その3

 互いに間合いを取り合い睨み合う宗像達と”迅雷”・”震電”は、やもすれば何時間でも続きそうな雰囲気であった。
 指先一つでも動けば一気に崩壊しそうな静寂と緊張感が4人を押し潰す。
 戦力的には意味では圧倒的に宗像達が劣勢だ。1機は得物である支援突撃砲を破壊され、もう1機は左主腕を奪われて明らかな戦力ダウン。キャリブレーションはこの睨み合いのドサクサに済ませておいたので、機動に大きな変化はない。が、やはり重心は崩れているのは確実に何がしかの問題を生み出すであろう。そこに意識を傾ける宗像。
 対しフェイク小隊には損害らしい損害がない。しかも”震電”に関しては36mmが通じなかったのだ。それだけでも、圧倒的に有利な状況と云えた。
『…なるほど、コレが彼らのやり方なのか…』
『何か解りましたか、中尉?』
『こいつらは跳躍ユニットの使用が前提の機動を半ば捨てている。殆ど”脚”に頼ってる。
 独自の思想に基づいた対BETA戦用機動だ。恐らく、ろくな補給も望めなかった大陸を経験してきた衛士達なんだろう』
 密かに機動ログを見ていた宗像は、そんな推察を導き出す。香月達の話は聞こえていなかったが、その推察は間違っていなかった。
『では、この睨み合いこそ…』
『そう、彼らの思う壺。こうまで上手だと素直に感心するしかないねぇ』
『なら、それを巻き返すには私達なりの手芸でいくしかありませんね?』
『そういうことだ!』
 叫ぶと同時に宗像機と風間機が倒立反転。向かう相手がそれぞれ切り替わる。少々予定外だったのか、”震電”と”迅雷”の反応が出遅れる。とはいえ、倒立反転の機動がある分大きな問題はなかったが。
 宗像機は倒立反転しながら装備した長刀を構え”迅雷”と立ち向かう。距離がない分、噴射跳躍で間合いを詰められると流石に追いつけず、”迅雷”は飛び退き、しかし同時に36mmを連射。獲物が逃げられた哀れな長刀が宙を虚しく切り裂き、36mmが立て続けに命中。激しい衝撃が主腕を襲い、破砕防止機構が働いて長刀を手放す事に。
『―――』『―――』
 しかし2機の間合いは未だクロスレンジ。一見ではそれほど近い距離でもないが、噴射跳躍を伴わない後退は云うほど下がれるわけでもなく、ロケットモーターを用いれば一瞬で縮まる距離だ。
 またしても睨み合いが続く―――が、同時に前方へ跳躍!
”迅雷”は銃剣を真横になぎ払う―――が、僅かにしゃがんでいた宗像機の2本のセンサーマストを切り裂く。そこまでは良かったが、
『………なに!?』
 右主腕の………もっと正確に云えば、右マニピュレーターの指先が、削ぎ落とされていた。宗像機を見ると、その右手には短刀が逆手で握り締められている。
 咄嗟にシールドを捨てて右主腕から落ちていく銃剣に左主腕を伸ばすが、
『やらせないよ!』
 左担架システムに装備されている突撃砲を展開、連射して”迅雷”を追い詰める!が、慌てて左へと飛び退いてそれから逃れた。
『………これがXM3の性能という奴か』
”迅雷”の衛士は、一気に形勢を覆された事に素直に驚いた。
 一方風間機も同じく倒立反転中に担架システムに装備させていた突撃砲を主腕に装備し、”震電”に切り込む。ただし、使用するのは事前に装填していた120mm散弾。それを左右同時に3連射!が、関節以上に元々頑丈に作られたF-4の装甲である。激しく装甲を削るが本体にはダメージが行かない。が、
『く…!油断した!?』
 散弾の多くが両主腕に括り付けられた改造36mm3連突撃砲のマガジン部を削り、両腕の一部兵装を機能不全に追い込む。しかしやられる間に”震電”も反撃していたため、その砲弾の一部が風間機の両肩装甲と120mmのマガジンに直撃していた。
『装甲を過信し過ぎです!』
『だけどねぇ!』
 装甲の厚さに物を云わせ、散弾であることをいい事に”震電”が腕を突き出したまま噴射跳躍で間合いを詰める。その腕は要撃級の前腕であるがため、装甲としては申し分のない代物だ。しかも前に突き出すことで、射線に対して大きな障害物として機能するため、一見馬鹿そうに見えて妙策とも云えた。
『このままひき潰すしてやる!』
 軽量級の不知火に比べ、”震電”は元となったF-4よりも重装甲だ。質量的な問題で、そのような”震電”を飛ばす跳躍ユニットは当然スピードよりもトルクを強化されているし、対して不知火はノーマルな上、大きな改造は施されてない。そんな2機が真正面から物理的にぶつかれば、”震電”が負けるわけも無く。
