死霊の夜桜が散るころに ◆Ok1sMSayUQ
また、だ。
また理不尽が生まれ、横たわっている。
フランドール・スカーレットは骨が浮き出るほど固く拳を握り締め、因幡てゐの亡骸の横にしゃがみこんでいた。
すぐ近くでは霧雨魔理沙が複雑な表情をして腕組みを、少し離れたところでは東風谷早苗と八雲紫が揃って西行寺幽々子の亡骸を抱えている。
状況は非常に単純だった。魔法の森で、てゐが幽々子に撃たれ、瀕死になりながらも一矢報いて幽々子に撃ち返し、相打ちとなった。
戦いとしてはどこにでもある、陳腐で空虚な結末のひとつに過ぎない。
しかしてゐを知り、これからも知ろうとしていたフランドールにとって、「そんなもの」で済ませられるはずはなかった。
「何も死ぬことなんてなかったじゃない……」
どこかホッとしたように表情を緩ませ、穏やかに目を閉じているてゐに向かってフランドールは語りかけていた。
死んでしまえば虚無しか残らない。死んでしまえば何もかもがなくなってしまう。
思い出も、大切な誰かの存在も。なのにどうしてこんな安らかな顔をしているのか、フランドールには分からなかった。
同じ安堵でも、幽々子の死蝶に導かれて死んだ魂魄妖夢のものとは違う。自分を赦し、赦されたと思うことができた、救われた者の表情。
死んで、どうして救われたと思えるのか分からない。理由を聞こうにも、もう尋ねることさえできない。
できないから、機会を奪った幽々子に対して怒りが生まれようとして――それが空しいことであるのに気付く。
誰かが死ぬのは怖くて、哀しいことだから、哀しくならないようにすると決めたのに……こうも変わり映えのしない己に辟易するしかない。
「きっと、さ。死にたくなんてなかったんだろうぜ、てゐも」
よいしょ、と魔理沙が隣に腰を下ろす。声こそ落ち着いているが、顔色は優れない。
寂しいと表現するのが合っている横顔を眺めて、フランドールは目を伏せる。
「じゃあなんで私を庇ったのよ」
「さあな。多分、てゐにも分からなかったと思うぜ。しいて言うなら……自然に、そうしようと頭が考えていたからなんじゃないかって思う」
「無意識に庇った……ってこと?」
「私はそう思う。誰にだって、誰かを助けたいって思う気持ちのひとつはあるって、私は信じてるからな」
言われて、様々な姿が脳裏を過ぎった。身を挺して主人を守ろうとした八雲藍しかり、魔理沙を守ろうとした香霖しかり……
いや、自分だってそうだ。この心に深く根付いている、魔理沙と一緒にいたい気持ち。助けてあげたいと思う気持ちがある。
てゐもそれは持っていた。だが、死んでしまうかもしれないという恐怖に負け、害されるかもしれないという恐怖に屈し、自分の気持ちを捻じ曲げていた。
だから嘘をついた。だから逃げた。今までもそうだったのかもしれない。
不安に押し潰され、良心から背を向け、そんな自分を許せなくなってより間違った方向へと突き進んでゆく。
それは一歩間違えれば、フランドールも……いや、誰しもが落ちてゆく餓鬼道なのかもしれなかった。
あるいは幽々子もそうだったのかもしれない。自分自身が許せないから、周りの全てだって許せなくなる。
従者の妖夢を死なせて自分がのうのうとしていることが許せないから、そうさせた世界そのものを憎むようになった。
殺したから誰かが憎い、奪ったから許せない。それだけではないのだ。
大切なものをみすみす手放した自分が一番許せなくなるから、信じることも、正しいと思えることもできなくなってしまう。
歪んでいびつな心のまま、誰もいなくなってしまう……
「それに、お前らはお互いを許せたじゃないか。だからだ、って思うぜ、私は」
強く確信するように魔理沙は言った。
そう、最後にはてゐも自分を許していた。互いにかけたたったひとつの言葉で、間違いを受け入れ、やり直す自分を認めることができた。
