強く儚い、貴女達。 ◆m0F7F6ynuE
夢を、見ている。
だって、この光景は外の世界にいたときのものだもの。
今いるはずの幻想郷には、神奈子の御柱はあっても電柱は一本もない。
高層ビルもアスファルトも、あの世界にはないものだ。
縁側に腰掛けて、足をブラブラとさせながら流れる雲を眺めている。
存在が薄れて、現実のものに干渉する力を失ってから何もすることができず、こうして毎日をつぶしていた。
同じように空を眺めている神奈子の言うに、変わらないように見えるこの空も、随分薄汚れてしまったのだそうだ。
変化がわかるだけいい。
私の愛する諏訪の大地は、燃える水の残りカスで、ふさがれてしまった。
早苗はどうしたの。
「さっき、学校に行った。」
そう。最近早苗、忙しそうだったね。
「試験があるそうよ。昨日も夜遅くまでやっていたみたいで、眠そうな目をしてたよ。」
そんなに頑張ってたのか。帰ってきたら、うんと褒めてあげないとね。
「そうねぇ、でも少し頑張りすぎないように言わないと。放っておくとやりすぎて倒れそうで心配だわ。」
神奈子は過保護だなぁ、相変わらず。
「なによ、神様が自分の風祝の心配しちゃいけないって?」
違う違う、そういうんじゃなくてさ。
神奈子は少し心配しすぎ。早苗はもう子供じゃないんだから、大丈夫だよ。
場面が変わる。
あぁ、今度はちゃんと幻想郷だ。
ほとんど枯れ葉が散っている。多分、こっち側に移ってからしばらく経ったころ。
黒い影がいくつか通り過ぎて、読みもしない烏の新聞が鳥居のそばに小さな山を作った。
早苗がよくわかっていないのをいいことに、さまざまな烏共がやってきて、次々と新聞の契約書に判を押させたのだ。
でも、どれもほとんどお金を取らないというのは幸いだった。これで、苦労してたくさん薪をとってこなくてよくなったんだから。
新聞を紐で束ねる。その時、誰かが神社の石畳を登ってきた。
参拝者かな?
「守矢神社はこちらですか?」
そうだよ。おや、妖怪兎か。よくここまでこれたね、烏共に邪魔されなかった?
「姫様達が、山の妖怪とうまく話をつけてくださったので。申し遅れました、私は永遠亭の薬売りです。」
永遠亭の姫って、あぁ、あの銀髪の人連れてた女の子ね。宴会で見かけたことあるわ。話したことないけど。
それで、薬を売りに来たって?
「はい、私どもは里を中心に薬を売って回っております。このたび新たな神々が山に降りられ、人間の巫女様もご一緒とうかがいまして。」
あー、早苗のことね。…確かに薬は必要かも。自分に必要ないもんだから考えてなかったなぁ。
「もしかして、この神社の神様であらせられますか?これは幸いでした。よろしければ薬の説明をいたしましょうか?」
うん、お願い。何があるの?
その兎の持ってきた薬は、副作用が少なかったり、一回に飲む量が少なく済んだりと、飲む側のことをよく考えたものばかりだった。
置き薬のセットというのも、中を見せてもらうと、年頃の女の子のことを考えた構成になっていた。さらに言えば、二日酔いの薬が多めに入っていた。
誰からか聞いたのだろうか。まさしく早苗のための薬箱、という中身だった。
よく考えてあるなぁ。
「永琳様が、これは守矢神社用セットだとおっしゃってました。」
へぇ。これ全部作ったの、その永琳って人かな?
「そうです。永琳様はどんな薬も作ることができる方です。先ほどおっしゃった、姫様の傍にいた銀髪の方が、永琳様ですよ。」
あの人か。落ち着いた感じの人だったな。なるほど確かに頭がよさそうだし、気配りもできる大人の女性の雰囲気があったわ。
麓の巫女と、巫女の愉快な仲間連中とは、明らかに違うタイプだね。
「永琳様はとてもお優しい方ですよ。私のような力の弱い妖怪兎でもよく用事をこなせるように配慮してくださいます。
それに、人間の里で流行り病や大病を患った人間が出たら、すぐに病に合った薬を作って、ほぼ無償で里まで届けていらっしゃいます。」
へぇ、そんな人格者なんだ、そんな人間久しぶりに聞いたよ。早苗が寝込むようなことがあったら、頼ってみようかな。
でも、何か忘れてる気がするな。なんだろ、記憶力悪くなったかなぁ。
うん。
何か忘れてる。
何か思い出せない。
何か出てこない。
何か。
何?
