Gray Roller -我らは人狼なりや?-(後編) ◆ZnsDLFmGsk
※※※※
魔法の森の中で2人の女の子がもぐもぐとお食事をしていました。
それはほんのちょっぴり、ほのかにあったかくなるみたいな……
おなかだけじゃなくってココロも何かでいっぱいになるみたいな、そんな食事。
ぱくり、むぐむぐ、んぐんぐ、ごくん。
女の子は味を楽しむみたいにゆっくりとごはんを食べています。
ことあるごとにココロの中を走りまわる、そのむつかしいキモチを音に移して……
「おいしいよ、おいしいね」って、なんどもくり返しながら、そのひとくちの度、ココロを色んな気持ちで満たして……
また、目の前の女の子にしゃべりかけるみたいに笑っていました。
バリバリ、グシャグシャ、バキバキ、ゴクン。
けど、やっぱり目の前のパルスィちゃんはなんにも応えてはくれません。
あんよがなくなって、おててがなくなって……
おなかとせなかがくっつきそうになっても……
それでもパルスィちゃんはただ
ルーミアちゃんをぢっと見つめたまんまでした。
ルーミアちゃんはそれをちょびっとざんねんに思いました。
けれどしかたがないのです。
だってそのパルスィちゃんは、もうただのヌケガラさんだったのですから……
※※※※
目に映る世界にはいつもと変わらずただ悪意が溢れていました。
――人を信じ、るというのは…………間違ってい、るのでしょう、か
みんなの何が変わったのでしょう。
私も何かが変わったのでしょうか。
みんなは何か変わったのでしょうか。
果たしてそれは幸せな事でしょうか不幸な事でしょうか。
「おいおい……因幡てゐを、そんな……殺す、だって?」
慧音が驚いた風な声を上げています。
「なぁ、私達は今まで何を話し合っていたんだ?
皆で助かろうって、皆を救おうって……
今までのはその為の話し合いじゃあなかったのか」
私は何も答えません。
心は冷え切っています。
「なぁ……いったいなんだったんだ?」
落胆した様に呟くその慧音の言葉に続いて、てゐも辛そうな表情で私に訴えかけます。
「私は確かにパチュリーを殺したよ。 悪い事をしたっていう事は解ってる。
でも私はどうしても死にたくなかったんだ。 怖かったんだよ。
でも、もしあの時に助かるって分かっていたら……
脱出が出来るって知っていたなら、あんな馬鹿な真似は絶対にしなかったよ。
そりゃ確かに私も嘘吐きな詐欺してばかり嫌われ者だけどさ……
今更に信じて貰えるとは思わないけど、この気持ちは本当だよ。
ねぇ、私は生きてちゃいけないの?
私にはみんなと一緒に幻想郷に戻る資格はないのかな?」
その言葉からは酷く憐れな、今にも崩れてしまいそうなそんな印象を受けました。
まったく見事な演技力だと思います。
こんなに見え透いているのに、けれど私以外には効果が抜群の様です。
てゐの言葉に続いて“殺しなんていけない”と声を荒げています。
彼女達は何にも分かっていないのです。
これは何なのでしょう? 物凄くあべこべに感じます。
まるで下手な演劇を見ている様な……
役者が皆、私を置き去りに内訳だけで劇を回しているみたいな……
何よりその舞台の中に自分も立っているという奇妙さが、尚一層に不自然さを際立たせます。
誰もホントは、本当に心からてゐを信用してなんかいませんよね?
まさかこんな事で簡単に人妖が改心するなんて思ってませんよね?
心を読んでしまえばすぐにその“調子の良さ”なんてバレてしまうのですよ?
もし本気で言っているつもりでしたら一層呆れてしまいます。
だって感情でなく、ちゃんと頭で考えればすぐに分かることなんですよ?
一緒に居た所でどうせ持て余すに決まっているのです。
裏切りに怯えて監視を続ける心的疲労。
拘束した者を連れて歩くことによる移動の制限、肉体的疲労。
法的機関は無く正義も秩序も失われたこの場所で、殺人犯ひとり連れ歩くのがどれ程の労力を必要とするのか……
これは負傷者にも同じく言える事ですけれど……
生き残りを考えていくなら、そういった“切り捨てるべきもの”は必ず出てくるのです。
たった一人の為に全体が不自由を強いられる。
皆に迷惑をかけてまで裏切り者を助ける事は正しいのでしょうか?
私達はこれからも殺し合いの中を生き延びていかなくてはならないんですよ?
まさかてゐの事だけで全てが解決したつもりになっている訳でもありませんよね?
