その5

「―――そしてこれが、業羅一押しの隠し玉”多連刃自在可動腕”、英名商標”センチネル・アーム”なわけ!」
 デ・ブリーフィングの際、紹介にあずかった大神は”雷電”の機体構成データを表示しながら堂々とそう云った。
 各機体の説明は既に終わっており、最後に残されたリーダー機であり、そして最後の最後に隠し玉を見せた”雷電”の説明を今行っている。
 一直線にすれば機体全高とほぼ同じの長さ。一見程度なら先にも説明した通り”多連刃長刀”とほぼ同じだ。
 違いがあるとするなら、そこに伸縮機能が無い点。
 そしてこの関節肢がそれぞれ独立して動かせること。
 続けて画像が3点追加され、そこには巻貝のように丸まり盾として機能している画像と、戦車級を斬り裂いている画像、そして”九尾”にやって見せたのと同じく両主腕を絡め取られ機能を奪われる戦術機の画像がステータスの上に表示された。
 それが如何なる機能を発揮するのか、大神が檀上に立ち無駄な動きを追加しながら説明していく。
「まぁ見ての通り体感してもらった通りの機能がこの装備の大まかな仕様なんだけど、とりあえず説明させてもらうよ。
 この巻き毛か巻貝みたいなのが待機状態で、通称シールドモード。模擬戦中に見せた通り、長刀を弾く程度の衝撃吸収と強度を持てるよ。
 当然そんな連続で耐えられる強度はないけどね、無いよりマシだようん。
 んで、この戦車級を斬り裂いてる画像通り、この”多連刃自在可動腕”には斬撃能力も備えられている。これは両主腕が突撃砲で埋まった状態、特に日本機はその状態での戦車級の対策を仲間の連携と自身の判断能力に依存してる現状を鑑みての機能。
 間合いは当然短いけど、わざわざ突撃砲を投げ捨て短刀を抜く動作をするよりかは早い。でも関節剛性はそれほど高いわけじゃないから、これも連続使用は控えるべき挙動。
 んで、最後のホールド機能がこの”多連刃自在可動腕”最大の特徴だね。近接格闘において相手の主腕を抑える事ほど有効な手立てはない。これは人間を模し武器を振り回す以上避けられない宿命だ。
 しかしそんなことは普通は許さないし、当然対策も取られる。ソ連機や00式”武御雷”に見られるカーボンエッジがそれに該当する。
 で、問題はそんな相手に主腕を2本も使って相手する必要があるのか?というところで。その回答の1つとしてこの機能を業羅は挙げるわけですよ。
 腕が足りなけりゃ増やせばいいじゃない、刃物持ちなら腕自体も刃物にすればいいじゃない、的な。
 でもさぁ、当然こんな仕様だから何度も云ってるけど強度不足なわけ。正直5回も各関節使用しちゃうと全交換確実でさぁ、使い物にならんわけよ。なんか良いの無い?ホントに」
 無駄に長い説明の締めくくりが懇願という一種の嫌がらせが終わると、業羅が大神の首根っこを掴んで何度も頭を下げながら退場していく。
 微妙な空気を残した状態でも、真面目な話は続いていく。
「双方の関節疲労劣化を計測した結果、平均的にも業羅側の方が進み具合が遅れているデータが出ました。
 対して基地側、特に”九尾”の劣化進行具合は前回の比ではありません。再度オーバーホールしなければ使えない状態です」
 簡易観測による経過時間での劣化進行度をグラフで表示しながらピアティフは説明していく。
”不知火”の劣化具合を基準値とし、それらを説明していくと、
「………以下のデータを統計解析ソフトに通した場合、業羅側の炭素帯は基準値を上回る強度を確保しています。
 ただし、これらは衛士の技量も含まれているので、そこは頭に入れておくべきというのが、技官達の一致した見解でした」
 ひとしきり説明を終えると、最後に香月が前に立つ。
「まぁやり合ったのが一番実感出来てるとは思うけど、今回はそういう結果よ。
 よくもまぁ恥をかかせた………とは流石に云えないけど、今回は良い経験になったでしょう。
 後は今回のデータからどうするか判断するか話し合うからアンタ達は解散よ」
 それを合図に両陣営の衛士達はブリーフィング・ルームから立ち去っていく。