理不尽に痛い思いをしても尚、フランドールを庇って……それができた自分が、嬉しかったのかもしれない。
後悔はあっても、無念はなかった。穏やかな死に顔の理由を見つけることができたフランドールは、しかしそれでもと言いたかった。
「それでも……死ぬことはなかったじゃない……」
「……そうだな」
生きているなら、死は不可避であることくらいは認めている。けれども死を了解してしまうのはフランドールには納得のいかない事柄だった。
理由があるから死んでもいい。そんなことは絶対にないはずなのに。
やりきれない思いを抱えたフランドールは、しかし自分自身も数刻前まではどこか緩慢に生死を考えていたことも思い出し、分からないという気分になった。
何が正しくて、何を納得すればいいのか。これからどうすればいいのか。考えることはあまりにも多すぎた。
「だけど、死が救いになることもある……」
聞こえた声は、八雲紫のものだった。
両腕に抱えられているのは西行寺幽々子の亡骸だ。自分を殺そうとしていたときの狂気の残滓は全く見えず、
てゐ同様穏やかに閉じられた瞳が、彼女もまた救われたのだと納得させる。
「自分を許すというのは、あまりに難しいこと。己の弱さを自覚しているものには、特にね。……あの子、昔から繊細だったから……」
「そっか……あんたの友達だったっけ……」
ええ、と頷いて、紫は幽々子の少し乱れた髪を直した。
千年以上生きている妖怪の友人なら、それなりに深い付き合いがあったのだろう。
何度杯を酌み交わし、何度語り合ったのか。数え切れないほどの機会があり、数え切れないほどの思い出があるに違いない。
そうであるがゆえに、今一番無力感を覚えているのは紫なのかもしれなかった。
何百年という交友を重ねても、死でしか幽々子が救えなかったという現実を目の当たりにしているのだから。
「違うぜ、紫。死が幽々子を救ったんじゃない。お前がいたから救われたんだ」
「……魔理沙。あなたは基本的に、善意を信じすぎる傾向があるわね」
「そうさ、その通りだよ。今まで能天気に暮らしてりゃそうもなる。けどな、一つ言わせてもらうぜ。死人の気持ちなんて分からないんだよ。
香霖のバカ野郎がなんで私を庇ったかってことも、石頭の藍がなんで飛び込んだのかも、てゐがフランを庇った本当の理由も、幽々子が私達を殺そうとしたのも、
そんなもん今になっちゃ全部知ることなんて出来ないんだ。だから……だから、私らで都合よく考えるしかない。正しくないかもしれないさ。
でも分からないものを追い求めて……その先にあるのが『自分を許せない』って結果にしかならないんなら……空しいだけだろ?」
この光景は、少し前に見たことがある。
霊夢を巡って対峙していたときも、この二人は口論を交わしていた。
人間と妖怪の違いもあるのだろうし、性格的な反りが合わないからというのもあるのだろう。
けれども、以前ほどの溝はないようにフランドールは感じていた。
あの時とは違い、紫は目を反らさずに魔理沙の方を見ているし、魔理沙も魔理沙で紫の言葉も正しいと認めている。
そう思ったから止める気にはならなかったし、早苗も無言のまま口を挟むことはなかった。
「では、聞かせてもらいましょうか。霧雨魔理沙。どうして、幽々子は救われたのだと信じられるのかしら」
「そんなの、お前ならもう分かってるだろ? でも、まあ、言ってやるか。お前はひねくれ者だからな。正直者の私が言ってやるぜ」
どの口が言うのか。思わず小さな苦笑が漏れ、早苗もこらえきれずに口元を押さえていた。
一瞬魔理沙はこちらへと振り返り、睨むような視線を返してきたがすぐに紫へと向き直る。
「そんな穏やかな顔して死んでる奴が救われてないわけないだろ。良かったと思ったんだ。お前に、友達に止めてもらえて良かった、って……」
