【リレー小説 番外編 暁 】



2002年4月13日

訓練生達の朝は早い。
夜も明けぬ内に起床、直ちに営庭に駆足で集合する。
朝の点呼、宣誓の斉唱、柔軟体操に6kmの持久走と朝食前の課題を黙々とこなす。
最初の数日こそ教官の指示と罵声が飛び交っていたが、昨日の終業前の点呼の際、
今後の朝食前の課業は訓練生による自主訓練とする事が告げられた。
「この程度の事に指示が必要な様では今後の訓練は勤まらない」という事だが、
その意図を察した訓練生はまだ少なかった。
さすがに初日に20km走らされた翌日こそ筋肉が悲鳴を上げていたが、元々選抜された肉体的素質からか、
それとも毎日の基礎体力向上を目的とした訓練の成果からか、今では脱落者は殆んどいない。
訓練当初こそみんなバラバラに走っていたが日が経つにつれ自然と集団が出来てくる。
入隊早々PXでの大立ち回り以来、源雫たちは周囲から一目置かれていた。
果たしてそれが良いことなのか悪いことなのか雫としても判断に困る所だ。
今日は訓練課程始まって以来の休業日で、朝食後は夜の点呼まで待機となっている。
ここ百里はBETAとの最前線から遥か後方の教育隊基地だ、訓練生の手が必要になる事態など起きる訳がない。
事実上の休日ともなれば自然と彼らの足取りも軽くなろうというものだ。

「お嬢さん方、休日のご予定は?」
久我応馬が走りながらいつもの調子で切り出した。
几帳面に中原渚が返す
「お休みといっても待機です。外出できるわけじゃないですよ。」
「それなら皆さんでPXでお茶会をしませんか?」
「いいですね、みなさんそうしましましょうよ。」
そう提案したのは朝倉都と松浦葵の二人だ。
訓練開始当初、その小柄な体格から誰もが付いて来れるのか不安を抱かせたものだったが、
今では持久走にもしっかりとついて来ている。
仮分隊こそ違えどもすぐに打ち解けあった二人は自由時間はいつも一緒だった。
その様子は雫らのグループにとって、訓練に明け暮れどうしても殺伐となりがちな雰囲気を和らげる
ムードメーカーのようなものだ。
そんな二人の順当な提案に対し、勝名澄子は勢い込んで返した。
「それなら将棋をしようぜ、誰が一番強いかトーナメント戦だ。」
何かと仲間と衝突し口論になるが、だからといって距離を置くわけでもない。
本人もそれなりに居心地がいいのだろう。
(まいったな将棋は好きなんだけど、弱い事がばれると後々面倒になりそう。それに・・)
齊藤綾華は困った展開になったと想いつつ「今日は部屋で手紙を書くわ」と断った。
(今頃あいつもこんな風に走ってるのかしら?)頭には幼馴染の岡崎良介の顔が浮かんでいた。
岡崎は今国連軍横浜基地にいると聞いている、休みとて会いに行けるわけも無く、
たまに交わす書簡が今許される唯一の交流だった。
その様子から察した佐橋優奈はからかう。
「あら、ラブレター、お相手は誰かしら?」
「ちっ違うわよ馬鹿、弟によ」
図星を指されてあわてる綾華、「そこっ私語禁止、訓練中よ」
あまりの気の緩みように思わず源雫は注意した。
「まあ、いいじゃないか。今日ぐらいは」
入隊直後から一週間も緊張状態に置かれたのだ、たまには息抜きは必要だろう、
そう思い、森上悠希は雫をとりなした。
そうやって営庭のフェンス周辺を何周しただろうか、東の空が白み始めたころ

いきなりサイレンが鳴り響いた。

思わず足を止める訓練生、大半の者は訳がわからず右往左往するばかりだ。
「うそっ何」
「BETAか!」
「まさか、太平洋岸でか」
「火災警報じゃないの?」
口々に叫ぶ訓練生達、しかし一部の者はすぐに気づいたようだ。
「よく聞いて、サイレンは隣からよ。」
「あっ本当だ」
「おい格納庫の方見ろよ」

滑走路の彼方に見える半地下式の格納庫から回転灯とともにゆっくりと姿を現す明灰色の巨人。
格納庫内の照明灯が逆行になってシルエットしか判別できないが、
鎧で身を固めた古武士のような力強い姿から第一世代の戦術機だとわかった・

