精神の願望/Mind's Desire(前編) ◆gcfw5mBdTg
◇ ◇ ◇
『霧雨魔理沙』
窓から空を仰げば、流れ星が次々に流れる夜空。
――すごいぜ。本当に百個ぐらい降りそうだな。
天龍の鱗が剥がれ落ち、光り輝いた最終形態。
星座を散りばめた宇宙で、一瞬で流れて消える一番目立つ夜空の主役。
同じ動きしかしない他の星に逆らい、大きく強く光ってはすぐ消える。
時には隕石となって地上まで届き、甚大な被害を齎す力強さも持つ。
そんな流れ星が降り注ぐ流星群が、私の心をどんどん魅了していく。
だけど夜は永遠には続かない。
どんな希望の世界も、いつかは終焉を迎える。
◇ ◇ ◇
…………さて、夢の世界から戻ったわけだが……これは一体どういうことなのだろう。
私の起き抜けの状況は奇妙なものだった。
どーんと視界一面に、黄金の髪と、見覚えのある特徴的な帽子が広がっている。
驚くことはそれだけでなく、なぜか私の身体は、帽子の持ち主の背中に乗っかって運ばれているようだ。
えーと、これらを総合すると……どうやら私は藍におんぶされているらしい。
って、おんぶ? なんで藍におんぶなんかされてるんだ!?
動揺で身じろぎした私に反応したのか、藍がくるりと顔を回し、横顔を私に見せる。
「おはよう、魔理沙。
まだ寝惚けているようだな。眠いのならまだ寝ていても構わないぞ」
「……頼むから降ろしてくれ」
顔を赤らめながら懇願すると、藍は幼子を扱うように丁寧に私を降ろした。
……これじゃ私が子供みたいじゃないか。橙と同じ扱いってのはどうかと思うぜ。
あー、うー。どうしてこうなったんだっけか?
……宴会、実験、弾幕ごっこ。このあたりの後始末だろうか。
倒れるような事態にはならないよう、注意してるつもりなんだけどなぁ。
心地よい眠気を手放すのは惜しいが、この年になっておんぶされるなんてのは、ちと恥ずかしい。
寝惚け頭も、ようやく快活に作動し始めてるし、昨日の出来事を振り返ってみるか。
あー、昨日の私は…………。
――――嫌な事を思い出した。
思い出したくもないが、思い出さなきゃならない大事な記憶が段々と蘇ってくる。
……そうだ。さっきまであった眠気すら、既にどこかに逝っちまったほど不愉快な昨日、いや今日だったんだ。
変なとこに呼ばれて、知らない妖怪が一人殺された。
で、こうなりたくなけりゃ、殺し合いしろと永琳に上から目線で命令された。
……私はそれを冗談だと思ってたんだよな。
だからリグルに怯えられて、霊夢の白刃に晒してしまった。
私のせいでリグルが――死んだ。 私も――霊夢に殺されかけた。
…………霊夢から逃れて……永琳と会って……。
あー、そういえば永琳との約束どうするか。
まず今は何時だ。時計、時計。えーと……ここから人里が見えてて、時間がこれだと……ちょっぴり厳しいな。
今からなら間に合う時間なのは幸いだが、人里や紅魔館で仲間を集めてからなんて言ってられる余裕はないぜ。
……まぁ、まだ余裕はあるから、とりあえず今は後回しにして、現状把握に努めるか。
たしか、永琳と会った後は……家に帰ろうとして……そうだ、途中で南の火災をなんとかしようとしたんだ。
でも魔法の森の地面に爆弾が埋まってて…………あのへんの記憶がちょっくら曖昧だが、藍に蓬莱の薬で助けられたんだ。
んで、藍と同行することになってちょっと歩いたら、フランやスターも加わって、放送を聴いて。
次は――。
額に突然汗が流れる。
なんで――こんなに緊張してるんだ。
記憶だけは既に大半が蘇っている。
でも私の心が、記憶を信じたくないと叫んでいる。
香霖堂で 妖夢と 幽々子に 出会った。
途中で 妖夢が フランに 襲い掛かって。
――スターが フランを 庇って 死んで。