全ては憶測。都合よく考え、善意を信じただけの拙い論理に過ぎない。
魔理沙の言うように、死人の気持ちなんて真に理解なんてできない。本当は狂ったまま死んだのかもしれないし、自分達を憎んだまま死んだのかもしれない。
でも、それでも――魔理沙のように、フランドールも幽々子が正気に戻っていたのだと信じたかった。
てゐが自分の手を取ろうとしたときのこと。自分を庇ったときのこと。確かに他人を肯定し、自分を肯定できた因幡てゐという妖怪もいたのだから。
紫はしばらく無言だった。ゆっくりとうつむき、何事かを思案している様子だった。
自分を許そうとしているのかもしれなかった。幽々子を止められなかった己を悪だと規定することも、幽々子は狂ったままだと思うことは簡単だ。
だが紫自身が語ったように失敗を犯した自分を許すのは難しい。
魔理沙だって、自分だって、ひょっとすると早苗だって、大切な誰かの死から一歩踏み出すために多大な時間を使わなければならなかった。
人間だろうが、悪魔だろうが、妖怪の賢者だろうがこればかりは関係のない話なのだ。
「……先、行きましょうか。紫さん、私達は最初の予定通り博麗神社で調べものをしてきます。
考え事が終わったら来てくださいね。紫さんならすぐ来てくれるって私、信じてますから」
多少なりとも紫を知悉している早苗が助け舟を出した。
魔理沙の背中を叩いて押すと、いいのかという風に首を少し傾けたものの、特に逆らうこともなく歩き出す。
ならばこちらも従わぬ道理はなく、横たわったままのてゐに「行ってくる」と言い残して立ち上がる。
「……そうだ。これ、貰ってくよ。幸運のお守りだっけ。悪魔がお守りなんて馬鹿げてるけど……友達のことは、覚えておきたいから」
てゐの首飾り。人参を模した小さな幸運のお守りを丁寧に外して、フランドールはそれを自分の首に巻きつけた。
いいよ、精々頑張りな――ふとそんな声が聞こえた気がして、もう一度だけてゐを見下ろすと、唇の形が僅かに苦笑しているものになっている……気がした。
* * *
博麗神社に戻る途中、放送があった。
ここで新たに判明したことは、『放送を行っていた八意永琳』は永琳に成りすました偽者であったということ。
どうやら
ルール変更があったらしく、殺し合いの最終勝者には望みが一つ叶えられるということ。
そして、成りすまされていた本人である永琳本人も死亡してしまっていること。
結局、再会して情報を交換することはできなかった。
自分がなんやかんやとあって目的の場所に行けなかったからなのだが、永琳も来ることはできていたのか。
待ち合わせている間に誰かに襲われたのか。それとも、辿り着く前に自分同様数限りない争いに巻き込まれて死んだのか……
今となっては知る術もない。先ほど言ったように「死人は何も語ることはない」のだ。
結果論でしかないが、永琳を見捨てた形になってしまった。生まれてくる罪悪感に言い訳はするまいと思ったが、立ち止まるわけにはいかない。
全ては自分の選択。自分で考え、自分で決めたことだ。誤魔化したり、なかったことにしようとしてはいけない。
良し悪しはあっても、行動そのものを否定することは、関わってきた人達も否定してしまうことになるからだ。
ゆえに魔理沙は、心の中でだけ「すまん」と告げておくことにした。今はまだ、他に守りたいものがたくさんあるから……これで許してくれ。
「……聞くまでもないと思うけど、二人とも心変わりなんてしてないよね」
放送を聞き終え、フランドールがそう尋ねる。
苦笑が漏れた。本当に心変わりしているなら真実など答えるわけがないのに、変な部分で幼いというか、疑う術を知らない彼女に痛んだ心が潤される。
無論ここで宗旨替えするつもりなどさらさらなかった。あの時紫に語った、全てが欲しいという本心に偽りはない。
