らびっとぱんち

らびっとぱんち ◆shCEdpbZWw


――火。

万物の根源の一つにして、文明の象徴とも言うべき存在。
畜生や妖怪といった存在は、その火を本能的に畏れていた。
外敵存在からその火に護られる形で、人間はその力を発展させてきた。



蓬莱人となった少女、藤原妹紅。
妖術を扱う程度の能力を持つ彼女は、取り分け火に纏わる妖術を扱うことが多い。
もちろん、それは煮炊きなどの日常生活に必要であったということもあるが。
もとは一貴族の子女というごくごく普通の人間でしかなかった彼女が、蓬莱人として里を捨てざるを得なかったこと。
それ故に外敵にその身を晒されることになったが為に、自衛目的で身につける必要があったとも言える。



幻想郷から姿を消したはずの種族である鬼の少女、伊吹萃香。
そんじょそこらの低級な妖怪や畜生とは異なり、彼女は火を畏れることがない。
それどころか、時には酒を触媒として火を吹くというような、曲芸じみた技も身につけている。
先刻も、古明地こいしの仕掛けたスペルや粉塵爆発に巻き込まれかけたものの、鬼がそもそも熱に強い種族であるが故に。
あちこち傷だらけの彼女だが、あられもない姿を晒す羽目になったことを除けば火によるダメージは少ないと言ってもいい。



……さて、翻って妖怪兎の少女、因幡てゐはどうであろうか。
てゐの出自は、至って普通の、どこにでもいる兎である。
その兎が健康に気を使って長生きをしているうちに、妖怪変化の力を身につけた……それが因幡てゐという少女だ。
長生きをし、数々の智慧を身に付けていくうちに、いつしか彼女は自分の内に潜む原始のトラウマを忘れてしまっていた。
だが、忘れてしまっていた……というだけで、今もなお畜生であった頃のトラウマは消え去ってなどいなかった。
即ち、火を畏れる、ということである。



平時であれば、てゐにとって火など畏るるに足らず、そうなっているはずであった。
しかし、今の彼女はあまりにも多くのものを喪ってしまっていた。

永遠亭の仲間である鈴仙には見捨てられてしまった。
死ぬはずのなかった輝夜は、最早この世の人ではなくなってしまった。
頼みの綱である永琳も主催者扱いをされて四面楚歌の状況にある、いつ死の危機に瀕してもおかしくない、てゐはそう考えていた。
今のてゐにはもう、頼るべき他者がもう誰も存在していなかったのだ。

他人が頼れないのなら、自分の力だけが拠り所となるはずだった。
しかし、自慢の騙しのテクニックは、甘ちゃんだと断じていたはずの慧音に看破されたことで、自信を失い。
自分が兎である所以と言ってもいい立派な耳も、その片方をこいしに切り落とされ機能不全を起こしていた。
それを除けば、所詮人間を幸福にさせる程度の能力しか持たないてゐに出来ることは限られている。

自分の力は無いも同然、かと言って頼れる他人もいない。
今のてゐは寄る辺を全て喪ってしまった状態にあった。
自分を護るもの全てを失った彼女の心は、今や剥き出し、無防備な姿を晒している。
そこに、自分がまだ一介の野兎であった頃のトラウマが頭をもたげ始めていた。



今、てゐの目の前で一軒の民家が、劫火に包まれている。
燃えさかる火炎は、何もかもを焼き尽くしてしまいそうに見えた。
その炎をただ呆然と眺めることしか出来なかったてゐの心中に、ヒタヒタと本能的恐怖がその姿を大きくしていった。
目の前で何かを話し込んでいる妹紅と萃香の声は、最早耳に入ってこない。
永琳の声で流された放送も、そこで一時行動を共にした慧音の死が伝えられたことも、頭にはほとんど入ってこなかった。



――ガラガラと大きく音を立てて、民家が焼け落ちた。
それと同時にてゐの自我もまた、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。



 *   *   *



3度目の放送が妹紅と萃香の耳にも届いた。

(慧音……)

妹紅は、どこか知らないところで世を去っていた友に思いを馳せていた。
蓬莱の薬を飲み、死を知らぬ体となってからはこの手の別離は数え切れないほど経験してきた。
妖怪とて、長命ではあるが妹紅のように不死の存在ではない、そこには必ず寿命というものが存在する。
いずれは慧音とも永久の別離を迎える日が来ることは、重々承知していた。
しかし、このような悪意に満ちた催しでその日を理不尽に迎えさせられることなど、微塵も考えていなかった。

