紫の式は遅れて輝く

紫の式は遅れて輝く ◆30RBj585Is




迷いの竹林の内部は行く先々まで背丈の長い竹で埋め尽くされている。
歩いても歩いても変わらぬ景色を前に、一般の者が立ち入るとただではすまないだろう。
だが、そんな竹林を迷うことなく奥へ奥へと進めるならば、そこには古い和風の屋敷が見えるはずだ。
竹林という大自然の迷宮の中に、どっしりと陣を構える大きな屋敷。
幻想郷の人々は・・・その屋敷を永遠亭と呼ぶ。



ペラリ

『花の異変のときにウドンゲが持ってきた彼岸花やスズランなどの毒草を中心に、毒薬を作った。
その毒は無色無臭。水に溶かして使用するものである。
2%に薄めた毒薬をネズミに与えたところ、5秒もしないうちに死亡した。
もし人間が服用したならば、数滴の服用で数分もしないうちに死ぬだろう。
この毒はあまりにも強力すぎる。一旦この薬の製造は中止し、改良を施すことにした』

ペラリ

『即効性の麻酔を開発することに成功した。
スズランから採れる蜜とヒマワリの種油を調合し私の魔力を送り込むことで作られる。
非常に簡単に作ることが出来るが、私の魔力が必要なことから、他の人では作ることが出来ないのが残念だ。
また、ただのスズランやヒマワリでは作ることは出来なかった。どうやら、無名の丘のスズランと太陽の畑のヒマワリでなければならないらしい。
これらは通常のものと何が違うのか。研究中である。
なお、実験用のネズミに鍼で刺すと、一瞬のうちに全身が麻痺しその後意識を失った。
だが、数分で意識を取り戻し再び動いたことを確認。後遺症もないようだ。
性能上、人間が妖怪に襲われたときの護身が中心となるだろう』

ペラリ

しばらくの間、ペラリペラリとページをめくる音がし、最後のページに差し掛かったときにパタンと閉じる音が鳴った。
「なるほどね。流石は薬の専門家ということか。伝説の不老不死の薬を作っただけのことはある」

ここは永遠亭の内部。
内部は、外装と同じように古い和風の雰囲気が漂っている。相当昔に建てられた建物なのだろう。
だが、その中で一つだけそれに当てはまらない部屋がある。
それは薬の実験室。あらゆる薬を作る程度の能力、八意永琳の部屋である。

その中を調べている一匹の狐がいた。
それはただの狐ではない。なんと9本の尾を持つ、妖獣では最強の部類とされる九尾の狐だ。
その名は八雲藍。最強妖怪、八雲紫の式にして最強の妖獣である。

主催者の八意永琳のまるで幻想郷を滅ぼしたいかのような言動を前に、幻想郷の守り神とも言える紫はもちろん、その式である藍がこのことを何とも思わないはずがない。
そこで、偶然迷いの竹林に飛ばされた藍は、主催者である永琳が住む永遠亭へ向かうことにした。
本来、迷いの竹林は魔法の森以上の禍々しい妖気を放ち、それの影響もあってか人々の方向感覚を狂わせ道に迷わせる。まさに幻術といえよう。
だが、幻術の類のエキスパートである狐妖怪、それの最高クラスの藍にとっては、この程度のまやかしなど通用しない。
そのため、難なく永遠亭に辿り着くことができたのだ。

「やれやれ。流石に殺し合いに関わるような重要な情報を残すほど馬鹿ではないね。
紫様と合流したときの手土産として、何か有益な情報を・・・と思ったけど」
藍が永遠亭に来た理由はそれである。

この殺し合いには謎が多い。
こんなことをして何の意味があるのか?傍から見れば、幻想郷を滅ぼすためとしか思えない。
それも、こんな爆弾首輪を用意して逃げられなくするという徹底ぶり。
そこまでするからには、やはり大きな理由があるのだろう。
そして、力を制限したという事も気になる。これは嘘ではなく、紛れもない事実。現に、自分はいつもどおりの力が出ず、飛行移動も制限されている。
参加者からの反逆に対処できるようにするためだということは容易に想像できるが、問題はその方法である。
薬を作る永琳なだけに、薬によるものかと考えた。月の頭脳というあたり、それぐらいのことは出来て当然だろう。
そう考えると、その薬に関するデータは欲しいところである。
最後にこの首輪。これは誰がどう見ても機械である。
こんな小さい機械なのに人間一人を一瞬で葬ることが出来る。力を制限された今、あの爆発を食らえば妖怪だろうが神だろうが死から逃れられないだろう。
あんな貧弱そうな爆発で死ぬのは嫌なものだ。悪趣味にも程がある。
だが、首輪の構造や性能などは非常に優れているのは確か。少なくとも今の外の世界よりもよい。
月では薬だけでなく機械に関することでも詳しいのだろうか?だとしたら妖怪の山の河童どもが黙ってはいないとも思えるのだが・・・