『特攻!?―――いえ、質量差に物をいわせた突撃(チャージ)ですか!』
 風間は即座に対応し、両主碗の突撃砲を投げ捨て―――同時にナイフシースを展開し両主腕に短刀を装備、その突撃を迎え撃つ。それが丁度不知火の主腕が、”震電”の主腕の真下に来る形となり、押し上げるようにしてその突撃を受け流す。
『やるじゃないのさ!』
 そのまま流されず、執拗に喰らい突こうと軌道を修正する。が、風間機は既に別の行動、脚関節目掛け短刀を振り下ろさんとしていた。慌てて回避しようとするが、
『脚が―――』
 間に合わず、両足の膝に短刀が叩き付けられた。しかし、損害は、
≪―――小破判定。稼働率10%ダウンも、戦闘行動に支障なし≫
『本当に頑丈ですね………しかし』
 下手に軌道をずらされた上、別途衝撃を与えられた”震電”は、無様にも顔面から地面と瓦礫の中にへと突っ込むことに。
 風間は追い討ちをかけようかと思ったが、まだ何かあるかもと想定し、短刀を格納して足元に転がっている突撃砲を拾い上げる。自己診断プログラムを走らせ、36mmは辛うじて生きていることを確認。
『中尉、こちらの機体の関節は想像以上に頑丈ですが、殆ど動かないように見えます』
『だろうな。あの機体だけ動きがどうもギクシャクしていた上に、跳躍ユニットの使用頻度が高かったからな』
『そちらのはどうですか?』
『これから調べるさ…』
 宗像も足元に転がっている銃剣を拾い上げ、機能を確認。とは云え、銃剣機能はさして珍しい物でもなく、突撃砲自体も何か弄られているという風でもなく。
 従って、宗像は特に気にせずこの突撃砲を右主碗に握らせたままにしておく。丁度、長刀も失っているため最後の武器となる短刀を消耗させないためにも、この武器は貴重だった。
『手癖は良いようだが………ならばこれで!』
 相対する”迅雷”は背中に背負っていた長刀を抜き放つ。物自体は一見、なんの変哲もないように見えるが………
(気がかりは、刀身に刻まれた等間隔に入ってる切れ目かねぇ…)
 一見する分には、別段ちょっと変わった柄の長刀だと思う程度だろう。しかし、相手はこの短時間で何度も驚かせてくれた相手だ。まるでカッターのように切れ目が入った長刀など聞いたこともないし、ましてや切っ先をへし折ることで切れ味を維持する長刀など見たことも無ければ聞いたことも無い。
 十中八九、何かあるとしか思えなかった。
 そしてその思考は”迅雷”の衛士にとっては解り切ったものであり、だからなのかそれに答えるように高らかに宣言する。
『流石は日本有数の熟練部隊!しかしこれは、これだけはそう回避できまい!』
『………は?』
 ―――その瞬間、その刹那、宗像は言葉を失った。
 明らかに長刀の間合いから外れた場所から、さも当然の如く振り被る”迅雷”。そこまでは、よかった。そこまでは―――
 問題はそこからで、上段から振り下ろされる切っ先が、突如―――”伸びた”。
 ジャラジャラと、蛇が伸縮して前進するように。”鞭”となった切っ先が宗像機を襲う。
 宗像自身の意識は、それに対して対処し切れていなかった。認識と判断力が、それに対して一瞬ばかり対応することを放棄していたから。
 とはいえ、それは当然だろう。硬質なスーパーカーボンが、1つ1つが伸縮してこちらに向かって伸びてくるなどと。誰が想像できようか。
 そのような攻撃に反応できたのは、長年培ってきた経験が肉体を動かしたからに過ぎなかった。ほぼ条件反射と呼べる反応で手が動き、銃剣で迫り来る切っ先を横殴りに弾く。真正面から弾けば、下手にしならせて機体にダメージを与えてしまう。この判断も、条件反射によるものだった。
 しかし、次に起きる行動は流石に読めなかった。
 弾かれた刀身が再度縮み元にへと戻っていく。その過程で接触していた”剣”の一部が、ノコギリと化した連結刃により激しく欠損する。
『っ―――ん、だと!?』
 慌てて距離を開け、それと同時に担架システム側の突撃砲で牽制。即座に飛び退く”迅雷”は、逃げた先に着地する時、板状の肩装甲を開いて着地した。
『余裕のつもりかい…!?』
 気を取り直し、噴射跳躍と突撃砲を駆使して間合いを詰める。それは当然、噴射跳躍を用いない”迅雷”の機動は、あっさりと間合いを詰められる結果となり、しかし”迅雷”は特に慌てることも無く”鞭のような長刀”を振るいその間合いに対し牽制。それを凌ぐため、宗像は半分機能を失った銃剣を駆使してそれを迎撃。息もつかせぬドッグファイトが始まった。
