互いに食い合うかのようなその動きは、猛獣と凶鳥の壮絶な闘争にも似ていた。
小回りの利かない”九尾”はその鋭い機動を最大限生かし、対する”雷電”はその機動を執拗で粘つくいやらしい手口で封じていく。あえて砲撃を外して逃げ先を作り、本命の一撃を叩きこむ。
それを嫌う茜はより鋭く機動を尖らせ、誘いに乗りながらもそれを超える戦術機動で乗り越えていく。
それを見た岩谷はより執拗さを際立たせる。
それは文字に起こせばなんてことはないただのイタチゴッコに見えるが、実際に起きていることはより高度で個人技が際立つ、衛士にとってはある種の憧れとも云える境地にまで達していた。
一寸上昇したかと思うと空中で前転し、逆さになった状態で”雷電”を狙撃する”九尾”。これは担架システムに突撃砲を装備しない突撃前衛ならではの動きだ。
噴射跳躍は常に前へと進みながら機体本体は後ろに向ける。主腕で済ます場合と比べ乱数加速がより乱れるその機動は、人間に対しても通用するものであった。
”雷電”はその機動そのものには特に驚きもしなかったが、8基の跳躍ユニットを持ちながらできるとは思わず、むしろそちらの方で驚きを隠せなかった。そのせいかは定かでないが、挙動が追い付かず、2・3発右肩装甲に直撃する―――判定は損傷軽微。
”九尾”はその状態から一度噴射を切り、機体本体の姿勢を戻しながら噴射方向を修正。一見錐揉みするかのような動作に見えたが、しかし一度大きく跳躍ユニットを広げて姿勢修正を終え―――地面へ向かって加速っ!衝突スレスレのところで機首を起こして激突を免れる。
一度物陰に身を隠した茜は、即座に機体ステータスを開き状態を確認。
―――危険域はないまでも、かなり厳しい状態の箇所が多く見受けられた。
特に先ほどやった機動は、本体と跳躍ユニットの間にあるアームに高い負荷を与えていたようだ。通常であればこれほど大きなダメージとはならないのだが、その数は4倍。重量もそれに比例する。
このままではほっといても自滅だろう。しかし、今はどうすることもできない。
「………っ!博士、まだですか!?」
一呼吸つけたからか我慢の限界なのか、つい香月に強くあたるように催促してしまう。
香月はそれを受け答えるのだが、その口調はいつも通りマイペースだ。
『焦らなくてもやらせてるからもう少し引き延ばしなさい。向こうもそれを狙ってるでしょ?』
「それは……そうです、けど」
直接的な機動制御は負けてないと確信している。だが、作戦の組立はどうにも向こうの方が2枚は上手だ。
追い込んだつもりでも、まるで暖簾に腕押し。柳に風だ。
しかもそれを向こうが誘っている。最初はこちらが誘導していたのにも関わらず、だ。
こちらの思惑を利用する、あるいは読む技能がすこぶる高い。まるでこちらの考えが見透かされてるかのようだ。
しかもそれらが今は、全て時間稼ぎのために使われている。わざと砲撃を外して、なおかつ自機の特性を見せるように動いている。XM3を積んでいないのによくもやるものだ。
どれだけ人間と戦ってきたのか―――そう一瞬思うが、頭の中からかなぐり捨てる。今はそれを考える時ではない。
そんなことことを考えながらも”九尾”には36mmのマガジンの交換をさせる茜。まだ装填してある分には400発近く残ってはいたが、次やり合えばすぐに弾切れを起こす程度の数だ。戦術機動中にマガジン交換というのは愚挙でしかない。
ついでに残りのマガジンを見る―――が、
「これで最後………か」
『時間は云えないけどもうじき”出来上がる”わ。それまで避けてなさい』
「了解…っ!」
返事をすると同時に飛び上がる”九尾”。直後、今しがた居た場所に120mmの徹甲榴弾が突き刺さる。
お礼とばかりに120mmの散弾が飛んできた方角めがけ2射。距離があり過ぎたのか、当たりはしてるようだが拡散し過ぎて意味を為してない。
『最初は緩急のない単調な機動だと思ったが、思いのほか飽きさせない良い動きだ。しかしどうにも序盤にあった思い切りがないな。何か企んでるのか、それとも怖気づいたか、あるいはこちらの特性を見たいのか…』
岩谷は誰にともなくそんなことを口にする。
しかし同時にこうとも考えていた。
(最初と最後はありえそうだが少なくとも2つ目、怖気づいたということはないだろう)、と。
動きに澱や恐怖に取りつかれた衛士特有の”揺れ”も、勝負を投げた者らしい投げやりで緩慢な動きは見受けられない。如何に機械の塊とは云え、人型である以上ある種の”無駄”や”揺れ”はどうしても出てくるものなのだ。
しかし”九尾”のその動き、機動には間違いなく明確な意思と鋭さがこもっていた。