 最後にドアが閉められるのを確認したのち、香月は同じくこの部屋にいた技師の1人を呼び出す。
「で?」
「買いで」
「どれ?」
「1のと1.5乙を」
「その判断基準は?」
「信用できるトルクと強度、装甲にも使えそうなところ」
「そう」
 必要な情報だけを聞き、香月は業羅 基樹と向き合う。
「中々興味深いものでしたので、幾つか回してもらえるかしら?」
「それはもう!優先的に回させていただきます。して…」
「何、もう金勘定?随分と気が早いわね」
「いえ………ひとつこちらからお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「業羅の神経はモーターブレードでも切り崩せないと云われるだけあって、随分と図太いわね。何、聞くだけ聞きましょう」
「はい、ありがとうございます。実はですね………この炭素帯を購入するにあたり、我が社の技術主任であるこの大神 忍をチームに加えていただきたいのです」
 どこまでも急な事しかやらない連中なのか………香月は呆れた眼差しを業羅へ向ける。
 それを平然と受け止める業羅。その笑みは一切の迷いはない。つい先ほどぱっと思いついたわけでもない。
 最初から、こうするつもりだったのが良く解る。
 それに対しどう切り返すか、どう答えるべきか、香月は考える。
 試作品の扱いは思っている以上にデリケートである。明確な基準がないため、ちょっとした事でも不具合を発生させたり、性能低下に繋がったりもする。
 さらには整備する際にも面倒を持ちこむ。流石に国際標準規格を使っているだろうが、先にも挙げた明確な基準、つまり整備する上での規格値が存在しないため、どの基準が適正なのかまったく解らないという事もある。
 桶は桶屋とは云うものの、試作品はやはり作った場所がよく理解しているものだ。そうでなくとも00ユニット等規格値があってないような物を作っていると嫌というほど解っていた。
 だが、だからと云って部外者をそう簡単に軍事基地の深部に入れるわけにもいかない。オルタネイティヴ第4計画の継続が決定されている今、ここは相も変わらず人類最高の機密地帯なのだ。そこを加味しつつ、この申し出をどう扱うか、どう切り返すか考える。
 少なくとも、大神 忍という技術者の腕は信用して良いと考えられる。部品の欠点を自覚し、それをどう解消していくかの道筋も考えている節もある上、生産に向けた思考も回せる。その癖斜め上の発想もできる当たり、使い道はかなり多いと考えられる。もっとも、技術的な部分だけに限定すればの話だが。
 問題があるとするなら、かの男の人格だろう。ハッキリ云って技官達よりも質が悪い。あれは騒ぎこそすれど、仕事への姿勢は正しいのが殆どだが、大神 忍は余計な挙動が必ず入る。これは後々面倒なことをしでかしてくれるに違いない。
 しかしそれでも、あの炭素帯の性能は悪くないという意見は一致してるし、あれの特性をよく理解しているのは間違いなくあの男だ。
 試製跳躍ユニットの調整と別件もある以上、あまりデータ取りにかまけている時間もないのが実情だったりもする。もっとも、試作品を使う以上データ取りに走らざる得ないのだが。
 となると、引き取る方向しかないのか?本当にそれしかないのか?
 ………ならば、もう少し吹っかけよう。
「嫌よ」
「そこをなんとか!無論格安で提供―――」
「御断りしますわ」
「必要なデータならすぐに―――」
「そう簡単に部外者を立ち入れるのを許せる計画でもないので」
「試作炭素帯の資料も余分に包みますので」
「それなら購入分だけで十分よね」
「当社経由で手に入るコネを幾つか提供いたしますがどうでしょう?」
 その言葉に、香月は反応する。
「裏社会に精通する業羅のコネ………ねぇ」
 その反応に気付いた業羅はすかさず追い込みをかける。
「12・5事件、甲21号作戦、そして例の大作戦と規模の大きな作戦後だけに、色々使い切ったコネなどありませんか?
