【涙が頬をぬらす時-Is It Hurting You?-】

涙が頬をぬらす時-Is It Hurting You?- ◆BmrsvDTOHo



燦々と輝くお天道様は全ての生命に隔たりなく温かな恵みを与える。
草木はその艶やかな葉を存分に広げ、巨大な市を形成しようと躍起になっているし
普段なら里の人間達もこの日照りにより、農作物の成長を左右されるとあってその変化には敏感だ。
尤も、私の主にとっては例外的に恨めしい存在なのでしょうけど。
空に浮かぶ雲は穢れを知らない無垢な白さで広大な遊び場を彩る。
時折その切れ間から差し込む光はまるで神の思し召しだ。

こんなに良い日差しならお洗濯物が直ぐに乾きそうね、と
そんな太陽とは対照的な名前を持つ、十六夜咲夜はのん気に考えていた。
白い白いその肌はまるで夜空に凛と輝く月の様であり、触れば崩れてしまいそうな儚さを漂わせる。
最も澄み渡っている空と海との境の蒼さを持つその瞳は冷酷な表情と暖かな包容力の二面性を想像させる。
そんな麗しい面貌を備えながらも幻想郷の少女特有の“らしさ”を備えているのだから、人は見目では判断出来ない。

殺し合い、と言われても全く実感が沸いて来ない。
本来ならば他の参加者と数度遭遇していても良い時間帯だが
咲夜が会ったのは間抜けな氷精一匹に、会って即気絶した騒霊一人、これで実感を抱けと言う方が困難だ。
また開始地点も悪い、会場の際からスタートし同じく際を回るように動いてきた。
更に持ち前の蒐集癖が祟り、出店での一時。
これらの要因全てが重なる事で幸か不幸か殺し合いは経験していない。
支給品は花異変の時の死神の鎌に、前者とは方向性の違う不殺の武器のフラッシュバン。
恐らく支給品には恵まれているほうだろう、まともに戦える武器が二つあるのは幸運と言えた。
使用機会に恵まれていないのは幸運と言えるのだろうか……。

そんな事を考えつつ咲夜は歩を進める。
背負ったリリカが目を覚ます気配は未だない。
見通しの良い平野のため周囲をそれ程警戒する必要もないので。
何時もと変わらぬ調子で物思いに耽つつ紅魔館を目指していた。
目的地の凄惨な状況も知らずに。

叢生と生い茂る青い木々は低俗な下衆の視線から
門番が手入れする瑞々しさを帯びた七色の花々はその愛嬌溢れる笑顔を誰に向けるわけでもなく咲き誇る。
全ては館の紅さを引き立てるためでありながらも、目撃される事は少ない。
洋風の館は今日も威厳漂わせつつそこに存在した。
館はいつも笑っていた。
例えその身が濃霧に包まれようと。
例えその身が強い日差しに照り付けられようと。
それら格下は相手にしないといった調子で。
過剰なまでに隅々が血の様な紅色を基調として彩られた館は
見る者に一目で畏怖の念を抱かせるには効果的であり
遠方から見て恐れ忌避するには良い目印になる。
悪魔の住処としてこれ以上相応しい建物は存在しないだろう。

センスが良いかは別としてもだ。

木々を掻き分け、門の前にたどり着くが。
誰一人いない。
そこには唯、悪意の進入を防ぐ守り手が一人、無言で構えていた。
まあ空には無力なので美鈴とセットで初めてその機能を発揮するのだが。

いつもならば美鈴がその門の守りを固めているところだけど……。
今現在その姿は見受けられない、サボりとして銘記しておきましょう
尤も、昼寝をして侵入者を許してるくらいだから、これくらい加わっても大差ないでしょうけどね。
咲夜はその聡明な頭の片隅に、美鈴の失態について書き留めた。

堅牢な鉄製の門が独特の金属音と共に開く。


紅魔館の正面入り口は、開け放たれていた。

エントランスロビー。
壁も床も天井も外装と同じ紅色を基調としてきつい配色で染め上げてある。
元々窓の少ない構造のため光が殆ど差し込まず、内部にいてもその紅色に目を傷める事はない。
その紅は何時見ようとも、どこか気品を持った紅色であり。
また一方では落ち着きのなさをありありと呈している。
館主の性格を良くも悪くも全て反映したものだった。
ロビーはお嬢様の“御戯れ”にも耐えられる様頑丈な造りであり、先の天界の異変、
博麗神社倒壊事件の際でも何度か会場にもなっているが、大きな損害は出ていない。
当然ながらそれらの後片付けは全て私の仕事であったが……。

それが今はどうだろう、壁も床も天井も赤黒い血肉がこびり付いている。
壁には穴が穿たれ、曇りなき紅に影を落としている。
まるで館主の威厳を踏み躙るかの様に。
血溜まりの中心には死体が一つ、秋に越して来た山の神、八坂神奈子だったろうか。
肉は抉られ、身体に空いた数多の穴々からは血が流れ出た形跡が見られる。
肺を破り気管を通り溢れ出る血が口元から滴り落ちる。
見るも無残な姿だ、これが銃の威力なのでしょうね。

