早朝より始まりし愚かな選択

早朝より始まりし愚かな選択 ◆30RBj585Is





(まずいことになったわ・・・)
せっかく捕まえた捕虜が逃げようとしている。この失敗に八意永琳は焦っていた。
実験用のカエルが逃げ出したとかそういう甘いものではない。あれを放っておけば間違いなく自分と輝夜の情報をばら撒くだろう。
自分はまだいい。どうせほぼ全ての参加者から目をつけられている状況なのだから、今更何を言われようが立場は変わらないだろう。
だが、輝夜はどうなる?彼女の居場所を聞くためとはいえ、そのために彼女の容姿を、そして自分が彼女を捜しているということを相手に教えてしまった。こうなるとあの神様は間違いなくそのことを言いふらすだろう。
そうなったら輝夜まで狙われる可能性がある。(何も知らないのに)拷問で口を割らせられるなり人質にされるなり、何らかの形で危害が及ぶだろう。

輝夜が今の自分のように全員から敵視されることになったらどうなるか?仮に以前に鬼や吸血鬼と対峙したときのようなことになったらどうなるか?
自分の場合は持ち前の頭脳で短期間の間に最善の策をシミュレートしてそれを実行できたから何とかできることが出来たが・・・
失礼ながら、輝夜には自分のような機転を利かせるほどの頭脳は無い。
長年続いた妹紅との殺し合いで培った戦闘経験があるとはいえ、それだけでは生き残れないのがこのゲーム。このまま放っておけば必ず訪れるだろう、数の暴力に勝てるはずが無い。
もしそうなったら輝夜は・・・そして自分は・・・
(そんなこと、させてたまるものですか。月の頭脳と呼ばれし賢者、八意永琳の名において!)
今は考え事をする時期ではない。
とにかく、あの神を捕まえることを考えねば。そう思い、永琳は全力で諏訪子の後を追い走っていった。

ふと、永琳は諏訪子がいるであろう場所を見る。
(案の定、距離が離されているわね・・・)
諏訪子は何やら変な乗り物に乗って走っている。あれに関しては見ただけではよく分からない道具だが、少なくとも走るよりも速く移動できることは分かった。恐らく、あれに乗っている間は追いつくのは無理だろう。
だが、あの道具には欠点がある。これは見ただけで分かった。
その欠点は何か?
それは・・・すぐに分かることだ。
現に今、諏訪子はそれで硬直状態になっているのだから。





◆   ◆   ◆


「しまった・・・」
洩矢諏訪子はとある地点を前に、動けずにいた。
それもそうだろう。何故なら、彼女の目の前にはあれがあるのだから。
「神社の階段の事、すっかり忘れていたわ・・・」

地を這う自転車で階段を下りるのは至難の業だ。
もし、バランスを崩して転んでしまったら・・・。そう思いながら諏訪子は階段の右側を見る。
「見事に崖になってるわね。こんなところで転んで落ちてしまったら・・・」
なんでこんな悪地形になっているのだろうか。無駄に階段は長いし崖際は危ないし・・・
博麗神社にはお賽銭が入らないというが、その理由がよく分かるほど酷い地形である。
ここでふと永琳がいる方を向くと、彼女がどんどんこちらとの距離を縮めて向かってくるのが見える。十数秒もあれば追いつかれるだろう。

(どうする、ここで戦うか?)
正直なところ、このまま逃げるのではなく、自分が直々に永琳を叩きのめしたいところである。
ただ、相手はこのゲームの主催者だ。それも、あらゆる人妖を集め力を極限まで制限することが出来るほどの者である。
そんな相手とサシで戦って勝てるのだろうか?はっきり言ってゼロに近い。
「くぅ、駄目だ。何となくだけど、私一人じゃあいつに勝てない気がする。神の勘がそう告げるんだ。
早苗、神奈子、みんな、ごめん・・・!」

