マヨヒガの黒猫(マインドラビリンス) ◆30RBj585Is
人里に近づいてきたからか、周りを見渡すとぽつぽつと民家が建っている。
その中を鈴仙は周囲を見渡しながら歩いていた。
「誰も・・・いないのね」
人間たちの住処に入ったというのに、参加者はおろか人間すら一人も見当たらない。
何となく思っていたことだが、どうもこの世界は幻想郷とは違う。それは幻想郷には10年くらいしか過ごしたことのない自分でも分かる。
「明け方なのに人間もいない、鳥の鳴き声も聞こえない、犬小屋があって中に犬がいない。
やっぱり、ここは偽物の世界ということ・・・?こんな手の込んだことまでする師匠も変よ・・・」
ますます師匠の考えが分からない。
だが、少なくとも師匠は本気だ。それだけは間違いない。
鈴仙が師匠と慕う人物、それが主催者である八意永琳だ。
彼女は、幻想郷と月の道を閉ざすために満月を隠したことがある。これを関係者は満月の異変と呼んでいる。
もちろん、ただ月を隠すだけでは誰からでも怪しまれる。その代わりに偽物の月を設置したのだ。やることが大胆すぎる。
こんなことが当たり前のように出来る彼女だ。このような偽の幻想郷を創ることくらい出来るはず。
そして、それを実際にやっていることから、何か重要なことであるに違いない。
とはいえ、周囲を見たところ幻想郷の細部までそっくりに仕上げるような面倒なこともやっている。
このことから、満月の異変以上に本気だと考えられるのだ。
だが、鈴仙の頭では考えられるのはここまで。それ以上は考える気にもなれない。
それよりも今は生きることを考えなければならない。それに、生き続ければ師匠が考えていることも分かるはず。
そのためには・・・手段なんて選んでいられない。無意識にポケットの中のモノを強く握り締める。
ポケットの中に入っているのは毒薬。それは、数滴の量で死に至らしめる強力なもの。
こっそりと相手の食料なり傷口なりに潜ませれば音も無く殺せるはず。
正直、こんなやり方は好きじゃないが、他に方法がないんだから仕方がない。つまらないプライドなんか二の次だ。
せめて自分にまともな武器、特に得意な銃があれば・・・
そう思い、深くため息を吐いた。
人里に入ると、民家が多くなり倉庫もちらほらと建っている。広場があったり小さな畑があったりと、なかなか快適そうな場所だ。
「う~。猫車、猫車・・・」
難なく人里に辿り着いた燐は、猫車もしくはそれに代わる物を探していた。
その理由はただ一つ。死体を運びたいからである。これは火車の本能とも言えるだろう。
そんなわけでキョロキョロと辺りを見ながら人里を探索している。
「猫車~♪猫車ぁ~♪返事をしてちょうだいな~」
だが、予想外なことに自分の探し物が見つからない。
家の中や倉庫の中を物色しても、それらしいものが見当たらないのだ。
「おかしいなぁ・・・。もしかして置いてないの?
大きな力を使わずに重いものを運ぶ、あんな便利なモノが人里に無いなんて・・・
人間ってこんなお馬鹿さんだったっけ?」
まだ手の指で数えられるくらいしか家を調べていないのだが、便利なものなのだから一家にひとつぐらいあったっていいような気もする。
こうなると、流石に物色するのも飽きてくる。
燐はしばらく休もうと思い、積んであった土のうの上に座って一息ついた。
「ん?」
突然、燐の動きが止まり、とある部分に視線が釘付けになった。
そんな彼女が見つめた先には・・・
「なんだこりゃ?」
青いビニールシートが山のように盛り上がる形をしながら何かにかぶさっている。
この異様な色合いと形はなんとなく気になった。
好奇心が沸いた燐は、その青いシートをめくってみる。
「おお、いい車!」
シートをめくって見えたのは、猫車を大きくしたような二輪の車だった。
その大きさからすると、人間の死体なら3~4人くらいはいけるだろう。
これは俗に言うリヤカーというものだが、燐には詳しくは知らないし正直そんなことはどうでもいい。
それよりもついに見つけることが出来た。思わず歓声を上げるほどのいい車が見つかったのだ。
「あとはこの土のうを退かせれば・・・」
ただ、そのリヤカーには土のうが詰まれており、それらを退かさないといけない。
人間3、4人分の容積に詰まれた無数の土のう・・・。全て撤去するのにどれだけの体力を費やすか分からない。
ついさっきの水死体を引き上げたときといい、どうも苦労が絶えない。
ただ、こいつさえ手に入れてしまえば死体運びは楽になる。そう思うとこのまま放っておけない。
「ううー・・・辛いけど頑張るよ!