これの掃除も私がやるのよね、と思うと多少気が滅入る。

死体から視線を移しぐるりと辺りを一望してみるが、人の気配はない。
一部屋一部屋調べていっても良いのだが、先ず背負ったこの子をプリズムリバー邸に届けてからで良いでしょう。
幸い地図を見る限り、プリズムリバー邸は同範囲に区画されているようだ。
距離もそう遠くはなさそうなので、大した時間もかかるとは考えにくい。
そう結論付けると咲夜はつい先刻、主不在となった紅魔館を後にした。








あの場に八坂神奈子が居たのは何故だろう。
神の名を冠する者だ、この制限下においても並程度の参加者とは一線を画する事は想像に難くはない。
やはりその力量差を埋め合わせるための「銃」なのでしょうね。
銃を使えば、能力制限下であれば恐らく紅魔館で雇っている凡庸な妖精メイド達であろうとも
神クラスの参加者を撃退、もしくはあのように殺害する事も可能なのだ。
開始前の試技でしか見た事はないがあの速度だ、目視での回避は不可能だろう。
私の能力下での発砲なら話は別でしょうけど。
そういえば能力には如何程の制限が掛けられているのだろうか。
参加者により程度に差はあるようだが、時を止める事は出来ないと考えて良いだろう。


幻想郷に於ける弾幕勝負とは自らの持てる力を篤と発揮し、弾に籠めた思惑をより雄渾に披露した者に勝利が訪れる。
その原点は幻想郷内での人妖の均衡の保持であり、突き詰めていったとしても“勝負”でしかない。
均衡の天秤の一方への過剰な傾きは直接、幻想郷の崩壊へと繋がる。


弾幕が最も洗練された決着手段であるとするならば、銃は真逆の、最も野蛮で醜悪な手段と言える。
その弾に籠められたのは信念でも信条でもない、悪意と殺意のみだ。
真鍮の衣を身に纏った鉛の怪物は、対象の皮膚を切り裂き、肉を引き千切り、内部組織をズタズタに引き裂いた後活動を停止する。
如何にして負傷を負わせるか、対象の爾後など考えない。
いや、寧ろ其処で生を終えさせる事に眼点を置いているのか。
改めてリリカから接収したナイフ、もとい銃を手に取る。
更にはこの様にしてナイフに隠匿してまでも相手を殺傷しようとする。
何処まで品位を堕とせば気が済むのでしょう、外の人間は。

(極力この機能には頼りたくないものね)


これらが幻想と化すれば幻想郷の均衡は大きく崩れる事となるだろう。
そんな事がありえれば、の話だが。
外の人間が全て殺し合いで死に尽くせばありえるかもしれないけど。

何時もと変わらぬ表情で内心暇つぶしがてら幻想郷のありえた可能性を考える。


荒涼とした平原を抜け、人の背の高さまで良く育った名も知れぬ植物を掻き分け
雄大な年月を過ごして来た事が伺えつつも未だ衰えぬ老躯を持つ木々。
一体何時頃から人の訪れが途絶えているのだろうか、道らしい道も見当たらず獣道の痕跡すらない。
齢数百年は優に超えているだろう森の宿老方に道を尋ねつつ、それらしい館を探す。
やがて陰鬱とした森林から一転、空が開かれている平野に出る。


現れたのは噂に聞いていた廃墟。
と言い切ってしまうにはあまりにも惜しい館
紅魔館と同等かそれ以上の洋館である。
白漆喰で縁取られた窓は未だその透き通った輝きを失っておらず、その身に移り込む雄大な景色を反射している。
正面を見渡す限り割れている箇所等存在しない。
外壁の赤レンガにも経年劣化の跡は見られず、雨風に耐えている多少の汚れはあるが色落ちの様子すらない。


玄関の扉を開け放ちプリズムリバー邸へと立ち入る。
内部は紅魔館と違い落ち着いた色遣いであり、我が家に帰ったかのような柔らかな安堵感を来客者に与える。
赤絨毯が奥にまで敷かれており白と茶を基調とした内装に一抹のアクセントを加えている。
寄木張りの床は差し込む日光を照り返して輝いており、未踏の奥地にある洋館とは思えない程手入れは行き届いている。
塵埃ひとつすら落ちておらず、その輝きには一点の曇りもない。
漆喰造りの壁には煤や蜘蛛の巣が張っているわけでもなく皹が入っている箇所はない。


紅魔館の使用人、という立場からしても此処の手入れは行き届いている。
ふと、天井を見上げてみると吹き抜けとなっている天井に四人少女の鏝絵が描かれている。
内三人は見覚えがある、服装は異なっているがプリズムリバー三姉妹で間違いないだろう。
残る一人は……プリズムリバー四姉妹“だった”という事なのだろうか。
整った顔立ち、陽炎の様に何処か憂いを帯だ表情。
鏝絵からは見続けていれば吸い込まれしまいそうな深さを感じる。
石柱に寄り掛るようにして配置されている振り子時計は時を刻むのを止めていた。
まるでそこだけ時間が止まっているかのように。

