揺れる第三の瞳 ◆1gAmKH/ggU
会場で目を覚ました時、最初に彼女、古明地さとりが感じたのは違和感だった。
例えば、吸った息が吐けないような。
目の前に存在しているものに触れられないような。
目を開いているのに景色が見えないような。
そんな言いようのない異物感。
やがて始まった主催者と思わしき少女の話の間もその違和感は取れない。
むしろその話の間にも違和感は膨れ上がっていく。
ボンッという無機質な音が会場に響き、辺りが静寂に包まれたところで彼女は違和感の正体に気が付いた。
読めないのだ。目の前の少女の心が。
あわててその事象を否定しようとするが、いくら集中してもその思考の欠片すら見えてこない。
彼女の焦りとは裏腹に無駄な時間だけが過ぎていく。
そして、説明も佳境に入りそろそろゲーム開始かというところで彼女の努力が実ってか、はたまた主催者の気まぐれか。
ひとつの映像が第三の目を通して彼女の脳裏に映し出された。
白い空間。
そこに一つの黒い点が落とされる。
その点は何かを目指すように線へと変化し、線は円、円は別の図形へと変貌を遂げていく。
図形はまるで意思を持つように変化消滅を繰り返し、ある一つのものを完成させた。
それは、裸体の少女。
点の動きは止まらない。点は次の線を生み出し、変化させていく。
その点は服となり、次は靴、次は、次は、次は…
最後に髪飾りが付け加えられ、純白の空間の中に一人の少女が生み出された。
「君の名前は…そうだなぁ」
続くひょうひょうとした男の声。
「…決めた。さとりだ。怨霊も恐れ怯む少女、古明地さとり」
男の声に反応したように空間に生み出された少女は目を開く。
見間違いようがない。自分がそこに立っていた。
生み出された自分が何かを話そうとした瞬間、彼女は目を覚ました。
どうやらもうゲームは始まっているらしい。
最初同様気が付いたら見覚えの無い場所にいるのだからそういうことなのだろう。
(夢…?)
さとりは体を起こし、先ほどの映像に思いをめぐらせる。
もしかしたら、夢だったのかもしれない。
普通の人間や妖怪ならこの時点で夢と割り切れただろう。
しかし、彼女は違った。
(自分は主催者の心を読んでいた筈。ということはあれが主催者の思考?)
その考えにいたると彼女の肩が自然と震えだした。どうやら表面で否定しても無理らしい。
彼女は自身の能力を信じている。長年連れ添ってきたのだ。短所も長所もわかっているし特性も理解している。
だからわかる。あの映像は自分の第三の目が映し出した主催者の心。
あそこまで非現実的な内容にも関わらずに、だ。
汗が頬をつたう。呼吸が荒くなる。
ということは主催の少女が無の状態から自分を造り上げたということなのか。
信じられないがそういうことなのだろう。
手が震える。膝が笑う。
それじゃあまるで神じゃないか。妖怪を作り出すなんてありえない。
その上、自分の能力で読めるのは思考だけ。
映像が映し出されるなんてことは無かったのにそれを捻じ曲げた。
つまり、他人の能力をも操ることができるというのか。
肩が震える。悪寒が走る。
ただ思い出しているだけなのに、この恐怖。
(いけない、落ち着かなきゃ)
目を閉じ、必死で呼吸を整える。
心を読む力は心の強さに比例する、恐怖に負けていてはその力を発揮することはできない。
深呼吸を繰り返すと幾分かましになったが、これ以上例の映像について考えれば結果は一緒だろう。
彼女はとりあえず、置かれた状況を把握することにした。
汗をぬぐい、周りを見渡してみる。
木をくりぬかれて作られたであろう家。空間の大きさからいってその一室といった所だ。
ただ普通の家と違う場所があるとすれば調度品が全体的に小さいということだろうか。
そういえば上の世界には妖精が住むなんて話を聞いたことがある。
妖精は妖怪や人間よりも体躯が小さいと聞くし、もしかしたらここはそういった存在の家なのかもしれない。
さとりはその場にあった椅子を引き寄せ腰掛ける。
断片的にしか覚えていないがどうやら自分を含む人間妖怪が殺し合いをしなければならないようだ。
そしてスキマが一人一つ支給され、その中には武器となるものが入っている、とか。
(スキマ、ということはこの前の妖怪が?)
