Never give up

Never give up ◆QBpDZHAYRc



魔法の森と呼ばれ、薄暗くじめじめした原生林。
 妖怪にも忌避される瘴気に満ちた木々の間に二人の少女、洩矢諏訪子と八意永琳が対峙していた。
 いや、正確には永琳が諏訪子を追い詰めていた。


 諏訪子は揺れる視界を八意永琳になんとか定めながら放送を聞こうとした。
 彼女は今の状況に生き延びることを半ば諦めていた。
 だから、彼女が放送を聞く理由は死ぬ前に愛する人たちの無事を確認するため。
 東風谷早苗と八坂神奈子のため。




『皆様、お体の具合はいかかで?私でも死んでしまったら蘇生の薬は持っていませんからね。』


 (・・・おかしいよね?)
 しかし、放送が始まると諏訪子は永琳に意識を奪われていた。
 永琳の顔に浮かんだ表情は怒りと不安。
 彼女も隠す気は無いのだろうか、はっきりと出ていた。
 いぶかしんだ諏訪子はいまだぼんやりしている頭を必死に働かせた。
 目の前の永琳が放送していることに疑問を持たないわけではないが、河童や外の技術でどうにでもなるだろう。
 録音も諏訪子が寝ていた時になんとかできるだろう。
 だが、彼女がこの放送主と同一人物であるならその表情は興奮や期待、喜びに歪むはず。
 少なくとも、嫌悪感を抱くはずがない。


 疑念が疑念を呼び覚ます


 (そういえば、境内でも・・・)
 永琳は早苗を求めて叫んでいた諏訪子の不意をつき、拘束した。
 参加者全員から仇にされていたのなら、安全のための強引な行いも理解できる。
 命までとらないといったのも、本当にとる気が無かったから。
 そして、自ら巻き込んだはずの人を心配してさがし求めていた。
 自らが死地へと追いやったはずの少女に、どうして固執するのか。


 疑念と疑念がつながり、思考に築かれた壁にひびを入れていく


 (もしかして・・・)
 永琳の振る舞いは演技かもしれない。諏訪子をだまして利用するために。
 月の頭脳と呼ばれた天才、八意永琳ならそのくらいたやすいだろう。
 しかし、夢から永琳の評判や所業を思い出した諏訪子には、その推察が正しいものに思われた。
 さっきほどまでぼんやりしていた頭を覚醒させるほど、めまぐるしい思考が諏訪子を結論へと導く。



 八意永琳は主催者ではない

 しかも、殺し合いに反対している 



 壁が崩れた

 諏訪子は衝撃的な結論に愕然とした。
 考えてみればあたりまえのことである。
 むしろ、その可能性に気づいて問いただすことができたはずだ。
 だが、諏訪子は早苗を心配するあまり不安に駆られ、アンバランスな精神のまま、遭遇した永琳に激情をぶつけてしまった。
 もし、不安や焦りなど、負の感情にとりつかれず、冷静になって物事を考えることができれば、永琳と争う必要は無かったのかもしれない。
 諏訪子は自らの至らなさを悔しがりながらも、状況を打開するために永琳に意識を戻した。


『八坂神奈子』


 え?

 今、神奈子って?

 放送で呼ばれたってことは・・・・・・死んだってこと?

 あの神奈子が?

 死んだ?

 神社に戻ってもいないの?

 もう、会えないの?

 今までずっと一緒にいたのに?

 早苗を残して、私を残して。

 死んだ?

 神奈子が・・・・・死んだ?


 諏訪子の全身に不快なものが蛇のようにまとわりつき、悪寒が駆け巡る。


 そんなこと・・・信じられない。

 信じられるはずない。

 ・・・・・・嘘だ。

 そうだ、嘘だ。

 神奈子が死ぬはずないじゃん。

 嘘に決まってる。

 そうだ、嘘だ、嘘だよ。

 神奈子はとっても強いんだから。

 死ぬはずないじゃん。

 そうだ、嘘だ、嘘だ、嘘だよ。

 神奈子が死んだなんて。

 そうだ、みんな嘘だ。

 全部、嘘だ。

 なにもかも、嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。


 そう、殺し合いだってーーーーーーーーー




 ガシッ


 スパァーーーン




    *     *     *



『では、次の放送を聴けるようにがんばりなさい』


八意永琳は深いため息をついた。
 それには二つの感情がこめられていた。
 一つには安堵。
 主の輝夜はもちろん、鈴仙、てゐも無事なのだ。
 すでに四割近い参加者が死亡していることを考えると、非常に幸運なことである。
 もう一つには落胆。
 第一回放送の時と同じく、永琳を利用し続ける主催者。
 どこまで、自分を陥れようとするのか。
 ふざけた主催者への激しい憤りを、ため息をつくことで何とか抑えているのであった。