一先ず右手に見える応接間のソファーにリリカを横たえる。
些かの不安も感じさせないその表情は、怯え切っていた事など忘れさせてくれるが
内に秘めた心までは私の眼を持ってしても見透かすことが出来ない。
無理に揺り起こし情報を聞き出す、という手も無くは無いが、また錯乱されては色々と面倒だ。
少し時間が経ってから戻ってきてみようかしら、一度紅魔館をきちんと探索しておきたいという事もあるし。
やれやれ、といった様子で顔を上げると咲夜は踵を返し入り口へ向かった。




暗い。
人里の灯りも、星の光も、月の光も、何物の光明もない
辺り一面360度無明の闇に包み込まれている。
その中にリリカは浮かんでいた。
形容ではなく、浮かんでいた。
母の胎内に浮かんでいるかのように、体を屈折した姿勢で。

意識が今引き戻された。
無論、現実にではない事に気づいてはいない。
(ここは……。)
リリカは拠り所を欲した。
地が形成される、暗闇に浮かぶのは一枚のガラス。
元々“そこ”にいなければある事にすら気づかない。
地に足が着いている。
何て事のない日常の動作が望まないと生まれない。



リリカは光を欲した。
上方に生まれたのは赤い紅い月、紅い赤い太陽。
どちらもか細く頼りない光量しか生み出していない。
照らし出されるのは血痕の様な赤い点。
降り注ぐ月の光も赤く本来の点が赤なのかすらも判別出来ない。
手の届く距離に一つ 
奥へ 奥へと誘うかのような配置で延々と続いている。
リリカは炎に魅せられた蛾の如く、盲目にその点を辿って行く。
何故、という理屈では説明し難い。
たとえそれが自身を破滅に導いている悪魔の誘引であったとしても
その歩みを止める事はない。
脳の最も原始的な部分が告げているのだ、進めと。
歩くたびに足場のガラスは誕生し
生まれてきた意味を失った後方の硝子は音も無く崩れ去る。
気にも留めずにリリカは歩を進める。
現在の置かれた状況が砂上の楼閣であろうと、与えられた配役に不服を申し立てる事など出来ない。
それは“神”に対する叛意であり、駒である者にそのような権利はない。
故に進むのだ。


目的物となりそうな物が視界に入ったとき
既に遥か上の月は三日月へと形を変えていた。
時間の感覚など当初から無かったので
既に朔をも通り越したのか、程度にしか捉えていなかった。

眼前に広がるのは壮大な川。
流れは穏やかであり、その透明度は川底の枯れ木までもが見える程だ。
やはり此処にも水生生物の姿は見られない。
死の川、と言うべきではないだろう。
他の生命が存在しなくとも、川自体は生きている。

拠り所となっていた最後のガラスも冷徹に崩れ去り
川への着水を余儀なくされる。
腰程度までの水位しかなくとも、その水温は恐ろしく冷たかった。
不思議な事に服が濡れる事はない、が体温は着実に奪われていく。
じゃぼじゃぼと音を立て一歩、また一歩と進んでいく。
対岸へ渡りきった時、その先にはまた闇が続いていた。

リリカは到達点を欲した。
もういい、私は疲れたんだ。
望みを叶える神らが差し向けた。
正面へと現れたのは扉。
鎖は錆付き南京錠は既にその役目を為してはいない。
それらを手で払い除け、握りに手を掛ける
思ったよりもそれは硬く、力任せにまわす。
鈍い音がし扉が開くと同時にその握りは水へと還った。
眩い光が差し込む。
暗闇慣れした目には強烈な光に感じられるが留まるわけにはいかない。
扉に体当たりする形で雪崩込む。
途端、砕けた月の欠片が後方に降り注ぎ、燃え尽きた太陽は地へ堕ちる。
河の水は真っ赤な血へと変わる。
扉は消え失せ、後には何も残らなかった。
何も。







扉の先に現れたのは鏡。
巨大な巨大な三面鏡。
やっとここから開放されるのか、と考えた私が阿呆だった。
光の反射で映し出されるは四人のリリカ。
四人が四人、当然ながら同じ表情をしていた。
なんて窶れ切った顔をしているのだろう。
服はナイフによる刺傷で血に濡れ、目は虚ろで焦点が定まっていない。
口は締まりがなく開き、髪は返り血で固まっている。
ああ、なんて

「酷い有様なのかしらね。」

え?
私は心中で呟いただけだ。
声に出してはいない。
こちら側の混乱など蚊ほども気にせず。
右の鏡の中のリリカは続ける。

「ケガはしてるし、頭の中は負の事ばかり考えているし、負け犬根性ここに極れりね。」

五月蝿い黙れ。
正面のリリカがこちらを見据え言葉を続ける。

「それで?そうやって逃げ続けてどうするの?助かると思ってるの?」
左のリリカが蔑む視線をこちらに投げ掛けてくる。

「苦しい事からも、痛い事からも、死からも、己の罪からも逃げて。」

「「「逃げて逃げて一体何が残るの?」」」

五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
お前達に何が分かるんだ。
何の綻びもなかった篭城作戦が悪魔の出現で破られ。
救いの手を差し伸べてくれた優しい神様は悪魔に殺され。
姉達はこの殺し合いでその命を絶たれ。
信頼という絆は儚くも凶刃により打ち砕かれ。
残ったのは己の身の一つに深く刻み込まれた絶望感のみ。