つまりそれは、目的ありきの動き。諦観の境地に至った者の動きではない。
『だが、そう遊んでる時間もないな』
タイムリミットをみれば既に10分を切っていた。
いい加減食い潰しにかからなければ時間切れになってしまうだろう。それはそれで問題ないが、まだ手の内は見せ切ってない。そういう意味では問題が出てくる。
『では―――蹂躙する!』
「え―――なによ、それ…!?」
ロケット・モーター起動―――爆音を響かせながら”九尾”に迫る”雷電”。
急に噴射跳躍を使い出す”雷電”に面食らう茜であったが、実は問題は次にあった。
上方へと飛ぶのはなく、ビル群の間をすり抜けるように疾駆してきたのだ。激突寸前のところをすり抜け、時には瓦礫を蹴って直角的な旋回をしてみせる。
”撃震”ほどでないにしても鈍重になっているであろうその機体で、それを感じさせない機動は脅威と言わざる得なかった。
「市街地でそんな動き…!」
高速機動でしかも遮蔽物が多い市街地で。そんな状態でもなんら問題ない機動をして見せるのは衛士の腕か、あるいは機体に使われている炭素帯の性能故なのか。
しかし………そのどちらにしても、
『この程度で驚くとはな―――』
「―――とか思ってんじゃないでしょうね!?」
一気に間合いを詰められた”九尾”。しかしそれは、その機動は、涼宮 茜にとってはさして驚くほどでもなかった。
接近直前に上方へ飛び、全砲撃兵装によるトップアタックをかける”雷電”に対し、その股下を潜るように飛び出す”九尾”。それを追撃しようと前転しながら射線軸に捉えようとする”雷電”だが、さらに垂直気味に跳躍する”九尾”を捕捉し切れなかった。
そして今度は”九尾”が上方より仕掛けるッ。
先ほどと同じ後方砲撃機動で両膝の36mmチェーンガンを狙撃。即座に破損判定を受けたユニットをパージし身軽になる”雷電”。次に腕を狙われるが、反撃に120mm散弾を打ち込み、”九尾”は突撃砲を盾にして致命打を避ける。突撃砲は破壊判定を受け、その間に姿勢を整えようとすると―――
「遅い!」
『!?』
跳躍ユニット8基分の推力と、重力加速を合わせた”蹴り”が飛来する!咄嗟に主腕を縦に並べてガードし、しかし加速で倍加された質量に押され、そのまま地面に叩き落とされた。
落ちる途中で”蹴り”を止め距離を取った茜は、相手の出方を伺う。
(あの程度の機動は驚くに値しない………機体が持つ特殊な兵装は驚くけど、機動程度では驚くほどじゃない!)
茜にとって、先ほど”雷電”が見せた機動は、決して手を止めてまで驚くほどのものではなかった。
”あの程度”の機動は見慣れていたから。より突拍子もない機動を知っていたから。
BETAと同じくらい、その発想に至る基準が解らない衛士と何度も訓練を積んできたから。
だから、この程度の変則性は驚くに値しない。
『ふ………くく………っ』
土煙が晴れると、そこにはまだ墜落したままの”雷電”が転がっていた。
『なるほど………
戦術機で”蹴り”か…ブレードを付けてるわけでもないのに”蹴り”を使う……中々出来ん判断だ』
上半身だけ起き上がらせると、両腕に装着されていた120mmユニットが粉々に砕けた。
『空中に居たのと、ユニットの強制パージの反動、そしてこの試作炭素帯”ルート・1”がなければ両主腕が脱落していたな』
そう語るが、実際にはその両主腕には深刻なダメージが入っている。が、その程度の事では戦闘をやめる理由にはならない。
一方茜の方は、ここまで邪魔な砲台を潰せば、後は突撃砲がなくとも近接長刀で対応できる―――そう判断し、左主腕に今まで使っていなかった担架システムに積みっぱなしの長刀を抜き放つ。
「いくわよ!はぁっ!」
『―――ッ』
8基のロケット・モーターで一気に間合いを詰め、格闘戦の領域に持ち込む。即座に”雷電”は突撃砲を撃ち込むが、射線を読んだ茜は当たっても問題ない肩装甲と腰装甲にずらし致命打を避ける。そのままお返しとばかりに”九尾”はその間合いを完全に埋めて”雷電”の突撃砲を斬り落とした。
「さぁ、もう武器はないよ!?」
完全に丸腰となった”雷電”に対し一気に長刀による格闘戦で切り刻んでいく。それをギリギリのところで回避する”雷電”だが、装甲は徐々に、徐々にと削られていく。
勝利判定も時間の問題―――誰もがそう思った時、
「はぁ―――ぇ?」
『憤ッ!』
最後の一撃とばかりに横薙ぎの一閃を放とうとした刹那、”雷電”が前進し”九尾”の両肩を掴んだ。そのまま噴射跳躍でその横薙ぎを回避し、しかし機体はそれほど高く跳躍せず倒立し、隙だらけとなった上方背面から―――踵が振り落とされた!