 結果、ため息は永琳の精神を安定させ、彼女に余裕を与えた。
 (今のところ、状況は好転も、暗転もせず、か。いや、魔理沙を考慮するとわずかに好転かしら?最悪のスタートだったわりには良い方ね。)
 これまでの成果に少しだけ安心する。
 (でも、輝夜が乗っていることを考えると、いつ悪いほうに転がるか分からない。悠長に構えている暇は無いわね。)
 永琳は気を引き締めると、目の前にうずくまる少女に向き直る。



 うずくまる少女、洩矢諏訪子はうつむいてしまい、永琳からその表情をうかがうことはできない。
 だが、その小さな体からは、永琳に宣戦布告した時のような迫力は微塵も感じられなかった。
 その様子は突然殺し合いに放り込まれ、戸惑い、疲弊し、精神を磨耗してしまった、見た目相応の少女にしか見えない。
 (おそらく、先ほどの放送のせいでしょうね。)

 八坂神奈子
 守矢の二柱が一柱
 最近、外の世界からやって来て、洩矢諏訪子とともに妖怪の山に君臨する神。

 彼女たちの関係について、永琳はよく知らないが、親友、あるいは家族のようなものだったのだろう。
 (大切な人に先に逝かれ、取り残される。職業柄よく見たものだけど、いつ見てもひどいものね。私だって輝夜においていかれたら・・・・。)

 永遠亭。
 いつもいるはず姿がない。
 部屋、縁側、診察室・・・。
 どこをさがしても見つからない。
 どこにもいない。

 安定したはずの精神がぐらりと揺れ動く。
 (いけない!だめよ、落ち着きなさい、八意永琳。恐怖にとらわれてはいけないわ。
 まだ大丈夫、大丈夫なのよ。まだ、ふたりで戻れる。)
 強引に不安を振り払い、崩れかけた精神を何とか元に戻す。
 (大丈夫よ・・・・。そう、そのためには輝夜を早く見つけなくてはならない。
 なら私がするべきことは輝夜の情報を集めること。)
 永琳は乱れていた視線を諏訪子に向けた。


 諏訪子は先ほどと同じようにうずくまっていた。小刻みに体を震わせながら。
 (少し立ち直ってもらわないと聞きだせそうに無いわね。しかし、こんなに震えて。まるで、自分の遠くない未来を見ているみたいだわ。・・・・苛立たしいわね。)
 所詮、ふたりは赤の他人だ。面識だってほとんどない。永琳もそれくらいわかっている。
 だが、彼女は諏訪子に同情してしまい、その姿に自分を見てしまった。
 だから、その姿を許すことができない。
 永琳は諏訪子の胸倉をつかみ上げ、木に押しつけ、その頬を張り飛ばした。




 ガシッ


 スパァーーーン



    *     *     *

「どう?現実に戻ってこれたかしら?戻ってきたのなら、さっさと姫の情報をはきなさい。」
 洩矢諏訪子は永琳の言葉をぼんやりと聞いていた。まだ、ショックから完全に回復しきれていない。
 しかし、永琳の平手打ちは諏訪子に確かな影響を与えていた。


 神奈子が死んだ・・・。
 そっか、神奈子死んじゃったんだ。
 まあ、ありえたことだよね。
 力を制限されて、こんなところに放り込まれたら。
 現に、私だって殺されそうになってる。
 でも、まさか神奈子がね・・・・。

 諏訪子は目を閉じて昔を思い出す。

 最初は敵同士だった。
 紆余曲折を経て、一緒にいることになって。
 喧嘩ばかりしていたけど、実はお互い大好きで。
 毎日が楽しかった。
 でも、信仰が減って、私は人にも見えないぐらいになってしまって。
 早苗が生まれて。
 幻想郷に来た。
 これから、新しい生活が始まって。
 また、楽しい日々が続くはずだった。
 なのに。

 もう、神奈子に会えないんだ・・・・。
 ずっと一緒にいたのに。
 あの、えらそうな顔が見れないなんて。
 寂しいな。

 神奈子も悔しいだろうね。
 せっかく外から幻想郷に移って来て。
 信仰ももらえて。
 三人で一緒にいれて。
 やっと手に入った幸せなのに。
 こんなところで。
 私を残して。
 早苗を残して。
 死んじゃうなんて。
 悔しいよね。