私の説得にけれど慧音はどうしても頷いてくれません。
知慮に長ける彼女です。 本当は解ってはいるんだと思います。
ただ少し意地を張っているだけでしょう。
夢物語に縋っているだけの……そう、子供のワガママみたいなものです。
それからも説得を続けましたが意固地になっているらしく聞き入れません。
そして慧音はとうとう耐えきれなくなったのか、吹っ切れた様に『うるさい』と叫び、私の話を完全に打ち切りました。
「大体そっちが言っているのは“そうなるかも知れない”っていう可能性じゃないか。
どうして悪い方向にしか考えられないんだ?
そんなの皆を勝手に疑って不安になっているだけだ。
はっ、馬鹿らしいじゃないか。 ホントなんなんだこれは?
落ち込んだって何も良い事は無い、そうさ前向きが一番なんだ。
前を向いているって事は正しいって事なんだ、そうでなくてはおかしいんだ。
そうだよ、悩む必要なんか無いさ、疑うのが嫌なら信じればいい……
殺し合いが嫌なら殺さなきゃいいんだ。
どうだ実に簡単な問題じゃないか。
こんなにも分かりやすくて容易い事じゃないか。
私は可笑しいか? 当たり前の事だと思っていたのにそんなに変か?
別に皆で自殺しようって言っている訳じゃないんだ。
てゐの事を信じてみたいって、皆を信じてみたいってそう思っているだけなんだ。
それがそんなにいけない事なのか?
いいじゃないか、疑い合ってギスギスするよりよっぽど良い。
最善に向けて行動した方が駄目になった時も諦めが着くってものさ。
なぁ、そうだろう? 違うのか?
疑いながら生きるより、信じたまま果てる方が綺麗ってもんだ。
ああそうさ、そうに決まってる。
寧ろ誰かを犠牲に生き延びるなんて、それで助かって笑い合うなんて想像するだけで気持ち悪い限りだよ。
なぁ、お前だって本当は誰も殺したくはないんだろ? それでいいじゃないか。
もういいじゃないか、まったく、考える度に疲労する一方だよ。
起こってもいない事をあれこれ考えるより、たった今を最善案で駆け抜ける方がよっぽど楽さ。
なぁ、お前は私が狂っているってそう思うのかい?」
捲し立てる様に一方的に喚き散らし、そして慧音は私を見た。
けれど私が何も答えられずにいると一人で勝手に納得し、さも可笑しそうに『くくっ』と笑った。
「そうさ、解ってる。
私だってホントは脱出にそこまで期待なんかしてないんだ。
信じたくて心細くて、ただ縋っているだけさ。
いやはやまったく、私達も本当に運がないもんだなぁ……
こんな殺し合いに巻き込まれて、仲間同士で言い争って、ホント酷いもんだ。
くくっ、でもこんな言い方をしてしまったら阿求に悪いかな? やはり悪いだろうな。
だってそうだろう? 彼女なんか一般人で、その上もう死んでしまっているんだからね。
まぁ、だけど許して欲しいよ。
私達だっていつ死んでしまうか分からないこんな地獄にいるんだ。
彼女に負けず劣らず十分に可哀想じゃないかな。 違うかな?
いやいや、やはり物事悪い方向にばかり考えちゃいけないな、ああ、自分が言っていた事だ。
やはりネガティブな思考はいけない。 皆を、何かを信じるってのは大切な事だからね。
ああ、そうだとも! こんな殺し合いの中でもねっ!」
私には笑いながら喋り続けるその姿が痛々しくて見ていられませんでした。
けれど目を逸らすのはそれ以上に怖く、彼女がもう戻って来れなくなる気がしたので必死にその言葉と向き合います。
慧音は相変わらず返事を求める事もなく一人で喋り、徒に自分を痛めつけていました。
「私は絶対に反対だ。 死んでも認めるものか。
何があっても、少なくともこんな馬鹿げた理由でてゐを殺させたりはしない。
なぁ、お前は私から全部を取り上げようって言うのか?
ずっとそうだったんだ。 考えるまでもなくずっと正解だったんだ。
寺子屋で、道徳の授業で今まで私はずっとそう教えてきたんだよ。
“みんなでなかよく”あれさえ嘘だったって言うのか?
私が守ってきたモノは下らない敵だったって言うのか?
私はじゃあ此処で、この地獄の中でいったい誰を守っていけばいいんだ?
なぁ、教えてくれよ。 お前なら知っているんだろ?