当たり前だろ、と笑って魔理沙はフランドールの髪の毛を乱暴に撫でる。「も、もう! また……!」と照れくさそうに、しかし嫌がる素振りは見せない。
「なんだか、仲のいいご姉妹みたいですね。二人とも金髪だし」
「ん、そーか?」
「そうなの?」
「おい姉がいるだろお前は」
「だって……お姉様、忙しいし。偉そうだし」
あー、と普段の
レミリア・スカーレットの姿を思い出し、魔理沙はさもありなんという風に頷いた。
レミリアはプライドの高い妖怪の権化のようなものなので、人前でなくとも誰かに優しく接している姿など想像もつかなかった。
もっとも魔理沙自身一人っ子であるため、仲のいい姉妹と言われてもイマイチピンと来るものではなく、そういうものかと曖昧に納得するだけだった。
「兄弟姉妹ってやつは私には分からないな。一人だったし、今も一人暮らしだし」
「そうなんですか? 私も一人っ子なんです。だから兄弟とか、そういうのが羨ましくて……魔理沙さん、てっきりたくさん兄弟がいるのかと」
「なんでだよ」
「うーん、底抜けに明るいからですかねー。いっぱい友達もいらっしゃるようでしたし」
「ありゃあ勝手に私が押しかけてただけだよ。アリスもパチュリーも、『呼んでもないのに勝手に来る』ってボヤいてたしな」
「うんうん、言ってた言ってた」
フランドールが自信満々に言う。悲しい証明だった。
邪魔だと追い返されないだけマシだったが、アリスはともかく一人を好みそうなパチュリーが追い返さなかったのは今でも不思議だ。
これもまた、聞く術を失ってしまったのだが。
「でも、なんか嬉しそうだったな。『傍若無人でいけ好かないヤツだけど魔法使いとしての見込みはある』って」
「……そんなこと言ってたのか?」
「え? うん」
内心、パチュリーの魔法使いとしての知識人な部分は羨ましかっただけに、お墨付きとも取れる言葉が魔理沙の胸を突いた。
少なくとも、実力は認めてくれていた。喜びが込み上げる一方で、そうして密かに憧れていた魔法使いはもういないという寂寥感が魔理沙の中でない交ぜになり、
ふと気がつくと目頭に水滴が乗っていて、それが流れ出していたのだった。
「魔理沙?」
鼻を啜り、小さく嗚咽を漏らす姿に気付き、フランドールが心配そうな声を上げたが、「違うんだ、嬉しかった」とそれだけを絞り出す。
本当はそれだけじゃない。悲しくもあるし、後悔だってある。けれど、喜ばしいという気持ちが遙かに大きかったのは紛れもない真実だった。
「……人間って、嬉しくても泣くものなの?」
「人間だけじゃないですよ。妖怪だって、誰だって……感情が昂れば涙が出るものなんです」
「ふーん……」
フランドールにそう教える一方で、足を完全に止めてしまっていた魔理沙を気遣ってか、先に行ってましょうか、という視線を早苗が送ってくる。
「大丈夫だよ、私は。なんか……良かった」
涙を拭い、あっけらかんと魔理沙は言う。お互い確かめてもいなかっただけで、幻想郷のみんなとはどこかでしっかりと繋がっているのかもしれない。
種族の差。歴史の差。立場の違い、存在の重み……それらは確かに存在し、殺し合いの形として結びついてしまった事実はある。
しかし分かり合える道だって、きっとあるはずだ。
今まで主張してきながら、どこか自信が持てずにいた言葉。確信が持てずにいた言葉を、ようやく心の底から信じられる気がしていた。
「急ごうぜ! もたついてると紫に追いつかれてからかわれるぞ!」
先陣を切って走り出し、博麗神社の石段を登る。
疲れているはずなのに、駆け上がる足取りはとても軽いものだった。
「あ、待ってよ魔理沙!」
「紫さんに追いつかれて笑われるのは確かに癪ですね……ちょっと頑張りますか」
二人の声が後に続く。
魔理沙にとってはここからが本番なのだ。ここで先を行かずしてどうする。
異変を解決するフックは掴んだ。後は、それを証明する材料を揃えて見せ付けてやるだけだ。