『逃すか!』
『流石に1対1の格闘機動では向こうが有利か…っ!』
 基本的に、フェイク小隊が使っているOSは旧式である。XM3は最近ようやく流通し始めたもののため、民間へはまだ一部の企業を除いて出回ってはいない。それは裏で色々やらかしている業羅も例外ではなく、しかも帝国内の順位でいけば明らかに重要度が低い業羅には定数分は回ってくるハズもなかった。故に、全員が使い慣れている旧OSでの運用を決め今回の模擬戦に挑んでいるのだが………
 やはりと言うべきか、4機でフォローし合えた最初の状況に比べ、今は1対1の勝負である。この状況であれば入力に対する反応が早いXM3の方が圧倒的に有利だ。反応がXM3と比べ遅い旧OSでは、かなり先読みしなければ対応し切れるものではない。
 故に”迅雷”は鞭ような長刀を振り回し、間合いを埋めてOSの差を埋めていく。着地時に発生する大きな隙を埋めるために。
(………なんだ、あの機体?やけに…)
 思った以上に伸びる刃を尽くかわしながら、相手の動きをつぶさに見る。
 通常、ある一定の高度から着地した場合、逆噴射をかけて脚部にダメージが行かないよう気を回すのは熟練衛士にはよくあることだ。主脚へのダメージはそのまま継戦能力の低下に繋がり、ひいては長期使用への影響にも繋がる。
 しかしあの機体、”迅雷”はそれを差し引いても逆噴射がやけに長い。しかも着地しようとする度に肩のプレート状の装甲が開き、まるで抵抗尾翼のように扱っている。
(脚部にダメージが来ているのか?そこまで負荷がかかるような機動をしてるようには思えないが…)
 先程見たログを思い出しても、深刻なダメージがあったようには思えない。むしろ”最初からこの機動だった”。
 それにあの肩装甲は、最初からこの機動を前提にした装備としか思えない。
 さらにこの機体、先程からずっと真っ向から斬り合うのを避けている。振るう度に一々引き戻して元の長刀にしている辺り、長刀としての機能は一応残っているように見えるが………
『………?』
 ふと、その長刀の切っ先…もっともこちらと接触する部位が、妙に欠けているのに気付いた。というよりも、明らかに短くなっている。
 これが意味するところを宗像は思考する。
 これらの情報より導き出せるであろう真実を。
 ここまでいいよう弄ばれたツケを払わせるために。
 あの機体の特性を知るために。
 勝つための方程式を。



「ねぇねぇどぅどぅ今の見た!?あれがウチで”叢雲計画”に提出しようと思ってる多連刃伸縮長刀なんだけど!かっこいいでしょナウいでしょみなぎってこない!?」
 HQではまたしても大神が香月に干渉していた。しかももっともウザイ形で。およそ40を過ぎたオッサンがする挙動とは思えない子供じみた動きで。
「その前に説明をちゃんとしなさいってさっき云わなかったかしら?」
「はい、すみませんごめんなさい説明しますから許してください」
 香月にひと睨みされ萎縮してバイザーが床に”ごつん”と強くぶつかるまで深く土下座する大神。ここまで軽い土下座などこの世にあっただろうかと、思わず思案せずにはいられない。
「それで、あの2機に使ってるのはどんな代物なわけ?36mmを弾く関節なんて聞いたこともないわ」
 重装甲のF-4の装甲ならば、36mm程度であればそう簡単には抜けない。もっとも当たり所が悪ければ貫通するが。
 しかしあの”震電”は弾いたのだ。しかも絶対的に脆弱性を帯びる箇所、膝関節に、36mmを食らって。この映像だけ別のモノを流しているのではないのかと疑いたくなるほどに。
「F-4”震電”に使ってるのは”ルート1.5乙”って代物で、まぁ簡単に云うなら『関節に装甲としての機能を付加した』代物かな。
 このテの兵器の弱点って主に関節でしょ?でも動かすにはある程度露出させておかないと可動範囲を確保できない。でも防御はしておきたい。そんな我侭を先に解決しようとしたのがあれなんですわ」
「その割には動きが随分とギクシャクしているわね?」
「そりゃぁまぁ、強度を求めたら柔軟性なんて捨て去られますわ。通常の数倍のカーボンをみっちり詰めてるし。
 お陰で関節の可動範囲が通常のF-4を100%とすると、ルート1.5乙は20%まで下がってね。なもんで、股関節や腕の付け根なんかの最低限動く上で支障をきたす部分にゃ使われてないさ。
 セール先に話すことじゃないけど、対BETA戦にはまったく使い物にならん代物だね。対人でもどうかなぁ?