私はどうやって自分を保っていればいいんだよ。
てゐは絶対に殺させない。 殺させるもんか。
どうしても殺したいって言うのなら、まずは私を殺してみろ」
そこまで言うと途端に慧音は真顔に戻り、項垂れる様にその場にしゃがみ込んだ。
「なぁ……なら私を殺してくれよ」
頽れ、掠れた声で呟くその姿を見ても、私はもう何も感じませんでした。
ただ、ただ残念に思うばかりです。
結局そんな言葉では何も変わりません。
説得はもう諦めました……いえ、最初から期待していなかったのだと思います。
「貴方を殺したりなんて出来ませんよ。
ええ、わかりました。 てゐを殺そうなんてもう言いません」
そして私は、最初から用意していたその妥協案をただ冷たく言い通します。
「てゐの事は全て貴方に任せましょう。
けれどやはりこうなった以上、貴方と共に行動は出来ません。
工具箱をこちらに渡して下さい、神社へは私達だけで行きます。
脱出も私達が成功させます」
てゐにはずっとこうなることが分かっていたのでしょう。
言い訳はしません。 私だってそうです。
私と慧音では物事の考え方が違います。
最初から解り合える等と思い上がってはいませんでした。
ええ、これがきっと一番キレイな形なんでしょう。
てゐがこちらにアイコンタクトを送ってきました。
……まったく、ええ、ちゃんと分かっていますよ。
最初から私にてゐが殺せる筈が無かったのです。
――“私も”嘘吐きな詐欺してばかり嫌われ者だけどさ
わざわざ確認しなくても気付いていましたよ。
露骨な誘導ばかりでしたからね。
嘘吐きで嫌われ者の貴方にも私にも、幻想郷に帰る権利は間違いなくあるんでしょう。
「つまらないもんだ」
そう、慧音が小さく声を漏らしました。
「てゐを許してやるから私は降りろ、か……
なぁ、現実って言うのはつまらないものだよな。
脱出計画を推し進める事は皆を救う事なんだって、その為に努力する事はとても素晴らしい事なんだって……
ずっとそんな風に思っていたんだがなぁ……
なのに実際には何も出来ない。
何の為に頑張るのかさえ酷くあやふやだ。
ああ、まったく本当につまらない」
呟いて、慧音はこちらに工具箱を放り投げて来ました。
私もその言葉には概ね同意しますよ。
「お前が脱出を成功させてくれるんだろ?
じゃあ出来る限り私も頑張ってやるよ。
神社に全員を集めればいいんだな? 簡単さ。
そいつらが信用できるかどうかなんて、そっちが勝手に決めればいい」
そう言い放つ慧音の態度は明らかに投げ遣りなものでした。
小町の事だってあると言うのに、彼女はこれから大丈夫なのでしょうか?
心配ですけれど口には出しません。
彼女を心配する資格なんて私には無いのですから。
きっとてゐが何とかしていくのでしょう。
もしかしたら武器だけ奪って……だとしても結論は出た後です。
私はてゐを見逃し、てゐは私達を邪魔しない。
ああ、本当につまらないものですね。
平穏に事を進めたいのであれば厄介事を全部切り離してしまえばいい。
そう、以前に私達が地上を去った様に……
認めがたい所はありますけれど、それがやはり真理なのでしょう。
考えが合わぬ者同士、無理して一緒にいても疲れるだけです。
「まっ、待ってください」
去ろうとしている慧音達を何故か早苗が呼び止めました。
ああ、彼女はまだ納得出来ていないのでしょうか?
こんなにも私は疲れ、罪悪感と戦っているのにまだ足りないのでしょうか?
