歯車であること

歯車であること ◆Ok1sMSayUQ




 空はどこまでも暗い。
 夜はそんなに好きではない。理由は簡単、ネタを見つけにくいからだ。

 射命丸文はむすっとした面持ちで大木の枝に腰を下ろし、
 茫漠として見えぬ世界を眺めていた。
 いかに幻想郷最速を自称する文でも視力が飛びぬけているわけでもない。
 故に『哨戒天狗』がいるのだ。
 寧ろそんなに目が良かったらそこまで最速に拘らなかっただろう。

 文はため息をつき、風に揺れる黒髪をかき上げた。
 意外にさらさらな感触の心地良さは自分でも気に入っているところだ。
 まあ、仕方がない。
 殺し合いはまだ始まったばかりなのだ。
 早々ネタが見つかるとも考えにくい。
 こんな早急に行動を決め、実行に移している自分こそが珍しい存在なのかもしれない。
 そうなのだろうと苦笑する。
 自分が冷静でいられるのは組織に属しているという経験があればこそ、だった。

 組織は己の分を理解させ、わきまえ、
 相応の仕事をこなさせるために存在する。
 どんなに強い者だって単体で出来ることはたかが知れている。
 いつの時代も場を制するのは多数を擁する側。
 引いてはそこに属し、集団が欲する目的に沿って行動することこそが正しい道なのだ。

 何が言いたいか?
 つまり自分は、殺し合いという『組織』が求めるものに従い、
 己に最適な仕事をこなせばいい。そういうことだ。
 最大の勢力、殺し合いの頂点に立つ者に反抗するということは最も厄介な者と敵対するという意味。
 ならばそこに勝機など見えるはずもない。
 歯向かったところで小規模な爆発に過ぎず、被害を与えられはしても壊滅など程遠い話だ。

 そう、どんなにこの私――射命丸文が強いのだとしても。

 だから今も、こうして情報を求め、歩き回っている。
 得意とするところを武器とし、手を汚さず人数を減らすために動いている。
 たとえそれでかつての仲間を陥れることになったとしても。
 指先で髪を弄っていた、動きが止まる。
 頭の中には幻想郷で付き合ってきた連中の姿があった。

 正直なところ、連中とそれほど親しいわけではない。
 取材する者とされる者、程度の関係がほぼ全てであるし、
 プライベートでも親友などという間柄と呼べる者は皆無だ。
 当然だ。自分は天狗。
 力が半端に強いばかりに弱者からは嫌われ、強者からはいびられる。
 だからこそ組織に属し、その中でやっていかなければ生きられなかったというのもあるが。
 文は失笑を漏らす。
 全ては我が身を守るためだ。
 媚びへつらうと言われようが自分の身を守るための行動だ。
 そのためなら今まで付き合ってきた連中とも縁を切る。
 何が悪いというのか?

 くくっ、と低い声が唇の間から出る。
 少しばかり迷っていたことに対してだ。
 同僚の犬走椛や異変での付き合いもある博麗霊夢などを切り捨てられるのだろうかなどと、なぜ思っていたのだろう。
 どうやら幻想郷の緩い空気に毒されてしまっていたようだと結論した文は今一度、彼女らの存在を忘れようと決めた。
 自分に仲間などいらない。
 必要なのは生きていくための己が使命と組織の存在だ。
 生きるためには仕方がない、のだから。

「ふむ、どうやらじっとしてても始まらないようだし、さっさと移動しようかな」

 ふわりと体を浮かせ、すとんと地面に降り立つ文。
 本当は空を飛んでいきたかったし、その方が早いのだが夜間とはいえ飛行は見つかりやすい。
 自分はあくまでも傍観者にして掻き回す者なのだ。
 おいそれと見つけられるわけにはいかない。
 まあ、見つかったとしても目をくらまして逃げることなど朝飯前なのだが。

 力は出さず、温存しておくというのは天狗の特性だった。
 というよりは、身を守るための習性でもある。
 滅茶苦茶に力を使いまわして本当の危機が訪れたときに限界というのでは話にならない。
 この言葉も年長の天狗から聞いたものである。
 それにいつ組織が力を必要とするか分からないからな、とも言っていた。
 実際、突然博麗霊夢や霧雨魔理沙が妖怪の山に侵入してきたのを迎え撃った経験があるだけに頷ける話だった。