 あと見りゃ解るけど”震電”は跳躍ユニットに機動を依存してるよ。一応、増槽は詰んでるけどね」
「そんなモノを作ってて本当にモノになるの?」
「まぁ所詮…って云っちゃぁ自虐が過ぎるけど、実験機ですから。使える使えないは後で考えるよ、うん。
 あ、経過劣化に関しては安心していいよ!順調に記録を更新してて無整備状態からの連続使用でも半月は品質確保できてるから!」
「あらそう。で、その”乙”というのは強度だけ?他にはないの」
「強度を得た副産物としてかなり強いトルクを得られてる。力勝負なら不知火にだって負けないよ」
「その不知火………そっちの”迅雷”はどういう代物なのかしら?見た限り、機動性は良いようだけど」
「あれには”ルート1.5甲”、セールスでも見せて話もした『自重を支えるトルク』を目指した代物を使ってるよ。
 試験的に、通常使われているメインフレームを7割削って、関節に使ってる炭素帯で自重を支えてる。あと、削った重量分に炭素帯を詰め込んでるね。なもんで、本来重量だけになる部分が馬力を生み出すようになったから、主脚走行での機動性はかなり跳ね上がったね。当社比で40%はアップしてると自負するよ。
 反面、やっぱりまだまだ自重を支えきれてるわけじゃないから着地以上の衝撃には滅法弱い。だからってわけじゃぁないけど、さっき話した”多連刃伸縮長刀”を持たせてるわけですハイ」
「なるほど………一長一短なわけね。あの2機に使っているのは」
 長々と話した大神の話を、1行にまで圧縮する香月。それに特に気を害したふうでもなく、大神は「そうそう」と大きく頷く。
 要約すると、”乙”は可動を犠牲にして強度を取り、”甲”は反対に可動を得た半面機体全体の剛性が失われている。
 そのような問題点を、この2機はそれぞれ独自の方法でフォローしていると、大神は説明していた。
「多連刃伸縮長刀は、電磁伸縮炭素帯の構造を応用した中近距離戦用の格闘武器。砲弾を使い切っても距離を置いた戦闘ができるように………ってのが建前だね。
 構造は単純で長刀そのものをカッターナイフみたいに等間隔に刻んで、その中に炭素帯を仕込んでる。炭素帯自体は伸縮以外の機能はないよ。個々の接続箇所には自由肢みたいなモンを使ってるから自由にしならせる事ができますハイ。
 後はスイッチのON・OFFで伸ばしたり縮めたり。縮めた時は長刀として扱い、伸ばした時は鞭として扱うっと。
 とは云え、これも試作武器だから当然弱点はあるわけでねぇ。あの刀身を見てもらえれば解るけど、繋ぎに使ってる炭素帯と自由肢が糞脆い脆い。ちょっと引っ掛けただけで割れちゃうくらい脆いんだこれが。
 あれを使えるレベルにまで持ってくのも、今ウチのチームが抱えてる課題ですなぁ」
 真面目に説明しているのか疑問を抱く口調で話すこの男を尻目に、香月は涼宮達の行方を見守る。
 涼宮側、宗像側………どちらも状況は未だに緊迫していた。



 間合いはほぼ膠着している。”迅雷”は旧OSの差を多連刃伸縮長刀とその間合いで近づき、あるいは開けようとする宗像機を一定距離で押さえつけていた。
 動きだけを見れば追われる側は明らかに”迅雷”の方だ。しかしそれを覆し、対等の立場にまで追いやる彼の衛士は、やはり大陸帰りなりの腕を持っていると実感させた。
 OSによる絶対的とも取云える優位性を中々立証できないのは、導入したばかりの頃にあったクーデター事件での事を思い起こさせる。
 あの時感じた苦渋を、トライアル事件での苦しみが、宗像を襲う。
 解っていても、踏ん切りを着けていても、たまに思い起こさせる、心の傷。仲間の死と、醜く変形した骸を。
(…………っ!今はそんなことを考えてる場合じゃないよ!)
 心の中で強く自身を叱咤する。叱咤通り、今はそのことを気にしてる場合ではない。思考の余裕など、ありはしなかった。
 しかし自身の身体を蝕む、いや完調ではないその身体が「そろそろ限界だ」と騒ぎ始めている。
 今回は実戦を想定してないため、薬物による発汗抑制剤を服用していない。だが、それでも吹き出る汗とは明らかに異なるベタつきを内包した冷たい汗が噴き出ているのが嫌が応でも解ってしまう。
 ―――ここは無理をする時ではない。
 そんなことが頭の中を過る。が、まだ今はいける。動けるはずなのだ。
 そう信じ、宗像は自分の身体に鞭を打ち、さらなる追撃をかける。
『それはそれとして―――こいつのは大体理解した。神経質過ぎるほどに神経質な着地の割に、燃料の方は気にしてない………ということは!』
 香月が大神に聞いたことを、推論で導き出す。
 経験と推察と実験を平行で行い、欲しい事象のみをかき集める。
 振り回されるしなやかな刃をすり抜け、返す刃で軌道を変えられた刃を飛び越える。
 そして―――
『仕掛ける!』
 伸ばし切った多連刃長刀を引き戻す動作を始めた直後、宗像はロケットモーターを点火。鉄壁と呼べる刃の防壁に穴が穿たれる。
『間隙を―――っ!』
 既に完全な近接格闘距離。突撃砲を向けられようと、銃剣を使われようと、回避では厳しい間合い。一合応じねば無傷で回避し切れぬ距離。
 殺った―――宗像は確信に値する手応えを感じた。
 このまま突撃砲を使わずとも近接格闘だけで潰せる。そうでなくとも選択肢は圧倒的にこちらの方が多い。
 対して向こうは、引き腰な上につい先ほどモーションを終えたばかりだ。ここで覆される道理はない!
