たなびく真紅/Crimson Wisps ◆gcfw5mBdTg
【再思の道】
自殺志願者の名所、無縁塚へと繋がる街道。
秋頃になると、毒性を持つ赤い彼岸花が地を埋め尽くし、街道を真っ赤に染めあげる。
この街道で毒を浴びた自殺志願者は、不思議な事に不快さと同時に生きる気力が沸き、もう一度頑張る為に今来た道を引き返す事があるらしい。
そのような出来事を幾度も経験し、この街道は再思の道と呼ばれるようになったと伝えられている。
闇夜、無限に連なる星の下。
彼岸花が咲き誇る再思の道を遠目に眺める少女達が居た。
「なんで彼岸花が咲いてるんでしょうね?
私の記憶する限りでは秋の花のはずなんですが」
彼岸花――毒性を持つ紅い多年草、主に秋から咲き始め、春には地上部分は消失する。
春に咲く彼岸花を不可思議に感じ、頭に?を浮かべた少女は傍らのもう一人の少女へと問いを投げかける。
問いを投げかけたのは、緑のベレー帽と緑色の中華風の衣装に身を包んだ紅髪の少女、紅美鈴。
彼女の勤める紅魔館では、門番の他に庭園の運営も任されており、植物に関する知識の造詣は深い。
といっても超常現象を解決できるほど卓越しているわけではないが。
「んー、ごめんなさいね。秋の神といっても花は管轄外なの」
申し訳なさげに答えたのは、紅葉を模ったカチューシャと紅の衣服を身に纏う金髪の少女、秋静葉。
彼女は秋を司る神ではあるのだが、紅葉という秋の一部分しか管轄していない。
植物については美鈴と同程度の知識しか持ちえず、解答を持ち合わせてはいなかった。
「いえいえ。ちょっと気になっただけですし。
しっかし……秋の再思の道は綺麗って聞いたことはありましたけど、本当に壮観な景色ですねぇ」
元々深く考え込むような性格でもない美鈴は早々に同調し、疑問を思考の外へと投げ捨て。
猫のように体を弓なりにして伸びをし、爽やかという印象を与える美貌を振りまきながら彼岸花が彩る夜景を眺めていた。
「ふふん、秋は凄いでしょう。四季で最も美しい季節なのよ。
――あの林を御覧なさい。彼岸花よりいいものを見せてあげるわ」
彼岸花を賞賛する美鈴の言葉に紅葉の神としてのプライドが刺激されたのか、眉を僅かに顰める静葉。
近場の小さな林へと向き直り、重大な秘密を教えるかのようにもったいぶり。
見せてあげる、と始まりを告げ、右腕を颯爽と振り上げる。
一瞬の静寂。
――全てが静止した空間の中、葉の一枚に紅色の一欠片が生まれる。
紅の欠片の縁取りが波紋を描き、疾走り、延々と広がり――。
葉の緑は見る見るうちに削れ――自己を主張する紅と無限に交差する。
無限憂色の雄大な光景が紅色のスーツを身に纏い――幾千、幾万もの紅葉による天然の屏風と化してゆく。
荘厳な紅葉は見る者を否が応にも圧倒し、枝の隙間から差し込む月明かり程度では彩りを鮮やかにする飾りにしかならない。
周辺の環境も秋の空気へと変容し、落葉が時を刻むように振り撒かれる。
広大な箱庭世界の一角は、僅かな時間の経過を経て、秋の趣そのものの紅葉林に場を支配された。
神とは世界の法則、調和、因果をいとも容易く塗り替える埒外の存在。
紅葉という確固たる世界の唯一の支配者である秋静葉にとって、奇跡は息をするようなものだ。
どうだ、と言わんばかりに得意そうに胸を張って、背後に居る筈の美鈴の反応を待つ静葉。
……しかし美鈴からの反応は一向に聞こえない。
何とも言えない雰囲気に包まれる。
辺りには紅葉林が夜風に吹かれて揺れる音だけが響いている。
静葉の脳裏に、気に入ってもらえなかったのだろうか、私の紅葉はあの彼岸花に劣っているのだろうか、という焦りと不安がよぎる。
静葉にとって紅葉の美しさを否定されるのは自身を否定されるのも同じ事だ。
内心の微かな動揺を抑えつつも、表情にはやや不安と怯えの色が混じり始める。
無性に心細く感じ、内心にふう、という諦めの含んだ溜息が漏れる。
自身の心臓の動悸を聞きながら、覚悟を決め振り向こうとした――その時。
「――静葉さんって紅葉の神様だったんですか!