――――妖夢が 幽々子に 殺されて。
――――――幽々子の心が 死んだ。
「……幽々子はどうした」
脳裏に浮かんだ疑問を即座に口にする。
力強く問い詰めたつもりだったが、予想以上に弱弱しい声音になってしまった。
なぁ、藍。
殺したとか……言わないよな? 頼むから言わないでくれよ。
「……幽々子様は無事だ。
香霖堂を去ってからは知らないが、私達は手を出していない」
ほっと胸を撫で下ろす。
これで私が始末したとか言われちゃ、もうどうしていいかわからなくなってただろう。
放送で発表される以上、誤魔化しは効かない。嘘じゃないはずだ。
不幸中の幸いではある……けど、幽々子の不幸はまだ継続している。
こうしちゃいられない、と幽々子の元へ急いで転進しようとする、が。
「――やめておけ」
疾走直前の私の肩が突如掴まれ、静止を強制された。
力強く掴んだ手の持ち主は、覚悟を伴う目を私に向ける九尾の狐、八雲藍。
ああ……やっと完全に思い出せた。私を気絶させたのは藍だったな。
「……放せよ」
私は目尻を吊り上げ、一歩も譲らないと顔に書いてある藍を睨む。
生真面目な奴が強情を張ると始末に終えない。
いっそ強硬手段に出ようかと迷っていると――――私の背中に、なんらかの圧力に満ちた小さな掌を当てられた。
これは藍じゃない。
「フラン――か。お前も……私を止めるんだな」
「ええ。私はスターやパチュリーのためにも、ゲームを壊さなきゃいけないの。
あの女に構うなんて無駄な遊びに付き合うつもりはないし、無闇に勝率を下げるつもりもないわ。あの女を殺すつもりならいいんだけどねぇ」
一人ならまだしも二人を相手にしたら、どうなるか。答えは簡単だ。
強引に振り切るとしても物理的、精神的に重大な傷跡が私達に残る破目になる。下手をすれば永遠の別れすら訪れるかもしれない。
それをわかっているからこそ、こいつらは本気で私を止めるのだろう。私が抵抗は無意味と判断すると思って。
…………その通りだよ。こうされちゃあ抵抗なんてできるもんか……。
「……やめりゃいいんだろ」
降参の証として首を振り、抵抗の意識を霧散させる。
藍とフランもそれに呼応し手を離した。警戒はいまだに解いていないようだが。
……私だってわかってるさ。
我侭を、綺麗事を喚きたててるだけでしかないって。
私が幽々子を慰めたところで解決になんてなりやしないって。
だけどなぁ……それで納得できるわけ……ないだろう。
……無力な自分がほんと嫌になってくる。
「……なぁ藍、答えて欲しいことがあるんだが」
これからする質問は聞く意味なんてない質問だ。だけど口から出るのをもう抑えきれない。
「――私は正しいのか?」
込み上げるものに執拗に押され、躊躇いがちに、やりきれない思いを吐き出した。
「…………香霖堂へと舵を取ったことか、それとも妖夢や幽々子様を静止できなかったことか。
どちらにもお前には責任と呼べるほどのものはないさ。 不幸な事故だったと無理にでも思い込め」
「私が悪くないんならさ……あんなにがんばってた妖夢や幽々子が悪いっていうのか?
それに……香霖堂での件だけじゃないんだぜ。
リグルだって、私が馬鹿みたいな勘違いしなきゃ、ここにいたかもしれないんだ。
霊夢だって私には止められる機会はあった。蓬莱の薬だって間抜けな私がいなきゃ、別の誰かを救えたんだろうな。
まだある。なんと私はお前らに会ったときから隠し事してるんだ。あはは……笑えるだろ……。
なぁ……これでも、私が正しいって言えるのか? も、っとやりようが、あったんじゃ……ない、か?」
第二放送はもうじきだ。
第一放送と同じペースだったとしたら、参加者は半分に近いだろう。
だというのに私はなにをしていた?
