許容と拒絶の境界

許容と拒絶の境界 ◆TDCMnlpzcc




走って、走って、走り続ける。
木の根を飛び越え、藪を抜けて、逃げ続ける。
転んでも起き上がり、走り続ける。
目的地なんかない。

「追いかけてくる」

悲鳴をこらえた喉から、絞り出すように声を出す。
後ろでは、自分を呼ぶ声が響く。

落ち着いて聞くと、後ろの声にはあまり悪意がこもっていないようにも聞こえる。
しかし、今の因幡てゐにはそれを感じ取る余裕はなかった。
とにかく、逃げ続けた。

ずいぶんと長く逃げ続けて、気づけば足が止まっていた。
足が重い。
疲れた。
もういいだろう。




足を止めると、少し夜風で頭が冷えてくる。
そして、一人でいることに気づく。

当たり前だ。とにかく皆から逃げてきたのだ。
誰かが周りにいるはずはない。

「これで逃げ切れた」

つぶやいた言葉に反応する声はない。
周りに誰もいないことは安全である証拠。
自分は逃げ切れた。
また、逃げた。
そしてまた一人になった。

本当にこれでよかったのだろうか?




痛いなあ。
よく見ると足にけがをしている。
どこかで切ったのだろう。
たらたらと血が流れている。

もっとも、治療の必要はなさそうだった。
ぷんと血の匂いがあたりに広がっている。

がさがさ。遠くで茂みが揺れた。


これから私はどうするのだろう。
また逃げだすのか?
また裏切るのか?
裏切る相手もほとんど残っていないだろうに。
自分が生き残れる可能性などほとんどないだろうに。
このままだと、あの時のように、一人さびしく死んでいくだけではないか?

逃げだしたことを少し後悔した。
もしあのままあそこに残って説明して
もしあそこで誰かがかばってくれて
もし誰かが許してくれて
そうだったらよかったのに。

いや、これは逃げた後だからこそできる後悔だ。
殺される、それも少し心を許しかけた相手に。
それはきっと一人ぼっちで死ぬよりはつらいことだから。
そう思ったからこそ自分は逃げ出したのだ。

つらいけど、殺されるよりはましだった。
あそこで死んでいたら、このようなことを考えることすらできていないのだから。

がさ、がさがさ。
今度は近くで茂みが揺れた。

「・・・にお・・・・てゐ・・・・・ち・・」

え?
だれか近くにいる。
どうして?
それにこの声は・・・

「てゐ?近くにいるだろ」

近くの木立から声を受けて、立ち上がろうとする。
でも足が立たず、逃げ出せなかった。
走りすぎて、動ける状態じゃない。
それにしてもなんでここがわかったのだろうか?


「見つけた!!!」

目の前にきれいな羽が現れた。
フランドール・スカーレットの手には飛び道具が握られている。
不思議と恐怖は湧かなかった。もう感情が麻痺しているだけかもしれないけれど。

「てゐさん」

今度は東風谷早苗か、みんな集まってきたわけだ。
さて、どう料理されるのか。

自分が見つかった理由はよくわかっている。
血だ、血をたどられた。

ただの人間を相手にしているのとはわけが違ったことを忘れていた。
吸血鬼。
相手に血に関するエキスパートがいることを知りながら、血のにおいを消すことを忘れていた。
もっとも、けがをしていることに気付いたのはついさっきで、対策の立てようはなかった。
その傷からはいまだに血が滴っている。
その匂いは私にも嗅ぎ取れる。
もしかしたら、鼻のいい人間にも追跡はできたかもしれない。

「あんまり走ると風邪をこじらせるわよ」

少し遅れて、あとの二人も到着した。
霧雨魔理沙の手には、自分が渡した銃が握られていた。
重そうに、ふらふらと持ち運んでいる。
皮肉なものだ。
自分の渡した武器で殺されるかもしれないとは・・・

目の前に四人が集まった。



「てゐさん」

私の騙した人間、東風谷早苗がこちらに歩み寄る。
なにをされるのだろうか?
疲れ切った頭で考える。ふと、痛い死に方はいやだな、と思った。
私は死にたくなかった。しかし、死を免れるすべは見当たらない。

かちゃ。

後ろの八雲紫が警戒の目で私の手元を見つめた。
気付けば私は早苗に銃を向けていた。
恐怖に襲われた兎の無意識な抵抗。
だが、早苗はそれを気にすることなく近づく。
そして・・・・


「ケガ」
「?」
「怪我しています。止血しないと」

人間の手が、降りてきて、私の足を抑えた。
それは危害を加える手じゃなくて・・・・

「なんで怒らないの?」

早苗の手は、私の構えた銃の下で動き続ける。
布を足に巻きつける。

「私はあなたを騙したのに」

しばらく、誰もしゃべらなかった。
そして、すっと手が差し伸べられた。

「私たちはあなたがなぜ騙したのかが知りたいだけです」

手から拳銃が滑り落ち、代わりに暖かい手に包まれた。

「私は騙されたことは気にしていませんよ」

それは思いもよらない人物からの許しの言葉。
因幡てゐの心は少し、ほんの少し揺れた。

「てゐさんはパチュリーさんを本当に殺すつもりだったのですか?」

殺すつもりはなかった。
思い返せばあの魔女を殺してしまったのは事故だった。
言い訳をすれば、助かるかもしれない。
でも、言い訳をしたところで、また嘘をつき続けるだけかもしれない。
それに、どうせ私は東風谷早苗を殺すつもりで武器を構えたのだ。
同罪だ。殺そうと思っていなくとも、引き金を引いた指には殺意がこもっていた。