 よろしければ、要請という形でこちらのコネを使えるようにいたしますが」
「コネってどれくらい?」
「そうですねぇ…」
 誰にともなく、人前で堂々と耳打ちする業羅 基樹。特に気を害するようでもなく、しかしそこで囁かれる単語を余すことなく記憶していく。
 そこで囁かれる団体・企業、果ては個人名をよく吟味し、そしてそれが決して損にはならないことを確認すると、
「………なるほどね。それならいいわ」
「ありがとうございます!勉強した甲斐があります!」
「でもそれじゃぁそっちの方が大損じゃない?上にはどう説明する気なのかしら」
 この件で云えば、どう考えても損が大きい。むしろ利益は見込めないはずだ。
 なのに、この男はそれを独断で実行した………少なくとも香月にはそう見えた。
「商いの基本ですよ。得よりも徳を取るということです。
 如何に素晴らしい商品でも、買ってくださるお客様がいなければ商売にはなりません。
 確かに損得勘定は大事ですが、それを支えているのは人であることを忘れてはいけませんよ」
 誠意こそが売れる秘訣。口先だけの、得の話だけでは意味はない。
 だからこそ、基樹は誠意を見せる。損をしてでも相手に尽くす。
「と、云う訳で今回の会話を録音したデータでございます。お納めください」
「………準備が良いのね」
「はっはっはっ、これも企業戦争を生き残るための手段ですよ」
 脇から入ってきた大神が録音テープを渡してくる。何時の間にとは思うが、小型の集音マイクは割とありふれた技術である。別段おかしくはない。が、軍事基地の中で振り回していいものでもない。
 人を見る眼があるのか、あるいは大胆なのか、はたまたただの馬鹿なのか。
 ………しばらく監視が必要かも知れない。余裕は殆どないのだが。
「それでは後日、3日以内に荷物を納入させていただきます」
「ワタクシも荷物なんかがあるので一度本社に戻らせていただきますわ。んじゃ!」
 そう云って腰を低くしてこの場から去る業羅と、堂々と肩で風を切りながら去る大神。
 そんな台風のような、ただの突風のような慌しい連中は、最後に扉を閉める音を残してこの基地から去って行った。
 この時はまだ、香月はあれを入れた事に対し後悔することになろうとは………薄々感づいてはいた―――



「う~ん、やっぱり挙動がいい加減だったわ」
「そりゃそうだ。あんな即席プログラムで完成された動きができたらウチらの存在なんざ無いも同然だ」
 ブリーフィング・ル-ムを追い出された茜は、今回のプログラム変更について技官の1人と打ち合わせをしていた。
 その技官は試製跳躍ユニットの挙動制御プログラムを主にしており、今回書き換えを実行した者である。
 そんな技官とはこれまでに何度か打ち合わせをしていたため、それなりに面識はある。機付長以外の整備兵、あるいはそれに準ずる者との接点は多くは無い茜は、これはこれで新鮮な気分を味わっていた。
 ただでさえ特殊任務部隊A-01に属する者はあまり外部との接触は好まれていない。そのため、顔見知りも増やせず、ましてやその部隊の性質上、ろくでもない輩が寄ってくるのは周知の事実。
 そのため、人との会話は制限され、同時に部隊員が茜以外は存在してない実状を加味すると、人恋しい気分になるのも致し方ないところがあった。こんな仕事の話であったとしても、だ。
 しかしそんな茜の気持ちは知らぬというかそもそも人に興味を示さない技官が多い中で、この技官もその例に漏れるわけもなく、ガツガツと仕事の話を進める。
「そもそもどんぶり勘定で組んだ代物なんだ。フリーズしなかっただけでも感謝してもらいたいね。
 XM3サマサマって云うのもありますがね」
 今回の模擬戦で見せた挙動は、跳躍ユニットを独立で制御、あるいはある程度連動するよう書き換えた物だった。
 今まで片側4基を1つと見立てて制御していたが、これが小回りを殺す形となり、結果直線的な機動へと繋がった。
 無論、この書換は一切のデータ的根拠も技術的根拠もなく組まれたものであるため、下手をすれば激突する可能性もあった。また、独立可動に切り替えたことにより予期せぬトラブルを引き起こす可能性も内包していた。
 にも関わらず通したのは、今までにないデータが得られるという確証があったからだ。
 F-15”イーグル”の12機編成相手では見出せなかった『小回りが効かない』という問題点を曝け出した相手なら、それ以外にも問題点を引き出せると踏んで決定されたのだ。
 結果は負けではあるが、そこから吸い出せた数値や問題点は、技官達にとって実に有益なものだらけだった。
「とにかく、逆に小回りが効き過ぎて直進するのも一苦労じゃ意味ないわよ。
 直進する時は連動モードに、旋回する時は独立モードにとかできないの?」
「それをやるにはデータが圧倒的に足りないね。どんぶり勘定でできなくもないけど、こういうのはやっぱりデータだよデータ。適当に組んだので死にたくないだろ?」
「それは当然よっ!」
「そーいうこと。だからデータ様をたくさん集めて、必要な挙動から不要な挙動をかき集めるっ。コレ肝要ね。
 細かい挙動なんかはその後さ」
「これまで培ってきたデータは使えないの?シミュレーターとはいえ沢山あるでしょ?」
