思い通りにいかないのが世の中なんて割り切りたくないから

思い通りにいかないのが世の中なんて割り切りたくないから ◆Ok1sMSayUQ



「やっぱり、あなた達についてくわ」

 紅魔館に行くか、自分達についてくるかと霧雨魔理沙に問われ、フランドール・スカーレットは少しの逡巡の末にそう言った。

「そっか。それじゃ、しばらく頼むぜ」

 ニッと笑った魔理沙に曖昧に笑い返し、八雲藍にも同様の笑みを向けた。
 藍にしてみれば元々はどちらでも良かったのだろう、無表情に頷き返すと、さっさと先を歩き始めた。
 ついてゆくことに深い理由はなかった。寧ろ打算や利害の一致という点が大きいと言うべきだった。

 日中は吸血鬼であるという性質上大きく行動の制限を強いられる。
 一人で出歩くよりも魔理沙や藍がフォローしてくれることを期待するのもあったし、
 向こう側にとっても幻想郷最強の一角を担っている吸血鬼を護衛につけられるのは利益にもなり、こちらは恩だって売れる。
 それに自分自身は幻想郷の地理に詳しくはない。単独行動はリスクが大きいと判断しての結果だった。

 本当に吸血鬼らしくもない、とフランは内心に失笑する。
 八意永琳になす術もなく手玉に取られた事実、西行寺幽々子の死蝶を前にして、
 自らの『あらゆるものを破壊する能力』でさえも所詮は一介の能力であり、
 絶対征服の力足り得ないというのが分かってしまったということもある。
 しかし己の力に自信も持てず、同族をリスクと天秤にかけて取捨選択をしたフランドールという吸血鬼は、吸血鬼ではないのだろう。

 それは多分、自分の気が触れているからで、感情を理解はしても同調させて考えることはできず、
 まるで他人事のようにしか考えられなくなってしまったから。
 結局のところ、自分の中には『そして誰もいなくなってしまった』のだ。

 空虚の闇を纏い、閉じ込められた檻で茫洋と対岸を眺めることしかしなくなった吸血鬼は、一体何者か。
 友達を作ってみようか、と思いついたことが遠すぎるもののように感じられ、フランは決して外せない鎖があるのかもしれないと思った。
 私は所詮、出来損ないの吸血鬼……

 だからこんな歪な羽があって、地下に閉じ込められて、スカーレット家の面汚しと蔑まれ続けてきたというわけか。
 レミリアだって、実は家族だなんて思っていないのかもしれない。
 建前上同族殺しをするわけにもいかず、面子を保つために生かしておいただけで実際のところ邪魔者でしかない。
 フラン自身レミリアを家族の枠に当て嵌めているだけで、それ以上のものなど持ち得ようもなかった。

 だから、私は逃げた……?

 自分が家族だと思っていても、向こうがそう思っていないことを確かめるのが怖いのか。
 邪魔者だと言われ、排除されることを恐れた本能がそうさせたのか。
 何も知らない。ふとそのことが大きすぎる恐怖として感じられ、自分の中に澱みを為してゆくのが分かった。
 確信に至れない。どこまでも推論を重ねるしかなく、なにひとつ断言できない自身がたまらなく惨めだった。
 自分の考えさえ信じられず、近くにいた人妖でさえどんな関係かと確かめることもできない私は――

「ありがとな」

 沈みかけた思惟を拾い上げてくれたのは、頭に手を置いてぐりぐりと乱暴に撫でてくれた魔理沙だった。
 突然の行為に動転してしまい、フランは強い調子で「な、なによ」と言ってしまっていた。

「いや、あの時の礼を言ってなかった気がしてな。助けてくれたんだろ、一応さ」
「あれは……」

 違う。魔理沙を死蝶から引き離したのは単純に幽々子の力が強大であったからだし、藍も撤退を選んでいたから。
 そもそもああなったのは自分と魂魄妖夢とが戦ってしまったからで、
 それもスターサファイアが殺され、フラン自身でも分からない情動に引っ張られてのことだ。
 いや元を正せば、ゲーム感覚で妖夢を叩きのめしてしまったのが原因だ。

 幽々子を狂わせたのも、妖夢を駆り立てたのも、スターを殺してしまったのも自分……
 辿っていけば、いかに馬鹿げたことをしてきたのだと思わせられ、窮地を作ってしまっていたという事実に愕然とする。
 死自体はどこにでもありふれている。殺すことも、殺されることも、自然の摂理であって否定すべきものでもない。
 だが自分は死と隣りあわせだ。意思一つで容易く壊してしまう。自分が、そうは意思していなくても。
 ここの空気だけではない。自分の中に宿る狂気が、常に誰かを追い詰めてゆくのではないのか。
 そうして、スターが死んだように。