待っていろ、楽園の素敵な神主とやら。不敵に笑う魔理沙に、もう涙の面影はなかった。
* * *
「……それで、結局何を探すんです?」
博麗神社の境内をくぐり、ようやく神社の中に入れるかというところで、早苗は魔理沙に尋ねた。
薬が効いてきたのか、体調は大分良くなっている。弾幕戦をやれるだけの体力はある。
深呼吸をして息を整えながら、早苗は魔理沙の言葉を待つ。
博麗神社には本殿とは別に離れがあり、専ら霊夢はそこで暮らしている。
今は魔理沙がその離れの玄関口に立ち、自慢のミニ八卦炉を使って鍵を無理矢理壊しているところだった。
「私はよく霊夢んち……まあここに遊びに来てたんだけどさ、霊夢のやつ、絶対入れてくれない場所があったんだ」
「秘密のお部屋?」
「そうそう。こっそり行こうとしても目ざとく見つけてきやがってさ。本気でキレそうになってたからよっぽど入られたくない場所なのかって思っててな」
ざっくばらんで開放的な霊夢にしては珍しい。まして旧知の仲である魔理沙ならより疑問に思ったことだろう。
「開いたぜ」
ガラガラとドアを開け、魔理沙が躊躇なく中に侵入する。フランドールもそれに続き、早苗も「お邪魔します」と付け加えて玄関を上がる。
魔理沙もフランドールも、靴を脱いでいない。この状況下だ、礼儀作法を気にしている余裕はないのだろう。
少し迷ったが、早苗も土足で上がりこむことにした。床を靴のまま歩くのにやや居心地の悪さを感じるが、二人はそんなことはないようだった。
「場所自体はもうわかってるんだ。こっから真っ直ぐ行ったところにあってな……」
指差された先に、やけに重々しい扉が見える。見た目は引き戸だが、よく見れば鍵らしきものもかかっている。それも二重にだ。
なるほど、魔理沙が興味を持とうとするのも分かる気がした。私室にしては鍵のかけ方が厳重すぎる。
金庫かなにかでもあるのかと考えかけたが、霊夢は金銭に興味のない人間だ。金品を溜め込むようには思えない。
「……ま、そりゃ鍵がかかってるわな」
引き戸を開けようとした魔理沙が当然というように呟く。
再びミニ八卦炉を構え、小火力の魔法で鍵を壊そうと試みる、が……
「げっ!? 魔法弾きやがった!」
パァン、とミニ八卦炉の火が弾けて消えてしまう。……どうやら泥棒対策もしてあるらしい。
いや魔法だけではなく、恐らく様々な呪物に対しての耐性もあるはずだった。
早苗も破壊は得意ではなく、どうしたものかと魔理沙と頭を捻っていると、うふふと無邪気な笑い声が聞こえた。
「ここは私の出番のようね。魔理沙も早苗も下がって」
胸を反らして誇らしげにしているのは、フランドール・スカーレットである。
しばらくぽかんと見ていた魔理沙が「あ、あー」と思い出したように手を叩いた。
「そっか、そうだったなー、頼むぜフラン!」
「……私の能力、忘れてたんじゃないでしょうね」
「お前ならやってくれるって信じてるぜ」
もっともらしくポンと肩を叩き、ドアの前へと押し出す。明らかに誤魔化しているのがバレバレだった。
しかし、フランドールの能力とは一体何なのか。早苗は詳しく知らないため、「どんな能力なんです?」と小声で魔理沙に聞いてみた。
見てみりゃ分かるぜ、と一言だけ言い返して、魔理沙は腕組みをしてフランドールを眺める。
その本人は若干不満そうな雰囲気を漂わせつつ……鍵へと手を差し出す。
「ぎゅっとして……どっかーん!」
フランドールが腕を前に突き出しグッと拳を作った瞬間、ピシッと鍵部分にひびが入って、直後、まるで扉が爆発したかのように吹き飛んでいた。
爆薬を使ったようにも、弾幕で破壊したようにも見えない。にもかかわらず、まるで藁を吹き飛ばすかのように扉を千々にしてみせた。
「……これが、フランドールさんの能力……」