「これからするのは、今までのような大雑把な括りでの制御じゃないからね。また1からだよ、どんなに頑張っても。そりゃ下地程度には使えるけどさ」
「それが今回使った挙動?」
「YES。ということでとりあえず今回の実動データを基に改良は進めるけど、なんか注文ある?」
 そう云うと、ボールペンをマイク代わりに茜に突きだす。
 一瞬嫌そうな顔を見せるも、すぐに気を取り直し今回感じた不満を一気にぶつける。
「とにかく直進する時、大きくブレるのが気になるわ。それぞれの跳躍ユニットが随時可動できるようになったせいで、ちょっとの操作で変な方向に向くようになってるんだと思うの。
 先にそこの調整をしてよね」
「はいはい直進用ね………他には?」
「旋回がちょっと極端じゃない?それと、四肢の動作タイミングと連動してないから重心が出鱈目よ」
「具体的に云うと?」
「跳躍ユニットの出力と重量が大きい分、そっちに振り回されて本体側が暴れるの。旋回の極端さはその出力と重量に振り回された結果だと思うんだけど…
 重心の出鱈目っぷりはそっちで確認できる?」
「イエッサーイエッサー、ちょっと待っててな」
 技官は”九尾”からログデータを引き出し、必要なデータをかき集めていく。
 数分の間を置き、
「あぁ、バランスデータ見っけ。これを3Dモデルと合わせて………っと、これで可視化完了」
 データをコピーし解析ソフトに入力。さらに必要な条件、画像処理ソフトと連動させ、最後にキメ顔でエンターキーを”ターンッ”と弾くように押す。
 すると、端末の画面上に簡易表示された”九尾”が映し出され、ついでゆっくりとであるが動き出した。
「………もうちょっと早くできないの?」
 少々眠気が来る遅さに、思わず茜はそんなことを聞く。技官はそんな質問に肩をすくめ、
「端末の処理速度じゃこれが限界だよ」
 馬鹿にするでもなく、事実としてそう告げた。
 そうこうしている内に画面内の九尾はどんどん姿勢を変え、重心位置のマーカーを大きく変えていく。
 やがて問題のログ領域に至ると、途端に重心位置があらぬ方向へと”飛び出した”。
「うわぁ…こりゃ酷い。よくひっくり返らなかったな」
 殆ど重心が外側にある。
 その上大暴れである。
 さらにはあらゆる生命維持装置と管制ユニットに包まれたコクピットの中であっても、意識が飛びかねないほどの遠心力が加わっていた。
「で………なんでこうなるかって云うと………あぁ、統制せず跳躍ユニットを動かすから振り回すだけで重心がズレてるのか、納得」
「どうにかできるの?」
「するのがこっちの仕事だよ。貴重な搭乗者からの意見も聞けたし、この辺は早くに解決するかもね」
「そうして欲しいわよ。あんなのに毎回振り回されるんじゃこっちの身が持たないし」
「そうだねぇー、その辺も改善していかなきゃねぇ」
 気だるそうに云っているが、その手はキーボードから離れず、眼は画面から一切逸らしていなかった。
「重心改善はプログラムだけで済ませれる場所は済ませるけど、下手すると機体側にも問題ありそうだけど………まぁその辺はチーフが考えるか。
 あぁ~、でもあの人に任せるとまたバランス崩れそうだし…まぁいいかぁ。どぉせこの本体暫くしたら取り替えるし」
「えっ、他の機体が来るの?」
 初耳な発言に、思わず聞き返す。機密を知りたい…という意思はなかったが、まさか眼の前で堂々と機密をバラすのだ。
 自分が聞けるものだと、瞬時に言い訳してそのまま聞きに走る茜。
「ありゃ、そっちまで話行ってない?00式来るんだってさ。だからぶっ壊す勢いで使って良いって話だったでしょ?」
「………なるほど、そういうことね」
 道理で無茶とも云える要求に答えたわけだ。と、納得する。
 今後の事を考えれば、機体を壊すような仕様変更はしないはずなのだ。にも関わらずやってくれたのは、こういう保険があったからだ。
 この件に関して何も云わなかったのは、単に一介の衛士でしかない茜には知らされる必要がないと判断されたのか、あるいは単純に伝え忘れただけなのか。
 もしくは帝国軍ですら配備を諦めた代物を購入できるか半信半疑だったため、確定するまで伝えなかったのか。
 もっとも、こんな推測は無意味ではある。
 結局、涼宮 茜は衛士でしかないのだ。
 衛士は、兵士は使われる側。
 使われるだけの存在に、使う側の事情を教える必要はない。
 軍隊というのは元々そういうものだ。
 BETA大戦後、その内部を変化させたものの、本質は何も変わっていない。
「さてと、他に注文は無いし、私はもういいよね?」
「そーだねー………うん、もう用済みだ。また何かあれば呼ぶから」
 言葉を選ばない技官は、態度も非常に冷たいもので、何かないかと考え込む時こそ画面から視線を外したものの、用済みと云う時は相手の顔も見ず云い放つ。
 この態度は最初こそ茜も憤慨したものの、既に諦めとも慣れとも取れる境地に達したため、それを流す。
 そして一通り話が済んだと判断した茜は、最後に挨拶してその場を去る。
 とりあえずは、休もうか―――背伸びしながら、そんな些細だが大事な事を思った。
最終更新:2011年07月15日 10:21
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