日の光もほとんど届かない、魔法の森。
八意永琳は、洩矢諏訪子が落下した付近をくまなく探索していた。
微かな葉擦れの音も聞き逃さず、木々の隙間に目を凝らし、五感をすべて使って諏訪子の気配を探していた。
博麗神社の大階段と入り組んだ森のせいで、永琳はここにくるまでに大幅に時間を食ってしまっている。
しかも、道を外れて奥へ進むたび、森の瘴気が徐々に濃くなっていく。
命を奪うほどではないものの、疲労と焦りで呼吸数が増え、普通に通り過ぎるよりも深く瘴気を吸ってしまった永琳は、若干の眩暈を覚えつつも、それでも歩みを緩めない。
深く茂った草木をかき分けて進む。その時、わずかに指先に痛みを感じた。
永琳は、ようやく立ち止り、自らの指先をじっと見つめた。
草で指の薄皮が切れ、血が出ていた。
今朝、鬼と吸血鬼の一撃をくらったときに、軽く頭から出血した。幸いに傷は軽く、逃げる最中に塞がってしまった。
今、まじまじと自分の指を見る。今までなら一瞬で塞がるはずだった傷から薄く血がにじむ。
刹那、永琳は幻影を見た。
四肢を裂かれ、血を吐き、地に倒れ伏す、主の姿を。
全身が逆毛立つ。が、それも一瞬だった。
すぐに妄想を振り払い、永琳は目線を森へ戻す。
そうさせないために、私は今、歩いている。
そうさせないためなら、神殺しも成してみせる。
そうだ。
これは、私の記憶。永く生きてきた時間の中に埋もれた瞬間たち。
そして、夢が終わる。見たくない現実が目の前まで来ている。
弱い陽射しが、かすかに顔に当たってる。
ねえ、神奈子。
きっとあんたのことだからさ、早苗のこと、探し回ってるでしょ?
どうやらね、この薬屋もお姫様の事を死に物狂いで探してるみたいなんだ。
あんたたち、良く似てる。過保護具合がそっくりだ。
キツそうに見えて実は優しいってとこも。
でも、やっぱり神奈子は、違うよね。
神奈子は、こんなことしないよね。
だって、神奈子、あんただってさ、
この世界の事、愛してたでしょう?
私らと早苗が、共に在ることの出来る、この幻想郷を。
私だってそうだよ。だからね、私は許さないよ。
この幻想を終わらせて、私達の幸せを壊そうとする、このゲームを。
このゲームの、主催者を。
どれほど歩き回っただろうか。
永琳は微かに、水滴がぽたんと垂れる音を聞いた。
見れば、赤い水滴が草に滴っている。
見上げると、高い木の枝に、小さな蛙神がひっかかっていた。水滴は、自分が投げた赤ワインのものだった。
永琳は思わず唇をかんだ。この場所は少し前に通っていたのに!体躯の小さな神だからと、集中を地面にばかり向けていたのが仇になった。
木を仰ぎ、永琳は悩んだ。諏訪子がいるのは手の届かない高さなのだ。気絶でもしているのか、諏訪子は全く動かない。
登れない高さではないが、無防備に木登りなどしていては、偶然通りかかった第三者のいい的になってしまう。
起こそうと下手に声をかけて、反撃されると厄介だ。
永琳はどの手段をとるか、頭の中で考えを巡らせた。その時、木がわずかに揺れた。
「う…あ…?」
諏訪子が目を覚ましたのだ。
だが、まだ頭の中がぼやけている諏訪子は、うっかり用心もせず身を起こしてしまい、
「ん…うわ、うわあああああああっ!!!!」
バランスを崩し、どすん、と木から落下した。
「っつー…おしり打った…」
うまい具合に茂みに落下し、怪我らしい怪我もしなかったが、目の前には先ほどまで対峙していた、ゲームの主催者。
「ようやく見つけたわ、蛙さん。随分とてこずらせてくれたわね。」
今の諏訪子には、武器となるものは何もない。大木を背にしているので逃げ場もない。
頭を強く打ちすぎたのか、視界が揺れて弾幕の狙いも定まらない。そもそも腕が痛くて上がらない。
ここまでか、と諏訪子が覚悟を決めたその時、
二回目の放送が、二人の耳に飛び込んできた。
【G-4 魔法の森・博麗神社の崖付近 一日目 昼】
【八意永琳】
[状態]疲労(中)
[装備]ダーツ(24本)
[道具]支給品一式
[思考・状況]行動方針;諏訪子から輝夜の情報を手に入れる
1. 諏訪子に輝夜の情報を割らせ、後の憂いの種にならないよう殺す
2. 輝夜の安否が心配
3. 真昼(12時~14時)に約束の場所へ向う
※この場所が幻想郷でないと考えています
※自分の置かれた状況を理解しました
※この会場の周りに博霊大結界に似たものが展開されているかもしれないと考えています
※腹の痛みはほぼおさまっています
※森の瘴気を吸い、少し体調を崩し始めています
【G-4 魔法の森・博麗神社の崖付近 一日目 昼】
【洩矢諏訪子】
[状態]左肩に脱臼跡(半日ほど痛みが残るものと思われます) 、全身に打撲および頭に強い衝撃、服と顔が紅ワインで濡れている
[装備]なし
[道具]支給品一式
[思考・状況]行動方針;なんとか永琳から逃げるチャンスを作り、体勢を立て直す
1.永琳と輝夜を殺す
2.殺傷力の高い武器を探す
3.早苗と神奈子の無事を心から願っている
※永琳を憎むと同時、彼女の主催者としての在り方に僅かな疑問を抱いています
最終更新:2009年09月30日 22:08