「あの時は適当に報告できる程度に手加減はしたけどね。
 でもあいつら本気でやってきたからなぁ。
 ……本気を出せと言ったのは私だけど」

 どこか言い訳がましく文は口に出した。
 最初のうちこそ手加減はしていたが最後の方は本気寸前だった。
 容赦がなさ過ぎるのだ。
 もしも言いつけを守らず、普段から力を浪費するような生活をして人間に惨敗したとあればもう妖怪の山にはいられなかっただろう。
 とにかく、経験則としてなるべく戦わないに越したことはない。
 自分は情報を集めて利用するだけでいい。

「……ふむ。やっぱり、アレがないと手が寂しいわね」

 情報を利用するにあたって、最も信用性のあるものは映像だ。
 文章や口頭による情報とは違い、誤魔化しがきかない上に改竄もしにくく、
 例えば先の十六夜咲夜を映していれば動かぬ証拠となりうる。
 その現場を捉えた瞬間を映し出すカメラ。
 文の手元にいつもあるはずのそれが、今はない。
 それだけではなく風を巻き起こす天狗の団扇もないのであるが……大方、没収されたのだろう。
 二つとも自分にとっては重要な武器であるだけにショックは大きい。

 スキマ袋の中に戻されてはいないだろうかと思ってもみたが、
 探しても出てきたのは大量の小銭と短刀の二種類のみ。
 その他ざっくばらんに色々なものが入っていたが、
 いずれも元の持ち物ではなく文は落胆するばかりだった。
 特に小銭。
 小野塚小町の所持品であることは容易に想像ができたが、一体どうしろというのか。
 ばら撒いて気を逸らせと?
 ここにおいて金銭はなんら価値を持たないというのに。

 しかしスキマ袋の中に戻すのも癪なのでそのままいくらか胸ポケットの中に仕舞い込んでおく。
 残りは素直に袋の中に。
 短刀は腰のベルトに差す。
 少々頼りないがスピードを武器にする文にしてみれば重たく扱い辛い大刀よりはマシ。
 しかし特別これといった特徴もない短刀なので護身用に、としたほうがいいだろう。
 自分の立場から言っても。

「後はカメラの回収かな。団扇は別に回収できなくてもいいか」

 団扇は力を振るうのに最適というだけでなくとも風を操ることは容易い。
 無論ないよりはあったほうがいいが、なくてもどうにかなるというレベルではある。
 それよりもカメラだ。
 あれがあれば誤解や誤報をより確実に撒けるようになる。
 文のとる戦術においては必須の道具といってもいい。
 この先誰かが持っていれば交渉して取り返す。
 頑なに拒むようであれば……実力行使だ。
 鬼だとかスキマ妖怪だとかでもない限りは一対一として、確実には勝てる。
 何がなんでも取り返さなくてはならない。

 拘りすぎだろうか、と考えて、いや自分の判断は正しいと思い直す。
 必須の道具なのだからそれを手に入れたいと考えるのは当然。
 私情ではあるまい、文はそう考える。
 だが、ひょっとすると心の奥底では……
 戯れにやっていただけの新聞記者の魂が疼いているのかもしれない、と、そんなことを思った。

「バカバカしいわね」

 鼻で笑い、文は歩き出した。
 多数に属するものとして。
 組織の構成員として。
 射命丸文は歯車のひとつとなる――


【D-2 一日目 黎明】
【射命丸文】
[状態]健康
[装備]短刀・胸ポケットに小銭をいくつか
[道具]支給品一式、小銭たくさん
[思考・状況]情報収集&情報操作に徹する
       殺し合いには乗るがまだ時期ではない


37:半人半霊の半人前 時系列順 41:たなびく真紅/Crimson Wisps
37:半人半霊の半人前 投下順 39:紫の式は遅れて輝く
24:ホワイトアウトな奥遠和の監視網 射命丸文 44:Luna Shooter


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最終更新:2009年04月29日 17:19
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