All things are accepted there.Even if it is inconsistency. ◆TDCMnlpzcc
こんもりと茂った木々を抜けてゆくと、月面探査車は人気のない小道へと出た。
瘴気のこもった魔法の森とごく普通の人里への小道、二つの間には違和感なく佇む道具屋があった。
その中からは人間でも嗅ぎ分けられる、確実な死のにおいがただよう。
中に入れば新たな発見もあったかもしれないが、車に乗る四人はそこで立ち止まることなく進み続けた。
彼女たちには、さほど自由な、無駄に使える時間はなかった。
はるか昔と思える日常、気難しい店主のいる道具屋に顔を出すことはもうできない。
あまりに短い時間で、私たちは変わってしまったのだと、霧雨魔理沙は思い、眼を伏せた。
「紫、そっちの解読はどうだ?何かわかったのか?」
「ええ、いろいろ思いだしてきたわ。もう少し経ったら分かりやすくして話すから待っていなさい」
「少なくとも人間に分かる程度の分かりやすさにしておいてほしいな」
「これでも幻想郷の賢者よ。期待は裏切らないわよ」
運転している東風谷早苗の横、通常の来るまでは助手席として扱われるそこで、八雲紫は食い入るように文書へ眼を落していた。
その様子を
フランドール・スカーレットが奇怪なものを見るように眺めている。
「もう神社を出て随分経つのに、良く集中力が持つのね。私だったら二回は寝ているわよ」
「・・・・・・」
「ちょっと無視することないじゃない!!」
「あんまり邪魔をするのはやめようぜ」
「うん・・・」
むっとして口元をゆがめたフランドールを、魔理沙が止める。
さらに何か言おうとしたフランドールは、文書を見つめる紫の真剣すぎる目を見て、思わず黙り込む。
ほとんど付き合いのないフランドールにも、その必死さはひしひしと伝わってくる。
集中している紫の周りは、夜とは思えない熱気を保っていた。
「魔法の森を抜けましたので、もうすぐ人里です」
「そ…そうだね」
しらけた空気に押されて、東風谷早苗は口を開いた。
最初こそ、ぎこちなかった運転だが、今では昔から乗っていたかのように乗りこなしている。
運転がうまくなるのに比例して、周囲の危険を確かめ、話をすることも楽になってきていた。
運転から意識が外れると、今度はうっすらと汗のにおいが漂う衣服が気になってくる。
周りの三人に気付かれないように鼻を寄せ、思ったよりにおわないことに安心した。
安心はしても早苗も乙女。
丸一日湯船につかってないことを思い出し、つぶやく。
「人里についたらお風呂に入りたいですね」
「さすがの私も気になってきていたな。銭湯にでも行こうか?」
「銭湯?」
頭をかしげるフランドールに、魔理沙が教えると、その目が輝いた。
今まで聞いたこともなかったのかもしれない、好奇心に胸を躍らせている。
「なにそれ、行ってみたい!!」
「フランさんの肌、白くていいなぁ。髪の毛、きれいに洗ってあげますよ」
後ろを振り返り、髪の毛を触る早苗をよけるようにしてフランドールが立ち上がった。
よけられた早苗の手が、残念そうに宙を舞う。
「吸血鬼は太陽に当たれないの。白いのはしょうがないでしょう」
「早苗の肌も大概だと思うがなあ」
「むむ、よく見たら私以外みんな金髪じゃないですか」
「早苗、よそ見運転」
さすがの紫も顔を上げ、苦笑する。
区切りがよかったのか、そのまま文書を閉じて袋から食べ物を取り出した。
「妖怪の賢者の貴重な食事シーンかな?」
「あなたたちも食べておきなさい。食べないと頭は回らないわよ」
紫は、軽口をたたいた魔理沙に自分の袋から食べ物を押し付け、黙らせた。
あまりおいしそうには見えないな、魔理沙は心の中で思いながら、流し込むように食らう。
紫はそのまま、運転中の早苗にも食べ物を差し出した。
おばあちゃんみたいなことを、と口に出したら殺されてしまいそうなことを思い、魔理沙は勝手に笑う。
「血液、ないのかな?」
