酒鬼薔薇聖戦(後編)

酒鬼薔薇聖戦(後編) ◆27ZYfcW1SM



「てゐ、助かったよ。あんたが居なかったら焼け死んでいたよ」
「護衛を依頼したのは私なのに逆に守られるなんて、護衛失格じゃない?」
「そんなときもあるんだよ」

 妹紅は肩をすくめながら言った。
 てゐははぁと小さくため息をついた。
 妹紅は生きていた。
 てゐの声にいち早く反応することができた妹紅は壁を蹴り破り、外へと逃げたのだった。

 妹紅の隣には萃香と静葉の姿もあった。

 気絶している静葉を背負ったために、やや脱出に遅れてしまったが、てゐと妹紅の行動に手助けされ、業火に包まれる前に部屋を出ることができたのだった。

「アイツは?」
 妹紅は萃香へと尋ねる。

「分からない……でもこの人数に勝負を仕掛けてくると思うかい?」
 妹紅は考える。普通ならしない。勝ち目がないと思う。現にこいしが仕掛けた攻撃で成功したのは粉塵爆発攻撃くらいだ。
 それ以外は防がれたり逆に反撃を喰らっていたのだ。

「普通は……」

「でも、私はその常識で痛い目を見たよ」
 萃香は背中から静葉を降ろすと自身の服の袖を破り、静葉の腕を二箇所縛り、止血を行う。
 もうすでにかなりの量の血を失っているはずだ……
 止血だけでは駄目かもしれない……

「私は嘘が嫌いなんだ……
 これ以上嘘は吐きたくないよ……
 私に嘘を吐かせないでくれ……頼むよ」


 妹紅は萃香の顔を見ずに言った。
「話を戻そう」


「普通じゃない相手に常識は通用しないってことか」
 妹紅は顎に手を当てて考える。
「じゃあ、とりあえず移動したほうがいいんじゃない?」
 てゐが提案すると「それもそうだな」と妹紅と萃香は荷物と武器をそれぞれ持ち始める。


「神さまさん、行くよ」

 私はそう言って萃香は静葉のほうを振り返った。

 そのとき、不思議な出来事に私たちは遭遇することになった。


 静葉は起き上がっていた。
 その目は閉じられたままである。
 私が止血をしたときには寝ていたというのに……

 まるで、気絶したまま立ち上がっているみたいだ。

――プツッ

 突如、ピンと張った膜が破けるような音が聞こえた。同時に静葉の首から血が流れ出す。


 首の左から流れ出始めた血は徐々に右へと向かって血が出る傷口を広げていく。

 そして、血の線が左から右へと横断を完結したとき、静葉の頭部が胴体からごろんと転がり落ちた。

 なんだ……まだこんなにも血液は残っていたのかい? と趣味の悪い冗談が頭の中に浮かんだ。
 それほど、静葉の首から血が噴水の如く噴出したのだった。

「どういうことだ!? これは」
 妹紅が突如起こったことが分からず叫ぶ。

 殺されたんだ。誰にだって? それは決まっている。

 直後、狂った笑い声が脳裏に木霊した。

「あはははははははっ!
 やった、やった、やったよアリスさん
 まずは一人目。まずは一人目。
 それも、こいつら全然気づいてないよ。
 私このまま全員殺せるよ」

 そいつは姿を現した。

 古明地こいしは静葉の真後ろにその姿を現した。

「どこから? いつの間に!?」
「最初からずっとだよ」

 妹紅の疑問をてゐが答える。

 そう、こいしちゃんは無意識を操る程度の能力を持っている。

 無意識は完全に気配を消すことができるのだ。

 気配さえ消してしまえば目に見えないのと同じ。
 こいしちゃんは気配を消して堂々と近づいて、静葉の首を切り落としたのだ。
 最初に静葉に気づかれずに民家に忍び込んだのはこの能力によるものである。

「目に見えないだって? 反則じゃないか」
「そうだね。反則だ」
「だけど、反則にはイエローカードが出されてるみたいだよ。ほら」

「ごはっ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 こいしは血の塊を吐いた。
 その能力を使うだけで体の組織が積み木を崩すかのように壊死しているのだ。