(復讐だとか、弔い合戦だとか、そういう訳じゃないけれど……)

すっかり陽が落ち、星の瞬く夜空を仰ぎながら、妹紅はその右手をグッと握り締めた。

(こんな馬鹿げた真似、お前も許さなかったよな……)

喪ったものはあまりにも大きく、悲しみもまたそれに比例して大きなものであった。
だが、下を向いているわけにはいかない。
その死を悼み、ただ涙に暮れるだけの姿を慧音は望んでいるだろうか?
否、と断じた妹紅は視線を落とし、前をキッと見据えた。

(この下らない異変は私が止めてみせる、主催者も懲らしめてみせる……! 慧音、お前の分まで生き抜いてみせる……!)

決意を新たにしたところで、隣にいる萃香が話しかけてきた。

「さて……と、やらなきゃいけないことは多すぎるけど……ひとまず、こいしちゃんと静葉さんを丁重に葬ってあげないとね……」
「静葉さん……あぁ、その神様のことかい……?」
「え? あぁ、うん、多分ね……」
「多分、って……どういうことよ」

怪訝そうな顔をして、妹紅は萃香の方に視線を送った。

「にとりが言ってたんだ。恐らく、先ほどの放送で呼ばれたのは、死んだ順番に沿っているんじゃないか、って」
「呼ばれた順番……考えもしなかったねぇ……」
「こいしちゃんが死んだのはついさっき。神様がこいしちゃんに殺されちゃったのはその直前。そう考えれば、ね。
 面識自体は無かったけれども、この神様は私の命を救ってくれた恩人さ……無碍には出来ないよ……」

そう言って萃香は足元に横たわる静葉の遺体に目を落とした。
煌々と燃え盛る民家の炎に照らされ、血色を失った顔なのに紅潮している様に見えた。
ついさっきまで、自分たちと同じように生きていたはずなのに……そう思うと萃香の胸の内にやるせなさが去来した。
また救うことが出来なかった、また嘘を吐いてしまった……自分の手の届く存在すら護れずに、何が最強の種族だ……
こいしは責任を感じないで、そう言ってくれた。
その言葉がどれほどの救いになろうとも、良心の呵責から完全に逃れられたわけではない。
口を真一文字に結び、難しい顔をしていたところで、今度は妹紅の方から話しかけてきた。

「あぁ……その、なんだ……そんな思いつめた顔をしてないでさ」

声に気づいた萃香が妹紅を見上げるような格好になった。

「そんな顔をしたって死んだ奴は帰ってこないんだ……
 だったらさ……生き残った奴らにはそいつらの分まで生き抜く、そんな義務があるんじゃないかな」

顎の辺りを掻きながら、一言一言を搾り出すように妹紅はそんなことを口にした。
こんな説教じみたことを言うのは本当なら慧音の役回りなんだけどな、そんな思いが心中にある。
慣れないことはするものじゃない、と思いつつ、燃え盛る炎のおかげで気恥ずかしさで顔が僅かに染まるのを隠せて良かった、そう思う。

「死んだ奴は帰ってこない、ねぇ……殺しても死なない蓬莱人の言うセリフじゃないんじゃない?」
「それを言っちゃおしまいでしょう?」
「違いないね」

そう言って顔を見合わせた二人は、また先ほどと同じようにフッと笑いあった。

「死んだ奴は帰ってこない、か……」

自分の口にした言葉を、もう一度反芻しながら妹紅は考えた。
先ほどの放送で、永琳は輝夜が操り人形であったということを口にしていた。
輝夜が本物なのか、人形なのかはともかく、それが動いていたところを見ていない妹紅には簡単に信じられないことだった。
その死に居合わせていたはずのてゐや、戦ったはずの萃香はそれを聞いて何か気づいたことでもないだろうか?
いずれにしても、それを確認することは必要だったが、今は自分たちを待っている者がいるのも事実だった。

「二人の埋葬は私もしてやりたいさ。だけどさ、今頃紅魔館じゃにとりとレティが首を長くして待っているんじゃないかな」
「なんでその二人のことを……あぁ、そういうことか……」