「ああなったのは、元は私のせいよ。私が魂魄妖夢を挑発しなければ、スターは死ななかったかもしれないのよ。
 私は何も分かってなかった。当たり前のように戦おうとして、それがどんな結果を招くかなんて知りもしないで。
 情けないにも程があるわ。お姉様から言わせれば、私こそ躾がなってないって言うでしょうね。
 状況も判断できず、どんな気持ちかなんて考えもしないで行動してたんだから、私は」
「だとしても、私は死ななかった。お前はあの時助けてくれたんだ」

 そうだろ、と問いかけられる目が向けられ、フランはあまりの真っ直ぐさに視線すら逸らすことができず、頷き返してしまっていた。

「なんで私が嬉しいか、分かるか?」

 唐突な質問に反応できず、フランはしばらくの間、魔理沙の言葉を頭の中で泳がせた。
 嬉しい、と言ってくれている魔理沙。これまで使ってこなかった頭の考える部分が急激に回転を始め、
 フランは思ったよりも必死に言葉を手繰り寄せていることに気付いた。

「……助けてくれたから?」

 精一杯の気持ちで口にした言葉は、ひどく拙いものだった。
 相手の言葉を弄ぶ普段の会話とは違う、相手の意思を汲み取る会話は難しく、また新鮮だった。
 今までやったことのないことをしているからか、体の芯が熱を帯び、ハートが強く鼓動しているのが分かる。
 スターの正直に過ぎる言動が思い出され、彼女もこんな暖かさを感じていたのだろうかと思う。

「半分正解。ただ誰かを助けるってんなら、それこそ利害の一致とかでもいいって話だ」
「じゃあ、どうして?」
「友達が、助けてくれたからだよ」

 友達、と強調された声がフランの耳朶を強く打ち、熱を帯びた体が不思議な心地良さへと変わってゆく。

 ああ、私は。
 思っているよりは、優しくされているのかもしれない。

 いなくなる寸前のスターの笑顔、パチュリーの本を紹介してくれるときのどこか誇らしげな表情が脳裏に浮かび、
 彼女達は確かに友達だったという遅すぎる確信がフランを満たした。

「ま、それに私達についてきてくれてるしな。レミリアに比べたら頼りないからなのかもしんないけどさ」
「おい、私の立場はどうなる」
「おお忘れてた。……でもさ、大妖怪の式、って微妙に格が落ちると思わないか? 足蹴にされてるし」
「……ほう」
「だー! 待て待て待て、団扇で煽ろうとすんな! キャー藍様格好いいですー!」
「気持ち悪い声で言うな」
「痛っ! 蹴ったなこのやろ!」
「蹴りだけでマシだったと思え」
「……ふふ」

 我知らず、フランは作り物ではない、心からの笑いを浮かべていた。
 目の前で繰り広げられる人妖漫才がただ可笑しかった。

 ……嬉しいって、こういうことなんだ。

 体の芯が暖かくなったあの感覚は、今は少し冷めてしまっているが、記憶に強く焼き付けられて忘れることはなかった。
 ひょっとすると、レミリアとも分かり合えるかもしれないという思いが生まれているのだから現金なものだった。
 たったひとつのことで、こんなにも変容する。

 それが、心なんだ。

     *     *     *

 とりあえず和やかな雰囲気となり、灰色で重たく圧し掛かっていた空気が一掃され、魔理沙はホッと一息ついた。
 フランも味方してくれることになり、ひとまずは博麗霊夢に対抗できそうな戦力が揃ったのには違いない。
 そんな打算もあったが、魔理沙自身フランと一緒にいたいという気持ちは確かにあった。

 放っておいたら何をしでかすか分からない、という不安があるのが理由のひとつ。そしてもう一つは……
 実のところこちらが理由の大半であるのだが、案外我が侭でもなければ高圧的でもないというのがあったからだ。
 要するに、姉のレミリアと違って話しやすいことが分かったのだ。

 今までは弾幕ごっこばかりせびられて正直鬱陶しいものがあり、それ以外のフランを見たこともなかった。
 連れ出すこともできなかったし、そもそもそんなことをすれば紅魔館総出で連れ戻しに来る。
 単に過保護なのかフランを外に出すことは危険なのかは判断のつかぬところだったが、
 今ここにいるフランは素の状態に近いフランであることには間違いがなかった。