『突いたつもりかぁ!』
 36mmの銃口を向けられながら”迅雷”は大きく左へ機体を傾ける。放たれた36mmが肩装甲に数発当たり、抵抗尾翼としての機能が失われる。が、その動きと同時に多連刃長刀を連結状態で振っていた。
『な―――っ!?』
≪ヴァルキリー・3、右主脚に直撃。膝より下の脱落により機動性能低下≫
 バランスを崩した宗像機は衝撃と姿勢安定により、機体側が姿勢を維持しようと銃剣を手放し地面に手を付き、残った膝を付いて墜落時の衝撃を減らそうとする。キャンセルのことは知っていた宗像ではあったが、しかし長らく旧OSに慣れていたその体は、ここ一番という時に「転倒時には入力を受け付けない」という今は無き制限に縛られ、墜落をのまま受け入れてしまう。
『このまま斬り刻むッ!』
 連結状態から延長状態に切り替える。そのまま輪を描くように振り回し―――輪は宗像機を包む。
『刃の結界に切り刻まれるがいい!』
 引き絞るように、思いっきり長刀を引く。引き絞られた連刃は収束し宗像機を縛―――
『そう簡単に!』
 まだ残っている脚を突き出しながら噴射跳躍する宗像。連刃は斬られた脚に接触し、さらに右主脚を削っていく。が、質量差と衝撃により、連刃が接触箇所から欠損。
『流石だ―――しかしその脚ではろくに動けまいに!』
 山なりに跳躍した宗像機を追撃しようと一度連刃を引き戻して再度開放!完全に捉えたはずだったが―――宗像はさらにもう1度右主脚でそれを蹴り弾く!
『2度もか!腕が良すぎるぞ!』
 中距離による撃破が無理と判断した”迅雷”は宗像機を追撃すべく主脚跳躍。どう頑張っても、片足を失いさらに追撃を迎撃してバランスを崩した戦術機では、衝撃を殺すためにかなりの噴射と片腕を使う必要がある。片足片腕の宗像機は、つまりはその両手を失う形になり、しかも真横を取るべく動いている”迅雷”は、担架システムによる迎撃を受けることは無い。
 確実に勝てる!
 そう思い、残り3分の1となった連刃長刀を構え突撃する!
『運がなかったな不知火!』
『そうかい!?』
『な―――っ!?』
 予想通り制動噴射に時間を費やす宗像機。が、予想はそこまでしか合っていなかった。
 その足元には、もがれた左腕と、増加装甲が転がっており、それをすくうように左腕ごと増加装甲を持ち上げ―――噴射は持続させたまま―――振り下ろされた長刀を防ぐ!そのまま残った脚を”くの字”に折り曲げ、ロケットモーターを点火。同時に折り曲げた脚で地面を蹴る!
 その加速は軽減されていく機体重量と相まって、想定以上の加速を見せる。
 完全に意表を突かれた”迅雷”めがけ”不知火”は疾駆する。”迅雷”は完全に斬撃モーションに入っており、逃れたくとも逃れられない。ただでさえ姿勢制御と跳躍負荷を避けるため制動をかける時間が多いのに、入力が一寸出遅れてしまい―――”不知火”の体当たりをもろに食らった!
『ぐぉあっ!?』
『全リアクティヴ・アーマー、強制起動!喰らいな!』
 接触距離の状態から増加装甲に設けられていた反応爆発式剥離装甲を任意起動。体当たりと反応装甲の炸裂という2つの強力な衝撃に晒され、”迅雷”は一瞬にして四肢がバラバラに砕けていった。
≪直撃判定。フェイク・3、被害甚大により機能停止。戦闘続行不可能により撃墜判定≫
≪破損判定。ヴァルキリー3、右跳躍ユニット、リアクティヴ・アーマーの兆弾を被弾、燃料漏洩。並びに左主脚、長刀直撃により脛部より下欠損。主脚機動困難≫
『………その即応能力がXM3の性能と言うわけか』
『片手片足を失っても戦うのが衛士の勤めって奴さ。性能の問題じゃないよ』
 光学通信で直接通話をして来た”迅雷”の衛士に、宗像はさも当然のように答えた。
「死力を尽くして任務にあたれ」「生ある限り最善を尽くせ」「決して犬死するな」―――A-01部隊のモットーを思い出しながら、その言葉を紡ぐ。
 どのような状態であっても生き残る術を模索するのは、旧OSだろうとMX3だろうと関係ない。単に選択肢が多いか少ないかだけの事に過ぎない。
 そしてそれを如何に活用できるか、活かし切れるか………それだけなのだ。
 それが今回は、宗像の方が多かっただけ。ただ、それだけなのだ。
『けど、今日はここが限界だね………体が動かないよ』
