東北大SF研 長篇部会
『ハローサマー、グッドバイ』 マイクル・コニイ/山岸真
著者紹介
マイクル・コニイ(別表記:マイクル・コーニイ Michel Greatrex Coney)
1932年イギリスのバーミンガム生まれ。2005年没。代表作は『ハローサマー、グッドバイ』、『ブロントメク!』など。
恋愛SFを得意とし、世界中に熱心なファンをもつ作家。日本にはサンリオSF文庫によって紹介された。75年にイギリスで刊行された本作『ハローサマー、グッドバイ』も1980年にサンリオ文庫SFとして翻訳された。サンリオ版では裏表紙のあらすじが間違っており、このあらすじを読んでしまうと最後の大どんでん返しを誤解してしまう可能性がある[1]。また、表紙絵の空の色も間違っている。(空の色は原書も間違っているのでセーフ)
87年にサンリオSF文庫が絶版となってからは入手が困難となり、一時は5000円以上にまで古書価格が高騰していた。発刊から40年近く経った08年に、本作の大ファンだった山岸真による新訳で復刊された。
ちなみにミドルネームの「グレートレックス」は本名。またマイクルと読むのはハヤカワ特有の表記。サンリオで初邦訳された際の表記がコニイだったため、このレジュメもコニイと表記する。
訳者紹介
山岸真(やまぎし まこと)
1962年新潟県長岡市生まれ。主な訳書にイーガン『
万物理論』『
ディアスポラ』『
しあわせの理由』、コニイ『ハローサマー、グッドバイ』『
パラークシの記憶』など。主な編書に「80年代SF傑作選 上・下」(小川隆と共編)「20世紀SF 1‐6」(中村融と共編)「90年代SF傑作選 上・下」「SFマガジン700 海外篇」など。
SF翻訳者には珍しい専業翻訳者で、主にグレッグ・イーガンの作品を中心に翻訳している。邦訳されたイーガン作品はほとんどすべて山岸真の手によるものである(直交三部作のみ、中村融との共訳)。またアンソロジストとしても活躍しており、海外SF傑作選の編纂などを手掛けている。
余談だが、私(下村)は山岸さんの高校の後輩にあたる。その縁もあり、今回特別に訳者コメントを2作分いただいているので、そちらも併せて楽しんでいただきたい。
主要登場人物
アリカ-ドローヴ
本作の主人公。ギャルゲの主人公のごとく、出会う女の子を全員惚れさせる恋愛体質。それに加えてかなり中二病気質で自己中心的なものの見方をしているため、ドローヴの一人称視点で語られるこの物語はドローヴの性格にかなり強い影響を受けている。
かつては叔母がいたが、2人で外出した際に遭難し、ドローヴは生き延びたが叔母は凍死した。
パラークシ-ブラウンアイズ
本作のメインヒロイン。かわいい。
パラークシ-リボン
パラークシの網元の娘。その生まれのせいか、若干高飛車で生意気な部分がある。
パラークシ-スクウィント
リボンの弟。作中で殺害される。
リボンも同様だが、ドローヴに対して敵対的な人物は物語で不遇な傾向がある。
パラークシ-シルヴァージャック
パラークシの漁師。作中で謀殺される。この人もリボン同様、不遇。
作中用語解説
グルーム(粘流)
強烈な夏の日差しによって蒸発した、どろどろの濃い海流のこと。一番濃い時期は歩くことも出来る。漁業が盛んなパラークシの街は、このグルームの恩恵で栄えている。
ロリン
知能は高いものの、会話もせず、一貫した行動を示さない謎の二足歩行の生き物。今回の大どんでん返しで最大の役割を担う。
次作『パラークシの記憶』にも引き続き登場する。
ロックス
地球でいう牛や馬などにあたる家畜。ロリンがロックスを使役していることもある。
所感
最高。夏のうだるような暑さ、冬の身を切るような寒さが一冊の中に共存し、互いが互いの印象を引き立てている。最後の数頁でそれまでの物語の印象が一変する大どんでん返しはまさに「SF史上最大の大どんでん返し」というにふさわしい。このどんでん返しを物語の途中で予想できた人はいただろうか。もしいたなら、ぜひ名乗り出ていただいて、その予想の根拠と気付いた箇所を共有していただけるとありがたい。
基本的には抒情的な情景が語られて実に瑞々しいのだが、主人公ドローヴの目を通して語られる一人称小説ということもあり、ブラウンアイズへの過剰なまでの神聖視が散見される。神聖にして不可侵的な存在であるブラウンアイズに対して行った行為は色々と擁護出来ない部分が存在する。表面的にはいい話、いい青春恋愛小説、いいSFミステリなのだが、どこか歯切れの悪い部分が残ってしまう。(大どんでん返し自体はとても好きです)