「あれって戦術機じゃない?」
「そうか、フェンスの向こうは帝国軍だったな。」
「すごい、私、実物の戦術機を見たの始めてです。」
「俺もTVでしか見たことないぞ。」
歓声を挙げる訓練生達で、フェンス際はたちまち人だかりが出来た。
しかし小柄な都と葵は人垣で全く見えないようだ。懸命に背伸びしたり、飛び跳ねるが効果はない。
「すみませーん、前を見せて下さい」
「葵、行くぞ、ほら」
「えっ何、きゃっ」
そんな葵を見かねた坂上史郎は、その小柄な体を肩車に乗せた。初めは恥ずかしがった葵だったが、
やがて小さな声で顔を赤くしながら礼を言った。
「済みません、ありがとうございます。」
「それなら、都は俺だな。」そう言うと悠希が都を肩車をする。
葵と都、二人は肩の上で顔を見合わせ笑った。
雫はそんな都がうらやましくて思わず悠希を横目でにらむ。
「何だよ?」訝しげに尋ねる悠希に対して
「何でもない」とすねてみせる雫だった。

「何やってんだあいつら、あんな所に固まって」
教官の1人、梶原斎は苛立った声を上げた。
「スクランブルのようですね、ソ連の定期便ですよ。成る程、確かに最近は静かでしたね。
いいじゃないですか、訓練生の殆んどは実機を見るのは初めてです。
今日はもう訓練はありません、大目にみては」
対照的に穏やかに応じるのは教官の冨樫吉宏
「梶原教官、早朝の自主訓練を命じたのは我々です。様子を見ましょう。
その意味を取り違える様なら彼らに今後の訓練は必要ありませんから」
主任教官である氷室法子は冷たい声で言い切った。

「撃震? どこか違うようですね」
母親が技術者だけに戦術機への造詣も深いのだろう、渚が最初にその差異に気づいた。
「ああ、ありゃ『翔鶴』だよ」
それに答えたのは横浜基地からきた元整備科という変り種の日吉 梓だった。
畑違いとはいえ先任だ、訓練生の中でも年長という事もあり、何かと頼りにされている。
「知っているのか姉御」驚いたように振り返る応馬。
「誰が姉御だ、何回いったらわかる、"梓さん"と呼べと言っただろ、ゴラァ」
流れるような動きでヘッドロックを決める梓。
「・・えっとそれで梓さん、あの戦術機は?」
恐る恐る尋ねる渚に、
「あぁ、『瑞鶴』の改良型さ」
じたばたともがく久我を抱えたまま答える。
「えっ『瑞鶴』って、斯衛の機体じゃないんですか?」
驚く雫に解説を続ける。
「斯衛軍の装備変更で余剰になった機体を帝国軍が貰い受けて沿岸防衛用に改良したんだ。
昨年の秋ぐらいから撃震との転換が進んでいるって聞いたけど。」
「そうか・・・」まぶしいものを見るように白い戦術機を見つめる中岡。
「よく知ってますね、そんな話、あんな機体始めて見ますよ」
中村朋也が尋ねた。
戦死した彼の母親も衛士だったという、見慣れぬ戦術機に並々ならぬ興味があるようだ。
「こう見えても横浜じゃ整備科だったんだ、蛇の道は蛇。整備兵同士色々とね。」
ちょっと得意そうな表情の日吉、それに対してよせば良いのに久我が余計な事を言う。
「姉御が蛇だって言うならきっとアナコンダだな」
「聞・こ・え・て・い・る・ぞ、応馬」
チョークスリーパーに移行。久我の顔色がみるみる青くなった。
「梓さん駄目です、久我さん、泡をふいてます」優奈が慌てて止めに入る。
「ねぇ、どうして梓さんは久我君を目の敵にしているの?」
目の前で展開される光景の圧倒されながら問いかける渚に綾華は肩をすくめて答えた。
「応馬の奴、部隊中の女の子に声掛けたって言うのに梓さんだけスルーしたそうよ、梓さん
あの身長でしょ、それに走っても揺れないのでまさか女とは思わなかったって言ったもんだから」
「・・・成る程」思わずうなずく朋也に
「朋也君そんな事を納得しないで下さいっ!」と顔を真っ赤にする渚だった。
梓は顔立ちも整っていてスタイルも決して悪くないのだが、170cm近い身長とその"男前"な性格、
そして揺れない○○と中性的で同性にもてるタイプだった。

