死神による夜想曲◆TDCMnlpzcc
放送直後の人里。
小野塚小町の目の前には八意永琳の死体がある。
彼女がこの死体を見つけたのは偶然ではない。
少し前まで人里に響いていた銃声、戦闘音。
それにつられて向かってみた先で、彼女が見つけたのがこの死体だった。
その顔は、表情は血と髪にまみれてうかがい知ることはできない。
真っ白だった髪は赤く染まり、流れ出た血はそれだけでは収まらず、地面に広くしみこんでいた。
あたりにはひどい血のにおいと、火薬特有の焦げたにおいが漂っていた。
月の頭脳と呼ばれた女は、今では力の抜けた、ただの死体でしかない。
主催者として扱われて、彼女はいったいどのように行動したのだろうか?
彼女は自身の主のために何をしたのだろうか?
長い人生の終わりに、何を思ったのだろうか?
小町には思うことがたくさんあったが、そのすべてを口に出すのは止めておいた。
彼女のことをよく知っているわけではないが、そんなのを死者に聞くのは野暮というものだ。
「あたいがこいつの担当だったなら、話を聞くために三途の川をめいっぱい引き延ばしてやるところだけれど……。今のあたいはむしろ送られる側、まあ、あんたについた死神がましなやつだといいねぇ」
閻魔でさえこんなゲームに放り込まれている今、三途の川がまともに機能しているのかは分からない。
これから幻想郷はどうなっていくのだろう。
膨れ上がる死者に、小町は気をやみながら、それでも真剣に八意永琳の体を扱った。
(頭部の側面に一発。自殺か奇襲かねぇ)
まだ人里には古明地さとりもいるはずで、四季映姫を失っても、なお動きを止めるわけにはいけない彼女は、
地霊殿の主を保護しようと動いていた。
彼女の護衛対象で残っているのは三人。
八雲紫、古明地さとり、博麗霊夢。
もともと五人いたはずの対象は、たった一つの放送で三人にまで減ってしまった。
八雲紫を除いた面子とはすでに出会えている。
そして、彼ら個人の実力やその場の状況で護衛を行うことをやめていた。
もしかしたらそれが失敗だったのかもしれない。
人数は減るのに、死者は減らない。
その点は構わないのだが、守るべき実力者までこの調子で死なれては、あと半日で詰んでしまう。
小野塚小町は焦り始めていた。
その足がかすかに震えている。
普段の彼女をよく知るものなら、そこまで焦る彼女を珍しいものだと目を見張るだろう。
「横にいる鬼は……さとりといた奴で霊夢が相手していたはずだろ。これは霊夢がここにいたってことかな?」
今までがむしろ余裕過ぎたのかもしれない。
特に、護衛対象が半分を切ってもなお脱落していない状況が、その余裕に拍車をかけていた。
実際、普段の幻想郷で小町が守ろうとしている相手を倒せるものはほとんどいない。
しいて言えば、博麗の巫女で、それ以外はよほどのことがない限り、この殺し合いの参加者では殺せないはずだ。
しかし、それはこの殺し合いの場では関係がない。
現に小町も、武器次第で神さえ殺せることを目の当たりにし、さらに護衛対象の実力者を銃で圧倒することができた。
この制限が課せられた世界。
あのスキマ妖怪なんぞ、ただの知恵が回る……一介の少女でしかないかもしれない。
もっと前から危機感を抱くべきだったのだろう。
たとえば、四季様の姿を捕えたとき、無理にでもついていけばよかった。
回避できたはずのミスが、小町の精神をむしばんでいる。
あの時、こうしておけば。
余計な後悔こそが、次のミスにつながりかねないことが分かっても、止めるのは難しい。
そして、さらに小町の信念を邪魔する雑念もあった。
それは放送中からずっと、静かに彼女の中でくすぶっていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
放送が始まる直前。
小野塚小町は銭湯を出て、ほとんど当てもなくさまよっていた。
風呂へ入り、あったまった体は急速に冷えてゆく。
もう深夜、あたりはそれなりに冷え込んでいる。
小町に行く当てがないわけではなかった。
一応、目標は先ほどの戦闘を見に行き、何が起こったかを確かめること。
急ぎ足で、素早く歩みを進める。
その表情は硬く、今まで以上に余裕をなくしていた。
自分の身を守るため、あたりの民家に目を凝らし、潜伏者がいないことを確認しつつ、さらに遠くの音へと耳を澄ませる。
空には星が出ていたが、彼女にはそれらを見て、なごむ余裕はない。
もし四季映姫がこの様子を見ていれば、普段の仕事とのギャップに驚き、感心したかもしれない。
まあ、それは二度と起こりえないはずのことなのだが……
小野塚小町は銃を握り直し、的を探して突き進む。
そんな中、放送が始まった。
放送の内容を、小町は最初過小評価していた。
せいぜい前回より少しばかり多く情報が与えられる程度にしか思っていなかったのだ。
それゆえに、放送の何か所かで彼女は驚きを隠せず、声も漏らした。
