精神の願望/Mind's Desire(後編) ◆gcfw5mBdTg
◇ ◇ ◇
『博麗霊夢』
此処は人里の民家、その二階の和室。
光源は、窓から僅かに漏れる光のみ。風音以外は一切聞こえない静寂。
博麗霊夢は、不気味な薄暗闇に包まれながら就寝の準備をしていた。
――あー、もう。眠いったらありゃしないわね。なんで零時なんかに始めるのよ……。
零時開始というのは、夜をメインとする妖怪ならばいざしらず、人間にとっては明らかに不利な開始時間である。
殺し合いはハイペースを維持し続けても一日以上継続する長丁場。
眠気を意思で抑え続けても、人間である以上、本能には逆らえず、集中力の低下は免れない。
ベストコンディションを維持し、最後の一人に到達するには、隙を作る行為をしてでも、眠らなければいけない。
民家は寝床としては及第点の場所である。
人里はそう大きくないとはいえ、民家の数は三桁。
皆殺しを信条にしている人妖がいたとしても、民家の一つ一つを隅々まで家捜しするといった非効率な行動をするとは考えにくい。
気まぐれや偶然という弱点はあるが、霊夢ならば例え睡眠中であっても、物音、敵意、悪意といったものが接近すれば即座に覚醒できるだろう。
――あ、寝る前にやることはやっとかないとね。
霊夢は壁にもたれ、瞑想するかのように目を瞑る。
血塗られた戦場の記憶を想起し、再生し、没頭し、パターン作りごっこの応用で経験を深く溶け込ませる。
所謂『リプレイ』と呼ばれる行為である。
…………。
居並ぶ人妖全てに心中で別れを告げ、生き残りを決意した。
会場へと転送されてからは、深夜の森林で出会った
リグル・ナイトバグを楼観剣で切断し――霧雨魔理沙と相対した。
河城にとり、伊吹萃香を追い詰めながらも取り逃がし。
休憩しているところに、藤原妹紅の接近を感知し迎撃。
その最中に
アリス・マーガトロイドと古明地こいしの奇襲。
纏めて迎撃しアリス・マーガトロイドを返り討ちにする。
――それで妹紅とこいしを……ああ、私、なにしてんのよ。
妹紅、アリス、こいしとの闘争をリプレイしている途中。
霊夢は突如、リプレイを中断し、自分への呆れで、げんなりと畳にうつ伏せに倒れこむ。
憤りの原因は――藤原妹紅と古明地こいしを殺せなかったこと。
こいしを庇ったアリスを刺し殺した後。
全身全霊を使い果たし抵抗すら碌にできない妹紅、心神喪失していたこいしが霊夢の前にいた。
楼観剣を二度切り払うだけで全てが終わる。それほどまでに優位な状況だった。霊夢も当然それを理解していた。
外部要因もなく、後顧の憂いを断つ為にも、霊夢の目的からしても、見逃す要素はどこにもない。
なのに…………妹紅の最後の抵抗を切欠に逃亡し、アリスの銃もスキマ袋も拾わず、むざむざ全ての獲物を見逃してしまった。
妹紅とこいしを殺せなかった原因は霊夢も自覚している。
アリス・マーガトロイド。
主催者の意向に沿い、皆殺しを決意した魔法使い。
氷のように冷たく冷静で、他者を傀儡にしてまで生存に殉じていた。
なのに―――アリスは突如、己の傀儡であったはずのこいしを庇い死を望んだ。
アリスは霊夢が初めて出会った生き残り目当ての参加者。
目的の細部は異なるし、一片の譲り合いもできない関係ではあったが、僅かな共有感を有していたのは否めない。
だから霊夢を嘲笑うかの如き豹変に、咄嗟に対応できなかった。
アリスの、精神的な高みから見下ろしているような愉快さを含んだ憐れみの視線が。
怒りでも、憎しみでも、世を儚んでいるのでも、死への恐怖でもない、勝ち誇った不敵な顔が。
――――貴方にはできないことを、私はこうも簡単にやってのけたわよ。
そんな無言の意思の針が、霊夢の心に小さな穴を開けたのだ。
