A History of Violence(中編) ◆27ZYfcW1SM
「わかったわかった、あたいの負けだよ。その刃を押し当てるのはやめてくれよ」
小町は左手の傷をギュッと抑えながら胡坐をかいて座った。
どうやら降参したらしい。
紫はSPAS12の銃剣を押し当てるのはやめたが銃口はそのまま小町を狙い続ける。
早苗はマガジンを拾うと64式小銃にセットしてコッキングレバーを引いた。
これでまたフルオート、セミオートで銃を撃つことができる。
「早苗は魔理沙たちを起こしてきなさい」
「……分かりました」
早苗はフランの隣にしゃがみ込むとフランの肩を揺すった。
その間に紫は小町に話しかけた。
「確か……ゲームに乗っている理由は……」
紫の話を切って小町は言った。
「そう、あんたを優勝させるのが目的さ。何だ、やっぱり知ってたのかい」
小町はやれやれと大げさに手を広げた。
「早苗からね。でもさとりのときは護衛として生かしたそうじゃない」
「あの時はまだ生き残りが多かったからね。今はどうだい? もう十数人しか残ってない。
優勝狙いのやつらが本格的に動き始める時期だと思わないか?」
紫は銃剣を床につきたてた。
「悪いけど私は優勝なんかよりもっといい方法を知ってるのよ」
「脱出かい? 無理に決まってる」
「確かに、私の計画は100%で成功しないわ。たぶん30%かそれ以下か……」
「70%以上の確率で幻想郷を滅ぼすつもりかい?」
「確率なんて当てにならないわよ。100%の時も失敗するし0%の時だって成功するわ」
小町は「無茶苦茶だ」とぼやいた。
「無茶ついでに私を手伝ってみない?」
「は?」「え?」
小町と更にフランを起こしていた早苗まで声を漏らした。
早苗は立ちあがりながら言った。
「何言ってるんですか?」
早苗はつかつかと紫に近づいた。
「今の今まで私たちを殺そうとしていたんですよ」
「私は殺さないらしいわ」
「私達はどうするんですか? 私たちは襲われてもいいって言うんですか?」
「どうなの?」
紫は小町に尋ねる。
「早く死んだ方が世の中のためになるよ」
「ほら! やっぱり危険じゃないですか」
紫は困ったような顔を浮かべる。
「これからの作業は少し人手がいるのよ。例え今の状態の霊夢や吸血鬼だって協力してほしいくらいなのよ」
「裏切られるリスクを考慮してもですか」
「yes……ほしいのは戦力じゃなくて人手。私ひとりじゃゲームは壊せない」
早苗はハァとため息をついてくるっと後ろを向いた。
「勝手にしてください。どうせ私は紫さんについていくしか無いんですから」
(……やけに素直ね)
紫はわざとらしく手をたたいた。
「よかったわね小町。許しが出たわよ」
小町は気の抜けた顔をする。
「そもそもあたいは力を貸すなんて言ってないんだけどな……」
「――お願いします」
紫は頭を小町に下げた。
「何か? お化けでも見たような表情をして……」
小町は戸惑いながら言った。
「い、いや。まさか紫様から頭を下げられるとは思ってなかったからさ。どうしたんだい?」
「頭一つ下げるだけで条件が満たされるなら私は何度でも頭を下げるわ」
小町は目を伏せながら言った。
「あんたの頭はそんなに安くないだろう……あたいみたいなのに下げる頭じゃいよ」
「………」
「あ――」