これ以上私に何を求めるというの?
私はもう十分頑張ったじゃない、危険に身を晒すなんて柄じゃないのよ。
そうよ逃げに徹すればいいのよ、また巫女が解決してくれるに決まってるそうに違いない。
私は何も悪い事はしてないんだし胸を張ってればいいのよ。

「ヤマメを殺した事から逃避するつもり?」
違うあれは事故だ決して故意じゃない。
そもそもあの位置を覗き込んだヤマメが悪かったんだ。

「私のせいだって?」
右手のリリカ……ではない。
張り付いた様な笑顔を持ったヤマメは続ける。
その表情だけは健康そのものとしか見えない。

「あんたが指差してその箇所を見るように仕向けたのにかい?」

左目はあるべき窪みから今転げ落ち、床をコロコロと転がる。
眼孔に出来た血の湖は堰を切ったかのように止め処なく溢れ続ける。

「それならば私は一体誰に殺されたのか説明してくれな」

言い切る前に鏡に拳を放つ。
手には血が滲み激痛に顔が歪む。
鏡像のヤマメはひび割れた破片となりその姿を失くす。
私は見た、しっかりとその口がある言葉を呟いたことを。

「        」

砕けた破片をも踏み砕く
何度も。
何度も。
何度も。
狂気に囚われたリリカの足は止まらない。

「そしてあなたの気の緩みが私を殺した。」
左手のリリカ、ではない。
大きな注連縄を背後に付けた貫禄溢れる神様、八坂神奈子が続ける。
「低級妖怪とは言えあなたの警戒さえしっかりとしていれば、あんな事にはならなかったはずよね。」
ヤマメ同様その体が崩壊していく。
服の裾からは血が滝の様に流れ出で、顔にも幾つもの銃弾により穿たれた穴が形成され、肺に溜まりきった血液が口からあふれ出す
吹き出る血は致死量だという事が一目で分かる。

「協力による恩恵を享受しておいて、その役割すら果たせないなんて。」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
私は精一杯頑張ったんです
どうしようもんかったんですあの時は。
「私には守りたい人が居ると、それまでは死ねないと言ったのに。」
もう嫌だなんでこんな言葉ばかり聞かされなくちゃならないの?
あなたなんて壊れてしまえばいい
これ以上私に仇視の念を向けないでください。
もう死んだあなたには関係ないでしょう。

そうだコレも壊してしまえばいいんだ。

優しかった神様の幻が映った鏡に向かい
リリカはなんの躊躇いもなく足蹴りする。

私の目の前で神様は殺されたのだから
生きているはずがないのこれは幻覚。
哀れむような眼をした虚像の最期の表情も、もはや過去。
うふふふふ、なんて面白い。

「聞きたくないモノには耳を塞ぎ。」
正面の鏡像のリリカは淡々と述べる。

「見たくないモノには目を塞ぎ。」
鏡の破片に反射した数多の鏡像リリカがじっとこちらを見据えてくる。

「知りたくないないモノには心を塞ぐ。」

「もう一度聞くわ。」

「あなたはこの戦いで何を目指すの?」

氷の様な冷たい言葉がリリカの心に深く棘の如く突き刺さる。
虹のような輝きを持つこともなく洪水の後の澱みきった色を持つ河に投げ入れられた小石は大きな波紋を作り上げた。
其れが既に彼方此方に解れが出来始めていたリリカの心の突堤を崩すには十分過ぎた。
口角が異常なまでにつり上がり、目からは光が消える。
矜持は粉々に打ち砕かれ、理性は疾うに亡失した。
狂気と阻喪に堕ちた口から紡がれる言葉は聞き取る事が出来ない。
フラフラと亡者の様に歩き手に取るは鏡の欠片。
リリカはそれを首筋に当てると。

満面の笑みで躊躇いもなく引いた。



目覚めた所はソファーの上であった。
全身は汗に濡れ、心臓の鼓動は時化た北海のように荒れ狂っている。
リリカは起き上がり咄嗟に周囲を見回す。
目に飛び込んできたのは見慣れた我が家の風景であった。
夢からも逃げ出してきたリリカにはもはやそれすらが恐怖。
何故咲夜が親しくもない私をここまで運んできたのか。
何故殺せたであろう私を置き去りにして立ち去ったのか。
疑問は山のように降りかかってくる。


逃げの蜜の味を覚えた脳は思考を停止し、唯ひたすら逃避手段のみを思案する。
死にたくない、切なその願いがリリカを突き動かしていた。
その情動は屋敷の奥へ、奥へと足を忙しく動かさせた。
少しでも入り口から遠く、外部からの情報を遮断しようとしての行動であった。
こういう時、見知った我が家の勝手が酷く複雑なモノに感じられた。
普段ならば気にも止めないであろう階段の段数が一段一段踏みしめる毎に数えられる。
廊下の華に、と置かれた花瓶の中の花々がこちらを嘲笑する。
それらを無視しつつリリカの歩みは唯一点を目指していた。