「そう。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』よ」
微笑を含ませて振り返ったフランドールの姿は、しかしその瞬間だけは確かに悪魔のように思えた。
畏怖を感じさせながらも、媚びた視線を撥ねつけ、誰をも寄せ付けない孤高の王者。そう表現するのが相応しい。
けれども、不思議と忌避感や恐怖は感じなかった。魔理沙に懐く無邪気な子供の側面を垣間見たからなのかもしれなかったが、
それだけが理由ではないように思えた。近しい例を挙げるなら紫に似ている。どこが似ているというと、はっきりと言葉にはできないのだが――
「ぼーっとしてないで、行くぜ」
「えっ、あ、はい」
既に魔理沙もフランドールも部屋に侵入し、物色を始めている。
どうやら部屋の中は書斎のようで、所狭しと並べられた本棚にぎっしりと本が並べられている。
いっそ埋め尽くすというのが正しい表現だろうか。ほぼ隙間なく並べられた書籍郡は固く、一冊取り出すのにも苦労しそうだ。
本という紙の束が織り成す独特の匂いと雰囲気を肌で感じながら、早苗も書斎に何かないか探し始めた。
「……ミミズみたいな字で読めない」
既に一冊取り出してぱらぱらと眺めていたフランドールが難しい顔で唸っていた。
本は紙の束を紐で結い、まとめただけの簡素な作りであり、紙の色もしなびた薄黄色になっていることから、書かれた年代も古そうだ。
ひょっとすると、古書なのかもしれない。
「私もだ。日本語なのは確かなようだけど……さっぱりだぜ」
部屋にあった小机に腰掛けていた魔理沙もお手上げというように肩を竦める。
こちらの装丁はやや新しく、表紙が糊付けされている。紙質自体は劣化していることから、一昔前……そう、現代の古本屋で見かけるレベルの装丁だった。
本の作りはバラバラ。ということは、古書ばかりを集めていたのではない? 気になった早苗も自ら一冊を引っ張り出して眺める。
比較的新しいものなら読めるかもしれないと思い、見た目にも新しいものを選んでみたが……中身は見事に想像を裏切ってくれた。
「これ、手書きですね……達筆だなぁ」
フランドール曰くの、ミミズのような文字。その通り、すらすらと筆で書き並べられた言葉は一文字一文字が美しく、
絵画のようでありながら文字という範疇を超えているようにも思われた。
「お、読めるのか? 期待の新人が来たぜ、フラン」
「なになに? 聞かせてよ」
「いや、その……実は私もあんまり……少しは分かりますが……」
「いいから聞かせろよ。何が書いてあるんだ?」
そう言われては受けざるを得ず、早苗はなんとか読めそうな頁を開いて内容を読んでゆく。
「え、えーっと……これは、地震……のことが書いてあります。外の世界で起こった大地震が幻想郷にも異変をもたらした……
これ、関東大震災のことじゃないでしょうか。……あ、ほら、1923年って書いてあります!」
関東大震災といえば、歴史の教科書にも載るほどの大災害である。
が、二人の反応は実に淡白だった。
「って言われても、私そのとき幻想郷にいなかったから知らない」
「私は生まれてなかったな、その年じゃ」
「……」
外国出身であろうフランドールは当然として、幻想郷生まれの魔理沙も外の世界の歴史を勉強する道理は少ない。
やや落胆した気分になりながらも、しかし自分にも分かる歴史の出来事なら読めるだろうと思ったので読み進めることにした。
「異変についての……日記だと思います、これは。結構人間視点みたいですし。
内容的には……地震のせいで地上が不安定になって、妖怪達が天人のいる天界に攻め込んだみたいです。
天人も応戦して、あわや戦争の一歩直前にまでなって、博麗の巫女が仲裁に入ったようですね……」
「そんなことあったのか? 知らなかったぜ」
