太陽からの風 by.chasyu

1 作者について

渇きの海」参照(コラ
処女作「抜け穴」でデビュー。短編では今でもベストに押される「太陽系最後の日」(SFマガジン第2号掲載なのだ)をはじめとして「2001年」の元になった「前哨」や
「90億の神の御名」「破断の限界」などが有名

(部会バージョンでは見事に「太陽系最後の日」が処女作になっていた。やっぱり間違えるよなぁ)

2 作品別解説、感想+@


技術解説はクラークが噛み砕いてくれているので簡単にとどめます。

神々の糧

 近未来、議会の公聴会での話。トリプラネタリー社の新食品「アンブロシア・プラス」の市場独占問題に関してライバル会社の関係者が告発を行うのだが・・・

安直すぎ? でも、非肉食社会と言うのを描いているのは面白い。「海底牧場」でも、世界で唯一仏教のみが残り、仏教的見地から肉食をやめ合成食料に変えていこうと言う
運動を展開する話があったがそれを悪ノリさせた感じか。
ちなみにわれらが部会では意外に評価は高かった。

大渦巻Ⅱ

 クリフ・レイランドは月の緑化事業に従事していたが、金がないので地球への帰省に電気打揚機(マスドライバー)を使うことにした。しかし加速中に停電が発生し軌道速度に足りない。
月面落下が迫る彼が助かる方法は?
ジュディス・メリル「年間SF傑作選6」や「20世紀SF 60年代 砂の檻」にも「メールシュトレームII」の題で掲載。

ファンによる映像化計画もある。詳しくはこちら http://home.comcast.net/~jeroen-lapre/ArthurCClarke/MaelstromII/MaelstromII.html

タイトルは作中でも言われている通り、エドガー・アラン・ポーの「大渦巻の中へ(メールシュトローム)」から。一般的に、知られていない自然現象を出すこういった「ギミック」ものは文学的には
評価が高くないのだとか。ここではガジェット自身はなるべく少なくしてシンプルにおさまっている。ちょっと主人公の態度の急変っぷりが気になるが、元はと言えば早々に救出をあきらめかけた
管制が悪いよなぁ。ここで完全に主人公が「崩壊」しないのがクラーク。「渇きの海」もそうでしたね

ちなみに星野之宣「2001夜物語」第三夜の「大渦巻Ⅲ」はある意味でこの作品のオマージュというより続編ととっていいかも。
こちらは太陽光帆船ヘリオジャイロの乗員が救助を受けるため四苦八苦する話。「太陽からの風」も入ってます。

そういえばポリスノーツ(PS/SS/PC98)でも主人公のジョナサン君、トクガワの施設から打ち出されましたな。ただでさえコスモフォビアなのによくやります。私でも20Gはだいぶありがたくないです。
いくらプールといえども完全に加速度を消せるわけではないだろうし。

訂正:前回(渇きの海にて)マスドライバーは電気打揚機を主に指すように言いましたが、巨大な大砲やパチンコなど、ロケットのような反動手段を使わず物資を打ち上げる手段はすべからく
マス(質量)ドライバー(駆動機)です。イギリスは現在打ち上げ手段を持たないのでパチンコ式を真面目に研究してるとか。いかにもイギリスらしい。

輝くもの

スリランカ(当時親ソ)の海水温度差発電施設の深海部分が「何者かに」破壊された。スイスの海洋技術者は深海作業艇で調査に赴くが・・・

クラークのジャンルの一つ「海洋もの」。 この発電システムは海水の温度差を電力として取り出すもので、方法は違うが現在も開発が行われている。
人類ではない種族も地球上で知性を持っているかもしれないというアイデアはいろいろある(一番多いのは犬・猫・海洋哺乳類)が、神秘的な深海生物に科学的に迫るさまを描いて
独自の雰囲気をかもし出している。そういえば長編「遥かなる地球の歌」の第一案でも、惑星サラッサの「住人」は烏賊の予定だったとか。本編では節足動物になりましたが。
「ワンの絨毯」@イーガンもこの系列と言えるかもしれません。でも2次元セルオートマトンで収まるこっちのほうが視覚的にもイメージしやすくてよろしいです(何