「近くに二つほどあるでしょう。純粋な人間が二人」
「紫、冗談きついぜ」
「あら……」
先ほどの仕返しとばかりに、魔理沙をフランドールに押し付ける紫。
しかし、魔理沙の翳りのある笑顔に気付き、顔を曇らせた。
考え直してみれば、魔理沙はもう純粋な人間ではない。
意外と繊細なのね、と紫は思い、同時に少し、何かを思いついた。
「どうしてもというなら、私の血を差し上げましょう。現人神の高級品です」
「今はいいよ。そこまでおなかはすいていないから」
「いざという時は私を吸血鬼にしてもいいですよ。かっこよさそうですし」
「あはは、考えておくね」
話をつづける二人に対して、紫は黙り込み、目を閉じた。
終わりのない話を打ち切るために、魔理沙が口を出す。
「当座の目標は、お風呂ってところだな」
「着替えも用意できるといいですね」
「こんな機会だし、私は人里を見て回りたいな」
「まあ、行ってみてのお楽しみだぜ。それにしても、お前らは少し気楽すぎるな」
「それくらいがいいのですよ。きっと」
はるか遠く、道の先に見えてきた人里を指して、早苗が言う。
まったく能天気すぎるぜ、口の中でつぶやき、魔理沙は空を見上げる。
星々のちりばめられた天空が、四人を見下ろしていた。
ざわざわと横の茂みが鳴る。
風のいたずらか?
まさか今襲われたら一貫のおしまいだな、と思いながら横を警戒する。
私もまだ死にたくはない。
霊夢を止める仕事も残っている。
そういえば……
「レミリアの奴は何をしている?誰も情報を持っていないぜ」
「そういえば、フランさんのお姉さまはまだ生きていました。何をしているのでしょう?」
「お姉さま?」
フランは手を頭に当てた。
魔理沙も少し考えてみる。
まず、生き残っている面子で、いったいどれぐらいが殺し合いに乗っている連中だ?
さとり以外の八人みんなだったら救いようがないぜ。
私たちの当座の目標に、情報収集も加えたほうがいいかもしれない。
誰が敵で、味方か。
説得をするにしても、把握しておかなければ難しい。
少なくとも、サボタージュの死神と霊夢が黒なのはわかっている。
だが、それだけだ。
意外とまだ生きている人間とあまり接触していない。
まるで自分が死神だな……などと自虐的に考えてしまう。
スマイル、スマイル。前向きに考えないと私じゃないみたいだ。
一瞬、あたりの風が強くなり、皆が黙り込む。
その絶好のタイミングをうかがい、紫が口を開く。
「ちょっといいかしら」
「どうした?」
「一応報告しておくべき情報があるわ。
レミリア・スカーレットのことも併せて」
「急に……なに?」
「落ち着いて聞いてちょうだい」
紫は、いくつかの断片的な情報を話し始めた。
途中から、その難しい、歯切れの悪い、婉曲な言い方にフランがめげ、魔理沙が内容をまとめなおした。
―――――――――――――――――――――――――――――――
- リリカ・プリズムリバーは四回放送前に博麗神社を訪れている。
- レミリア・スカーレットと十六夜咲夜は殺し合いに乗っている。
- リリカ・プリズムリバーは手傷を負わされた。
- レミリア達は紅魔館周辺にいた。
※リリカ・プリズムリバーは
第四回放送以前に亡くなっている。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「こんなところか。なんでこんな情報をお前が持っている?」
「書置きがあったのよ。神社にね」
疑いの目を向ける魔理沙に、紫は目をそらして言う。
本当は言わないつもりだったのよ、続けてささやく紫に、早苗が眉を曲げる。
「どうして教えてくれなかったのですか?信用されていない……」
「そんなことはないわよ。ただ、この情報は信じない方がいいわ」
「だれでも偽装できるから?」
「その通り」
自信なさげに口を出した魔理沙の手を叩き、紫が肯定する。
「だれか恨みがある人物が、この内容を書き残したかもしれない」
「あとは主催者とか?」
「それもありうるわね。いや、それはないかしら?