「斯衛か・・・」(私はこんな所で遠回りしていていいのだろうか?)
「雫、どうした」そんな騒ぎをよそに物思いに沈む雫に悠希は声を掛けた。
「ううん、なんでもないわ」悠希の目にはとてもそういう風には見えなかった。
「でもどこにいくんだ?この辺にBETAなんかいないだろ」
「ソ連軍がこの近海まで来ているんだ、"東京急行"と言われている領海侵犯機さ。」
梓からやっと解放された久我の質問に答えたのは坂上だった。
BETA大戦勃発後、航空機がその存在意義を失って以来、国外からの脅威と直接対峙してきた
帝国海軍出身だけに周辺国の事情にも詳しい。
「ソ連って、国土の大半を失って、そんな余裕あるんですか」綾華が尋ねる。
「オリジナルハイブ陥落以降、シベリアでも帝国の助成を得てハイブへ攻勢を掛けているからな、弱みを見せない為に
牽制を掛けているんだよ、侵犯機のミサイルの照準は間違いなくこの基地を狙っている筈だ。」
「物騒だな、ここは後方基地じゃなかったのか」そうぼやく悠希に坂上は答える。
「残念だが、人間同士に関して言えば、百里は最前線なんだ」
意外な博識ぶりに感心する一同だったが都がポツリと呟いた。
「こんな時代でも人は争い続ける、悲しい話ですね」目を伏せる都に勝名が絡む。
「なんだブルってるのか、それなら怪我しない内にさっさと転属願いを出した方がいいぜ、知ってるか、
衛士になる前に訓練で死ぬ奴だって少なくないんだ。」
別に嫌味を言ってるわけではない。彼女なりの親切の積もりなのだが、そう聞こえない所が彼女らしいともいえた。
「おい、言い過ぎだぞ勝名」さすがに悠希もたしなめる
「気にしないで都ちゃん、勝名さんも悪気がある訳じゃないの」優奈も都を気遣った。
(これで悪気があったら最悪じゃない・・)そう思ったが口にしない綾華だった。
「しかしまぁ乗るなら新型だな、せっかく衛士になったのに第1世代なんて勘弁だぜ」
周囲のとりなしを全く気にせず、相変わらず口が減らない勝名に対して何故かむきになる中岡。
「おい、斯衛の機体を馬鹿にするな、手錬れの衛士の操る瑞鶴は不知火と互角だというぞ、お前は4年前の
京都防衛戦の話を知らないのか?」
そんな中岡に対し、坂上がなだめるようにいう。
「どうやらその精鋭らしいぞ、肩の"誠”の文字、あれは343大隊の"新撰組”だ」
「あの距離でよく見えますね、俺には肩の字なんて判りませんよ」
と手をかざしながら朋也が呟く
「海軍じゃ見張りは大切な訓練でね、大砲屋ならなおのことさ。」
「どうしたらそんなに目がよくなるんですか?」
無邪気に尋ねる葵をほほえましく感じながら坂上は答えた。
「そうだな、まずは充分な睡眠を取る事、それにビタミンAだな、いいか人参は残さず食べるんだぞ」
「もう、坂上さんたらまた子ども扱いする」
坂上の頭をポカポカと叩く葵にどっと笑う一同


同時刻
日本帝国陸軍百里基地 滑走路

第343機甲大隊、通称『剣部隊』
太平洋戦争末期、本土防空戦において、米軍を相手に海軍航空隊の最後の矜持を示した343航空隊。
その称号を受継ぐ彼らは錬度と士気の高さから百里基地に駐留する各部隊からも一目置かれていた。
「今日の"宅急便”はいつものルン級だけじゃない、護衛付だ。気を抜くな!」
複座型である先頭の『双鶴』に搭乗するのは343大隊第1中隊「新撰組」の菅田 明大尉
「航続距離からすると護衛機はSuの新型ですね」と後席CPの栗塚 芳美中尉が答える。
「栗塚中尉、だから我々"新撰組”が行くんでしょう、いざとなったら"戦闘管制”お願いしますよ」
編隊内唯一の妻帯者、2番機の仁科少尉が自信に溢れた声で返す。
「菅田大尉、国連軍とのフェンスを見てください、例の訓練生ですよ。」
周囲をチェックしていた3番機の三沢少尉が知らせてきた。
「おっと、あれが噂のひよっこか。さすがにみんな若いな、帽子を振ってる子もいるし。よしっ答礼してやるか。
栗塚、タワーに出撃許可をもらってくれ」
嫌な既視感を感じつつも命じられるままに管制塔を呼び出す。
「シエラ1.1よりコントロールへ、プリフライトチェック完了、出撃許可を」
「こちらコントロール、シエラ1.1、出撃を許可する。いつでもどうぞ」
呼びかけに対し菅田が答えた
「国連軍基地の新入生に挨拶したい 離陸コースを3番滑走路に変更する。」
「何言ってるシエラ1.1、予定のコースを守れ!!」
「駄目ですっ大尉」慌てる管制塔と栗塚を無視して命じる
「よし行くぞ、見送りに答礼しながら編隊離陸だ」
「「了解」」