ならば永琳とは一旦距離をとるまでだ。逃げるんじゃない、戦略的撤退だ!
それに、永琳のあの焦り様・・・。まるで自分が逃げると彼女にとって不都合なことがあるみたいだった。
もう最初から忌み嫌われし立場にあるというのに今更何を恐れているのだろうか、それはまだ分からない。
だが、今の自分の行動であいつが困るというのなら喜んでやってやる。
そう思い、諏訪子は
「このまま突っ切るのみよ!」
なんと、自転車に乗ったままで博麗神社の階段を下ったのだった。






…いや、諏訪子は『階段』は下りない。大体、自転車で段差の激しいところを走るなんてまず不可能だ。
そこで、諏訪子は階段の外側を走った。そこならば比較的凸凹の少ない坂になっていて階段よりも幾分マシになる。
「うおおおぅおおおぅおぉぉお!?」
だが、それでも悪地形であることには変わらない。凸凹の地面を這う自転車がガタガタと振動し諏訪子の体を刺激する。少しでも気を抜けばすぐにでもバランスを崩して転んでしまうだろう。

ズキッ
「うっ、肩が・・・」
諏訪子の肩が悲鳴を上げている。そういえば、左肩は永琳にやられたのだ。何もしていなくても痛むその部分が更に痛むのが分かる。
だが、これしきのことで怯んではいけない。こんな痛み、あのときに助けて上げられなかった金髪の妖怪が受けた痛みに比べれば、自分と別れたルナサと阿求が受けただろう痛みに比べればはるかに軽い。
「負けて・・・たまるかぁっ!」
そう思い、諏訪子は気合を入れた。


階段を自転車で下りるという無茶苦茶な行動とはいえ、それのおかげで永琳との距離を更に離すことはできた。
後はこのまま突っ切るのみだが・・・
「あいつはこのまま私を逃がすか?
いいや、逃がさないだろうね。だとするとあいつは・・・」
しばらくして体が慣れたときに後ろのほうを見る。
「やっぱり、攻撃するよね・・・」
案の定、弾幕が諏訪子に目掛けて飛んできた。あれで自分を怯ませようと算段しているのだろうか。
だが・・・

「そんなモノで怯むと思うな!
コバルトスプレッド!蛙よ、私を護れ!」
どんな攻撃をしようが無駄だ。そう言わんばかりの覇気で弾幕を繰り出した。

ドカン!ドカン!
コバルトスプレッド(通称・カエル弾)は衝撃を受けると爆発して周囲を巻き込む。
弾幕を撃とうが小石を投げようが、自分へのあらゆる攻撃はカエルの爆発が遮断する。
この爆発が自分と相手の間で連鎖すれば、もう自分への直線状攻撃は無いといってもいいだろう。現に、永琳が飛ばしている弾幕は自分に当たることなく爆発で消滅している。
「もう私に攻撃を当てることは出来ない・・・!
そして・・・このまま撤退して、あんたとあんたの探し人の情報を暴露してやるわ!ざまぁみろ!」
後は定期的に弾幕を出しながら逃げるだけだ。
勝った。いや、逃げる時点で負けなのかもしれないが、この行動で相手を困らせるというならばこれで良いと思う。
つまり、試合に負けて勝負に勝ったようなものだ。





…そのはずだったが
ヒュン
「ん?」
諏訪子の頭上から何かが通り抜ける音がした。
何だろう?そう思い、ふと上を向くと・・・
「あれは・・・ビン!?それも、見覚えのある・・・というより、私のもう一つのアイテムじゃないの!
あいつ、いつの間に私の袋の中をあさって・・・いや、それよりもあれであいつはいったい何を・・・?」

確か、ワインが入っていたと思う。
でも、そんなもので何が出来るのか?自分の頭上に落として攻撃しようとでも思ったのか?
だとしたら、それも無駄に終わる。だいたい、あの投げられたビンは自分に当たるどころか、狙いを大きく外れているではないか。
馬鹿馬鹿しい。弾幕が通じないからということで最後の足掻きがこの程度か。
アイテムを無駄に使いやがって。あのワイン、とっても紅くて美味しそうだったんだけどなぁ。