 命を削ってまで、私たちを殺しに来ているのだ。

 血液で口元を真っ赤に染めたこいしは「次は……次は……アリスさん……どれ……」と呟いている。
 できの悪いB級劇の幽霊みたいだ……

 こいしは手で口をぬぐうと、萃香たちに背を向けて走り去る。

「逃げた」
「いや、違う。『制限』なんだよ。きっと誰かに見られた状態では姿を消すことができないんだ!」
「じゃあ逃がしちゃ駄目じゃないか!」

 妹紅はウェルロッドをこいしに向けて発砲した。
 こいしは一瞬怯むが、そのまま走り抜ける。防弾チョッキはまだ着たままだ。銃は通用しない。

 そしてとうとう、全員の視界からこいしの姿は消える。

 その瞬間こいしの声が響いた。
「「嫌われ者のフィロソフィ」」
 スペルカード宣言。私が想像したとおり、まさに無意識を操り姿を消すあのスペルカードだ。


「ああ、もう。契約違反だよ妹紅。私は後ろに隠れるからね」
 震える声でてゐは妹紅に怒鳴った。
「私だって物陰に隠れたいよ」
 妹紅は頬に冷や汗をかきながらぼやいた。

 どこから攻撃がくるか分からない。私たちは円陣を組む。

 何も音のない世界。自分の心臓の音だけが耳によく響いた。

 何分経ったか。それとも数秒だったか。てゐの耳がぴくんと動いた。

「鬼!」

 てゐに気が付かれたために、こいしちゃんの姿が私にも認識できるようになった。
 右側に銀のナイフをもったこいしちゃんの姿が目に入る。

――シュッ!

 私の前髪が数本切り落とされた。後数瞬遅れていたら目玉をえぐられていた。

「このっ!」
 歪んだ火掻き棒を振るう。しかし、タンタン、と軽いステップを踏んでこいしちゃんはそれをかわした。
 ヒット・アンド・アウェイかい。嫌いな戦い方だ。


 しかし、相手も反則ならこっちにも反則カードがあった。
 てゐの存在だ。

 てゐは抜群の危機を感知する能力を持っている。たとえ姿を消したこいしでさえ、カンでその位置を割り出している。

 てゐは私たちの生命線だ……


 はっとする。今の攻撃を邪魔したのはてゐだ。
 そして、私に切りかかったときのこいしちゃんの表情と目線。

「どうして私の邪魔をするの? どうして……どうして……」
 ぎょろっとした目でてゐを睨んでいた……


「駄目だ!逃げろてゐ!」
「え?」

「逃げちゃだーめ!」
 てゐの目の前に突如巨大な薔薇が現れた。その薔薇のつぼみが開き、こいしが飛び出す。
 手には血で赤く塗られたナイフ。

――シュン!