そっと空間に手を伸ばすと、意せずして伸ばした手が彼女に支給されたであろうスキマに触れた。
主催者の説明どおりならこのスキマが罠ということはない。
(…)
意を決してスキマに指先を埋めてみる。
指先は何事もなくスキマの奥まで入り込んでいった。
(嘘ではない、という事は殺し合わせるというのが事実…ですか)
震える指でスキマの内を探りながら、さとりは考えを巡らせていた。
地霊殿の事、ペットたちの事、参加者の事。そして、先ほどの映像の事。
(あの映像を少女の能力としてどうしてあれを…?)
主催者の思考はわからないことばかりだ。
特に男の声。
自分の記憶に間違いがなければ会場には男はいなかった筈だ。
ならば、なぜ?
いけない。
さとりは自分の妄執を払うためにスキマの中に入れてある手のほうに意識を向ける。
どうやら思ったよりもたくさん入っているようだ。
とりあえず出してみたほうがよさそうだろう。
ざっと支給品を改めてみる。まずは基本支給品であろう名簿やコンパス。
名簿には案の定彼女の妹とペットの名前が記されていた。
(信じられるのは彼女たち、それにこいしくらいでしょうか…)
彼女はこの狂ったゲームに乗る気はさらさら無い。
優勝するにしても彼女には知り合いを殺す勇気はないし、だからといって死ぬのは真っ平だ。
しかし自分一人で主催者に反逆するには分が悪すぎる。首輪しかり、戦闘力しかり。
ならばどうするか。
簡単だ。信頼できる仲間とともに反逆するのだ。
仲間を求め名簿を眺めていた彼女の目が、ひとつの名前で留まる。
(森近霖之助。男の名前が他にないところを見るとこの男が声の主?)
これについては何も言えない。グレーゾーンだ。
主催者自身が参加している点を見れば限りなく黒に近いグレーだが。
そしてランダムアイテム。こちらは戦闘に使えそうなものはない。
「ケーキ三つに西洋人形で、他の妖怪と戦えと?」
土台無理な話だ。確かに自分も妖怪だがそれでも高位の妖怪や鬼には敵わない。
会場のときのように能力が使えないのならなおさら。
この場で強い妖怪に襲われればそれこそ終わりだ。
ちょうどその時、遠くでドアの開く音がした。
ぎしぎしという床の軋みの音が聞こえてくる。
この家の主だろうか。しかしそれにしては歩みが遅い。
まるで何かを探しているようだ。
そう、たとえば、肉食獣が獲物を探すときのよう。
心臓が早鐘を鳴らす。足音はだんだんと大きくなっている。
(出入り口は足音のほうのドア、それと窓)
今ならば気づかれずに逃げることもできるだろう。
しかし彼女は動かなかった。
見極める必要があったのだ、謎の侵入者を。もっといえば謎の侵入者の思考を読む自分の能力を。
このゲームでは自分の能力は反則クラスの強さを持っている。
それは主催者も知っているのだ。何らかの制限がかかっていると考えるのが当然だ。
しかし、最初に主催の考えが読めた点を見ると第三の目は完全にはふさがれてはいないのだろう。
自分の能力がどの程度使えるのかによって生存率は大きく変わる。
すぐに逃げられる状況だからこそ、この場は留まるのだ。
さとりは窓を開け、それを背で隠すようにしてドアのほうを見つめる。
これでいつ入ってきても逃げ出すことはできるだろう。
ある瞬間、足音が止まった。
「誰かいますかー?」
かわりに能天気な声が聞こえてくる。彼女の知り合いではない。
答えるべきなのか、彼女が迷っていると答えを待つことなく声の主は部屋に入ってきた。
さとりはドアの前の少女を見つめた。
入ってきた少女は部屋の中に人がいたのに驚いたのか、口を半開きにして彼女のほうを見ている。
(やはりいつものように無制限で使える、というわけではないようですね)
能力に制限があるだろうと思ってはいたのでさほど驚きはしない。
問題はどの程度抑えられているかだ。
さとりは眉間に皺を寄せ、目の前の少女を睨みつける。
別に威嚇しているわけではない。少女の思考を読もうと集中しているだけだ。