太陽からの風

 表題作。太陽光を背に受けて帆走するヨットを使用した地球-月間のレースが開催された。そこにすべてをかける男たち。次々と脱落者が出る中、大きな試練が彼らを待ち構える。

アメリカ人による簡易コミックはこちら http://www3.ec-lille.fr/~u3p/bd/bda.html

 表題作にして最も有名かもしれない。小指より弱い力で月とその彼方を目指し、これまでどの船が広げたよりも広い帆で一人の男が宇宙へと乗り出していくという「巨大」と「極小」を
うまく対にしながら展開させていくOPはこれぞ「SFの風景」の一枚であります。男のロマンは戦闘や馬鹿でかいメカだけじゃないんです。もちろん、これまで「大勢の中の一人」であった主人公
の「独り舞台」、そして最後に示される短く激しいロケットの炎と帆を揚げて進んでゆく対照のかすかに光る遠い星ぼしという対比も忘れてはいけません。男の一世一代の挑戦が光ります。
参加国は時代を反映してます。これでアジア枠がないのが残念です。日本ならなんだろう、「いろは丸」?


これまでに行われたソーラーセール実験

 2001年7月19日 アメリカ 惑星協会、実用ソーラーセール実験機「Cosmos1」をロシアの弾道ミサイルで打ち上げるもロケットの問題で失敗

 2005年6月21日 アメリカ 惑星協会、再び「Cosmos1」を同じ方法で打ち上げるも行方不明に。やはり安い打ち上げ手段は駄目か?

 ちなみに打ち上げには旧弾道ミサイル原潜がそのまま使用されている。これもひとつの平和利用。
 ある意味で「メデューサとの出会い」でクイーン・エリザベスを支援した(博物館上がりの)原子力空母「チェアマン・マオ(毛主席)」みたいなもんか

 2004年8月9日 S-310-34号機日本 小型ロケットによるソーラーセール膜面展開実験 成功(ただし弾道飛行)

 2006年2月22日 日本 M-Vロケット8号機サブペイロードにてソーラーセール膜面展開実験。 展開に一部成功

 「サブペイロード」とは本来はバランスをとる錘として利用される部分に観測機器など搭載させる簡易衛星。H-2A試作一号機でピギーバック衛星・DASH再突入試験機の失敗
 (これは衛星側のミス)がマスコミに「必要以上に」大きく取り上げられてしまったことを「反省」してこういう呼び名になったらしい。なんてこったい
 この趣旨の発言は日本SF作家クラブによる「ゴールデン・ラズベリー賞」を受賞している 詳しくはこちら http://www.sacj.org/openbbs/

いまは閉じる以前に開くほうが問題だが、一応日本が先行。木星探査を目指すイオンエンジンとのハイブリッド推進システム「電気ソーラーセール」も研究が進む。

秘密


一発ネタ。これを扱ったクラーク作品はほかに「死と上院議員」など。プラネテスのようにテロ屋・忍者も含めて満足な生活を送れるようになるには長々とかかりそうである。
(ヒマ人を生かしておく余裕がなさそうですな)

最後の命令

そううまくいかないところからSFが始まるのでは?とも思う。やっぱり楽観的すぎるといわれるのも当然か。

Fはフランケンシュタインの番号

ある日、世界中で電話が一斉に鳴り始めた。ネットワーク社会がもたらす意外な人類の破滅を描く。

タイトルは「ダイアルMを廻せ!」か「007号の冒険」か、いずれにしてもイギリス人らしい。内容はというと正しい意味での「情報の海で発生した生命体」の話。
日本の外務省が税金つぎ込んだ奴とは根本的に違います。でも、ただ電流が秩序を持って流れているだけで意識ができたら苦労しないわなぁ。
用はその流れる電流のどこをどうとって秩序、そしてどういう行動をもって意識とみなすかということになるが。

再会

一発ネタ。クラークの人種に対する考え方が一部伺える。

記録再生

やりたいことはわかるのだが、一人称で描くと滑稽を超えて意味不明。
でもわが部では人気でした。

暗黒の光

一人の独裁者に支配されるアフリカの小国。科学者であるがゆえに迫害を免れた主人公は「独裁者」を消すため、据え付けの終わったマークX・外宇宙レーザーパルス通信機の利用を考えるのだが…