「これ以上、ここを調べるのは無意味かもしれないね」
もう3時間くらいはこの部屋にいる。
その間、薬やレポートを調べていても有益になりそうな情報は一片も無かった。これ以上の捜査は時間の無駄だろう。
ならば、さっさとここから出て紫様と合流したほうがいい。自分の式である橙のことも気になるし。
ここまでやったのだから、何か情報を得られても罰は当たらないと思うのだが・・・
そう思い、部屋を出たときだった。

ドカーン!
「何の音・・・?」
爆発するような音が低く長く鳴り響いた。距離は比較的遠くて音源が大きいと予測される。
こちらにすぐに影響は来ないだろうが、何が起こるかが分からない状況では気になるものだ。

すぐさま屋敷から出て竹林の周囲を見渡した。すると・・・
「あれは火・・・?事故でもあったのか!?」
竹林が燃えている場所があった。時間が夜だということもあり、かなり目立つ。
「まずいな。一刻も早く、ここから退かないと」
そう思い、着火地点の反対方向に行こうとするが・・・
ここでふと思った。
(あそこにいるのは・・・誰なんだ?)
全てを焼き尽くさんとする炎を出した者は誰か、巻き込まれている者は誰か、といったことが気になる。
あんな炎の所に行くのは危険だが、仮にそれを起こした者がまだいるとしたら、それを放置するのも危険だ。
あの程度の破壊行動は普段の幻想郷ならば珍しくないものの、今回は勝手が違う。
あそこにいる奴はそれを分かっているのか・・・

バチ・・・バチ・・・バキン
竹がバキバキと折れながら燃える様を見て、藍は唖然としていた。
「思っていたよりも酷い・・・」
藍が着火地点に着いたときは、炎はすでに火力を増し、壁のように立ちふさがっていた。
これはさっさと逃げたほうがいいのでは?
そう思っていると
『あらら……私も眺めてるだけなんてね……悔しいわ』
『私もこんなところで死ぬとはね……二人とも負けだったわけだ』

「ん?」
炎の中から声が聞こえる。だが、その声は疲労で溢れていた。
乾いた声色だったため聞いただけで人物を特定することは出来なかったが、会話の内容から想像する限り炎の中にいる者たちは二人で戦っていたと考えられる。
「この炎は攻撃のつもりだったのか、それとも事故だったのか・・・」
何にせよ、炎の中にいるのは好戦的な・・・それも普段のように戦いを行っていたのだろう。
紫様や橙、それに幽々子様や妖夢といった自分の知人はこのようなことする人物ではない。
だから、この炎で中にいる者どもがどうなろうが藍にとってはどうでもいいことだ。
とはいえ、こんな状況でも戦いを楽しもうと思っている者たちはあんな形で死ぬのもさぞかし悔しいと感じるだろう。
どうせ戦いで死ぬなら本当の全力で。力を制限された状態での戦いで死ぬのはつまらないと思うはず。
もしそうならば、このゲームを潰すのに協力してもらうとしよう。ガチバトルは終わった後にでもやればいい。
そして嫌だというのなら、戦えればそれでいいと考える奴だと見なして死んでもらう。そんな奴を助ける義理はない。
そう思い・・・

「仕方がない。生きるか死ぬか・・・私がチャンスを与えてやる!」
藍は右手に持っているものを思いっきり振り下ろした。
すると、前方にある炎が道を空けるように流された。
「流石は天狗が起こす風といったところか。天狗でもない私がやってもせいぜいこの程度だけど」
藍が右手に持っているのは鴉天狗が愛用する団扇で、これを振るうことで風を起こすことが出来る。元の持ち主が振るえば台風クラスの風を起こせるだろう。
だが風の扱いは専門外の藍では、せいぜい突風がほんの少しの間発生するだけだ。これで全ての炎を消すのはまず無理だろう。
そのため炎はすぐに広がるだろうが、逃げるくらいの余裕はあるはずだ。

「そこの二人!大丈夫か!?」
2、3回ほど風を起こすと炎に焼かれながら倒れている二人を見つけた。その中には鬼が雑じっている。
(鬼と、花の妖怪か。
花の妖怪はともかく、鬼がこのくらいの炎で死ぬとは思えないけど・・・)
だが、先ほども言ったが、自分たちは力を制限されている。
そんな状態でこれだけの炎を受けるとなると、どうなるかは分からない。
それに、着火点はあの鬼が持っているスキマ袋からか、鬼を包む炎は他のどの場所よりも激しい。
試しに風を起こしてみるが、そこだけ炎は衰えもしない。
これではもうどうしようもないだろう。