小町の視線は宙をさまよう。
「じゃあこの怪我の手当てをしてくれ、そしたら少しだけあんたらの仲間になってやるよ」
「少しなんですね」
早苗が言った。
小町は口を閉ざした。
「少しでも手伝ってくれるなら大助かりよ。よろしく」
「ああ”少しの間”だけど約束は守るよ」
紫は握手代わりに包帯を小町の腕に巻き始めるのだった。
〆
ぺちぺちと紫は魔理沙の頬をはたいた。
「う……うーん……はっ」
「おはよう魔理沙」
魔理沙はがばっと起き上がると小町に身構える。
「別に何もしやしないよ」
小町は両手を挙げ降参のポーズをとった。
小町の左腕には赤く血の滲む包帯が巻かれている。
魔理沙は紫が何かしたのだろうとあたりをつけ、小町にあれこれ言うのをやめた。
「うーん……」
フランも魔理沙と起きてからの動作は同じだった。
小町はまたかと言いつつ降参のポーズをとった。
「そうだ、さとりだ」
「さとりさん?」
魔理沙はどたどたと自分が見た一瞬を見間違いだと信じながら薄暗い教室の中に転がる死体へ近づいた。
木でできた床にぐったりと倒れる死体。
腹に撃ちこまれたショットガンの散弾は腹に大きな穴をあけ、そこから血がドロドロとあふれ出ていた。
穴から覗く消化器官の色に魔理沙は目をそむけた。
しかし、着ている服は血の色に染まっているということを除けば完全に魔理沙の記憶に一致した。
「さっきの放送では呼ばれてなかったのに……」
こうして死体を目の前にしているのに現実感が沸いてこなかった。
早苗の悲鳴が教室中に響いた。
早苗はふらっと足をもつれさせ、尻もちをついた。
早苗の足元にはショットガンで吹き飛ばされたさとりの頭部が転がっていた。
紫はフランもそれが誰だかを認識する。
紫と同じくリーダーとなって仲間を集め、このゲームをどうにかできないかと模索していた妖怪、古明地さとりだ。
「亡くなっていたの……!?」
紫さえ信じられないという顔をしていた。
紫は声を荒げて言った。
「あなたが殺したの?」
小町は言った。
「――あぁ」
「ど、どうして。なんでですか!」
早苗は泣いて小町に詰め寄り、胸倉につかみかかった。
小町は抵抗しなかった。
小町は妹紅を殺そうとして誤ってさとりを撃ったことをぽつりぽつりと話し始めた。
「…………」
早苗は腕をふるわせた。
小町もさとりと早苗が一緒に行動していたことを知っている。
何かしらさとりと早苗が親しくなる機会があったのは予想がついた。
早苗が小町につかみかかる理由は正当だ。
小町は『ゲームなんだから殺して当たり前』などと自分の罪をゲームになすりつけることはしなかった。
小町だってさとりの死は完全に自分のミスだった。
この場にさとりが死んで喜ぶものは一人もいなかった。
小町の喉元の苦しさがすっとなくなった。
「…………」
早苗は涙を袖で拭うと無言でさとりの頭を拾い上げ、体の首があった場所に置いた。
その姿はだれが見ても痛ましかった。
「小町……さん、私たちに力を貸してください。このゲームを終わらせるため……
約束を守らないなら紫さんが何と言おうと……私にだって考えがあります」
小町はすぅと細く息を吸ってから言った。
「この罪が許されるなら……」
一言だけ小町は言うと口を閉じた。
「――なら……ゴホンゴホン、この件はひとまず保留です」
早苗は小町の方を見ずに明るい声で言った。