そういえばクラークの「光あれ」(10の世界の物語収録 「白鹿亭」ネタ)もこれとよく似た「目に見える殺人光線」のお話でした。
あとはサッカーの試合の話「軽い日射病」(同上)でも恐ろしいものが登場。02年にW杯北試合が実現していれば・・・
世界の各地でさまざまな「殉教者」が尊ばれている今の世の中に対するアンチテーゼがこの時代に出ていたのだとすればなかなか興味深い。
苦痛がまったくないかどうかは疑問だが。でも各地で「非殺傷系兵器」としてレーザーを使う動きはある。イギリス海軍は直接パイロットを狙う装置を防空システムに利用しているとか
ただし、いちおう「失明」を狙ったレーザー兵器は国際条約で禁止。守られるとは思いませんが。

史上最長のSF

一発ネタ。本当の最長は「ローダン」なんだろうが、これは事実上、無限に長いうえに終わりもあるのでこちらの勝ち!かな。

ハーバート~

「史上最長のSF」にまつわる話と、クラークの姿勢、そしてウエルズ評。ちなみに「予見者」原文はこちら http://www.horrormasters.com/Text/a0738.pdf 
異色作家短編集にでも載るかなといったところ 確かにものすごく短くて、変に頭に残る話ではある。
最後に一言。 
アダムとイブネタ禁止!

あの宇宙を愛せ

一発ネタ。クラークもこんな話を書くのかい!!ただ、まだマシなレベル。オチわかるし。

十字軍

 一発ネタの中では一番まとも。機械型生命体の「自然発生」を真面目に取り組んでいる点が面白い。発生過程などを見ればわかるが、「Fはフランケン~」と対になっている。
「個」がないゆえに仲間意識(?)が強いのか、現状打開のための行動を開始するとはおせっかいな連中です。よく考えると機械生命体側に(最初から植えつけられたものでない)
行動理由をつけているのはこれぐらいかもしれません。ラストのゾッとさせるオチはいいですな。
 ベンフォード「夜の大海の中で」にもわし座新星のなぞはちょっとだけ触れられる。さぁ、みんながんばってバーサーカー襲来に備えよう!って、スターグライダーやラーマだったらどうする!

無慈悲な空

二人の男がヒマラヤ山脈を登っていた。あろうことか一人はサリドマイド事件の被害者。彼らは新発明の反重力上昇機「レヴィテイター」の実地テストのためにこの地へ赴いたのだが・・・

障害者の登山なんて、と言っていたら「両足義足の男性エベレスト登頂成功」と「パワードスーツHALで障害者とともに登頂に挑戦」のニュースが飛び込んできている。
SFが形は違うにせよ現実となるペースは早いものです。(って、これを書いてるうちにSFマガジンに金子隆一氏が同じことを書いてるではないですか 無念)

主人公の「気まずい」一言に動じない博士がなかなか立派。あと、谷甲州もそうだけど東アジア某国はあんまり信用されてませんなぁ。
しかしラストの一言の持つ力はすごいですね。何の説明もなく空を浮いてしまうさまざまな連中を土下座させたいぐらいです。
「反重力という言葉は、言葉で表すほど重力に抗して飛べるものではないのだよ」

中性子星


英語のジョークは訳しにくい、の一例。日本語じゃシャレになってないですなぁ。

地球の太陽面通過


 初の有人火星調査隊は、着陸船の陥没で帰還不能になった。残りの酸素すべてを託された一人の隊員が、1984年5月2日火星から見て、
 地球が太陽面を通過する20世紀最後の天体ショーの人類でおそらく唯一の観測に挑む。

 最初で示されるとおり、南極点一番乗りを目指しながら惜しくもアムンゼン率いるノルウェー隊に敗れ、それでも科学的調査を最後まで怠らなかったが
最後に全員死亡したイギリスのスコット隊がモチーフ。南極・海、そして乾いた火星の大地のコントラスト。突きつけられる現実の二つの面(生存できるのは一人、
観測チャンスは一度きり)にかける主人公。対比させる対象がなかなか鮮烈なイメージを持っている。
でも、誰もいないからなおのこと人間の声を聞かないのは本当に精神に良いのやら。