全てを救うなんてできっこない。
正しいからといって念願が成就するわけじゃない。
そんなことはとっくにわかってる。
だけどさ、たったの一人も救えていないなんて。
それどころか被害の拡大にしか貢献していないなんて。
そんな人間が……正しいわけ……ないよな。
せめて私個人への不幸なら我慢だってできた。
だけど……私のせいで、誰かが死ぬなんて悪夢にはとても耐えられない……。
罪を自覚した途端、視界が涙で滲む。
必死で耐えようとしたけども、たかが涙を抑える術すらなく、自分の涙にすら太刀打ちできなかった。
胸がジクジクと痛む程高鳴る。
罪の圧力で、支える力を失った私の両膝が折れる。
立ち上がろうとしても足が動かない。抗いようがない程に身体が重い。
それからどれだけ時間が経ったのか。
浅ましく嗚咽し、咽び泣いている私の背中が誰かの暖かい手にさすられた。
心遣いは嬉しい。涙がより零れそうだ。
けど、身体が動いてしまえば、また誰かを死に追い込んでしまいそうで。
……今はなにも考えたくない。
いっそ、眠ってしまおうか。そうすれば、なにもかもを忘れてしまうかもしれない。
しかし……そうはいかなかった。
意識を手放そうとした瞬間。
「――霊夢に負けていいのか」
『霊夢』という単語が私の意識を僅かに覚醒させた。
「やりたいことがあるのだろう。成したいものがあるのだろう。
諦めていいような小さいものなのか、よく考えてみることだな」
――魔理沙。あんたは何も分かってないのよ。
霊夢と交わした言葉について思いを馳せた。
あいつの目に、私はどう映っているのだろうか。
あれだけの啖呵を切った私の無様な姿を見たら、どう反応するだろうか。
想像してみると容易く思い浮かんだ。
あいつは私を見下すだろう。
私の言ったとおりでしょう、ってな。
――――嫌だ。それだけは許せない。
あいつよりも先に膝を折ってしまってどうする。
絶対に認めたくないあいつを私が肯定しているようなものだ。
あいつに見下されるなんて、私のためにも、霊夢のためにも、絶対に……あっちゃいけない。
ミニ八卦炉を手の中に収めている拳を、想いと共にぐっと固める。
熱くなった私の身体に呼応するように、ミニ八卦炉も熱量を増幅させていく。
……ああ、お前も私に付き合ってくれるんだな。
どこまで耐えられるのかは分からないけど……あいつの足元にいつまでだってしがみついてやる。
あ、そういえば……………さっき私が自白してしまった隠し事はどうしよう……。
スルーというわけにもいかない。
藍なら事情を察してくれるかもしれないが、フランあたりはザクッと話題を切り出してきそうだ。
もう……話すしかないか。きっと大丈夫だ。多分……。
「なぁ、二人とも。 私がさっき口走った隠し事なんだけど――」
しかし、ちょっと冷静に戻ってみると……隠し事をぽろっと漏らしたり、泣き言喚いて倒れ伏したり、私はなんつー恥ずかしい姿を曝してたんだ……。
おんぶといい、あー、もう。早く忘れたいし、忘れてほしいぜ。
◇ ◇ ◇
『八雲藍』
「私が悪くないんならさ……あんなにがんばってた妖夢や幽々子が悪いっていうのか?
それに……香霖堂での件だけじゃないんだぜ。
リグルだって、私が馬鹿みたいな勘違いしなきゃ、ここにいたかもしれないんだ。
霊夢だって私には止められる機会はあった。蓬莱の薬だって間抜けな私がいなきゃ、別の誰かを救えたんだろうな。
まだある。なんと私はお前らに会ったときから隠し事してるんだ。あはは……笑えるだろ……。
なぁ……これでも私が正しいって言えるのか? も、っとやりようが、あったんじゃ……ない、か?」
魔理沙に似合わぬ弱々しい一面。
幾粒もの涙の粒が零れ、魔理沙の服を濡らしていく。
私が返事に窮していると、魔理沙は、地面にひれ伏すかのように膝を折った。
いつもの飄々とした雰囲気は、まるで見られない。
無理もないな……。
壊れた世界の法則を長時間経験すれば狂わずにはいられまい。
理性の皮は剥がれ、本性を露とし。
拒絶を許さず、逃避を許さず、休止を許さず。
安堵した次の瞬間には、絶叫と血飛沫が舞い上がらせる。
悪意が踊る。絆が千切れる。安らぎは餌。狂気こそ正気。
