私の名前は士門兵衛、正規兵からは『独活の大木』やら『木偶の坊』と陰で囁かれながらも何とか教官という自分に似合わない職をこなしている。
同僚や上司、そして自分の訓練兵の中には、これを聞いて怒ってくれる者もいるが、本人としてはあまり気にしていない。
自分が図体だけなことなど、とうに承知しているのだから。
それをまさしく示しているのが、自分にこうして疑似生体を移植された原因でもある、とある事故…いや事件である。
電磁投射砲、実際には未だ日の目を見ていない兵装であるが、その存在自体は秘密でもない。
しかしその試作品の実験が、軍の記録よりも少々早く行なわれていたことを知る者はほとんどいない。
その、闇に屠られた記録を、自分の忌わしい記憶と共に少し思い出してみようと思う……。
マブラヴ オルタネイティブ ~暁の空へ~
外伝 『己が業』
2000年3月上旬
帝国軍所属 調布基地
帝国軍調布基地には、帝国斯衛に所属するいくつかの試験小隊が存在する。
そのうちの一つの部隊のブリーフィングルームにて、大きな声が響いていた。
「悲願であった本州奪還を目的とした先の明星作戦が、米軍のG弾などという得体の知れない物体に祖国を汚された結果に終わった今っ、佐渡島ハイヴでは二の鉄を踏まない為に、早急なハイヴ攻略用兵器開発が求められているのである!」
自分たちの前で熱弁を振るうのは背が低く肥満体であり、頭が禿げかかっているといういかにも冴えない男であった。
「そしてこの電磁投射砲こそが、まさしくそれに値すると私は確信しているっ!
そう、この兵装には日本独力でのハイヴ攻略の悲願がかかっているのである!」
「独力ねぇ…そもそもハイヴに突入できるかどうか…」
「そっ、雪車町中尉っ」
他に聞こえるか聞こえないか絶妙な声量で呟いたのは、同じ試験小隊の隊員であり、己の僚機を担当している雪車町中尉だ。
顔色の悪さと堀の深い顔立ちからいかにも不健康そうな雰囲気を醸し出しているが、黒色の斯衛服を身に包み、テストパイロットに任命されるだけあり、かなりの実力者である。
他の隊員には聞こえたかどうか分からないが、相も変わらず熱弁を振るう本件の責任者である准将には、聞かれずに済んだようだ。
しかし、雪車町の呟きはもっともである。
先の本州奪還作戦での立て直しも儘ならない今、とてもでは無いが佐渡島ハイヴ攻略を見据える余裕などない。
補充をおこなったとしても、現状独力ではハイヴ突入もままならないという見解は的確である。
さらに言えば、将来的にハイヴ攻略用兵器は必要であり、決して無駄ではないのだが、純国産第三世代
戦術機、武御雷が配備されはじめたばかりである現在、戦術機ではなく謎の兵装の評価を割り当てられた評価部隊としては不満が残るという感情的な理由もある。
「それはつまり、君たち第03独立試験小隊、黒き爪小隊の双肩に将来の佐渡島奪還作戦の成否がかかっているとも言える!是非とも心して任務に当たって貰いたい!」
「「「「はっ」」」」
「何だかなぁ…他の部隊は良いわなぁ~」
「雪車町中尉…言いたいことは分かりますが」
他の試験小隊は帝国初の純国産戦術機である不知火の改良型開発のプロジェクトを受け持っていたり、配備開始直後でありデータも不足している武御雷のデータ取りをしている。
「まぁ、戦術機の方が良いのはもちろんだが、この試作品がまたキナ臭い話だらけでなぁ」
「キナ臭い…ですか」
「そうそう…横浜絡みって言やぁ、分かるか?」
「横浜の魔女…ですか」
2000年1月、香月博士の提唱で横浜ハイヴの跡地に新たな国連軍基地が建設される事となった。この2ヶ月間、工事は急ピッチで進められ、3月現在既にその一部が稼働しているのは軍関係者なら誰もが知るところである。
しかし、先の明星作戦における米軍のG弾使用は日本国民の強い反米感情を生み、その反発は米国の強い影響下にある国連に対しても向けられている。
そして、この新基地建設に対しても国内世論は決して好意的とはいえなかった。
さらには、それを誘致し、正式稼働後にはかなりの地位につくと言われている香月博士に対するイメージは、斯衛を含む帝国軍全体において悪いと断言できる。
本業は物理学者というが、何を研究しているのか良く分からないという不気味さと、その卓越した政治的手腕に対し、“魔女”という呼び名が急激に広まりつつあった。
「技官から聞いたけど、どうにも企業秘密というか、ブラックボックスな部分があるらしい…で、その部分が横浜製って噂だ。」
「ブラックボックスだと困る…というのは理解できますが、それのどこがキナ臭いんですか?」