そう思っていたときだった。
ボンッ!
「えっ!?」
諏訪子の目の前を飛んでいたビンが突然爆発した。
すると、その爆発によりビンの破片が、そして中身が全方位に向けて発射される。
あまりにも突然で予想もしない攻撃を前に、諏訪子はそれをもろに受ける形になってしまった。

ビチャッ!
周囲にワインの液が飛び散る・・・と同時に、その一部が諏訪子にも掛かってしまった。
「うわっ!め、目が・・・目がっ!?」
もろに液を顔面から浴び、それにより視力を奪われる。
「って、しまっ・・・」
いや、それだけではない。
今の出来事に怯んだ所為で、完全に自転車のバランスを崩してしまった。
こうなると、その後の運命は誰でも想像がつくだろう。
ガシャン!
「うわあぁーっ!?」
諏訪子は自分に何が起こったのか、それはよく見えなかった。自分が自転車から転び、宙に投げ出されたことくらいしか自覚できなかった。
そしてしばらくの間、自分が空から落ちていく感覚を覚えながら・・・
ガキン!
「ぐえっ!」
諏訪子の意識はここで途絶えた。






◆   ◆   ◆



「即席で作った爆弾・・・思った以上の効果ね」
諏訪子本人は、ビンの爆発から後は自分に何が起こったのかは分からなかっただろう。
だが、彼女の様子を遠くから見ていた永琳にはその始終を全て知っている。

諏訪子が階段を下り始めた最初は、弾幕を放って怯ませようとした。だが、それが通じないということが分かると、即座に攻撃方法を切り替えた。
それに使ったのは予め諏訪子からこっそり盗んでおいた、見た目からして紅魔館の物だろうか血のような紅いワイン瓶だ。
あれに弾幕を封じ込めてから投げつけることで、諏訪子の近くまで飛んだら爆発させる。これにより諏訪子に瓶の破片や瓶の中身を浴びせて怯ませる・・・という狙いだったのだ。
これならわざわざ正確に相手を狙う必要は無いため、直接弾幕で攻撃するよりも成功率が高い。
「『瓶中の紅酒』とでも名づけようかしら。うーん、ちょっと語呂が悪いかも」

結果、予想通りに諏訪子は怯んでバランスを崩した。
ただ、崩れ方が非常に激しかったようで、転ぶどころか大きく吹っ飛んでそのまま崖から転落してしまったのが小さな誤算だった。
まぁ、あの高さから落ちたのだ。死にはしないだろうが、かなりの痛手になるだろうからそう遠くまでは逃げられまい。
あとは森に落ちただろう諏訪子を探し出し、情報を搾り出させた後に始末すれば良いだろう。
そうと思えば、すぐさま実行に移すべき。
そう思い、永琳は諏訪子が落ちただろう森の地点をしっかりと目に焼き付けながらこの場を去っていった。


永琳が階段を下りた後のこと、土色の帽子が空をフワフワと漂いながらゆっくりと落ちてきた。
そして、それはそのまま瓶が割れて出来た血溜まりの上に着地する。
その光景は・・・まるで、ここで流血の惨劇が起こったかのようだった。






「それにしても、あれが冷静さを失った神の結末・・・といったところかしら。無様なものね」
諏訪子が階段の前で硬直していたのを見たときは再度捕まえるチャンスだと思った。今ここで諏訪子を逃がさずにおけば、改めて輝夜の情報を割らせることが出来るからだ。
…そのはずが、よりによって変な乗り物に乗ったままで階段を下りるという予想外の行動に出たときは焦りを隠せなかった。
…だが、冷静に考えると、あの行動はいかに愚かであったか。それがよく分かる。
あの悪路をあの乗り物で走るなんてリスクが大きすぎる。自分との距離を離すためとはいえ、あの行動は正気の沙汰じゃない。それよりも乗り物から降りて自分の足で走るなり最初から崖から飛び降りるなりの方がまだ安全なのに・・・
その結果、見事に裏目に出て自らを追い込む羽目になってしまった。哀れなものである。