ここまで綺麗な紅葉を見たのはほんと久々ですよ。
紅魔館でも、こんな風景を実現してみたいものですねー」
甲高く、どこか心揺さぶられるような声に静寂を粉砕された。
美鈴の口から堰を切られた様に、惜しみなく賛辞が並べられる。
振り向く静葉の瞳に映ったのは、星よりもきらめいた瞳。
綺麗な風貌に長身、長髪と、静止していれば大人といった佇まいだが、染み出る雰囲気がそれを感じさせない。
一点の曇りもなく笑い、偉大なる自然への畏敬の念を隠すことなく、無邪気に敬意を評している。
何の警戒心も浮かばせぬかのような奔放さ、ひたむきさで感想を率直に零している。
誰が耳にしたとしても疑いを見せないであろう、まぎれもない本心。
静葉にもこの上なく響き渡り、幸せそうな微笑が浮かばせる。
紅葉にとって美しさとは唯一にして絶対の存在意義。
それを絶賛されるというのは筆舌に尽くし難い充実感と幸福感だろう。
「いつか友人でも連れて、妖怪の山へ来るといいわ。
この小さな林とは比較にならない紅葉の山々を見せてあげる」
「う……残念なことに、私の仕事は年中無休でして……。
お誘いはありがたいんですが、行けるかどうかの確約は……。
あ、そうだ。これならどうでしょう」
一転、沈んだ表情になるが、また一転、笑みを漏らし、何かを思いついたかのように美鈴は手をポンと叩く。
そして、じゃーんと口で効果音を添え、袋から緻密な刻みを入れた黒い箱のようなものを取り出した。
「説明書によるとインスタントカメラという道具らしいです。
なんでも映し出された風景を切り取り保存する能力だとか」
「へぇ、うちの天狗と同じような道具なのね。
紅葉を楽しもうとする心さえあれば、楽しみ方はなんでも構わないわ。
さぁ、遠慮なく紅葉を撮っていきなさい」
撮影の邪魔とならないよう美鈴の隣へと身を移す静葉。
「静葉さんもそこに立ってくれませんか?」
それを引き止める美鈴。
「……え、私も撮るの?」
「職業柄あんまり出歩きませんからね……。
こんな場所とはいえ出会いは大切にしたいんです」
真っ直ぐな瞳で静葉を見据え、真摯に言葉を紡ぐ美鈴。
紅美鈴は門番という決して動く事のない仕事を常日頃勤めている。
友好的な訪問者と会話したり愚痴ったりはするが、ほとんどが一期一会。
紅魔館の住人を除けば、友人と呼べるほどの仲は数えるほどしか居ない。
「――わかったわ。これでいいかしら?」
美鈴の要請を受けた静葉は、紅葉の袂に座り、すっとカメラを見つめる。
「ええ。はい、チーズ」
「チーズって何?」
静葉は予想外の言葉に困惑の色を浮かばせ、姿勢を変えず、待ったを掛ける。
「私にもよくわからないんですが、説明書にはそう書いてあったので。
とにかく私がチーズと言ったら静葉さんもチーズと言えばいいらしいですよ」
「言霊のようなものなのかしら……。とりあえず言えばいいのね」
静葉は首肯し、再度心の準備を整える。
「じゃあもう一回行きますよ。はい、チーズ」
「チーズ」
口元が緩み、穏やかな笑顔を漏らす静葉。
そこに美鈴の手許からパシャリという音と共に光が放たれた。
「……これで終わり?」
静葉はなにか失敗してやいないだろうか、と息を飲んで不安げに尋ねる。
「ええ、後は説明書によれば――」
美鈴の手に納まっているカメラから、響くような音と共に天然色で彩られた絵画が吐き出されていく。
写真の静葉は、樹木の袂におしとやかにお行儀良く座り込み。
その姿は落葉の色合いと一体化し、風景の一部であるかのように穏やかに溶け込んでいる。
「こんな感じで出てくるみたいですねー。説明書が図解入りなんで分かりやすかったです」
「へぇ。私の紅葉を完全に表現してるわけじゃないけど、なかなかやるじゃない」
静葉は安堵の息を漏らし、軽口を叩く。
「大事にしますね。じゃあ行きましょうか」
「待ちなさいよ。私の分はないの?」
礼儀正しく一礼し、踵を返し足を進めようとする美鈴の腕に、静葉は指を絡ませ縫い止めた。
「……え?」
静止を余儀なくされた美鈴は驚いたように声を出し。
不思議そうに大きな瞳をまんまるに開いて、状況を心得ていない風に戸惑った様子を見せる
「当然じゃない。袖振り合うも多生の縁。
私だって貴方のことはずっと覚えておくわ。紅葉を楽しむ人は全て私の友人よ」
少々呆れた顔で、さも可笑しそうに頬を綻ばせて答える静葉。
嬉しさがひしひしと伝わってくる。
「え、えー。神様って随分とフレンドリーなんですねぇ。
紅葉を楽しむなんて当然のことじゃないですか」
「昔はあなたみたいな人も多かったんだけどねぇ……。
この頃は年を経る毎に豊穣神に人気を取られていくのよ……」
郷愁に想いを巡らせ、静葉は少々大袈裟に溜め息をつく。
悲しいかな、紅葉はただ眺める事しかできず、精神的な効用以外を生み出す事はないのだ。
即物的な精神を持つ人にとって、紅葉は塵芥のごとき無価値な代物に成り果てる。
「はぁ、そんなものなんですかねぇ。じゃあ一枚頼んでもいいですか?