そう思った私に、けれど早苗は意外な言葉を投げ掛けます。
「あのっ、何か、何処からか変な物音が聞こえませんか?」
その言葉を聞いて鳥肌が立った。
そうだ、此処は殺し合いの場、慧音があんなに叫んで誰も聞き付けない筈がない。
カサカサ、ずるずる……
何で気付けなかったのでしょう、あまりに話し合いに熱中し過ぎた。
耳を澄ますまでもなく確かに物音が近付いて来ているのが分かります。
逃げるべきでしょうか? いえ、もう間に合わないでしょう。
誰もがその接触に怯える中、けれどてゐだけが笑顔でした。
なるほど……そういうことですか、因幡てゐ。
恐らくもっと以前から彼女は気付いていたのでしょう。
それでいて敢えて無視していた、いえ、呼び寄せた。
騙されたものです。
ずっと話し合いを有利に進める為の演技だと思っていました。
まさか話し合い自体が私達の気を逸らす為の罠だったとは……
ガサガサ、ずちゃずちゃ……
草木を踏み締めて歩く誰かの足音と、その誰かが“別の何か”を引き摺る音。
そんな“あからさまに嫌な音”が直ぐ近くまで迫っていました。
そして……
「こーんにちわっ」
鼓膜を滑り抜けた明るい音声とその後に訪れた映像との不一致。
現れたひとりと“三分の一”に対して、その場にいた誰もが一瞬凍り付きました。
真っ先に目を貫いて来たのは、ただ赤色です。
塊と、ソレからの分泌液を顔中に塗りたくった少女と……
とにかく脳が痺れてしまう程の赤色でした。
余りの衝撃の大きさに誰もが動きを止め、目の前の光景に現実を奪われていました。
皆が意識を赤く焦がされた一瞬……
その決定的な隙を攫って、てゐが慧音から白楼剣を奪い取る。
拘束されていた筈の両手はいつの間にか自由になっていました。
きっと無理な外し方をしたのでしょう、その手首は所々皮が剥け血が滲んでいます。
予測しておきながら、けれど立場や立ち位置的にどうしても慧音の存在が邪魔となってしまい、
私もてゐの行動を止められませんでした。
まさに脱兎の如く、てゐはそのまま止めようの無い速度で逃げ去って行きます。
“してやられた”その思いは私も慧音も同じでしょう。
けれどてゐを取り逃がした慧音の表情は、何故か安堵している様に見えました。
ああ、本当につまらない限りです。
綺麗事を並べていても、やはり内心てゐの存在を重荷に思っていたんですね。
「あれれ、こんにちわじゃなくて、おはようだったのかな?」
現れたその少女は訳が分からず、自分が何か悪い事をしたのかと首を傾げていました。
どうやらこちらで起きたいざこざを自分の所為だと思ったようです。
そして私達の視線が自分の持つソレに集まっている事に気付くと、わたわたと手を振って弁解しようと慌てます。
「あ、違うよ。 この子は食べていい子だったんだよ。
あっちの方で拾って、確認だってしたんだから。
ホントはもうお腹いっぱいだったんだけど……
やっぱり勿体ないし、お残ししたらいけないと思ってお弁当にしたの」
そう言って少女は無邪気に笑いました。
自分がやった事を何一つ理解していない様です。
そして私はそれでもこんな事が出来てしまう残酷さに……
その透き通る様な深い闇に飲み込まれそうになって怖気立ちました。
理性的にも、直感的にもこの少女は危ないと感じ取り。
私は先制攻撃を決めるべく右手に力を込め、弾幕を生成する。
そしてそれを彼女に投げ付けようとした所で慧音が私を止めました。
まさか、貴方はこの状況でも……
見れば、やはり慧音は必死に笑顔を作っていました。
とても理解できない。
いったい何のつもりでしょう。
「ルーミアは“拾った”と言ったんだ。 殺した訳じゃない。
それなら私はまだ信じてやらないといけないんだ」
慧音は私に向かってそう告げると、ゆっくりとルーミアに近付いて行きました。
引き留めましたが『それが自分の役割なのだ』と言って聞きません。
心を覗けば簡単に心的矛盾を発見出来たのかも知れません。
彼女の小綺麗な言葉なんて簡単に否定出来たのかも知れません。
けれど私は彼女の心をこれ以上抉ってまでその行為を止めようとは思えませんでした。
どう見ても分の悪い賭け、まさに自殺行為。
そうです、そうして私は慧音を見捨てたのです。
近く慧音を見て、ルーミアがにっこりとほほ笑む。
その笑顔は不釣り合いな程に可愛かった。
背筋に悪寒が走る。
そして当然……
「ねぇ、あなたは食べてもいい人類?」
真っ直ぐに構えられた拳銃。
ルーミアがゆっくりその引き金に指を……
予想を通り越し当たり前に展開されたその光景を前に、誰よりも早く私は反応した。
自暴自棄になっている慧音を助けようとルーミアの側まで一気に駆け寄る。
直接押さえ込むのではもう間に合わない、なら、さっき作ったこの弾幕を使って……
……と、そこでもう一人の自分が語りかけてきた。
(ああ、なるほど流石ですね、この状況で良くそんな事を思い付くものです)
嗜虐的な嘲笑を含んだ声色。 私はその声を無視しました。
だって一刻を争うのです。
あちらは引き金を少し引き絞るだけ、対して私は腕を振り抜いて弾幕を撃ち込まなくてはいけない。
ただでさえ不利なのですから、迷っていられる状況では無いんです。
(ええ、その通りですよ、間に合う訳がないでしょう。
良かったじゃないですか、無事に不安要素を切り捨てられて。
慧音が撃ち殺され、少し遅れてその犯人を貴方が撃ち殺す。
ほんとに見事なものです。
仕方がなかった、努力はした……状況も完璧です。
早苗も疑ったりしないでしょう。 寧ろ逆に慰めて貰えると思いますよ?
