隻眼の白髪鬼

2000年 某日

その部屋には、二人の男女が居た。
一人は白髪隻眼の男性―その白髪が老齢の印象を与えるが…良く見れば30半ばといったところである。
男は日本ではあまり見ることの無い武術―拳法に近い動きをしていた。

見守る女性は服装から察するに、医者であると思われた。
逆に言えば、その女性からは白衣を着ていなければ医者とは思われないような艶やかな印象を受けた。

「朽木蓉鋼さん…我々、帝都大付属の最先端技術……気に入っていただけましたか?」

朽木と呼ばれた男は、型と呼ばれる動きを一瞬止めたが、すぐに動きを再開しけながら言い放った。
「万全にはほど遠い…………しかし、悪くはない。」

朽木のいささか傲慢とも取れる発言に、女性は満足そうに目を細めた。
「それはそれは…良かったですわ。」

自分の言葉とは裏腹に朽木は内心感動していた…
己の行動で重傷を負い、多くの部下が死に…挙句の果てには米国に手柄を持っていかれたあの日から、朽木はここまで動くことなど出来はしなかった。

地面を蹴っても高く跳べなかった右足…
思い描く素早さで突き出すことの出来なかった左腕…
己の体の違和感を疎み、癒え切らぬ傷の痛みを贖罪のように受け続けた日々。

そんな過去から、まるで解き放たれたような気分だった。
(これで…また戦うことができる……。)

朽木は、自分の人生の転換が訪れた半月前のことを思い出していた……

前線に立てないという事実を知ってから数ヶ月、ようやく新しい職務に慣れてきたとある日の午後…旧知の男性が現れた。
「おや、白髪鬼と恐れられた朽木大尉かと思いきや……人違いですかな?」
顎鬚の中年男性―大場重勝大佐だ。
「久しぶりに会って一言目がそれですか、大場大佐。」
直属の上司ではないとはいえ、浅からぬ縁があったこの男性のことを朽木は良く知っていた。
そして、大場もBETAを殺すことだけを目的としていた―白髪鬼と呼ばれていた朽木を、さらにそれ以前の朽木をも知っていた。
「元気そうで何よりだ……かの作戦で重傷を負ったことは知っていたが、何かと忙しくて見舞いに来れなくてすまなかったな。」
「いえ……それで今日は、また企みごとですかな?」
「実を言うと、そうなんだ。」
あっけらかんと言い放つ大場を見て、朽木は自然と笑みがこぼれた…二人の間で笑みが重なり、久しぶりに…重傷を負ったあの日から、初めて声を上げて笑った。

しばらく昔話に花を咲かせた後、大場は真剣な表情になって語り始めた。
「君の最近の様子を聞いて、とある仕事を持ってきた…しかしこれは、怒りに身を任せ…BETAを殺すだけの鬼にできる仕事ではない。」

困惑を隠しきれずに受け取った書類には、『衛士再生計画』という文字が躍っていた。

「この計画に参加してくれるのならば、最先端の擬似生体技術の恩恵に与ることができ……おそらく衛士に返り咲くこともできるだろう。」

その一言に、朽木の鼓動が高まった…そして、反射的に言葉が出た…

「引き受けさせていただきます。」

「おいおい、内容も聞かずにかね…」
苦笑を浮かべ、朽木の発言に不安を覚えた―この男はまた修羅へと化すのか…
「どんな内容であろうと、衛士として戦えるのであれば…こなしてみせます。」

朽木という男の精神状態を計る為に、大場はあえて残酷な質問をした。
「…ときに朽木大尉、BETAが憎いかね?」
(否と答える日本人はいないだろう…しかし、過剰反応を起こすようでは……)
問われた朽木は、大場の真意を推し量るように黙ると…先ほどの「BETAを殺すだけの鬼」という言葉を思い出した。

「憎しみが回りまわって、今ではBETAを駆逐せねばという義務感が残っています……どちらにせよ、以前のような不様をさらしはしませんよ。」
大場は、自分の心配が杞憂で終わったことを珍しく神に感謝し、満足そうに頷いた。
「そうか………脱線してすまなかったな、話を戻そう。」

大場は、計画の全貌について掻い摘んで話し始めた。
「……とようするに、君のような疑似生体に頼るスゴ腕衛士を集め、帝都大付属病院の医療チームと連携しながら疑似生体を新たに移植した衛士の教練を行ってもらう。」
朽木は少し思案に暮れると…
「鬼は鬼でも、鬼教官になれということですか。」
思わず二人に、また笑みが浮かぶ。

「そうだ、とはいえ教導隊の隊長だ…何時かは前線に立つ機会もあるだろう……最後に一つ、これは国連主導の計画であり…君も国連軍に転属となる。」
朽木はこのタイミングで重大なことを話す男が、どんな男かを思い出した。
(この人は…まったく、断わる気を無くしてからこういう重大なことを言う…)
「相変わらず…狸ですな。」
最終更新:2009年03月28日 21:10
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。