東北大学SF研究会 短篇部会(2018/12/07)
パラークシの記憶 マイクル・コニイ/山岸真

著者紹介

マイクル・コニイ(別表記:マイクル・コーニイ Michel Greatrex Coney)
1932年イギリスのバーミンガム生まれ。2005年没。代表作は『ハローサマー、グッドバイ』、『ブロントメク!』など。
恋愛SFを得意とし、世界中に熱心なファンをもつ作家。日本にはサンリオSF文庫によって紹介された。本作『パラークシの記憶』は恋愛SFの名作『ハローサマー、グッドバイ』の続編。本作は全世界のファンが待ちわびていたものの、出版社に出版を断られたらしく作者のホームページにて無料で公開されるという運びになった。したがって生前は出版されることがなく、追悼出版にて初めて出版された \footnote{出版にともなって無料公開は停止されている}。
合宿以降でコニイの著作を読んで情報を追加しようとしたものの、多忙により断念。(唯一持っていないサンリオSF文庫の『冬の子供たち』は異常な高値でこれもまた購入を断念)
ちなみにミドルネームの「グレートレックス」は本名。またマイクルと読むのはハヤカワ特有の表記。サンリオで初邦訳された際の表記がコニイだったため、このレジュメもコニイと表記する。

訳者紹介

山岸真(やまぎし まこと)
1962年新潟県長岡市生まれ。主な訳書にイーガン『万物理論』『ディアスポラ』『しあわせの理由』、コニイ『ハローサマー、グッドバイ』『パラークシの記憶』など。主な編書に「80年代SF傑作選 上・下」(小川隆と共編)「20世紀SF 1‐6」(中村融と共編)「90年代SF傑作選 上・下」「SFマガジン700 海外篇」など。
SF翻訳者には珍しい専業翻訳者で、主にグレッグ・イーガンの作品を中心に翻訳している。邦訳されたイーガン作品はほとんどすべて山岸真の手によるものである(直交三部作のみ、中村融との共訳)。またアンソロジストとしても活躍しており、海外SF傑作選の編纂などを手掛けている。

主要登場人物

ヤム・ハーディ

本作の主人公。コニイらしい、ひねくれた思春期の男子の主人公なのだが、それでも他の作品に比べるとかなりまっすぐな性格をしている。そのため、本作は父親を失った少年が自立していく成長譚としても読め、青春小説としても高い完成度を誇る。(主人公の性格ひとつで印象ががらりと変わってしまうのだから、コニイはやはり腕の確かな作家だと言える)

ヤム・ブルーノ

ハーディの父親で、ヤムの男長である弟のスタンスの補佐役を務める。
スタンスが記憶を遺伝していないということを知っていたために、スタンスの手で殺害されてしまう。

ヤム・スタンス

ヤムの男長。ハーディの叔父にあたる。
先祖の記憶を多く受け継いだ、思慮深い(先人の記憶に対する検索性に優れた)人物が長になるのだが、当代の長であるスタンスは実は記憶を全く遺伝していなかった。そのためブルーノが補佐していたのだが、スタンス

ノス・チャーム

本作のメインヒロイン。かわいい。伝説の女性ブラウンアイズと同じ茶色の瞳をもつ。

アリカ‐ドローヴ

前作の主人公。前作では物語の語り手にも関わらず中二病気質な自己中心的だったために読者に多大なストレスを与えた。本作ではなんか脚色されて伝説上の人物になっており若干ひっかかる。(伝説なんてそんなものだ)

パラークシ‐ブラウンアイズ

前作のメインヒロイン。かわいい。本編の時間軸では伝説上の女性として語られている。ドローヴ同様、こちらもまさかの登場を果たす。

ミスター・マクニール

物語の舞台となった惑星に最後まで居留していた地球人。前作では「地球人とは異なるけど、感情などは地球人と同じ」などと地球人ではない、地球人は存在しないということをかなり強調していたにも関わらず、まさかの地球人そのものの登場となった。