 風を斬る音が響いた。

 てゐは地面に崩れ落ちる。
「てゐ! おい、しっかりしろ。てゐ!」

 妹紅がてゐに駆け寄る。

「だ……大丈夫だよ……でも……」

「みてみてアリスさん、ウサギの耳だよ。かわいい?」

 切断面からダラダラと血が溢れ出て、その白い毛皮を赤く染めたてゐの耳を握ったこいしが居た。
 てゐはレーダーに近いウサギの耳の片方を切り落とされていた。

「でも、死んでない。それじゃあアリスさんも面白くないよね」
 てゐの耳を地面に叩きつけるとこいしは踏み潰す。ぐちゃと音を立てて耳は潰された。

「ああぁああぁ……私の耳が……耳が……ぁあぁあ」
 てゐの顔面が蒼白になる。ああなっては例え永琳の手術でさえ元には戻らない……
 ショックは……想像を絶する。



「いい加減にしろよ! こいしぃぃい!!」

 堪忍袋の緒が切れた。
 こいしは逃げる。能力を使えるようにするために。


 視界から消えたこいしは無意識を操る程度の能力を発動させる。

 無意識を操って姿を消したこいしは私に向かって走る。手にはてゐの耳を切り取ってさらに赤くなったナイフ。

 もう、てゐはレーダーをまともに使えない。
 もう、萃香に警告する者は居ない。

 走る萃香の前の鼻先にこいしはナイフを突き刺す。

その前に、こいしの鼻に拳が突き刺さった。クロスカウンター。

 鼻の骨がばらばらに砕け散る。
 こいしの体が宙に浮く。

「なん……で……」

 散々萃香と妹紅を混乱に陥れたこいしが今度は混乱する番であった。

「かはっ……ごほっ……ごふっ……はぁ……はぁ……」

 血の塊を吐くこいし。この血こそが能力がしっかりと発動した証拠である。
 能力はしっかりと発動していたのにもかかわらず、ぴったりとタイミングを合わせてカウンターを萃香が決めただと? ありえない。

 萃香が倒れたこいしに近づく。

「なんでだって? そりゃ私が萃めたからさ。『意識』をね」

「こいしちゃん……昔のあんただったら完全に無意識に成りきってただろうよ。
 だけど、アリスに囚われたこいしちゃんは『無意識』の中に『意識』が生まれちまったんだ。
 見てみなよ……こいしちゃんの第三の目を……」

 こいしは第三の目を見る。

 硬く閉ざしたはずの第三の目、もう何百年も閉ざし続けた目。
 その目がうっすらと開いていた。

「アリスに尽くすことは『無意識』にできない。自分の意思でするしかないんだ。
 幾ら無意識でそれをやろうと思ったってできっこないんだ」

 萃香はこいしの頭をゆっくりとなでた。

「こいしちゃん、誰かに尽くすことはすばらしいことだと思う。
 ただ、こいしちゃんはその方向を間違っちゃっただけなんだ……
 すばらしい気持ちも方向を間違えちゃったら悪意以外のなにものでもない」

「こいしちゃんは初めてだったんだよね。誰かに優しくされることが。
 大丈夫、世界にはもっともっと沢山やさしくしてくれる人が居るから。
 こいしちゃんは一人じゃないよ。こいしちゃんを好きになってくれる人が沢山居るから」

 萃香はにこっとこいしに微笑みかけた。

「すいか……さん……」

 こいしは震える声で言った。

「『こんなことになったのは全部私のせいだ』だなんて思わないで」

 萃香ははっとした。

 その後、こいしは能力の過度の使用で血を吐いた。
 これが古明地こいしが最後に残した言葉だった。
 こいしの第三の目は開いて大粒の涙を流していた。


【古明地こいし 死亡】


 ねぇねぇアリスさん。
 いっしょにあそぼうってさそわれたの。

 え? アリスさん? だれにって?

 わからない。

 でも、とってもおもしろそうだよ。

 アリスさんもいっしょにあそぼうよ。

 わたしはアリスさんともっともっとたのしいことをしたいの。

 え? それがせかいに目を向けることなの? ふーん。


 うん、じゃあいこうか。きっとたのしいせかいがまってるよ。



           〆


 私はこいしちゃんを看取ったあと、静葉の元へ向かった。

 首と胴体にばらばらにされた静葉。まだお礼も言っていないのに死んでしまった。

 私は静葉の頭をそっと体の元あった位置へと戻した。
 そんなことしてもくっ付く筈がないのは分かっている。
 全部私が守れなかったせいだ。こいしちゃんにはそれを否定されたが、私にもっと力があったなら違う未来になったかもしれない。

「後悔か? 私も300年くらいしたことあるよ」
 妹紅は隣にどしっと腰を下ろした。
「ずいぶん古い話になるね……普段はこんな話はしないんだけど……今日は特別だ。
 私の父上が……」

