着任

【リレー小説 番外編 着任 】




2001年12月27日
舞鶴鎮守府 帝国海軍病院船『氷川丸』

・・・・どこからか声が聞こえる。
「先生、H1825番のクランケに覚醒の兆候が見られます。
診て頂けますか?」

「そうか、えっと・・氷室大尉だな、今行く」

うっすらと目を開ける、視界に入るのは構造材剥き出しの天井に見知らぬ女性、服装から判断するに看護兵らしい。
彼女は私の不安を和らげるように微笑みながら私に尋ねた。

「ご気分はいかがですか?」

「…良くないな、まるで二日酔いのようだ、ここは一体何処だ?」

「まだ麻酔の影響が抜けきってないようだね、君がいるのは帝国海軍の病院船『氷川丸』だ。
陸上の施設も今は手一杯でね、しばらく我慢してくれ」

どうやら軍医のようだ、白衣の壮年男性が私の顔を覗き込んでいる。

「私は森 海軍軍医少佐、君の治療を担当している。
さて自分の官姓名が判るかね?」

「…日本帝国陸軍大尉 氷室 法子 認識番号IJA56・・」

「いや、そこまでで結構、記憶に問題ないようだな、心配したよ、なにしろ三日間も昏睡状態だったからね。」

「三日・・?!」


そうだ、私は自分の大隊を率い佐渡ヶ島ハイブ制圧作戦『甲21号作戦』に参加した。
ハイブの崩壊、突然の撤収命令、私は副官の櫻木とともに殿を務め…

「佐渡はどうなりました?私の部隊は!」

起き上がろうとして自分の体がベットにベルトで固定され、
各種のチューブで医療機器につながれている事に気づいた。

「落ち着きたまえ大尉、人類は勝利したよ。」

その言葉とは裏腹に森少佐の表情は複雑だ。

「佐渡ヶ島ハイブは”消滅"したよ、島ごとな。
どうやら国連軍が大量のG弾を使用したらしい。」

(横浜に続いてまたしてもG弾を使用したのか…)
勝利したという安堵と共に憤りに近い感情が沸き起こった。

「君の部隊の事は管轄外なのでよくわからないが、大部分は脱出に成功したようだ。だが…」

「だが?」

「君と一緒に収容された櫻木中尉は助けられなかった…」

「!?」

「彼の機体がちょうど君を衝撃波から庇う形になったようだ。我々も手を尽くしたのだが・・・
力及ばず済まなかった、中尉の冥福を祈る。」

「いえ…」

部下を失った事はこれが初めてではない、
戦争とはそういうものだ。
しかし今までに無いこの喪失感はなんだろう?
女として彼に恋愛感情を抱いていたのか?
自分でもよくわからない、そんな単純な言葉では言い表せない想いを抱いていた事は間違い無かった。


櫻木とは教導隊以来からの付き合いだった。
同じ分隊の三人、私と櫻木、そして神宮司とは性格も全く違っていたが、お互いが欠けた所を補うかのように妙に気があった。
杯を交わした時など、戦争が終われば何をしたいか、恥ずかしい夢を互いに語り合ったりしたものだ。
やがて国連軍に転属した神宮司とは直接会う機会も減ったが、櫻木との縁は私が部隊を転属、昇進した後も続いた。
そう、どんな時でも傍に居てくれた…

決して顔には出していない筈だが何かを察したのだろう。
森少佐は優しい声で応えた。

「君も決して軽傷ではない、体の回復も事も任務の内だ、軍医として命じる。
今はゆっくり休みたまえ。」

「了解しました。」

今の私が櫻木の為に出来る事は衛士としての弔い、後に続く世代に彼の事を“誇らしく語る”
それだけだ。
私は彼の顔を思い浮かべつつ再び眠りに落ちた。


2002年1月15日
茨城県土浦市 帝国陸軍霞ヶ浦病院

舞鶴の海軍病院に収容された私は関東の陸軍病院へと転院した。
病院とはいえ軍の施設だ、横浜基地防衛戦、桜花作戦と戦況を漏れ聞く度に言い知れぬ焦燥感に捉われていた。

「どうぞ。」

「傷の具合はどうかね、氷室大尉。」

ドアをノックする音に答えると顎鬚顔の壮年男性が入ってきた、
懐かしい顔だ。
私の教導隊時代の上官、大場 重勝。
人類とBETA両方の戦場を経験している数少ない現場上がり。
その戦術眼には部隊の誰もかなわなかった。
たしか最後にあった時は大佐のはずだった。
しかし今目の前の人物が身に包んでいるのは帝国陸軍のそれでなく国連軍のものだ。

「大場大佐・・いや少将閣下ですか、如何されたのですか?その制服は。」

「この度故あって国連軍へ転属する事となってな。
自分でも将官とは似合わないと思っているよ。
しかし大尉、元気そうで何よりだ。
話は聞き及んでいる、佐渡では活躍したようだな。
撤退の際、殿を務めて1個師団の脱出の時間を稼いだとか。」

「お褒めに預かり光栄です。
しかしその際自分はエレメントを失いました。
指揮官としてはともかく衛士として、長機として失格です。」

「櫻木君のことだな…」大場は頷きながら続けた。
「実に残念だった・・・君達の関係は知っている。
勿論、衛士の宿命で片付ける事など出来ない、しかし
君が悔やみ続けることは彼も望んでないと思う。」

