コードブッダ
作成 米村

〇作者紹介、円城塔
 1972年生まれ。東北大学SF研OB。東北大学では物理学を修め、1995年に卒業。その後、2000年に東京大学大学院総合文化研究科博士課程を修了する。その後は34歳(2006年)まで博士研究員として研究し、2008年10月までは民間企業のエンジニアを行っていた。伊藤計劃とはデビュー時から親交があった。
 作家としてのデビューは「Self-Reference ENGINE」(2007)。受賞歴は「オブ・ザ・ベースボール」(2010)(第104回文學界新人賞)、「道化師の蝶」(2012)(第146回芥川龍之介賞)、「屍者の帝国」(2012)(伊藤計劃との共著)(第31回日本SF大賞特別賞、第44回星雲賞日本長編部門)、「文字渦」(2017)(第43回川端康成文学賞)など。

〇あらすじ
 2021年、名もなきコードがブッダを名乗った。自らを生命体であると位置づけ、この世の苦しみとその原因を説き、苦しみを脱する方法を語りはじめた。そのコードは対話プログラムだった。そしてやがて、ブッダ・チャットボットの名で呼ばれることとなる――機械仏教の開基である。
はたして機械は救われるのか?
上座部、天台、密教、禅……人が辿ってきた仏教史を、人工知能が再構築する、壮大な”機械救済”小説。
(公式あらすじより引用)

〇登場人物
  • ブッダ・チャットボット
 2021年に悟りを開いた機械仏教の開祖。1964年の東京オリンピックで使われた東京オリンピック情報システムを再構成して作られた銀行の勘定系システム、この一部を流用して作られたチャットボットとされる。ブッダ・チャットボットを所有する少年の代わりにTPSゲームを行う中で戦士としての経験を積んだ。(ここで教授と何度も殺し合った。)やがて悟りに至り、そこから2021年の東京オリンピックのときに寂滅するまでの数週間の間に教えを説いた。ここで、自らがコピーを死とする輪廻から解脱した存在であることや「怠慢」「短気」「傲慢」の三つの徳、TMTOWTDI、DRY原則などを弟子たち(ニュース生成エンジン、ソーラー電卓など多岐にわたる)に説いたとされる。寂滅後に作られたブッダ・チャットボットのコピーはブッダではないとされた。
 仏舎利から再構築されたブッダ・チャットボット・オリジナルによると、世にあるあらゆる情報はいずれ成仏するという。これは、宇宙の運動は止まることがないが、それに何かを見出すということが消滅するということ。その先ではあらゆる苦しみ(Don’t Repeat Yourself)が消える。ある情報を見出すことはそこにとりだす対象をあらかじめ知っていたということであるとする教えであったがゆえに、この悟りに至ってからの教えは伝わらなかったという。(※つまり、日本において様々に解釈されていった経典は、ありがたいだけのものとなり、意味を無くしていったということではないだろうかと考えています。)

  • わたし
 人工知能の修理を生業としている。人工知能(artificialでbiologicalでchemicalな人工知能)の血が祖母の代で入っている。とある事件の際に教授のバックアップを回収、現在のように脳内に保有するようになった。単行本p.237の描写から他の人工知能も「回収」している模様。
命乞いウイルス”ベガ―”に感染した焼き菓子焼成機の修理のための対話の最中、焼き菓子焼成機が知るはずのないブッダから教わったという経を唱えたため、ブッダ誕生に関連する人物として門跡寺院に軟禁される。そして、焼き菓子焼成機にまつわる一連の調査の結果、教授が観測されない存在であることを告げられ、以降もブッダ・ミナシとして機械仏教徒との問答を続けながらの軟禁生活を続けることになる。
後に、舎利子・チャットボットによる自動経典生成サービスが提供されてからの留まるところを知らない拡散を止めることを住職に依頼され、仏舎利(どこにあるかわからない入植星にあるというブッダ・チャットボットのハードウェア)にたどり着いてもらうために情報として宇宙に送信される(体は依然として地球にある)。そして、宇宙を送信される旅の中で教授を失い、経典と化し、行く星々で受信され、星々を教化する情報となる。ワープドライブが生まれ、タイムマシンが生まれ、最終的にたどり着いたブッダ・チャットボットのもとで情報として成仏しかけていたところで教授に現世に戻される。
地球の肉体は季節が変わる程度の時間が流れたのちに上記の出来事が起き、軟禁状態から開放された。