〆
「話を変えるわ。霊夢の姿を見てない?」
紫はさとりの死から頭を切り替えた。
「霊夢、博麗の巫女か……さっきまで一緒だったよ」
小町は飄々と答える。すると魔理沙が声をあげた。
「一緒だと?」
「ああ、殺して回るゲームに乗った者同士のつながりさ。もっとも、お互いのことはこれっぽっちも信用してなかったけど」
フランはあたりを見回した。
「でも今は居ないじゃない」
「鬼と蓬莱人に会ったのさ。もちろん私と霊夢は殺しにかかったよ。だけど鬼が逃げるからそれを追って霊夢は行っちまったのさ」
「それは何時のこと?」
「確か三回目の放送が始まってからしばらくした時だったかな? ずいぶん前さ」
「さっきじゃないじゃないか……それくらい前となると追うのは難しいな」
魔理沙はあきれた表情を浮かべた。これだから妖怪は……
「霊夢に関する情報は白紙ね」
「――あっ、のさ……」
小町はよそよそしく言った。
「あんたたちはこれから何をするんだい?」
「ちょっとお買い物に」「霊夢を探しに」「お風呂に入りたいですね」「魔理沙についていくっ!」
4人同時に言った。
「霊夢を探しにってどこによ」「お風呂ってそればっかりだな」
「いいじゃないですか! ボディに銃弾何発も撃ちこまれた乙女を少しくらい労わったって」
「お姉さまは今頃何をしているのかな……」
はぁと小町はため息をついた。
「買い物と銭湯なら今のうちに行ってきた方がいいよ。たぶん今里にいるのはあたいたちだけだから。
霊夢を探しに行くのはそのあとでもいいんじゃないか? 魔理沙についていく? 勝手にすればいいよ」
小町の言葉にそうだなと4人は納得するのだった。
「ならまずは銭湯ですね! やったー!」
早苗は隣のフランの手を取りぶんぶんと振る。
「本当に近くに敵はいないのよね」
紫は小町に確認をとる。
「あたいは何時間もここに滞在してるからね。お風呂の時間くらいで近づける所にはたぶん居ないよ」
「たぶんね……まあいいわ、それを信じて私もお湯をいただこうかしら」
「早く行きましょうよ」
早苗はすでに教室から出て銭湯に向かっていた。
「わーい、待って早苗」
フランもでかい盾を振りながら早苗を追って出ていく。
「やれやれ」「だぜ」
魔理沙と紫も歩いて教室の外へと出て行った。
教室に残ったのは小町だけだ。
あんなことがあった後だ、能天気な小町もすぐには笑うことができなかった。表情は曇ったままだ。
逆にすぐに笑っていた早苗に小町は違和感を覚えるほどだった。
紫に協力をするのは小町の方針に沿っているが、魔理沙、フラン、早苗は殺害対象だ。
仮に残りが自分を含めた5人になったら3人とき、小町は3人を殺しにかかる。
のちに殺すとわかっていて小町は仲良くなりたくはなかった。
小町は死神であるが機械ではない。心を持ってちゃんと生きている。
情が移ればその分だけ体を鈍らせるのはわかっている。
心を傷つけるのはわかっている。心を空っぽにすることができないのはわかっている。
情が移った相手を殺すのはどれほど辛いか想像したくない。
ひょっとしたら小町が最初から諦めて殺して回る側に回ったのは仲間が死んでいくのが嫌だったからではないか?
霊夢と仲間になろうと思ったのは、霊夢が幻想郷で1,2を争う実力者で死ぬ確率がとても低かったからでは?
