の性能はウチで作ってる分と比べても2割は性能改善した代物だよ。耐久性能は製造精度の改善によって3・4割も改善してる。連続使用時間で云えば、ストライクさんにだって負けない自信ありますよ!」
「そんな局所的な改造で性能差を覆せるって考えてるわけないでしょう?
戦術機ってそんな単純な代物でもないわよね」
戦術機は多くの機能を複合し集結させた多目的機械である。故にたかが1つの機能の機能を向上させたところで全体的な性能向上には繋がらない。
複合的に、多数の機能を向上させることで、戦術機という機械は初めて性能が引き上げられるのである。
それは横浜基地で絶賛改造中の”九尾”も同じなのであるが、あまりにも自爆的な発言なのであえてそこは見なかったことにして流す。
「まぁ、ウチの売りはあくまで炭素帯ですんで。他は他所にやらせりゃいいんですよ」
そんな香月の言葉に対し、にこやかに大神はそう返した。
その対応に、香月は溜息を吐きそうになる。が、それをぐっと堪え話題を変える。
「それじゃもう1機………もう半分壊れてるけど、あっちは?」
「”遠雷”ですかい?あっちは”ルート・1”の直系強化であんまり面白味はないんですよー」
「それだけ?」
「あーすっごい呆れてる、これでもかってくらい呆れてますね!?仕方ないじゃないですかー、直系強化なんてどれも面白いものに出来上がるわけないってばさ!
これでも頑張ってるんだよ!あれでも!そりゃハイ・ローミックスの”ロー”を”ハイ”に持ち上げるのが目的にはしてるけどさ!それだけにどこまでも地味なんだってば!」
「叫ばないでもらえる?まだ模擬戦中だから。後、その無駄な動きも自重してもらえると助かるわ」
「え、あ、はい。すみませんごめんなさい」
地味に叫ぶ毎、話が長くなる毎に奇妙な踊りをしていた大神。流石に鬱陶しくなってきたので釘を刺すのだが、途端に規律正しい動きで謝罪してきた。
…これで何度目だろうか、流石に疲れてきた。
もしやすると、自分も他人から見ればこんな感じになるのだろうか?と頭の中を過ぎるが、そんなことを気にしても埒が明かないと早々思考を切り上げる。
「とりあえず、”ルート・1”と”ルート・1.5”はまとめると『柔軟性と馬力の両立』だね。
柔軟性と馬力は両立するようで中々しない。これは人間でも同じなのは解ってるよね。
柔らかでしなやか、かつ馬力のある理想的な筋肉を持つには炭素構造に大きく踏み込む必要がある。で、その前段階としてさっき話した工場の整備と各規格の標準化という方向で土台を作り、余分な不安要素を排除したわけですわ。
そこから作られた炭素帯を解析し、構造の状況を算出。さらにそこから如何に精度が高く、かつ柔軟性を求めていったのが、”ルート・1”と”1.5”になります」
「なるほど………今の話を聞く分だと」
「ダンッ!ゼンッ!”1.5”がお買い得ですな!副司令、これ買いましょう!」
「黙ってなさい」
突然割り込んできた例の技官が観客席から身を乗り出し叫ぶ。それをひと睨みしながら黙らせる香月。
「しかし無難ね。アンタみたいなのはそういうのは後回しにすると思うんだけど」
「あっはー、よく言われますわ。気狂いのくせにやることがせこいって!
そりゃぶっ飛んだのはいくらでも考えてますよ?炭素帯に制御装置積ませようとかカーボンナノチューブ・アクチュエーターとか。というか絶賛鋭意製作中ですけどね、この2つ。全然作れてないけど。
でもさー、そういうのって下地があってなんぼでしょ?と云いますか、一人ぶっとんだの開発しても他が作れないんじゃ意味ないですやん。そりゃ道筋作りゃ誰でも材料があれば作れるけど、量産することを考えたらただ斬新なだけじゃろくな製品は作れないわけですよ。
結局従来の炭素帯だって焼成技術がいい加減でイマイチ性能を引き出せてなかったしねぇ。あ、ちなみに焼成技術がいい加減ってのは、1つのプレートに対し密度が部位によって異なることを云います。知ってるって?すみません出過ぎた真似をしました。
ともかく、何か新しいのを作るためには、まず全体の技術向上が大切って話なわけでして」
「云い訳はもう結構よ。そんな説明をせずともあの機体を見ていれば解るようにしてるのよね?なら必要最低限の話だけで済ませなさい」
「あぁ~じゃぁこれだけは云わせてもらいます?」
「云うだけならね」
「買ってもらえます?」
「考えさせてもらうわ」
「それ関西じゃお断りの返事じゃないですかー!」
無駄に騒ぐ大神にそろそろ警備兵が動きだそうかとした時―――映像で進展があった。
「………そろそろね」