燐さんは“出来る限りの事”をやりましたって)
振り抜いた右腕、ルーミア目掛けて真っ直ぐに放たれる弾幕。
間に合うはずがない?
それでも慧音を助ける為に?
しかし、やはり着弾よりも一瞬速く絞り込まれる引き金。
連動して撃鉄が雷管を強く叩き……
けれど火薬が爆ぜ、銃先から勢いよく弾が飛び出す事などありませんでした。
……え?
そして小さな金属音だけを残して、ルーミアは私の放った弾幕に吹き飛ばされました。
服が破れ皮膚が裂け、真っ赤な飛沫を散らしながら、ただ彼女だけが……
まさか、銃は……そんなっ……ニセモノ、だった?
どさり、と少女が地面に叩き付けられる音がやたらと大きく聞こえた。
※※※※
上白沢慧音を決意させたのは、ただちっぽけな可能性だった。
ルーミアは“拾った”と言ったんだ。
この殺し合いに巻き込まれてから、私はずっと皆を救う為に立ち回って来た。
その中で怯えたり、憤ったり、誤解したり、争ったり、色々な事があったものだ。
まだ一日も経過していないのに随分と長い間ここにいる様な気がする。
ああ、本当に色んな事があった。
けれどそれももう終わりだ。 終わりにするんだ。
何と言われようと“全員で”幻想郷に帰るんだ。
ルーミアの手元、赤黒い内容物を垂れ流す“お弁当”を見る。
怖れてなんていないさ、元より妖怪とはそう言う存在だったんだ。
ああ、幻想郷は平和だった。
けれどそれは私達の“代わりに”外の人間が喰われていただけなんだ。
犠牲なんていつでも何処でもただ当たり前みたいあった。
けど、その程度の事じゃあ幻想郷は崩れたりしなかった。
ちゃんとルーミアの目を見て、その闇に飲み込まれない様しっかりと意志を保つ。
私の足はもしかして震えていないか?
笑顔は引き攣ってはいないだろうか?
……ああ、どうやら大丈夫の様だ。
ルーミアが恐怖に怯えているなら宥めてやるんだ。
何も分かっていないならちゃんと教えてやるんだ。
だって私はこれでも先生なんだから。
私が手の届く程に近付いてもルーミアは何もしてこなかった。
ただポケリと不思議そうに私を見つめているだけ……
どうやらこちらを襲う意志は無い様だ。
なんだ、本当に安心した。
大見得切ってはみたが、実は殺されるんじゃないかと内心びくびくしていたのだ。
しかし、殺し合いに乗っていないと分かったのならもう大丈夫だ。
ルーミアは演技したり嘘を吐ける様な妖怪じゃない。 信用しても良いだろう。
そう思った私は脱出についてルーミアに話してみた。
話を聞きながらルーミアは終始楽しそうにウンウンと相槌を打っている。
特に、神社で沢山の人妖と合流する予定を話した時はとても嬉しそうだった。
そして話の最後に私とさとりは軽く話し合い、それからルーミアに聞いてみた。
「ルーミア、お前もここからの脱出に協力してくれないかな?」
ぱぁっとルーミアの顔が華やぐ。
「うんっ、おもしろそー、私も協力する」
そう、ルーミアは満面の笑みを浮かべ大きく何度も首を縦に振った。
上白沢慧音は一瞬そんなまぼろしを見た。
※※※※
「あ、安心してください燐さんっ! 大丈夫です、生きてますっ!」
『軽傷でした』『良かった』などと“火焔猫燐”に向けて叫ぶ早苗の声が、
何故かさとりには酷く聞き取りづらく、壁一枚越しに聞いている様な不明瞭なモノに聞こえた。
この感覚をどう表せばいいだろうか。
疎外感とも違う、今までずっと繋がっていたひとつのイメージから隔絶された様な……
水が高い所から低い所へ移ろう様な、答えを無視して数式を解こうとしている様な……
一カ所だけが欠けたジグソーパズルに最後のピースがどうにも合致しなかった様な……
事態の奇妙さに唐突さに我を失っている訳ではない。
理由や原因なんてモノは幾らでも脳内に沸いている。
制限のお陰でルーミアに死傷を負わさずに済んだ?