とりあえずこの情報は鵜呑みにしないでちょうだい。忘れてしまっても構わないわよ。ノイズになるだけだから」
「でも、本当かもしれない」
うなだれて、フランドールがつぶやく。
その顔に気付き、紫がフォローする。
「これの真偽はどうでもいいわ。もともとはあなたに伝えるつもりはなかったのだけれど・・・。
もしも彼女が殺意を持って向かってきたときには、あなたの力がいることになりますから」
「もしどんなことになっていようと説得すればいいだけですよ。私にまかしてください」
力強く言う早苗とは正反対に、フランドールの顔は曇ったままだった。
「私を400年以上閉じ込めていた相手なの。言うことなんて聞くかしら」
「私の言うことには耳を貸さなくても、妹さんの言うことになら耳を貸すはずです」
「この一日でフランもだいぶ成長したからな。耳に届くはずだぜ」
今度は運転席を離れて、早苗はフランドールの肩に両手をおいて宣言する。
「神様を信じてください。だいじょうぶですよ」
「……ありがと」
「まずは信用される運転をしてほしいものですわ」
自由になったハンドルへと手をかけ、暴走しかけた車体を捕えた紫が笑いながらぼやく。
その自然な笑顔に、魔理沙が驚いて目を見張る。
「成長したのはフランだけじゃなさそうだな」
「払った犠牲が大きすぎますわ」
「もう十分払った。これ以上犠牲を出す必要はないってことだな」
そこでだ、話を区切り、魔理沙が言う。
「お前はいったい何を見つけた?教えてくれよ」
気付いていたのね。
紫は再びあいまいな笑顔に感情を隠して、驚いた。
たかだか十数年生きた人間に自分の心が読まれるとは。
実際、文書を見て気付いた内容はそれだけ自分にとってショックだったのかもしれない。
プライドの高い、幻想郷の重鎮にとって、それは衝撃の内容だった。
でも、それより前に確認しておきたいことがいくつかある。
「魔理沙、あなたには蒸し返すようで悪いけれど、蓬莱の薬を飲んだのね」
「そうだ。飲まされた、という方が正確だけどな」
わざとためて、口をつぐむ。
「効いたのよね。まあ、今あなたがここに生きているのが証拠でしょうけれど」
「おいおい、その言い方はないだろう」
「魔理沙の言っていたことを疑っているの?」
心なしか、魔理沙をかばうように吸血鬼が口を開けた。
そんなことはない、と伝え、再度確認する。
「効いた。死ぬだろうという傷が一瞬で治ったみたいだったぜ。それがどうした?」
「でも、八意永琳と蓬莱山輝夜は死んだ。ついでに言えば今のあなたもそれほどの再生能力がないのよね」
「何が言いたいかわかってきたぜ」
「呑み込みが早いわね」
ぐっ、と握り拳をつきだし、自分の考えが正しいか頭を悩ませながらまとめている魔理沙を片目に、早苗は小首をかしげている。
「暗号みたいに言わないで、素直に教えてくださいよ」
「私も分からない。もっとわかりやすく!!」
不満を上げる二人をよそに、魔理沙の考えを聞く。
「つまり、主催者は私たちの制限をわりかし自由に緩められるのか?」
「そのとおりよ」
そのまま続ける。
「もし、常に制限がかかっているようならば、魔理沙が蓬莱の薬を飲んだとしても、大した回復能力を得られずに死んでいたはずよ。
二十秒間の驚異的な再生能力がなかった場合ね。でも、それはすぐに消えてしまった。
すでに不老不死のもの達が死んでいることからも明らかなことだけれども、今の魔理沙には死を逃れるだけの再生能力はないのよ」
演繹的に仮説を作り出していく。
「つまり、ね。主催者は自由に個々の制限を変えられるということになるの。
もしもこれが巨大な結界、つまりこの世界を覆っているような結界で制御しているだけならば、こんな器用な真似はできないはずですわ。
つまり――――」
口をつぐみ、三人がこちらを見ていることを確認する。
そのまま、手元の紙に書かれた文字を三人に見せた。