 無論、尋常の状況ではないここの空気に触れ、多少なりとも変化している部分はあるはずだった。
 自分とて笑って受け流せるようなことを笑えず、そればかりか泣いたり落ち込んだりしている。
 だがそういう部分を差し引いてもフランの姿は想像とは違うようなところが多かった。
 妖精と仲良くしていたり、お絵かきして遊んでいたり。

 ……しかし、スターは私が奪ってしまった。

 もうちょっとやりようはあったはずなのに。もう少し観察していれば、妖夢がおかしかったことにも気付けたはずなのに。
 あの時会話を打ち切って誤魔化していなければ、妖夢を或いは説得できていたかもしれないのに。
 本当ならここにはスターも幽々子も妖夢もいて、人妖一体となって異変を解決する策を考え合っていた。
 そんな想像が頭を過ぎり、魔理沙の心に暗い重石となって落ちる。

 だから、私は責任を持たなきゃいけないんだ。

 今までのように誰かが何とかしてくれる、自分が失敗してもどうにかなるという他人ありきの思考ではなく、
 自分の一挙手一投足を見つめ、本当に正しいのか考えながら選び取ってゆく。
 リーダーになれるような柄じゃない、と魔理沙自身は考えていたが、幻想郷の連中に対して顔が広いのも確かなことだ。
 そういう立場を利用して解決策を練ろうとしている藍がいることも、魔理沙は薄々気付いていた。
 考えてみれば、狙ったかのようなタイミングで出された藍の言葉は自分に対抗心を燃やさせるためのものだったと考えることもできる。
 本当に自分を案じているなら霊夢なんて引き合いに出すはずもないからだ。

 だが、それでいい。
 利用しようが何だろうが、それで事件が解決するならそれでいいのだし、相応のツケだって溜め込んできた。

 いいぜ、乗ってやる。こっちが勝つまで、続けてやる。

 まあとにかく、そういうものがあるから、フランとも離れたくないのかもしれなかった。
 だが友達という言葉も、自分の立場を抜きにして自然と紡ぎ出されたものだとも信じたかった。
 藍は簡単に信じてはいけないと言ったけれども、計算や利害だけの上に成り立つ関係なんて、寂しすぎるから……

「……あぁ、そうだ。フランに一つ頼みごとがあるんだ」

 藍に蹴られた尻は未だに鈍い痛みを発しており、さすりながらという中々に情けない格好のまま魔理沙は言った。
 なぁに、とフランは心持ち穏やかになった声で聞き返す。これだけ聞けば、見た目相応の幼い子供そのものなのだが。

「私達についてくるってことは、永琳に会うかもしれないってことだ」
「うん」
「だからさ……もし永琳に会っても、早まった行動や下手な挑発の言葉を言わないで欲しいんだ。
 勝手なことを言ってるし、フランを信用してないって思われるかもしれないが……頼む」

 ぱん、と両手を合わせて頭を下げる。
 つまりは会話に口を挟むな、と言外に言っていることになる。
 気分を害することになるのは確実だったが、そうしなければならないのが今の魔理沙の立場だった。
 ひょっとしたら嫌味の一つか二つ言われるかもしれないと予想した魔理沙だったが、フランの返答は存外柔らかいものだった。

「いいよ。分かってるもん。私、思ったことしか言えないんだってこと。
 ……だって、何を考えて相手が話してるかなんて、考えたことなかったから」

 顔を上げてみると、フランは声の調子とは打って変わっての真面目な顔で、しかしどこかに寂しさを含ませた苦笑を浮かべていた。
 瞳の真紅が少しだけ揺れ、泣きそうなように感じられたのは、気のせいだろうかと魔理沙は思った。
 フランもフランなりに何かを考えようとしているのかもしれないという理解が染み渡り、不思議な安心感が伝わる。

「大丈夫。口は出さないよ。でも……もしあいつが魔理沙を傷つけようとするなら、そのときは何するか分からない。
 壊しちゃうかもしれない。魔理沙がそう望んでなくても、私は友達だって言ってくれた人といたいから」
「フラン……藍がいないぜ」

 余計な言葉を挟んでしまったのは、友達である自分を守ると言ってくれたフランに対する照れがあったからだった。
 フランは一瞬きょとんとして、クスリと笑いながら「あ、そういえばいたわね」と付け加えた。