私はこれを喜ぶべきなのでしょうか?
そもそも何故、銃から弾が出てこなかったのか?
偽物? 偶然? 意図的に?
最初から護身目的のフェイク?
ならどうして引き金を引いた? 私達を試す為?
本当に彼女にそこまでの考えがあった? リスクを無視してる?
それともやはりただの偶然? 私達は運が良かっただけ?
ならどうして出会った瞬間に襲ってこなかった?
私達の利用価値を計ってた? リスクを?
解らない、分からない、わからない?
なら私は……?
ああ。
とにかく私はルーミアを殺すつもりで弾幕を放った。
これは事実?
早苗さんがルーミアを介抱しようと慌ただしく動いていました。
私も慧音もただぼんやりと掴み所の無いその現実を取り逃がしています。
棒立ちに立っていて、早苗から見たら邪魔なのではないかと頻りに思う。
けれど脳髄が鉛になったかの様に動けません。
それならいっそ消えてしまえたなら楽なのに、私はまだ図々しくもこの場に存在しています。
鈍い動作で慧音を見ると、その顔は薄ら笑いをこびり付かせていて何だか妙な親近感が沸きました。
私もひょっとして似た様な顔をしているのでしょうか?
ああ、本当に私達はつまらないものなのですね。
「ねぇ、早苗さん慧音さん……
人妖の心というモノは本当に不可思議なものだと思いませんか?」
突然に意味の分からない事を口走った私を不思議そうに早苗が見つめています。
目を見開き、どこか当惑しているような心配そうな表情……
もしかしてショックのあまり狂ってしまったとか思われているのでしょうか?
だとしたら馬鹿げた事です。 私達はそう易々とは逃げられないのですよ。
狂ってしまえたなら楽なのに、寧ろ頭は冷え切っていて……
この上無く明確に事実を把握出来てしまっているのです。
「きっと、心というモノは酷くいびつで醜い形をしているんじゃないかと思うのです。
けど見る角度によってはとても素敵なモノに見えたりして私達を騙すのです。
ねぇ、そうであったなら良いと思いませんか?
皆が綺麗な心を持っていて、その結果がコレなんてあまりに残酷じゃないでしょうか?」
誰も何も答えてくれません。
きっと私が錯乱していると、その程度の戯言だと思われているのでしょう。
ええ、そうです、所詮は戯言ですよ。
「早苗さん……神社に行くのは止めにしませんか?」
何処かに隠れて、ひっそりと皆が死に絶えるのを待ちませんか?
きっとそれでも襲われたり、色々な人物と遭遇すると思いますよ?
それで運が良かったら、物事が良い方向に転がったなら、その時に脱出を試してみれば良いじゃないですか。
私の提案はその真意も含めて確り伝わった様で、早苗さんの表情は絶望的なものへと変ってしまいました。
そんな悲しませるつもりなんて無かったのですけどね……
長く沈黙が続いた。
反論を躊躇っているのか、肯定するのが怖いのか。
早苗さんはただ悔しそうに唇を噛み、慧音は相変わらず薄笑いを貼り付けていました。
「私は……嫌です」
静寂を破って早苗が必死にただそれだけを口にした。
分かっていた答えではあったのですけれど、それでも残念に思えて仕方ありません。
やはり虫の良すぎる期待だったようです。
「そうですか……でしたら私が去りましょう。
この中で一番脱出の邪魔になるのは私なのだと思います」
『そんな』と早苗は驚きに目を見開き、けれどそれに続く言葉は何も送っては来ませんでした。
最後に何か話をしたかったのですけれど……
考えてみれば私自身送るべき言葉なんて持っていない事に気付いてしまいました。
ならせめてルーミアが起き上がる前にこの場を去ろうと思い、
足下に工具箱を置くと皆に背を向け、ゆっくりと歩き出しました。
その時ちらと見たのですが、どうやら気休めでは無くルーミアは本当に軽傷だった様です。
ああ、本当に良かった。
心から何かを喜んだ事は此処に来てから初めての様な気がします。
けれどルーミアを助けたのが私達に架せられた制限だと言うのは何とも皮肉です。
協力は出来そうにありませんけれど、それでも脱出の試みが成功する事を心から祈ります。
これでようやく“火焔猫燐”は貴方の中から消えるのでしょうね。
お燐に失礼でしたからね、私は嫌われ者の古明地さとりなのですから。
脱出を三人に託して、私は未練を拭いながらゆっくりとそこから離れます。
「こんなのっ……そんな、オカシイですよっ!!」
背中越しに早苗の叫び声が聞こえてきました。
オカシイのでしょうか? 正しいのでしょうか?