器具庫。というよりは雑多な収納部屋と化している倉庫。
棚に乱雑に置かれたスコアや雑貨で埋め尽くされている。
それらの中には一体何時からあるのか分からない
東洋西洋問わない魔術用具や魔導書が混ざりこんでいた。
勿論中には贋物や土産品等全く効果の無い物も含まれていた。
くすみきった銀の聖杯や
いかにも土産屋で売られていそうなマカバペンダント。
スクライング用の古びた龍の土台が付いた水晶玉。
霊でないアンティーク楽器も幾つか置かれている。



その扉の前に辿り着いた時、底知れぬ安堵感を感じた。
向こう側から発せられる空気、匂いだけがいつもと変わらぬ日常を思い出させてくれる。
重く頑丈な鉄の扉を開き、リリカはその楽園に身を置いた。
ここには誰もいない、なんの音も聞こえない。
世界が私以外を残してみんな滅んでしまったような気分だ。
残るは旧き友人達と私達の残してきた数々の足跡。
刻み込まれ、時間の流れから切り取られた数多の情景。
それぞれが作曲家の言伝や言い分を一身に引き受け
次世代へと伝えていくための信号となっている。
リリカはそれらの楽譜を感慨深げに眺めていた。
全てが全て自分達が書いたものではないが
これらひとつひとつは全て思い出の一欠けら。
嬉しい日も、悲しい日も、怒っていた日も、泣いていた日も、笑っていた日も。
私達姉妹は音楽と共に歩み、音楽と共に生きてきた。
譬えどんな苦難の日が訪れようと、その身に染み付いた音楽の声が消えることはない。

リリカは一枚の楽譜を手に取ると奥で眠りについている友の許へ向かった。
木製のアップライトピアノは光沢のある黒でなく、地のままの木の色が使用されており
ここに来た当時から既に此処に居た。
無論調律はされておらず、良い年となっているのと相俟ってそのピッチは大きく外れてしまっている。
しかし騒霊であるリリカにそのような事は関係なかった。
楽器はあくまで具象化されたイメージでしかなく、音を奏でるのは騒霊の心だったから。
友の声が聞こえる、久しく聞いていなかった声だ。
長年薄暗いこの部屋に閉じ込め続けていた私を非難する事も罵倒する事もなく
温厚な祖父のような声でただ一言、優しく呟いた。
「おかえり。」と



椅子の埃を払い、丁寧に友の全身の埃を払い落としてやる。
一体いつぶりだろうか、この姿を見るのも。
もはや置物と化していたそれは今また楽器としての日の目を見た。
格式高い工房により作成されたソレは
この世に存在したどんなピアノよりも柔らかな音を奏で、人々の心に響き渡る何かを感じさせるものであった。
外の世界の時代の要望の変化に従い、古めかしく時代遅れな工房は姿を消し何時しかその姿も、音も忘れ去られ。
誇り高き鷲の象徴を持ちながらも今や幻想と化したそれは唯一台、ここに存在した。


観客はゼロ、いや。
この部屋にある万物が観客だろう、楽譜も、道具も、楽器も、そして私自身も。
話し声一つなく、今か今かと開演を待っている状態といったところか。
では皆々様お待たせいたしました。
只今よりリリカソロライブを開始致します。
最初で最後の曲目は幽霊楽団。
楽団の名を冠しながらもスコアは鍵盤楽器単体で演奏できるように変更されています。
力強く響き良い金管アンサンブルや静かで落ち着いたヴァイオリン属の音がなく幻想の音のみで構成されます。
何時もの幽霊楽団とは一味も二味も違った旋律を心行くまでお楽しみください。
リリカは誰に語るわけでもなくただ心に浮かんできた謳い文句を一人呟いた。



奏でられるは幻想の音、決して鍵盤楽器だけでは出せないであろう音もが自在に作り出される。
幻想、とは既にその存在が忘れ去られたモノ、未だ世にその姿を見せていないもの。
そして既にこの世に無い物。
幽霊楽団の序盤は祭の前の人々の口走る独特な喧騒や、嵐が到来する前の静けさに似ている。
逸る気持ちを抑えようとしているが漏れ出す活気は抑えきれない。
曲が生きている、と言っても過言ではないだろう。
何時しか演奏に没頭していた、周囲の様子は気に留まらず唯意識は演奏にのみ集中していた。
そんな状態が引き起こした、神様の小さな悪戯、いや奇跡のお話。



適度に温い気温と穏やかに吹き付ける風はひしひしと春の特徴を五感に伝える。
春風と共に気流を漂い運ばれてくる春の花々の甘い匂いは安息と好転の予感を感じさせ
それらに混ざり蜜を求め舞い乱れる多種多様の配色を持つ蝶達は
つい景色に目を奪われ呆けたままにならないように視覚的刺激を与えてくれる。

「……」
懸命に誰かを呼びかける声が聞こえる。

「……リカ」
私の事を呼んでいるのか。
聞きなれた、そして何故か悲しい声だ。

「リリカ、聞こえてる~?」

「うわぁ!」
突如額がぶつかるかと思う程の距離に現れたメルラン姉さんに驚かされ素っ頓狂な声を上げてしまった。
心配してくれるのは有り難いがもう少し方法を考えて欲しい所だ……。