霊夢は自分の根底にあるものに絶対の自信を持っている。
アリスの心変わりは、確固たる意思の持ち主ではなかったからだと理解している。
それなのに、心の底から理解しているはずなのに、薄いもやのようなものが、いまだに霊夢の意識にまとわりついている。
――――アリス、最期の最期で面倒な呪いを残してくれたわね。
藁人形の件といい、あんた、魔法使いより呪術師の方が確実に似合ってるわよ。
一度でも意識したものの完全消去は難しい。
一時であってもアリスに気圧された結果に変化は生じない。
まさに呪いというに相応しい症状である。
とはいえ、呪いの大半を占めているのは驚愕という要素。
驚愕は時間がたてば薄れるものであり、呪いの効力も大部分は消失している。
霊夢に残っている雑念は残りカスのようなものだ。
多少の雑念程度ではいくら燻っていても、異変解決の決意には一片の曇りも見えない。
霊夢は眠気によるだるさが圧し掛かり、身体が傾げ。
大きなあくびをして目をぐしぐしと擦る。
――……我に返ってから妹紅とこいしを殺しに戻っても、もういなかったし……さっさと寝よう。
眠ると決めてからの行動は素早かった。
楼観剣を布団の隣に置き、布団にうつ伏せに倒れこみ、速攻でまどろみに身を委ねる。
目を閉じ、数十秒もたてば、夢の世界へと……旅立っていた。
◇ ◇ ◇
真の意味で束縛から解放される事象、夢に囚われた霊夢は幸せそうに眠っている。
良い夢を見ているのか、四人の人生を絶ったとは想像できないほどに、あどけなく、安らかに、頬が緩んでいる。
…………。
――あ……十六個目。えーと……呪い呪い呪い……。
そんな寝言を最後に、博麗霊夢は夢見の旅路を終え、現実へと舞い戻る。
のそのそと上半身を起こし、名残惜しげに意識を覚醒させる。
「どんな夢見てたんだっけ……? まぁ……いいか。
……えーと、時間は……うん、放送はまだね」
短時間の中途半端な睡眠ではあっても、強靭な意思を持って眠ったせいか、先程までに比べると随分と眠気は治まっているようだ。
――さて、どこにいこうかしら。
人里にずっと留まるという選択肢は無い。
あまりにも人が多すぎる場所では、妹紅戦でのアリス、こいしのように不確定要素が途中で乱入してしまう。
他にも文、鈴仙、妹紅、こいしといった霊夢の存在を目視した人妖からの情報提供により、霊夢を獲物としたい者が人里に終結すれば厄介なことになるだろう。
六時間で十四人というハイペースと、禁止エリアが埋め尽くすまでというゆとりのある制限時間を考慮すれば、無理してでも急ぐ必要もない。
――んー、せっかくだし、これでも使ってみましょう。
目的地に悩んだ霊夢がスキマ袋から取り出したのは、ペンデュラム。
先端部分の藍色の水晶と吊り下げる為の銀のチェーンが神秘的な空気を醸し出していている。
アリスを殺した後、たまたま見つけた近場の爆発現場のスキマ袋に五つの難題(レプリカ)と共に入っていたものだ。
名をナズーリンペンデュラムという。
同封された説明書によれば、探し物にも攻撃にも防御にも使えるらしい。
しかし、人妖を探し出すことはできないと書いてあったり、使用方法がさっぱり書いていないと中途半端なものである。
霊夢は右手で紐をもち、ペンデュラムを吊り下げ。
「貴方、私がどこにいけばいいのかわかる? 私の欲しいものでも必要なものでもなんでもいいから適当に導いてちょうだい」
――マジックアイテムでしょうし、適当な使い方でもきっとなんとかなるわよね。失敗したら失敗したらで構わないし。
と間違ったペンデュラムの使用方法を行使し、楽観的に眺めていると……霊夢の予想があたっていたのか水晶が反応を見せ始める。
僅かな揺れから始まり、やがて穏やかな弧を描き、空気を掻き混ぜながら、緩やかに回転していく。