あたいの底力を見せてやるんだから!」
こうして、荷物の撤去作業が始まった。
―――少女作業中
「・・・何?あの猫妖怪は・・・。何を考えているのかしら」
人里に来た鈴仙が見たのは、リヤカーに詰まれた土のうをぽいぽいと投げ捨てている黒猫。
その光景を見て、殺し合いという場に置かれていながら何をやっていると言いたくなった。
あんなことをしても、ただ無駄に疲れるだけ。
現に・・・リヤカーから土のうを投げ捨てるペースがだんだん下がっていって、黒猫の表情も苦痛に歪んでいく。
「ほら見なさい。猫ごときがそんな重労働に耐えられるわけがないでしょ?」
この分だと、最後まではもたないだろう。本当に何をやっているんだか。
あまりにも馬鹿馬鹿しい光景に、鈴仙は呆れた声を出した。
だが、ここはある意味チャンスかもしれない。
大体、あの黒猫が殺し合いに乗っているかどうか?
正直、体力を戦いにではなくあんな形で消費するような奴に戦意があるとは考えにくい。
ここで、自分も戦意がないことを主張すれば、ホイホイと仲間になってくれそうだ。
もし戦意があったとしても、相手は疲労しているしあの程度の労働で根を上げるようでは大したことはないだろう。
そう思った鈴仙は、警戒をしながら
「あんた・・・何やってんの?」
疲労で倒れた黒猫に話しかけた。
「うにゃー!こんなはずじゃなかったのにぃ~!」
声が出せても、体が疲労で付いていけない。
そんな状態の燐は、リヤカーに残った土のうを枕にするように大の字で寝そべっていた。
猫妖怪ゆえに、他の妖怪に比べて腕力や持久力には自信がない。
ただ、いつも死体を長時間運んでいるから普通の猫妖怪に比べれば頭一つ飛びぬけているはずなのに。
なんだか、いつもより身体能力が鈍っているような気さえする。これも制限とやらか?
そう思いながら休憩をとろうとしたところ・・・
『あんた・・・何やってんの?』
「うわわわわわ!だ、誰!?」
突然の声に過剰に反応した燐は思わず飛びのいた。
「そんな驚かなくても・・・。いや、しょうがないかな」
鈴仙も燐の反応に一瞬驚いたが、あちらの方がもっと驚いていると思うと、何故か冷静になれた。
ただ、それでも燐への警戒はそのまま。腐っても元軍人、臆病になっても多少の心構えは出来ているはずだ。
「くぅ~、あたいに不意を突くなんて!お姉さん、やる気だね!?」
「ちょっと待って!私にやる気はないから!」
だが、燐が飛びのくと同時に鈴仙が待ったをかける。
「え。そうなの?」
「それはそうでしょ。もしやる気だったら、貴方・・・今頃終わってたわよ?」
「あー、それもそっか」
鈴仙の言葉に、燐はおもわず納得。手をぽんと叩いた。
敵意がないことを悟った二人は、とりあえず情報交換を行うことにした。
そのために鈴仙は民家に入ろうと提案したが、燐は・・・
「あのさー、ちょっとお願いがあるんだけど」
何かお願いすることがあるようだ。だが、
「何?土のうの処理なら手伝わないわよ」
「げ!?なんでそれを」
「いや、誰だって想像はつくでしょ」
鈴仙は予想した上できっぱりと断る。
「だって、やる意味がないわよ」
「な、失礼な!意味はちゃんとあるよっ!」
燐は反射的に突っかかるが、同時にしまったと口を手に当てる。
こんなこと言ったら、次に飛ぶ質問は決まっている。
「じゃ、なんのために?」
「それは・・・えーと、そのぉ」
死体を運びたいからなんて、口が裂けても言えない。
相手が自分のことを知っているならまだしも、そうでない者に死体を運ぶなんて言ったら何て思われるか堪ったものじゃない。
なんて言えばいいかしばらく考えるが
