「―――そしてこれが、業羅一押しの隠し玉”多連刃自在可動腕”、英名商標”センチネル・アーム”なわけ!」
デ・ブリーフィングの際、紹介にあずかった大神は”雷電”の機体構成データを表示しながら堂々とそう云った。
各機体の説明は既に終わっており、最後に残されたリーダー機であり、そして最後の最後に隠し玉を見せた”雷電”の説明を今行っている。
一直線にすれば機体全高とほぼ同じの長さ。一見程度なら先にも説明した通り”多連刃長刀”とほぼ同じだ。
違いがあるとするなら、そこに伸縮機能が無い点。
そしてこの関節肢がそれぞれ独立して動かせること。
続けて画像が3点追加され、そこには巻貝のように丸まり盾として機能している画像と、戦車級を斬り裂いている画像、そして”九尾”にやって見せたのと同じく両主腕を絡め取られ機能を奪われる
戦術機の画像がステータスの上に表示された。
それが如何なる機能を発揮するのか、大神が檀上に立ち無駄な動きを追加しながら説明していく。
「まぁ見ての通り体感してもらった通りの機能がこの装備の大まかな仕様なんだけど、とりあえず説明させてもらうよ。
この巻き毛か巻貝みたいなのが待機状態で、通称シールドモード。模擬戦中に見せた通り、長刀を弾く程度の衝撃吸収と強度を持てるよ。
当然そんな連続で耐えられる強度はないけどね、無いよりマシだようん。
んで、この戦車級を斬り裂いてる画像通り、この”多連刃自在可動腕”には斬撃能力も備えられている。これは両主腕が突撃砲で埋まった状態、特に日本機はその状態での戦車級の対策を仲間の連携と自身の判断能力に依存してる現状を鑑みての機能。
間合いは当然短いけど、わざわざ突撃砲を投げ捨て短刀を抜く動作をするよりかは早い。でも関節剛性はそれほど高いわけじゃないから、これも連続使用は控えるべき挙動。
んで、最後のホールド機能がこの”多連刃自在可動腕”最大の特徴だね。近接格闘において相手の主腕を抑える事ほど有効な手立てはない。これは人間を模し武器を振り回す以上避けられない宿命だ。
しかしそんなことは普通は許さないし、当然対策も取られる。ソ連機や00式”武御雷”に見られるカーボンエッジがそれに該当する。
で、問題はそんな相手に主腕を2本も使って相手する必要があるのか?というところで。その回答の1つとしてこの機能を業羅は挙げるわけですよ。
腕が足りなけりゃ増やせばいいじゃない、刃物持ちなら腕自体も刃物にすればいいじゃない、的な。
でもさぁ、当然こんな仕様だから何度も云ってるけど強度不足なわけ。正直5回も各関節使用しちゃうと全交換確実でさぁ、使い物にならんわけよ。なんか良いの無い?ホントに」
無駄に長い説明の締めくくりが懇願という一種の嫌がらせが終わると、業羅が大神の首根っこを掴んで何度も頭を下げながら退場していく。
微妙な空気を残した状態でも、真面目な話は続いていく。
「双方の関節疲労劣化を計測した結果、平均的にも業羅側の方が進み具合が遅れているデータが出ました。
対して基地側、特に”九尾”の劣化進行具合は前回の比ではありません。再度オーバーホールしなければ使えない状態です」
簡易観測による経過時間での劣化進行度をグラフで表示しながらピアティフは説明していく。
”不知火”の劣化具合を基準値とし、それらを説明していくと、
「………以下のデータを統計解析ソフトに通した場合、業羅側の炭素帯は基準値を上回る強度を確保しています。
ただし、これらは衛士の技量も含まれているので、そこは頭に入れておくべきというのが、技官達の一致した見解でした」
ひとしきり説明を終えると、最後に香月が前に立つ。
「まぁやり合ったのが一番実感出来てるとは思うけど、今回はそういう結果よ。
よくもまぁ恥をかかせた………とは流石に云えないけど、今回は良い経験になったでしょう。
後は今回のデータからどうするか判断するか話し合うからアンタ達は解散よ」
それを合図に両陣営の衛士達はブリーフィング・ルームから立ち去っていく。
最後にドアが閉められるのを確認したのち、香月は同じくこの部屋にいた技師の1人を呼び出す。
「で?」
「買いで」
「どれ?」
「1のと1.5乙を」
「その判断基準は?」
「信用できるトルクと強度、装甲にも使えそうなところ」
「そう」
必要な情報だけを聞き、香月は業羅 基樹と向き合う。
「中々興味深いものでしたので、幾つか回してもらえるかしら?」
「それはもう!優先的に回させていただきます。して…」
「何、もう金勘定?随分と気が早いわね」
「いえ………ひとつこちらからお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「業羅の神経はモーターブレードでも切り崩せないと云われるだけあって、随分と図太いわね。何、聞くだけ聞きましょう」
「はい、ありがとうございます。実はですね………この炭素帯を購入するにあたり、我が社の技術主任であるこの大神 忍をチームに加えていただきたいのです」
どこまでも急な事しかやらない連中なのか………香月は呆れた眼差しを業羅へ向ける。