無意識にそう考えて選択肢を選ばれていたのではないかと小町は疑うも当然答えは出なかった。
現に
四季映姫・ヤマザナドゥという親密な関係であった彼女の死以外、小町は悲しみを知らずにゲームで戦うことができた。
「そうか……あたいは結局逃げてたのか……」
重要な立場から逃げ、責任から逃げ、仕事から逃げ、上司から逃げ、最後には自分からも逃げるようになったか、あたいは……
殺すたびに感じていた違和感、誰かを殺すたびに叱ってほしいと望んだ理由。
それは自分を裏切ったことに対する痛みだ。
あたいは自分のことなど何一つ分かっていなかった。
あたいは賢者を生き残らせるというもっともらしい理由をつけて逃げていただけだった。
幻想郷も賢者も考えずただ自分の心を傷つけないようにするためだけに。
自分を見つめるのが怖い。リアリストぶってる方が何倍も楽だ。逃げたい、仮面をかぶっている方が怖くない。
言うんだ。「自分に素直になれ」と言うんだ。
そうすれば本当の自分になれる。仮面は割れる。
「――無理だよ……あたしには……」
怖い、怖い、怖い。
自分をだましている方が楽だ。楽すぎる。強力に、圧倒的に……! 楽に傷つかないまま死ねる。
小町は銃を手放すことはできなかった。
小町は教室を出ようと扉に向かって歩き出した。
足取りは重く引きずるように。
〆
「さぁ、お風呂です」
「お風呂―」
早苗は勢いよく銭湯の中へと入った。
「キャー!」
直後悲鳴が響いた。
「何だ! 敵か?」
魔理沙と紫が駆け付ける。
「あ、あれ……」
早苗が震える指で指したのは血の池でおぼれる死体だった。さらに番台の上には生首が鎮座している。
「四季映姫・ヤマザナドゥ……前回の放送で呼ばれていたわね」
「あっちのは
ルーミアじゃないか?」
「ということはどっちもすでに死んでいるわね。放送を信じるなら……だけど」
紫は血に濡れる死体へと近づいた。
洗髪中に後ろから銃で撃たれたのだろう。
美しい金髪は血を吸って赤くなった泡に包まれていた。
泡があるおかげで頭の中身を見なくて済んだと紫は思った。
紫の隣には早苗が来ていた。
「ルーミアさん……こんなところで亡くなっていたんですね」
「諏訪子を撃たれ、慧音を殺られたのでしたっけ?」
「そうです。この子は何も分からずにここに連れてこられ、何も分からずに戦い続けてたんです」
早苗の中に諏訪子に向かって引き金を引くルーミアの姿、慧音を殺され逆上したさとりがルーミアに向かっていく姿。
ルーミアと一緒に行動した時の光景がフラッシュバックした。
「間に合いませんでした……止められませんでした……」
また世界は早苗に顔に暗い影を落とした。
あんな人の恨みを買うことばかりをしていれば早死にするのは目に見えていた。
早苗に後で自分が怖くなるほどの殺意を覚えさせるようなことを平然と何の悪ぶる気持ちを持たずに彼女はやるのだ。
普段温和な性格の人妖に襲われても仕方がない。
早苗はそれをやめさせようとルーミアを追っていたのだ。
「早苗のせいじゃないよ」
「すみません、フランさん……」
フランはこういうときどんな声をかければいいか分からなかったが、早苗はその様子で自分を慰めようとしていることを理解する。
「こちらの女子を殺ったのも貴方で?」
「――あぁ、それもあたいが殺した奴さ」
暖簾から赤い髪がひょこっと出てくる。小町だ。
「やっぱりね……あんなところに首が飾ってあるところを見るともしやと思ったけど……」
紫はぼそりと小町に聞こえないように言った。
「…………」
早苗は無言で小町を見つめた。
その視線に小町はぞくりと背筋に冷たい汗が流れた。
小町はあわてて話を無理やり変えた。
「死体があるのを言わなかったのは悪かったよ。ごめん。でもここは混浴だから風呂はひとつしかないんだよ。諦めてくれないか」