えーと、ここを覗き込んで私と紅葉を枠に入れたら、このボタンを」
美鈴は到底信じられない、といった表情で静葉に共感し、カメラを怯ず怯ずと静葉へ手渡す。
カメラを受け取り色々な方向に回し、細部を眺める静葉。
大体は呑み込めたようで うんと頷き、最後に紅葉と美鈴を確認し、もう一度小さく頷く。
「いくわよ………………はい、チーズ」
「チーズ♪」
パシャリ。
きらりと瞬き、美鈴が描かれた絵画が吐き出される。
柔らかな紅髪を風に靡かせた華麗な佇まいの美鈴。
長髪にはアクセサリーのように見えなくもない落葉が彩っている。
「私がメインで写ってるのが感慨深いなぁ
以前にも撮られたことはありましたけど、ミステリーサークルのついででしたし……」
「うんうん。綺麗に写ってる。
……穣子とも一緒にやりたいわね」
何処か寂しげな笑みで写真を見つめた静葉はつい想いを吐露し、思わず溜め息を吐く。
「私個人としても妹さんには逢ってみたいですね。
んー、ちょっとしたおまじないでもしてみましょうか」
美鈴は近場の彼岸花を丁寧に一本摘み取る。
「静葉さんは彼岸花の花言葉を知ってますか?」
「有名だし当然よ。
彼岸花の花言葉は多々あるけど、主に離別と再会、この二種類に分けられるわね。
……吉兆と凶兆、双方の意味を持つ彼岸花に願を掛けたところで、なにかしらの恩恵を期待できるとは思えないのだけれど」
眉をひそめ怪訝な眼差しを向ける静葉。
「――こんなのは意志の問題なんですよ。
私達が逢いたいと強く想っていれば、徐々にそちらへと傾いていく。
それが運命というものの仕組みなんです――――……という感じのお言葉を以前にうちのお嬢様が」
彼岸花とは離別と再会、相反する双方の意味を表す。
人を黄泉路へと誘うこともあれば、再思の道の由来のように正道へと引き戻すこともある。
薬が毒であるように、毒が薬であるように。
幻想郷の彼岸花は、固定された運命など存在しない、という意味を示しているとも言えよう。
「信じる者は救われる……ってやつね。
信じるだけでどうにかなるというのは眉唾物だけど……――貴方の事は信じてもいいかもね。
そろそろ往きましょうか、美鈴さん」
所詮はおまじないだ。
不安が晴れる見通しなどあるはずもなかった。
――それでも静葉からは多少なりとも厄は薄れたように見受けられた。
――心地よい風、たなびく真紅の彼岸花が見送る中。
紅の門番と紅い神様は、落ち葉を踏みしめ、連れ沿うように歩を進める。
【G-2・一日目 黎明】
【紅美鈴】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式、インスタントカメラ、秋静葉の写真、彼岸花、不明支給品(0~2)
[思考・状況]基本方針:とりあえず戦いたくはない
1.静葉と一緒に穣子を探す
2.紅魔館メンバーを探すかどうかは保留
【秋静葉】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式、紅美鈴の写真、不明支給品(1~3)
[思考・状況]基本方針:妹を探す。後のことはまだ分からない
1.穣子を美鈴と一緒に探す
※F-1中央の小さい森林は全てが秋の空気に包まれた紅葉林になっています。
最終更新:2013年10月08日 05:11