私にはよく分かりません。
ただ随分と気持ちが楽になったことだけは確かです。
「みんな頑張ってたじゃないですかっ!
必死に話し合っていたじゃないですかっ!
誰もなんにも悪いことなんて無かったじゃないですかっ!!」
早苗が必死に叫び続けていました。
けれど私の足は止まりません。
そして彼女も追い掛けて来ないので距離はどんどん開いて行きました。
「こんなのイヤですよ。
みんなが必死になったのに、こんなのヘンです。
燐さんがいっしょでも脱出は絶対うまくいきますよ。
だってあんなにやさしかったじゃないですかっ!
そして……それで……
そう、私達がいっしょに頑張れば全部なにもかもキレイに解決します。
神社に行けば星を見て集まった人達がいっぱいいるんです。
そしてその中には河童のにとりさんや、えっと、紫さん……
みんながいて……それであっという間に首輪なんて外せてしまうんです。
脱出だって簡単にできるってわかっちゃって、何かもうみんな和んでしまって……
あの時に悩んでいた事や、不安に思っていたことなんて何でも無かったんだって、
もう冗談に出来て、そう、笑いながら話せてしまうんです。
小町さんも、てゐさんも……あの時はごめんって謝って、みんなも笑って許して、そ……なるんですっ!
な、にも問題なく、なって……みんなで幻想き……帰るんです」
しゃくり混じりで、後半は既にちゃんとした言葉になっていませんでした。
泣いているのかと思って少し振り返りましたけれど、意外な事に涙は流れていませんでした。
目元は潤んでいて今にも泣き出しそうなのに、早苗は必死にそれを抑えていました。
つまらないものです。
あんなに辛そうな顔をしているのに無理をして、感情に抗って……無意味ですよ。
泣いてしまったら何かに負けてしまうとでも思っているのでしょうか?
貴方はそんな背伸びなんかする必要なんて無いのに……
いつか“そいつ”と折り合いをつけてしまって、つまらないモノばかりが心を埋めてしまう前に……
立場とか、他人の視線だとか見栄だとか、そんな理由で涙を流せなくなる前に……
誤魔化しで笑い顔を作る様になる前に……
今、泣ける間は素直に泣いていた方がいいのに……
ああ、それをさせているのが私なのですね。
本当つまらないなぁ、と思いながらそれでも私は少しずつそこから離れて行きます。
声が枯れたのか気力が尽きたのか、はたまたやっと私を見限ってくれたのか……
いつの間にか早苗の叫び声も止んでいました。
なら、もう振り返ることも無いでしょう……そう思った矢先の事です。
後ろからトントンと肩を叩かれました。
仕方なく嫌な気分を引き摺りながら振り向くと、傷だらけのルーミアが工具箱を手に持って私を見上げていました。
「これ、落としたよ?」
無邪気に向けられるその笑顔が今はただ辛いです。
どうやって言いくるめようか思索していると、何やら思い出した様に『あっ』とルーミアが声をあげました。
「あの時ケーキをくれたお姉ちゃんだよね?
ありがとう、あのケーキすっごくおいしかったよっ」
そう言って大きく頭を下げると、にっこりと満面の笑顔を浮かべました。
その姿はこぢんまりとしていてとても可愛らしく……
まるで夜空に浮かぶ月の様に仄かにきらめいて見えました。
その感謝の言葉はするりと容易く私の心に入り込んできました。
同時に沸々と苛立ちに似た感情が沸き上がってきます。
だってこんなことに何の意味も無いのです。
感情なんて此処では意味が無いのです。
事実、そんな言葉を受けた所で少しも事態は好転していません。
ええ、何の解決にもならないのですよ。
こんなものは……
こんなことは……
ああ。
これは、なんなのでしょう?
なんでなのでしょう?
早苗もルーミアもおかしな顔でこちらを見ています。
疑問に思い尋ねようとしましたけれど、何故か声が出せません。
おかしいですね、喉に何か張り付いている様で呼吸さえ上手く出来ないのです。
空気というものはいつの間に固形物になってしまったのでしょうか?
どうにか息を吐き出そうと努めますが、喉が痙攣するばかりでどうにもなりません。
いったいこれは何なのでしょう?
えぐえぐと醜い音を洩らし、肺の中を空気が暴れ回っている様な感覚と戦って。
寒さとも熱さとも解らない何かが気管を駆け抜けて……
ああ、なんで?