「横浜ハイヴ攻略後に出てきたってことは、手に入れたG元素が関係している可能性が高いだろぅ?だから、ブラックボックスの部分がG弾と同じ技術を使ってる…とか、国連軍の基地を国内に建設するのを認めさせる為の取引材料がコレ…とか、禿げデブが国連軍と癒着してる…とか色んな噂が飛び交ってるんだ…何かこう…嫌な雰囲気が伝わってこないか?」
文句を言っていたにも関わらず、この手の話は好きなのか雪車町は楽しそうに話す。
対する士門はほ何とも言えない表情をしていた。
「はぁ…雰囲気って雪車町中尉…かなり適当なこと喋ってませんか?」
「横浜はどうしても嫌な記憶を思い出させるし、国連、魔女と言葉が続けば嫌なイメージは膨らむさぁ。別に俺だけじゃない、このよくわからん兵装に対して懐疑的な連中はゴロゴロいるぞ。」
「その疑いは性能に関するものじゃありませんし、疑わしくても、私たちは仕事をするだけですよ」
「お前さんは真面目だねぇ…」
「雪車町中尉は不真面目すぎる気もしますよ」
「違いないねぇ」
その外見から子供が逃げ出しそうな二人組は、小さく笑いながら問題の試作兵装へと歩いていくのだった。この時はまだ、この電磁投射砲が全てを狂わせるとは欠片も思っていなかった。
2000年 3月下旬
栃木県 山中
動悸が激しく、収まらない。
(畜生、一体どうして、こんなことになっているんだ。)
「止まって下さい、雪車町中尉っ!中尉ぃ!畜生…撃ちますっ!」
己の支援突撃砲から発射された36mm劣化ウラン弾が前方を匍匐飛行する不知火のジャンプユニットを正確に打ち抜く。
爆発と共ににバランスを崩すが、高い操縦技術により前方の不知火は着地に成功し、ゆっくりとこちらを振り返った。
「お前の狙撃能力は、相変わらず変態的だねぇ…」
今でも考える、あの時自分に何が出来たのだろうかと。
シュミレーターで馬鹿みたいな威力を発揮した電磁投射砲だったが、当初はシュミレーターの設定ミスだと皆が考えていた。
しかし、実際の試作兵装の試射実験が終わると、決して空想の産物では無いことを確認させられた。
それが威力をまだ抑えている状態だという事実に、小隊、技官、そして整備兵たち…誰もが興奮した。
「雪車町中尉っ!何でこんなことを!」
「お前がいつも言うとおり、俺ぁ不真面目だった…ただ其れだけさぁ」
今でも考える、自分は結局何一つとして出来なかっただろうと。
その日から、雪車町中尉の雰囲気にどこか違和感を感じていた。
だが自分には、その違和感を確信に変えることも出来ず、中尉の悩みを打ち明けられるほどの信頼も得ていなかった。
「馬鹿なことを言わないで下さいっ!真面目とか不真面目とか、そういう次元の問題じゃないでしょう!」
「いいやぁ、そういう問題さぁね…不真面目だからホイホイ、こんな馬鹿げた話に乗るのさぁ」
今でも考える、自分に生きる価値があるのかと。
それは、何かと不自然な試射実験だった。
試射できる場所を確保するために基地から離れるのはこれで二度目だったが、その場所が前回と違い、さらに基地から離れていた。自分は雪車町中尉から渡されたコーヒーもどきに仕込まれていた睡眠薬で眠りこけ、気が付けば中尉が指揮車両、そして小隊長とその僚機を撃破していた。
太平洋方面へと逃げ出す中尉に何とか食らいつけたことは幸運であり、不運であったのだろう。
中尉も嘆いていた、“無駄に図体がデカいから薬の効きが悪いのだと”。
「馬鹿げた話って…その兵装を何処かに引き渡すってことですか?誰に!?いや、如何して!?」
「話すような馬鹿正直な奴ぁ、お前さんくらいさ…さぁ~て兵衛、頼むから、帰ってくれない…かいっ!?」
相対するように手前へと着地し、支援突撃砲を構える。
中尉の構えようとした突撃砲“のみ”を正確に撃ち落とし、次に構えようとした電磁投射砲を反射的に撃とうとするが…ギリギリで思いとどまる。
「っ…流石だねぇ…だが、これを撃つほど馬鹿じゃぁないか…で返事は?」
「…無理に、決まっているでしょう」
額に汗が伝っているのを感じる。
口内が乾き、手が震えているのが分かる。人間に対して銃を向けたことなど無く、それが長年連れ添った相手であれば尚更迷いが生じる。
「そうかい、じゃあ…どうするんだい?」
「……投降して下さい…」
「戻ったら尋問の後に銃殺確定さぁね…それに兵衛、お前さんにゃぁ、撃てないよ」
無意識に唇を噛むと、口内に血の味が広がる。
何も言えない状態を眺め、苦笑する中尉。
「ほぉら、な。…兵衛…残念だが、死んでくれやぁ。」