「か………は―――ッ!?」
衝撃吸収機構を超過する振動が全身を襲い、立て続けに地面に叩きつけた衝撃が茜を蹂躙する。
≪ヴァルキリー・1、背面強打。本体損傷軽微、担架システム基部損傷判定≫
衝撃に眼を回す”九尾”に、ゆっくりと”雷電”は近づく。
そしてうつ伏せ状態から動けない”九尾”の背にあるもう1振りの長刀を掴み、むしり取った。
『今の蹴りはお返しだ。私もよく使う手なのでな』
戦術機の脚部というのはその自重や衝撃を吸収しなければならないため、必然的に強度が他の部位よりも高くなる。
それは激しい運動を行う戦術機にとって非常に大切な生命線であり、前線国ではこの部位の強化が常に課題となっている。
しかしある観点、格闘戦の視点で見ると………脚部ほど頑丈な部位はなく、そしてこれ以上ないほど立派な質量兵器として見ることができるのである。
無論それだけに扱うには技量も要るし、使いどころも限定される。それを少しでも解消しようとしたのが、日本の00式”武御雷”やソ連製戦術機を始めとし前線国のトレンドとなりつつある装甲にブレード・エッジを設ける方策でもある。
しかしそうは云っても、非武装である事が多い脚部を武器にするのはダメージ蓄積もあることから極力避けるべきなのだ。
にも関わらず、”雷電”を駆る岩谷は躊躇せずやってのける。しかも、仕返しのためだけに。
豪胆と呼ぶべきか、馬鹿と皮肉るべきか。
「つぅ………!」
『良い腕だけに実に惜しかったな、詰めが甘かった。
過重量及び過体積の試作ユニットが邪魔して踏み込め切れなかったのが敗因だ。
余裕を見せず噴射跳躍で一撃離脱に専念すれば勝てたものを』
「く…っ」
わざとスピーカーを起動させ、直接茜に何故押し切れなかったのかを語る。
8基分の跳躍ユニットはそれだけで重量がかさみ、ましてや格闘戦を行おうとすれば重心がその分後ろへ流れ、踏み込み切れなくなる。通常の2基分では本体の方がまだ重いため露見することはなかったが、8基分でははっきりと出てしまう。
思い返せば、この所噴射機動ばかりにかまけて基本的な部分が疎かになっていた。決して蔑ろにしていたわけではないが、1人では格闘戦の訓練でできることなど高が知れている。また、錬度の高い衛士との訓練を最近していないのも原因の1つかも知れない。
が、それらは結局云い訳だ。”雷電”の衛士が語る通り、詰め込みが甘かった。これはどう云い繕っても覆せはしないだろう。
『しかしまぁ、この茶番もここまでだ』
そう語ると”雷電”は長刀と逆手に持ち、切っ先を”九尾”の管制ユニットへと立てる。
後は、振り下ろすだけで勝負は決まる。
誰しもがそう思った―――
『―――待たせたわね涼宮。跳躍ユニットの可動制御プログラムの書き換えが終わったわ。振り回しなさい』
「了解ッ!」
『!?』
ゆっくりとその腕を持ち上げた直後、爆音が響き土煙が舞い上がった。
咄嗟に飛び退き距離を取る。状況把握するため一時センサーを索敵モードに切り替える………と、上方30メートルの所でホバリングしている”九尾”が映った。
その姿は、背にしている太陽と重なり、あたかも日輪を背負う神像のようだった。
その姿に、思わず見入ってしまう岩谷。
『いい涼宮?アンタの依頼通り細かく動かせるようにはしたけど、それでもかなり大雑把な状態よ。いつバグが出てきてもおかしくない上、これまでの機動で大分負荷がかかってるわ。バグにせよ機体側の問題にせよ、長くは保たないからそれに注意して』