 妹紅は私が何も言わないのにもかかわらず、一人で自分の体が蓬莱人になった経緯を話し続けた。

「最後になるけど、私がもし蓬莱の薬を飲まなかったらって考えたことがあるんだ」

 妹紅の300年の後悔の原点は蓬莱の薬に集約している。

「どんなことを考えたんだい?」

 妹紅はにっと口をゆがめると言った。
「今頃私は死んでるだろうさ」

「………ふっ、当たり前じゃないか。普通の人間がそんなに長生きできるものか」

「だろう。今を生きていることができるのはこの薬のおかげってことさ。
 だったら、300年も後悔する必要はなかったのかもしれないね」

 妹紅はからからと笑った。
 私もふっと軽い笑いをつられて浮かべてしまう。

 ごめんこいしちゃん。あんたの言うとおりだよ。
 わたしがこんなことになったって責任を取るのは図々しい行動なんだってね。

 責任を取るのはいつも決まって階位が高い者だ。ただの鬼風情が責任を負えるものじゃないんだね。

 そして、静葉。ありがとう。私は君を守れなかった。それは変えようの無い事実だ。
 私は嘘を付いてしまった。ごめん。

 もし、私が民家に入ったときに向けてくれた笑顔が本物だとしたら、私が助けられなかったことを許してくれ。

 そして、いつかその笑顔をもう一度私に見せてくれ……

 パチパチと民家の火事が広がる人里を見ながら私は涙を手で払った。








【秋静葉 死亡】

【残り 23人】


【D-4 人里 一日目 夕方】
藤原 妹紅
[状態]腕に切り傷 ※妖力消費(後2時間程度で全快)
[装備]ウェルロッド(1/5)、フランベルジェ
[道具]基本支給品、手錠の鍵、水鉄砲、光学迷彩
[思考・状況]基本方針:ゲームの破壊及び主催者を懲らしめる。「生きて」みる。
1.萃香を行動する。
2.守る為の“力”を手に入れる。
3.無力な自分が情けない……けど、がんばってみる
4.にとり達と合流する。
5.慧音を探す。


【因幡てゐ】
[状態]中度の疲労(肉体的に)、手首に擦り剥け傷あり(瘡蓋になった)、軽度の混乱状態、右耳損失(出血)
[装備]白楼剣
[道具]基本支給品、輝夜の隙間袋(基本支給品×2、ウェルロッドの予備弾×3)
[基本行動方針]死にたくない
[思考・状況]
1,生き残るには優勝するしかない? それともまだ道はあるの?
2,妹紅が羨ましい
3,耳を失ってショック


【伊吹萃香】
[状態]疲労、銃創(止血)、血液不足、上半身ほぼ裸
[装備]歪んだ火掻き棒
[道具]支給品一式×4、盃、防弾チョッキ、銀のナイフ×7
   ブローニング・ハイパワー(5/13)、MINIMI軽機関銃(55/200)
   リリカのキーボード、こいしの服、予備弾倉×1(13)、詳細名簿、空マガジン*2
[思考・状況]基本方針:命ある限り戦う。意味のない殺し合いはしない
1.無意識
2.鬼の誇りにかけて皆を守る。いざとなったらこの身を盾にしてでも……
3.紅魔館へ向う。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
4.仲間を探して霊夢の目を覚まさせる
5.酒を探したい
※無意識に密の能力を使用中。底が尽きる時期は不明
※永琳が死ねば全員が死ぬと思っています
※レティと情報交換しました
※美鈴の気功を受けて、自然治癒力が一時的に上昇しています。

※民家一軒が火事です。中にあったルナチャイルドの死体は焼けました。


129:酒鬼薔薇聖戦(前編) 時系列順 130:Ohne Ruh', und suche Ruh'
129:酒鬼薔薇聖戦(前編) 投下順 130:Ohne Ruh', und suche Ruh'
129:酒鬼薔薇聖戦(前編) 古明地こいし 死亡
129:酒鬼薔薇聖戦(前編) 秋静葉 死亡
129:酒鬼薔薇聖戦(前編) 藤原妹紅 141:らびっとぱんち
129:酒鬼薔薇聖戦(前編) 因幡てゐ 141:らびっとぱんち
129:酒鬼薔薇聖戦(前編) 伊吹萃香 141:らびっとぱんち

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最終更新:2010年07月28日 19:41
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