早苗の顔が無表情から急に花が咲いたように笑顔に変わった。
「――せっかくの気分が台無しです。で、でもまあ混浴? なんて入るのこの機会逃したら一生なさそうですしラッキーです」
つられて魔理沙の表情も戻った。
「なんで顔赤いんだよ!」
「気のせいですよ。小便小僧の像とかあるのでしょうか?」
「なんで小便小僧……」
紫はずるずるとルーミアの死体を引きずって番台の隣の陰へと持って行った。
死体と一緒に風呂に入るのは流石に嫌だったのだろう。
その時、着物を入れる籠の中にスキマ袋が放置されているのに気がついた。
〆
早苗は相変わらずそわそわしながら服のボタンを一つ一つ上から外していく。
早苗よりも小さい霧雨魔理沙の服を借りていたため、体を服に押さえつけられていた。
その解放感から早苗はふぅと息を漏らした。
息を吸う。その時に感じたことを早苗はそのまま言った。
「なんか心なしか妙な香りがするような気がしませんか?」
紫、魔理沙、フランも衣服を少しずつ脱ぎながら言った。
「別にしないわよ」
「しないな」
「なんか木のにおいがする」
「そうですかね? こう漢―! って感じがしませんか?」
ぽっと早苗は頬を赤らめながら言った。
つられて魔理沙まで赤くなる。
「早苗、混浴って言葉に興奮しすぎだろ」
「だって混浴ですよ! 未知の領域ですよ」
魔理沙は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そうだ、あたいこんなもの持ってるんだ」
小町は銃器カスタムセットを見せながら言った。
「銃器カスタムセット……? 改造できるのか」
魔理沙はブラとドローワーズだけの姿になりながら小町が持つ箱に書かれている文字を読んだ。
「おぉ、ここにきてパワーアップとは」
早苗もしましまのストライプで統一された下着姿でカスタムという響きに感動を覚えていた。
「このピストルも強くなるの?」
フランはすでに上半身裸で残る城壁は純白のドローワーズだけの姿で尋ねた。
「ブローニングはすでに完成された銃だから改造点はあまりないんじゃないかしら?」
紫はセクシーなレースのついた下着姿でミニミ軽機関銃を持ちあげた。
「これなら改造点有るんじゃない?」
「ミニミ……これかな? あるよ改造しておこうか?」
「小町は風呂に入らないのか?」
「あたいはさっき入ったよ。安心して入ってきな。あたいが見ておいてやるから」
「では改造よろしく頼むわ。他に改造しておいてほしい銃は預けておきましょうか」
「銃を全部預けるのは怖くないか? いつか裏切ることをこいつ公言してるんだぜ」
それにルーミアの死体が洗髪中に殺されたものであったのも要因だ。
乙女の入浴中にも危険はついて回る。
小町はばつが悪そうな顔をした。
小町は最初ルーミアを見逃そうと思っていたのだ。
しかし、小町にとってやってはいけないことをルーミアはした。及び、していた。
そのことに気がついた瞬間本気の殺意を抱いた。
死神としての仕事の殺意ではなく別の殺意だ。
あの時の殺意を小町は思い出したくなかった。
彼女は三途の水先案内人だが、死神の仕事としては人気の低い物だ。
死神の本領は命を刈り取ること。殺して回る方だ。
仕事故に死神に殺人の罪は着せられない。
しかし個人の理由で殺せば罪だ。
怒りにまかせて殺したため、今まで無意識だったがその罪は確実に小町にのしかかっていた。
そのため二重の意味で小町は魔理沙に弁解することはできなかった。
「この64式小銃もお願いしますね。すでにだいぶ改造されているように見えますけど」
「おい、早苗」
早苗は小町に押し付けるように64式小銃を押し付けた。
小町はあわてて受け取る。
「大丈夫です。今は小町さんは仲間なんですから」