「あなた、私にも話をさせて」

フランドールが一歩前に出た。
こちらを見つめる目は、いつものように紅く染まっている。
てゐにはその眼を見つめられなかった。
目を伏せて、出る言葉に耳を澄ました。

「全部話して、パチュリーを殺したことから、全部、何もかも」

そして私は、口を開いた。



長い、しかしたった一日の経験談が終わり、静かになった。
座り込んだてゐに話しかけるものはいない。

許してもらえるとは思っていない。
でも、目の前の四人から殺意は感じられなかった。
ここに漂っている空気は虚無感だけ。
あらためて話して思った。
こんな殺し合いがなければ、何も起きなかった。
まさか、紅魔館の魔女を、恨みもない魔女を殺すことなんかなかっただろう。
なんでこんなことになったのだろう。


「私はもとよりあなたと関わりはないけれど、いくつか質問してもいいかしら?」

八雲紫が無表情で尋ねてきた。
てゐは無言で了承する。
ほかの三人は何もしゃべらない。

「あなたが死ぬのを見届けた蓬莱山輝夜は人形だったの?」
「そんなはずはないと思うけど、月の科学力は進んでいるから」

「八意永琳にはまだ会っていないと」
「さっき話した通りだよ」

「古明地こいしは死んだのね」
「目の前で見たから、それは事実」

「今、人里に死体があるのよね・・・」
「どっちの?」
「どっちも、特にお姫様のほうかしらね。興味があるのは」

八雲紫はてゐがもう仲間であるかのように振る舞っていた。
それが仮の対応だったとしても、てゐには救いだった。
そこで、うーんとうめき声をあげて、魔理沙がこちらを見た。

「私には決められない。決めるのはフランと早苗だ」

ほらよ、と黙り込んだフランの肩を叩く。
反応がないのが不気味だった。
私は・・・と早苗が顔を上げた。

「私は、てゐさんに復讐したいとは思いません」

私は特に怪我をしませんでしたし・・・。
早苗は笑顔で付け足した。
私の心には、その笑顔が痛かった。

フランドールは黙りこくって、立ち尽くしている。

「・・・・」



どうすればいいのだろうか?
私は生きたいと思った。
しかし、それ以上に、許してほしいと思った。
目の前に与えられた、仲間という関係は、目の前の吸血鬼の判断次第で取り上げられる。
一人はさびしい。

「・・・・」

私はどうしたらいいの?




「ごめんなさい」

周りが、えっと声を出した。

「本当にごめんなさい」

それは、自身の行為の独白を続けてもなお、妖怪兎の口からでなかった言葉。
そして、それを口に出したのは・・・・

「守ってあげられなくてごめんね、パチュリー」

プライドの高い吸血鬼、フランドール・スカーレットだった。




「私はさ、お姉さまみたいに器用に怒れないよ」
「フラン、お前・・・」

唖然とした皆の前で、フランドールは頭を垂れた。

「許してね」

そして、顔を上げた。
こちらを、紅い瞳が見つめる。

「私が許すとか、許さないとかじゃないと思う。
 パチェリーが許すか許さないかだと思う。
 だからさ、私はてゐをどうしようとも思わない。
 もとから私がどうこう考えることですらないと思う」

言い切った言葉は、まっすぐだった。
はっとして思わず、私は下を向いた。
そして、周りに見えないように笑う。
自分自身を嗤った。

数千年も生きてきて、数百年しか生きていない吸血鬼に劣っていたとは。
力はともかく、それ以外で劣っていたとは。

私なんかより、こいつのほうがいい奴だよ。賢いよ。

「私は・・・・」

私がやるべきことは最初から一つしかなかった。
一つしかなかったのだ。

「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

先ほどの、吸血鬼の言葉の丸写し。
でも、この場にはそれが一番似合った。

「ごめんなさい」

なんだか涙が出てきた。
視界がぼやけて、灰色に染まってゆく。

最後に人前で、嘘泣きでなく本気で泣いたのはいつのことだっただろうか?
久しぶりの、涙だった。



少し時間がたった。

「まあ、涙をふきなさい」

八雲紫の声で私は顔を上げた。

ああ、私は泣いていたのか。
その事実を思い出し、苦笑する。
年甲斐にもないことをしたものだ。

手で目をこすり、涙をぬぐう。
眼病にならないといいな、ふと思う。
しみついた健康への執着が戻っていた。

「私は何もしないけど、お姉さまはわからない」

フランドールがつぶやいた。
その通りだ。私が謝るべき相手はたくさんいる。
人里においてきた二人はどうなったのだろうか?
わからない。



「まあ、レミリアも分かってくれる。わかってくれなかったら私が分からせる」
「ありがとう」

魔理沙が力強く言った。
でも、誰かの手を煩わせるつもりはなかった。
謝って、謝り通してやる。
許してもらうまで土下座して、謝って、罪を償おう。

私は生まれ変われるかもしれない。
すくなくとも、今、私の中で何かが変わった。

「ほら」

寄ってきたフランドールが、手を差し伸べる。
何をする気だろうか?

「えっ?」

私は思わず、竦んだ。
そんな私とフランドールを見つめる4人分の視線。

「仲直りの握手」
「フランドール・・・」
「フランでいいよ」

それはとても平和で、心地よい世界だった。
もう二度と味わえないと思っていた世界。

目の前のフランはとても優しくて、だから、死なせたくなくて・・・
私はフランをつかみ、地面に引きずり落とした。


そして、乾いた、汚れた、忌々しい音が鳴り響いた。

そして、音よりも早く到達した何かが・・・・


私の体を貫いた。





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最終更新:2011年07月11日 23:05
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