 部会でも触れたが、このころは「度胸星」や「ミッション・トゥ・マーズ」で登場した現地調達型格安火星行きプラン「マーズ・ダイレクト」のようなものは考えられてなかった模様。
それができれば多くの隊員を生かして置けたかもしれないんだがなぁ・・・とこのへんは最近出た「火星縦断」に期待しましょう(何

メデューサとの出会い

 ファルコン中佐は地球での事故により、ほぼ全身を人工の器官に取り替えられたサイボーグ。彼はその「身体能力」を生かすべく、
 木星大気圏の調査を買って出る。かくして核融合熱水素気球コンチキ号の驚異に満ちた旅が始まる。

 木星型惑星の大気圏調査と、サイボーグとなりアイデンティティを喪失しかけている主人公が自分の「道」を見つける話が程よくミックスされた話。

スーパーチンプは「宇宙のランデヴー」にも登場した石版ではなく人為的に知能を強化された作業用のチンパンジーのこと。これが将来反乱を起こして地球を以下略、ってやつか
という馬鹿話は置いておくとして、この話は3種類のファーストコンタクトといえるだろう。主人公の「機械の体」との出会い、「メデューサ」との出会い、そして新たなる立場を持っての「人間」を
代表とする炭素系生命体との出会い。それぞれが直接的に訴えかけてくるが、主人公はそれすぐに理解することは出来ない。でも、一つ一つが持っている意味が重なり合ってはじめて、
最初と最後の「接触」が深い意味を持ってくる。このへんは「専門の」サイボーグの諸書に劣らないと思う。たとえ主人公が正義の味方や国家公務員じゃなくてもね!
でも、自分ならせめて二足歩行にはしてほしいよなぁ。あ、でもローラーダッシュ機構装備だ!速いぞ!(違

木星型惑星探査といえば小松左京「さよならジュピター」と野尻抱介「フェイダーリンクの鯨@クレギオン」があるが、両者の探査の主役はシャトル。やっぱり大気中を漂う気球では
「狙った目標」(前者は大赤斑、後者はとあるしかけ)に向かえませんか。しかしコンチキ号には自由落下しながら始動するラムジェットなんて恐ろしいものが装備されている。
これはタイタン航空隊@航空宇宙軍史と同じく大気+酸素で着火するアブないしろもの。やっぱり気球の旅のほうがスリルは上かもしれません。

3 総括


技術発展にあわせた年代順の短編集であるから、ちょっとこりゃないぜというショートショートも混じっているため、ベスト短編集とは言いがたい。
しかしクラークという作家を知る分には面白いといえるラインナップ。「太陽からの風」「大渦巻II」「地球の太陽面通過」
「メデューサとの出会い」というガチガチながら読みやすいハードSF短編がついているのはお得。

4 クラーク短編集一覧


  • 前哨 2001年の原型作である表題作と「地球への遠征」、「破断の限界」etc
  • 明日にとどく 処女作などの初期作品。「太陽系最後の日」「木星第五衛星」etc
  • 白鹿亭奇譚 パブ「白鹿亭」に集まる好き者たちのSFホラ話 「皆さんお静かに」「軍拡競争」etc
  • 天の向こう側 短いながらインパクト強烈の「星」「九十億の神の御名」etc
  • 10の世界の物語 同じく初期作品中心。「イカロスの夏」「彗星の中へ」「思いおこすバビロン」etc
  • 太陽からの風 今回の課題本
  • 太陽系オデッセイ 唯一の新潮での短編集。挿絵あり、「太陽系最後の日」から「メデューサ」まで載っている(おそらく日本語翻訳版で最高の)自薦集。
ただ、「遥かなる地球の歌」が映画原作案バージョンという筋書きのみの代物。せめて短編版にしてはくれなかったのか・・・!!!!

2019.02.24 Yahoo!ジオシティーズより移行
http://www.geocities.jp/tohoku_sf/dokushokai/windsun.html
なお、内容は執筆当時を反映し古い情報・元執筆者の偏見に基づいていることがあります by ちゃあしう
最終更新:2019年03月06日 00:29