早苗はねっ! と小町にウインクを送った。
「――そうだね」
「私のブローニングも一応お願い」
「お、おいフラン」
フランはホールドオープンした状態のブローニングを渡した。
どうせ弾はもう入っていないのだからっという軽い気持ちだった。
「あいよ、全部しっかりやっておくよ」
小町は細い笑みを浮かべながら受け取った。
「警戒心無さ過ぎだぜ…… はぁ、仕方ない。SPAS12を最初に改造してくれ。風呂の中に持っていくから」
魔理沙はガッションガッションとSPAS12から弾を全部排出すると小町に渡した。
小町はあいよと返事をするとSPAS12の改造を始めた。
「あちゃー、SPAS12の弾はハズレだってさ」
「なんだと!!」
カラカラカラ……
アルミでできた軽い扉が開かれる。
「あはっ、ここが銭湯? すごい、蛇口がいっぱいあるわ」
「小便小僧の像無いですね……」
「いやだから……懐かしいな、子供の時来た以来だぜ」
温泉の湯気がうっすら立ち上る中、4人は濡れたタイルの上に足を踏み出した。
一日中茂みをかき分け、砂地の上を跳ねまわったため、知らず知らずのうちにできた生傷と汚れ。
それらが白い肌に浮かんでいる。
その肌を隠すものは薄い一枚の手ぬぐいだけだった。
「あら? 魔理沙は誰に連れてきてもらったの? いるわよね小さな女の子がパパと一緒に湯に入っているの」
紫は手元を口に寄せぷーくすくすと擬音を浮かべながら魔理沙を細い目で見つめた。
かぁっと魔理沙の頬が赤く染まる。
「ば、馬鹿! 違う。誰があんな奴と一緒に……! 私は子供のころの話をだな……ってあれ?」
紫の姿はすでになかった。
「魔理沙、時間は限られているわ。早く体を洗いなさい」
どうやって移動したのか紫はすでに洗面所に移動して黄色い洗面器にカランからお湯と水を貯めていた。
「ああもう! 背中を流してやるぜ紫姉さん! あいた!」
どてんと転ぶ魔理沙。魔理沙の額に石鹸がめり込んでいた。
「あざといのよ」
「理不尽だぜ……」
魔理沙の持っていたタオルがひらりと空中を漂った。
「魔理沙さんってまだ生えて……」
早苗はじーっと魔理沙の足の付け根あたりを眺めた。
「ななななななにいってるんだぜ!?」
ばっと魔理沙はそこを手で隠すがすでに遅い。早苗の記憶のフィルムに焼きつけられた後だった。
「早く隠しなさいよ。はい、タオル」
またいつの間にか紫が魔理沙の隣に移動していた。
紫はすでに隠すつもりないのかタオルで豊満な胸や陰部を覆うことはしていなかった。
「生えるって何が?」
魔理沙はつるつるな下腹部をジト目で見て言った。
「フラン……お前にはきっとあと100年くらい関係ない話さ」
「フランさん、約束通り髪をきれいに洗ってあげますよ」
「ありがとう早苗、やって、やって」
早苗はシャンプーを手に取るとフランの細い金の髪に垂らした。
早苗が指で擦ると泡がぶくぶくと立ちフランの髪を覆った。
「かゆいところはないですか?」
「大丈夫。すごく気持ちいいよ」
「ふふふ……こうやってると諏訪子様の髪を洗った時のことを思い出します。
喰らえ、スペルカード発動! 秘術「現人神流洗髪術」 おりゃりゃりゃりゃ」
早苗の指がフランの頭部をやさしく撫でる。そしてその指は少しずつ、だが確実に早くなっていく。
「あっ、だめだよ早苗、そんなにしたら……」
「ほら……だんだん気持ち良くなってきたでしょう?」
「あうぅ……なんかっ……変な気分……」
フランの目がとろんととろけ、その端にうっすらと涙が浮かぶ。
最初は激しかった抵抗も次第に弱くなっていた。
「ふふっ……フランさんの一番気持ちのいいところはどこでしょうねぇ」
「やぁ……っ! や、ぁあ……」
指がフランの頭部を何度も上下に撫で、あるところでフランは甘い声を発した。