「了解!」
香月の説明が終わると同時に”雷電”へ向かって加速する。
『―――んっ!?』
岩谷は変化に気付く。が、それを考えるよりも先に迎撃することコンマ数秒の間に判断する。
噴射跳躍による加速と自身の質量を合わせた重い一撃をなんとか鎬を激しく削りながらさばく。が、通り過ぎた直後に出鱈目なモーションで180度方向転換し、その旋回運動を利用した薙ぎ払いが繰り出される。それを横へと噴射跳躍と長刀を盾にする事で逃れるが、さらに”九尾”は獰猛な肉食獣の如く食らいつく。
つい先ほどまでと違い、跳躍ユニットの動きがより有機的だ。それまでが殆ど決められた枠組みの中で動いていたのに対し、今はそれぞれに意思があるが如く個別に動きこの出鱈目な動きを実現している。
「く……っ……んぉ…!」
直線だけでなく曲線を描くその機動は、機体本体だけでなく茜にも苦痛を強いていた。
動けば動くほど身体にかかる負荷は大きくなり、しかしこの動きこそがこの”九尾”の本領であると理解しているから、それを続けねばならない。
苦しくとも、諦めるわけにはいかなかった。
バレルロールで間合いを詰め、そのまま流れるように通り過ぎる一瞬を狙って左主腕を切り落とす。
上も下も、右も左もないような機動で追いつめられる岩谷は、少ないリソースを使って対処方法を模索する。
『跳躍ユニットとモーションの基準が出鱈目…となるとある程度出来ていたコマンドを消したのか?
…いや、それだとこの動きは説明できん………ではプログラムを書き換えた?この短時間で?』
そう簡単にできることでもあるまいに…と思ったが、即座に別の可能性を見出す。
入力に対する反応速度を限界にまで持ち上げれば出来なくはない。
特に制限時間があるなら、わざわざ何時間も戦闘することを念頭に置いた安全装置を律儀に守る必要はない。余裕を持たせることで負荷に対し強い関節を得られるのなら、その余裕分を引き出せば相応の機動性能を得られる………そういう事をしたのか。
『どちらにせよ………そう長くは保たんか…ッ!』
”九尾”の駆動系は恐らく限界に近いだろう。”雷電”も大分酷使はしているものの、この程度は実戦と同じでまだまだ余裕はある。
だがこの猛追には岩谷もさばき切れない部分が出てきた。長刀のステータスも既にイエローへと変わっている。しかも防戦一方な上押し返すとっかかりも見つからない。
「その刀、返してもらうわ!」
『ッ!』
右に左に振られ、直後下からの斬撃が手首を襲い、咄嗟に機体を引いたが長刀特有の柄部付近のUの字部位に引っ掛かり、強い衝撃により破砕防止機構が作動して刀を手放してしまう。返す刃で全体重を乗せた袈裟斬りを放つ。が、直後に噴射跳躍で距離を取る。
それに食い下がり、追撃しようと動いた直後、
『もらいましたよ、九つの!』
突如、今まで潜伏していた”遠雷”が背後より奇襲を仕掛けてきた。
手には突撃砲としての機能を失いながらも、槍としての機能がまだ残っている”銃槍”を握らせ、そのまま突進してくる。全体の体積が減ったため、その加速は通常よりも明らかに早い!
「その程度!」
全身にかかるGに耐えながら、跳躍ユニットの数で物を云わせた急旋回をかける。その旋回速度を利用し”銃槍”を弾き、再度返す刃でその胴を一閃!