今回は推理研と合同の部会だったということで、あまりSFを読みなれていない人もいたと思うのだが、どうだっただろうか。SFではあるがそこまで難解な設定はなく、最後のどんでん返しもSF的設定を使いつつ、見事に伏線を回収している。恐らく楽しんでもらえたと思いつつ、続編のSFミステリ『パラークシの記憶』もこれに負けない傑作だということを強調しておく。
SF研の人たちは、初日の『万物理論』と比較してどうだっただろうか。同じSFと言っても全く作風の違う2人の作者の作品であり、また同じ訳者でもこれだけ訳文体が変わることもある。こういう翻訳に関する面白さも知って、翻訳SF全般の面白さに触れてもらえればと思う。
付録
コニイの他作品と、恋愛SFの名作を紹介する。
『パラークシの記憶』(河出文庫、山岸真訳)
本作『ハローサマー、グッドバイ』の続編にあたるSFミステリ。パラークシの人々は代々記憶を遺伝するため、人々は犯罪の記憶が遺伝するのを恐れて犯罪を起こさない。しかし、ある日背中を刺された男の死体が発見される。
作中でかなり時間が経っているので、ドローヴやブラウンアイズなどの主要人物は直接登場しない。SFミステリとして非常に完成度が高く、(北原尚彦さんなど、ミステリ関係者を中心に)『ハローサマー』より高く評価する人もいる。山岸さんのイーガン以外の翻訳は貴重なので、翻訳者ファンとしてはその点でも楽しめる。
『ハローサマー』よりもギャルゲ成分が薄く、主人公の精神年齢も高めなので、本作のドローヴにむかついたひとでも安心して読める。せっかく長篇を一冊読んだのだから、ぜひ『パラークシの記憶』も読んでほしい。推理研のひとには特におすすめ。
『ブロントメク!』(河出文庫、大森望訳)
英国SF協会賞[2]を受賞したコニイの最高傑作のひとつとされる作品。ひとによっては、『ハローサマー、グッドバイ』や『パラークシの記憶』よりも出来がいいと言う意見もある。
『カリスマ』(サンリオSF文庫、那岐大訳、絶版)
恋愛SFを得意とするコニイの腕が光る一作。『ハローサマー』でも感じた人がいるかもしれないが、コニイの描く恋愛は自分に都合のいいものばかりで、読むひとによってはその独善的な恋愛観に嫌悪感を抱く人もいるかもしれない。この『カリスマ』でも味方によっては独善的ともとれる恋愛が展開されるのだが、この作品の特徴は主人公が独善的な恋愛だと自覚しているところ。コニイは独善的な恋愛観を確信犯的に提示していたのだ。
『冬の子供たち』(サンリオSF文庫、関口幸男訳、絶版)
アマゾンの古書価格で8000円近くをつけている(9/10現在)。面白いことは面白いらしいのだが、高くて手が出せない。まだ読んでいないので何とも言えない。
「たんぽぽ娘」(ロバート・F・ヤング、伊藤典夫訳、河出文庫)
恋愛SFの金字塔。これもまた長らく絶版で手に入らなかった幻の名作なので、簡単に手に入れられるようになった今こそぜひ読んでほしい作品。短篇集であり、表題作『たんぽぽ娘』も気軽に読める分量になっているので、夏休み明けまでに読むのもよし。
『マイナス・ゼロ』(広瀬正、集英社文庫)
海外SFで熱狂的なファンを持つ恋愛SFが『ハローサマー、グッドバイ』ならば、国内SFで熱狂的なファンを持つ恋愛SFが『マイナス・ゼロ』だ。タイムマシンに乗って着いた先は、29年前の戦前の東京だった。当時の街のにおいまで漂ってきそうな昭和初期の東京で、なんとか現代に戻ろうと奮闘する。「時に憑かれた作家」広瀬正の最高傑作で、星新一や司馬遼太郎など多くの人に愛されるタイムスリップものの不朽の名作。
脚注
[1]誤訳・誤植はサンリオSF文庫の伝統芸。ひどいものでは、巻末の文庫紹介で本来なら「○○ ○○訳」としなければならないものを「○○ ○○誤訳」としているものもある。
[2] その前年に発表された英国内で発表されたSF作品のうち、ファンや書店員、作家などからなる英国SF協会員から最も票を集めた作品に贈られる。米国のヒューゴー賞、日本の星雲賞と同じ形式。主な受賞作としては、クラーク『
宇宙のランデヴー』、ディック『暗闇のスキャナー』、プリースト『逆転世界』『双生児』、ミエヴィル『都市と都市』などがある。
下村思游
最終更新:2018年09月15日 16:32