魂は、儚く、削れ、砕かれ、辱められ、薄れ、消失する。
悪意咲き乱れる世界の胃袋は、更なる悲劇を、絶望を、無限に要求する。
しかも私達が先程経験した惨劇はその殺し合いの中でも極上の惨劇だ。
きっと主催者は、我々の滑稽さを嘲笑っているのだろう。
人妖の業をこうも見事に見せ付けられるとは、きっと想像していなかったはずさ。
なにしろ……誰にも悪意がなかったのだ。
全員が異変の解決を前提としていたのに、無残にも、二人が死に、一人が狂った。
加害者であり被害者であるである妖夢と幽々子様でさえ、従者が主を守ろうとし、主が従者を守ろうとしていたに過ぎない。
誰一人、得せず、救われず、望みも叶わない不毛の惨劇。
罪や悪や責任を押し付けて憤りを晴らそうにも、直接の切欠である妖夢は既に故人。
更には守ろうとしていた主に殺されるという最悪の末路。誰だって責任を追求しようなどとは考えられまい。
あんなものを経験し、責任はなくとも一因を担っているとなれば正常な判断力を奪われるのも当然さ。魔理沙のように抱え込むような性格ならなおさらだ。
冷たいと自覚してる私ですら、いまだに目に焼きついているよ。仮に幽々子様や妖夢が橙や紫様だったとしたら私も魔理沙のようになっていただろうね。
さて……魔理沙をどうしようか。
魔理沙の後悔の内容は正しい。
確かに過去の行動如何では、誰かを救えただろう。
香霖堂へ行こうと言い出さなければ、幽々子様も妖夢も別の道筋を歩んでいたに違いない。
だが、正否で言えば正であっても、必要か不必要で言えば不必要。
反省は未来を生み出すが、過度の後悔は何も生み出さない。
後悔は過去との闘争を意味する。
しかし、過去とは永遠に固定された存在。
永遠相手に抵抗していても、いつか心が折られてしまう。
最適の実利を求めるならば、多少の罪程度は最善の行動をしたと図々しく思い込まなくてはならない。
後悔しているだけでは餓鬼に魂も肉体も貪られて――死んでしまう。
それだけは防がなくてはならない。
魔理沙に死んでほしくないというのもあるが、私には魔理沙を必要する理由がもう二つある。
魔理沙は私が持っていないものを持っている。
私、八雲藍は、妖獣であると共に『式』でもある。
『式』とは計算式を組み、セオリーに則り、法則と命令への従事により能力を発揮できる計算能力に特化した存在。
計算でならば主である紫様以外に負けない自信がある。
だが計算は万能ではない。 事前に用意されている法則、数値を必要とする。
『∠x∫⊿+Ⅷω‡Σy℃=∨∬z』といった数式が仮に殺し合いを表す数式だとしても、法則と数値の意味を理解していない私では絶対に解き明かせない。
上記の計算式を解き明かすには法則と数値の割り出しが必要となる。
そして割り出しに必要なものは、天才、不規則、狂気、カオス、電波といったものを基礎にした常識に捕らわれない閃き、直感、アイデア、理解力。
『式』の欠点はそういった要素の欠如だ。
以前、紫様の質問に計算に基づき理性的な回答した時、『つまらない』という評価を貰ったことがある。
当然だ。紫様は私より数百段は計算力に優れている。
私程度が計算で求めた結果など、とうの昔に解き明かしているに決まってる。
それでも私が提出したのは、別の答えを用意することができなかったから。ただそれだけだ。
『式』の特性上、常人より思考スピードと知識に優れている分、既にあるものを計算したり求めたりというのは得意分野ではあるが、新しい発想を生み出すことに長けていない。
思考と同時に超スピードで計算し、考えるよりも先に安易な結果を理解し、思考をストップさせてしまう。
一度でも結果を理解してしまえば、結果は脳裏に焼きつき、別の結果の導きに多大な労力を要してしまう。
数億桁の乗算をこなせても、何千式にも及ぶ方程式を解けても、1+1=田と柔軟性に優れた答えを求められるかは別問題ということだ。
魔理沙はその点において優れている。
博麗の巫女や現人神といった特殊な事情には一切関係のない道具屋の娘として生誕。
零から魔法を学び、理解し、吸収し。人間に害を為す魔法の森に強引に陣取り。
時には研究に打ち込み、時には他人のスペルカードを参考に、時には実戦で実力を磨いた。