 そう云いながら左脇から溢れる鈍痛を押さえつけるように右手を添える。額には1対1の時から出始めた脂汗が前髪を張り付かせている。
 バイタルデータを見なくても解る。これ以上の戦術機動は体に障る………と。
 もっとも、機体自体がもはや殆ど動けない以上、続投することもできなかったが。
『どこか悪いのか?』
『少しな………なんだい、やけに優しいじゃないか?』
『色々とな。しかし………少々詰めが甘かったな』
『―――なに?』
”迅雷”の衛士がうわ言のように呟いた言葉を確認しようとした時、突如後方で爆音が。後方映像のウィンドウがホップアップし状況を宗像に伝える。
 そこには、瓦礫を噴射跳躍で押しのけながら現れた”震電”が、警戒していたのにも関わらず36mmを喰らいながらも組みついた瞬間が映っていた。
『風間!』
『調子に乗るんじゃないよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!』
『くぅ…!なんて馬力…!』
 完全に組み付かれ、肝心の両主腕がホールドされて迎撃したくともできない。一度撃ってみたものの、”震電”の脇を掠めるだけで致命打にまでいたらない。
 しかし押し潰さんとするその圧力は、風間に半年前に負った傷が思い出され、物理的なもの以上に強い精神的な圧迫感と鈍痛が風間を襲う。
『くぅ…うっ………んくっ!?』
 吐きそうになるのを辛うじて踏み止まる。しかしこの状況は負傷した時を否が応にも思い出させ、視界が混濁していくのを止められない。さらにはギシギシと激しく軋む音もそれに拍車をかけていた。
『風間!くっ………!これでは…!』
 救出しようと動きたくとも、機体はろくに動かせない。辛うじて動く右腕は、無理な体当たりと機体全体の体重を受けてあらぬ方向へとへし折れている。元々そういう動きができる関節とはいえ、根本たる炭素帯が破損していてはどうすることもできなかった。
 担架システムに装備させたままの突撃砲を起動させてみるものの、こちらは動くには動くが射角には相手が入っていなかった。
 ここまで打つ手なしでは、最後の望みを涼宮に託すことを一寸思いつくが、それでは向こうで引き付けている”雷電”と”遠雷”も引っ張ってくることになる。そうなってはさらに状況を悪化するだけだと思い直し、別の手段を考えることにした。
『はぁ………はぁ………ぅ…っ!』
『くそ………博士、風間の限界が近いので白旗を!』
 HQに通信を入れ、香月に進言する。その程度のことは向こうもとっくに考え付いていたらしく、やや慌しい反応が返ってきた。
『風間は錯乱状態に入りつつあるけど、まだ後一歩のところで踏み止まってるわ。それでも白旗を上げてもいいのね?』
『ここは無茶をさせる時ではないハズです』
 宗像の進言を受け入れたのか、今度は風間の方へ通信を入れる香月。
『風間、ここでストップかけるけど良いわね?』
 努めて平静に、いつものようなさらりと流すような言葉で話す。そうすることで、余計な錯乱を抑える。
 が、風間は首をゆっくりと横に振り、答えた。
『………いえ、少し…っ、時間………をっ』
『そう。なら手短に済ませなさい。後3分したら強制停止するわよ』
『了解…しまし…たっ!』
 そう答えると同時に、フットペダルを踏み込んだ。ロケットモーターに火が入り、ゆっくりと機体が前にへと進む。それは必然、”震電”を押し出す結果となり、
『軽量級の”不知火”で押し込もうってのかい!?そうは問屋が許さないよ!』
 負けまいと”震電”もロケットモーターを点火。互いに向かって機体が圧力を掛け合い、アラートが引っ切り無しに鳴り出した。
 しかしそれを必死に無視して、今度は持っていた突撃砲を”人差し指だけ残して”手放した。そうなると当然、主碗から突撃砲が外れるのだが―――先程残した”人差し指”に引っかかり、銃口を上に向けてぶらりと垂れ下がった。それを確認した風間は、親指を使ってホールド。続けて本来親指が入るべき場所に指を薬指以下3本を収める。
『これで………いける……はずっ!』
 この状態でも信号は送れる…はず。巨大なマニピュレーターでトリガーを引いているわけではない。電気信号で射撃命令を入力してる戦術機にとって、指の位置は特に気にすることではないハズなのだ。
 それは果たして上手く行き―――36mmが”震電”の左主腕に叩き込まれる!