「うにゅ・・・」
言葉に詰まり、うずくまってしまった。
「あー、もういいわ。それじゃ、民家に入って情報交換を・・・」
そんな燐を見て、鈴仙はリヤカーから離れようとする。
「そんなこと言わずに手伝って!ねっ?」
それを引き止めた燐は、懸命におねだりする。
その上目使いな表情がなんだか可愛らしい。
「う・・・」
正直、そんな目で見つめられると対処に困る。
鈴仙自身にお人よしな部分があるとはいえ、こんなことをされると堪えられるかどうか。
こうなると、鈴仙の場合・・・
「あーもう、分かったわよ。手伝ってあげるから」
こう答えざるを得なかった。
「はぁ~。なんで私がこんなことを・・・」
鈴仙は愚痴をこぼしつつも、ついさっき燐が行っていたようにリヤカーの土のうを処理する。
自身の疲労は無く、土のうの量もそれほど残っていないためすぐに終わるだろうが、どうも腑に落ちない。
大体、自分は殺し合いに乗っていないわけじゃないのに。
確かに積極的に殺して回るわけじゃない。
あくまでも自身の保身のために、どんな手段でも用いる。それが殺人でも・・・
という意味である。自分さえよければいいんだ。少なくとも、今のところは。
そのため、こんな何の徳にもならないことをしている自分が馬鹿馬鹿しく思える。
自身の保身を最優先にしているつもりなのに、こんなお人よしな部分がある自分に矛盾を覚えた。
「はい、土のうの処理終わり!
全く、これに何の意味が・・・」
やる気のなさそうな表情をしながらも仕事をやり終え、手をぱんぱんと叩く。
そして、これでどうだと言わんばかりに燐の方を見るが・・・
「あ、こら!何やってんのよ!?」
当の彼女は自分から振った仕事を手伝いもせず、鈴仙のスキマ袋を物色していた。
「え?だって、あたいは最初っから疲れてたし・・・
それに、お姉さんのアイテムも気になるしね!仲間なんだから、それくらいいいじゃん!」
「あんたねぇ・・・」
呆れて怒る気にもなれない。
人懐っこくてお調子者。この手の性格にはもう慣れている。
それは永遠亭の妖怪兎、因幡てゐと同じもの。もっとも、燐には裏の顔がない分、てゐよりも格段にマシだろうが。
自分のスキマ袋には怪しいものは入っていない。毒薬は自分のポケットの中だ。
とはいえ、自分の荷物をごそごそと荒らされるのは気分がよくない。
そのため、燐からスキマ袋を取り上げようとするが・・・
「おお。いいもの持ってるじゃん!」
「は?」
『いいもの』だって?
少なくとも、自分にとってはいいものなんて入っていなかったはず。
確か、中に入っていたのは・・・
「これだよ、これ!名前は・・・えーっとぉ」
「天ぷら粉ね。こんなもの、何に使うの?」
「もちろん、食べるためさ!」
当たり前のように言い放つ燐だが、はっきりいって笑えない。
どう突っ込むべきなのやら。そう思っていると
「むー、お姉さん。今、あたいを馬鹿だと思ったでしょ?
いいよ。こうなったら、あたいのアイテムも見せてあげるから!
きっと、おいしいものだよ!」
そう言った燐は、対抗心を燃やさんばかりにスキマ袋の中に手を突っ込む。
「じゃじゃーん。これがそうだよ!」
「へぇ、破片手榴弾ってやつね。いいもの持ってるじゃない」
確かにおいしいもの。意味は違うが。
「って、間違えちゃった・・・。こっちだよ」
燐が手榴弾を片付け、代わりに取り出したのは、自分の支給品である大量のタラの芽と食用油。
タラの芽、食用油、天ぷら粉・・・。この3つを並べられると、思いつくのは?
「ああ、タラの芽の天ぷら・・・って訳ね。なるほど」
「そのとーり!てことで、早速食べよっ!