一瞬考えて萃香は得心したように大きく頷いた。

「お前さんはあの二人に頼まれて私を探しに来たんだね」
「ま、そういうことだね。幸い、さっきの放送じゃ二人とも名前を呼ばれていないことだし、もう無事に紅魔館に着いたんじゃないかな」
「そっか……それじゃあ……あんまり待たせるわけにもいかないか……
 だけど、せめて目立つところに晒すのだけは御免だよ。その草むらの中にでも隠しておいてさ、落ち着いたら葬る、ってのは駄目かな」
「それぐらいなら構わないさ。あ、それと……」

やや口籠もりながら、妹紅は萃香の上半身をピッと指差した。
先ほどのこいしのスペルで無残にも服が焼け落ちてしまったために、萃香はその素肌を晒す羽目になっていた。

「紅魔館に行く前に、せめて服ぐらいは着ておかないか……?」
「え? いや、別に私はこんなの気にしないけど……」
「いや、気にするとか気にしないとかそういう問題じゃなくて……」

そこまで言ったところで、目の前で民家がガラガラと大きな音を立てて焼け落ちていった。
火の粉が二人のところにまで舞ってきた。

「……っとと、とにかく長居は無用かな。じゃ、早いところやることを済まして紅魔館に向かうとしようかね」
「あぁ、そうだね、てゐもそれでいいだろ……?」

そう言いながら妹紅はてゐの方へ振り返ろうとした。



妹紅も萃香も、てゐの変心に気づく由も無かった。
火を畏れることを知らない二人にとって、目の前の炎が少女のトラウマを呼び覚ますことなど想像もしなかった。
そして、そのことがてゐの予想外の行動を生む引き金になるということも。

タイミングも最悪であった。
こいしとの激闘を終え、放送という一つの区切りを迎えたことで、二人の緊張は僅かに削がれていた。
まして、味方であるはずのてゐがここで事を荒立てるということなど想定外の事態。



しかし――それは起こってしまった。



てゐが突如として、萃香の背中に体当たりを仕掛けてきた。
背後の脅威に気づくことの無かった萃香が、うっ、と小さく呻き声をあげて前のめりに倒れこんだ。
その拍子に取り落としてしまったスキマ袋を、素早くてゐが拾い上げる。
虚を突かれた妹紅は、一連の動作を見送ることしか出来なかった。
すかさず後ずさりして距離を取ったてゐが、白楼剣の切っ先を二人に向けながらなにやらうわ言のようにブツブツと呟く。
ようやく状況を把握した妹紅が声を荒げる。

「おいっ、てゐ!? あんた何を……」
「…………だ…………」

ガタガタと小さく震えながら、てゐは突如として叫んだ。

「……嫌だっ!! 私は死にたくないっ……!!」

目に涙を浮かべながら、金切り声をあげる。
むくりと起き上がった萃香が、ようやくてゐの方に向き直った。

「痛たたた……ちょっと、何があったってんだい!?」
「それは私も聞きたいよ……とにかく、落ち着きなさいって!!」

そう言って一歩進んだ妹紅に、てゐはビクッと大きく反応した。
そして、白楼剣を滅茶苦茶に振り回しながらなおも叫び続けた。

「……嫌だ……来るな……来るなっ……!!
 ……姫様も死んだ、鈴仙には捨てられた、お師匠様もいない……!!
 もう沢山の妖怪が死んだ……私よりずっと強いやつだって……
 あんた達だって利用するだけ利用して……私のこともいずれ殺す気なんだろ!?」

目に涙を浮かべながら、がなり立てる。
明らかに我を失ったようなてゐの様子を見て、二人が囁き合う。

「あれは……何でかは知らないけどかなり錯乱した状態みたいだね」
「……かもね。そりゃ、輝夜の死に立ち会ったり、耳を斬られたり、色々あったしね……」
「え? 輝夜って、そりゃさっき永琳の奴が操り人形だ、って……」
「あぁ、なんだ、そのことについてはまた後でゆっくり話す事にして……
 今はてゐの奴を落ち着かせないと……」
「あ、あぁ。こいしちゃんと違って、とにかく大人しくさせればまだどうにかなりそうだしね……」

そう言って、萃香がてゐをキッと見据えた。

「それじゃ、ここは私に任せてもらおうかな」
「手荒な真似はよしてくれよ」
「どうかな、でも最善は尽くすよ」

射殺すような視線に気づいたてゐが、もう何と言っているか分からないようにわめく。
萃香はお構い無しに拳を軽くパシッと叩き、そのままダッシュ一番、てゐとの距離を縮める。



……はずだった。



一歩目を踏み出した萃香の膝がガクッと力なく折れ、そのままスローモーションのようにゆっくりと崩れ落ちていく。
妹紅は単に躓いただけなのだろうと思ったが、実際にはそうではなかった。
地面を舐めるような格好になりながら、萃香の表情には明らかに焦りと困惑の表情が浮かんでいた。

(か、体に力が入らない……?)