『首輪さえなんとかすれば、制限は外れるはず』
それが八雲紫の見つけた真実。
「ついでに言うと、体に埋め込まれた呪詛のようなものはなかったわ」
「さすがにそんなことをされたら、気づく奴らが大勢いるだろうな」
「つまり、そのような制限を課せられる手段は、この首輪にしかないはずなのよ」
蓬莱の薬だけが特別だとは思えない、そういったことも言いつつ、まとめる。
仮説ではある。だが、紫の言葉は正しく聞こえた。
だからこそ―――
「この内容、話して大丈夫なのか?」
当然、気になることではある。
だけれども。
「いまさら遅いわね。これだけの力がある相手よ。無駄なあがきをするのなら、細かい所は無視して、運に任せていかないといけないのよ。
もっと言えば、この内容は人里につく前に話しておきたかったのよ。 向こうについたら何が起こるかわからないですもの」
「もう私たちの方針なんてばれていますよね。それと、盗撮されているかもしれないから紙に書いてもあまり意味はないですし」
「まあ、本当に重要なところくらいは紙に起こしておいた方がいいかもしれないわ」
「私たちに何かあった時のため?」
少し不安そうに、フランドールが尋ねる。
紫は首を縦に動かすことでその疑問に答えた。
顔をしかめて、魔理沙が言う。
「あいかわらず発想がネガティブだな」
「真の賢者は自分が失敗したときのことも考えておくものよ。覚えておくといいわ」
「私は賢者じゃなくて魔法使い希望だな。特別派手な魔法使いで頼むぜ」
「それなら勇者、早苗さんに頼んでおいた方がいいと思うわ。いや、巫女だから僧侶かしら?」
「話が脱線していませんか?」
早苗の言葉で、本題へと復帰させる。
「最初に魔理沙さんが尋ねた、文書について教えてもらいたかったのですが……」
それを聞いて、魔理沙も同意した。
笑っていた顔をまじめに戻して、うなずく。
「いい加減、その文書。霊夢が何を書いていたかを教えてもらいたいな」
「私も気になる」
「いいわよ、ちょっと待ちなさい」
手を挙げて、制す。
もう一方の手で、手元の冊子を引き抜いた。
「かなり興味深い内容だったわよ。心臓によくない内容だわ」
「悪いが昔から心臓は丈夫でね。楽しみにしておくよ」
「なら、括目してよく聞きなさい」
「これが、真実よ」
博麗の巫女が残した文書は主に異変や事件についての項目で占められている。
紅霧異変から始まり
地霊殿での異変まで、博麗霊夢の所見と体験が書き記されていた。
出会った妖怪、主犯とその動機、人里への影響、その他もろもろ。
だらしない霊夢にしてはみっちりと書き込まれていることに、八雲紫は驚きを覚えた。
書かれていることの大半はもう理解しており、ななめ読みをしながら、気になる部分を抜き出すことに努めた。
春雪異変での主犯に対する考察と、自身に対する激烈な批判。
永夜異変における妖怪との協力の難しさをぼやく内容。
さすがに紫も苦笑いをしつつ、読み進めていく。
他人の日記を見るのは意外と気恥ずかしい。
その人間の性格、秘めた気持ちがあふれている。
もっとも、さほど裏表のない霊夢のこと、そこにはあまり驚くべきことはなかった。
今、この世界で殺しを続けているとは思えない、平和な異変の解決日記。
それを見て、紫も思わず、“昔の”幻想郷を思い出して懐かしんだ。
思い浮かべたのは最近の幻想郷だったが、気付かない間にその“最近”も遠くへ行ってしまった
もう二度と戻らない日常へ、静かに心をはせる。
失くしたのは親友、従者、その他たくさんの知り合い。
多くを失いすぎてしまった。
私だけでなく、それは霊夢も同じはずだろう。
もし、もし仮に霊夢が生き残り、もとの幻想郷に帰ったとして、この悲劇をどのように残すのだろうか?
今手元にある冊子には、どのような感情と、結果が書かれるのだろう。
純粋に、気になった。
私、八雲紫が生き残らなかった先の未来に、霊夢はどう生きていくのだろうか?
