嘘 ◆Ok1sMSayUQ
鬱蒼とした木々はどこまでも深く、進んでも進んでも果てのないような印象を受ける。
本当に自分は霧雨邸へと向かえているのだろうか。
そもそも、ここは本当に魔法の森とやらなのだろうかとさえ錯覚する。
きっとそれは自分が地上に慣れていないのと、
この尋常ならざる状況がそう思わせているのだろうと、古明地さとりは思った。
胸中には不安が靄を為して渦巻いている。
地霊殿のみんなは無事なのだろうか。
大抵の妖怪よりも実力は上の連中とはいえ、こうして自分の力が制限されているという事実がある。
だとするならば同様に力を抑えられている可能性は高く、
力を過信する傾向のある火焔猫燐や霊烏路空はそれも知らずに行動しているかもしれない。
特に空は……いや、そこまで馬鹿ではないだろうとさとりは結論付ける。
仲間を集めるのも重要だが、それ以上に早く地霊殿の連中と再会せねばならないと思った。
こいしのこともある。こんなことになるとは夢にも思わなかっただけに、さとりは心配でならなかった。
名目上地霊殿の主であるさとりはほぼ年中そこにいなければならず、
またペットの管理もしているために妹の相手をしてやることが殆ど出来なかった。
それに以前、こいしが自ら『第三の目』を閉じてしまったときに一方的に叱り付けてしまったことがある。
思えばあの頃から疎遠になってしまっていたのだ。
何故こいしが目を閉じたかなんて考えもせず、こちらの主張ばかりを押し付けていた。
その根底には今まで分かっていたはずのものが分からなくなっていた恐れがあったのかもしれない。
心が読めないことが、こんなにも不安をかきたてるものだとは思いもしなかったのだ。
だから自分はそれを言い訳にして、こいしの面倒をペットに任せた。
けれどもこいしを嫌っていたわけではない。今でもこいしは大切な妹だ。
ただ、少しだけ自分に勇気がなかった。そんなつまらない話だった。
妖怪「サトリ」としては余りにも情けないことだなと己に失笑する。
それもそうか。この状況におかれ、多少なりとも心が読めなくなったくらいでこんなにも動揺している。
今にして思えば「食べてもいい人類」とは単に食欲のことを指していたのではなかったかと思う。
自分が妖怪であるのは一目瞭然であるし、本当に自分を喰うつもりなら追いかけてきていてもおかしくはない。
それだけ混乱していたというわけだ。
同時に、それはさとりがどれだけ心を読む能力に頼りきりだったかということを証明していた。
慣れすぎていた。心を読んで会話するということが日常化し、読めることが当たり前と思うようになってしまった。
だからこそこいしが目を閉じたときにあんなに狼狽していたのだろう。
今さら再認識させられ、さとりの頭に深い後悔が浮かぶ。
こんなことになるなら……
だが悔やんでばかりもいられない。こうしている間にも殺し合いは進んでいる。
妖怪は元々が好戦的。日常の延長と解釈して戦おうとする妖怪だっているはず。
さとりは比較的大人しめであるために戦う道を選ばなかっただけのことで、少数派なのだということも知っている。
とにかく霧雨邸へ向かい、霧雨魔理沙がいるかどうか確認しよう。
魔理沙がいて、味方に引き込めればそれでよし。誰もいなければ他を当たる。
その道中で、もしこいしと再会出来たなら……そのときは、ごめんなさいと言おう。
分かってあげようとしなかった過去の罪を謝罪しようと、さとりは思った。
「……はぁ、それにしても」
行けども行けども同じ風景ばかり。どこで曲がればいいのかも分からない。
地霊殿には標識はそれなりにあるのに。まったく不親切な森だ。
魔法の森じゃなくて迷いの森ではないのかという疑問を抱き始めたころ、ふっ、と空から明かりが消えた。
正確には薄暗かった森が更に暗くなったのだ。
はて、月が雲にでも隠れてしまったのだろうか。それにしては木々の間から見える夜空はやけに澄んでいる。
ここからでは何も分からなかった。空でも飛べば話は別だろうが……
少し考えて、飛行してみることにした。あくまでも様子を探るために、ちょっとだけ。
と、さとりは自分の手が震えていることに気付く。
何故ここまで慎重になっているのだろう。たかが飛行するくらいでどうしてこんなに心配になるのか自分でも理解できない。
臆病の一語が腹の底から沸き上がり、情けない気分に駆られる。
心が読めなければ勇気のひとつだって出せない。そういうことなのか?