しばらくじっと眺めていても、ペンデュラムは廻り続けているだけで、まるで進展が見られない。
――いっそ床に落として、転がった方向にでも行きましょうか。
霊夢がそんな不穏なことを考えていると…………突如、変化が発生した。
曇り空の上、日当たりが悪く、灯りを点けておらず、窓も閉まっていると四拍子揃った仄暗さ。
しんと静まり返った喧騒とは無縁の安穏とした薄暗闇の和室にて。
回転を続けている藍色の水晶が……淡い光を放ち始める。
……透明で綺麗な水晶が、光の粒子を振り撒きながら、夜空の星の如く燦爛と煌いている。
――あー、なんかちょっと前に見たような……。
霊夢はその酷く幻想的な光景に不思議と視線を外せず魅入っていた。
…………。
そのままぼーっと静かに没頭していると、やがて回転が止まり、ゆらりとチェーンが動き、ペンデュラムが水平に伸ばされる。
ペンデュラムが指し示した方向は――東。
役割をこなしたからか、カランと甲高い音を立てて畳に落下した。
――結局、思い出せなかったけど……ま、いいか。
名残惜しげにペンデュラムを拾い、首に掛けた霊夢が、二階の窓を開く。
そして外界の東方を見遣ると。
視線の先には――幾つかの人影。
千里眼でもなければ完全な目視は不可能な距離。
だが付き合いの長い霊夢には一人だけ判別できる。
「……運命は定められている、なんてくだらない妄想信じたことなんてないけど。
こういう時に運命って口にしたい心情は理解できるわね、『魔理沙』」
人影の一人は霧雨魔理沙。
博麗霊夢の親友にして敵。
霊夢はペンデュラムの啓示を後回しにし、魔理沙達が先決と予定を定める。
魔理沙への対応に選んだ選択肢は――――尾行。
霊夢が得意とする弾幕ごっこは一対一。
連続戦闘は幾度も経験していても、複数相手の戦闘経験は少ない。
負けはしなくとも、確実に殺せるとも重傷を負わないとも断言はできない。
だからこその尾行。
時勢、地勢、天候、参加者の動向といった要素を見極め、機先を制し、事を有利に運ぶ算段だ。
参加者がより集まるという懸念もあるが、見方を変えれば、完全なマイナス要素というほどではない。
人数と戦力が整えば、誰しも外部への警戒は薄れる。
不信の一つでもあれば、内部の警戒へと心は移行する。一人になる時間だって必ず生まれる。
――そろそろ魔理沙も厳しさを知った頃合でしょうね。確かめてあげるわ。
博麗霊夢は、すぅ、と目を細め、小さく皮肉げに笑い。
風に玩ばれる黒髪をそっと手で抑え、霧雨魔理沙の帽子を深く被り直した。
【D-4 人里 一日目・昼】
【博麗霊夢】
[状態]腕、足の火傷と擦り傷(治療済み)、霊力消費(小)
[装備]楼観剣、果物ナイフ、ナズーリンペンデュラム、魔理沙の帽子
[道具]支給品一式×4、メルランのトランペット、キスメの桶、文のカメラ(故障)、救急箱、解毒剤
痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、五つの難題(レプリカ)
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗り、優勝する。
1.魔理沙達を尾行し、機を窺い襲撃する。
2.1が済めば、D-4からG-4までを適当に見回り、敵を探す。
3.力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除する
4.お茶が飲みたい
※ZUNの存在に感づいています。
※解毒剤は別の支給品である毒薬(スズランの毒)用の物と思われる。
※ナズーリンペンデュラムと五つの難題(レプリカ)は鍵山雛のスキマ袋に入っていたものです。
最終更新:2009年12月06日 09:05