(八意永琳は主催者じゃない。まあ、あたいの方針には関係ない)
(四季様だけでなくて、西行寺のお姫様までとは……いよいよ余裕がなくなってきたな)
(十三人、このペースで死なれちゃ都合が悪いじゃないか)
(禁止エリアは三時からE-3、六時からD-2。あんな言い方をするところを見ると、誰か首輪を爆発させたのかねぇ。あたいも気を付けないと)
そして、
――生き残った一人には、僕のできる限りの望みをかなえてあげることを約束する。――
とんでもない宣言までもが、主催者の口から飛び出した。
「え!?どういうことだい?」
小町は驚きで口を開けた。
もしかしたら、もともと権力のある妖怪、生き残り方に信念のある人妖は、そんな約束に興味を持たなかったかもしれない。
しかし、自身が生き残りたいわけではなく、純粋に“願い”をかなえるために頑張っている小町には、もし本当ならありがたい話だった。
いまさらだが、小町の方針は幻想郷の賢者、実力者を守り、幻想郷を守るのが目的だ。
つまり……
(最悪、あたいが閻魔の力を得て、幻想郷を守ることができるってことかい。これは喜ぶべきことかねぇ)
幻想郷でも周知の事実となっている通り、小野塚小町には野心が少ない。
せっせとまじめに働いている死神たちとは、比べ物にならないだろう。
彼女がここまで不真面目なのは、仕事が嫌いだからではなく、今の仕事に満足してきたからである。
満足してしまえば、人間も死神も多くは求めない。
小町にとって必要だったのは今までどおりに仕事を続けることだった。
(無理無理、あたいには閻魔様なんか勤まらない)
ふと湧き出てきた、あまりにも破たんした発想に、小町は頭を横にふった。
まず、主催者が約束を守る律義者とは限らない。
使うだけ使って、ぽい、と捨てられるのが落ちかもしれない。
(それに、あの映姫様を見ていたら、やる気なんておきないよ)
毎日、これでもかという数の死者をさばく閻魔。
その難しい采配と選抜の厳しさゆえに、数は少なく、不足している。
(あたいは四季様にはなれない)
そう、そしてその四季映姫は死んでしまった。
ついさっき見た、少し脱力した、死体特有の緩んだ笑顔を浮かべた生首が脳裏に浮かびあがる。
小町は思い出した映像を忘れようと、頭を抱えた。
しかし、すぐに無防備な自分に気付いて飛び起きる。
「こんなんじゃ、今まで殺した皆に面目が立たないねぇ。やっぱり、もう少しがんばらないといけないな」
普段のように軽くつぶやき、思考を違う方へ持っていく。
夜風に当たって頭を冷やす必要を感じ、小町は視線を周囲に向けつつ立ち止まった。
無意識に遠くを眺めていた小町は、そこで二人分の死体を見つける。
そして、それが最初につながった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
もしも自分が生き残れたら、次の閻魔を何年も待たず、幻想郷も安定させられるかもしれない。
突飛で、めちゃくちゃな考えだが、論理的にはなんら問題はない。
それゆえに、それは小町の心に影を落とす。
(あたいにそんな大役が務まるわけない。やめやめ、そんなことを考えても無駄だよ!)
張りすぎた緊張は、その程度を弱めようと打開策を提示してくる。
自身が優勝して幻想郷を治める。自信も根拠もない計画だ。
しかし、小町は最後の手段として頭の中に収めた。
それがこれからどう出るのかはわからない。
(今はなにがなんでも護衛対象を守らないといけないな)
死体を前に、考える。
(とりあえず、積極的に護衛する方針に変えないと。気が付いたら全滅、なんてことになったらお笑い草だからねぇ)
そうと決まればいくつか取りうる選択肢がある。
その中で最も効率がいいのは、近くの誰かに接触して、護衛対象なら守り、違ったなら殺すというもの。
要は、今までどおりにやればいい。
ただ、ちょっとばかし必死に動く必要がある。
「自分の身はあまり気にしないぐらいに動いた方がよさそうだねぇ」
最後の言葉は誰ともなしにつぶやいた。
答える声はないが、自身の決意は固まった。
小野塚小町はしばし立ち止まっていたが、すっと顔を遠くに向けると、死体に踵を返して歩き去る。
その足には迷いはなく。
その視線の先には、光を放つ寺小屋があった。
【D-4 人里の外れ 二日目・深夜】
【小野塚小町】
[状態]万全
[装備]トンプソンM1A1改(41/50)
[道具]支給品一式、64式小銃用弾倉×2 、M1A1用ドラムマガジン×5、
銃器カスタムセット
[基本行動方針]生き残るべきでない人妖を排除する。脱出は頭の片隅に考える程度
[思考・状況]
1.生き残るべきでない人妖を排除し、生き残るべき人妖を保護する
2.遠くの寺小屋が光ったので、様子を見に行く
3.再会できたら霊夢と共に行動。重要度は高いが、絶対守るべき存在でもない
4.最後の手段として、主催者の褒美も利用する
最終更新:2014年11月04日 21:38