その結果、スペルカード
ルールの恩恵込みとはいえ、普通の十代の人間の少女が千歳を超える妖怪を下すまでに至った。
性質上停滞しがちな妖怪や神には決して真似できない驚異的な成長スピード。
他者のスペルカードをも応用し、己の力とする理解力と飲み込みの速さ。
少なくとも私よりは異変解決に向いているだろうね。
まず、これが第一の理由。
次に第二の理由。
この殺し合いの打破は個人では不可能。
……現実的に計算すると集団でも打破は不可能だが……それは置いておく。
そして集団には必要なものがある。
纏め役、つまりリーダー。
今は三人程度の少人数だから必要は無いが、人数が多くなれば、その役目を担ってもらおうと思っている。
交友関係、人脈の広さ、明るさ、懸命さ、頭の良さ、裏の無さ。
リーダーの資質としてまだまだ足りないものはあるが、即席の少数集団に必要な要素をこれだけ持っていれば十分だ。
リアリスト揃いのメンバーでも無い限り、十分やっていけるだろう。
こういったものは妖怪には向いていない。
妖怪の本質は恐怖、猜疑心、困惑、未知といったネガティブな要素。
妖怪がリーダーと成った場合、軍勢の指揮には有能であっても、即席の少数集団では害を招いてしまう。
特に、紫様などは……立場上、言いにくいことではあるが、他の人妖から……その……嫌われている。紫様の式である私もそれほど信用はされていない自信がある。
――使い捨てられるのではないか。
――見捨てられるのではないか。
制限により力量差が縮まった今ならば、上記のような思考の末、凶行に走る輩が現れてもおかしくない。
事実、それも間違ってはいない。
私や紫様は、状況によっては必要悪として卑劣な方策を実施するだろうね。
人間である魔理沙にそういったものが足りないが、リーダーならばそれでいい。
即席の小集団のリーダーが一度でもメンバーを見捨てれば、集団はいずれ壊滅する。
必要となる時が、もし訪れれば――――私が独断で必要悪を行使すればいいのさ。…………幽々子様を殺そうとした時のように。
監督不届きにはなるが、リーダーが直接恨みを買うという危機に比べることはできない。
魔理沙は感情的ではあるが馬鹿ではない。表面上は不満を露にしても内心では真意を渋々と認めてくれるはずだ。
メンバーにもよるが、最悪でも私に単独行動を強いる程度で済むだろう。
魔理沙を立ち直らせる理由としてこんなものだ。
わざわざ取り繕っても意味はないし、しっかりと答えよう。
――――私は魔理沙を利用している。
無為に過ぎて行く時を過ごすというのは、そう悪いことばかりでもない。
プラスからマイナスへの減法は数字以上に精神に影響を受けるが、マイナスからマイナスへの減法による精神への影響は数字以下の些細な影響に過ぎない。
仮に誰かが無抵抗の魔理沙を殺しにきても、相手が嗜虐思考で無ければ恐怖も痛みも一瞬で済むだろう。
過度の後悔は永遠の停滞と死を待ち受ける運命に至るのみではあるが。
正常な精神を維持したまま主催者へ抵抗するという至上の苦難を考えれば天国に等しい。
なのに私は、十代の少女を、身勝手にも無理矢理立ち直らせ、誇大な期待を背負わせ、地獄に何度でも導こうとしている。
紫様の為に、橙の為に、幻想郷の為に、私の為に。
これを利用していると言わずしてなんと言えようか。
……そろそろ魔理沙は立ち直っているだろうか。
確認の為、魔理沙へ目を向けると……いまだに普段の勝ち気さが失せた不穏な瞳。
時間経過と思考の埋没による自力での立ち直りは失敗したようだ。
フランドールは魔理沙を眼中にいれず物思いに耽っているし、私が何とかしなきゃいけないみたいね。
親が我が子にするように、目線を合わせ。
震える背中を、努めて優しく、暖かさが通じるように撫でる。撫で続ける。
…………どうやら失敗らしい。重苦しい沈黙が立ち込めるのみだ。
…………橙なら、こうすれば泣き止んだのだけどね。
仕方ないか。真の意味で心の篭もっていない私の傲慢な慰めでは届くはずも無い。
ふむ、次はどうしようか。
善人を相手にするならば、誰かのために、というのが基本ではあるが。