「大丈夫?いきなり凍り付いちゃったけど。」
メルラン姉さんの肩の横からひょいとルナサ姉さんが顔を覗かせた。
不安そうにその緑色の眼がこちらを見つめている。

「大丈夫、ちょっとボーっとしてただけだから。」
無理やり笑顔を作り、強がった声で答える。

「なら良いわ、じゃあ続きを始めましょうか~。」
笑顔でメルラン姉さんが声を高揚させる。
ああそうだ、私は今ライブ中だったのか
サプライズによる移動で向日葵畑から紅魔館へ。
その日のライブの締めの曲、何時ものライブの締めの曲。


「では多少のアクシデントもありましたがお待たせしました!」
「本日のプリズムリバー楽団演奏会IN向日葵畑、もといIN紅魔館前!」
「最後の曲となってしまいましたが皆さん存分にお楽しみください!」
「御馴染みのこの曲でのお別れとなります、幽霊楽団!」」

メルラン姉さんによるMCが終わり、演奏へと移行する。
会場の熱気が手に取るように伝わり、最後の曲への期待感が具現化している。
これ程演奏する事が気持ちよかった事があっただろうか。
手を掛ける鍵盤の跳ね返り一つ一つがまるで心の躍動感を表すかのようだ。
そういだ、私が望んでいたモノはこれだ。
ルナサ姉さんの奏でる欝音を持つ柔婉で壮大な弦楽器の音。
メルラン姉さんの弾ける躁の気分の高まりが顕現したブラスの躁音。
相反し打ち消しあうその音は唯無益に空へ帰しているわけではない。
私達三姉妹による三重奏いや、多重奏は喜びを与えられる。
決して私一人では出せない。
ここまで人に喜びを与える音を今は出せない。
姉達の想いが篭っている音だからこそこれ程の質が出せるのだ。
どう足掻こうと一人で三人分の想いを出すことは出来ない。

観客は皆口々に感想を言い合いながら帰っていった。
耳につく分だけでもその中に不満を持った感想は聞こえない。
今回のライブも大成功と言って過言ではないだろう。
熱気収まらぬ会場の中、私達三姉妹は帰路に着いていた。
夕日で紅く染まる大地、妖しく揺れ動く木々の影の中。
伸びきった姉達の影に向けてリリカは口を開いた。

「姉さん……?」

もしこのまま聞かなければ消えぬ幻になってくれるのかもしれない。
覚めぬ邯鄲の夢だとしても。
だがこれだけは聞かなければならない。

「姉さん達はまだ生きているの?」

木々が激しく騒ぎ。
風が強く吹いた。

メルラン姉さんとルナサ姉さんが振り返る。
夕日による逆光でその表情は読み取ることが出来ない。
二人からの返事はない、ただじっと私の眼を二人が見つめる。
私の心を射抜く様な鋭い視線、一緒に生まれ育ってきた二人だからこそ胸がズキズキと痛む。
交差していた視線が外れ、二人は静かに目を伏せる。
静かにそっと、それでありながら毅然とした口調でルナサ姉さんが語り始める。

「リリカ」
「私とメルランはもう死んでいるわ。」


いつも嬉々とした表情を浮かべているメルラン姉さんも今日は真摯な表情をして語る。
口調は何時もからは考えられないほど落ち着き払っており、聞く者に高揚感を与える事は無い。

「でもね、リリカあなたはまだ生きている。」
「プリズムリバー楽団はまだ解散には至っていないの」
「あなただけでもプリズムリバー楽団は作り上げていける。」
「ルナサ姉さんの様に無理に人を感傷に浸らせたりする音でもなく」
「私の様に陰鬱とした気分を無理に高揚させる音でもない」
「あなたの音だからこそ純粋に人を感動させることが出来るの。」


最後に笑いながらメルラン姉さんらしい一言を付け加えた。
「まあ、尤も一人じゃ楽団じゃないのだけれどね」

「でも私達の事は忘れないで欲しいな」

ルナサ姉さんがボソっと一言漏らす。

「リリカ、あなたはまだ此方側に来ては駄目よ。」
「その手を故意に汚す事もしては駄目。」
「私達の分まで生きて、お客さん達に笑顔を与えてあげて頂戴。」

「「それが私達の励みになるから。」」

笑顔を浮かべながらもルナサ姉さんとメルラン姉さんの頬がキラリと光ったのを私は見逃さなかった。
二人とも悔しいのだ、もう演奏出来ない事が、人を喜ばす演奏が出来ない事が。
それなのに私は一体何をしようとしていたのだろう……。

二人がクルリと振り向き再び顔を隠す。
「残念だけどもう時間みたいね。」
嗚咽混じりの声でルナサ姉さんが続ける。
見れば二人の背中は血に塗れている、生々しい傷跡は最期の傷、二人の希望の路を断ち切った溝。