私はそこで初めて自分が泣いていることに気が付きました。
【F-4 一日目 昼】
【因幡てゐ】
[状態]やや疲労、手首に擦り剥け傷あり
[装備]白楼剣
[道具]なし
[基本行動方針](保留:優勝狙い、最終的に永琳か輝夜の庇護を得る)
[思考・状況]1,永琳か輝夜の庇護を得る為に永遠亭を目指す
2,出来るなら他の参加者(永遠亭メンバーがベスト)と組みたい
[備考]
※※そして※※
ルーミアを新しく一団に加え“4人”は神社に向かって歩いていました。
先頭には早苗、その隣にルーミア……
さとりと慧音は酷く疲れた様子で、その二人に率いられる様にして歩いていました。
くるりくるりと、両手を広げてやたら楽しげにはしゃぐルーミア。
そんな彼女に早苗は『いったい何をしているんですか』と疑問の声を投げかけました。
するとルーミアは両手は広げたまま早苗に向き直り……
「“聖者は十字架に磔られました”っていってるように見える?」
そう、嬉しそうに尋ねました。
早苗は一瞬あっけにとられ、それから腕を組んで少し悩み込むと……
「んー、どちらかと言えば、昔見た船の映画のワンシーンに似てる気がしますね」
ほらアレですよ、タイなんとかって言う……
それを聞きルーミアは首を傾げ、「それって面白いお話だったの?」と尋ねますが、
訊ねられて直ぐ映画の結末を思い起こした早苗は困った顔をして……
「ごめんなさい、忘れてしまいました」と苦笑しながら答えた。
求めていた答えは得られませんでしたが、それでもルーミアは白い歯を見せ『そっかー』と楽しげに笑いました。
つられて早苗も笑いました。
そんな二人の掛け合いを見て、慧音もさとりも小さく笑い声を洩らしました。
仄暗い魔法の森に笑い声が響きます。
問題は何一つ解決していません。
事態は何一つとして好転してはいませんでした。
ルーミアの持つ拳銃に籠められた実包は4つに増えていました。
早苗達はまだそれに気付いてもいません。
それでも皆笑っています。
問題を何もかも先送りにしながら……
ただ仄暗い森を更に奥へ、博麗神社に向けて歩いていました。
みんな一緒になって向かっていました。
【G-4 一日目 昼】
【上白沢慧音】
[状態]疲労(中)
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、魔理沙の箒
[基本行動方針]対主催、脱出
[思考・状況]1.早苗、さとりと一緒に人妖を集める、一応さとりの護衛も考える
2.1が失敗した場合には永遠亭に向かい、情報や道具を集める
3.主催者の思惑通りには動かない
[備考]
【古明地さとり】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、咲夜のケーキ×1.75、上海人形、にとりの工具箱
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.早苗と一緒に人妖を集める。ただし自分に都合のいい人妖をできるだけ選びたい。
2.空、燐、こいしと出合ったらどうしよう? また、こいしには過去のことを謝罪したい
3.魔理沙を探すかどうか迷う、上海人形を渡して共闘できたらとは思っている
[備考]
※
ルールをあまりよく聞いていません(早苗や慧音達からの又聞きです)
※主催者(八意永琳)の能力を『幻想郷の生物を作り出し、能力を与える程度の能力』ではないかと思い込んでいます
※主催者(八意永琳)に違和感を覚えています
※主催者(八意永琳)と声の男に恐怖を覚えています
※森近霖之助を主催者側の人間ではないかと疑っています
【東風谷早苗】
[状態]軽度の風邪、精神的疲労
[装備]博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服
[道具]支給品一式、制限解除装置(現在使用不可)、魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)、人魂灯
[思考・状況]1.火焔猫燐(さとり)と一緒に人を集め、みんなに安心を与えたい
2.燐さんを守らないといけないみたいですね……
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違いしています
【ルーミア】
[状態]:懐中電灯に若干のトラウマあり、裂傷多数、肩に切り傷、
[装備]:リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】6/6(装弾された弾は実弾4発ダミー2発)
[道具]:基本支給品(懐中電灯を紛失)
張力作動式跳躍地雷SMi 44残り1つ
.357マグナム弾残り6発、
不明アイテム0~1
[思考・状況]食べられる人類(場合によっては妖怪)を探す
1.面白そうなのでさとり達に着いていく
2.それが終わったら地雷がどうなっているか確かめに戻る
3.日よけになる道具を探す、日傘など
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違いしています
最終更新:2017年03月04日 17:28