『な―――にぃ!?』
 肘関節部に叩き込まれていくそれは、最初こそ弾かれてたが、
≪フェイク・4。左主腕に被弾。左腕脱落≫
『っ!これで―――』
『糞ガッ!』
 拘束から逃れた風間は、即座に突撃砲を持ち直し、後方へと飛び逃げる”震電”に接近して至近距離から膝関節―――序盤に叩き込んで破壊できなかった側に36mmを叩き込む。そのまま破壊判定を受け派手にコケる”震電”に、撫でるように管制ユニット側へと射線を滑らせる。36mmを弾くエフェクトが視界全体に広がるが、構わず風間はひたすら叩き込んだ。
≪フェイク・4、管制ユニットに被弾。衛士死亡判定により機能停止≫
『―――っ』
『03は戦闘行動解除。その場で待機よ』
『りょう……かい、です………』
≪A-03、戦闘継続困難。戦闘放棄につき戦線離脱≫
 全身から溢れ出る脂汗と、内臓に感じる確かな違和感。そして背筋を走る冷たい汗とで、風間はぐったりとしていた。
 まともな返事もあまり期待できそうにない。むしろ遠隔操作で沈静剤を打ち込まれ、それどころではなくなっていた。
『あの状態で逃げて、挙句倒すとはな………XM3とは凄いな。いや、君達の判断応用力が凄いのか?』
『どっちもさ。XM3だけでは無理だし、私達の判断応用力だけでも無理だったさ。あの状況を打破するにはね』
”迅雷”の衛士の賞賛に、一切の謙虚さを含まず宗像はそう答えた。
『こっちはほぼ相打ちかい?なら、後は涼宮に頑張ってもらうしかないねぇ』
 宗像機はほぼ全損状態であり、風間は身体的理由から戦闘離脱。これでは援護しに行きたくとも行けるわけがない。
 仮に行けたとしても、自身の体も風間ほどでないにしても拒否反応を示している。
 この勝負、完全に涼宮 茜に任せる形となり、宗像は自身の不甲斐なさに軽く舌打ちした。
『後は任せるよ…涼宮………』
 後輩に頼るしかない自分に、軽く苛立ちを募らせるのだった。



「あー、そっちは終わったみたいやね。でも相打ち?って、こりゃ凄い!あんな状態から脱出して倒せるってどんな判断!?いやー、これが特殊部隊の実力ってやつですかぁ。感心することこの上なしだね!」
 HQでは香月の隣でまたしても大の大人約40歳が4歳児のように驚きはしゃいでいた。
 鬱陶しい。
 もう1度云おう。
 ただ鬱陶しい。
 勝負事でいえば、4対3が2対1に減っただけの話。とはいえ4対3ならまだ腕次第で覆すことも可能であったが、2対1では話が別だ。
 4つの眼と、2つの眼とでは圧倒的に見れる範囲が違う。
 4本の腕と2本の腕ではまったく数が違うように。
 体が2つあるのと1つしかないのとではできることが限られているように。
 このような少人数での場合、その差は絶望的と結論付けても問題ないほど、大きな差となる。特に両者が熟練者であればあるほど。
 それを覆せる可能性を秘めているのが茜が駆る”九尾”と呼ばせるほどの数を有する試製跳躍ユニットなのであるが、如何せん、今はどうにもできない。
「それはそうと、いい加減残りの2機についての説明をしてもらえる?」
「あぁはいはい只今」
 感情の機微を棒グラフで表示するなら、ハイテンションから直滑降で一気にニュートラルに戻るような勢いで、大神の態度は一変する。
 ………流石に慣れ始めてきた自分に軽く眩暈を覚える香月。
「絶賛被弾率0のあの機体がさっき話した岩谷さんが駆る”雷電”だね。
 使ってる炭素帯は”ルート・1”。他の3機が使う炭素帯は、全てあれから派生させた代物ですわ。
 一番最初の根元になる奴だけあって、目指された機能はあくまで『既存炭素帯の性能向上』ってだけ。
 まぁ、元々炭素帯は結構荒い作りになってるからさ、綺麗に作らせるだけでもそれなりに性能は向上したりすることもあるわけですよ。ルート・1はまずラインの整理整頓とか、工場自体の性能を良くさせるためと、そういう側面もあったりしますねはい。
 特に日本の工場ってさ、職人任せな部分あるでしょ?そういう部分をなるだけ潰してちゃんと規格化して、誰にでも製造規格に入れられる環境を作らないといけないわけでね?そもそも一品モノじゃなくて工業製品なんだから、武御雷レベルでもない限り職人に頼るべきじゃないんですよ。そりゃある程度の技術後継を行うためにも職人は欲しいけどさ、それは一品モノのために頑張ってもらうべきで、量産前提の代物にはコスト以外かからないわけでね。そんな一品モノ級を大量生産できるわけねーってなもんで、まずは既存ラインのレベルから性能改善を目指したのが”ルート・1”ってわけです。キャハっ」
「製造ラインを改善した程度で、そんな簡単に性能が上がるとは思えないけど?」
「それがどっこい!ラインの整備ってさ、結構ブン投げられてるわけ。特に職人方に。
 そりゃある程度は製造規格を設けて製造させてるよ?でもさ、結構危険な作業を職人のノウハウだけでやってることが多いわけ。ワタクシはそこに作業手順を文章化してそれを徹底することって話をしただけなんだけど、それだけでも結構まともなのが作れるようになったのよ。多少の誤差も生むけどさ。それまでの不良品の数に比べたら半分以上減ったさ。データも取らせて、昔製造した物と比べても精度を3割も増した状態でね。
 精度が上がるってことは、それだけで性能を引き上げるのは車でも戦術機でも同じさ。頑丈さにも影響してくる。
 当たり前のことだけど、それがねぇ。ニンゲンって中々そういうの守らないから。楽しようって考えが必ず出て来るし、それ自体はいいんだけどさぁ、手抜きと楽をするって基本別でしょ?そこを混同してるのが多いわけで、ワタクシはそこをまずは分離させる作業を―――」
「………それで、”雷電”は結局どういう機体に仕上がってるわけ?」
 無駄に長い話の割に、具体的な説明は何故か触れているようで触れてない。そんな大神の説明に苛立ちを隠しながらも核心を話すよう促す。
 そんな香月とは対照的に、「アイヤー」と頭を叩きおどけてみせる大神は、やはり人を馬鹿にしているとしか思えない。それはさておき。
「あのF-15の素地は日本産だから、最新仕様のストライクさんに比べたら性能的にはかなり低い。
 でもね、”ルート・1”の性能はウチで作ってる分と比べても2割は性能改善した代物だよ。耐久性能は製造精度の改善によって3・4割も改善してる。連続使用時間で云えば、ストライクさんにだって負けない自信ありますよ!」
「そんな局所的な改造で性能差を覆せるって考えてるわけないでしょう?