すぐに立ち上がろうと、両手に力を込めても腕がプルプルと震えるばかりで思うように立ち上がれない。
膝もガクガクと笑っていて、どうにか立ち上がるのがやっと、という有様である。

そこへ、殺されると錯乱したてゐが闇雲に斬りつけてきた。
萃香は体を仰け反って剣を避けようとするが、自分のイメージと体の動きがシンクロしない。
本当なら易々と避けられたはずの剣先が萃香の体をかすめ、剥き出しの胸元にうっすらと紅の線が一本走った。
さらに、仰け反ったところで後ろに寄った重心を今の萃香の体は支えきれず、力なく尻からペタリと座り込む形になった。

(おかしいっ……!? 私の体、一体どうしちゃったんだ!?)

自分の体に生じた異変に、萃香はただ戸惑うことしか出来なかった。



萃香は気づいていなかった。
人里での輝夜との交戦の際に負った銃創。
これを治癒するために、無意識に密の力を使っていたということを。

鬼の持つ本来の治癒力に加え、美鈴が今わの際に送り込んだ気功のおかげで銃創自体は塞がり、命に別状は無くなった。
だが、鬼とてその力が無尽蔵に沸いてくるわけではなく、数時間使い続けた能力のために萃香の妖力は尽きかけていた。
そこへ、先ほどのこいしとの交戦で彼女の意識を萃めるために能力を行使。
結果的にはこれが最後の力ということになってしまい、今の萃香はとても戦闘を行える体ではなくなっていたのだ。

あくまで萃香は"無意識に"その力を行使していたために、なぜ自分が力を使い果たしているのか理解しようが無い。
普段はこんな状態に陥ることさえ無かった為に、なぜ、どうして、という思いだけがグルグルと頭を駆け巡るだけ。
座り込んでしまったところに、てゐが追い討ちをかけようと剣を滅茶苦茶に振り回してきた。
が、力の入らない今の萃香は、その素人同然の剣を避けることさえままならない。

ここで、ようやく妹紅が萃香の異変に気づく。
白楼剣の刀身が萃香を切り裂くその寸前に、体を投げ出して萃香を抱え、そのままの勢いで地面をゴロゴロと転がった。
切っ先が僅かに妹紅の腕をかすめ、萃香の胸元と同じような紅の線が一本走る。
砂まみれになりながら妹紅は萃香を抱き起こし、幾分の怒りを含ませながら話した。

「ちょっとちょっと、何をモタモタしてるんだい!?」
「私だって分からないよ!? 急に体に力が入らなくなって、それで……」
「何だって!? 何でそういう大事なことをもっと早く……」
「そんなこと言われたって……って、危ないっ!!」

萃香の視線の先で、てゐが思いっきり剣を振りかぶっていた。
傍目には隙だらけの剣だが、力を使い果たした鬼と、それを庇うのが精一杯の蓬莱人にはそれでも十分な脅威だった。
すんでのところで攻撃に気づいた妹紅は再び萃香を抱え、大きくその場から飛び退いた。
ブゥンッ、と大きな音を立てて、てゐの剣は虚しく空を切り裂く。

「死ニタクナイ、死ニタクナイ……ダッタラ、殺サレル前ニ……」

何かにとり憑かれたかのように、ブツブツとうわ言を呟くてゐに言いようの無い恐ろしさを感じ、萃香に寒気が走った。
さっきのこいしと違った方向に、この兎もまた狂ってしまったのではないか、もう手遅れなのではないか、と。

妹紅は妹紅で、萃香を護りながらてゐと戦うことは困難であった。
ただ叩きのめすだけならまだ楽だったのかもしれないが、殺さずに無力化するというのは思った以上に難しい。
まして、今のてゐはちょっとした刺激で爆発しかねない危険物も同然である。
慎重に慎重を期するべき相手に、力を失った萃香が思わぬ枷として妹紅にのしかかってきた。