 でも、大丈夫。
 私が守るから。
 このふざけた殺し合いを始めた主催者から。
 早苗を。
 幻想郷を。
 私らが求めた理想郷を。
 神奈子が愛した幸せを。
 守るから。
 だから、安心して。
 あっちでのんびりしてなさい。




 さようなら


 神奈子





    *     *     *

 胸倉をつかまれて、木に押し付けられている。
 その手は八意永琳のもの。
 主催者である・・・はずの女性。
 どうも、私はこいつのビンタで目覚めたらしい。
 今までのいさかいを考慮すると、非常に腹立たしい。
 仕返しに殴ってやりたいぐらいだ。
 だが、そのおかげで私は絶望の淵からよみがえったのも事実。
 あそこでこいつがいなければ、多分、私は・・・・・・壊れていただろう。
 私のためではないだろうが、少しだけ感謝してやろう。
 さて、主催者を倒すために私がしなければならないことは、と。
 まずは現状を打破することね。


「ねえ。」
「やっとね。あやうくもう一発お見舞いするとこだったわ。で、姫はどこにいったの?」
 永琳は冷たい口調で尋ねた。
「ひとつ聞いてもいい?」
「つまらないことなら、指もらうわよ?」
「冗談は嫌いじゃないけど、場はわきまえるよ。それにあなたのためにもなるかもしれないのよ?」
 急に冷静になり、軽口をたたく諏訪子を不審に思いながら、永琳は返答を返す。
「ふん。なにかしら?」
「あなた本当に主催者なの?」
 永琳はわずかに驚き、すぐに納得した。
 放送をしているはずの者が目の前で黙って立ち、放送に不快感を示していたのだ。
 うたがって当然。
 だが、永琳から逃れるために言っているのかもしれない。
「なぜそう思ったのかしら?」
「いろいろあるけど、あなたが放送に不快そうな顔していたこと。それに昔、聞いたあなたの人物評があてはまっていたからだね。
 正直、放送者と同一人物だとは思えなかった。」
「さっきまで対立していたのよ。そんな相手の言葉を信じられると思う?」
「嘘はついてないよ。」
 そう言って目をひらいた諏訪子見て、永琳は驚愕した。
 その目には不安、焦り、諦め、絶望、とさっきまで満ちていた負の感情がまったくなかった。
 そこにあるのは揺らぐことのない強い決意を秘めた瞳。
 決して嘘をついている者の目ではない。
 ならば、永琳がすることはひとつ。
「・・・そのようね。あなたの言う通りよ。私、八意永琳は主催者ではないわ。」
 ふたりはついに和解した。



    *     *     *


 諏訪子と永琳はその場でひさしぶりの食事を取りながら、情報交換をすることにした。
 しかし、ジメジメした森の中でのピクニックは気持ちのいいものではない。
 それでも、今まで、ふたりともろくに休憩を取っておらず、疲れがたまっていたため、気の乗らない森林浴をすることにした。


「手短に説明するわよ。こっちは先を急いでいるの。」
「手短にするのはいいけど、短くし過ぎないでよ。わたしはあなたほど頭が良くはないからね。」
「天才は理解されたから天才と呼ばれるのよ。説明が下手なはず無いわ。」
「おお、すごいすごい。」
「減らず口はいらないわ。」
 何か吹っ切れたのか、以前とは打って変わって余裕シャクシャクになった諏訪子に呆れながら、永琳は自分が見聞きしてきたことは話し始めた。
 主催者と、手紙のこと。
 魔理沙と出会ったこと。
 魔理沙から聞いた霊夢のこと。
 吸血鬼と妖精、河童、鬼と戦いになり、主催者だと名乗ったこと。


「〝楽園の素敵な神主〟ねえ。あいにく、うちにはそんな真似できそうな奴はいないよ。」
 諏訪子は手に持ったパンを振りながら言った。
「そう。まあ、別に期待してなかったわ。守矢より博麗の方が怪しいのでね。」
「しかし、あの霊夢が殺し合いに乗るとはね。」
 諏訪子は霊夢の行動に素直に驚いた。異変だと言って、真っ先に主催者に盾突くと思っていたからだ。
「霊夢が生きていれば、博霊大結界は維持される。だから、霊夢は自らが優勝することで幻想郷を守ろうとしているのだと思うわ。」
「ふーん、なるほどね。」
 諏訪子妙に納得した。妖怪を圧倒するほどの力を持っているが、中身はまだまだ未熟な少女なのだ。
 だから、今までより、はるかに強力な力を持った主催者に屈してしまったのだろう。
「私からは以上よ。さあ、あなたの番よ。」
 永琳が催促する。
「わたしが教えられるのはあなたの探し人が人里に向かっていたことぐらいよ。・・・・人を殺して。」
「・・・・そう。私はすぐに人里に向かうわ。魔理沙と約束していたのだけれど、姫が優先だわ。あなたはどうするのかしら?」
 永琳は残りのパンを袋にいれ、返事も待たずに立ち上がった。
「そうねぇ。」