 戦術機ってそんな単純な代物でもないわよね」
 戦術機は多くの機能を複合し集結させた多目的機械である。故にたかが1つの機能の機能を向上させたところで全体的な性能向上には繋がらない。
 複合的に、多数の機能を向上させることで、戦術機という機械は初めて性能が引き上げられるのである。
 それは横浜基地で絶賛改造中の”九尾”も同じなのであるが、あまりにも自爆的な発言なのであえてそこは見なかったことにして流す。
「まぁ、ウチの売りはあくまで炭素帯ですんで。他は他所にやらせりゃいいんですよ」
 そんな香月の言葉に対し、にこやかに大神はそう返した。
 その対応に、香月は溜息を吐きそうになる。が、それをぐっと堪え話題を変える。
「それじゃもう1機………もう半分壊れてるけど、あっちは?」
「”遠雷”ですかい?あっちは”ルート・1”の直系強化であんまり面白味はないんですよー」
「それだけ?」
「あーすっごい呆れてる、これでもかってくらい呆れてますね!?仕方ないじゃないですかー、直系強化なんてどれも面白いものに出来上がるわけないってばさ!
 これでも頑張ってるんだよ!あれでも!そりゃハイ・ローミックスの”ロー”を”ハイ”に持ち上げるのが目的にはしてるけどさ!それだけにどこまでも地味なんだってば!」
「叫ばないでもらえる?まだ模擬戦中だから。後、その無駄な動きも自重してもらえると助かるわ」
「え、あ、はい。すみませんごめんなさい」
 地味に叫ぶ毎、話が長くなる毎に奇妙な踊りをしていた大神。流石に鬱陶しくなってきたので釘を刺すのだが、途端に規律正しい動きで謝罪してきた。
 …これで何度目だろうか、流石に疲れてきた。
 もしやすると、自分も他人から見ればこんな感じになるのだろうか?と頭の中を過ぎるが、そんなことを気にしても埒が明かないと早々思考を切り上げる。
「とりあえず、”ルート・1”と”ルート・1.5”はまとめると『柔軟性と馬力の両立』だね。
 柔軟性と馬力は両立するようで中々しない。これは人間でも同じなのは解ってるよね。
 柔らかでしなやか、かつ馬力のある理想的な筋肉を持つには炭素構造に大きく踏み込む必要がある。で、その前段階としてさっき話した工場の整備と各規格の標準化という方向で土台を作り、余分な不安要素を排除したわけですわ。
 そこから作られた炭素帯を解析し、構造の状況を算出。さらにそこから如何に精度が高く、かつ柔軟性を求めていったのが、”ルート・1”と”1.5”になります」
「なるほど………今の話を聞く分だと」
「ダンッ!ゼンッ!”1.5”がお買い得ですな!副司令、これ買いましょう!」
「黙ってなさい」
 突然割り込んできた例の技官が観客席から身を乗り出し叫ぶ。それをひと睨みしながら黙らせる香月。
「しかし無難ね。アンタみたいなのはそういうのは後回しにすると思うんだけど」
「あっはー、よく言われますわ。気狂いのくせにやることがせこいって!
 そりゃぶっ飛んだのはいくらでも考えてますよ?炭素帯に制御装置積ませようとかカーボンナノチューブ・アクチュエーターとか。というか絶賛鋭意製作中ですけどね、この2つ。全然作れてないけど。
 でもさー、そういうのって下地があってなんぼでしょ?と云いますか、一人ぶっとんだの開発しても他が作れないんじゃ意味ないですやん。そりゃ道筋作りゃ誰でも材料があれば作れるけど、量産することを考えたらただ斬新なだけじゃろくな製品は作れないわけですよ。
 結局従来の炭素帯だって焼成技術がいい加減でイマイチ性能を引き出せてなかったしねぇ。あ、ちなみに焼成技術がいい加減ってのは、1つのプレートに対し密度が部位によって異なることを云います。知ってるって?すみません出過ぎた真似をしました。
 ともかく、何か新しいのを作るためには、まず全体の技術向上が大切って話なわけでして」
「云い訳はもう結構よ。そんな説明をせずともあの機体を見ていれば解るようにしてるのよね?なら必要最低限の話だけで済ませなさい」
「あぁ~じゃぁこれだけは云わせてもらいます?」
「云うだけならね」
「買ってもらえます?」
「考えさせてもらうわ」
「それ関西じゃお断りの返事じゃないですかー!」
 無駄に騒ぐ大神にそろそろ警備兵が動きだそうかとした時―――映像で進展があった。
「………そろそろね」
最終更新:2011年07月15日 10:20
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