「仕方がない。花の妖怪だけでも・・・」
鬼はもう、諦めるしかない。あれで生きるか死ぬかはあの鬼しだいだ。
そこで、藍は花の妖怪を担ぎ逃げることにした。
足元に魔方陣を描き、精神を集中させ・・・
「『式輝・プリンセス天狐 -Illusion-』・・・発動!」
スペルカードを発動し、なんとその場から消えていった。
「鬼ならば、耐えろ・・・」

「やれやれ、いきなりこんな目に遭うとは思わなかったよ。
あの鬼がどうなったか、炎が治まったら見に行かないとな」
スペルカードの発動から30分は経過しただろうか。藍はすでに迷いの竹林からは脱出していた。

「それにしても、こいつを助けるのにどれだけ苦労したのやら」
倒れている花の妖怪を見つめながらため息をつく。
妖力はまだ余裕があるとはいえ、今回の出来事にはいろんな意味で疲れた。
そして今もなお、燃え続ける竹林。もし、名前の通りに迷ってしまったらと思うとぞっとする。
本当はスペルカードの効果で竹林から出たかったが、制限のためか10mくらいしかワープ移動が出来なかった。
そこから先は自力で出る羽目になってしまったのである。

「後は、こいつが仲間になってくれるかどうかだけど・・・」
正直、その望みは薄い。この妖怪はプライドが高く、誰かに指図されるのを嫌うタイプだ。
助けてやったから仲間になれと言ったところで、はいそうですかと従うとは思えない。
とはいえ、鬼とサシで戦えることから戦力としても期待できるのも確か。なんとか説得できれば心強いだろう。
藍は悩みに悩み続けるが・・・

「さて、お前はどう考え・・・ん?」
ここで藍は花の妖怪の様子が変であることに気づいた。
あれだけ時間が経ってもぴくりとも動かない上、何故か妙に血色がよい。
まさかと思い、そっと手を当てて呼吸や心拍を感じ取ろうとするが・・・

「・・・どうやら悩む必要は無かったか。折角、生を得られると思ったのに」
どうやら、この花の妖怪もすでに死んでいたようだ。
その死因は炎によるものではなく、一酸化炭素による中毒によるもの。
前まで激しい戦いをしていたのならば呼吸が激しくなっていたはず。そんな状態であの火災に巻き込まれれば、こうなるのは当然ともいえる。
そう考えると、あの鬼も助けたところで同じく中毒死したのだろう。
結局、竹林で得た収穫は花の妖怪が持っていたスキマ袋のみという、残念な結果に終わった。

「鬼およびそれに並ぶ妖怪がこんなので・・・。無様なものだ」
呆れたような声を出しながら、藍はせめての追悼をした。
だが、これが現状である。力を制限されたら妖怪はどうなるか・・・それをこの二人は身を挺して知らしめたといったところだ。
自分もこのような無様な死に方をしないとは言い切れない。もちろん、紫様も・・・例外ではないだろう。

「こうしちゃいられない。本格的に、ゲームを潰すために動かないと」
藍はそう言うとすくっと立ち上がり、依然燃え続ける竹林を見つめた。
「もう永遠亭で情報を得られなくなった今は・・・」
ここで藍は参加者の名簿を見る。
もちろん、ちゃんと永琳の名前がある。そして、彼女の関係者もある。
「情報ならば直接本人に聞くまでだ。なんなら、その関係者でもいい。
このくだらないゲームのことについて、いろいろと吐かせてもらうとしよう」




【F-6 迷いの竹林(出口)・一日目 早朝】
【八雲藍】
[状態]やや疲労
[装備]天狗の団扇
[道具]支給品一式×2、不明アイテム(1~5)
[思考・状況]紫様の式として、ゲームを潰すために動く。紫様や橙と合流したいところ
[行動方針]永琳およびその関係者から情報を手に入れる

※藍が持っているもう一つのスキマ袋は幽香のものです
※勇儀が持っていたスキマ袋は完全に燃え尽きたかもしれません
※幽香の死体をF-6へ移動。死因も中毒死に変更


36:マヨヒガの黒猫(マインドラビリンス) 時系列順 40:グレーライン
38:歯車であること 投下順 40:グレーライン
八雲藍 51:十年物の光マグロ


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最終更新:2009年05月26日 00:10
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