「最期にワンフレーズだけ演奏しましょうか。」

「誰が為でもなく、私達の為。」

今この時まで存在しなかった筈の私愛用の鍵盤。
何時の間にか二人の手にもトランペットとヴァイオリンが握られている。
幽玄な音の調べは今までのどんな幽霊楽団よりも華美で雅であり
そして今までのどんな幽霊楽団よりも儚く幽愁に満ち溢れていた。
三人共一音一音を噛み締める様に演奏した、持てる全てを出し尽くすつもりで。
演奏が終わった時、三人全員が涙を流した。
離れたくない、と強く願っても離れていってしまう姉達。
目を伏せ、せめてこの一瞬が少しでも永く続くようにと三人で抱き合った。
自然と抱きしめる腕にも力が入る、が突如その腕は空を切る。
頭では分かっている、しかし目を開けてしまえばそこには既に幻影はいないのだろう。
でも私は目を見開き生きていかなければならない、姉達の最期の願いを果たす為。
目を開くと、眩い光が飛び込んできた。
もう逃げない、そう誓いたくなるような神々しい光だった。
幻想の奏でる音が見せる幻想を視る夢。





リリカは鍵盤に突っ伏す形で気を失っていた。
埃臭い部屋、そこは紛れもなくプリズムリバー邸内の倉庫室であった。
あれは夢だったのか、夕日に燃える平原はどこにもなく姉達の姿もない。
しかし確かにリリカの頬は涙に濡れていた。
その腕にはまだ姉達の感触がありありと残っていた。
夢とは信じがたいものだった。
リリカ・プリズムリバーの能力「幻想の音を演奏する程度の能力」
幻想の奏でる音は既に亡き死者の声さえも奏でたのか。
それともリリカの心の奥底の幻想の声を奏でていたのか。
彼の世の音達は何も答えない、その存在は不確実なモノ。
不確実でありながらもその音は無尽蔵、何を引き起こすかは全く予想がつかないモノ。
リリカは立ち上がりピアノに静かに蓋をする。
心に落ち着きと平穏を取り戻させてくれたこのピアノには感謝しないといけない。
やはり騒霊、音楽との相関性は否定出来ないのだろう。
リリカは深々と一礼した後一言、ありがとうと呟いた。

今までの私はもういない、生ける屍の様にフラフラと生きる理由を探し彷徨い歩いていた私はもういない。
私にはこれから生きていく、という生きる理由が出来た。
人々に語ってみれば笑うかもしれない、なんて漠然とした理由なんだと。
だが私は今ならば胸を張ってこの理由を誇ることが出来る。
姉達が与えてくれたその理由を。


生き延びるためにはこの殺し合いから脱出するしかない。
力を持つ者に協力して、少しでも終わらせる可能性を高めるのだ。
となるとやはり霧雨魔理沙だろうか。
冥界の西行寺幽々子様が引き起こした長引く冬の異変の時、冥界の門で戦ったあの魔法使い。
疑う余地もなく実力は折り紙つきだろう。
性質からして殺し合いに乗っているとは思えない。
先刻出会った十六夜咲夜も確かに実力者である。
私を殺していない事から乗っていないと見ても良いだろう。
しかしあの悪魔、レミリアのメイドだ。
可能ならば又接触する事は避けたい。
博麗霊夢は怪しい所だ、掴み所がなく内心何を考えているかもわからない。
この殺し合いに乗り脱出を目指している可能性もないとは言い切れない。

霧雨魔理沙だ、霧雨魔理沙を探そう。
彼女ならばきっと、きっとこの殺し合いを終わらせてくれるはずだ。

この殺し合いを乗り切って再び皆に笑顔を与える演奏をするため。
リリカソロライブ、この言葉はもう使うことはないだろう。
プリズムリバー楽団定期演奏会、たとえ一人であろうと私の心には姉達がいる。
一人でも立派に作り上げてみせよう、だからもう少し待っててね姉さん達。
私がもし其方に行くような事があればまた一緒に演奏しましょうね。
その時は姉さん達が驚くくらいに腕を磨いていてみせるから。

一度地平線下へと沈んだ太陽はまた昇り始める。
月の柔らかい光があったからこそ、星の瞬きも美しく感じられる。
太陽の光があったからこそ、夜の星のまた違った趣が感じられる。
私は今日から小さな光の星だけでいては駄目なのだ、眩しき昼間を明るく照らす太陽となり、暗き夜を優しく照らす月ともなる。
並大抵の事ではない、自分でもそう思える。
そのためには強く、そして自身の持つ音の質を更に高めていかなければならない。
心も力も弱かったリリカ・プリズムリバーはもう死んだんだ。
体は小さかろうとその身体には三人分の想いが込められている。
プリズムリバー楽団、団長としての責務を果たす為。
リリカはその行動を開始した。

【C-2 西部 プリズムリバー邸器具庫・一日目 昼】

【リリカ・プリズムリバー】
[状態]腹部に刺傷(大よそ完治)
[装備]なし
[道具]支給品一式、オレンジのバトン、蓬莱人形
[思考・状況]生き延びて姉達の遺言を果たす
[行動方針]
1.使えそうな武器を邸内から探す。
2.姉達の面影を見出せる物を持ち出す。
3.霧雨魔理沙を探しその動向が脱出であれば協力する。
4.出来るならば姉達とヤマメを弔いたい。



咲夜は唖然としていた。
紅魔館に入り真っ先にお嬢様の部屋を目指したのは良かった。
しかしその部屋の状況はまさに物置と言う惨状だった。
こんな芸術的に散らかせるのはお嬢様しかいない。
全くこの我侭っぷりには溜息しか出ない、よくもまあここまで散らかせるものだ。
その部屋をこうやってコツコツと片付けている自分にも惜しみない拍手を送りたいくらいだ。
服をクローゼットへと収納し、乱れたベットを整え、あちこちに散乱している小物を戸棚へと仕舞い
テーブルと椅子を綺麗に並べる。