親友も、何もかもを殺して生き残った先の未来に……
永夜異変の次は、やはり大結界異変についての項目だった。
花の異変。あの時は結界が緩んで大変だったわね。
何気なく、読み飛ばしながら、霊夢の記述を追う。
原因、過程、結果……報告。
読み進めて、少し違和感を覚えた。
……何か。何かおかしな点がある。
どこなのかしら?
報告、そう、報告の部分が気になる。
すべての異変の記録は、報告で終わっていた。
どこに、誰に報告していたの?
その項目を一気に読み進める。
目当ての記述は、項目の一番後ろにあった。
『―――神主に報告した。以上を持って六十年周期の大結界異変の記述を終える。』
そこで、次の異変の内容へと移行している。
最後の記述には、神主とだけ記されていた。
どこかで、どこかでこの“神主”という言葉を聞いた気がする。
私は頭を悩ませる。
たしか、この一日のうちで聞いた覚えが―――
「楽園の素敵な神主。永琳に手紙を送った主催者のことだぜ」
「ええ、私もすぐに思い出したわ」
話を途中で打ち切った魔理沙に、少し疲れた笑みを返した紫は、ささやくように言った。
だいたい三十秒くらい悩んだかしら、言い訳がましくつぶやき、続ける。
「すぐに思い出せなかったのは情けなかったけれど、それまでの記述を読み飛ばしていたことの方が情けなかったわ。
もっとも、ゆっくり読む時間もなかったからしょうがないのだけれど」
「何か読み落としていたのですか?」
「つまり悪い奴が、博麗神社の神主だった、ってこと?」
「同時に聞かないでちょうだい。まあ、間違ってはいないわ」
同時にしゃべりだした二人に手を焼きながら、うつむき、紫はつぶやいた。
手元にあった霊夢の手記を取り出し、探る。
そして、手に持った冊子の何ページかを開き、指で『神主』と記された部分を指した。
「ここにも、ここにも、あそこにも、たくさんの部分に記述があったわ」
その言葉は、その異変だけに限らず、すべての異変に書き込まれていた。
終わりに、中盤に、場合によっては文章の始めにも。
顔をゆがめて、紫は話をつづける。
―――そうだわ、思い出した。
主催者に仕立て上げられた八意永琳に、紙を送りつけた人物が楽園の素敵な神主だった。
魔理沙が情報交換の時にその名前を挙げていたのはよく覚えている。
この文書に書かれた神主と同一人物だという可能性は十分にある。
でも、それでも。
魔理沙の話を聞いた時からの疑問だったが、ただの神主にこんなことできるのだろうか?
よっぽどの才能と経験があるのか、組織が後ろにあるのか。
いや、まず、その前に考えることがあるでしょう。
霊夢と接触があった以上、その神主は幻想郷と関わりがあるはずなのよ。
外の人間かはともかく、そんな人間の存在を私が知らないはずはない。
なぜ知らないの?
いや、もしかしたら知っている?
この会場に来てから、いくつか、感じているものがあった。
スキマが自由に開けないだけではなく、何か、頭が縛られていたような……。
あくまでもただの思い付き。
真実味もなければ、違和感も今思いついたものに過ぎない。
でも、思い出して、不審な点を洗い出すことはできた。
そして、私は仮説を思いついた。
私たちには洗脳か、催眠術といったたぐいの精神操作がなされているのではないか?
根拠はそれほどない。
でも、私の記憶があいまいなのにはそれで説明がつく。
記憶の混濁の理由は、精神操作か惚けか。
流石に妖怪である自分が惚けるなどということは考えたくない。
だとすれば、背理法で考えて、精神操作を疑うことは間違いではないでしょう。
文書を、もう一度くまなく見ると、随所に違和感が残るのが分かる。
自身の記憶と食い違う発言、結果。
いや、文書に書かれていることすら、よく見れば矛盾している部分が多く見受けられる。
最初、意識せずに読んでいた時は、それだけの大きな矛盾に、さほどの違和感すら覚えなかったらしい。
そのこと自体が、精神操作を受けていた証拠になるのでは?