今でも考える、素直に撃たれておけば良かったと。
目の前の光を発する銃口と、中尉の言葉に反応し、自分は咄嗟に引き金を引いていた。
それはきっと、ただ“生きたい”という心からの叫びだったのだろう。
その咄嗟の判断はそれでも戦術機の筐体を狙うのを避け、電磁投射砲を貫いていた。
だが、今思えば、わざわざ眠り薬で自分を事件から引き離そうと気を使った中尉ならば、あの“死んでくれ”という発言は後々の自分の立場を少しでもマシにする為のもので、実際には筐体から外して撃つつもりだった…ような気がする。
それは単なる死者の美化かもしれないが、どちらにせよ自分への嫌悪感は積み重なるばかりである。
2000年3月下旬
帝国軍所属 調布基地内 医療施設
目を覚ませば、そこは見知らぬ白い天井だった。
身動き一つしようとすれば体中に激痛が走り、最後の目の前の光景――電磁投射砲を撃ったことにより大爆発が起こったことを思い出す。
その後直ぐに、目を覚ましたことに気付いた衛生兵が他の者に連絡し、急に周りが騒がしくなった。
「君が、士門兵衛少尉かね?」
ふと気づけば、目の前には額の傷が目につく軍人らしき中年男性と、MPらしき歩兵が立っていた。
話しかけてきた男性は身に纏っている試験任務で見慣れた軍服と胸のエンブレムから国防省の技術廠所属、さらには佐官のようだった。
とっさに敬礼を行なおうとするが、帰ってくるのは激痛だけだった。
「この状態の君に敬礼など求めんよ、むしろこの状態で話をさせることに詫びを入れねばならんくらいだ。」
はぁ…という気の抜けた返事しか返せなかったが、その声すらも酷くかすれていた自分は、本当に内側までボロボロだったのだろう。
目の前の軍人が語るには、雪車町中尉が電磁投射砲を引き渡そうとしていた組織はいくつか浮かび上がったが、決定的な証拠は何一つ手に入れることが出来なかったという。
ただ一つ、開発計画の責任者であった准将との関係の証拠だけはわざわざ中尉の部屋に残してあったらしく、准将の尋問が進んでいるとのことだった。
ただし、現在本州奪還を果たしたばかりの帝国としては国内の安定を第一とし、いかなる弱みも諸外国に見せない為に、この件を内々に処理することに決めたらしい。
「なお、その処理の為に君たちの試験小隊の存在は記録から消滅し、他の部隊も一つの部隊…そうだな、白き牙小隊あたりに統合して中隊扱いにでもなるだろう。」
自分の部隊が存在しなかったことになる…それは自分たちの生が全て否定されるかのようで、どうしようもない虚無感も感じさせるものだった。
「それと電磁投射砲…だったかな、あの兵装も“これから評価試験が始まる新兵装”として私たちの方で受け取ることになった。後のことは任せてくれたまえ。」
電磁投射砲について聞いても、特に湧き上がるものは無かった。
どんなに優れた兵装であろうと、もはやあの兵装に自分の貢献で完成させるという喜びは見出せないだろう。
「…そ、雪車町中尉は…」
「電磁投射砲の爆発で死んだよ、死体も回収できないほどの惨状だった」
「そう、ですか…」
せり上がる血の味に耐えながらも吐いた言葉はたったそれだけだった。
それは一粒の希望にすがるというよりも、己の罪を再確認するだけの行為だったように感じる。
「…ふぅ、わりと時間がかかったな。」
目の前に並ぶ、数枚におよぶ紙は、手書きによる己の回想であり、書類というより日記に近いと言える。
その日記をすぐさまライター――自分が手に入れた雪車町中尉の唯一の遺品で火をつける。
この内容は“無かったこと”であり、これが他人の目に触れれば問題しか発生しない為である。
それをわざわざ何故書き起こしたのか。その理由は、自分に何ができるのかと悩んでいた自分の背中をそっと後押ししてくれた女性のアドバイスである。
――悩みを書き起こして、再確認する。それで解決策が浮かばないような、どうしようもない悩みなら、燃やして自分の中で無かったことにしちゃうのはどうですかね――
きっと彼女は書き起こすこと自体が問題になるような悩みだとは考えてはいなかっただろうが、書き起こすことで確認し、燃やす…この行為も悪くは無かった。
さすがに全てを無かったことにする気にはなれないが、実際の記録では無かったことになっている事件である、ということは思い出せた。
無かったこと…そう、悩んでいても仕方がないことなのだ。
明日からは、少しは前向きに生きられるだろうか。
今だから考える、自分に何ができるのだろうか、と。
Fin.
最終更新:2011年11月05日 10:47