暖機運転をしていた跳躍ユニットからオレンジ色の火が伸びる、さらに離陸用の補助ロケットを点火、
跳躍ユニットの噴射音はさらに激しく、炎は長く青白くなった。
双鶴を先頭に翔鶴2機による三角形を描いてフェンス側の滑走路を滑空する。
訓練生達の目前を3機の戦術機がその主腕で見事な敬礼を決めながら、歓声をかき消す雷鳴のような轟音
とともに飛び去った。

「わはは、ひよっこ達、喜んでくれたかな?」笑う菅田に対し呆れ顔の栗塚。
「菅田大尉、離陸コース無視に編隊離陸、始末書は自分で書いてくださいよ。」
「そう言うなよ、複座の前席と後席は運命共同体だろ」
「大尉は普段から中尉のことを”俺の副長”といってますからね」とからかう仁科に
「仁科さん、それは"嫁の副長"の間違いですよ」とまぜっかえす三沢
「お前達、それをいうなら”鬼の副長だ”馬鹿」顔を真っ赤にして思わず栗塚は叫んだ。


朝焼けの太陽にむかって3機の戦術機が飛んでゆく、その姿は、北の大地へと帰る渡り鳥のように
はかなく、美しかった。
戦術機と同じ名を持つその鳥をこの国で見ることが出来なくなって久しい。
一同は機体が黒点のように朝焼けの太陽に溶け込むまで見送った。
暁の出撃、この情景は梓にあの日見送った"彼ら"を思い出させずにはいられなかった。
歴史が名乗る事を許さない、しかし決して忘れてはいけない彼らの事を・・・
「私たち整備兵は出撃する機体を見送る度にいつも思うんだ・・機体を壊してこようかまわない、
ただ衛士さえ無事に帰ってきてくれればと」
いつも快活な梓らしくない静かな呟き、だが轟音の後の静寂の中では意外と大きく聞こえた。
その言葉に込められた想いは訓練生の間に波紋のように伝わった。
衛士は常に死と隣り合わせという現実は若い彼らの興奮を鎮めるのに充分だった。
「あっ、今はあたしが見送られる立場だけど、ははっ」
微妙な空気を察して日吉が慌てておどけて見せたが返って逆効果だったようだ。
(こんな時、私はどうすればいい?)
気まずい沈黙の中、雫は自問する。
(武家であるという事は斯衛軍に入り、家名を復興する事だけではないはず。
仲間が迷う時、奮い立たせ導く事も武家たる者の務め・・)
雫は意を決すると一同の前に進み出た。

「聞いて」
一同を見渡すと静かに、しかし力強く告げた。
「何故私達はここにいるの?」
もはや視認すら難しい翔鶴を指差し、続ける
「私たちが目指す衛士、それはあの戦術機を駆る、人類の刃。

それは国境も出自も関係ない、牙無き全ての人の為の剣。

私はみんながそんな衛士になれると信じている。

自分を信じて、私が信じるあなた自身の力を信じて。」

朝日を背にしてそう語る雫の姿に一同は心奪われ声が無かった。
そう、確かに彼らは、目前の少女に伝説の武将の姿を見た

(駄目か・・・)

反応の無さに雫が後悔しかけた時、久我が叫んだ。
「うおぉし、やろうぜ、みんな」
沸き起こる歓声と拍手
(・・・雫)
うろたえる雫を見ながら、悠希の胸にも熱いものがこみ上げてきた。


後にある衛士がこの日を振り返る、あの日こそ甲20号作戦において燦然と輝く”源兵団”誕生の日だと。


「『新撰組』め、相変わらず無茶をする、何枚の始末書を書く事になるのやら」と呆れ顔の氷室。
「良いじゃないですが、おかげで部隊の結束が固まったようですよ、それにしても」
訓練生を見ながら富樫は言った。
「やはり指揮官の才能というのは天性のものですね」
「士気を揚げるという事は理屈や知識だけでは出来ません。訓練では身につかないもの、
それが"将"たる器なんでしょうね。」と氷室は返す。
痺れを切らした梶原が促した、「さて、もういいでしょう氷室教官」
「そうですね、梶原教官、御願いします」
「朝食の時間までにそんな調子で走りきれるとはお前ら余裕だな、まだ走り足らないというなら
明日から倍の距離にしてもいいんだぞ!」
あわてる一同、朝焼けの中、彼らは再び力強く走り出した。
 -了-

最終更新:2009年03月24日 08:12
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