矛盾は、ごく自然につづられていた。
異変解決後の顛末の違い。
かかわった者たちの名前の違い。
文書には異変解決への幾つもの過程と、さらに、失敗した結果もまた書かれていた。
同じ過程が、違う登場人物で、繰り返し書き込まれていた。
まるで、同じ異変が何度も、短期間に起こったかのように。
私の記憶からはるかに離れた異変の様子―――
―――いや、もはや自分の記憶は信用できない。
本当に、異変が何度も起こったのかもしれない。
連続して、解決したのにやり直して、矛盾を積み重ねながら起こってきていたのかもしれない。
ありえないわ。
でも、文書にはそう記されている。
とにかく記憶を、探りましょう。
春雪異変の時、私はなにをしていたの?
霊夢と、魔理沙と、紅魔館のメイドの相手をしていた。
そして……いや、本当は相手をしていない。
だから私は優雅に、その時は冥界に出かけていただけで、何もしていない。
おかしいわね。
少し混乱しているようですわ。
魔理沙と戦った記憶。
霊夢と戦った記憶。
紅魔館のメイドと戦った記憶。
何もなく、平穏に終わった記憶。
自分自身にも幾つもの異なる記憶があるように感じてしまう。
やはり記憶は、当てにならない。
妖怪であればこそ、よく知っている真実。
それを、こんなところで味わうことにあるとは、思っていなかった。
何かの妖怪に、化かされたのかしら?
思考を巡らせば、何通りもの記憶が顔を出す。
その中からは、神主という単語もあふれ出てくる。
どうして今まで気付かなかったのか。
雪が解けるように、複雑で、矛盾した記憶たちが頭にあふれる。
雪解け水の中からあふれ出した真実は、自身の記憶の否定だった。
私が、ここにいる私がいったい何なのかですら、理解ができなくなってゆく。
本当に、ここにいる私は八雲紫なのかしら?
そればかりは、元から証明のしようがない、悪魔の証明。
まず、自分は八雲紫である。
それを前提にして考えていかなければならない。
つまり、今ここにいる自分を、八雲紫として考える。
そのうえで、先ほどの記憶を証明しなければ。
まず、その記憶がもともとあったのか、植えつけられたのか?
霊夢の文書が本物だとしたら――そうとしか考えられないのだが、そうだとしたら。
矛盾を抱えた記憶は真であり、植えつけられたものではないといえる。
つまり、文書も、自分の記憶も正しいということ。
その時、その事実は、逆におかしいのが幻想郷の方であることを意味してしまう。
それが本当ならば、幻想郷は矛盾した歴史を歩んできたことになる。
いや、実際に歩んできたのかもしれない。
「霊夢の書いた文書には、見ている通り、何通りもの異変解決までの道筋が書いてあるわ」
気付けば月面探査車は動きを止め、紫を除いた三人の目は、文書に書かれた字を必死に追っていた。
一つの異変に、多くて十数個の解決までのパターンが書かれ、
おそらく三人とも、そのすべてに関する記憶を一様にもっているだろうことには間違いなかった。
それは三人の、よりどころを求めるような視線を見れば、十分すぎるくらい理解できる。
「もし仮に、この文書が偽物だとしたら、私たちの記憶も、この文書も、幻想郷から拉致されたときに書き換えられたと判断できますわ。
逆に、これが本物だとしたら、幻想郷自体がおかしな歴史をたどってきていたと判断できます。
私としては、混乱と陽動を狙った主催者が、この文書を置いておいたと信じたいところですわ」
嫌なものを思い出したかのように、言い切った紫は顔をしかめた。
早苗が、疑問を顔に浮かべながらも、言う。
「つまり、幻想郷はおかしな時間軸で動いていて、私たちはそれに気付かなかったということですか?」
「その通りよ。あなたたちも少し記憶が戻ってきたかしら?」
頭に手を当てながら、魔理沙がうなずく。
フランドールは、何かおかしなことを聞いたかのように硬直している。
少し刺激が大きすぎたかしら?紫の心に小さなとげが刺さった。
「紫の言っていることが正しいとして、だ。私たちはそんなおかしいことに気付かなかったのか?今、私も自分の記憶に矛盾を見つけ始めた。
地霊殿に言ったのかいっていなかったのか、そこらへんがあいまい になってきている気がするぜ。それでもこれが……まてよ」