それでも、妹紅は殺さずにてゐを抑え込むことを諦めなかった。
輝夜のことに関して、改めててゐに問い質したかったということもある。
だが、萃香と違い、妹紅はまだてゐにこちら側に戻ってこられるのではという淡い期待感を抱いていた。
それは萃香よりもほんの少しだけ長く、てゐと行動を共にしていたということに依るものであった。

(とはいえ……ちょっとこの状況は厄介だね……)

遮二無二斬りつけてくるてゐの猛攻をかわしながら、妹紅は打開策を練る。
自分の持つフランベルジェや、萃香の取り落とした火掻き棒なら剣を防ぐことは出来そうだった。
だが、小脇に萃香を抱えながらの状態では片手しか使うことが出来ない。
両の手に白楼剣を握りしめ、全力で斬りつけてくるてゐの剣を防ぎ続けるのにも限界がある。
ウェルロッドを撃とうにも、銃の腕が優れているわけでもなく、下手をすればそのままてゐを射殺してしまいかねない。

(とにかく、まずは態勢を立て直さないことには……!)

防戦一方の状況を打破するために、妹紅は空いている方の手で炎を生成した。
霊夢との交戦で一時は簡単な妖術を使う力さえ失っていたが、それが幾分回復していることに妹紅は安堵した。
すぐに気を取り直した妹紅は、生成した炎をてゐの足元めがけて放った。
この炎一発でどうこう出来るとは考えていない、所詮これは態勢を立て直すためだけの牽制の一発。
少なくとも妹紅はそう考えていた。

だが、炎を放たれた側のてゐにとって、それは牽制以上の意味を持ってしまった。
疑心暗鬼の念に囚われ、誰彼構わず殺されるかもしれないという恐怖に苛まれている現状。
そこに加え、原始のトラウマである炎が向かってきたのだ。
もちろん、そんなことは妹紅が知る由もないことだった。

「ヒッ……!!」

事情を知らない者が見れば、ちっぽけな炎を大袈裟に体をよじって避けたように見えるかもしれない。
だが、完全に錯乱してしまったてゐは必死だった。
死にたくないという思いと、トラウマを目の前にした恐怖、そんな感情がない交ぜになったてゐが取った行動は……



「あっ……!! ちょっ、ちょっと待てよ!!」

呼び止める妹紅と萃香に背を向け、泣き叫びながらその場から逃走する事であった。



【D-4 人里 一日目 夜】

【因幡てゐ】
[状態]重度の混乱状態、中度の疲労(肉体的に)、手首の擦り傷(瘡蓋になった)、右耳損失(出血)
[装備]白楼剣
[道具]基本支給品、輝夜のスキマ袋(基本支給品×2、ウェルロッドの予備弾×3)
    萃香のスキマ袋
    (基本支給品×4、盃、防弾チョッキ、銀のナイフ×7、ブローニング・ハイパワー(5/13)、MINIMI軽機関銃(55/200)
     リリカのキーボード、こいしの服、予備弾倉×1(13)、詳細名簿、空マガジン×2)
[基本行動方針]死にたくない
[思考・状況]
1.死にたくない、死にたくない……
2.火怖い、火怖い……

※重度の混乱状態にあります。時間が経てば落ち着くかもしれません。
※てゐがどの方角に逃げ去ったかは、次の書き手の方にお任せいたします。





あっという間に逃げてしまったてゐを、二人はただ見送ることしか出来なかった。
すぐに夜の闇に消えてしまい、それ以上追いかけることは困難であった。

「ど、どうするんだい……」

呆気にとられながら、萃香が言った。

「どうする、ったって……」

妹紅はさらに何が何だか分からなかった。
萃香はいきなり力を失ってしまい、てゐはいきなり錯乱してしまった、どちらも妹紅の理解の範疇に無かった。
不変の体を持っていたが故に、物事の急激な変化についていくことが出来なかったのかもしれない。

「とにかく、あのまま兎を放っておくわけにはいかないよ。
 出くわした誰かが斬りつけられるかもしれないし、何よりあいつ自身が一番危ない」

萃香はてゐを止めるつもりだった。
みすみす見逃して、てゐの手によって誰かが命を落とすことも、てゐ自身が命を落とすことも、萃香は許せなかった。
しかし――

「気持ちは分かるけど……今のあんたの体で何が出来るってんだい?」

妹紅の言葉に、ぐうの音も出なかった。
何故かは分からないが、今の自分にはあるはずの力が無い。
護れるもの全てを護ってみせる、そう誓ったはずなのに、今は逆に護られる立場に甘んじてしまっている。
その為に、関係ない他人でさえ命の危険に晒してしまう、そんな危険を放逐することさえ許してしまった。