だが、あのときの諏訪子に関して永琳はとても強い親近感を覚えた。
諏訪子が神社に来てすぐに何回も叫んだ名前――早苗だっただろうか。あの振る舞いからして、諏訪子は早苗がここにいることを最初から知っていたかのようだった。恐らく、真夜中のときに見た明るい星と関係が強い者だろう。
まるで我が子を必死に心配するかのようなそんな挙動は、まさに自分が輝夜を心配しているそれと同じものだ。
だが、そこから生まれるものは『心配』、『不安』、『焦り』など、負の感情ばかりだ。
これらの要素があらゆる場において思考を鈍らせる・・・そのことは自分が嫌と言うほどに経験した。
鬼たちに襲われたときもっと有効な打開策があったはずだとか、諏訪子から情報を引き出すときにもっと穏便に済ませられなかったのか、など明らかに自分の思考が鈍っていた。
もっとも、それらのことは自分の事ゆえに主観的に自分を見るしかなかったため、気付く機会が無かった。
だが、今回は諏訪子を通じて自分の姿と言うものを客観的に見ることが出来た。あの醜態をこの目で見て、自分が今までとった行動がいかに愚かな事だったか、それが痛いほどに分かった。
そして、今のままではまさにあのようなことに自分がなってしまう。そんな気がしたのだ。

「私もこうならないよう、気をつけないとね」
あのようになって二の舞を演じるようなことは避けたいところ。
そう思い、永琳は長く続く階段を下りていった。






【G-4 博麗神社の階段 一日目 午前】
【八意永琳】
[状態]疲労(小)
[装備]ダーツ(24本)
[道具]支給品一式
[思考・状況]行動方針;諏訪子を見つける
1. 諏訪子に輝夜の情報を割らせ、後の憂いの種にならないよう殺す
2. 輝夜の安否が心配
3. 真昼(12時~14時)に約束の場所へ向う
※この場所が幻想郷でないと考えています
※自分の置かれた状況を理解しました
※この会場の周りに博霊大結界に似たものが展開されているかもしれないと考えています
※腹の痛みはほぼおさまっています





一方、森へと落ちていった諏訪子はどうなっているだろうか。
結論から言うと彼女はまだ死んではいない。落下の衝撃を受けて気絶しているだけだ。
そして幸運かどうかは分からないが、彼女が気を失っているのは地面ではなく木の上だ。落ちたとき、偶然にも幹にぶつかったあとに木の枝でうつ伏せになって倒れているようだ。
生い茂る木の上にいるために、誰かに見つかる可能性は地面にいるよりは少ないだろう。

だが、こう気絶している間にも永琳は根掘り葉掘り探し出そうとしてくるだろう。
それを無事に乗り越えられるかどうか・・・?
答えは運命の神様のみぞ知る。



【G-4 博麗神社の崖付近 一日目 午前】
【洩矢諏訪子】
[状態]気絶中(目が覚める時期は不明)、左肩に脱臼跡(半日ほど痛みが残るものと思われます) 、全身に打撲および頭に強い衝撃、服と顔が紅ワインで濡れている
[装備]なし
[道具]支給品一式
[思考・状況]行動方針;永琳を打倒する策を考える
1.永琳と輝夜を殺す
2.殺傷力の高い武器を探す
3.早苗と神奈子の無事を心から願っている
※永琳を憎むと同時、彼女の主催者としての在り方に僅かな疑問を抱いています


※博麗神社の階段では紅ワインで濡れているところがあります。その地点には諏訪子の帽子が放置してあります
※折りたたみ自転車は神社の崖付近に転がっています
※諏訪子のもう一つの支給品はパチュリー特製紅ワインでした(もしかしたら、成分に血液が含まれているかも?)



89:朱に交わる/切れた糸(後編) 時系列順 83:ゆめのすこしあと
90:亡き少女の為のセプテット 投下順 92:Gray Roller -我らは人狼なりや?-(前編)
60:ロールプレイングゲーム 八意永琳 100:強く儚い、貴女達。
60:ロールプレイングゲーム 洩矢諏訪子 100:強く儚い、貴女達。

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最終更新:2009年09月16日 20:45
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