助けられなかったと罪悪感で潰されている人物相手では、逆効果にしかならないだろう。
なら、どうすればいいのか。
……幾つか思いついた。
まず一つ目。
「――霊夢に負けていいのか」
罪悪感を願望で覆い隠す。
「やりたいことがあるのだろう。成したいものがあるのだろう。
諦めていいような小さいものなのか、よく考えてみることだな」
人間も妖怪も本質は自己中心。
自分の為に、というのが一番パワーを発揮する。
以前に霊夢が殺し合いに参加しているという話題に上った際、魔理沙の目の色が変わったのを私は見逃していない。
その情報に、親友やライバルといった関係を加味して、刺激してみたが……思いのほかうまくいったみたいね。
魔理沙の瞳は、絶望に沈みながらも希望を求めて光を僅かに取り戻す。
無理に作った人好きのする笑みを見せて、重い体を引き摺るかのように、震える頼りない両足を、ゆっくりと動かしている。
所詮は、絶望を願望で覆い隠しているだけの一時的な処置。
まだ無理をしているのがよくわかる。本人は気がついていないのかもしれないが。
まぁ、先程のような極上の絶望がそうそう転がっているわけではないだろう。
怒りや憤りの矛先さえちゃんとあれば、人間も妖怪も心はそう簡単に壊れるようなものじゃないさ。
残る問題は後一つ。
魔理沙が勢いで漏らした隠し事の件だ。
とりあえずは待とうか。
今の魔理沙なら、心の準備さえ終えれば、向こうから言い出してくるはずさ。
こちらから言い出して拗れるような事態は困る。
そんなことを思っていると。
「なぁ、二人とも。 私がさっき口走った隠し事なんだけど――」
魔理沙が分かりやすい性格をしているのか、私の予想が優れていたのか、予知のように実現した。
内容は半ば予想できなくもないが…………詳細によってはリーダーは任せられない事態になるかもしれないな。
できる限り重荷は取り払ってやりたいが、私が完全に信用しているのは紫様と橙のみ。無条件の信用は破滅を招く。
あぁ、散々利用しておいて完全には信用していないなんて、私はどれだけ罪深いのだろうね。
……魔理沙、殺し合いさえ終了すれば恨んでくれて構わないよ。
私を死に堕としたいと望んでも……甘んじて受け入れようじゃないか。
◇ ◇ ◇
『フランドール・スカーレット』
魔理沙が泣いた。
いつも活発で明るい魔理沙が、触れてしまえば砕けそうな儚さを露にしている
人間ってほんと、感情に長けた生物なのねぇ。
慰めてあげようか、と思ったけれど、やめておいた。
自分の心すら理解できない私が他人の心の機微なんて理解できるはずないし、必要なら狐の式がやってくれるよね。
そう思った私は、涙は他人に見られたくないものというどこかの本で読んだ知識に従い、背を向けた。
魔理沙を襲っているのは、多分『悲しみ』。
大切ななにかを失ったりした時に、涙を流す感情というのは知っているけど、私が理解したことはない。
そうね。魔理沙が立ち直るまで暇だし。
感情豊富な姉を見習うためにも、まともになるためにも、魔理沙をお手本に、ちょっと『悲しみ』を学んでみようかしら。
『悲しみ』は心の成長が重要だというのは知っているわ。
私の胸に手を当てれば、そこにはトクントクンと脈動するハートがあるけれど。
これを成長させれば、私にも涙を流せるようになれるのかねぇ。
成長させるためには……まず魔理沙が泣いた理由を考えてみよう。
多分……スターやあいつらが死んだから泣いたんだと思う。
でも、近くにいる人が死ねば必ずしも泣けるわけではない。
狐の式も私も、それを証明するかのように泣いていないしね。
魔理沙との違いはなんだろう。
そうだ! 重要なものを忘れていたわ!
――『友達』『家族』『恋人』
『悲しみ』ってこの三つが重要なんだって、確かどこかに書いてあった。
魔理沙が泣いているのも、きっとそれだ。
魔理沙には霊夢とかお姉様とかパチュリーとか、私が知ってるだけでも沢山の『友達』がいた。
あいつらやスターも、きっと魔理沙の『友達』か『家族』だったんだ。だから泣いてるんだ。
早速、『友達』『恋人』『家族』を私の周りの人妖に当てはめてみよう。
私に『恋人』はいないけど、『友達』や『家族』ってどれぐらいいたかな?