「くそっ……!!」

悔しさに体を震わせ、拳を地面に叩きつける。
それさえ、力が籠もらずに力なくペシッという音を立てることしか出来なかった。

「……行こう、紅魔館へ。まずはにとりとレティと合流して、それから先のことはみんなで考えないか……?」

妹紅が促すと、萃香は力なく頷いた。
先ほどまで燃えさかっていた民家の炎が、徐々にその勢いを衰えさせていく。
萃香の心もまた、その炎のように力の無いものへと変わっていくようだった。



それから、二人は黙々と静葉とこいしの死体を近くの草むらへと隠した。
妹紅が、静葉の服を脱がせて萃香へと手渡す。
護れなかった負い目から、萃香は彼女の服を受け継ぐことを一度は拒否したが、妹紅に押し切られる形で渋々それを着込んだ。

「なかなか似合ってるじゃないか」

妹紅が軽口を叩く。
萃香もほんの一瞬だけ笑みを浮かべたが、それはどこか寂しそうな笑みで、すぐにまた元の表情に戻ってしまった。

(弱ったね、こりゃ……)

すっかり落ち込んでしまった萃香を励ます言葉を見つけられず、妹紅もまた伝染するように落ち込みつつあった。
人との関わりを意図して断ち切っていた時期が長かっただけに、こういう時にどう振る舞えばいいのか分からなかった。
自分もまた無力な存在であることを改めて思い知らされる格好になってしまったのである。



鬼と蓬莱人。
本来、幻想郷でも屈指の力を持つ二人。
だが、彼女達もまた自分たちの拠り所である力を喪い、その道を見失いつつあった。



てゐ、萃香、妹紅。
寄る辺を失った三人の少女の迷走劇は、始まったばかりである。



【D-4 人里 一日目 夜】


藤原 妹紅
[状態]腕に切り傷、妖力小程度消費(あと2時間程度で全快)
[装備]ウェルロッド(1/5)、フランベルジェ
[道具]基本支給品、手錠の鍵、水鉄砲、光学迷彩
[基本行動方針]ゲームの破壊、及び主催者を懲らしめる。「生きて」みる。
[思考・状況]
1.萃香と紅魔館に向かい、にとり達と合流する。
2.守る為の"力"を手に入れる。
3.てゐを探し出して目を覚まさせたい。
4.無力な自分が情けない……けど、頑張ってみる。
5.輝夜が操り人形? 本当だろうか……?

※以前のてゐとの会話から、永琳が主催者である可能性を疑い始めています。


伊吹 萃香
[状態]疲労、銃創(止血)、胸にごく浅い切り傷、血液不足、妖力0(あと6時間程度で全快)
[装備]歪んだ火掻き棒、静葉の服
[道具]なし
[基本行動方針]命ある限り戦う。意味の無い殺し合いはしない。
[思考・状況]
1.無力な自分に絶望。鬼の誇りを失いつつある状態。
2.妹紅と紅魔館に向かう。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す。
3.仲間を探して霊夢の目を覚まさせる。
4.てゐを探し出し、他の参加者への脅威を排除したい。
5.酒を探したい。

※密の能力の使いすぎで力を使い果たしました。銃創は塞がっているので、命の危険はありません。
※美鈴の気功による自然治癒力の上昇も、その効果が切れました。
※永琳が死ねば全員が死ぬと思っています。
※レティと情報交換をしました。


※民家の火事は収まりつつあります。中にあったルナチャイルドの死体は焼けました。
※民家の近くの草むらに静葉とこいしの死体が安置されています。共に服の無い状態です。

140:第三回放送 時系列順 142:It's no use crying over spilt milk
140:第三回放送 投下順 142:It's no use crying over spilt milk
129:酒鬼薔薇聖戦(後編) 藤原妹紅 151:これからの正義の話をしよう
129:酒鬼薔薇聖戦(後編) 因幡てゐ 148:乾いた叫び
129:酒鬼薔薇聖戦(後編) 伊吹萃香 151:これからの正義の話をしよう

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最終更新:2010年11月24日 22:08
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