断じて違うと言い聞かせ、半ば自分の思考から逃げ出すように体を浮かせた……つもりだった。
けれども、しかし。
「……浮かない?」
高度的には木の枝の部分まではあるものの、それでも普段の何分の一にも抑えられている。
いつもと同じ感覚で飛んだはずなのに。まさか、これも制限のひとつ……?
背中に嫌な汗が流れ落ちるのを感じながら、さとりは高度を落として地面へと降りる。
考えてみれば飛べないのは至極理に叶っている。
殺し合いにおいて飛べる奴と飛べない奴、どっちが有利かは言うまでもない。
恐らくは少しでも弱者に有利になるように高度はギリギリまで引き下げられているのだろう。
そうなると空中戦はほぼありえない。必然的に地上戦が主だったものになる。
つまり、それはいつだって遮蔽物に隠れて狙う奴がいるかもしれないということを意味している。
今、この瞬間だって……
考えが浮かんだときわけもない悪寒に襲われ、さとりは思わず周りを見回した。
答えるものは何もなく、ざわざわと木々が不気味に揺らめくのみだった。
強烈に走り出したい衝動に駆られたが、必死に大丈夫だと自分を落ち着かせる。
怖くなんかない。ただ、常に不安が付き纏っていた。
油断していて、攻撃されたら? ここは敵のテリトリーで、自分は罠の渦中にいるのだとしたら?
気をつけているつもりでも、他者から見れば隙だらけの平和ボケした妖怪でしかないのではないか?
語るべき相手が誰もいないという状況、見ず知らずの土地を彷徨う不安が焦燥感を生み出し、
さとりの孤独をより鮮明なものにさせる。
いつもひとりで、誰からも忌み嫌われていたさとりの孤独を。
不意に、さとりの中で一抹の疑問が生まれる。
自分は、ここで誰かから必要とされるのだろうか。
嫌われ者の自分を受け入れてくれる仲間が、果たして存在するのだろうか。
殺し合いという状況を打開するためとはいえ、サトリである自分を迎え入れる者などいないのではないか?
よく考えてみれば霧雨魔理沙だって心を読める自分がいていい気分なわけがない。
下手をすると、諍いの原因になる可能性すらあるはずなのだから。
自分は、会いに行ってはいけないのではないのか。
仮定から生まれた疑念は仮定を吸い、大きく膨れ上がってさとりの中を占めていく。
こんなことではいけない、心を強く保たなければならないとは思いながらも、
一度生まれた疑心暗鬼の種は確かに根付いてしまっていた。
そんなことを考えていたからだろうか。
「あ、あのぅ……」
いきなりかけられた声に心臓を跳ね上がらせ、さとりは短く悲鳴を上げる羽目になってしまった。
どうしてこんなに近づかれていたのに気付けなかったのかと動揺を覚えつつ振り向く。
「……っ!?」
そこにいたのは、血まみれの巫女だった。
服の正面にべっとりと張り付いた赤い染みが先程の不安を想起させ、危険だという警笛を鳴らす。
血まみれ。殺害。殺し合い。
最初に出会った少女の妖怪などとは比べ物にならない恐怖が押し寄せ、さとりは反射的に弾幕を放っていた。
元々戦いは得意ではないさとりの弾幕はてんでバラバラで、狙いもつけていなかったがためにことごとく外れる。
それでも攻撃されたと思ったらしい相手は必死に手を振って戦意がないことをアピールした。
「ま、ま、待ってください~! 違うんです、これには深いわけがあるんです、信じてください!」
なおも遮二無二押し寄せてくる弾幕を必死に避けながら言葉をかけてくる。
それと同時にさとりの『第三の目』が心を捉え、声を伝えてきた。
ひたすらに話を聞いてほしいという声がさとりの脳髄を打ち、徐々に興奮していた頭が落ち着きを取り戻してゆく。
これは本当に勘違いなのではないか、という考えが浮かび、更に自分のしでかしていることにも気付く。
あっ、と叫んださとりは慌てて放っていた弾幕を撃ち止めにして相手の顔を見た。
攻撃をやめたさとりにホッと息をついて安心した表情になり、心の声も「よかった」と言っている。
心の声は断片的でしかなく、恐らくは表層心理しか読み取れていないのではと思ったが、
それでも信じるに足ると判断してさとりは頭を下げた。
「……申し訳ありません。その、とんでもないことを」
「あっ、いえ、こちらこそ急に話しかけたりなんかして。こんな格好ですからなおさらですよね……すみません」
やはり「すみません」「ごめんなさい」という単語は出てくるものの考えていることの全貌までは読み取れない。
だが完全に読めないよりはマシだと思うことにして、さとりは話を続ける。
「道に迷ってしまったようで、不安で……だから驚いてしまったんです。……あなたはどうしてそんな格好に?」
普段なら尋ねた時点で答えは分かるはずなのだが、今回はそうもいかないようだった。