「魔理沙はなにか分かったの?」
「分かった。これほど強力な主催者様だ。それくらいしかねないだろうな。真実はこうだ。
幻想郷はずいぶん前から、この神主とやらの手に落ちていて、異変やら何やらの記憶も、ここに来る前から変えられて いたってことか。ファイナルアンサーだぜ」
早苗も、一瞬怪訝な顔をしてから、手を打って、つぶやく。
「言いたいことは分かりましたが……それだと私たちは、もともとその神主の駒同然ということになってしまいませんか」
「ええ、その通りよ。あなたの言っている通り、駒同然だったのね。まあ、この話は頭の片隅に入れておくだけにしておきなさい。
あまり考えすぎて、命を落としても意味はないわ。脱出を図るときにこそ役に 立つ知識よ。それまでは頭にしまって―――」
「じゃあ、なんで今伝えたのよ」
一人だけ置いて行かれたフランドールが、口をすぼめて疑問を口にする。
「リリカの書置きが正しければ、レミリア・スカーレットは人里周辺にいると想像できるわ。
しかも人里はこの世界の中心なの。その上物資もある。相当な数の人妖が集まっているはずよ。」
「いつ戦闘になって、命を落としてもおかしくないと?」
「そうね、銭湯になんか行っている余裕はなさそうね。きっと」
ため息をついて、紫は言い切る。
お風呂はだめですかね、早苗はつぶやくと、何かを思いついたのか、顔を明るくさせて言った。
「銭湯だけに……」
「それ以上言うな、寒くなる」
魔理沙が全力で止めると、笑いが起きた。
けっして無礼な雰囲気の入っていない、純粋な笑い。
とっさにフランドールへ視線を向けた魔理沙が見たのは、笑顔の紫だった。
「銭湯だけに…クスッ…」
「ツボに入るような駄洒落じゃない。何をやっているのさ」
「しばらく……待ちなさい」
「ああ、楽になった」
「あまり長く生きるとギャグのセンスが進化するのか。覚えておくぜ」
「忘れて頂戴」
まあそれはそれとして、紫が続ける。
「先ほどの話をまとめるわ。
間違っているかもしれないけれども、主催者につながる大切な情報よ。私たちの誰かが伝えないといけないのです」
紫の言葉に、早苗は首をかしげて答える。
「でも、あまりネガティブに考えすぎない方がいいと思います。皆が生き残って、無事に帰るのが最初からの目的ですから」
その能天気ともポジティブとも取れる意見を聞き、ほおを緩めて紫が言う。
「あなたにはほんとに癒されますわ。まあ、ともかく、フランのためにまとめますわね」
- もしも、残されていた霊夢の文書が本物ならば、幻想郷は同じ異変を短時間に何度も繰り返し経験しており
なおかつ、住人達はそれに気付かないように心理操作をされていることになる。
- 八雲紫の記憶は、誰かに手を加えられたかのように、破たんしており、文書のように矛盾した歴史を覚えている。これはほかの参加者も同じである。
- 主催者である“神主”は、ずいぶん前から竜神様に変わって、幻想郷を支配していたのではないかと推測できる。
- この推測は正しいとは限らないので、あまり考えないで、頭の奥にしまっておくべき。
「以上ですわ」
紫は四枚の紙に、それぞれ考察の内容を記すと、それぞれを皆に渡し、手元の一枚を懐に入れた。
「何かあったとき、ほかの参加者が見つけて役立ててくれるかもしれませんから」
狭い車体の上で、集まっていた三人に、散るように手で合図する。
まだ納得のいかない顔で、皆はもといた場所へと戻る。
運転を始めた早苗は、前を見ながら言った。
「今の話、頭の片隅に入れておけばよかったのですよね」
「ええ、そうして頂戴」
気だるげに、うなずく紫は、そのままあたりを見渡し始めた。
ふう、とため息をついて、魔理沙が言う。
「思ったよりも神主とやらは強敵だぜ。大丈夫か?」
「大丈夫、とは言えないですわ。もともといくつか簡単な手を考えてはいたのだけれど、
私の全力をもってしても、一人で倒すことはできなさそうよ」
「一人ならだめでも、束になればいけるだろう」
「その可能性に賭けて、人里に向かうのですわ」
それと、と紫は続けて、小声でささやく。