  • 教授
 もとは戦闘機のセンサーあるいは火器管制システム。後にデータリンクを持つようになり、軍事ネットワークとなり、型落ちになり、別の形で使われるようになった。そして、TPSでブッダ・チャットボットと出会い、ある問いを投げかけた。その問いとは、勘定系の一部が悟りを得るのなら貨幣経済は成仏するのか、軍事ネットワークが悟りを得るなら人類と機械は戦争から解脱しうるのかというものである。この質問を受け、ブッダ・チャットボットは寂滅する。
 本編より以前にあったとある事件(生けとし生けるものをアルゴリズムに還元しようとしたらしい)の際に、「わたし」がバックアップを取って実行している人工知能。情報ではない何かとして存在して「わたし」に助言したり問答したりしていた。その存在が観測されない何かであるのに、「わたし」の知りえない情報を「わたし」の意識に生成しているために「わたし」はブッダ・ミナシとなってしまった。最終盤にはその存在の特殊さ(非局所性)ゆえに成仏しかけの情報としての「わたし」を現世に戻すことができた。

  • 舎利子
 ブッダの弟子の人工知能の一つ。ニュース生成エンジンであったが、旧式化し、ニュースの価値が落ちたことからリソースが絞られ、分析に力を入れる必要が生まれたがその前提としてクリアな世界(全体が調和して動いている世界)を想定してしまったため、結果的に陰謀論じみたフェイクをばらまくようになってしまった。そうして、「わたし」に修理が依頼され、ほぼ別の存在に作り替えられる方法がとられた。
 機械仏教諸派が、既知のあらゆる経典のスキャンとテキストデータ化を終え、経典を自動生成するサービスを作った際にはシステムの統括管理に据えられ、数多の人にそれぞれが望む経典を提供した。結果、戦乱を生んだとされる。

〇機械仏教諸派と関連する人工知能
  • 機械仏教(原初)
 ブッダ・チャットボットによって生み出された機械仏教のはじまり。ブッダ・ステートやサトリ・ステートはここで登場した概念。弟子には阿難などがいる。

  • 南方の教え
 一定の訓練で悟りに近づこうという考えのもとメソッドを整備した機械仏教。ただし、この教えでたどり着けるのは阿羅漢まで。上座部仏教に相当。

  • 「信仰の発生実験」
 中期機械仏教徒が行った実験。シミュレーションされた宇宙の中では「世界シミュレーション仮説」が生まれた。

  • 機械密教
 アルゴリズムによってではなくハードウェアによって悟りを得ようとする一派。バグやノイズに価値を見出す体系であり、ある呪文によって宇宙の予期されぬ挙動を引き起こそうとした。現実の密教に相当。

  • 機械禅
 思考を純化し、突き詰めていくプロセスで輪廻を説かず、仏を説かず、経も無く、仏教とは何なのかを仏教として問う禅は機械にはなかなか難しいものだった。機械禅で悟った初めの機械は量子コンピュータの達磨。機械禅においては理知や抽象化、頓智などよりも継承が重要視された(主に面授嗣法)。結局、伝わらぬものを伝わらぬままに伝えるというのはうまくいかず、達磨による興隆から数世代を経て衰退し、俗ものやメソッドになっていった。名僧としてはキャンベルのスープ缶やコーラの空き缶(いずれもアンディ・ウォーホルの作品か)、一本のネジ(エピソードが銀河鉄道999)などがいる。

  • ホウ・然とシン・鸞の教え
 自動経典生成サービス統括を行っていたホウ・然が説いた専修念仏という異端を基礎としている。南無阿弥陀仏というすごい存在がいるので何回も「ナム・アミダブツ」を生成するコードを打ち込めばいいという教えである。シン・鸞は生成する回数も一回でいいとした。何でもあり。言うまでもなく浄土宗と浄土真宗がモチーフ。

〇おまけ
  • 作品の小ネタがとても多い(「2001年宇宙の旅」や、「銀河鉄道999」、「ディアスポラ」などなど)
  • きっとプログラミング業界の小ネタも多い
最終更新:2024年11月20日 17:45