「お前らな」
「あんたは守らなくても強いんでしょ?」
「そーだそーだ。大妖怪の式のくせに」

 さりげなく自分が弱いように言われている気がした魔理沙だったが、この面子の中ではしょうがないのかもしれなかった。
 ならばせめてもと藍を弄り倒すことに決めた。自分を乗せたという手前、少し腹立たしいものもあった。

「さっきは格が落ちるとか言ってなかったか、お前は」
「待て待て待て、なんで私だけに矛先を向けるよ」
「五月蝿い。調子に乗るな」
「あいてっ! また蹴りやがったな!」

 しかも同じ場所だ。尻が腫れたらどうするんだと抗議するつもりだったが、藍はふんとそっぽを向いてしまった。
 フランはくすくすと笑って尻をさするのを眺めている。この悪魔め。
 だが、しかし。
 藍も案外面白い式神なんだな、という感想が頭の中に広がり、少しは今の仲間を理解出来ているはずだと自然に思えた。

 魔理沙は空を見上げる。
 そろそろお昼時だった。
 いつもなら飯の時間だなぁ、などと考えている頃合いだったが、今は違う。

 もう少しで放送。
 霊夢が殺したかもしれない。はたまた他の誰かが殺したかもしれない名前が、また読み上げられる。
 その中には妖夢もいるはずで、ひょっとしたらスターだっているかもしれない。
 先程永琳に関する話を持ち出したから、少しは疑いを持ってこの放送を受け入れてくれるはずだろう。

 そうだ、ここからだ。見ていろ霊夢。私は私なりの方法で、異変を解決してみせる。
 出来ればいいな、じゃない。絶対にだ。

 音が聞こえる。それは以前と聞いたときと同じ、八意永琳によく似ている声だった。

 ――いいぜ、乗ってやる。こっちが勝つまで、続けてやる。


【E-5 北部 一日目・昼(放送前)】


【フランドール・スカーレット】
[状態]頬に切り傷
[装備]レミリアの日傘
[道具]支給品一式 機動隊の盾(多少のへこみ)
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.魔理沙についていく
2.殺し合いを強く意識。そして反逆する事を決意。レミリアが少し心配。
3.永琳に多少の違和感。本当に主催者?
4.パチュリーを殺した奴を殺したい。
※3に準拠する範囲で、永琳が死ねば他の参加者も死ぬということは信じてます



【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、帽子無し
[装備]ミニ八卦炉、ダーツ(5本)
[道具]支給品一式、ダーツボード、mp3プレイヤー、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
1.『真昼、G-5』に、多少遅れてでも向かう。
2.仲間探しのために人間の里へ向かう。
3.幽々子を説得したいが……。
4.霊夢、輝夜を止める
5.リグル・パチュリー・妖夢・幽々子に対する強い罪悪感。このまま霊夢の殺人を半分許容していていいのか?
※主催者が永琳でない可能性がそれなりに高いと思っています。



【八雲藍】
[状態]健康
[装備]天狗の団扇
[道具]支給品一式、不明アイテム(1~5)中身は確認済み
[思考・状況]紫様の式として、ゲームを潰すために動く。紫様と合流したいところ
1.E-5、F-5、G-5ルートで八意永琳との合流場所へと向かう。
2.八意永琳の件が済んだ後、会場のことを調べるために人間の里へ向かう。ここが幻想郷でない可能性も疑っている。
3.霊夢と首輪の存在、魔理沙の動向に関して注意する。
4.無駄だと分かっているが、橙のことが諦めきれない。
5.幽々子様を始末すべきだったのに、……私もまだまだ甘いな。


※F-4(香霖堂居間)に、妖夢とスターの死体、妖夢のスキマ袋が放置されています。
※藍達は忘れていますが、六人分の情報を記したメモ帳と筆談の筆跡も落ちています(内容はお任せ)


101:守るも攻めるも黒鉄の 時系列順 102:第二回放送
102:第二回放送 投下順 104:Never give up
94:精神の願望/Mind's Desire(後編) フランドール・スカーレット 117:誰がために鐘は鳴る(前編)
94:精神の願望/Mind's Desire(後編) 霧雨魔理沙 117:誰がために鐘は鳴る(前編)
94:精神の願望/Mind's Desire(後編) 八雲藍 117:誰がために鐘は鳴る(前編)

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最終更新:2009年12月06日 05:32
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