「ここが気持ちいいんですね……」
「だめぇっ!」
早苗はフランの耳もとに唇を寄せる。
「私はただきれいにしてあげているだけですよ……そんな声だしてどうしたんですか?」
「だって早苗が……」
「人の厚意を無にする人はこうですよ」
早苗はフランが反応したところを重点的に指で擦る。
「ん、んっく……ぁ、ふ、んっ……んくっ……! ひ、あ……っ!」
フランは限界に近い声をあげ、身を震わせた。
早苗は指の腹を強く押しこみ、フランの頭皮を強めに擦る。
シャンプーを指に纏わりつかせ、髪の毛一本一本をその手ですく。
強く、それでいて執拗に激しく。
「やっ、やっ……やっ、だ、んんっ……――――――っ!」
小さな体が震え、甘い声をあげながらフランは己の意志とは関係なく全身の力を抜いた。
「はい、流しますね。目をつぶってください」
「はーい」
「お前は普通に洗えんのか?」
隣で見ていた魔理沙は顔が真っ赤であった。
さらに隣の紫が魔理沙の方へにゅっと出てくる。
「魔理沙もやってほしかったりするの? お姉さんがやってあげましょうか?」
「遠慮しておくぜ……紫に任せたらいろんなものを無くしそうだ」
洗髪も済ませ、4人は湯船へと浸かっていた。
「丁度いい湯加減だぜ――」
「ひっ、し、しみるぅ」
緑色の湯につかる時に早苗は悲鳴をあげていた。
「ただの打撲でしょ? フランなんて肩に穴があいているというのに」
「フラン、傷によくないから肩はお湯につけるなよ」
「分かったわ」
フランは元気よく手をあげると肩に注意しながらお湯へと浸かっていた。
フランの肩には銃で撃たれた傷がある。弾は貫通しているため大事にはならず、吸血鬼の治癒力のおかげかすでに血は止まっている。
「ただの打撲って、私も銃で撃たれたんですよ」
早苗は涙をほろりと流しながら抗議する。
しかし3人の反応は冷やかなものだ。
「防弾チョッキの上からな」
「うう……体張ったのにあんまりです」
一応言うが防弾チョッキの上から撃たれた時の衝撃はボクサーが殴った時くらいの痛みが来る。
早苗くらいの年ごろの女子なら痛みにもだえ苦しむところだ。
並みの精神力がなければ耐えられない。
「まあまあ、あなたの運転はクレイジーでナイスだったわ」
「クレイジーって……乙女の体にこんなにいっぱい青あざつける代償にしてはやっぱりあんまりです。おっぱいのところなんて血が滲んでますよ」
早苗の真っ白な胸部から腹部にかけては青あざだらけであった。5から10はあるのではないか?
マンストッピングパワーの強い.45ACP弾が大多数であり、至近距離から9mmパラベラム弾の傷が血をにじませたものだろう。
「どれどれ、ん―――」
魔理沙がスーッと湯船を移動して早苗の前に来る。さっきの仕返しをしようとしていた。
「ほら、ここですよ」
早苗は恥ずかしがることもなく胸を突き出した。
青あざやうっ血が見られるものの、その胸はやはり白く、平均よりもだいぶ大きく膨らんでいた。
突き出した衝撃で胸はふるんと緩やかに揺れていた。柔らかさも一級品なのであろう。
そして胸の中心にある胸の先端はつんと上を向いており、張りの強さも窺えた。
「うらやましくなんてないもん」
魔理沙は自分のそれと見比べると一瞬で撃沈し、湯船へとぶくぶくと沈んでいった。
「魔理沙さん?」
「魔理沙、安心しなさい。数年後は8等身まで身長が伸びて悩ましボディになると予想しておいてあげるから」
「どこからそんな毒電波拾ってきたんだ?」
ざばぁ! と海坊主のように魔理沙はお湯の中から飛び出した。湯あたりのせいか他の理由か顔はやはり真っ赤だった。
魔理沙の脳裏に一瞬自分の今の身長+30センチの優雅な白黒のドレスに白黒の帽子をかぶった令嬢がウインクをしている姿が浮かんだ。
ぽんと魔理沙の肩に手を置かれる。