 諏訪子は考える。第一目的は主催者を倒すこと。
 早苗も探したいが、手がかりが無いので後回しだ。早苗も強いのだから大丈夫。今は信じよう。
 主催者を倒すにはまず、首輪をはずさなければならない。
 そのためには技術を持つ者と接触しなければならない。ならば河童が一番だろう。
 だが、永琳が言うには鬼と一緒にいるらしい。吸血鬼もいるそうなので、襲われても後れをとりはしないはず。
 なら、首輪の解除に役立てない諏訪子が会う必要はまだない。
 そうすると、次は主催者の居場所を発見することだ。会場にはいないのかもしれないが、これほどのことしでかす者だ。
 慢心して、手の届くところにいるかもしれない。


「私は主催者の居場所を探す。そうね、うちの神社もあるから北の方をを探索してみるよ。神社で早苗に会えるかもしれないし。」
「なら、私も姫と合流できたら守矢神社に向かうわ。」
「わかった。」
 それを聞くと、永琳は輝夜への手紙を差し出した
「あと、これを持って行って、会ったら姫に渡してちょうだい。姫を殺さないでよ。」
「もうそのつもりはないよ。」
 諏訪子は口ではそのように言ったが、簡単にやられるつもりはない。いざという時にはためらわないだろう。
「そう。それじゃあ、健闘を祈っているわ。」
 永琳はそう告げると森の中に消えていった。



 諏訪子も森の中を歩きはじめた。
 まだ、体中だ痛いがやすんでばかりもいられない。
 痛みに少しだけ顔を歪めながら、主催者のことを考えていた。 


 〝楽園の素敵な神主〟か。
 吸血鬼、鬼、閻魔や神までを手玉に取り、こんな会場まで造り出すほどの力。
 正直、私ひとりでは勝てそうに無い。霊夢が諦めてしまったのもよくわかる。
 だが、そんなのは関係ない。
 幻想郷は私らを受け入れて、人妖は信仰してくれた。幸せをくれたんだ。
 それをこいつは壊そうとしている。そんなこと、許すわけにはいかない。
 私は神だ。だから、幻想郷をおびやかす主催者に神罰を下す。
 信仰に報いるために。



【G-3 魔法の森  一日目 真昼】

【洩矢諏訪子】
[状態]左肩に脱臼跡(半日ほど痛みが残るものと思われます) 、全身に打撲および軽い頭痛、服と顔が紅ワインで濡れている
[装備]なし
[道具]支給品一式 、輝夜宛の手紙
[思考・状況]行動方針;主催者に神罰を下す
1.北を探索(主催者の居場所を探す)して、守矢神社を目指す。そこで永琳と合流
2.早苗と合流
3.輝夜に会ったら手紙を渡す
※永琳と情報交換をしました。
※永琳が主催者ではないとをほぼ確信しています。
※この場所が幻想郷でないと考えています。



    *     *     *

 永琳は人里に急ぎながら別れた神について思い出していた。
 彼女は大切な人を失った。そのショックは大きく、明らかに取り乱していた。
 だが、彼女は立ち直った。以前よりも強靭になって。
 なぜだかははっきりしない。
 しかし、ひとつだけわかる。
 わたしには真似できない。
 わたしは輝夜を失うなど考えられない。
 もし、輝夜が死んでしまったら・・・・。
 私は――――――――――――――


【八意永琳】
[状態]疲労(中)
[装備]ダーツ(24本)
[道具]支給品一式
[思考・状況]行動方針;人里に行って輝夜を探す
1. 輝夜と合流後、守矢神社で諏訪子と合流
2. 輝夜の安否が心配
3. 真昼(12時~14時)の約束は無理そうね
※この場所が幻想郷でないと考えています
※自分の置かれた状況を理解しました
※この会場の周りに博霊大結界に似たものが展開されているかもしれないと考えています


102:第二回放送 時系列順 105:ウソツキウサギ
103:思い通りにいかないのが世の中なんて割り切りたくないから 投下順 105:ウソツキウサギ
100:強く儚い、貴女達。 洩矢諏訪子 109:崇拝/Worship
100:強く儚い、貴女達。 八意永琳 124:月兎/賢者/二人の道

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最終更新:2010年02月05日 23:12
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