哀之極 ◆BmrsvDTOHo
あるところに一人の少女がいました。
その真珠のように白くか細い指の繊細な動きから作りだされる人の形。
眼も、肌も、腕も、脚も、大きさ以外寸分の狂いなく一般的な人間と変わりはありません。
命令に忠実に動き、どんな冷酷な扱いであろうと文句一つ垂れずに遂行する。
しかし少女は長い間解消されない、一つの問題に煩悶としていました。
如何に忠実に動くと言えども、自ら判断し、動けないようでは汎用性に欠ける。
不測の事態が起きようとも、事前の指令通りに動く、兵器としては致命的な欠点だ。
つまり動きが読まれてしまった後はもう成す術がない。
弱点の解消のため長年、自立人形の開発に少女は取り組んでいた。
メディスン・メランコリーのような自立人形を目指して。
結果から言えばこの殺し合いの中で少女は自立人形を手に入れたのだった。
操者の命令どうりに動き、人間大の体を持ち、そして感情をも持ち合わせる“人形”を。
長年の研究と努力でも達成出来なかった悲願は今此処に達成されたのだ。
少女の命と引き換えに。
糸の切れたのが普通の人形であればその動きは止まる。
しかし、今少女が持っていた“人形”は自立人形独自の機能、感情に従い動くはずだった。
自立人形の製作経験がなかった少女は知らなかった。
人との関わりを極力避けようとしていた少女には知る術もなかった
もしもこれが素材から作り上げられた人形であれば少女の予見通りに動いたのかもしれない。
無から作り上げた心ではなく、有の心の壁を情で篭絡し、自らを盲信させる事で得た心。
他者からの拒絶経験の恐怖に怯える心、自ら逃避に走り第三の眼を閉ざす弱さ。
ココロヲヨムナンテキモチワルイヤツダ。
ソレイジョウチカヨルナバケモノ。
そんな人形候補を洗脳するのは容易く、時間もかからなかった。
だが脆い仮初の心が大きな衝撃に耐え切れるはずがなかったのだ。
少女は気づいていなかった、これが当初自分が望んでいた人形ではない事を。
今まで自ら美徳としていた人形とは違う、薄々感づいていたはずだった。
これが異様と言明出来る殺戮と血生臭い空気に中てられ、生き残る事を第一にした結果だった。
その大きな過ちが少女の身を滅ぼすことになった。
結局、自ら一から作り上げたわけではない“人形”に幾許の情を抱いてしまったのだった。
少女はもう何も語らない。
遺作となった“人形”はその死を悼み、その恩に報いようと動く。
少女が冷え切った心に与えてくれた温かな光の恩に。
妹紅の跡を追いこいしは里の外れにまで来ていた。
跡を追う、と言いながらも痕跡があるわけではない。
ただ、第六感の働くままこっちに居そうだな。程度の認識で動いてきた。
今居るのは農具や干草等が収納されている付近の倉庫。
干草独特の鼻を衝く匂いと埃臭さが入り混じった農地が持つの匂いの中、こいしは唯そこに居た。
見失ったというよりも元々追えるはずがなかったのだ。
こいしの心は箍を失い、思考は有らぬ方向へと導かれていた。
アリスによって塗り固められた脆い壁は打ち砕かれ。
欠片は胸の奥の心に深々と突き刺さり紅い血を流し続ける。
アリスという拠り所を失った時、その良心は檻へ囚われた。
点を定めぬ虚ろな眼、服に付いた返り血、苦心に満ち歪みきった表情。
激情に身を任せ、霊夢と妹紅に襲い掛かろうともアリスへの恩を返す前に自身が殺される。
終始私の事を気遣ってくれたアリスさんは最後まで二人残った後はどうしたのだろうか。
私を殺して優勝する?