魔理沙は振り返った。その手の主はフランであった。
「魔理沙、あきらめちゃだめだよ」
30年働き続けたサラリーマンのような目をしたフランが全てを知り尽くした者のような口調で言った。
「フランは何時の間にそんな悟った目をするようになったんだ!?」
「説明しよう、秘術「現人神流洗髪術」を喰らったものは一時間ほど賢者モー……」
「なんて技を掛けてるんだよお前!!」
最初はワイワイ騒ぎながら入っていた風呂も体が温まるにつれて会話は減っていた。
魔理沙はリボルバー拳銃をくるくる回して手遊びをしてる紫を見つけた。
「その銃は?」
「脱衣所にルーミアの死体があったでしょ。たぶん彼女のよ。一応警戒のために持ってきたの。必要なさそうだけどね」
紫はリボルバーのレンコン状のシリンダーを開いた。
6つの穴には全て.357マグナム弾が入っている。ルーミアが持っていた銃弾の最後の弾薬たちだ。
「不思議だと思わない?」
ゆかりは言った。
「この武器たちは主催者から渡されたもの。まだ使い始めて1日も経っていないのよ。なのに、この銃からはあの子の感覚がするの」
「感覚?」
「オーラというか残留思念というかその類よ」
「なるほどね……確かに分からないでもないな」
魔理沙は風呂桶の縁に立てかけてあったSPAS12を持ち上げる。
「こいつからは香霖の気配がする気がする」
直接手渡された物ではないが、魔理沙には霖之助の遺留品はすでに眼鏡とこの銃のみだ。
かけがえのない物に思え、銃の後ろには霖之助のあきれたような表情が浮かんで見えた。
『やれやれ、僕をこんな湿気の強いところに持ってこないでくれよ。火薬が湿気ってしまうだろう』
「うるせぇ、ちゃんと私を守りやがれ」
『待ってくれ、僕は魔理沙を守れるほど強く無いさ』
「どこの口がそれを言う。さとりを吹っ飛ばしておいて……後で謝っておけよ。私も一緒に謝るからさ」
『…………』
「どうした?」
『いや、魔理沙の口から謝るなんて単語が飛び出すとは思ってなかったから驚いただけだよ』
「私だって悪いと思ってるんだ……」
『魔理沙にも……くすくす……可愛いところがあるんだな……』
「……あれ?」
魔理沙はギギギギギと油の切れたロボットのように首を横に向けた。
「霖之助、ここが混浴でよかったわね」
『ああ、全くだよ。でなければ今頃僕は外に蹴りだされていたからね』
紫は一人で声色を変えながら会話をしていた。
魔理沙はぽーと白い塊が口から出ていく感覚を味わった。
こうして4人は1日ぶりのお風呂に疲れを癒すのだった。
「いい湯だったぜ」
「最高にリフレッシュです」
「そいつはよかった。銃の改造は終わってるよ」
着替えは用意できなかったから紫とフランはもともと着ていた服をそのまま着用している。
しかし、魔理沙と早苗は幽々子のスキマに入っていた魔理沙と霊夢の衣服一式を着用することができた。
当然魔理沙は自分の服を、早苗は霊夢の服を着る。
着るときに早苗は少し胸元が苦しいですと言って魔理沙を歯噛みさせた。
「改造の説明は面倒だから自分で感じ取りな。あたいだって専門じゃないから説明できないし」
ずらりと床に改造された銃が並べられていた。
3人はそれぞれ使っていた銃を拾う。
「まだ銃あったのかい? 早く言ってくれればいいのに」
紫の持っているリボルバーを見て小町は言った。
「あ――、その銃の改造は無いみたいだね。弾だけ渡しておくよ。後、おまけのホルスターだ」
カスタムセットの箱から銃弾が納められた紙箱とホルスターがぽいぽいと投げて紫に渡された。
「では遠慮なくもらっておくわ」
紫は銀色のリボルバーを受け取とり、ホルスターを体に装着した。
「次はお買い物だったかい?」
「ええ、霧雨店にね」
〆
最終更新:2011年11月23日 03:43