パチュリーや咲夜や美鈴は大事だけど、『友達』とは、なにか違うような気がする。
『家族』……なんだろうか。同じ家に住んではいるし。たしか『家族』は血が繋がっていなくてもいいらしいし大丈夫よね。
魔理沙は……『友達』ね。一緒にいると面白いし。
多分、魔理沙からは『友達』と思われていないだろうけどね。
紅魔館に泥棒しにくる時にたまたま出会っても、なにかと煙たがられるし、遊んでって言ってもあまり遊んでくれないし。
こうして一緒に行動しているのだって、ただの成り行き。私が死んでも『友達』じゃないから多分泣かないんでしょうね。
お姉様は『友達』じゃなくて『家族』。これだけは断言できるわ。
もし、お姉様が死んだら、私は泣けるのかしら。 あんまり考えたくはないけれど。
次は……じゃなくて最後の一人ね。
――スター
改めて考えてみると一番の『友達』に相応しいのは、スターだったのかもね。
十時間程度しか一緒にいなかったけど、『フランドール』という個人に一番接してくれた存在のような気がするわ。
会場に降り立って始めて出会えた妖精。無粋にも斬りかかってきた女の接近を感知してくれた。
八意永琳と戦ったときにも、スターがいなくちゃ私は危うかった。
さっきのお店でも私の身を挺して守ってくれた。
気が触れている私から見ても、いい子だと思う。
ぽっかりと穴が開いたみたいな空白感もあるし、スターより『友達』に相応しい奴なんていないわよね。
――――あれ?
でも……私から見て『家族』であるパチュリーや『友達』であるスターが死んだのなら、『悲しみ』の条件は満たしてるんじゃない?
なのに……私はスターやパチュリーが死んでも泣けなかった。
どういうことなんだろう。
うーん…………。
あー、そうか。
やっと理解できた。
――――『友達』や『家族』になるには、自分だけでなく相手からも認めてもらえないといけないんだ。
『恋人』だってそう。
双方が認め合わなければ『恋人』ではなく『片思い』でしかない。
『友達』や『家族』だって双方が認め合っていなければ、別の単語に変換されるんでしょう。
双方が認めあえば、『友達』『家族』『恋人』と正式に認定され、ハートが成長して『悲しみ』の許可が下りるんだ。
でも、これが正しいんだとしたら…………私はスターやパチュリーから……『友達』『家族』と思われていなかったということになってしまう。
あまり信じたくはないけど……よくよく考えれば、それもそうよね。
気が触れている私を『友達』『家族』と認める奴なんて少ないに決まってるわ。
パチュリーが私に優しくしてくれたのも、私が『スカーレット』であり、『お姉様の妹』だからなんでしょう。
私がどこかの野良吸血鬼なら、ここまで親身になってくれていない。
スターだって支給品として十時間一緒にいた程度で友達と思ってくれるなんて普通に考えれば虫のいい話だしね。
助けてくれたり庇ってくれたり理由はよく分からないけれど……いつか死んだスターに聞いてみたいなぁ。
安心して。貴方に『友達』って思われてなくても、私は『友達』だって思ってるから。ちゃんと貴方とパチュリーの仇はとってあげるわ。
幻想郷に帰ったら『友達』の一人でもつくってみよう。
スターみたいに私と一緒にいてくれる奇特な人妖でも見つけて、十時間より長時間一緒にいれば私を『友達』と認めてくれるかもしれない。
そうして一区切りがついた私が魔理沙の様子見に振り向いてみれば。
「なぁ、二人とも。 私がさっき口走った隠し事のことなんだけど――」
涙を拭いた魔理沙が、なにかよくわからないことを言っていた。隠し事ってなに?