それならば私には何の無念もない、アリスさんが私に与えてくれた恩が返せるのなら死をも厭わない。
其れ程までにアリスの存在はこいしの心中の大部分を占めていた。
洗脳調教の結果はアリス亡き今にまでも良く響いていた。
寧ろ皮肉な事にアリスが死亡した事により、その嘘が明らかになる事はなくなり絶対的なモノとなった。
ドサリと干草のベットの上に大の字に倒れこむ。
内側は暖かくふかふかとした感触に一時の安息を感じる。
胸に手を当ててみれば今も鼓動を刻む心臓。
本来ならばこの鼓動は先の人里で止まっているはずだった。
覚悟は出来ていた、何も恐れる事などなかった。
確かに死ぬ事が恐ろしくないわけではない
差し迫る白刃は恐怖を想起させるし、嫌でも想像出来る痛みは耐え難いものだろう。
しかしそれでも、それでも拒絶・孤独の絶望感に比べればどれだけマシなものであろうか。
死に至る病、そう形容されるのも無理はなかった。
スキマ袋内から引き出されるのは軽く光沢のある金属製の入れ物。
中には明瞭簡素化された解説文と共に予備の銃倉が収められていた。
空となった銃倉を開放しスキマ袋内に無造作に放り投げ、内から一つを手に取りその銃床部から押し込む。
小気味の良い音と共に銃倉が固定される。
妖しく黒色に輝くスライドを力を入れ手前に引き、初弾を装填する。
起きた撃鉄を押し戻し安全装置を掛け、予備銃倉と併せて太腿のホルスターへと収納する。
白く煌く銀のナイフはホルスターのナイフ用ポケットに一本のみ挿し、残りは元々のケースに収める。
恋慕っていた者がこいしに残していった物は幸いにも恩義に報いる事を可能とするものばかりなのだ。
……優勝者に相応しかったのはアリスさんだけ。
そのアリスさん亡き今他に相応しい者がいると言えるだろうか?
ならば他者が優勝する事はあってはならない、私を含めて。
心
の中の盲目の獣が吼える、全てを壊し尽くせと。
鋭く輝く犬歯を剥き出しにし狂気に満ちた笑顔と声で野獣は叫ぶ、忠義を尽くせと。
いいだろう、その本能に応えてやろうではないか。
もはや矜持など必要ない。
乾坤の欠片すら残さず消し去ってやる。
“少女”は手を強く噛み傷口を作り血を流す。
野獣が血の臭いを嗅ぎ付け重い足音を響かせにじり寄って来る。
その大きな手で少女の体を掴み口元まで持ち上げると
その鋭利な牙で柔らかな身体を噛み砕いた。
ばたばたと血は流れるが、悲鳴一つあげない。
口周りを真っ赤に染めた野獣はそのまま少女を一飲みにした。
「あははははははは!」
古く埃臭い納屋に甲高い笑い声が響き渡った、遂に堰は壊れた。
天空に向け雄叫びを上げた野獣は藁の海から跳ね起きる。
そう、私はアリスさんの“人形”。
忠実な人形。
恩義に生き此の命尽き果てるならそれも致し方無し。
アリスさんを殺したこの世界のモノなんて全部壊れてしまえばいいんだ。
足が吹き飛び、腕が切断されたならば歯で噛み殺せば良い、頭を使って殴り殺せば良い。
歯も折られたのならばこの毅魂が一滴残らず空になるまで弾幕を放てば良い。
心躍る大虐殺。
スキマ袋をその肩に担ぎ納屋の扉を押し開けアリスの“人形”は眩い光の中へ消えていった。
狂気を内部に孕む“人形”は満面の笑みのままだ。
崩壊した壁の瓦礫だらけの建物の中に爆弾が一つ置かれている。
ちょっとやそっとの衝撃では起爆しないだろう。
爆発するのは何時の事になるだろうか。
閉められた扉により納屋には再び暗闇が戻った。
そこに置き忘れた大量の“忘れ物”に気づく事はもう永遠にないのだろう。
永遠に。
【古明地こいし E-3南南西部 平原 昼】
[状態]身体面:健康 精神面:狂疾
[装備]銀のナイフ 水色のカーディガン&白のパンツ 防弾チョッキ 銀のナイフ×8 ブローニング・ハイパワー(13/13)
[道具]支給品一式*3 リリカのキーボード こいしの服 予備弾倉2(13*2) 詳細名簿 空マガジン*1
[思考・状況]基本方針:殺せばアリスさんが褒めてくれた、だから殺す。
1.全てを壊し尽くす。
※寝過ごした為、第一回の放送の内容をまだ知りません
※
地霊殿組も例外ではありませんが、心中から完全に消し去れたわけではありません。
最終更新:2009年10月12日 20:54