上白沢慧音なら知っていたかもしれない。しかし彼女ももはやこの世になく、これが真実なのかは今は確かめようがない。
あるいは、紫の語っていた幻想郷縁起というものになら載っているのかもしれないが……
「妖怪側はてんでバラバラに攻めていたらしいですが、天人側は一致団結していて妖怪とも互角だったらしいです。
その天人でも優れた活躍をしていたのが……比那名居家!?」
「はぁ!? 天子の名字じゃないか! いや天子はんなこと言ってなかったし……親の方か?」
年代から考えてもそうかもしれない。
比那名居天子本人ならこのことを吹聴しそうなものだし、これは天子の親に相当するものだと考えたほうがしっくりくる。
本にはその後、最悪の状況は回避したものの、天人と妖怪の仲は冷えたものとなり、相互に嫌悪するようになった、とある。
……最後に、これは幻想郷にとって憂うべき懸念となった、と付け加えて。
「異変のことについて書いた日記なのか? ……これが、全部……?」
魔理沙のゾッとしたような呟きに応じるかのように「そう」と涼やかな声が聞こえた。
顔を上げると、そこには凛とした立ち姿で、戸の入り口に立つ紫の姿があった。
「これは博麗の巫女が代々書き綴ってきた異変の手記よ。……今までの私達が残してきた、醜い争いの痕跡」
いつの間にやってきたのか。決然とした面持ちは、一つ決意したものを秘めた力強いもので……早苗は圧倒されて、何も言うことができずにいた。
それは魔理沙もフランドールも同様であり、「……どういうことだ」と魔理沙が返すのが精一杯だった。
「私達が目を反らしてきた過去。忘れてきた過去……なのだと、思う」
「思う、って……」
「紫さんも覚えていないんです。いえ、正確には結果は覚えているけど過程は覚えていない、って」
「なによ、初耳なんだけどそれ」
それまで黙って聞いていたフランドールが声を上げる。
紫と彼女はどことなくぎこちない節があった。気圧されたのもつかの間、尖った声でフランドールがつっかかる。
「全てを忘れていたわけじゃない。数百年ほど昔以前の記憶が曖昧なだけ……
でも、言い訳はしない。今から私は、ここの歴史を全て真実と断じ、全てを受け止める。そして……今度こそ霊夢を止めるわ」
「本気なの?」
「今だけは信じなさい、フランドール」
「……分かったよ」
あまりにも即答。あまりにも直線的な受け答えに、フランドールも頷くしかなかったようだ。
どことなく疲れていたような、何かを諦めていたような紫が、今は取り戻そうと必死にもがいている。
手に入れられず、届かないかもしれないと感じていても、やめることだけは絶対にしないと子供のように言い張っている。
そのように、早苗には見えた。
「紫……」
「あなたの思想に心から賛同したわけじゃないのよ、魔理沙。
ただ……もう、私はみっともなくなりたくないの。親友が最後まで信じてくれた、この私を……」
「十分だ。お前はそんくらいひねくれてるのが丁度いいんだよ」
意地悪な魔理沙の笑みに、紫も余裕を含ませた笑みで返す。
本当は魔理沙は安心した笑いを浮かべたいのかもしれない。紫も優しい笑みで応じたいのかもしれない。
けれども、意地を張らずにはいられない。理屈などない。そうしたほうが楽だからという気持ちだけで意地を張り合っている。
それが手に取るように分かり呆れる一方で、その姿こそに安心感を見出している自分を見た早苗も、結局は幻想郷の一員かと結んで苦笑した。
「だったら、お前が欲しいのはこれだな、ほれっ!」
いつの間にか手に取っていた一冊の本を放り投げると、紫も逃さずキャッチした。
表紙は見なくとも分かる。恐らく、あの本の著者は……霊夢だ。
「読んでくか?」
「いえ、助手席に座りながらでも読むわ」
「じょしゅせき?」
首を捻る魔理沙とフランドールを尻目に、紫がにっこりと微笑んで早苗に視線を移していた。