村なし男

ミスター・マクニールとともに住む謎の男性。ヤムとノス出身の両親の間に生まれた混血児とされている。

作中用語解説

フュー

前作でも神格視されていた、この恒星系の主恒星。前作よりも文明レベルが後退しているためか、本作ではやたら言及が多い。ハーディたちの開発度を推し測る上でなかなか重要な文言になっている。

スティルク

この物語の舞台となった惑星に住む人型の生物。地球人ではない。
前作でやたら強調されていた通り、寒さに異常に弱いほかは、体のつくりも精神も感情も地球人と同じとされている。

ロリン

こちらも引き続き登場する。終盤はこのロリンとスティルクの謎を巡るとして物語が進む。

氷魔

水辺や氷の中に潜み、近づくものを捕らえて捕食する危険な生物。今作にも引き続き登場する。
氷魔やロリンが前作同様登場することから考えると、生態系などは前作と変わっていないらしい。

ギーズ設定

自身の記憶に鍵をかけること。
子孫に伝えたくないこと、知るべきではないことをある程度自由に非公開設定出来るらしい。

キキホワホワ

コニイの他作品から引っ張って来た設定。
この『パラークシの記憶』は前作からかなり時間が経ってから書かれたものであり、前作で残されていたロリンの正体に関する疑問をこの設定を導入することで解決出来ることから、この設定を導入して執筆したらしい。

所感

この作品を読むひとは、ほとんどすべて前作『ハローサマー、グッドバイ』を読んでいることだろうと思う。前作を読んだ人ならば、まず冒頭で「地球人」という言葉が登場するのに驚くことだろう。前作では物語の前に断りが入っていたほどなのに、なぜ地球人が登場するのか。不思議に思うかもしれないが、流石はコニイ、新たな設定を活かしてこれまた面白い作品を書きあげたのだった。
同じく、前作を読んだ人は、階級社会的、差別的な制度が物語の冒頭から明確に登場することにも驚くだろう。前作では寒さが厳しくなってきてはじめて階級社会が明確化したということを考えると、本作は既に厳寒期が目前に迫っていると考えられる。したがって、登場人物たちは気付いていないものの、読者は確実に予期される厳寒期の訪れを心配しながら読み進めることになる。
そのうえ、ストーリーの本筋では主人公ハーディが父親を失って窮地に立たされる。フーダニット、ホワイダニットで進められる物語は、設定を十二分に活かした謎解きへと進んでいく。
とはいえ、この謎解き自体はそこまで難しいものではない。記憶が遺伝するから殺人しないのなら、記憶が遺伝しないなら殺人にも抵抗がないだろう、という類推でスタンス叔父が犯人であることは比較的簡単に分かる。しかしながら、ミステリ的な解答を思いついてしまっても、恋愛要素や逃避行など随所に読者をひきつける要素があり、謎解きだけが面白さでないのが本作の大きな魅力。
そしてさらに言えば、謎解きも恋愛もすべては最後の最後に明かされるSF的大仕掛けへ読者を導くための誘導装置に過ぎない。本作は最後まで読者を飽きさせないコニイの腕が光る傑作と言っていいだろう。
SFとミステリは、本作からも分かるように非常に相性がいい。の読みづらさのひとつは作品の設定や発想を理解する過程にあると思うのだが、ミステリを導入すれば説明的な部分もすんなりと読者に読んでもらえる(読者が舞台や設定、状況を理解しないと楽しめないから)という利点が生じる。この作品にも、コニイがラストから物語を作ったということが読み取れる部分が随所にある。
(のちのちミステリとして物語を展開させることを背景とした)序盤での状況説明、事件の発生、謎解き、恋愛、逃避行、パラークシでのサスペンス、最終盤でのSF的大仕掛けと、どこをとっても面白い作品をつくりだすコニイの手腕は、色々と参考になると思う。
面白い作品に出会ったら、なぜその作品が面白いのかを考えながら読み直すと、その作品をより深く理解し、新たな魅力に気付くきっかけになることだろう。

下村
最終更新:2018年12月10日 08:22