それを平然と受け止める業羅。その笑みは一切の迷いはない。つい先ほどぱっと思いついたわけでもない。
最初から、こうするつもりだったのが良く解る。
それに対しどう切り返すか、どう答えるべきか、香月は考える。
試作品の扱いは思っている以上にデリケートである。明確な基準がないため、ちょっとした事でも不具合を発生させたり、性能低下に繋がったりもする。
さらには整備する際にも面倒を持ちこむ。流石に国際標準規格を使っているだろうが、先にも挙げた明確な基準、つまり整備する上での規格値が存在しないため、どの基準が適正なのかまったく解らないという事もある。
桶は桶屋とは云うものの、試作品はやはり作った場所がよく理解しているものだ。そうでなくとも00ユニット等規格値があってないような物を作っていると嫌というほど解っていた。
だが、だからと云って部外者をそう簡単に軍事基地の深部に入れるわけにもいかない。オルタネイティヴ第4計画の継続が決定されている今、ここは相も変わらず人類最高の機密地帯なのだ。そこを加味しつつ、この申し出をどう扱うか、どう切り返すか考える。
少なくとも、大神 忍という技術者の腕は信用して良いと考えられる。部品の欠点を自覚し、それをどう解消していくかの道筋も考えている節もある上、生産に向けた思考も回せる。その癖斜め上の発想もできる当たり、使い道はかなり多いと考えられる。もっとも、技術的な部分だけに限定すればの話だが。
問題があるとするなら、かの男の人格だろう。ハッキリ云って技官達よりも質が悪い。あれは騒ぎこそすれど、仕事への姿勢は正しいのが殆どだが、大神 忍は余計な挙動が必ず入る。これは後々面倒なことをしでかしてくれるに違いない。
しかしそれでも、あの炭素帯の性能は悪くないという意見は一致してるし、あれの特性をよく理解しているのは間違いなくあの男だ。
試製跳躍ユニットの調整と別件もある以上、あまりデータ取りにかまけている時間もないのが実情だったりもする。もっとも、試作品を使う以上データ取りに走らざる得ないのだが。
となると、引き取る方向しかないのか?本当にそれしかないのか?
………ならば、もう少し吹っかけよう。
「嫌よ」
「そこをなんとか!無論格安で提供―――」
「御断りしますわ」
「必要なデータならすぐに―――」
「そう簡単に部外者を立ち入れるのを許せる計画でもないので」
「試作炭素帯の資料も余分に包みますので」
「それなら購入分だけで十分よね」
「当社経由で手に入るコネを幾つか提供いたしますがどうでしょう?」
その言葉に、香月は反応する。
「裏社会に精通する業羅のコネ………ねぇ」
その反応に気付いた業羅はすかさず追い込みをかける。
「12・5事件、甲21号作戦、そして例の大作戦と規模の大きな作戦後だけに、色々使い切ったコネなどありませんか?
よろしければ、要請という形でこちらのコネを使えるようにいたしますが」
「コネってどれくらい?」
「そうですねぇ…」
誰にともなく、人前で堂々と耳打ちする業羅 基樹。特に気を害するようでもなく、しかしそこで囁かれる単語を余すことなく記憶していく。
そこで囁かれる団体・企業、果ては個人名をよく吟味し、そしてそれが決して損にはならないことを確認すると、
「………なるほどね。それならいいわ」
「ありがとうございます!勉強した甲斐があります!」
「でもそれじゃぁそっちの方が大損じゃない?上にはどう説明する気なのかしら」
この件で云えば、どう考えても損が大きい。むしろ利益は見込めないはずだ。
なのに、この男はそれを独断で実行した………少なくとも香月にはそう見えた。
「商いの基本ですよ。得よりも徳を取るということです。
如何に素晴らしい商品でも、買ってくださるお客様がいなければ商売にはなりません。
確かに損得勘定は大事ですが、それを支えているのは人であることを忘れてはいけませんよ」
誠意こそが売れる秘訣。口先だけの、得の話だけでは意味はない。
だからこそ、基樹は誠意を見せる。損をしてでも相手に尽くす。
「と、云う訳で今回の会話を録音したデータでございます。お納めください」
「………準備が良いのね」
「はっはっはっ、これも企業戦争を生き残るための手段ですよ」
脇から入ってきた大神が録音テープを渡してくる。何時の間にとは思うが、小型の集音マイクは割とありふれた技術である。別段おかしくはない。が、軍事基地の中で振り回していいものでもない。
人を見る眼があるのか、あるいは大胆なのか、はたまたただの馬鹿なのか。
………しばらく監視が必要かも知れない。余裕は殆どないのだが。
「それでは後日、3日以内に荷物を納入させていただきます」
「ワタクシも荷物なんかがあるので一度本社に戻らせていただきますわ。んじゃ!」
そう云って腰を低くしてこの場から去る業羅と、堂々と肩で風を切りながら去る大神。
そんな台風のような、ただの突風のような慌しい連中は、最後に扉を閉める音を残してこの基地から去って行った。
この時はまだ、香月はあれを入れた事に対し後悔することになろうとは………薄々感づいてはいた―――