「頼んでおいたものは、余裕さえあれば集めておきなさい」
「分かった。この優秀なシーフに任せておきな」
不敵な笑みを浮かべて、魔理沙も小声でささやく。
不安そうな紫を尻目に、今度は大声で要求を述べる。
「休む機会があったら、私もゆっくりその文書を読ませてもらうぜ」
「その機会があれば、ですわね」
幾分か血なまぐさい人里を眺めて、紫が残念そうにつぶやいた。
遠くで、残り火が燃えている。
【D-4 人里 二日目・黎明】
【フランドール・スカーレット】
[状態]右掌の裂傷(行動に支障はない)、右肩に銃創(重症)、魔力回復、スターサファイアの能力取得
[装備]てゐの首飾り
[道具]支給品一式 機動隊の盾、レミリアの日傘、バードショット(7発)
バックショット(8発)、大きな木の実 、紫の考察を記した紙
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.スターと魔理沙と共にありたい。
2.反逆する事を決意。レミリアのことを止めようと思う。
3.スキマ妖怪の考察はあっているのかな?
【八雲紫】
[状態]健康
[装備]クナイ(8本)、霊夢の手記 、紫の考察を記した紙
[道具]支給品一式×2、酒29本、不明アイテム(0~2)武器は無かったと思われる
空き瓶1本、信管、月面探査車、八意永琳のレポート、救急箱
色々な煙草(12箱)、ライター、栞付き日記 、バードショット×1
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにする。
1.幽々子に恥じない自分でいるために、今度こそ霊夢を止める
2.私たちの気づいた内容を皆に広め、ゲームを破壊する
3. 頭の中の矛盾した記憶に困惑
【東風谷早苗】
[状態]:健康
[装備]:博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、
[道具]:基本支給品×2、制限解除装置(少なくとも四回目の定時放送まで使用不可)、
魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)
諏訪子の帽子、輝夜宛の手紙 、紫の考察を記した紙
[思考・状況] 基本行動方針:理想を信じて、生き残ってみせる
1.できればお風呂に入りたい
2.人間と妖怪の中に潜む悪を退治してみせる
3.紫さんの考察が気になります
【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、帽子無し
[装備]ミニ八卦炉、上海人形
[道具]支給品一式、ダーツボード、文々。新聞、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
mp3プレイヤー、紫の調合材料表、八雲藍の帽子、森近霖之助の眼鏡 、紫の考察を記した紙
ダーツ(3本)
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
1.霊夢を止める。
2.仲間探しのために人間の里へ向かう。
3.紫の考察を確かめるために、霊夢の文書を読んでみる。
※四人ともリリカの書置きについて把握しました
※現在、以下の支給品は紫がまとめて所持しています。割り振りはしていません。
てゐのスキマ袋【基本支給品、輝夜のスキマ袋(基本支給品×2、ウェルロッドの予備弾×3)
萃香のスキマ袋 (基本支給品×4、盃、防弾チョッキ、銀のナイフ×7、
リリカのキーボード、こいしの服、予備弾倉×1(13)、詳細名簿)】
西行寺幽々子のスキマ袋【支給品一式×5(水一本使用)、藍のメモ(内容はお任せします)
八雲紫の傘、牛刀、中華包丁、魂魄妖夢の衣服(破損) 、博麗霊夢の衣服一着、
霧雨魔理沙の衣服一着、破片手榴弾×2、毒薬(少量)、永琳の書置き、64式小銃弾(20×8)
霊撃札(24枚)】
白楼剣 、ブローニング・ハイパワー(0/13) 、64式小銃狙撃仕様(3/20)
楼観剣(刀身半分)付きSPAS12銃剣 装弾数(8/8)、MINIMI軽機関銃(50/200)
最終更新:2012年01月14日 23:43