普段から館中を時間停止で掃除し片付けている咲夜にとっては
時間操作さえ使えればこの程度の量大した事ではなかったのだが。
無為に力を使い気力体力を浪費するわけにはいかない。
やっと半分、といった所だろうか、目に付く所は片付け終わったが細部はまだまだ散らかっている。
そんな状態でこうしてキッチンに立っている私もどうかしているかもしれない。
割り当てられている自分の部屋に戻ったはいいが愛用のナイフが丸ごとなくなっていたので
代用として食事用ナイフとフォークをこうして集めているのも滑稽な様だろう。
どうやらお湯も沸いたようだ、独特の甲高い音が部屋に響く。
火に掛けていたヤカンからお湯を支給品のティーカップへと注ぐ。
お嬢様用の血液入りの紅茶。
クッキーを添えトレイに乗せお嬢様の部屋のテーブルへと置く。
時間停止、しようとしたがやはり使えない。
そのテーブル上の空間だけへ時間操作を掛ける、何時その部屋に戻ってきても熱々が飲めるように。

「お嬢様、私は信じていますわ。」
その部屋に鍵を掛けるように咲夜は静かに扉を閉めた。

真上に来た太陽の光は眩しい。
この紅魔館が有り触れていた日常に戻る事はもうないだろう。
お嬢様がこの惨状を見たら一体どう思うのだろうか。
真っ先に私が呼び出されるのは目に見えてるけど、と咲夜は苦笑する。
侵入を防げなかった美鈴も叱ってやらないと。
パチュリー様はもういない、あの莫大な量の蔵書はこれからも永久不変なのだろう。
小悪魔は呼び出されていないようだった、それだけがせめての救いかもしれない。
フランドールお嬢様はどうしているだろうか。
あのお方の力は絶大なモノだがお嬢様と同じく日光や雨に弱い。
体良く振舞えていれば良いが、鎖の無い今は信じるしかない。

もし、お嬢様が殺し合いに乗っていたら。
従者である私は主に反旗を翻す事は出来ない。
お嬢様が是と言えばそれは是なのだ。
殺し合いを是、としていない事を願うばかりだ。
再び先程歩んできた道程を辿りプリズムリバー邸を目指す。

土の匂い、水の匂い、木々の匂い、森羅だけは何時もと変わらない。
変わってしまったのは其処に住む人々。
変えてしまったのはこの理不尽な状況。

私は主催者を許せない。
何気なくも幸せだったその日常を壊し、血生臭い日々へと変えてしまった。

きっと泣いているのだ、私は。
表面に現れる肉体的な涙ではなく。
胸の奥を蝕む心の涙を流しているのだ。
戻らない日々に想いを馳せる事で出来るその傷の膿が。
無碍にされた今までの均衡への怒りが。
もしお嬢様が是と言った時、それに即座に賛同出来る自信が薄まった。
何も考えなければ楽でいいのだろうか、成り行きに身を任せ恩も忠義も空へ帰せば何者にも縛られない。
それが出来ないのが私の弱さだ。
結局紅魔館という拠り所を失うのが怖いのだ、宙に浮くのが怖いのだ。
お嬢様という護るべき、仕えるべき対象を失うのが怖いのだ。
奉仕する理由が自分自身の保身のためとは愚かで陋劣な理由だろう。
そうだ、人間は弱く、怯懦な生き物なのだ。

里の人間の様になんの能力も持たず妖怪に対抗する術がない人間であろうと。
私や霊夢、魔理沙の様に能力を持ち妖怪に対抗出来る人間であろうと。
本質が変わることは無い。

相変わらず照りつける太陽の中、咲夜は半ば妄信的に信じる路を歩んでいた。
路が失われた時の事など考えてはならない。



【C-2西南西部 平原・一日目 昼】

【十六夜咲夜】
[状態]健康
[装備]NRS ナイフ型消音拳銃(1/1)
[道具]支給品一式、出店で蒐集した物、フラッシュバン(残り2個)、死神の鎌
    NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬17 食事用ナイフ・フォーク(各*5)
[思考・状況]お嬢様を探さないと
[行動方針]
1.プリズムリバー邸に向かいリリカから情報を集める。
2.お嬢様に合流し、今後の動向を聞く。

※出店で蒐集した物の中に、刃物や特殊な効果がある道具などはない。
※食事用ナイフ・フォークは愛用銀ナイフの様な切断用には使えません、思い切り投げれば刺さる可能性は有


92:Gray Roller -我らは人狼なりや?-(後編) 時系列順 94:精神の願望/Mind's Desire(前編)
92:Gray Roller -我らは人狼なりや?-(後編) 投下順 94:精神の願望/Mind's Desire(前編)
73:沈まぬ3つの太陽/いつか帰るところ リリカ・プリズムリバー 113:恐怖を克服するには――
73:沈まぬ3つの太陽/いつか帰るところ 十六夜咲夜 113:恐怖を克服するには――

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最終更新:2009年10月28日 21:06
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