≪フェイク・1、腰部に致命的損傷。上下分断により機能停止。撃墜判定≫
その回転の勢いのまま、再度”雷電”と向き合う”九尾”。
『なんと………っ!』
完全…とは行かないまでも、ほぼ意識の外からの奇襲のハズだった。死角を突いたハズだったのだ。
戦術機という兵器の特性上、隠密行動はかなり無理しなければならないのは仕方のないことである。しかしモーションの出かかりを狙った上で、しかも一番気付き難い背後からの一直線の奇襲だったのに。
その対応力、反応速度に”雷電”・”遠雷”の衛士は驚く。
今までとはまったく異なる違う動き………これがXM3の性能なのか、と。
『さて…どうした、ものか…』
腰部装甲に格納していた短刀を抜くが、如何せん状況は大分不利だ。調子に乗って説教をのたまってしまった以上、向こうは噴射跳躍を利用してくるだろう。
長刀よりも短刀の方が小回りが利いて有利と思えるが、錬度が同じかあるいはもっと高みにいるような衛士であればその限りではない。ましてや跳躍ユニットという増幅装置があれば、生身と戦術機の違いはより如実に表れてくる。
しかもここは密閉空間ではない。屋外で、しかも周囲の瓦礫はそれほど背の高いものはない。
さらに云えば噴射跳躍による機動性能は明らかに”九尾”が優勢。ここまでの間、散々砲弾をばら撒いたというのに目ぼしい命中が少ないのは、目測や予測を誤らせるあの跳躍ユニットのせいだ。
………等と考えてみせるものの、劣勢など人類にとっては当たり前の事である。その程度で戦意を削がれる精神なら、大陸時代に死んでいる。
『対象方法は………”これ”しかないか』
そう呟いた直後―――”九尾”が動く。
細かい制御に移行させたせいか、直線だというのに妙に動きにばらつきがある。というより、直進してこない。
が、それでも脚の速さは主脚機動の比ではない跳躍ユニットであれば、その程度は細かいことでしかなった。
故に、後ろに下がる。
「はぁ!」
『ッ!』
振り下ろされる長刀を、今度は前に出ることで懐に入り、一撃の重さが軽減される手元に近い場所で短刀を使って受け止める。その程度の反応は予測済みな茜は、片手を引かせると同時に短刀を装備させ、殴りつけるように”雷電”の腕を斬りつける。
それをさらに短刀でさばいて見せた”雷電”は、反撃の時とばかりに突き放つ!それを短距離水平噴射跳躍により真横に回避、長刀でその大きな肩ごと斬り裂く。
「ッつ!やっぱり堅いかぁ!」
しかし部分装甲としては一番堅く作られている肩装甲は、幾分か食い込ませたものの、その一撃を弾いて見せた。
茜はめげず、さらに格闘戦を仕掛ける。試作跳躍ユニットの機動を足がかりに”雷電”を追いつめていく。
『なるほど………ッ、これがこの衛士とXM3の本領ということか………!』
徐々にOSによる反応速度の差が顕在化していくことを実感する岩谷。
相手の動きを先読みし、事前にいくつかのパターンを対処できるようモーションを組み立ててはいるが、それも流石に限界に近づいてくる。
下手に間合いを開けば”九尾”の加速と重量が乗りやすい長刀の餌食になるが、かと云ってこうも密着接近戦を強いていても、上記の通りもうすでに限界に近い。
ではどうするか?
『………決めるかッ』
何かを決定した直後、ロケット・モーターを点火し、後ろへ跳躍。一気に間合いが広がる。
しかし何かするわけでもなく、やはり短刀を構えるだけだ。
「なら―――これで、最後よ!」
短刀ごと叩き伏せる―――ッ!
そう意気込み、8基のロケット・モーターを点火。強引にスピードが乗り暴れ出す機体を操りながら自身の短刀を投げ捨て、両手で長刀を握る。長刀としての最大威力を引き出すため正眼に構えを取る。
加速は暴力的で、しかしそれも刹那の間、長刀を振り上げる!
「もらったぁ!」
『―――ッ!』
短刀を基点に両手で受け止めようとした瞬間、”雷電”が僅かに後ろへ跳躍する。しかしそれは胴体への直撃を免れたものの、
≪フェイク・1、両腕切断≫
(これで勝―――)
完全に勝利を確信した茜。
が、しかし。
突如、機体に異常な衝撃が走った。
「え!?」
≪ヴァルキリー・1、両腕破損。長刀脱落≫
「なんで!?」
急な判定に思わず声を荒げながら、自機の腕を見る………
そこには、金属でできた、長い”触手”が貫き、絡まっていた。
それは見る者が見れば、”迅雷”が振るっていた長刀のそれに酷似しているのが、一目瞭然だった。
しかし………問題はその先にある。
それがどこから伸びてきているのか。その元を辿ると―――”雷電”の肩から、フードを突き破って出ているではないか。しかも、両肩から。
”それ”は”九尾”を絶対に逃がさぬと云わんばかりにガッチリと絡みつき、身動きがろくにできない。
「なによ、これ!?」
そう叫びながらも後退しようと跳躍ユニットを吹かす。が、腕に巻き付けられた触手が引っ張られ付き合うかのように共に飛び上がる”雷電”。
『これで終わりだ』
触手は器用に動き片腕をもぎ取り、続けて頭部を斬り落とし、さらに両足を切断する。
一切の慈悲もない所業の最後に、残った片腕をも破壊し、その切っ先は胴体にある管制ユニットへ伸び、
≪ヴァルキリー・1、全損判定。戦闘続行不可能、撃墜判定≫
HQの事務的な判定報告が全体に響き渡る。