働いた後はお腹を満たすのが一番ってね!」
「はいはい。分かったから落ち着くの。まさに猫ねぇ」
鈴仙は思った。
この猫は、何かあったら次から次へと言葉をかけてくる。それも、満身な笑顔でだ。
これを見ると、こいつは殺し合いというものを理解しているのかどうか・・・
いや、何となくだが、むしろ楽しんでいるかのようにも思える。
不覚にも、おかげで自分まで緊張感が薄れてしまう。これじゃいけない。
かといって、こんな頭の悪そうな猫に殺し合いを理解しろと言っても無駄だと思う。
いや、もうそんなことはどうでもいい。
燐の荷物に強力な武器そして食料が出てきたとき、これらを欲しいと思った。
そのためには・・・可哀想だけど、こいつとはお別れだ。
燐のアイテムは欲しい。でも、彼女とこのまま一緒にいると殺し合いという現状を忘れてしまいそうで嫌な予感がする。
ゆえに、その考えに至った。
これから燐はタラの芽を食べたいといった。
ならば、それにこの毒薬を含ませれば、コロリと死ぬはず。
こうなれば一件落着。あとは、それを実際に行えば・・・
ズキッ
何故か、胸が痛む。
これを比喩で表すならば、自分の心臓にナイフが突き刺さったような感じだろうか。
思えば、いつから自分はこんなに落ち着きを取り戻せたのだろうか。それも、逆に自分から落ち着けと注意するほどまでに。
少なくとも、独りの時に比べると気分はよい。ということは、仲間が出来たからか?
いや、そうじゃない。もし、その仲間が以前の自分みたいな臆病者だったらこうはならない。むしろ、更に気を悪くする。
だとすると、今自分が落ち着いていられるのは・・・この猫の性格のおかげなのか?
あながち否定できない気がする。そう考えると・・・
バァン!と自分の頬を叩き、考えを中断した。
(もう、しっかりしなさい私!今更何を迷っているのよ!)
ここまできたんだ。やるしかない。これも、自分のためなんだ。
だから・・・
「ん。どうしたの?」
いきなり自分の頬を叩くという変な行為を見ていた燐がこちらを見て尋ねてきた。
だから、そういう笑顔で見つめるのはやめてほしい。
「な、なんでもないわ。それよりも、私の顔を・・・というより、目線を合わすのをやめてくれない?」
「えぇー。意味わかんないよ」
「いや、何て言えばいいか・・・。私の眼って赤いでしょ?
その眼は、見た者を狂わせる性質があるからよ。だから、あまり見ちゃ駄目よ」
「うわー、すごい能力を持っているんだねぇ」
半分嘘で半分本当のこと。能力が無くなったわけではないが、使おうと思わなければ問題はない。
ああ言ったのは、ただ単に燐の顔を見たくなかったから。
あんな笑顔を見せられると、無意識に殺しをためらってしまいそうだ。
こんな中途半端な気持ちで、この先やっていけるのだろうか・・・
こうして
(はぁ~、こんなんじゃ駄目だわ。どうしちゃったのよ、私・・・)
別の方向で、不安になってきた鈴仙と
「らんらん♪ららん♪ららら♪ららら♪」
常にマイペースな燐という、真逆の心を持った妖怪たちが動き出した。
【D‐3 人間の里(辺境にあたる)・一日目 早朝】
【
鈴仙・優曇華院・イナバ】
[状態]やや不安定な気持ち
[装備]毒薬
[道具]支給品一式、天ぷら粉
[思考・状況]この猫(燐)を始末したい・・・と思っているのだが
[行動方針]自分の保身が最優先。戦闘は避けたいところ
【火焔猫燐】
[状態]疲労(回復中)
[装備]M67破片手榴弾×2
[道具]支給品一式、M67破片手榴弾×4、大量のタラの芽、食用油(1L)
[思考・状況]死体を運ぶ道具が手に入って大喜び
[行動方針]死体集め
1.死体があれば確保する
2.死体を運びたいことを(変に思われないよう)鈴仙に伝える
3.
地霊殿の住民たちと合流
※リヤカー(中身は空)が二人の近くにあります
最終更新:2009年05月06日 16:27