あー、そういえば魔理沙が泣いたとき、なにか言ってたっけなぁ。
◇ ◇ ◇
「――――――――。……隠し事はこれで全部だ。
要は永琳と会って色々と話して、時間が経ったら落ち合いましょうってことだ。
永琳が白か黒かどうかは……んー、よくわからん。
あのときは霊夢との会話もあわせて多分白だなーって判断したけど、フランの話聞いてからは怪しくみえてきたんだよなぁ。
とりあえず、ここまでで何か聞きたいことはあるか?」
霧雨魔理沙は罪の懺悔を終えた。
罪悪感をこれ以上抱え込みたくなかったのだろう。表情は僅かに明るくなり、どこかすっきりしているように思える。
清聴していた藍がまず質問を投じる。
「判断は保留するとして、まず話に出てきた手紙を読ませてほしい」
「そういや私もまだ読んでなかったなって、なんだこりゃ。
あー、そういや水浸しになってたんだよなぁ。中身は……読めなくはないってとこだぜ……」
塗れたスキマ袋から、水で濡れた手紙を取り出し、藍へと手渡す魔理沙。
「結構な箇所が滲んでいるな。筆跡は……永遠亭でのレポートと同一と判定。
ああ、そうだ、魔理沙。その袋じゃ不便だろうから予備をやろう。風見幽香の遺品だ」
受け取った魔理沙がスキマ袋の中身を移し変える。
どうやら手紙以外は無事だったようだ。
今度はフランが質問を投じる。
「私からも質問するわよ。
魔理沙はこれからどうするの?」
「まぁ……できたら行きたいところだな。
あまり約束破りたくないとか霊夢の情報目当てって私的な事情もあるけど、それ抜きでも会う価値はあると思うんだ。白でも黒でもな。
……問題は、約束をすっぽかされたら大損ってのと、輝夜の情報がさっぱりないってとこだが」
「……うーん、私はどうするべきだろうねぇ」
フランドールが悩む中。
手紙を読み終えたのか、藍は手紙と反応を魔理沙に返す。
「白でも黒でも価値はある、か。うん、確かにそうだな。
交渉に同席するかは後で決めるとして、私も同行を願おう。
魔理沙、お前は白寄りの視点から八意永琳を見極めろ。私は黒寄りの視点から見極める。
それと香霖堂には近寄らせないぞ。南寄りのルートで向かう。具体的に言えばE-5、F-5、G-5だな。隠し事の罰だと思っておけ」
「あー、あー、わかったよ。諦めてはないけど、今はそっちを優先してやるさ。
藍、悪いな、私の勝手な約束に付き合わせて。しかし黒寄りって大丈夫なのか、危ないだろ」
「安心しろ、私はお前じゃない。事は慎重に運ぶさ。
仮に黒だとしたら、下手な行動は自殺行為でしかないからな」
「一言多いんだぜ。まぁいいけどさ……。
フラン、お前はどうする? 紅魔館か、私達と行くか」
フランドールは人差し指を顎にあてながら、うーんと悩み。
「そうねぇ。――――――」
【D-4 東端 一日目・昼】
【フランドール・スカーレット】
[状態]頬に切り傷
[装備]レミリアの日傘
[道具]支給品一式 機動隊の盾(多少のへこみ)
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.紅魔館に向かうか、魔理沙についていくかどうしよう?
2.殺し合いを強く意識。そして反逆する事を決意。レミリアが少し心配。
3.永琳に多少の違和感。本当に主催者?
4.パチュリーを殺した奴を殺したい。
※3に準拠する範囲で、永琳が死ねば他の参加者も死ぬということは信じてます
【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、帽子無し
[装備]ミニ八卦炉、ダーツ(5本)
[道具]支給品一式、ダーツボード、mp3プレイヤー、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
1.『真昼、G-5』に、多少遅れてでも向かう。
2.仲間探しのために人間の里へ向かう。
3.幽々子を説得したいが……。
4.霊夢、輝夜を止める
5.リグル・パチュリー・妖夢・幽々子に対する強い罪悪感。このまま霊夢の殺人を半分許容していていいのか?
※主催者が永琳でない可能性がそれなりに高いと思っています。
【八雲藍】
[状態]健康
[装備]天狗の団扇
[道具]支給品一式、不明アイテム(1~5)中身は確認済み
[思考・状況]紫様の式として、ゲームを潰すために動く。紫様と合流したいところ
1.E-5、F-5、G-5ルートで八意永琳との合流場所へと向かう。
2.八意永琳の件が済んだ後、会場のことを調べるために人間の里へ向かう。ここが幻想郷でない可能性も疑っている。
3.霊夢と首輪の存在、魔理沙の動向に関して注意する。
4.無駄だと分かっているが、橙のことが諦めきれない。
5.幽々子様を始末すべきだったのに、……私もまだまだ甘いな。
※F-4(香霖堂居間)に、妖夢とスターの死体、妖夢のスキマ袋が放置されています。
※藍達は忘れていますが、六人分の情報を記したメモ帳と筆談の筆跡も落ちています(内容はお任せ)
最終更新:2009年08月28日 15:53