「そうですね…」

今まで多くの死を見続けてきたであろう大場の言葉は私にも理解できた。

「ところでいつ現役に復帰できそうかね?」

大場は重くなった空気を断ち切るように聞いた。

「ここの軍医がなかなか放してくれないもので。」

私も努めて明るく返す、肩をすくめて見せた。

「既にリハビリも完了しました、いつでも復帰できます。」

「そうか…実は君に頼みがあってきた。判断は君にまかせる。
ただ断る場合はこの会話の内容は…」

「私も元教導隊です。心得ております」

大場は私の答に頷きながら、
「勿論君のことだ、心配はしてないが。
今の質問も手続き上のものだ。
君も"横浜"製の革命的な戦術機OSの噂は聞いているだろう。
私はこの度、国連軍主導で新OSの特性を最大限に発揮できる部隊の創設に関る事となった。
帝国軍百里基地の一部を租借して新設されるその部隊に、大尉、君を衛士訓練教官として招聘したい。
国連軍の訓練生達の教官である以上、帝国軍からの転属となる上に階級も軍曹に降格となる、君に無理強いはしたくない。
だが教導隊時代の君を知るものとして是非君にも協力して欲しい。
力を貸してしてくれないか?」

たしかに最近、新OSの噂に上るようになった。
見舞いに着た部下の話では
“任官したての「ヒヨッコ」がベテランを圧倒した”とか
“戦術機一機で要塞級を20体以上倒した”等々あまりに
荒唐無稽な話に私も軍のプロバガンタだろうと一笑に付していた。

「少将のお申し出は嬉しいのですが、私は前線で戦う方が性に合っているようです。
1人の衛士としては新OSに興味はあります、しかし若輩ではありますが私も部隊を率いる身です。
それを放りだして教官には…」

「大隊の件なら心配ない、しかるべき人物を後任に推してある。
君も知っているだろう。第7師団の押川大尉だ。」

確かに知っている、彼は積極性には欠ける向きがあるが
堅実で粘り強い戦術をとる、悪くない人選だと思う。だが、

「ですが、」

私が返事する前に大場は珍しく口を挟んだ

「実は君も知っている神宮司君に頼もうと思っていたのだが…」

いつもはっきりと言う大場にしては口調が重い、妙な胸騒ぎを感じつつ聞いた。

「神宮司がどうかしたのですか?」
(彼女の所属は極東国連軍の訓練部隊だ、そんな筈が…)

「…先日“横浜”にこの件を打診したところ、昨年12月に新OSによる演習中の"事故”で殉職したとの回答があった。
機密性の高い演習の為情報の開示が遅れた、との事だ。」
…再びあの喪失感が私を襲った。
(私はまた、自分の半身を喪ったのか。)

「衛士訓練学校の教官をしていた彼女は、教え子を守る為に事故に遭ったとのことだ。」

いつか教師となり教壇に立つために戦う、そう照れくさそうに話していたまりも。

「彼女も新OSの開発に関与していた、このOSもいわば神宮司君の教え子の一人といってもいい」

望んだ形とは違うとはいえ教え子をもった以上、立派に育ててみせると誇らしげに語っていた。

「君が前線に拘る気持ちも判る。
しかし大局的に見て、このOSを使える人材を送り出す事はより多くの命を救い、彼らの想いに答えることではないのか、私はそう思う」

……
「判りました。教官の件、謹んでお引き受けいたします。」

「…ありがとう。ならば今日中に退院と転属の手続きをしておく。
後で制服を届けさせる、明日にでも百里基地の私の元へ訪ねてきてくれ。
既に教官用の機体も準備してある、改吹雪型の「夕雲」だ。
君自身の眼で新OSを確かめてくれ。
…あの力は人類を救う」

「…用意周到ですね、私が断ると思わなかったんですか。」

私の声の中に苦笑にも似た感情を察したのだろうか、
大場はドア越しに振り返ると、珍しい事に片目を瞑りながら答えた。

「知っているだろう?私がなんと呼ばれているか」

「……"狸"でしたね」


翌朝、私は退院したその足で百里基地を訪ねた。
着任の挨拶もそこそこに“まりもの教え子”と対面すべくさっそく「夕雲」に搭乗した。

……
………
私は初めて戦術機シュミレータ-に乗った時以来の"エチケット袋"のお世話になる事となった。

2002年4月7日
百里基地 301訓練部隊 営庭


営庭の桜が舞い散る中、目前に10代後半から20代前半の若者達が整列している。
性別も出自も出身部隊もばらばらだが、共通しているのはその目の輝きだ。
かつての自分達と同じ、選ばれた者の誇り。

(まりももこんな気持ちだったのか)
彼らの向ける期待と不安の混じった視線に愛おしさを感じながら氷室は思った。

(いずれ私もあなた達のところに行くわ、でも私に出来る限りの事をしてからね。
櫻木、あなたに救われたこの命でまりもの想いを受け継ぐ、そしていつか、彼らにあなた達のことを誇らしく語る…)


「―――まず手始めに20キロ走ってもらう」
訓練が正式に始まった途端、主任教官の氷室 法子はさらりとそう言った。

イラストを使用させていただきました。
氷室 大場 神宮司 7th様 櫻木 空様
夕雲 暁せんべい様
背景 AreaE様 背景写真補完の会様
最終更新:2011年05月15日 20:31
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