少女は首をかしげる。
たっぷり十秒は睨み合いが続いただろうか。
だんだんとだが彼女の頭に少女の思考が流れ込んできた。
それはもっとも単純で直線的な感情。
「あなたは食べられる人類?」
食欲。
もしただの食欲なら彼女も驚かなかっただろう。
もし冷静な状況なら彼女は軽く対処できたはずだ。
しかし少女の思考にこびりついたカニバリズムは今の状況の彼女には最悪すぎた。
さとりはスキマに手を突っ込み自身への支給品であるケーキを掴み、少女に投げつける。
それが口をあけたままの少女の顔にあたったのも確認せず、さとりは窓から飛び出しす。
幸い飛行能力は失われていないようで脱出は容易にできた。
しかし、賢明な少女は飛行能力の使用を地面への着陸だけにとどめる。
(今は少しでも力を温存しておきたい…)
その考えはこのゲームにおいて定石とも言えるだろう。
足が地面に付いたのを確認すると、少女は駆け出した。
しばらく走った後、さとりは息を整えるついでに立ち止まって地図を広げた。
もし、会場の中に彼女の知り合いの知っている場所があれば知り合いはその場所に向かうだろう。
しかし、見覚えのある地名は無い。
仕方の無いことだ。ここは地上なのだから。
少女は地図を閉じようとしてふと、ひとつのことを思い出した。
(あの時、確か…)
急いで地図を開きなおし、それを確認する。
「あった…!」
彼女の脳裏をよぎったのは支給武器である人形のこと。
見覚えがあるはずだ。自分がひどい目に合わされたのだから。
「霧雨魔理沙で間違いは無かったはずよね」
名簿を見る。すぐにお目当ての名前は見つかった。
間違いではない。
昔これによく似た人形で自分と弾幕ごっこをした人間、霧雨魔理沙。
数分間しか会話をしていないが、彼女のような性格の者がこんなくだらないゲームに乗るはずが無い。
戦力として申し分ない上、向かう場所も予測できる。
地図に載っているのだ、魔理沙の家は。
「とりあえず、目指す価値はあるでしょう」
【G-5・三月精の家付近/一日目・黎明】
【古明地さとり】
[状態]:健康 軽い混乱状態
[装備]:なし
[道具]:基本支給品 咲夜のケーキ×2 上海人形
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.侵入者(
ルーミア)から逃げる
2.魔理沙の家(F-4)を目指す
3.空、燐、こいしを探して共闘する
4.魔理沙を探し、乗っていないようなら上海人形を渡して共闘する
[備考]
※
ルールをあまりよく聞いていません
※主催者(八意永琳)の能力を『幻想郷の生物を作り出し、能力を与える程度の能力』ではないかと思い込んでいます
※主催者(八意永琳)に違和感を覚えています
※主催者(八意永琳)と声の男に恐怖を覚えています
※森近霖之助を主催者側の人間ではないかと疑っています
ルーミアは面食らっていた。
気がつくと知らない場所にいて誰かが死んだ。
その後気がつくといつものようにいつものようにくらい森の中にいた。
ただいつもと違ったのは空を飛ぶとおなかが減るということくらいだろうか。
「どうしておなかが減るのかな?」
空腹を我慢しながら空を飛んで見つけた家。
その家の持ち主だろう人に食べ物が無いかと聞いたらいきなりケーキをぶつけられたのだ。
顔に付着したクリームをなめながらルーミアは考える。
「ご馳走様って言ってない」
殺し合いの中でも彼女は彼女だった。
【G-5・三月精の家・サニーの部屋/一日目・黎明】
【ルーミア】
[状態]:空腹
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダムアイテム(本人未確認)
[思考・状況] 1.食べられる人類を探す
2.ケーキをくれた人(さとり)に追いついてお礼を言う
[備考]
※殺し合いについて把握していないのかもしれません
最終更新:2014年05月31日 03:52