そこで紫の言わんとすることが分かり、早苗はまさか、と事態を飲み込み、ぶんぶんぶんと首を振ろうとしたが――
「車の運転よろしくね、早苗」
――先に言われてしまったので、どうしようもなかった。
くるま? と単語の意味が分かっていないらしい二人の姿が、さらに絶望的だった。
【G-4 博麗神社 二日目・深夜】
【フランドール・スカーレット】
[状態]右掌の裂傷(行動に支障はない)、右肩に銃創(重症)、魔力半分程回復、スターサファイアの能力取得
[装備]てゐの首飾り
[道具]支給品一式 機動隊の盾、レミリアの日傘、バードショット(7発)
バックショット(8発)、大きな木の実
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.スターと魔理沙と共にありたい。
2.反逆する事を決意。レミリアが少し心配。
※3に準拠する範囲で、永琳が死ねば他の参加者も死ぬということは信じています
【八雲紫】
[状態]健康
[装備]クナイ(8本)、霊夢の手記
[道具]支給品一式×2、酒29本、不明アイテム(0~2)武器は無かったと思われる
空き瓶1本、信管、月面探査車、八意永琳のレポート、救急箱
色々な煙草(12箱)、ライター、栞付き日記 、バードショット×1
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにする。
1.幽々子に恥じない自分でいるために、今度こそ霊夢を止める
2.車に乗ってる間に霊夢の手記を読む
3. ゲームの破壊
【東風谷早苗】
[状態]:健康
[装備]:博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、
[道具]:基本支給品×2、制限解除装置(少なくとも四回目の定時放送まで使用不可)、
魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)
諏訪子の帽子、輝夜宛の手紙
[思考・状況] 基本行動方針:理想を信じて、生き残ってみせる
1.ま、また私が運転するの!?
2.人間と妖怪の中に潜む悪を退治してみせる
【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、帽子無し
[装備]ミニ八卦炉、上海人形
[道具]支給品一式、ダーツボード、文々。新聞、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
mp3プレイヤー、紫の調合材料表、八雲藍の帽子、森近霖之助の眼鏡
ダーツ(3本)
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
1.霊夢を止める。
2.仲間探しのために人間の里へ向かう。
※現在、以下の支給品は紫がまとめて所持しています。割り振りはしていません。
てゐのスキマ袋【基本支給品、輝夜のスキマ袋(基本支給品×2、ウェルロッドの予備弾×3)
萃香のスキマ袋 (基本支給品×4、盃、防弾チョッキ、銀のナイフ×7、
リリカのキーボード、こいしの服、予備弾倉×1(13)、詳細名簿)】
西行寺幽々子のスキマ袋【支給品一式×5(水一本使用)、藍のメモ(内容はお任せします)
八雲紫の傘、牛刀、中華包丁、魂魄妖夢の衣服(破損) 、博麗霊夢の衣服一着、
霧雨魔理沙の衣服一着、破片手榴弾×2、毒薬(少量)、永琳の書置き、64式小銃弾(20×8)
霊撃札(24枚)】
白楼剣 、ブローニング・ハイパワー(0/13) 、64式小銃狙撃仕様(3/20)
楼観剣(刀身半分)付きSPAS12銃剣 装弾数(8/8)、MINIMI軽機関銃(50/200)
が転がっています。
最終更新:2012年01月14日 23:39