心の声が「どうしよう」とおろおろしたように変わるのを聞きながら、口が開かれるのを待つ。
「それが、話せば長くなるのですが……」
少女説明中……
「……なるほど。それは災難でしたね」
「そうなんです。私、このままじゃ誤解されそうで……とにかく早く追いつかないと」
空が暗くなったように感じたのはこの子のお陰だったのか、と思いながらさとりは話を聞き終えた。
しかも話によれば嘘つきの妖怪兎まで誤解した人物についていったらしいというから始末が悪い。
作り話という風ではなかったから、本当にとばっちりを食っただけなのだろう。
武器は置いていったらしいのが不幸中の幸いというべきなのか。
報われないものだ、と思いながらさとりは口を開いた。
「事情は分かりました。ですが、その格好のままではもっと誤解されると思うのですが……」
自分のように。
血まみれの服を眺め、確かに、と溜息が吐き出される。
軽い後悔の声が聞こえ、さとりは合わせるように「ですから」と続けた。
「まずは服を着替えられたほうがよろしいかと思います」
「そうですね……そうしましょうか」
「あの、それで、差し障りがなければ私も同行させてもらってよろしいでしょうか」
「え?」
「……一人では、心寂しいので」
そう感じていたのは事実だった。仲間を集めるという目的があるというのもあるが。
「いいですよ。私もその方がありがたいです。あ、だったら自己紹介しなければいけませんね。私は東風谷早苗って言います」
東風谷早苗という名には聞き覚えがある。確か守矢神社の風祝だったか。
空が守矢神社の神と会っていたという事は聞いているが、実際さとりは守矢神社の面々と面識があるわけではない。
何しろ地霊殿から出ることもなかった毎日なのだから。
共に行動することに安堵を覚えた心の声を聞きながら、さとりも自己紹介をしようとした。
「私は……」
しかしふと、このまま正直に言ってしまっていいのか、という疑問が生まれる。
自分は嫌われ者だ。それは心を読めるという能力があるからに他ならない。
ここで正直に言ってしまえば、自分が心を読めるということがバレてしまうのではないか。
地霊殿の古明地さとりといえば名前だけはそれなりに有名だ。心を読む、厄介者として。
制限がかけられているとはいえどの程度制限されているかなんて早苗には知りようもないし、
言ったとしても信じてもらえるかなんて分からない。
早苗はサトリという妖怪ではないのだから。
だから、さとりは――嘘をついた。
「……火焔猫燐です」
それが自分の心を弱めていくと知りながらも、そうせずにはいられなかった。
心を読めることがバレれば、きっと一緒にはいられない。そうなると仲間なんて作れるはずもない。
故にこれはそのための措置に過ぎない。言い訳などでは、決してない。
けれども、もし燐や空、こいしと出会ってしまったときにはどうすればいいのだろうか。
嘘をついてしまったという事実が、どう受け止められるのだろうか。
謝ろうと決めたはずのこいしの存在が遠いもののように感じられた。
そして、また……心の声でさえも。
【G-4 一日目・早朝】
【古明地さとり】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品 咲夜のケーキ×2 上海人形
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.早苗と一緒に行動
2.魔理沙の家(F-4)を目指すべきなのか迷う
3.空、燐、こいしと出合ったらどうしよう? また、こいしには過去のことを謝罪したい
4.魔理沙を探すかどうか迷う。上海人形を渡して共闘できたらとは思っている
[備考]
※
ルールをあまりよく聞いていません
※主催者(八意永琳)の能力を『幻想郷の生物を作り出し、能力を与える程度の能力』ではないかと思い込んでいます
※主催者(八意永琳)に違和感を覚えています
※主催者(八意永琳)と声の男に恐怖を覚えています
※森近霖之助を主催者側の人間ではないかと疑っています
【G-4 一日目・早朝】
【東風谷早苗】
[状態]疲労・精神的疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式、制限解除装置(現在使用不可)、トンプソンM1A1(0/50)、M1A1用ドラムマガジン×5、不明アイテム1~3
[思考・状況]このままじゃ、人殺しに・・・。
1.さとりと一緒に行動。さとりの名前は火焔猫燐だと思っている
2.血のついた服を着替えたい
3.慧音とてゐを追う
[行動方針]誤解を解く。
[備考]早苗の服に血(自分のではない)が付着しています。
最終更新:2009年06月28日 01:58